21-337「左の握手」

佐々木との再会から1月以上が経った。
長門がやっと退院した頃、佐々木から電話がかかってきた。
「今晩は、キョン。頼みがあるんだ」
「何だ、たとえ親友でも聞けない頼みもあるんだが。」
「僕が神になる話だが、明日の土曜日、正式に断りたいので君についてきてほしいんだ。そして、涼宮さん達には危害を加えないように説得するつもりだ。」
「そうかわかった。」
良かった。親友にあんな変態的パワーを持たせるのは不幸だからな。そうだ、明日のSOS団の活動を休むと電話しなければ。

土曜日。佐々木はミニのスカートをはいていた。そういや女だったな。そして、中学時代と比べて胸元の膨らみが
「久しぶりだね、キョン。君が変わってなくて安心したよ。」
「1月やそこらでそんなに変わるものなのか?」
「今日は、佐々木さん、キョンさん。四方山話は今度にして、まず私の話を聞いて下さい」
「その前に、朝比奈さんに謝ったらどうだ。誘拐犯よ」
「すいません、今度謝罪します。」
「まあ、彼女も反省してることだし、話をしようよ」
「あの喫茶店でしましょう」

俺達は佐々木が神になることを正式に断った。
「そうですか、我々としては強制できません。」
「それから、ハルヒ達SOS団に危害を加えるなよ」
「それも約束します。」
「それじゃ、私達はこれで。キョン行こう」
「ああ」
「待って下さい。一つ案があるのですけど」
「今度は何だ」
「失礼ですが、キョンさんの眼鏡は曇っているかと。涼宮さんはあれだけの美人ですし。美人に甘くなるのは若い男として当然のことだと。」
「それを言うなら、お前達の眼鏡は曇ってないという保障がどこにあるんだ。」
「ですから、佐々木さん自身に傍で涼宮さんを観察していただきたいのです。」
「山荘で2人きりで閉じ込めるのか?」
「いえ、キョンさん達の高校に佐々木さんが転入していただきます。」
「なるほど、僕は別にかまわないが、できるのかね。」
「良いのか?高校の友達と別れるんだぞ」
「その分、北高で新しい友達に会えるのじゃないか。中学で親しくしていたけど卒業してからさっぱり会えない友人にも会いたいし。」
「お前がそう言うのなら、好きにすれば良い。」
「この橘もいっしょに転入させていただきます。手続きは我々の方でします。長時間ありがとうございました。
それから、これは映画の券とホテルのお食事券です。お2人で使って下さい。」
「そんなもの貰う義理は無いが」
「せっかくだから貰っておこうよ、キョン」
俺達は映画を見て、佐々木の作った弁当を食べ、図書館に行ったりウインドウショッピングをして、晩御飯はホテルで食べた。
「今日は楽しかったよ。キョン、北高でもよろしく。また同じ高校に入れて嬉しいよ。」
「こちらこそよろしく。」

数日後、いつものように登校すると、団長様が北朝鮮に届くかと思われるくらいの大声を発した。
「ちょっと、キョン聞いた?今日転校生が来るらしいわ」
佐々木が来るのだな。
「うちのクラスか?」
「うちのクラスも含めて合計4人もよ、こんなこと普通考えられる?」
ということは九曜や藤原達もだな。ご苦労なこった
「確かにめずらしいな」
「SOS団の噂をききつけてやってきたスパイじゃないかしら。」
どういう理論でその結論が導き出されるのだ?計算は間違っていても神的パワーで答が合うということなのか。
勉強しなくても良い点とっている誰かさんの数学のテストと同じか。
「その理論だと古泉もスパイにならないか?」
「何を言ってるの、古泉君がスパイなわけないじゃない」
いや、古泉もスパイなんだが。
「みんな、静かにしろ。今から転校生を紹介する」
うちのクラスに来たのは佐々木だった。
席替えの結果、俺の後ろはいつもどおり黄色いカチューシャ着けた人、隣りは佐々木。
俺と同じ中学の奴等が周囲に耳打ちし、全員めずらしい見世物を見るような目付きで俺達を見ていた。
「どういうこと?佐々木さん」
「涼宮さん。よろしくお願いします。これから卒業まで長い付き合いになりそうね。」
と言って、佐々木はあの時と全く同じく『左手』を差し出し、握手を求めた。
「え?ああ。」
と言ってハルヒは佐々木と握手した。左手で。これもあの時のまま。まるでビデオの再生画像をみるような。
その日、古泉は俺に対して愚痴を長々と語った。ほとんど聞いてなかったけどな。

佐々木が転校してから数日後の昼休み、俺は橘に呼び出された。
「九曜さんはあなたとお友達になりたいらしいです。」
九曜さんは左手を差し出し、握手を求めてきた。
「―――お友達―――」
左手?ちょっと待て。
「九曜さん。左手の握手は宣戦布告を意味するのですけど。知ってました?」
「えー?そうだったのですか?右でも左でも同じじゃなかったのですか。」
馬鹿だな橘。ずっと忘れていた俺も人のことは言えないが。
「―――こちらの―――手―――」
「そうです、右手です」
「―――お友達―――」
こうして俺は天蓋領域のTFEIとお友達になった。
左手の握手について、教えてくれたのは中学時代の佐々木。ということは佐々木は。

「キョン、あんたどこに行ってたのよ。」
「すまんハルヒ。」
「あんたは団長への敬愛の念が足りないわよ。」
「団長こそ団員に対する労わりの念が足りないと思うが。」
「な?」
「おい佐々木、今日話がある。大事な話だ」
「君から誘ってくれるなんて光栄だね。」
「ちょっとキョン、話は途中なのよ」
うるさいな、だからDQNと言われるんだお前は。
「冗談じゃなく、大事な話だ。放課後いっしょに来てくれ。」
「ちょっと、キョン。SOS団はどうするの。勝手に休むつもり?」
「すまん、大事な話なんだ、今日は休む」
「何の話なのよ。」
「SOS団に関わる重大な話だ。」
「ちょっと、それじゃわからないわ。」
うるさい奴だな、裏で団員達がどれほど苦労しているか知らないだろ。
なお、その後、俺達と同じ中学出身で、佐々木と仲が良かった女子が小声で(きっと取り返せる。ササッキーならできるわ)と言ってたような気がした。
放課後、とある喫茶店にて。
「嬉しいねー、キョン。もしかして愛の告白かい?」
「冗談は後にして本題に入って良いか?」
「どうぞ。」 佐々木はいたずらっぽく笑った。
「お前、神の力いらないと言ったな。それは本当か?」
「そうだよ。橘さんもとりあえず納得してくれたよ。そんな変な力はいらないのは今でも同じだよ。」
「だったら初めて会った時も、転校してきた日も、何で左手なんかで握手したんだ。左手の握手は宣戦布告を意味すると、お前が教えてくれたことじゃないか。」
「君はやっと気がついたか。涼宮さんは気がついているかい?」
「奴のことは知らん。そんなことより、お前俺に嘘をついたな。」
「嘘はついてないよ。宣戦布告は宣戦布告だが、神の座をかけた戦いではないよ。」
「だったら何の戦いだ」
「さあ、何かな。案外、鏡でも見ると良いんじゃないかな。」くっくっ
お前の言い方は回りくどくてわからないんだよ。
「女子が『取り返せる』とか言ってたから、何かハルヒに強奪されたのか?」
「まあ、そういうことにしておくよ。もちろん神の力なんかではないけれどね。」
俺は親友を信じることにした。
その後、俺達は中学時代のように他愛のない話をした。そして、佐々木は俺の家で夕食を食べた。

次の日、ハルヒは朝倉転校騒動の次日のように、不機嫌なオーラを出していた。
「おはよう、キョン。昨日はお楽しみだったらしいわね。」
「別にお楽しみというわけではなかったが。」 確かに楽しかったけど。
「昨日の佐々木さんとの話、どういうことなのよ。あたしがいれば話せないことなの?」
「転校生の橘と九曜と藤原がSOS団のスパイの可能性がある。」
「な、そんな冗談が通じると思うの?」
「真面目な意見だ。確証は無いから間違っているかもしれないが。何ならお前が直接奴等に聞いてみれば良い。」
「何でSOS団なんかにスパイに来るの」
「まだわからないが、そう考えるといろいろ辻褄が合うんだ。」
「わかったわよ」
やれやれ、何とかごまかせた。その時、ハルヒは朝倉転校騒動当日の夕方、俺と別れた時の顔をしていた。
「ねえ、あんた、やっぱり」
「何だ」
「いい」
何が言いたいんだ、全く。そして、ハルヒは早退して授業をバックれた。

次の日の放課後、ハルヒは普段どおりに授業を受けたが、SOS団を休んだ。家に帰ったわけじゃなく、佐々木と会っていたらしい。
「佐々木さん、知っていた?左手の握手は宣戦布告を意味すると。あたしも昨日知ったところなんだけど」
「そうなの?」
「しらばっくれないで。あなたが私に敵意を持っていることは丸わかりだわ。」
「そうかしら、ところで私達は何を争っているの?もしかして、何でも願いが叶う不思議な力とか。」
「そんな変な力が私たちにあるはず無いじゃない。
佐々木さんがわざわざ転入してまでキョンに色目を使っているのはわかっているわよ。
キョンはねー、SOS団の貴重な雑用係なのよ。あなたの所有物じゃないのよ。」
「なるほど、じゃ今度キョンに聞いてみるわ。SOS団の雑用係が良いか、私の親友が良いか。話はこれで終わりね。」
「ちょっと待ちなさい。キョンは私の婿になるのよ。あんたなんかに渡さないわよ」
「それは私の台詞だわ」
「それにやり方が汚いすぎるわ。何が親友よ。フェアにいこうじゃないの」
「ひょっとして、あなた。自分がフェアにやってきたつもり?」
「あたしがいつ不正したのよ。」
「団長権限をふりかざしてキョンの自由を奪うのはフェアかしら。」
「ぐ、これからはフェアにいきましょう。お互いに」
「そうね、もしあったとしても不思議な力を使わずに」
そして、2人は3度目の左手握手をした。
2つの神の低次元な争いは、まだ始まったばかりだ。
(完)

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-関連作品:[[21-544「左の握手:青い巨人の夢」]](ハルヒ視点)

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最終更新:2009年11月22日 23:56
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