4-177「笹の葉カプリチオ(誤字修正版)-2」

『笹の葉カプリチオ(2)』

 「お兄さんってエスパー? それとも正義の味方か何か?」
 いやいや待て待て。いきなり何を言い出すんだこいつは。
 「だって、そうでもないとおかしいよ。
  こんな夜にお兄さんみたいな人が声を掛けてくるだけでもありえないのに」
 なんだか散々な言われようだなおい。だがな、佐々木よ。
 人生経験ってやつを甘く見ない方がいいぞ。手始めの一年間お前と過ごして、
 さらにその後4者4様の奇人変人と一年間過ごした俺の洞察力は、
 今やお前に出会う前の俺からすればはるかに性能が上がっているのだ。
 「本当に超能力者とかじゃないの?」
 驚きの状態異常から回復した佐々木は何やら期待した面持ちで矢継ぎ早に訊ねてくる。
 「だから俺は超能力者じゃないよ」
 そういうのは俺ではなく古泉や橘のことを言うのさ。
 「宇宙人とかでも?」
 長門や喜緑さん、九曜の姿を思い浮かべながら
 「宇宙人でもない」
 「じゃあ……、神様とか?」
 それはお前やハルヒのことだろうに
 「まさか」
 そこまで聞くと先ほどの勢いは一転、佐々木はまたしても黙りこくってしまった。
 むぅ、なんだか俺が悪いことでもした気になってくるじゃないか。
 「そっか、そうだよね……」
 その上1人で何やら納得したようだ。そういやいつも論理的に喋るんであまり気にならなかったが、
 こいつって結構物分りがいいというか、少しあきらめが良すぎるように思えてきた。
 ははぁ、だんだん分かってきたぞ。
 そう、こいつはあきらめが良すぎたのだ。少しばかり他人より賢しいばっかりに。
 うまく友達が作れないことも理論武装で心を守って、あきらめて。けどやっぱり寂しくて。
 そんで、もやもやを抱えてこんな夜に一人出歩いていたってわけなのだ。
 だがな、世の中にはえらくあきらめの悪い女だっているんだ。
 お前ももう少し図太く生きていいんだよ、佐々木。
 少しぐらいわがまま言ったっていいんだ。
 少なくとも2年後までには多少頼りないかもしれないが話し相手くらいは見つかる筈だから。

 「何がそうなんだ?」
 俺は分かっていてそれでもあえて聞いてみる。
 「え? あぁ……やっぱり超能力者なんていないよねってこと」
 「いるんじゃねーの」
 「え?」
 まあ、あんまり元気付けても将来あんなことになってしまうんだがなぁ……。
 佐々木はまたしても驚きのあまり一瞬フリーズして、それからまたしても矢継ぎ早に聞いてくる。
 「じゃあ宇宙人は?」
 「まあ、いてもおかしくはないな」
 長門や古泉の話じゃ結構な数のTFEIがいるらしいしな。
 「あ、なら未来人とかは?」
 「案外その辺にいたりしてな」
 今は俺自身が未来人だしな。
 「異世界人は?」
 「それはまだ知り合ってないな」
 それきりまた佐々木は黙ってしまった。
 なんだか以前にも似たようなやり取りをしたような気がするがまあいい。
 それよりもこの沈黙をどうにかしてくれ。
 俺、何かヘタなことを言ってしまったんじゃないだろうな?


 「ところでお兄さんは友達いる?」
 いやそりゃそれなりにはいるがまた唐突だな。
 「まあいないわけではないな」
 須藤や中河、国木田に谷口、SOS団の面々に……もちろん目の前のこいつもだ。
 「どんな人達?」
 「個性的……、かな」
 そうなんだよなぁ、俺の周囲にいるやつはどうしてこう奇矯なやつばかりなのか。
 「ふーん」
 佐々木は興味深げな面持ちでこちらを見ている。
 「ねぇ、お兄さん」
 しかし佐々木にそう呼ばれると違和感があるな。
 今や妹ですら呼んでくれないその呼び名。呼んでくれるのはミヨキチくらいか?
 そう思うと結構貴重な感じもしてくるな。
 とはいえ佐々木に呼ばれるのはどうにもむずがゆい。
 「そのお兄さんってのどうにかならないか?」
 「じゃあ、お兄さんの名前は?」
 ぐあ。藪蛇とはまさにこのことだ。く、今度からもっと考えて発言しなければ。
 「ジョン・スミス」
 「…………匿名希望ってこと?」
 ハルヒと違って物分りがいいねほんと。
 「まあそういうことだ」
 「ま、いっか」
 何がいいのか分からんがうまくごまかせたみたいで安堵する俺。
 しかし俺も他に思いつかんかったのか。またしてもジョン・スミスを名乗ってしまうとは。
 「ジョン」
 「……何だ?」
 「今日はありがとう。おかげで願い事がかないそうだ」
 一瞬見慣れたあの佐々木がダブって見えた。
 「ま、まあ今日は七夕だしな。それにしてもその日のうちに叶えてくれるなんて太っ腹な神様だな」
 俺は内心の動揺を隠しつつも話を続ける。
 「ああ、ベガとアルタイルの話だね。16光年と25光年だっけ」
 「なあ、なんで急に口調が変わってるんだ?」
 「うん。ジョンのお友達を見習って個性を出そうと思って」
 なんてこった。あいつの喋り方は俺が原因か?
 「その口調は相手を選ぶから気をつけたほうがいいぞ」
 「ジョンの話し方は実に興味深い。もちろん内容もね」
 ……そう言って微笑んだあいつの顔は、今日見た中で一番楽しそうな笑顔だった。


 その後、3時間どころかたっぷり4時間は話し込んだ俺と佐々木は、
 さすがに夜遅い時間であることを心配した俺がまだ物足りなそうな顔の佐々木を促して解散した。
 常に向こうから逆光のポジションを取り続けた俺を誰か褒めて欲しいね。
 そして1時間も待ちぼうけをくらったにも関わらず、待ち合わせ場所にいた藤原の第一声は
 「光源氏だったか? 年端のいかないうちから口説こうなんて何を考えているんだか。
  全く、これだから過去の人間には品性がない」
 などとほざきやがった。
 ここでもめてまたしても長門や朝比奈さん(大)の手を煩わせるのあれなので、
 あえて反論はせずさっさと帰るぞと藤原を促す。
 藤原の方も早く帰りたいのは同じなようで、行きと同様に目を瞑れと言ってくる。
 これでようやくもとの時代に帰れるってわけだ。
 しかしあれだね、佐々木にとってのジョン・スミスはどんなやつになったのかね。
 ハルヒにとってのそれと同じ意味なのだとしたら正直俺の手にはあまるぞ。
 ジョーカーは一枚が普通であって、二枚も手札にあるなんて異常というほかない。
 世界は俺に何を望むってんだろうね?


 などと考え事をしていたのが悪かった。
 行きの時以上に強烈な立ち眩みに襲われた俺は、正常なステイタスに戻るのに数分を要した。
 その間に藤原のやつは影も形も見えなくなっていて、俺は道端に一人ぽつんと突っ立っていた。
 はぁ、ほんとどうなるんだろうねこれから。やれや……
 「やあキョン」
 「どぅわ!?」
 な、なんで佐々木がここに!?
 「驚かしてしまってすまないね、キョン。だが良ければ一つ聞かせてくれないか?
  どうして君がこんな時間に出歩いているのかを」
 佐々木の言葉にちらと腕時計を見つつ状況を必死で整理する。
 「ま、まあ散歩ってとこだな」
 「そうか、散歩か」
 偶然だと信じたい。
 たまたま過去から戻ってきた俺が突っ立っているところにこいつがやってきただけだと。
 「そういうお前こそ散歩か何かか?」
 「ふむ、なんと答えるのが適切かな。そうとも言えるし言えないかもしれない」
 佐々木にしちゃ歯切れの悪い応答だな。
 「キョン、君だけではなく僕の方だって多少なりとも驚いているんだよ」
 それもそうだ。こんな時間にばったり知り合いに出くわす確率はいかほどだ?
 「それにしてもお前がこんな時間に散歩とはな」
 「僕にだっていろいろと思うところはあるのだよ。今日は七夕だしね」
 むぅ。ハルヒもそうだったが、佐々木も七夕はメランコリーだったのか。
 まあ俺が気づいてなかっただけなんだろう。
 中3の時は七夕はちょうど休日で会わなかったしな。
 「それじゃキョン。今日はもう遅いお互いに早く帰ることをお奨めするよ」
 踵を返したその背中が、校門の前に張り付いていたあの背中に重なって――
 気づけば佐々木の横に並んでいた。
 「キョン?」
 「バス停まで送る。もう遅いから歩いて帰るなんてやめとけ」
 「どういう風の吹き回しだい?」
 佐々木が小首を傾げて俺に問う。上目使いなその表情は4年前のあの佐々木にだぶって見えた。
 なんとなく、本当になんとなくなのだが佐々木の傍に居なければならないような気がして、
 俺は佐々木の歩調に合わせてゆっくりと横に並んで歩く。
 「俺にだっていろいろと思うところはあるんだよ」
 「……そうか」
 「そうさ」

 結局、バス亭どころか家まで送った道中でこれと言った会話は無かった。
 互いに無言のまま、時折空を見上げてまたとぼとぼと歩く。
 けれどそんな静けさが不快ではなく、むしろ心地よい穏やかな時間の流れだった。
 ただ確かなのは別れ際、佐々木の背中にはもうあの妙にアンニュイな雰囲気は無かったということと、
 見上げた空に広がる満天の天の川がやたらと綺麗だったってことだ。




ちなみに、カプリチオは狂想曲の意。
ラプソディの狂詩曲に対応?させてみた。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2007年10月10日 20:32
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。