5-180「ダブルブッキング」

「ダブルブッキング」

 さて、明日は祝日だ。休みってのはいいねぇ。ゴールデンウィークさまさまってヤツだ。
適当にテレビなんぞ見て、さてそろそろ寝るか、そんな頃合いだ。俺の携帯がリングオン。
ディスプレイされるは我らがSOS団、団長サマのお名前。
 これで、イヤな予感がしないほど俺の学習能力は低くない。かといって、これを無視な
んかできるわけもない。そんなことをしたら……ううっ、心に残った傷を抉ってしまった。
 それでも結局、逡巡することツーコール、スリーコール目の途中で、通話ボタンを押す
俺なのだった。
「何してんのよ、電話にはすぐ出なさい。バカキョン」
 まぁこれあるを見越して、電話を耳に押しつけたりしない俺なのさ。20cm離しても明快に
聞こえてくる団長殿の声に不機嫌そうに返事を返すのも忘れない。
 なんだ? 一体全体、どんな用件で、お前は俺のリラクゼーションタイムを邪魔しようと
いうのだ。
「くだらないTVを見て、ごろごろするのをリラクゼーションタイムなんて言わないわよ!」
 いつの間に、俺の携帯はTV電話になったのだ。どっかにカメラでも仕掛けられてないだ
ろうな。
「あんたがこの時間にやってそうなことなんか、三通りもないんだから当てずっぽうに
言ったって、三回に一回は当たるわよ。あー、電話代がもったいないから、用件言うわよ。
明日、9時、いつもの所、以上!!」
 まさにあっという間もなく切れた。いつもながらに、ハルヒのこういう所は何とかなら
んもんかね。そう言いつつも、俺は集合時間用のタイマーをセットし、さっさと寝ること
にした。まったく、俺が何か別の用件が入ってるってことを想像したことすらないんだ
ろうなぁ。




「そうだよ、用件あるじゃねぇか!!」
 飛び起きた。そうだ、明日は佐々木に誘われて映画を見に行く約束をしている。
ハリウッド産の大作アクション映画だ。日米同時上映だとか。なんだとか聞いた
覚えがある。待ち合わせ時間は何時で、どこだ? 半月以上前の約束だった
から……やばいうろ覚えだ。
 現在時刻を確認。もう深夜といわれる時間だが、携帯なら許されるだろう。
携帯のメモリーから佐々木の番号をサーチ&コールする俺だった。
「どうしたんだい、キョン。こんな遅くに、何かあったのかな」
 佐々木はツーコール目の終わりに電話を取った。
 いや、そういうわけじゃないんだ。
「ククッ、察するに、キミは僕との待ち合わせ時間や場所を失念したね。半月も前の約束
だからね、そういうこともあるのだろう。だけど、僕は少し傷ついているぞ。キミは僕が
明日をどんな思いで待ちわびているか、想像もしていないに違いない。言うなれば、
大晦日の小学生くらいにはこの胸は高鳴っているのさ」
 お前がそんなに、ビルの谷間の暗がりにいる蜘蛛男が好きだとは思わなかったよ。
「……ふぅ、まぁたしかに親愛なる僕らの隣人であるピーター・パーカー氏を嫌いな映画
ファンはそう多くないと思うがね。それで、一体どういう用件かな」
 いや、これが申し訳ない気持ちで一杯なのだが、さっきお前がいったとおりなんだ、
これが。ついさっきハル……涼宮から電話があっ……


「涼宮さんからの電話を受けて、僕との約束を連鎖で思い出したのか。……さすがに、
呆れたなキョン、キミは僕との約束をなんだと思っているんだ。それから、もちろん,
涼宮さんと約束はしていないだろうね。僕が先約のはずだ」
 も、もちろんだ。ハルヒにはこれから断わりの連絡を入れるさ。さすがに、さっきの
ハルヒからの約束ともいえない連絡で、半月前からの約束を反故にするわけには
いかない。それは親愛なる友人に対して、あまりに不義理というものである。
さすがの俺にもその程度の仁義はあるさ。
「そうだな、それを聞いて多少は安心したよ。それから約束の時間と場所だが、変更する
ことにした。8時半にキミの自宅まで迎えに行くから、ちゃんと支度をすませて待っていた
まえ。きっと忘れているだろうから、最初から教えるが、明日の映画に使用するチケットは
上映回まで指定されている指定席券だ。入場を並んで待つ必要はないが、指定された
上映回を逃せばただの紙くずだ。時間厳守なのだよ、僕の父のコネで入手したものだから、
きっと感想も聞かれるだろう。一緒に見に行く予定だった男の子に約束をすっぽかされて、
鑑賞できませんでしたなんて僕に言わせないでくれたまえ」
 マシンガンのように飛び出る言葉の嵐になすすべもなく立ちつくす俺なのさ。もちろん、
これは俺が全面的に悪いのだから、きちんと拝聴するしかない。
「中学校時代から思っていたのだが、どうやらキミは変わっていないようだから、
この機会に言わせてもらおう……」
 はい、申し訳ありません。
「……あの時だって……」
 はい、申し訳ありません。
「……そういえば、あの時も……」
 はい、申し訳ありません。
「キョン、聞いているのかい」
 はい、申し訳ありません。
「……キミね」
 はい、申し訳ありません。
「ョンーーーー、もういい!! とにかく、明日、八時半、自宅、以上だ!!」
 唐突に通話は切れた。まったく、どうしてこう、俺の知っている神様たちは、こう俺の
返答を聞かないのかね、どの神様なら教えてくれるんだろうか?
 切れた電話を見つめながら、信仰と神について考える俺だった。さて、と、次の神様に
電話しないとな。
「なに、用件をさっさと言いなさい。どうせ、くだらないことだろうけど、聞くだけなら、
聞いてあげるわ」
 こっちの神様は人をむかつかせる天才か、まぁ、いい。
 さっきは返事をする前に切られたから、言いそびれたが、明日は行けない。外せない
用事があるんだ。誤解の余地がないように告げておかないとな。
「何よ、そんならそうとはっきり言いなさいよ」
 こっちが答える前に切ったのはそっちじゃないか。
「あんたが暇じゃないことなんてなかったじゃない。大体さ、あたしが電話してから
一時間近くも立ってるのよ、遅すぎるわよ」
 俺なりにスケジュールを調整しようとした結果だ。さすがに、明日の約束の相手に
説教されていた、何て言えるわけもない。
「まぁ、別件があるんじゃ仕方ないわね。言っとくけど、このあたし、SOS団団長を
ないがしろにするんだからね。手土産のひとつも持ってきなさいよ。それから、谷口や
国木田とナンパに行くとかの下らない用事だったら、後でひどいわよ」
 なんで、お前に俺の休日の過ごし方をケチ付けられなければならんのか。
「あったり前じゃない。あたしがSOS団団長で、あんたが平団員だからよ。あんたが
下らない人間にならないように監督する義務があるってもんだわ」
 さすがにむかついたので、切るぞと告げて通話を切った。


 開けて、翌朝だ。
 天気は快晴、絶好のお出かけ日和というものだ。折からの行楽シーズン、観光地はどこ
も混んでいることだろう。
 俺は平日張りの時間に起床し、すっきりと準備し、佐々木の来訪を待った、というわけ
には行かないんだな、これが。
「あれほど言っておいたのに、まったく……キミってヤツは……まったく」
 朝食も抜きに、佐々木を荷台に載せ、駅への道をチャリンコふたり乗りって状態である。
まぁ、朝飯は食べられなかったが、佐々木をコーヒー一杯分くらいの時間待たせるだけ
で済んだのは僥倖と言えよう。
「移動時間には30分のマージンを組んでいる。だから、焦る必要はない。ないが、スケ
ジュールの最初からこれではね。予測はしていたつもりだったが、まったく、先が思い
やられるというものだ」
 そんな今日の佐々木は、白のキャミソールにグリーンのカーディガンを合わせて、ピンク
のミニスカートにオーバーニーソックス、足元はちょっとワイルドなアンクルブーツという
春らしい格好であった。太ももの絶対領域がまぶしいぜ。胸に抱え込んでいる籐のバス
ケットにはお弁当でも入っているのだろうか? ちょっと期待するな。これは。
 そんな、浮かれた気分は、駐輪場から駅に向かう途中で吹き飛んだ。なんで、俺は出
かける前に、この可能性に思い至らなかったんだろうな。
 SOS団は九時に北口前の公園で待ち合わせである。当然のことながら、待ち合わせ
場所から北口への見通しはよい。そして、ハルヒは四六時中面白いモノが見られない
かと、辺りを見回している。そう、そのホークアイに俺たちは、ばっちり、補足されたのである。
 ハルヒのオーラはオリンピックの聖火のように轟々と燃えさかっていた。100m先から
だって気がつきそうだ。ハルヒのアヒル口と、逆三角形に燃える瞳に気がつかない振り
をして、何でもないかのように軽く右手を挙げて、挨拶をする。
 佐々木は優雅に会釈した。完璧な愛想笑いを浮かべて。その笑みを崩さないまま俺に
ささやいた。
「これは、キミの無計画性が招いた罪だ。明日以降、キチンと罰を受けて、罪を精算して
おきたまえ」
 朝比奈さんは、可愛い悪戯をした近所のガキを見るような慈愛に満ちた視線で、
俺たちを見て、にこやかに笑っていらした。ああ、今日も、あなたは春の妖精のように
可憐でいらっしゃる。
 長門は季節外れの氷の彫像のようにそこに立っていた。おそらく俺たちに気がついて
いるだろうに、外見からはそれはまったく分からなかった。だが、なぜだろう。俺は季節
外れの北風が吹いたかのように、肩をすくませた。
 ちなみに、古泉は掛かってきた電話に応対していた。きっと、急なバイトが入ったのだ
ろう。明日にでも、コーヒーくらいは奢ってやるとしよう。
 さすがに笑顔も引きつるってもんだ。佐々木はそんな俺の手を取ると、
「さ、急ごうキョン。もう、大分マージンを消費してしまった。次の急行を逃すと、
上映開始まで20分を切ってしまう。そうしたら、劇場に掛かっているCMや次の映画の
予告編を見逃してしまうじゃないか。僕はあの映画が始まるまでの時間を劇場のシート
に座って待つのが結構好きなのだ」
 そう言って、改札口へと急ぎ足で向かっていった。
 おいおい、引っ張るなよ。


「悪いが、ここで涼宮さんに対して、言い訳や弁解をする時間をキミに与えるわけには
いかないのだよ」
 なんで、俺がハルヒに言い訳やら弁解をしなければならんのか。
「キョン、キミは何を言っているんだ。キミは今、そうしたくて堪らない、そんな顔を
しているのだぜ。そんな風景を見せられる僕の身にもなってくれたまえよ」
 俺がハルヒの機嫌取りをしていたら、誘った自分が悪いような気分になるだろう。
佐々木にはまったく非がないからなぁ。それは確かにイヤだな。
 電車の中では、適当な四方山話をしていた。佐々木が通学に使用する時間帯の混み具合
とか、俺の平日強制ハイキングとか、どこにでもいるような高校生がするのに相応しい、そん
なような世間話だ。

 劇場に入ると、佐々木は慣れた調子で、パンフレットを購入した。映画館で映画を見る
のは久方ぶりだが、パンフレットって年々高くなってないか?
「まぁ、これも劇場側にとっては貴重な収入源なのだろう。内容も印刷もなかなか凝って
いるしね。僕は劇場で見る場合は必ずパンフレットを購入することにしているのだよ」
 なるほど、そんな収集癖があるとは知らなかったぜ。
「さすがに、受験生の時はそうそう見に行けなかったからね。あの当時の僕的話題作を
何本か見逃しているのが今でも悔やまれるよ。DVD化される作品が多いといっても、
自宅で鑑賞するのと、映画館で見るのではやはり印象が異なるからね」
 そういうもんかね、劇場まで足を運ぶのがどうにも億劫でな。
「まぁそういうものさ。飲み物を買ってくるが、キョン、キミは何にするね」
 ああ、俺が買ってくるよ。映画を奢ってもらっているからな、これくらいは払わせてくれ。
「そうかい、ククッ、父のコネだからね、僕が金銭を出しているわけではないのだから、気に
する必要なぞないのだよ。でも、キミが珍しくも奢ってくれようというのだ。お言葉に甘えさ
せてもらおう。僕は、オレンジジュースかな、100%果汁のモノがあれば、それがよい」
 あいよ、軽く答えて、売店に向かう。俺はコーラのLサイズ、佐々木に100%オレンジ
ジュースのパックを購入する。まったく、これも劇場で映画を見る風情とはいえ、高い
んだよ。佐々木と合流した所で、結構腹が減っていることに気がつく。朝飯抜いたから
なぁ。ポップコーンも買ってくるべきだったか、そんな独り言を漏らすと、佐々木は微笑
んで持参したバスケットを軽く持ち上げた。
「本当は映画を鑑賞した後の昼食用にと思っていたのだがね。キミが朝食を食べ損ねる
というトラブルが発生したからね、プラン変更もやむなしだ」
 おお、やはりその中身は、弁当であったか、ありがたく食べさせてもらおう。
「せっかく腕によりを掛けた弁当も、劇場が暗くなってしまっては風情も何もないからね。
だから、急いでいたのだよ」
 なるほどな、俺と違ってどこまでも計画的なヤツだ。
「ふん、そんな僕のプランを軽々と越えて次々にトラブルを呼び込んでくれるのはどなた
かな? 頼むからせっかくの上映が中断するようなトラブルは起こしてくれるなよ」


 佐々木の用意した卵とハムとキュウリを中心としたサンドイッチはなかなか美味だった。
ハルヒほどじゃないが、なかなか大したものだ。1.5人前と思しき量はどうやら、俺と佐々木
の二人前であったようで、粗方食い散らかした辺りでようやっと俺はそのことに気がついた
のだった。
 腹減ってたし、その旨かったしで、そのスマン。
「いや、いいのだ。キミのために作ったのだから、キミが美味しく食べてくれるのなら、
それで僕は本望だよ。まぁそれでも、これで僕の昼食はなくなってしまったわけだし、
その分の埋め合わせはキミがしてくれるのだろう、キョン」
 もちろん、昼飯は俺が持つさ。その程度の持ち合わせはある。
「それでは、お言葉に甘えさせてもらう。おや、上映には間に合ったね、始まるようだ」
 劇場はゆっくりと明かりを落とした。お、携帯の電源を切っておかないとな。なにやら、
留守録メッセージがあることを知らせるアイコンがあったが、もう遅い。

 さて、映画は十分に面白かった。三億ドルという天文学的な製作費用を掛けた映画だ。
面白くないわけはないだろう。

 劇場を出て、春の陽気の中、俺は大きく背伸びをした。やっぱり二時間近く
座っていると、身体が縮こまる。
 さってと、これからどうしようかね。丁度昼時だが、二時間前に腹にモノを入れて
しまったので、飯を食いに行くという気分ではない。もちろん、入らないこともないが。
佐々木、お前のプランはどうなっているんだ。
「ああ、近くにね、昼食を食べるのに丁度いいくらいの場所があるのだが、昼食は食べて
しまったからな。どこかでお茶でもどうかな。そこで軽く何か摘ませてもらうとしよう」
 了承し、適当な喫茶店でも探すべく、街を歩き始めた俺たちだった。
 もっともあてなどなかったので、佐々木が決めたこ洒落た喫茶店に入ることにした。
そこは女性客ばかりで、どうやら何かのタウン誌にでも掲載されたらしく、そこそこに
混んでいた。慣れた調子で、注文する佐々木を見るに、コイツはどうやら来慣れてい
るらしい。
「この店は、あの劇場で映画を見た後に必ず寄ることにしているのだよ。なんというか、
癖のようなモノだね。ちなみに、お薦めはケーキセットだ。この店のモンブランは一度
味わっておくことをお薦めするよ」
 お薦めを進められるままに注文する。む、確かに、このモンブランは大したものだ。
栗の甘さが自然に口の中で解ける。それをコーヒーで胃に流し込む。口中に残る
コーヒーの香気が堪らんな。
 ちなみに、佐々木はアフタヌーンティーセットを頼んでいた。何が来るのかと思った
ら、スコーンと、サンドイッチと、クリーム、ジャムが満載された塔のようなモノとポット
で紅茶がやって来た。
「ゆったりと、時間を過ごすにはよいモノだぜ、昼食としても十分なボリュームがある
しね。ああ、サンドイッチやスコーンは適当に摘んでくれて構わないよ。紅茶でよけ
ればコーヒーの後に注ぐといい。お湯のお代わりも頼めるのだ、二煎目までは普通
に飲める。三煎目は紅茶葉も開ききっているからね。お薦めしない。ただ、以前に
ポットに直接ミルクを入れて、煮出すようなミルクティーにしてみたら存外いけること
が分かった。あれはなかなかに発見だったね、貧乏くさいが」
 そういって、佐々木は口元を押さえつつ、くつくつと咽を鳴らして笑った。


 鑑賞した映画のことを中心にしばらく雑談を続け、1時間半ほど時間をつぶした俺たち
は、再び街へと繰り出した。さて、何をしようかね、プランはあるのか、佐々木。
「うむ、ちょっと覗きたい店が近くにあるんだ。キョン、よければ付き合って貰えるだろうか」
 もちろん、否やはない。喜んでお供しますともMJ。ありがとう、ピーターと返す笑顔
も華やかに。俺たちはウィンドウショッピングへと出かけた。
 バスケットから出した何かの雑誌を確かめながら、佐々木は街を行く。
 一体何を見ているんだ。
「あ、ああこれかい。この辺りのタウン誌だ。といっても半年以上も前の号だがね」
 何か、お目当ての情報でも載っているのか? 半年前の情報誌が何の役に立つのか
さっぱりだが。
「ああ、撮影スポットをね、探している。うん、この辺りだ。キョンちょっと右にずれて
くれたまえ、ああ、そこでいい。うん、このアングルで間違いないな」
 ん、何か、記憶に引っかかるな。こんなことがあったような、なかったような。
 佐々木は通りがかったカップルを呼び止めて、何か話している。大学生くらいだろうか。
カップルは何か幸せなモノでも見つけたかのようにこっちを見て笑う。
 なんだよ、他人様に笑われるような格好はしていないと思うんだがな。
 佐々木は、カップルの男の方に、なんだデジカメかを渡している。そして、小走りに
戻ってきた。
「さて、メインディッシュだよ、キョン。今日のプランはこの瞬間のためだけにあったのだ」
 ん? なんで、お前はそんな悪戯な笑顔を浮かべているのだ。イヤな予感がする。
そして、それは即座に現実化することになる。カメラを構えた先ほどの男が、にやけた
笑顔で言った。
「ほら、彼氏。笑って笑って」
 佐々木は俺の隣にぴったりと寄り添う。
「さて、キョン。困ってもらうよ」
 そう言って、佐々木は俺の左腕にぶら下がるように抱きついた。
 ちょと、ちょっと、あんたぁぁぁ。なにしてんのぉおぉ。
 あ、当たってます、当たってるよ佐々木さん。
「当たり前だよ、キョン。当てているのさ、その困ったようなにやけた笑顔が必要なのだ」
 機械的なシャッター音が連続的に響く。
そう、俺はこんな風景を見たことがある。忘れもしない。去年の今頃、コンピ研は
こうして、涼宮ハルヒの軍門に下る最初の敗北を喫したのだ。
 うお、佐々木ーーー。お前は俺をどうしようというのだ。俺の必死の抗議の間も断続的
にシャッター音は響き、インスタントカメラマンはもうノリノリ。そのパートナーである女性
の方はまさに腹を抱えて笑っていた。


「それで、どうなったのですか?」
 俺は、ロダンの考える人のように拳を額に当てて、黙考するナチュラル系クール顔に、
言った。どうにも、ならなかった。佐々木はデジカメを煙のように隠してしまった。
 女性服の構造を知らない俺には発見できなかった。それで、頼んでいたことは?
「ああ、簡単に入手できましたよ。理由も即座に分かりましたとも。あなたは、覚えてい
ませんか? 去年の夏、僕らも、あの街でウィンドウショッピングに繰り出していたのです」
 すまないが、去年の夏の記憶は俺の中でも、もっとも不確かな一週間のひとつなのだ。
「このページです、どうぞ」
 開いたそこには、俺の腕にぶら下がるようにして、真夏の太陽のような笑顔を浮かべた
ハルヒと、困ったようににやけた笑顔の俺が映った写真がでかでかと掲載されていた。

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最終更新:2007年10月10日 11:03
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