5-554「夢で会えたら」

「佐々木さんと同じ大学に入るつもりだったら、まじめに勉強するんだよ」
お袋が、オレの部屋を出て行く時に、一声かけていった。
佐々木は、そんなお袋の方へと笑みを浮かべて、会釈した。

なぜか、今日は佐々木に数学の苦手な所を教えてもらうことになっている。
それは、どうしてかというと……

とりあえず、回想スタート


7月の最初の土曜日、ハルヒの不思議探しにつきあって一日中歩き回ったオレは、
疲れた体を引きずってベットに潜り込むと、ドロのように眠りについてしまった。

    ・
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ふと目を覚ますと、オレは何かいいにおいのする柔らかくて暖かい物を抱えているようだった。
しかも、ベットの感触がいつもと違う。
おそるおそる目を開けると、見覚えの有るような気がする和室に俺は眠っていた。
俺が寝ていたのは、ベットではなく和室に敷かれた布団だったようだ。
ただ、通常と違うのは、全体がクリーム色に彩られて居ることだった。

閉鎖空間?

俺は、あわてて自分が抱きかかえているものに目を向けた。
真っ先に目に入ったのは、短めに切りそろえられたきれいな髪だった。
しかも、彼女(?)は俺の胸に顔を埋めて、寝息を立てていた。
相手の顔をよく見ようと少し体を離すと、俺の目には真っ赤な耳をした佐々木の顔が飛び込んできた。



耳が赤い?
もしかして、狸寝入りですか?

佐々木は顔中を真っ赤にして、再度俺の胸に顔を埋めてしまった。
彼女が来ているのは、薄手のパジャマで、背中に回した手の感触から察するに……。
俺は、思わず、胸元に吸い込まれそうになる目を引きはがした。

「えっと、おまえにはいったい何が起こったのか分かるか?」

「昨日、君の事を考えながら寝てただけ。目を覚ましたら、この状況だった。」

佐々木は蚊の鳴くような小さな声で、答えた。
佐々木が俺の事を考えながら?
なんでだ?

キツネにつままれたような俺の顔を見上げながら、佐々木は少し頬をふくらましながら体を起こした。
俺も、彼女と向かい合うようにあぐらをくんだ。



「くっくっくっ。やはり君はキョンだな。
この手の事だけは『ニブチン』だと、中3の時の評判だったが、今も変わってないようだね。

君も気が付いているだろう。
この部屋は修学旅行で止まった旅館と全く同じだよ。
少なくとも僕の視覚と記憶中枢はそのように判断を下している。
なぜ、この部屋が重要かというとね、僕が君の事を異性として意識したまさにその場所だからだよ。」

恋愛が精神病の一種だとおまえが宣言したのは、修学旅行の直前だったはずだが?

「そのときは、僕の心の中で何が起こっているかを僕自身が認識していなかっただけだよ。
修学旅行でのピロートークの定番と言えば、恋の話だろ。
クラスメートとの馬鹿話の中で、ボクは初めて君に対する好意を実感したんだよ。
とりあえず、修学旅行の時から、間違えなく僕は君のことを好きになっていた。

そして昨日、橘さんと有ったときに、君と涼宮さんとが一年前にいかに閉鎖空間から脱出したかの話を聞かされた。
その話を聞いた後は、橘さんの話が全く耳に入らなくなってしまった。
君と涼宮さんが行ったある情景、が僕の目の前でなんどもなんども繰り返し思い描かれていたのでね。

そこから察するに、得られる答えは一つだよ。
僕は、中3の時に異性として君が好きだった。
そして、今も……。

キョン君、私はあなたのことが好きよ。」
佐々木さん、それは反則でしょう。
まっすぐに見つめてくる瞳を受け止めるだけで目一杯だったのに、
いきなりそんなかわいい声で女の子言葉ですか。
しかも、文字道理二人きりの空間で。

一瞬で攻略された俺は、何も考えずに佐々木の両肩を抱いていた。
そっと抱き寄せると、上目遣いのまま目を閉じてくる。
俺はそのまま佐々木にキスをしていた。

やっちまったか。
あとの事はこの空間を出てから考えよう。
まあこれで、閉鎖空間から……、脱出出来ていない?
何でだ?
ハルヒの時にはこれでOKだったはずなのに。

唖然として左右を見渡す俺をまっすぐに見つめながら、佐々木は口を開いた。

「状況から判断すると、僕は『涼宮さんより上』を望んでいるようだ。
すなわち、『ただのキス』だけでは僕が満足出来ないようだ。」

口調こそ、いつもの調子に戻っているが、彼女の頬は少し赤みを帯びている。
いいのかそれで?
閉鎖空間での結果は現実世界とは関係ないとはいえ、お互いの記憶に残るんだぞ。

「君が僕の気持ちを受け入れてくれるのか一夜の夢で終わらせるのか、
それは君次第だが、橘さん曰く、僕が満足さえすれば僕らはこの空間を抜けれるらしい。」



さて、どうしたものか。
真っ赤な顔をしながらも、こちらを見つめる佐々木を見つめ返しながら少しの間考えていた。
ハルヒの時のように、目をつぶってやることをやってしまう手も有るが、
佐々木の気持ちを考えれば、俺自身の気持ちくらいは決めておかないとな。
俺は、ちょっとの間考え込んでから、自分の気持ちを決めた。

「一夜の夢で終わらせたくなかったら、明日の朝9時半に駅前で待っていてくれ。」

そういって、少し驚いた顔をした佐々木をそっと抱き寄せて、俺は、彼女にキスをした。

ここから先は禁則事項につき、おまえらに話す気は無いが、
現実世界で目を覚ます直前の佐々木の言葉が、次の言葉だったことだけは申し添えておこう。

「では、明日の朝、駅前で待ってる。」



その『明日』にあたる日曜日は、二人で町中を散策したり映画を見たりしたわけだが、それからが少し大変だった。
なにせ、二人でウィンドーショッピングをしているところを国木田に目撃されたり、絶対に俺一人では見ないタイトルの
映画館から二人で出てくるところを、ハルヒに目撃されたりしていたらしい。

次の日には、部室でハルヒに長々と2時間にもわたる尋問を受けわ、その横で長門は絶対零度より100度ほど
低い温度っていうものが存在するならまさにそれそのものというくらいの無表情でその光景を見つめてるわ、朝比奈さんは
どうして良いか分からずにおろおろしているわで、朝比奈さんとのデート疑惑の時以上に厳しいひとときを過ごす羽目になった。

もっとも、古泉の『あなたは何を考えているんですが。僕も仲間も一睡も出来ずにぼろぼろですよ。』
の問いつめには、『ハルヒの面倒を見るのは俺のバイトじゃなくておまえのバイトだろ。
必要ならおまえ自身で何とかしてくれ。』
と切り返しておいたがな。

一学期の期末試験の後、夏休みに俺を塾に放り込むかどうするか悩んでいるお袋の元に訪れて、
暇なときには一緒に勉強することを条件に俺の塾通いを防いでくれたのが佐々木なわけで、
そこで件の冒頭シーンへとつながるわけだ。



「佐々木さんと同じ大学に入るつもりだったら、まじめに勉強するんだよ」
お袋が、オレの部屋を出て行く時に、一声かけていった。
佐々木は、そんなお袋の方へと笑みを浮かべて、会釈した。

お袋が部屋を出た後、佐々木は用意してあったらしい問題集を取り出した。

「では、まずこの問題集にあるマークを付けておいた問題を解いてみてくれたまえ、
それを見た上で君が理解する上で必要な点を復習することにしよう。
ところで、これはご褒美の前払いだ。」

次の瞬間、佐々木の唇が軽く俺の唇に触れた。
ところで佐々木さん、二人だけで居るの時くらいは、『僕』は止めてもらえないかな。


~~ 完 ~~


『夢で会えたら』

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最終更新:2007年10月10日 11:05
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