4-306「トラブル・ホスピタル」

  • 消失のあのワンシーンを見直してからどうぞ。
  • 旧保管庫の「4-306 佐々木×キョン×ハルヒ(病院にて)」の誤字修正及びタイトル変更版です。


『トラブル・ホスピタル』

 シャリシャリ。
 耳に涼しい音が届いている。
 俺は深海の底からようやく浮上しつつある意識の端っこで考えていた。

 自転車、夕方、交差点、軽トラ、横断歩道のハルヒ、そして荷台の佐々木。
 断片的ではあるが俺の記憶に残っている最新のイメージだ。
 いや、若干正確さに欠けるな。
 気を失う前の最後の瞬間は目の前に広がった軽トラのバンパーってところか?
 後ろに乗ってた佐々木は無事だったかな。
 というかあそこでハルヒが呼びかけてこなけりゃ避けれてたんじゃないか?
 俺が目を開けた時、最初に思っていたのはそんなことだった。

 「おや? ようやくお目覚めですか」
 ってまたお前か。なんか前にもこんなことなかったか。
 「意識はハッキリとしているようですね」
 首を動かして辺りを見回す。古泉の手元には皮が一本につながっている剥きかけのりんごが一つ。
 さっきのはそれの音か。にしてもワンパターンだなお前も。
 「どれくらい経ってる?」
 「目覚めて最初の質問がそれですか? 今回はちゃんと覚えているんでしょうね?」
 いいからさっさと言え。とりあえず佐々木と2ケツしているところをハルヒに見られて、
 その直後に軽トラに接触したことまでは覚えてるぞ。
 「でしたら大丈夫そうですね。まさしくその通りですから。
  ちなみに、診断の結果は脳震盪で今は事故のあった日の深夜です」
 まだその日ってことは思いのほか軽症だったみたいだな。
 「ええ、本当に。軽トラックの方が免許取立ての方で、
  安全運転というほか表現のない遅さで走行していたのが幸いでした」
 なんだ、やけに詳しいな。というかまるで見ていたかのような言い方だな。
 「それは当然でしょう。あなたが涼宮さんを放ってデートしている間、
  涼宮さんのご機嫌取りに必死でしたからね」
 何がご機嫌取りだ。ハルヒ共々ストーカーじみたことをしやがって。
 まあそれも良しとしてやる。その代わり、もう一つ聞いていいか。
 「僕に答えられることでしたら。ただ、手短にお願いします。
  あなたが目覚めたことを医師に伝えに行かねばなりませんので」
 ならその前に答えろ。
 俺は先ほど辺りを見渡してからずっと気になってはいたがあえてスルーしていた質問を出すことにした。

 「そこで二人仲良く寝てるのはどういうことだ?」
 そう、俺が横になってるベッドに仲良く並んで突っ伏している我らが団長様と自称我が親友。
 なんとなく想像はできるが自分でその答えを出したくはないという葛藤の末、
 説明大好きスマイル野郎こと古泉に渋々聞いてみたというわけだ。
 「あなたもつくづく罪な人だ。涼宮さんの方は前回のこともありますから言うまでもないと思いますが、
  あなたのご友人の方はご自分も軽いケガをされていましたがかすり傷程度のものでした。
  それで診察が終わってからずっと付き添いをされていたというわけですよ」
 団長たるもの団員の心配をするのも仕事のうちだったか?
 ってそうじゃない。俺が聞いたのはどうして2人がそろってベッドサイドに突っ伏してるかということだ。
 「もし本気で聞いているのなら全国の男性諸氏を敵に回す発言ですね」
 ふん、とりあえずお前なら敵に回しても構わないぜ?
 「その発言、防犯カメラに残りますよ?」
 ごめんなさい俺が悪かったです。ほんとすみません。
 ……さて、いい加減古泉との漫才にも飽きたし、話を進めるとしよう。
 ハルヒの方は簡単だ。前回も寝袋まで用意して付き添ってくれたくらいだからな。
 今回もそのパターンで疲れて眠っちまっているだけだろう。
 問題は佐々木の方だ。
 自分も被害者というかケガ人だというのに俺の付き添いとは、呆れたお人好しだなこいつも。



 「…………ぉが?」「…………ぅむぅ?」
 結局俺の取った選択肢はこうだ。2人まとめて起こしてみた。
 「あ!?」
 今回は寝袋に入っていないせいか動きがスムーズだ。
 ハルヒの方は頬をつねっているのが俺だと分かるや否や俺の右腕を振り払って飛び起きた。
 「ちょ、こらぁキョン! 起きるなら起きるっていいなさいよね!」
 だから無理だろそれ。
 「ハルヒ」
 「何よっ」
 「ヨダレを拭け」
 頬と眉をぴくぴくさせながらハルヒは慌てて口元を拭い……そこでようやく気づいたらしい。
 「ってあんたまた同じネタを! ひっかけようたってそうはいかないんだからね!!」
 腕を組み、怒ったような表情でこちらを睨めつけてはいるが口元に若干笑みが浮かんでいるのが分かる。
 あまりにも予想通りというかいつも通りなハルヒの反応が心地良く、
 また自然だったために俺もハルヒもすっかりと失念していた。
 そう、俺が取った選択肢が何だったかを。ハルヒと一緒に寝ていたのが誰だったのかを。
 「ふむ、ところでいつまで握ったままなのかな? キョン」
 ハルヒとは対照的に、振り払うどころかされるがままになっていた佐々木。
 そのせいで俺の左手は佐々木の頬を握りっぱなしになっていたのだ。
 こいつの頬っぺた意外と柔らかいんだなぁ……ってそんなことを考えてる場合じゃない。
 「ちょっといつまでやってんのよ!」
 気づいたときには俺が手放すのを上回るスピードでハルヒによって左腕も振り払われていた。
 「おや残念」と佐々木。
 何が残念だ。お前もされるがままじゃなくて何か反応しろよ。
 だが、こんなのは序の口だ。こいつはさらに爆弾を投下してくれた。
 まず、佐々木の発言に片眉をぴくぴくとさせながらハルヒがのたもうた。
 「佐々木さんだったわね。キョンも気が付いたし、あなただって一応ケガ人なんだから今日はもういいわよ。
  後はあたしが付き添うから」
 俺としてはもう付き添いはいいから一人にして欲しいのだがね。
 そんな俺の意見は完全スルーで佐々木が続ける――そうここで爆弾を投下してくるのは予想外だった。
 「涼宮さんのほうこそお疲れでしょうし、後は僕が付き添いますよ。
  それに、彼には大事な話もあるし……」
 大事な話? なんだそれは?
 「キョン、改めて聞くまでもないが君は男で僕は女だ。まずそこまではいいかな?」
 いいもなにも、それこそ今更聞くまでもないだろうに。
 ハルヒの方も突然何言い出すんだこいつといった風で頭上に?マークを浮かべている。
 「キョン、道路交通法では事故のときの責任は運転者が負うものなんだ」
 まあ、たしかに助手席や後部座席のやつに責任を取れというのも無茶な話だな。だがそれがどう関係するんだ?
 「自転車は軽車両扱いだ。ということは今回の事故の責任はキョンが取るというわけだ」
 相変わらず回りくどい。なんとなく言いたいことは分かるがそれが最初の発言とどうつながるんだ?
 ハルヒを倣って俺が頭上に?マークを浮かべながら小首を傾げると、くっくっというあの笑い声が聞こえてきた。
 「相変わらずだな、キョン。涼宮さんの方が何倍も聡明だよ」
 片手で口元を押さえながら言う佐々木に促されハルヒのほうを見れば、そこには酸欠の金魚がいた。
 顔を真っ赤にし、全身をわなわなとふるわせながら口をぱくぱくと……ってどうなってんだ?
 「傷物にしてくれた責任は取ってもらわないとね」
 その瞬間俺の思考回路は完全にショートしてしまっていた。
 病室には咽喉を鳴らして笑う佐々木と、ただ口をぱくぱくするだけ何も言えない俺とハルヒ。
 え、何これ? どういうこと?



 次の日のことだ。
 登校するや否や古泉に拉致られた。
 目にはくっきりと隈が浮かび、幽鬼を思わせる悲壮な表情で迫ってくる。
 「あなたは僕たちを殺す気ですか?」
 そう言うがな、あれは不可抗力ってやつだろう……多分。
 あの後病室でどんなやり取りがあったかは読者諸氏のご想像におまかせする。
 というか俺自身、そのことでこれからハルヒ団長もとい裁判官の証人喚問を受けねばならんからな。
 全く、やれやれだ。



 追記
 一つ不可解なことがある。
 硬直する俺とハルヒを尻目に佐々木が最後に言ったあの言葉。
 「涼宮さんだけしてるっていうのは不公平だと思わないかい?」
 どうしてお前があの閉鎖空間でのことを知ってるんだ?
 というかさっきお前の顔が目の前にあったのは気のせいか?
 一瞬記憶が飛んでいるのはどうしてだろうね?



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最終更新:2007年10月10日 20:17
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