7-527「フラクラ返上」

先日の日曜日に、佐々木はともかくとして、その他の同席しているだけでも怒気を抑え切
れなくなりそうな連中と会談を持ってから早数日が経過していた。
その日は、あと5時間も経過すれば再び休日となる週末の夜であり、運動部という強制休
日出勤団体には幸い入っていない俺としては、休みの前の優雅なひとときを過ごせる最良
の状況でもあった。

それにSOS団のトンデモ市内探検も翌月まではないだろうし、脳内を検索しても俺の検索
エンジンからは一件も出てこないほどに憂慮すべきことがなかった。何を言っているのか
わからないだろうが、そのときの俺はそれほど上機嫌だったってわけだ。
だが、そんな気持ちよく自分のベッドに寝っ転がっていたとき、マイ携帯が予告もせずに
鳴り響いた。やむなく俺がベッドから起き上がり、卓上ホルダに差し込まれている携帯の
ディスプレイを確認すると、日曜日に会ったばかりの佐々木だった。

電話に出たところ、佐々木から会って話がしたいという事だ。だが、俺は再び橘を始めと
して、あのいけ好かない未来人に会うことを望まないと答えたところ、佐々木一人だけだ
ということでその誘いを承諾したわけだ。
それでも俺は、穏やかな休日が蒸気カタパルトで射出される航空機のように遙か彼方へ飛
びさっていくことを頭の片隅で感じ取っていた。
そして俺は、自分の熱を帯びて温くなった携帯を無意識に弄びながら、しばらくの間だら
しなく仰向けで伸びきっているシャミセンを見つめていた。



その翌日、そして現在、俺は北口駅前にある公園に向かっている。なんと約束の20分前
だぜ。いつもこうしてりゃ、毎回ハルヒたちに気前よく茶店代を上納することもなかった
ろうにな。
それから間もなく公園にたどり着いた俺は、見回すほど広さもないのですぐに人待ち顔の
佐々木を視界に補足し、右手を挙げて到着の合図をした。
「やあ、キョン。よく来てくれたね。5分前行動というのは運命共同体である軍艦の中で
欠くべからざる船乗りの習慣だったらしいが、キミは20分前に来てくれた。船乗りの鑑
だね。もっとも僕が早く来すぎたのがいけないのだが、それでも待ちぼうけになることが
なくてホッとしたよ」

佐々木は口調自体は普段とは変わらないが、表情には何処か余裕がなさそうに見えた。こ
れから持たれる話というのは、おそらく深刻なのではないだろうか。佐々木の表情がそれ
を物語っているようでもあった。
しかし、佐々木よ。俺はいつから船乗りになったんだ? それに、佐々木は俺がこれほど
早く来たことに意外そうな面持ちであったのは実に失礼なことだ。
だが否定できんのは、日頃の行いかね。遺憾ながら俺の行動パターンは、佐々木とつるん
でいた頃からあまり変わってはいないことだしな。

「ではキョン、件の喫茶店へ赴くとしようか。先週と同じ休日であるから、キミの先輩に
再び相まみえる可能性も否定できないことではあるがね」
そうだな、だが喜緑さんなら俺たちの姿を見たところで誰彼かまわず吹聴して回ったりは
しないだろう。
知られて困るやつなど別にいない、と言いたいところだが、残念ながら約一名にこの秘密
会合のことを知られると、俺の体から脂汗が落ちてくることになるだろう。いや、これ以
上考えるのはよそう。わけもなく頭痛がしそうだ。
そんな考えを振り払うように俺は首肯し、春の日差しが穏やかに降り注ぐなか、2人連れ
だって行きつけの喫茶店へと足を進めた。

俺たちがその喫茶店に立ち入ると、チリンと来客を知らせる鈴が鳴り、それに気づいたウ
ェイトレスが接客のためにカウンターあたりから近づいてきた。
「いらっしゃいませ!」
笑顔を浮かばせながら接客を行うその女性店員は、予想通り私服にエプロンの出で立ちの
喜緑さんだった。
彼女は俺の顔を見ると、にこやかに会釈し、
「こんにちは」
学校での事務的な微笑みよりも20%ほどは親しげなのがうれしい。
ただし俺の主観にすぎない。それに彼女は有機アンドロイドであるし、そう演技している
だけとも言えるが。

喜緑さんの挨拶を受けて俺が「喜緑さん、今日もアルバイトですか?」と尋ねると、
「はい」とたおやかな笑みを返してくれた。
実は喜緑さん、隠れファンがけっこういるんじゃないだろうか。そう思える笑顔だ。
その後喜緑さんの案内に従い、俺たちは窓際の席へと腰を下ろした。
席に座ると、メニューを手に取ることもなく、すぐさま俺たちはお冷やを置きつつある喜
緑さんに注文を伝えた。
俺は前回と同じく、ホットコーヒーを注文した。だが、佐々木はこれから持たれる話のこ
とに気を取られていて無意識によるものなのか、意外なものを注文した。
いや、今は指摘しないでおこう。

「キョン、今日キミにわざわざ来てもらったのは他でもない。先週の日曜日、キミや橘さ
んとの会合を持って以来、ずっとあのことを僕は考えてたのさ。何度も何度もね。という
のも僕にはそもそも、キミのように神秘との遭遇といった経験の積み重ねがないわけだか
ら悩みもするさ。でもね、僕はようやく決断したのさ。今日はそれをキミに報告したくて
わざわざお呼び立てしたわけなのさ。それでだね……おや、注文の品がやってきたよう
だ」
と、佐々木の話が核心に入ったところで喜緑さんが注文の品をトレイに乗せてやってテー
ブルにやって来た。

喜緑さんは俺の前にコーヒー、そして佐々木の前になんと、チョコレートパフェを静かに
置いた。そして恭しくお辞儀をしカウンターに戻りゆく。
俺には意外だった。佐々木がこういったような、いかにも女の子が食するものを注文する
とは思いも寄らなかったからな。まあ、新鮮な発見ではあるが。
「キョン、キミは何を不思議そうな顔をしているんだい? ああ、これかい? こ……こ
れは誰が注文したのかな?」

どう考えても、お前しかいないだろう。
「そ……そうかい。僕としたことが不覚だ。いや、何でもないないんだ。……キョン、キ
ミはこのことを忘れてくれたまえ。未来永劫にだ。もしできることなら、キミの脳から修
正液で記憶を真っ白に塗りつぶして忘れさせたいぐらいだよ」
佐々木は傍目にもわかりそうなほどに動揺していた。
なにもそれほど焦ることもないだろう。むしろ佐々木が年頃の女らしい嗜好を持っている
ことを知ることができて、俺にはほほえましく思えたほどだ。

「忘れろと言っても、今現在俺の前で展開されている光景から目をそらすことは出来んぜ。
それにお前がそう言ったものを注文することは、おかしなことじゃないだろう。佐々木、
お前は気にすることはない」
俺の気休めが功を奏したのか、1分ほど沈黙したのちようやく気持ちを落ち着かせた佐々
木は、俺の顔色を窺いながらおそるおそるアイスクリームをスプーンで口に運んだ。
まあ、なんだ。こうして見ていると、佐々木も普通の女なんだよな。

だが、俺がぼんやりと見つめていたことにややうろたえた佐々木は、
「キョン、キミには見苦しいものを見せてしまったな。お恥ずかしい限りだよ。それにど
うも話が途方もなくそれてしまったようだね。その上なにやら気を削がれてしまった気分
だが、……ここは強引にでも話を元に戻そう。」
佐々木は次に生クリームを口に運びながら、いくぶん真剣な眼差しでそう述べた。
少し緊迫感に欠けるがな。
しかし、佐々木はその様子に反比例して再び重々しく口を開いた。


「キョン、僕はね橘さんの提案を受け入れようと思う」

最初佐々木が何を言ったのか、俺にはまるで理解できなかった。
なんて言ったんだ? 今。
「わからなかったかい? ならもう一度言おう」
佐々木は俺の顔をじっと見据えて、おもむろに口を開いた。

「僕は橘さんの提案を受け入れるよ。そして、キョン。ひいてはキミに協力を願いたい」

その瞬間、俺があの日佐々木を残して一人で帰ってしまったことをひどく後悔した。
佐々木なら、奴らに言いくるめられることもないと考えたのだが、それは甘かったのかも
しれない。やつらは佐々木に何を言ったんだ? 
それに冷静かつ自分が担がれることを好まない佐々木をそう決断させたのはいったい何
だ?
「佐々木、なぜそんなことを言い出すんだ。お前だってあの時、ハルヒのようなトンデモ
能力なんていらないと言ったじゃないか。それに、そんな能力を持ってしまったら精神を
病むなんて事もな。……お前いったい、あの連中に何を吹き込まれたんだ?」

「そのことは聞かないで欲しい。とにかく僕はそう決断したんだ。それに涼宮さんから能
力がなくなれば、キミも苦労することはないし、秋に桜が咲くこともないんだ。だからキ
ョン、協力してもらえないだろうか?」
佐々木の真剣そのものの表情からは意気込みといおうか、断固とした決意が伝わってくる。
しかし、考えてもみろ。ハルヒの変態的能力はあいつの力に対する自覚のなさと、ある意
味いい加減な性格があってこそまともでいられるんだ。
佐々木がその力を認識しつつそれを手にしてみろ、その力の大きさとプレッシャーに耐え
られるか? いや、佐々木自身も懸念を示したとおり、押しつぶされてしまう可能性が高
いだろう。

それともあの胡乱な未来人と、長門とは別個の宇宙人である周防たちに良いように利用さ
れちまうだけだ。どっちだって良い事じゃない。
……躊躇することはない。俺は全力で佐々木を説得し、そして思いとどまらせるだけだ。
俺は佐々木に居直り、
「佐々木、お前には悪いが、その提案を受け入れることは出来ん。もう少し頭を冷やした
らどうだ? あの力をお前が持ってしまったら、佐々木、お前はどうする。 その力を持
つ重さに耐えられるのか? 悪いことは言わん、あんな力はハルヒに任せておけばいい。
俺だって目の届く範囲にあいつがいれば、俺があいつの暴走を止めることだって出来るん
だ」

ひとしきりしり話し終えると、俺はすでに冷めてしまったコーヒーを口にし、喉を潤した。
だが、佐々木はどことなく寂しそうな表情をしつつ、
「そうか、キミは涼宮さんが大切なんだね。 ……いや、なんでもない。僕にはその説得
を受け入れることは出来ない。それと、返事は改めて聞かせて欲しい。そうだね、2日後
にでもまた駅前で会おう。キミにだって考える時間は必要だろうからね。……でも、出来
れば前向きに考えてもらえると有り難い」
俺はハルヒのことについて、そう語ったつもりはないのだが、佐々木はなぜかそう捉えた
ようだ。なんだろうな、このもやっとする気分は。

佐々木のまっすぐすぎるその言葉に、俺にはこれ以上佐々木を思いとどまらせる上手い言
葉が出なかった。情けないことにな。
その後佐々木とは喫茶店を出て、そこで別れることになった。
しばらくの間立ちすくんでいた俺は、呆然とした心持ちでおずおずと帰路についた。
そんな俺の心境を表してか、店に入る前に感じた心地よい風が、今はむしろ俺の心を逆な
でしているようにさえ感じた。



その夜、俺は部屋のベッドに仰向けになり、自分への憤りで歯噛みする思いだった。
なぜあの時、佐々木を橘たちの手に委ねて帰ってしまったのかと。
返す返すも俺のうかつさが悔やまれる。
だが、そんな俺の懊悩を遮るかのように1階から階段を上りつつある音とともに、妹の声
が耳に届いた。
「キョンくーん、でんわー。女の人からー」
部屋の扉をノックもなしで開け放った妹が、幼稚園児のような脳天気さで語尾を伸ばしな
がら電話の子機を手渡しに来た。
俺はそれを受け取ると、電話の内容に興味津々の妹を追いやって電話に出た。

ひょっとして佐々木か? 思いとどまってくれればいいのだがな。
しかし、あいにくと今現在において最悪と言っていいだろうと思える女の声を聞くことに
なった。
「こんばんは。先週の日曜日以来ね。お元気でした?」
この声は、朝比奈さんの誘拐未遂犯にして、佐々木をたぶらかした張本人。橘京子だ。
よりによって、今俺にとって最も怒りをぶつけたい人間から電話が来るとはな。
もう少しで怒鳴りつけてしまうところだったぜ。
だが、佐々木についての情報を何か得られるかも知れない。怒りにまかせた軽率な言動は
控えたほうがいいだろう。
そう考え、俺は極力感情を抑え気味に話しかけた。

「何の用だ?」
「そんな怖い言い方をしなくても良いじゃない。あなたは佐々木さんから話を聞いたんで
しょ? だったら、あたしたちは志を同じくする仲間のはずです」
こいつ、何か勘違いしているな。そもそも俺は、ハルヒの能力を佐々木に移すなんて事を
承諾しちゃいない。佐々木に対してもな。
しかし、橘はそんなことはお構いなしに話を続けた。

「では、あなたに協力してもらう方法について今簡単に説明します。準備の都合もあるの
で、決行は3日後としますね。……あなたには藤原さんについてもらって4年前の7月7
日に遡行してもらいます。そしてもう一人のあなたが涼宮さんに会う前に、あなたには
佐々木さんに会って、本来彼女に備わるはずだった力を芽生えさせるきっかけを作っても
らいます。あなたにはそれだけを協力してもらえればいいの。どう、簡単でしょ? それ
だけで、もうあなたは涼宮さんに振り回されることはないのです」
橘が必死なことは分かった。だが、いまだ協力するとも明言していない俺に対して、それ
ほどに重要なプランをいともたやすくしゃべっちまうなんざ、軽率のそしりを免れないだ
ろう。こいつも根は素直な普通の女なのかも知れないな。
もっとも、橘は俺が協力するものだと疑っていないんだろうが。
さて、このうっかり者にそれを教えてやるべきだろうか?
おっ、ちょっと俺の怒りが収まってきたぞ。大分冷静になれたようだ。
それに今こいつを拒絶すれば、今後こいつらの妨害によって、佐々木を説得することさえ
ままならないかも知れん。それは得策じゃないだろう。
だから否定も肯定もせず一言だけ、
「……そうか」

今はこう答えておく。そして俺は電話を切った。
……全てはこの2日間にかかっている。
だが、俺はその後脳漿を絞り出すような思いで佐々木の説得工作を考えていたが、考えれ
ば考えるほど思考は袋小路に入り、ついに名案が思いつかないままに力尽きた。



翌日の放課後、俺はいつものように文芸部室でSOS団の活動(といっても古泉とチェスを
打っていただけだが)をつつがなく行い、空が茜色に染まりつつある時間になり活動終了
のチャイムとともに本日の活動を終えた。
そして古泉をはじめとして長門、朝比奈さんが部室を出て行く中でハルヒが俺を呼び止め
た。
ハルヒは俺と目を合わせず、後ろの中庭に目を向けながら、
「キョン。あんた……最近佐々木さんと仲が良いらしいわね」
何を思ったのか、ハルヒはいきなりそんなことを言い出した。
だが、なぜかギクッとする俺であった。昨日のことを知っているとでも言うのか?
「何のことだ。俺が友人と仲良くしておかしいことがあるって言うのか?」

「別に……。ただ、昨日あんたと佐々木さんが喫茶店で仲良さそうに話してたっていう話
を聞いたもんだから、ちょっと気になっただけよ。あくまでも団則を重んじる団長として
だけ」
何も聞いていないのに、ハルヒはわざわざそんな言い訳がましいことを捲し立てた。
しかし、あれを誰から聞いたんだ? ひょっとして喜緑さん……じゃないよな。あの人は
そういったことを漏らす人じゃないと思うんだ。
「お前、どこからそんなことを……?」

ハルヒはここでやっと少し得意げに、
「ふん、あたしの情報網を見くびらない事ね」
などと、ハルヒはお庭番の頭領にでもなったつもりらしい。
じゃあ、誰から聞いたんだ?
「誰だって良いじゃない。あたしが言いたいのはね、壁に耳あり障子に目ありって言うで
しょ? だから、あんた、いくら佐々木さんがかわいいからって、妙なことをしようなん
て考えない事ね」
ハルヒはお得意のアヒル口で、俺に極太の釘を刺して、そして「じゃあ、あたし帰る」と
部室を出て行った。
つうか、俺が佐々木にそんなことをするわけがないだろうが。まったく何の心配をしてい
るんだか。
俺は首を振りつつ肩をすくめ、カバンを脇に抱えて部室を出た。
そして階段を下り、下駄箱の前までたどり着くと、解説好きの二枚目野郎が俺を待ってい
た。いうまでもなく古泉なんだがな。
古泉のやつは俺と下校を同じくしようと待っていたらしい。その道すがら、話題はもちろ
ん、佐々木のことに触れざるを得なかった。
「それで、あなたはどうするおつもりですか?」
どうすると言ってもだな、佐々木を説得して思いとどまらせるしかないだろう。
「そうですか。ですが、今のままでは決して佐々木さんを納得させることは出来ないと、
僕は断言できますね」

なぜだ? お前になぜそんなことがわかるんだ。
古泉は意外そうな顔つきで俺を見据え、
「ではお聞きしますが、あなたはなぜ佐々木さんが、涼宮さんの力を得る決断をしたのか
が分かっているのですか?」
いや、残念ながら見当が付かない。佐々木に尋ねたが教えてくれもしなかったな。
古泉はさもありなんといった表情をしたのち、嘆息し、
「僕にはその日、いったいどういった話が持たれたのか、詳細なことは機関の調査でも分
かっていません。ですが見当は付いています」

それはなんだ?
「涼宮さんがそうであるように佐々木さんもまた、いえ、それ以上に根は普通の女性なの
だと思いますよ。あなたの前で被っている仮面を外せば、まさにそうでしょう。彼女は恋
などは精神病の一種と、あたかも達観したような言動を見せていても、実際には人を恋い
慕う気持ちに抗うことのできない普通の女子高生なのです。橘さんはそこにつけ込んで彼
女を引き込んだのでしょう。あなたを涼宮さんのもとから、自分の元に引き寄る事が出来
るとでも言ってね」

そりゃないだろう。佐々木ほど冷静で、恋愛問題にも冷淡と言っていいほどの反応を見せ
る女はいないぜ。
俺がそこまで言うと、古泉はやおら糸目を見開いた。
俺にはこいつの目がギラリと光ったようにさえ感じらるほどの鋭い視線だった。
「今ほどあなたを殴って差し上げたいと思ったことはありませんよ」
なんだと?
「あなたは本当に佐々木さんの気持ちに気づいていないんですか? いや、そんなことは
ないでしょう。あなたは気づいているんだ。それを気づかないふりをしているのでしょ
う」

偽悪的に微笑む古泉のその問いかけに、俺は答えることが出来なかった。
佐々木のことはある程度理解しているつもりだった。なにせ1年もの間つるんでいたダチ
だからな。
だが、佐々木が言葉の端々で、あるいは素振りで見せる俺への好意というか感情に気づい
ていないと言えば嘘になる。
それでも俺はその時、佐々木のその仕草は親しい友人に見せる好意であって、決して女が
男に見せる恋愛感情ではないと思おうとした。
卑怯者だと思ってくれてもいい。それでも俺は、その親友と言うには微妙すぎる間柄では
あっても、それに甘んじていたんだ。
「どうやら答えは出たようですね。あなたが佐々木さんのことを本当はどう思っているの
かはわかりません。涼宮さんに対してもね。あなたのその本当の気持ちを涼宮さんのこと
も含めて佐々木さんにぶつけるべきです。そうすれば、きっと佐々木さんも理解してくれ
るはずです。……いや、言い過ぎました。それ以上はあなたが結論を出すべきでした」
いつになく熱くなったことを恥じたのか、古泉は俺の沈黙を気にしながらも手を振り、
「では僕はここで失礼します」
俺に背を見せて足早に去っていった。
それを見て、俺は聞こえるかどうかわからなかったが、
「古泉、ありがとよ」
そう古泉の背中へと投げかけた。



その夜、俺はハルヒに電話を掛けた。
ハルヒはあまり機嫌はよくなさそうであったが、門前払いは避けられたようだ。
「ハルヒ、手短に言うが、実は俺、SOS団の外部団員をスカウトしたんだ。今度連れて行
くから入団を許可してくれないか?」
ハルヒはやや呆れたような声で、
「はあ? わざわざこんな夜中に掛けた来た用件がそれなの? それに今のところ団員は
不足してないんだけど」
「頼む、ハルヒこの通りだ!」
俺は受話器の前で手を合わせた。間抜けな姿だが。

ハルヒは俺の気迫に押されたのかたじろいだような息づかいが感じられた。
「……わ、わかったわよ。あんた、今日はやけに迫力あるわね。いいわ、許可したげるわ。
誰だかわかんないけど。でも、一つだけ条件があるわ。それはね―――」
ハルヒの提案を聞いて、俺はすぐに受け入れた。
これで準備は万全だ。あとは明日を待つだけだ。



翌日の放課後、俺は授業が終わるとハルヒに断りを入れ速やかに校門を急いで飛び出した。
目的地はもちろん佐々木との待ち合わせ場所である北口駅前の公園だ。
俺は制服のまま、ママチャリを飛ばしてやってきた。俺はママチャリを保管場所に留め置
き、公園にたどり着くと前回と同じく佐々木がすでに待っていた。
「やあキョン、待っていたよ。この2日間は一日千秋の思いだった。大人と子供では時間
の感じ方に違いがあるというが、まさにそれは相対的なもので、どちらにとっても同じ一
日つまり24時間なのだね。まさに僕は、恥ずかしながら、まるで小学生のように相対的
な時間というものを感じていたよ。一つの季節が終わるのではないかと思うほどのね」

こういった物言いはいつもの佐々木なんだがな。
俺はこのまま持論を展開し続けている佐々木を促し、件の喫茶店へと足を運んだ。
残念ながらと言おうか、当然ながらそこには喜緑さんはいなかった。平日だから当たり前
か。生徒会は今好評営業中のはずだからな。
今回は二人ともホットコーヒーを注文し、気持ちを落ち着けた後佐々木は手を組んでテー
ブルの上に載せ、やおら口を開いた。

「さてキョン。この間の返事を聞かせてもらえるかい? 出来れば僕に協力してくれると
有り難いものだが」
これから俺が吐き出す答えをすでに予想しているかのように、佐々木は俺にそう問いかけ
た。
「佐々木、お前の期待に応えられなくてすまんが、協力は出来ない。お前にとって非常に
リスクが高い、そういった目に遭わせるわけにはいかないんだ!」
佐々木は今まで俺に見せたことのないような哀しそうな顔で、
「やはり、そうかい。でも、これが涼宮さんであればキミはおそらく彼女のために受け入
れたんだろうね。そして必死で守ろうとしたんだろう。……やはり僕の負けだ。いや、最
初から勝負にもならない、わかりきったことなのにな。……すまない、キミの答えさえも
らえればそれでいいんだ。わざわざ来てくれて悪かったね」

と言って佐々が席を立とうとすると俺はあわてて押しとどめ、
「佐々木、まだ俺は話し終えちゃいない。まあ、聞いてくれ」
さあ、いよいよ最終段階だ。上手くやれよ俺。今の佐々木に嘘やごまかしなんて通用しな
い。だから俺は自分の思いを全て佐々木に話してやるんだ。
俺は佐々木をまっすぐに見つめ、そしてゆっくりと、かみしめるように俺の思いを語った。

「佐々木、例えハルヒがお前と同じようなことを言ったとしても俺は全力で止めようとし
ただろうぜ。どっちも俺にとって大切な人間だからな」
佐々木は少し驚いたような表情で俺を見返した。その瞳にはやや揺らぎが見える。
「お前が思っているとおり、俺にとってハルヒは大切なやつだ。それは単なる友達という
わけではないし、団長だからというわけでもない。しかしそれ以上の感情については俺は
わからないとしか答えようがない。少なくとも今の時点ではな」

俺はいつの間にかテーブルに置かれたカップから漆黒の液体を流し込み、さらに続けた。
「だがな、佐々木、俺にとってはお前も同じだ。お前も大切な存在だ。もちろん親友と
言った曖昧な存在じゃない。ハルヒと同じく特別な存在だ。だが、これ以上俺の言葉では
齟齬を生じかねない。だから後は察してくれ。……今の俺にはそれしか言えない」
話し終えた後、俺には佐々木の顔が見られなかった。顔から火を噴くとはこのことだぜ。
ったく、分不相応なことはするもんじゃないぜ。

だが、佐々木は俺の言葉を聞き終わった後、くっくっという真似の出来ない笑い声を上げ、
「キョン、本当にその……僕のことをそう思っていてくれているのかい? ―――あれ?
 なぜか目から涙が流れてくるんだろう? 訳のわからない状態なのに……。これはどう
やら、うれし涙というやつだね。どうやら僕は病気にかかってしまったようだ。でも決し
て嫌じゃない、むしろ良い気分なんだ」
佐々木のその様子を見るに付け、俺には理由の見つからない不思議な感情が湧き出し、こ
こが喫茶店じゃなければ佐々木を抱きしめていたかも知れなかった。

不躾な俺の視線を感じて恥じたのか、佐々木は涙を納め無理に笑顔を作った、
「しかしだね、キョン。僕は橘さんたちに宣言してしまった。これはどうしたもんだろう
ね。今さら止めると言えば彼女たちはいったいどういう行動に移るか、僕は不安だよ。悪
いのは僕なのだがね」
「そのことなら心配はいらない。佐々木、お前はSOS団に入ってくれ。外部団員としてな。
そして俺たちと共に行動しよう。なに、ハルヒには了解を取り付けているんだ」
そうさ、佐々木をSOS団に取り込んで俺やハルヒたちの仲間にしちまえば、奴らとてそう
手出しは出来ない。何しろハルヒの力は強力だ。


佐々木はそれでも少し不安げに、
「しかし、良いのかい? 僕は言ってみれば、キミたちの敵対組織の親玉みたいなもん
だ」
「そんなことでかまうハルヒじゃないぜ。それに、ウダウダ言うやつなんてSOS団にはい
ないさ。だから佐々木、安心して俺たちの元に来てくれ」
佐々木はハルヒにも負けず劣らずの笑みを浮かべ、

「よろしくお願いするよ、キョン」



さて、ここからは後日談になる。
佐々木は橘に対してきっぱりと断りを入れた。しかし俺の策が奏功してか、今のところ奴
らは手を出しては来ない。万々歳ってやつだ。

それとハルヒが佐々木の入団に際して出した条件だが―――

「ようこそ、佐々木さん。あたしたちはあなたを歓迎するわ。……その前にこれを着ても
らえるかしら?」

ハルヒは佐々木になんとバニースーツを着せようとしたが、それはハルヒ用のものだった
ため、佐々木の一部のボリューム不足により、その部分がはだけそうになり危うかったこ
とをここに付け加えておく。

念のために言っておくが、俺は見ていないぞ。


おわり

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最終更新:2007年10月10日 21:44
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