4-570「修羅場」

どうしてこんなことに――ありがちな台詞だが、今の俺の気持ちを表すとしたらまさにこれだ。
 ただただ、そんなことを考えていた。


 事の起こりは佐々木の持ち込んだ一枚のチラシだった。
 何故かは知らん。だがそれは間違いなく佐々木が持ち込んだ代物で、
 我らが団長様と自称我が親友との間に何らかの形でホットラインが出来たことだけは俺にも想像がついた。
 まああれだけ奇矯な人間の好きなハルヒのことだ。
 佐々木のこともどっかしらであいつの琴線に引っ掛かったんだろうよ。
 ん? なんだか奇矯な人間の好きなって下りのあたりで変な視線を感じたんだが気のせいか?
 まあいい、俺も疲れているんだろう。春先からこっち、心の休まる暇がなかったからな。
 そう、俺は疲れていたんだ。そうでなきゃあんな致命的なミスをするなんて説明がつかない。
 別に疲れのせいにしたいわけじゃないぞ? ただ少しでも罪が軽くなるようにとだなぁ……。


 「ちょっとキョン、あんた明日暇よね?」
 いや待て。何がいったいどうしてそうなる? というかほぼ断定なのに質問なのか。
 放課後。いつものように部室へと顔を出した俺は、
 いつものように古泉とゲーム――例のフリマで買った碁盤で今日は五目並べだった――をし、
 いつものように長門の合図で部室を出ようとしたところでハルヒに呼び止められた。
 「明日なんだけどね、いつもの集合場所から一駅行ったところで古着メインのフリマがあるらしいのよ」
 またフリマか。というか珍しいな。お前がこういうイベントを提案する時は団員全員で行くと思ってたが。
 「あんたが来る前にもう聞いてるわよ。なんか皆明日は都合悪いらしいのよね」
 そうかい。その都合とやらがお前絡みのものでない事だけを祈るよ。
 それにしても、もう一つお前らしくないのはどういうことか聞いてもいいか。
 「何よ」
 いつものお前ならきっちり下調べ済みで、“あるらしい”じゃなくて“ある”って断定形な気がするんだがな。
 「佐々木さんがね、内容を書いたメールと昨日チラシの写メを送ってきてくれたのよ」
 「なぬ?」
 そこでどうして佐々木が出てくる。というかいつの間にメールをし合う仲になったんだ。
 「別にどうでもいいでしょっ。そんなこと」
 うわ、流された。相変わらず俺の意見はまるっとスルーだな。
 「そういうわけだから。明日、朝9時にいつもの駅前に集合だからね」
 それはやっぱりそういうことなのか?
 「もちろん、佐々木さんも来るわよ」
以上が昨日の放課後のやり取りだ。
 そして今、俺は法定速度もかくやという全力で自転車を漕ぎ駅を目指している。
 今朝、いや昼も近いタイミングだったか。
 「おはよー。キョンくーん、なんか携帯ふるえてるよー?」
 振動する携帯を片手にフライングニーを決めてくれた妹に俺は叩き起こされた。
 『何やってんのこのバカッ!!』
 耳につんざく金切り声。だがおかげで意識がはっきりしてきた。
 『今何時だと思ってんのよ!?』
 そう言われて携帯の画面を見たときの俺の驚愕はまさに筆舌に尽くし難いものだった。
 10時48分。集合時間はとうに過ぎていた。
 着信履歴を見れば9時をまわったあたりからフィーバー状態も真っ青の連チャンっぷり。
 ハルヒ、ハルヒ、ハルヒ、佐々木、ハルヒ、佐々木、ハルヒ……
 状況から推理するに、目覚まし代わりの携帯を止めるどころかマナーにした俺は存分に惰眠を貪り、
 2人からのコールにも気づくことなく今の今まで寝ていた、とそういうことらしい。
 「すまん、今起きたところなんだ」
 『はぁ!? こんのアホンダラゲ!』
 いやはや、今回ばかりは反論の余地もない。
 電話を切るや、俺は超特急で身支度を整え自転車に跨った。
 今日一日で俺の財布は確実にぺらっぺらになることを確信して。


 「すまん、寝過ごした」
 そんなわけで俺は今、2人を前に平身低頭の平謝りだ。なんだか土下座でもしないと収まらん勢いなんだが。
 ハルヒの眉は完全に吊り上っており、両目も見事な逆三角形。いやほんとすんません。
 「何回コールしても出ないし、人がどれだけしん……ってと・も・か・く! 
  分かってるんでしょうねぇ!? あんたがどうやってこの責任を取ればいいか」
 やっぱり今日の買い物は全て俺持ちなのか? いやまあ全面的に俺が悪いんだけどさぁ。
 佐々木の方も、眉を顰めて腕を組んだ状態でこちらを睨めつけている。
 どうでもいいがこいつの眉間にしわがよった状態ってかなりレアなんじゃないか?
 と思考がそれたのが悪かった。伊達に親友を自称しているわけではなかったらしい。
 「キョン、どうやらまだ反省が足りないようだね。
  大遅刻の上にその態度とは一年あわない間に随分と大物になったじゃないか?」
 うぅ、エスパー顔負けの以心伝心を披露しつつたっぷりの皮肉とは。佐々木も相当キテるねこりゃ。
 傍目には美人の部類――というかこの2人が揃うとまた一段と破壊力があるな――
 10人に聞けば8、9人は美人と答えるであろう2人組みに睨まれながら頭を下げ続ける冴えない男……
 というなんともいたたまれないというか人目が痛いというか好奇の視線に晒されてるというか、
 とにかくこんな状況でいつまでもというのは俺の精神衛生上非常によろしくない訳で。
 もう俺の奢りで構わないからその辺の喫茶店に行くなり駅に入って電車に乗るなりしようと提案してみたのだが、
 「却下ね」
 「キョン、まさかはぐらかそうというつもりかい?」
 こういうのを一刀両断というのだろう。
 ってかお前ら2人とも分かっててやってるな?
 2人とも頭の良いやつだから十分にありえる。いや結局悪いのは俺なんだけどさ。
そんなこんなで犯罪の露見した企業の重役もかくやの俺の謝罪会見は10分以上続き、
 俺がとうとう群集に囲まれての土下座を覚悟した頃にようやく2人から発せられていた怒気が柔らいできた。
 うむ、やはり謝る時は誠心誠意でということだな。真摯に訴えればいつかは通じるということだろう。
 まあ橘のような真摯さは如何なものかと思うがね。
 「まったく、あんたにはSOS団の団員としての自覚と教育が足りなかったようね」
 うあ。今度はお説教モードにシフトか? 頼むからもう勘弁してくれ。
 「ごめんなさいね、佐々木さん。うちの団員のせいで貴重な時間を無駄にしてしまって。
  団長として後でしっかりと言い含めておくから、今日のところは大目に見てあげて」
 どうやら許してもらえたらしい。いや言外に後でまた責めると言ってるのを許したというのか分からんけど。
 「こちらこそすみません、涼宮さん。中学の頃の1年間、彼には約束を守ることの大切さを
  再三言い聞かしたつもりだったんですけど。キョンの親友としてこちらからも謝ります」
 ……なんだか雲行きが怪しくなってないか?
 俺は恐る恐る顔を上げて2人の様子を伺う。
 うん、2人とも完璧な笑顔だ。
 お互いに向き合って、今にもうふふとかおほほとか聞こえてきそうなくらい完璧な笑顔だ。
 たぶん、何も知らない奴がこの場面を見たら腰を抜かすか失禁するか下手したら気を失ってもおかしくない。
 俺も今にもチビりそうなくらいに恐い。というか怖い。
 いつだかの森さんのあれが2人分。
 誰か、この哀れな俺に救いの手を。いやマジで頼むから。なぁ?

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最終更新:2007年10月11日 21:49
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