23-952「パンプキン・パイ」

ハロウィンの数日前、佐々木はいつになく真剣な顔で言ってきた。
「キョン、ハロウィンの夜は僕に付き合ってくれないか。いっしょにパンプキン・パイを食べよう」
「いや、残念ながら、SOS団で仮装して町を練り歩く予定なのだが」
「涼宮さんとは毎日会ってるじゃないか。最近、僕の申し出を断ってばかりだし。君は親友の僕を一年もほったらかした上に、」シクシク
「キョンさん酷いですよ。折角の佐々木さんの申し出を」
「―――泣かした―――」
「相変わらず酷い奴だな」
佐々木は泣きそうになっていた。気丈な佐々木が泣くなんて滅多に無い。
男としてこれは駄目だろう。佐々木も一応女なんだから。って俺、完全に悪者になっているな。
それに、いつも勉強をみてもらっている恩もあるしな。
「わかった、ハルヒ達には断っておく。ハロウィンの夜は付き合うよ」
「ありがとう。恩にきるよ」
その程度で恩にきられなくても良いのだが。


「というわけで、すまん」
「へー、またデート?仲が良いのね。うらやましいわね。良いわね彼女いる人は」ビキビキ
(また佐々木さんとデートですか?また閉鎖空間が)
「ひえー、怖いです」
例のごとくで、朝比奈さんはオロオロして、古泉は溜息をつき、ハルヒはアヒル口で機嫌が悪そうだ。
そこまでは予想範囲内だが、長門の表情は、、、読めないな。相変わらずの無表情な顔と水晶のような綺麗な瞳。
「言っておくが、俺と佐々木とはデートとか恋人どうしの付き合いをする関係じゃないぞ」
(あれをデートじゃないと言うのは、世界中であなただけですよ、全く。佐々木さんのほうが良いなら良いで、正直に言えばまだ救いがあるのに)
「SOS団では団の活動が何にも優先される・・・」
おい、長門まで、そんなDQN発言を。どうした長門。何を考えているんだ。
長門の表情が読めるようになったという自負は俺の勘違いだったか、やれやれ。
「よく言った、有希。キョン、あんた平団員のくせに団の活動に参加しないなんて、生意気だわ」
そんなことを言われると、真面目に団活動する気分がさらに無くなるぞ。
佐々木と二人きりでなく佐々木団で行くということもあったのか、すったもんだの末、団長の許可がやっと下りたのである。


その頃の佐々木団
「佐々木さん、あれってもしかして嘘泣きだったのですか?」
「私は狙って泣くほど器用じゃないわ」
「まあ何にせよ規定事項が守られそうだな」
「―――勝負は―――これから―――頑張って―――」


実は、俺の勘違いで、佐々木団ではなく佐々木と二人きりで行くことになっていたことに、気づいたのは当日だった。
ハロウィン当日
「え?二人きりだったっけ?」
「僕と二人では嫌なのか、キョン」
「いや、むしろあいつらがいないほうが俺は良いが」
今でもあいつらは苦手だからいない方が良いのだが、結果的にハルヒ達に嘘をついてしまったな。

その夜の佐々木は、台風の後の秋の透き通った空のような、とびっきりの笑顔を見せていた。
ハルヒのイメージがその名のとおり春だとすると、佐々木は秋だな。
ただ、その格好がなー。
普段しない化粧をしていて、真っ赤な口紅をつけ、そして、胸が開いた服を着ていた。そして、下は超をつけても良いミニスカートだ。
無意味に男の目を引いてどうするんだ。
「佐々木」
「どうしたんだ、キョン」(キョンは照れている。ちょっと恥ずかしいけど、この格好は成功か)
「その格好は、何とかならないか?」
途端に佐々木の顔が曇った。
「これから食事するんだぞ。体に悪いから化粧とか、口紅とかは落とせよ。それから夜が寒いこの時期になんて薄着なんだよ」
「わかったよ、トイレで化粧落としてくる」
行っちゃったよ、佐々木。怒らせたな、どうフォローしようか

「まだ10代なのに肌を痛める化粧などするなよ。化粧が肌に悪いことはお前が言ったんだろうが。お前は化粧なんかしなくても美人なんだから」
「そうかい」
「お前の容姿なら大抵の男を化粧無しでも落とせるぞ。もっと自信を持て」
「気休めは良いよ」
佐々木は秋雨の降る前の空のような悲しい顔をしている。
ひょっとして、佐々木。今、好きで落としたくて、落とせない男がいるのかな?恋愛は精神病と言っていたお前が。
「お前の容姿はハルヒや朝比奈さんに負けていないし」
「でも、実際、あの二人の方が勝っているのだろ、キョンもそう思うだろう」
「いや、他の男はどうか知らないが、俺の個人的な好みではお前の方が良いぞ。俺の基準ではお前、朝比奈さん、ハルヒの順だ」
その小難しい口調を除けば、という失礼なことはさすがに言わなかったが。

谷口評では容姿だけを評価するとして、朝倉>ハルヒ=朝比奈>>>鶴屋>>>>佐々木=長門らしいが、
俺は佐々木>朝比奈>ハルヒ>>>朝倉=鶴屋>>>長門と、かなり違うんだよなー。
谷口説を支持している男子が多いらしいから、俺はひょっとしてマイナーなのかな?

意外なことに、俺の懸命のフォローにも関わらず沈んでいた佐々木の顔が、その言葉と同時に、ぱっと明るくなった。
「嘘でも嬉しいよ。キョン」
嘘じゃないのだがなー


なお、後で知ったことだが、その頃、橘達は必死でハルヒ達の足止めをしていたらしい。
礼を言うべきかな?やはり
そして、俺たちは、予約していたレストランに入った。
そのレストランはカップルであふれかえっていた。カップル割引というものがあったらしい。
俺達もカップルに見えるのかな?見えるのが当たり前かもな。親友どうしで来るのは俺達くらいか。

佐々木の選んだレストランの料理の味は格別だった。
デザートはハロウィンらしくパンプキン・パイで、これがまた絶品だった。
食事が済んでコーヒーを飲んでいると、佐々木はこう言った。
「このパンプキン・パイをいっしょに食べた男女は、永遠に結ばれるらしいよ」
「え?本当か?」
「冗談だよ」
なんだ冗談か。残念、じゃなくてびっくりした。
後で知ったことだが、佐々木の言ったンプキン・パイの噂は本当にあったらしい。

帰り道、すれ違う男達が佐々木をいやらしそうに見ているようで気になった。佐々木の格好じゃ寒いだろうし。
「佐々木寒いだろ、これを」
俺の上着を佐々木にかけてやった。
「全然足りないな、キョン、君が暖めてくれ」
そう言って、佐々木は俺の腕につかまってきた。
その無邪気な顔を見ると、すぐにでもいかがわしい事をしそうになりそうで。それで、佐々木の顔を直視できなかった。
佐々木、お前は何を考えている?
俺達が親友だからといって無防備すぎないか?俺も男だぞ

佐々木はいつか他の男と結婚するのだろうか?それを思うととたんに悲しくなった。
「キョン、あまり楽しそうじゃないな。もしかして今日も涼宮さんといた方が良かったか?」
「お前、いやにハルヒを気にしているな。そうじゃなくて、楽しい今日も終わっちゃうんだな、と思うと」
「僕もそうだ。少し寄り道して帰ろう」

佐々木といっしょに見た秋の夜空にはオリオン座が美しかった。
「中学時代は、君とよくこの空を見たな。懐かしい」
「そうだな」
あの時、毎日のように見た夜空。あの頃は、二人の男女の親友という恋人未満の関係が永遠に続くと思っていた。
俺も佐々木もいずれは結婚する。ということは、親友としての関係は結婚するまで、いや、多分どちらかに恋人ができるまでのもの。
その佐々木も俺に恋人ができるのは嫌がっているみたいだ。俺がハルヒや朝比奈さんと付き合うのを。

佐々木を失うのは嫌だ。そう思った。
一年間も佐々木を忘れて暮らしていたのに、俺って何て勝手なんだ。
「佐々木、良ければ今日食べたようなパンプキン・パイを俺のために作ってくれないか?」
佐々木は突然の俺の申し出にキョトンとしていた。が、すぐに笑顔でこう言った。
「親友の君の頼みだ、喜んで作らせてもらうよ」

駄目だ、こんな婉曲的な表現では
「そうじゃなくて、お前との親友の関係を解消したいんだ」
とたんに佐々木は泣き出しそうになった。
「やっぱり君は涼宮さんの方が良いのか。それとも朝比奈さんの方なのか。もしかして長門さん」
「違う、俺には佐々木が一番なのだ。だから親友の関係を解消というより発展させて、これからは恋人関係になりたい。
俺はお前さえ良ければ明日にでもお前と結婚したいと思っているんだ」

佐々木の目から大粒の涙が流れた。やっぱり親友と恋人は違うのか?
「すまん、悪かった」
「違う、嬉しいんだ。僕はずっと君と恋人どうしになりたかった。でも君のまわりには僕より美人の女の子がいるから、不安だった」
その言葉を聴いて俺は天にも昇る気分だった。
「キスして良いか」
「こちらこそ」

その後、何故か既に俺と佐々木が書類上結婚していることになっていたり、部室でハルヒと長門に拷問受けたりされたことは後の話だ。
なお、俺達夫婦のハロウィンの結婚記念日にはパンプキン・パイを食べるようになったのは言うまでも無いことだ。
(終わり)

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最終更新:2007年11月01日 08:10
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