24-423「キョンの溜息」

俺が中学最後の年。全三年生諸君が待ち望んでいる最大お祭り行事――修学旅行がやってきた。
ウチの学校は二年だとか、細かいことにはこの際触れずにおこう。
その待ち望んでいる全生徒にはもちろん俺も例外なく含まれ
その日が近づくにつれ自然と周りも騒がしくなっていった。

現在の昼休みも修学旅行熱真っ只中である。
後ろの女子グループは修学旅行のプランを考えるためのお泊り計画を立てているし
俺の周りの男共は土産代をいくら持っていくかで競い合った後もつまらない話で盛り上がっている。

というわけで修学旅行を間近に控えた我が校の三年は
その後にそびえ立つ悪魔の如き定期テストの存在も忘れ完全に浮き足立っていた。結構なことじゃないか。

その後10分ほど話し込んだ男子生徒達は仲良くトイレへと旅立って行った。


「はぁ・・・やれやれ」
思えばこの頃から口癖となる兆候が出始めていたのか
溜息と共にお馴染みのフレーズを口にすると、俺の台詞を咎める奴が現れた。


「穏やかではないね」
佐々木だ。
佐々木は着席していた俺の横に来ると、いつもの口調で話し始めた。

「僕の経験を元に言わせてもらうと、この時期に君が溜息をつく理由は皆無なのだが。
もし君さえ良ければそんな僕に新たな経験をさせるべく、その理由を教えてもらいたいものだね」
「ほっとけ」
単なる不可抗力だ。と言いかけ、口を半開きにさせたところで俺は停止した。

その通りなのである。前述の通り、全生徒がこの修学旅行を楽しみにしておりその中には俺も含まれていた。
実際、先程周りで土産代トーナメントをやっている時までは万更でもなかったのだが・・・
つい今し方気分が急変したようだ。喩えようのないモヤがかかったような何とも言えない気分である。

はて?別に俺の体調が保健室のお世話になるほど変調したわけでも
修学旅行後の期末テストを想像したわけでも
4限の英語のテキストを忘れたことに気付いたわけでもないのだが。

「わからん」
そう正直に答えると佐々木は訝しげな表情を浮かべながら聞き返してきた。
「・・・それはどういうことだい?」
「わからんものはわからんのだから仕方ないだろ」
と、またもや素直に答えた俺に対して佐々木はつい見とれてしまいそうな極上の笑みで返してくれた。

嘘をつかなかったご褒美かな。

「相変わらず興味深いね、君は。自分が溜息をついている理由がわからないとは。いや、実に興味深い」
それは褒めてるのか、それとも貶してるんだろうか。
「褒めてるんだよ。まぁ、君のその吐息が修学旅行先まで運ばれないことを微力ながら願っているよ」
じゃあね、と言うと佐々木は後ろを向いて女子グループの塊の中へと入っていった。


そして再び一人となった俺は改めてこの溜息の原因を考えてみることにする。
別に大したことではないと思うのだが。
俺は眉間に指を当ててそれっぽく悩んでやる。
考え事をするときはこうしろと一休さんとやらが教えてくれたからな。
おかげで小学校時代は毎朝遅刻との戦いだったが。


「えぇ・・・と」
確か俺の周りで土産話が始まり――俺の6倍の額を持っていく奴が優勝をかっさらい
その話が終わった後で一人が
『俺は修学旅行で決める!』
とわけのわからんことを言い始めたんだ。

ここまでは間違いない。

「それから――」
そいつは佐々木を呼び出して話をすると言っていた。それだけだ。


「・・・・・・」
わからん。一向にわからん。
その時周りで囃し立てていた男共にはムカついた気もするがそれは溜息には関係ないだろう。
結局いくら考えても俺の頭の上で電球が点灯することはなかった。

まぁ多分・・・昨日あまり眠れなかったのが今になって響いてきたに違いない。そういうことにしておこう。
俺は溜息の理由を寝不足と断定すると、4限の準備に入るべく机の中から英語の教材を取り出そうとして


忘れたことに気が付いた。
「やれやれ」            


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最終更新:2009年07月11日 09:37
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