24-746「最初で最後のオーバータイム」



俺は涼宮ハルヒと出会い、ハチャメチャな毎日を送っている――



「違う!」

これは何だ?予知?既視感?いや、そんなものは今はどうでもいい。

ただ一つ確かなのは――



このまま何もしなければ俺は一生後悔するってことだ。

大切なのは過去でも未来でもない。

今だ。俺が生きている、行動できる今なんだ。


こんなことになぜ今まで気付かなかったんだ。
佐々木の思いになぜ気付いてやれなかったんだ。いや、気付こうとしなかったんだ。

ひょっとしたらもう遅いのかもしれない。もう終わったのかもしれない。
それでも・・・ほんの、ほんの一握りでもやり直せる可能性があるのなら・・・・・・


神様でも悪魔でも誰でもいい。だから――


だから俺にチャンスをくれよ。






俺が帰ってきたときには佐々木はもう戻っていた。

「どこに行ってたんだい?」

少し――、怒ってる。

「戻ってきたときに相手がいないときの気持ちも少しは考えてくれ」

帰ったかと思ったじゃないか、と呟いたのを俺は聞き逃さなかった。


俺は慌てて先程買った袋を出そうとして――止めた。なぜかはわからない。

「すまん」
素直に謝った。こんな言葉で許してもらえるかは定かではなかったが、
俺の意に反して佐々木はあっさりと許してくれた。

「いいさ」

そして佐々木は何かを考えるように一瞬目を閉じると、俺に懇願するような口調で

「その代わり・・・もう少し僕に付き合ってくれないか?」

と言った。


佐々木の頼みを断る奴なんてこの世に存在するのだろうか。少なくとも俺には断る理由はなかった。

もともと今の状況だって貰ったようなものだ。それならば楽しまなければ損だろう。

「いいぞ。どっか行くのか?」
目の前の少女はその問いに答えることなく歩き始めた。
その間佐々木は終始無言で何かを考えているようだった。
悩んでいる佐々木を横で見るのも悪くないな。
そんな事を考えながら、歩くこと数分――


俺たちはそこに着いた。

着いた場所は何の変哲もない道路だった。そこで立ち止まったと言う方が正しいのかもしれない。
ここで佐々木がやっと息を吐いた。

「ふぅ。やっぱりダメだね」
何がだ?
「昨日班の友人に色々ご教授いただいたんだよ」
あぁ。あいつらか。
「今人気の飲食店や遊戯場なんかをね。しかし――」


「やはり私にはムリなようだ」
恐らく呼称が変わったことに本人は気付いていないだろう。
昨日のように。

「私は世間一般の女性とは考え方が違うらしいんだ。それはキョン、君がよくわかっているだろう?」
俺は無言のまま。
「自分でも考えたりするがダメなんだよ。これが私なんだ」
自分を確かめるように。
「今日だって・・・・・・何をすればいいかわからない。ただ一生懸命土産を選んだだけさ」
自分に呆れるように。
「情けないことに気の効いた交遊場所の一つも思いつかない」

佐々木。

「まったく。こんな自分には嫌気がさすね」

もういいんだ。

「だから――」

佐々木。

「だから今日はこれで・・・・・・・・・・終わりにしよう」


佐々木は静かにそう言うと俺に背を向けた。


「・・・・・・」


俺は無意識の内に彼女の腕を掴んでいた。


気付けよ佐々木。

買い物中、土産を真剣に選んでいたお前。さっき黙って歩いていた時の横顔。
今、手を震わせながら俺に話し掛けている仕草。頬を伝っている涙。そして――、



そしていつも俺に見せてくれる天使のような笑顔。


その全てが愛らしい、佐々木という女性のものなんだよ。


ああ、俺は――

なんて――


俺は一度目を瞑った後、目の前の少女に向かって話し始めた。



「・・・・・・ホント、俺って奴はどうしようもないバカでマヌケで臆病で」

「特別成績がいいわけでも、顔がいいわけでも運動神経があるわけでもないし」

「自分にも自信が持てなくて、お前に今日誘われたことも変に勘ぐるような鈍感意気地無し野郎だ」

「でも、こんな――」

「こんな俺でもたった一つだけ気付いたことがあるんだ」


佐々木は真っ赤な目で俺を見つめている。


「俺には気になる奴がいた」

「そいつは毎日俺に話し掛けてきて変な話をしてきた。いつも笑顔の変わった女、それが初めの頃の印象だった」

「そいつが笑うと自然と俺も嬉しくなったし、俺の一日は幸せなものになっていった」

「いつの間にか毎日その笑顔を見ることが俺の楽しみになっていたんだ」

「難しく考える必要なんてなかった。ただそれだけだったんだよな」

「それなのに、俺が根性なしのせいでずいぶんと遠回りしちまった」

「けど、やっと気付いたんだ」

俺の一番望むモノ――

「佐々木」

それは――

「好きだ」



「・・・・・・ありが・・・とう」



そう言って、俺の愛する女性は頬を濡らしながら・・・
今まで見てきた中で一番の笑顔を俺にくれた。

あぁ――

こんなご褒美が貰えるならもっと早くに気づけばよかったな。






一通りその空気を味わい尽くした後で、俺は思い出したように袋から髪止めを取り出し
さっきはこれを買いに行ってたんだ、と言った。

「俺の間抜けさ加減がこれで許されるとは思わないが、受け取ってくれないか」

目の前の少女は不敵な笑みを浮かべている。

「まったく。君はこんな物で、今までの僕に対する無礼の数々を帳消しにできるとでも思ったのかい?」
「う・・・いや・・・・・・思ってない。その通りだ」
じゃあ、どうすればいいんだ。と俺が尋ねると


佐々木はしばらく考えた――振りをして答えてくれた。


「これで許してやろう」


そう言って、俺の渡した髪止めを髪に付け――



そっと目を閉じて背伸びをしてきた。



やれやれ。



どうやら彼女には頭が上がりそうにないね。



後ろから三人分の風の音が聞こえてきた――



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最終更新:2009年02月03日 09:13
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