12-453「パーティー:BBQ編前半」


 一夜明けて翌日。
 SOS団主催野外焼き肉パーティの当日である。
 俺は寝不足の眼をこすりながら、納屋から取り出した親父のクーラーボックスを自転車の荷台に括りつけ、一路長門のマンションを目指していた。


「遅い!! 罰金!」
 オートロックの扉を開けてもらうべくインターホンを鳴らした俺を迎えたのは、長門の沈黙ではなく、脳天を突き刺すハルヒのパワーボイスだった。おいおい、集合時間はまだ先だろ。
「団員が団長待たせたら、ペナルティよ」
 大体、お前が長門のトコに来る予定になんか、なってなかったじゃねえか。
 ハルヒに迎い入れられ、長門宅に足を踏み入れる。
「ハルヒ、長門は……よお、おはようさん」
 俺が入ってきたことに気がついたのか、長門は丁度、寝室から顔を出したところだった。お、今日は制服じゃないんだな。
「たまにはおしゃれもいいもんでしょ。有希ったらいっつも制服だから、クローゼットの中とかどうなってるのかと思ってたんだけど、そこそこ衣装持ちなのよね。久しぶりに他人のコーディネイト楽しんじゃった」
 そう言ってハルヒは、やって来た長門を抱きしめる。
「ん~~、やっぱ有希ってば素材がいいから、可愛い格好が似合うわね~」
 長門は等身大のぬいぐるみのようにハルヒにされるままになっている。さて、そんな長門の今日のファッションだが、全体的に赤と黒でまとめられている。下から赤黒ボーダーのオーバーニーソックス、タータンチェックのミニスカート、襟元にフリルの入った白いブラウス、これから焼き肉だっていうのに白はねえだろ、と思ったが、焼き肉のタレで服を汚す長門というのも考えにくかった。さらにいうなら、どんなに頑固な汚れであっても長門の敵ではないだろう。驚きの白さ、長門有希である。
 閑話休題。長門の描写を続けよう。ブラウスには赤いリボンタイ、衿もとだけ見ると、どことなく古い少女漫画に登場する美少年のようだった。黒いベストを前を留めずに羽織り、頭には黒いニットの帽子。
 ネコミミがついているみたいだな。
「ど~~よ~、あんたにはネコミミ属性はないんだっけ?」
 ニヤニヤと笑いながら、ハルヒが問いかけてくる。ねえな、そんなわけの分からんものは、しかし、長門の制服姿を見慣れすぎた所為か、微妙に違和感があるな。
 ハルヒが目を逆三角につり上げた。あわてて、言葉を足す。最後まで言わせろよ。
 でも、なんか見違えたぜ。よく似合っているよ。やっぱ、女の子がオシャレするのってちょっといいよな。
「そう」
 長門はいつもの無反応、だけどいつもより4度ほど高い気温の声を返す。照れてんのか? いや、まさかな。
 ちなみにハルヒだが、今日は空色のショートパンツに、黒のオーバーニーソックス、上は春らしく、襟ぐりの開いた黄色のTシャツに青いパーカーを肩に羽織った活動的なファッションだ。ちらちらと顔を覗かせる白い脇腹から、目をそらす。
 さっさと昨日作った荷物詰めて、出発しようぜ。いつもの集合時間よりさらに早めで行動してるんで、微妙に眠いんだよな、朝飯も抜いてきてるし。
「ったく、朝食くらいちゃんと取りなさいよ、意地汚いわね~」
 9時集合、現地に移動で12時前には準備できちまうじゃねえか。丁度いいくらいだよ。
「あのねぇ、それじゃ、みんなで集合して焼き肉やるだけじゃない。はっきり言うわ。そんなのじゃダメよ! SOS団らしくないわっ」
 それじゃあ、何をするんだ。そう言いきった以上、何がしかのアイデアはあるのだろう。
「たまには別の場所で不思議なものを探索するのも悪くないと思うのよ。何時も同じ場所じゃ意味ないし、だから今日はあの辺りの河原で不思議を探すわよ!!」
 …………朝飯、食ってくるんだったな。


 俺が3つのクーラーボックス――ひとつはハルヒが、もうひとつは長門が用意したものだ。――を幕の内一歩よろしくタスキがけに抱え、北口公園にたどり着いた頃には、全員がそろっていた。
 明茶色の春物ジャケットに淡いブルーのYシャツをノーネクタイで身にまとい、貼り付けたような朗らかな笑みを浮かべている古泉と淡い桜色のワンピースに白のカーディガンをふわりと着た砂糖菓子のような朝比奈さん。ああ、あなたの前では春の女神すらも色あせる、その白い手にお持ちになっている籐のバスケットには何が入っているのでしょうか?
 そしてもちろん、我が友、佐々木もいる。
「よしっ全員そろってるわね、それじゃあ早速出発しましょう!!」
 古泉、お前はこっちのクーラーボックスを持て。
「はい、わかりましたよ。お、結構重いですね、これ」
 とりあえず、一番重い奴を押し付けることに成功したため、荷重が3分の2以下になり、軽くなった肩を回す。う~、きつかった。
「ところで、ふたつほどあなたに伝えることがあります」
 なんだよ。おい顔、近いよ。
「他の人には聞かせられませんから。ひとつめ、僕らは現在、橘さんのお仲間によって尾行されています。もっとも、さらに『機関』の人間も張っていますので、彼らが何か行動に移すことはないと思います。おそらく、佐々木さんをガードしているつもり、なのでしょう」
 なら、OKだ。多少気分が悪いが、俺に気取られるほど、向こうさんは素人じゃないんだろ。
「ええ、恐らくは。と、いうのも、彼らのことは僕もあまり良くは知りませんので。さて、次ですが、……昨晩、佐々木さんと何かありましたね」
 古泉から目をそらす。古泉は俺の正面に回り込む。目をそらす、古泉が………この野郎。どうしてそう思うんだ、そう、目線を合わさずに言った。
「これはこれは、人物観察を趣味にしているかのように周囲の人間を見ているあなたが今日の佐々木さんの変化に気がつかなかった、と?」
 ぐっ、痛い所をついてきた。そうだ。今日の佐々木は、昨日までの佐々木とは別人のようだった。何しろ、喜色満面という四文字熟語の権化と化し、全身からピンク色のオーラが吹き出しているかのように幸せそうなのだ。うう、そんな佐々木を見ると、昨日のことを思い出して自然に顔がほてってくる。
「そのピンク色のオーラも、あなたが個人的に声を掛けてくれなかった瞬間に灰色になってしまいましたが。どうやら、僕は佐々木さんに対する評価を改めなければならないようですね……まったく、罪な男(ひと)だ」
 俺の態度から、即座に正解を導き出した古泉はそう言って額に手を当てて、短く嘆息する。こういうポーズがクーラーボックスを背負ってても決まるんだから、ハンサムはずるいね。

 俺たちは、私鉄に乗り、会場となる公園へと移動した。休日の車内はそれなりに空いており、俺たちは席には困らなかったが、俺は何となく、足元にクーラーボックスを置いて立ったままで、車窓に流れる風景をぼんやりと眺めていた。
「キョン、昨晩は遅くまでメールしてすまなかったね」
 佐々木が声をかけてきた。まぁたまになら構わんさ。吊り革によっかかるようにして答えた。昨晩、いや日付的には今日だな。俺は夜中の2時3時までひっきりなしに佐々木から飛んでくるメールに対応していたのである。
 ちなみに先ほどは描写しなかったが、今日の佐々木は白いミュールにダメージ加工されたデニムのミニ、若草色のキャミソール、ちょっと大きめのトートバックを右手に下げている。綺麗な足先と白い太ももがまぶしいっての。
「まったくお恥ずかしい限りだが、昨晩は、その、興奮してしまってね。自分が抑えきれなかったのだ」
 お前にもそう言うところがあるんだな。
「ま、まぁこれまで、その、抑えていたものが堪えきれなくなった。だが、さすがにこれからは大丈夫だ。こういうことはない」
 たまに、なら構わない。俺はさっきと同じ言葉をリピートして車外の風景に目を移した。そう言うだけでこれだけ幸せそうな顔をしてくれるのなら、多少の寝不足も我慢できるというものだ。


 電車を降りてから、会場までは2~3kmほどだということで、古泉に案内されるまま俺たちは徒歩で向かうことになった。
 うららかな春の陽気は、ただ歩くだけでも気持ちがいい。
「皆、いいわね。会場までに何か不思議なものを見つけなさい。首尾よく見つけたら団長からご褒美があるわ」
 なぁんて、お散歩気分も、ご無体な団長様の発言で、一気に不思議探索へとシフトチェンジである。とはいっても、することは変わりない。周囲を適当に見回すだけだからな。そんな風にしていたら、見知ったツインテールの後ろ頭を見つけてしまった。慌てて通りひとつ向こうの角に置かれた立て看板の向う側に隠れたが、二連尻尾は隠れていない。頭隠して尻隠さずとはまさにこのことである。
 やれやれ、俺みたいな素人に見つかるような尾行をするなよな、頼むから。
「キョン、すまない。聞いて欲しいことがある」
 佐々木にまで……。いや、俺が気がつくようなことに佐々木が気がつかない訳はなかったな。それに、佐々木の方が俺よりも橘との付き合いは長いし、深い。
「どうやら、僕らは尾行を受けていたようだ」
 そうみたいだな。
「キミも気がついたみたいだね。信じてはもらえないかもしれないが、橘さんには今日のことは伝えていない。僕にも、プライバシーという物があるのだから、監視するようなマネは止めてくれるように頼んではいたのだが」
 意味はなかったようだな。
「悪気はない、とは信じたいのだけどね」
 お前は、橘をずいぶんと高く買っているようだな。
「気のいい娘さんだよ。超能力云々がなければどこにでもいる女子高生さ。それに彼女は僕を慕ってくれているからね。無碍にはしにくいのだよ」
 しかしなぁ、おい古泉、どう思うね? 俺たちの様子を見て、すっと隣に寄ってきた古泉に声を掛ける。
「まったく、あなたたちに気取られるなんて、あの人たちにも困ったものです。どうします? 手荒な真似はしたくはないのですけどね、必要なら手配しますよ」
 そこまで、物騒なお願いをしたいわけじゃねぇよ。でもなぁ、佐々木まで気がついてしまった以上、見て見ぬ振りってわけにも行かないだろ。やっぱり、今日一日張り付かれているのもぞっとしないしな。
「佐々木まで? キミたちは、最初から彼女のことを知っていたのだね」
 佐々木が訝しげに俺たちをねめつける。佐々木よ、勘の良すぎる女は幸せになれんぞ。
「キミが、僕にそれを言うのは極めて理不尽と評すべきだが、いまはそんなことを言っている場合ではないな。キョン、彼女の件は僕に任せてもらえないだろうか」
 佐々木? 一体何をするつもりなのだ。事と次第によってはお前だって危険な目に遭うかも知らんのだ。
「僕が直接言えば、彼女たちも引き下がると思うんだ。その、僕は彼女たちに信頼されているようだからね」
 信仰の間違いじゃねぇのか? とは思ったが、さすがにそれを口に出すわけにはいかないだろう。少し考えたが、佐々木のアイデアより穏便なものはなさそうだった。
 わかった、それが一番いいだろうな。
「この後、多分、くじ引きでペアが組まれると思う。今回は6人いるから、3グループだろう。佐々木、その時をねらって橘に声をかけろ」
 佐々木が了解のサインを出すのを確認しつつ、後ろをてくてくと歩く、長門の隣に向かった。多分、今一番状況を把握しているのはまちがいなくこの小柄な宇宙人だろう。
「いつもいつも……すまんな」
「涼宮ハルヒと朝比奈みくるにコンビを組ませる」
 言葉の合間に、的確な返答が最低限の単語で飛び出た。


 緊張感を保ったまま30分ほど歩いて、おれたちはバーベキューを楽しむはずの河川敷の総合公園へと到着した。
 ハルヒが太陽フレアのごとき笑顔で集団を振り返る。
「さぁ着いたわよ! 古泉くん、鉄板とかはどうするの?」
 古泉は柔和な笑顔を浮かべ、説明を開始する。
「ご心配なく、これから管理事務所で受け取ってきます。荷物になりますので、そうですね、……ふたりで行きましょうか」
 そう言って、俺にどこまでも柔らかな笑顔を向けた。むろん、男に微笑みかけられて喜ぶ趣味などない。あ? と顔を歪ませた。
「鉄板と網と薪に炭、かなりの重量ですよ。女性陣に押しつけるつもりですか?」
 おいおい、俺が嫌がっていることにするなよ、俺だって紳士のつもりなんだぜ。
「じゃあ、私たちは彼らが戻ってくるまでに荷物を広げて準備を整える、でいいのかしら、涼宮さん?」
 佐々木がそう言って、ハルヒの判断を仰いだ。要所要所での判断はハルヒに任せる。佐々木はとうにハルヒのコントロールする方法を認識しているようだ。
「ええ、それでいいわ。河原の方で、適当な石をつかってかまどを作りましょう」
 古泉にうながされて、俺たちは公園の管理事務所に向かった。


「やぁ、良く来たねぇ」
 事務所では作業着を着た多丸さん、弟の裕さんが俺たちを見上げた。まぁこんなことだろうとは思ってたんだけどな。
「今回も、お世話になります」
 とりあえず、そう言って一礼した。何にせよ、多丸さんたちには世話になる一方だな。借りるばっかりで返せやしない。もっとも、俺のような凡庸な人間が彼らの助けになるとも思えないのだが。
「必要なものは一通りまとめてあるから、持ってきなよ」
 多丸氏(弟)は、気さくに俺たちに声をかける。さて、古泉よ分担はどうするね。
「鉄板その他と薪&炭というところでしょうか? お好きな方をお持ちください。残った方を引き取りますよ」
 俺は、鉄板焼き用の鉄板を手に取った。重いのは間違いないが、持ち手がある分だけでもラクだろう。古泉は薪と炭の入った袋、そして古新聞の束を抱えた。
「それでは、僕たちはこれで、終了したら清掃して、こちらに鉄板などを戻せばよろしいのですよね」
 裕氏は鷹揚に肯くと、薪と炭が足りなくなったら追加料金で売るからと俺たちに告げた。結構、ちゃっかりしてるな。

 ハルヒたちの所に戻る道すがら古泉に聞いた。このお膳立ての良さ、お前最初からこの類のイベントをハルヒに提案するつもりだったな。
「おや、言いませんでしたか? 腹案があると」
 まさか、また誰かが死んだりするんじゃなかろうな。
「その手はもう使えませんよ。冬休みの時のように完全なお遊びイベントとして企画するならともかく」
 じゃあ、何が狙いだったんだ?
「それは次回のお楽しみということで、ですけどね。何もなくてもいい。涼宮さんはそれでも十分に楽しんでくれる。あなたはそうは思われませんか」
 その言葉には返答せずに、俺は手に持った鉄板のバランスに神経を集中した。わかり切ってることをいちいち、確認することはないだろ。

「戻ってきたわね。それじゃあ、不思議探索の班分けをするわよ。キョン、あんたは6、古泉君は2番ね」
 番号なんかで呼ぶな。俺は自由な人間だ。
「おや、キョン。キミはいつのまに囚われ人になったんだね」
 佐々木がすかさず突っ込んだ。さすがだな、佐々木。こんなネタに食いつくとは。ハルヒはそんな俺たちを通りすがりの親父ギャグを聞いてしまった女子高生のような瞳で見た。
 どうやって班分けするんだ。凍った場の空気を無視して尋ねると、ハルヒは得意げにポケットからサイコロを取り出して見せた。
「これでペアを3組作るわ。第一班、第二班が探索、第三班は待機して荷物番&設営、じゃ行くわよ」
 そう言って、ハルヒはサイコロを振った。最初の出目は4。
「あ、わたしですね」
 お、朝比奈さんか、ということはハルヒの2投目は
「1かぁ、あたしね。よし、みくるちゃんで遊ぼう」
「ひ、ひえぇえ」
 朝比奈さんは速攻で半泣きである。すいません、心の中で合掌する。今日に限ってはフォローできません。せめて、午前中の間だけででも、ハルヒの目を引き付けてもらわなければ。
 もう後は、もう、どの目が出てもいい。結果、古泉と佐々木というペアが出来上がった。後は、振るまでもない。俺と長門で待機と設営だ。
「じゃ、あたしたちは上流、佐々木さんたちは下流へ。再集合は12:00。キョンはそれまでに炭をおこしておくのよ。有希、キョンがサボんないように見張っててね。佐々木さん、不思議探索については古泉君に聞いて。古泉君、エスコートよろしく。それじゃ行くわよ、みくるちゃん」
 嵐のように指示出しをすると、ハルヒはいつぞやの部活説明会のように朝比奈さんを右腕に引っ掛け、河原を上流に向かって歩き出した。ズンズンという擬音がここまで似合う背中はそうはあるまい。
「それでは、僕らも参りましょうか」
「ああ、それではキョン、しばしの別れだ。また、後で」
 古泉はにこやかに一礼し、さっと、佐々木の左側、河に対して土手側に体を置いた。ん、もしかして、佐々木とデートするチャンスだったのではないか? ちょっと、惜しかったか。まぁ、橘との交渉を考えれば、ベストのコンビではある。去っていく佐々木の背中を見つつ、そんな風に考えた。それから、古泉の右手の行方を確かめ、後で殴ると心の中で固く決意した。

 さてと、と振り返ると、広げたレジャーシートに座り込んで、文庫本を読みふける長門がいた。いつぞやの続きだろうか、どこにでもありそうな名字がタイトルに入ったライトノベルだ。
 さて、準備まではしばらく間があるな。長門の横にごろりと寝ころんだ。少し寝るから、11:30ぐらいに起こしてくれ。長門にそう告げて、瞳を閉じた。寝不足気味だったこともあって睡魔は涼やかな初夏の風と共にすぐに俺を訪れてくれた。


「キョン、キョン。起きてくれ、キョン」
 俺を呼ぶ佐々木の声で目を覚ました。上体を起こした俺の目の前に柔らかな佐々木の微笑みがある。
「やあ、起きたようだね。僕としてはもう少し、キミの寝顔を見つめていたかったのだが、可及的速やかにキミの許可を取り付けなければならない事態となった」
 その事態にはすぐに思い当たった。起きあがった俺の視界の中に、緊張した面持ちの橘京子が居たからだ。まぁ、何はともあれ、最初の言葉はこうであるべきだろう。
「一体、どういう事なんだ? 古泉」
 古泉は、クイズの司会者が正解を解説するように、右手の人差し指を立てて説明を開始した。
「一種の妥協案ですよ。双方共に手を引く。その代わりに、橘さんが彼らの代表として、このイベントに参加する。かい摘んで言えば、そういうことです」
 なるほどな。まぁ主張は理解した。それで、お前さんは俺たちに害を加えない、そういうことでいいんだな。
「あ、当たり前です。そんなことをしたら佐々木さんにどう思われるか……不用意な発言は慎んで欲しいのです」
 佐々木は興味津々という感じに俺たちを眺めている。おい、こら、傍観者になってるんじゃない。お前は当事者だ。
「いやいや、僕はね、キョン、キミの判断に従うよ。古泉もそれでいいと言うから、ここまで橘さんを連れてきたのだ。だから、今はキミだけが当事者なのだ。長門さんは……ふむ、キョン、キミの判断に任せるそうだよ」
 右後方に位置していた長門を振り仰ぐ。長門の黒曜石よりも黒い瞳は俺をじっと見つめ返した。俺が決めてかまわんのか?
 長門の細い顎が俺にだけ見分けられるぐらいに引かれた。
「どうやら、そうらしいな…………わかった。橘の同席には同意しよう。あとはハルヒに任せる。言い訳は佐々木がやるんだろ?」
 佐々木は、悪魔的に唇の両端をつり上げて微笑んだ。邪悪に見えるからヤメレ。
「いや、失敬。橘さんには僕らの不思議探索の成果物ということになってもらおう。まぁ、道を歩いていた自称超能力者を拾った、というのは涼宮さんの興味を引くと思うんだが、どうかな?」
 そういうのもやめろ。ハルヒにそんな風に橘を紹介してアンリミテッドな超能力使いになってもしらんぞ。
「そんなことは起こらないのです。私は佐々木さんの超能力者、それ以外ではありえません」
 佐々木が呆れたように溜息をついた。
「そういうセリフは、手に持ったコーヒーを沸騰させられるようになってから言ってくれたまえよ」
 そいつも勘弁だ。さ、古泉よ。炭をおこそうじゃないか。お前も超能力者なら、右手を鳴らすだけで発火させたりしてくれないか?
「そういうわかりやすい能力なら、僕ももう少しはラクに生きられたんでしょうけどねぇ」
 そうだろうなぁ。そんな軽口を叩きながら、俺は古新聞と百円ライターを荷物から取り出した。


「焼き肉パーティなんてのは人数がいる方が絶対に楽しいのよ。と、いうわけでタチバナさんね、歓迎するわ。あたしは……」
 ハルヒは突然現れた橘(佐々木の友人で偶然出会った、という設定である)に対して特に文句も言わずに迎え入れた。てきぱきと自分と団員を紹介していく。
 時々、こんな風に、こいつはやけにものわかりがいい瞬間がある。まぁヤブヘビをつつく訳にも行かないからな、ツッコミはいれないが。
「ちゃんと炭も起こしてあるわね。それじゃあ、準備しましょ」
 全員で手分けして準備を続ける。ハルヒと長門は、クーラーボックスから下ごしらえされた肉やら野菜やらを取り出して用意していた大皿に盛りつけていく。朝比奈さんは紙皿と紙エプロン、割り箸、紙コップなどを行きつ戻りつ効率悪く配ってくれた。あっちこっちと走り回るそのお姿はハムスターにも似た小動物的な愛らしさに満ちている。佐々木は橘を引き連れて、お酌に回っている。歓迎会の基本ともいえるスタイルだな。
「キョン、キミは何を飲みたい?」
 そう、佐々木が声を掛けてきたので、ウーロン茶と答える。これから、肉をたらふく食おうというのだ。甘い物はつらい。
 いや、別に封を開けていない2Lペットボトル(オレンジ、アップル)を2本、合計4kg弱を持った橘が、腕を緊張しているチワワのようにプルプルとさせているのが見ていて面白いと思ってたわけじゃあないぜ。
 佐々木は俺が掲げたコップの中にウーロン茶を注ぎ、次に古泉の方に回った。それを見送り、注がれたウーロン茶で口を湿らせる。
「こらあ、キョン。まだ乾杯していないんだから、待ちなさい」
 ハルヒが目ざとく見つけて文句をつける。そう言うことばかり気がつくな、まったく。心の中で悪態を吐いた。
「みんなのところに飲み物回ってるわね。それじゃ、第一回SOS団バーベキューパーティを始めましょう。みんなっ、新学期もはじまってるわ、今年も大いに盛り上げましょう。乾杯!」
 紙コップを持ち上げながら適当に唱和する。ハルヒは紙コップの中身を一息に飲み干した。今時、乾杯で文字通り盃を開けるのは大学とかの体育会系ぐらいだと思ってたぜ。だが、ハルヒは熱かろうが冷たかろうが飲み物は大概一気飲みなのだった。こいつは味わうという概念をどうやら持ち合わせないらしい。
 そんなとりとめもない事を考えていた俺の隣に佐々木が立った。芝居っ気たっぷりに「キョン、僕らの友情に」などと言いながら、佐々木が紙コップを寄せてきたので、それに自分のコップを合わせる。
 まったく、クサいことを言うヤツだな。
「まぁよいじゃないか。1年に2回か3回くらいはそんなことを言いたい日もあるさ」
 俺にはそんなセリフを吐く気持ちになんか、それこそ一生ならないような気がするぜ。悪態を吐く俺を見ながら、佐々木は柔らかく微笑んだ。
 なんだか、見ているこっちが気恥ずかしくなるような、そんな笑顔だった。
「キョン、知っているかい。ガラスが一般的になる前は杯といえば陶器、あるいは銀や銅などの金属だった」
 まあ、そりゃ当然だな。生返事を返す。大皿に適当に盛り付けられていた肉と野菜を確保する。今や、この鉄板は灼熱の戦場だ。貴重な物資をハルヒや長門などという食い倒れファイターのそばに置いておいたら、あっという間に平らげられるのは必定である。
 佐々木は手際よく、油を引き、脂身を適当に置く。
「さっきの話の続きだが、乾杯の際に杯をぶつけ合わせるのは、中身を混ぜていたという説がある」
 中身を混ぜ合わせる? そんな勢いで杯をぶつけるのか?
「うむ、そうすれば誰かが毒物を杯に仕込んでいた場合、宴席に参加している全員が毒の影響を受けるだろう?」
 なるほど、儀式を逆手にとって毒殺防止をしていたわけか。
「まぁ、有史以来、毒は数多くの人間を葬り去ってきた。宴席ではどこから毒を仕込まれるかはわからない。銀食器が珍重されたのは、銀は邪悪や毒物に反応すると信じられていたことも大きいのさ。さ、何から焼こうか?」
 とりあえず、そこのうまそうなハラミとあっちのPトロから頼む。ジャガイモとニンジンとタマネギも適当に隅っこに置いといてくれ。
「了解だ。こういう席ではどうしても動物性たんぱく質と油脂を取りすぎてしまうからね。意識的に野菜を取らなくてはね」
 どっかのコンビニで、野菜ジュースでも買うさ。一本飲めば一日分のビタミンをゲットできるようなヤツを。
「それがいいね。おや、さすがに炭火は火力が違うね。こちらの豚ロースはもう焼けたようだよ」
 佐々木はさっと、箸でロース肉を摘まみ上げる。
「さ、どうぞ」
 お、すまんな。俺は左手に持っていた紙皿に、肉を置くように促した。佐々木は何故か逡巡を見せた。紙皿と俺を交互に見る。なんだよ。渡し箸は行儀が悪いって教わらなかったのか? それとも、俺の顔に何かついているのか?
「いや、いいんだ。柄にもないことはするものじゃないね」
 そう言って、ロース肉を紙皿に落とした。なんだよ、変なヤツだな。俺は紙コップを置き、熱い肉にかぶりついた。


 宴もたけなわである。ハルヒと長門は口と手を全力で動かしていた。ハルヒはけたたましく、長門は黙々と肉と野菜を消していく。さっきから、朝比奈さんと橘は飲み物、肉野菜とあっちこっちにそれこそコマネズミのように運んでいる。
「橘さんはなかなかの働き者だね。こういう所を見るのは初めてだよ」
 なんつうか、集団にとけ込んでいるって言ってイイもんなのかね? どうやら、ハルヒはもう橘の使い方を覚えてしまったらしい。有無を言わさず、給仕をさせている。ちなみに古泉は、いつものにやけ面で、周囲を見回していた。監視しているようにも見えなくもない。
 ま、いいや。なくなっちまう前に肉食おうぜ、肉。
「あ、みなさ~ん、おにぎりを握って来ましたから、食べてくださいね」
 朝比奈さんが朝から持ってきていた籐のバスケットを開く、そこには海苔に包まれたおにぎりがぎっしりである。
「お肉に合う具材がよく分からなかったから、海苔と塩で、あとこっちの方には、醤油をつけて焼きおにぎりにしてあります」
 おお、やはり焼き肉には白米だよな。朝比奈さん、分かっていらっしゃる。
「キョン、焼け始めているよ、こっちのカルビはそろそろいけるだろう」
 ふむ、香ばしく焼き上がったカルビにタレを付けて食す。口の中の肉汁が消えないうちにおにぎりを頬張る。くぅうう、堪らん。
 肉、野菜、肉、米、肉、米、肉、野菜、肉肉、茶。
「何をそんなにがっついて居るんだい。そんなに焦らなくても大丈夫だよ」
 呆れた。そんな色を声音に混ぜて佐々木がたしなめる。
 うおオォン! 来た来た来た。肉のエネルギーが、身体に巡ってくる。
「キミが十代の少年の例に漏れず、肉が好きだということはよくわかったから、もう少し、落ち着いて食べたまえ」
 まぁ、そうは言ってもだな。腹を思いっ切り減らして、がっつく方が旨い食い物もあるのだ。丼物と焼き肉がそれだ。
「逆に鰻はゆっくり食べろと言うね。焼く時間をじっくり待ってゆっくり食すのがよいと。まぁ、それはそれとしてあまりがっつくのは健康面でもよろしくないぞ」
 ふぁい。
「食べるか喋るか、どちらかにしたまえよ」
ガツガツ。
「ふう、キミとの会話を楽しもうと思っている僕のためにも、きっちり食べてくれ。さて、僕もいただくとしよう。……って、涼宮さんと長門さんは、もう、あんなに沢山」
 ハルヒと長門の周囲には肉と野菜を置いてあった大皿がいくつも空になって置かれていた。まぁ、こんなものだろう。先に確保しておいて良かったぜ。
 ふっ、俺ががっついている理由が分かっただろう。あいつらの食い意地は半端ないのだ。俺らと鍋や鉄板を囲んだことのない人間には分かるまい。
「ふたりとも、あんなに細いのに、一体どこに食べた物が消えるんだ?」
 さぁな。世の中の神秘のひとつなんじゃないのか。
「この世の中には神秘に値する物はほとんどないと思っていた……もちろん、僕は森羅万象を極めたというつもりはない。ないがね、これは神秘と名付けてもいいと思うよ、確かに、ね」

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最終更新:2007年07月21日 11:36
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