12-453「パーティー:BBQ編後半」


 そろそろ開始から1時間、戦争の時間は終わり、歓談の時間である。確保しておいた肉を細々と焼く俺の隣では、古泉が先日遊んだボードゲームの話をしていた。それを聞き流しながら、周囲を見回した。向うではハルヒと佐々木が、あっちでは朝比奈さんと橘が何やら話をしているようだ。ちなみに、長門は黙って文庫本を読んでいる。
 平和なことで、実に結構だ。
「そうですね、こういう高校生らしい遊びという物もよいものです」
 そういう言い方だといつもは、高校生らしくない遊びをしているみたいじゃないか。
「まぁ、遊びとはとても言えないようなことが起こったことも多かったようですからね。特にあなたには」
 特に去年の年末から今年の年始にかけては酷かったな。実際に生死の境をさまよった。待てよ。古泉、お前が発案したイベントに参加すると俺は毎回、死ぬかもしれないって目にあわされていないか。
 俺の抗議を春風のように受け流し、古泉は軽やかに微笑んだ。待て、古泉。その顔は、見たことがあるぞ。一年くらい前、部室でハルヒのことを問い詰めた時にも、お前はそんな風に笑ったな。お前、何か俺の知らないことを知ってるな?
「それは否定できませんね。ですが、誰であれ他人にはできない話をひとつふたつは持っているものです。ましてや、僕にはいささかほかの人たちより多くそれを持っていますしね」
 うーむ、そこまでマジに返されると、リアクションに困るんだがな。お前が俺に嘘をついているとは思わねーよ。話せないことは黙っていてもらって一向に構わない。ただ、な。
「ただ?」
 佐々木やSOS団のことで、何かあったり、何かあるようなら、あらかじめ教えておいてくれないか? 友達として。
「繰り返しになりますが、あなたであっても、いや、あなたであるからこそ、話せないことはあります。それをご理解いただけるなら、お約束しましょう」
 トンと拳を胸に当てて、そう言う古泉の顔がちょっと誇らしげに見えたのはなぜなんだろう。コップに残ったウーロン茶を飲み干し、軽く息をついた。できるだけさりげなく、助かるよ。そう告げた。
 古泉から視線を外すと、視界にハルヒと佐々木の姿が入った。どうやら、何か相応しい議題を得たらしく、お互いに身ぶり手ぶりを交えて白熱した論戦を展開しているようだ。どうやら、十分に友誼は深まっていると見える。佐々木とハルヒがネタはわからないが、議論できるような関係に発展しているということは少なからず、俺を安堵させた。元々、それが今日の目的なのだ。
「これは、困ったことになりそうですよ。いや、主に困るのはあなたでしょうが」
 ん、なんかあったのか?
 古泉はちょっと照れたような困ったような顔をしていた。
「実は、僕には読唇術の心得もちょっとありまして」
 ん、佐々木とハルヒは何を話しているんだ?
「直にわかります。失礼、ちょっと電話を掛けてきます」
 そういって、古泉は携帯を片手に場を離れた。
 やばい、この一年培った俺の危機感知能力がオレンジ警報を発令し始めた。だが、困ったことにこれが発動した時には大概に置いてすでに手遅れなのである。やれやれ、今日はそんなことにはならないはずではなかったのか?
 古泉がちょっと苦労するくらいで収めてくれよ、神様仏様ハルヒさまってなもんだ。後になって、思うが、俺はこの時に、祈りを捧げる相手を間違ったようだ。正確には祈りを捧げる対象が少なかった。
 俺は焼きあがった肉を頬張った。食える時には、食っておかないとな。俺の耳に今日のトラブルの始まりを告げる号砲が鳴り響いたのはその瞬間だった。
「な、なななな、何いってんのよ!! あ、あたしだって、キョンとキキキキキキキキ」
 ハルヒが何やら、意味の分からない叫びを上げていた。キキ? 宅配便の魔女か?
「キスのひとつぐらいしたことあるわよっ!!」
 思わず飲み込んだ肉の塊が喉に引っかかり、俺は地獄の苦しみを味わいつつも、絶叫する。
「まて! お前たちは、いったい、なんの話をしているんだ!!」
 俺はたまらず、佐々木とハルヒに声を掛ける。俺の声を聞いた瞬間、佐々木とハルヒが俺を振り向いた。俺は見た!! 二対のレーザービームのような眼光が俺を貫くのを。正確を期すなら、佐々木がレーザーでハルヒがビームだった。だが、そんなことはどうでもいい。
 今、確かに心臓の辺りになんか熱いモノが通過したような気がする。もしかして、コレが恋……って、そんなわきゃねぇ!
 佐々木は凍えるような眼で俺を見ている。
 浮かんだ笑みがサディスティックで悪魔チックだ。
 ハルヒは燃えるような眼で俺を見ている。
 三角形に開かれた口からは、ちらちらと凶暴な地獄の炎が溢れている。
「ちょっと、キョン。こっちに来なさい」
 強ばった笑みを浮かべながらハルヒが俺を呼んだ。
 まったくなにがあったんだろうな。昨日から、なにか決定的なボタンを掛け違えたような気がするぜ。
 去年、朝倉に呼び出されてほいほいと呑気に近づいたら、こんな調子で「じゃ、死んで(はぁと)」と言われたことはさすがに忘れてはいない。朝倉はもっと上手く殺気を隠していたが、ハルヒはまったく隠すことなく俺を呼ぶ。そう、間違いなく、俺は殺られる。さっきから意識は大音量でレッド警報を鳴らし続けている。
「キョン、キミに問い質したいことがある。とりあえずこっちにきたまえよ」
 佐々木はいつもの微笑みを能面のようになった顔に貼り付けて俺を呼ぶ。今にも生成して般若になりそうだ。
 誰か、助けてくれる人は、いないのか。携帯でどこかと話している古泉と目が合った。古泉は携帯を首と肩でホールドして、両手上げてお手上げのゼスチャーをしてみせた。朝比奈さんにTPDDを……橘と抱き合って震えていた。長門、いつもの視線が4度Cなら今の視線は4度Kである。
 皿とコップを置き、すごすごと、ふたりの元に足取りも重く近づいた。
「え~、ごほん。なにかな?」
 場を和らげるために、朗らかに言ってみたがなんの役にも立っていない。
「まぁ、とりあえず、そこに座りたまえ」
 佐々木がそう言って、足元を指し示した。あの~ここ河原なんですが。
「だから?」
 ハルヒがそう言って眉をつり上げた。なんで俺がそんな拷問じみた真似をされねばならんのだ。
「それでは断罪の時間だ」
「キョン、聞きたいことがあるわ」
 な、なんだ。あらたまって。
「キョン、キミが涼宮さんとキスをしたというのは本当なのか!」
「キョン、あんた、佐々木とキスしたってのはマジなの!」
 あ~、すまんが質問はひとりずつお願いしたい、こちとら聖徳太子の五分の一も賢くはないんだ。
「だから」
「アタシは」
 佐々木とハルヒは、お互いにけん制しあい、目線で譲り合っている。やがて、口を開いたのは佐々木の方だった。
「キミは涼宮さんとキスをしたのか? 昨日、キミは涼宮さんとの関係を友人だと言ったじゃないか、あれは嘘なのかい? そして、僕はキミに告げたよね。涼宮さんにだって引くつもりはないって、ぼ、僕がそこに、キミの隣に立つって。まさか本当にこんなことになるなんて思わなかったけれど、あの言葉に後悔はない」
 いあ、その何だなぁ、佐々木よ。自分の言葉に恥ずかしがるのはリアクションに困るから勘弁してくれ。それからだな、俺は別にハルヒとキス……してないから、うん。
 閉鎖空間のアレはハルヒ的にはノーカンになっているはずだ。俺も朝、ハルヒのチョンマゲを見て、昼休みに長門に聞くまでは自分が恥ずかしい夢を見た、そんな風に思っていたくらいなのだ。
 佐々木がくぅわっと眼を見開いてハルヒを見た。
「ちょっと、涼宮さん。どういうこと? なんで、そんな嘘をつくの?」
 だが、ハルヒはその視線を傲然と睨み返した。
「嘘なんかついてないわ」
 え、まさか、アレは違うだろ、お互いなかったことにした方がいいじゃないか? 大体お前自身が「バッカじゃないの」って一刀両断にしただろうに。
「はぁ? 何の話よ」
 いや、だから、キスの話だろ。
「ああ、やっぱ、あんた、ホントに覚えてないのね? 年末にあんたが階段でコケて入院した時よ」
 あの時か……。いや、そんなことしてねえだろ。俺は三日間昏睡状態だったんだろうが。
「昏睡? キョン、一体、何があったんだい」
 え~~と、ちょっとした事故で、年末に入院してたんだ。まぁ、それに関しては、今度ちゃんと説明するから。
「一瞬だけ、あんた目を覚ましたのよ、そしてあたしが声をかけたら、がばってあたしのこと抱きしめてさ、あんた泣いてて、それで、その……キスしたじゃない!」
 え、え、いや、その、スマン。覚えてない。
「ふぅ……。そんなことだろうとは思ったけどさ。あんたそのまままた寝入っちゃったし、その後も特になんも変わんなかったし」
 そうだったのか、う~~む。あの時のことを考えるに、それは十分にあり得そうに思えた。しかし、覚えていない。まったく記憶にございません。
「だからといってキミの罪が消えるわけではないぞ」
 おいおい、疑わしきは罰せずだろう?
「キミの話、涼宮さんの話、双方を照らし合わせても特に矛盾点は発生しない」
 そうか? 俺はハルヒの証言を否定しているわけだから、矛盾しているだろう。
「その時、キミが置かれていた状況を鑑みるに、キミが記憶を喪失していても、その……これは問題ないだろう。そして、だ。涼宮さん」
 佐々木は再びハルヒを見る、その目には力強く輝いている。
「な、なによ」
「私の勝ち、あなたのはノーカウント」
 いいやがった。軋んだ音と共に、ハルヒの眦があがった。
「なんですって?」
 水泡が弾けるようにくつくつと佐々木は笑った。
「キョンと気持ちが通じていないキスなんて、何の意味もないわ。挨拶のキスの方がまだマシ。そんなのノーカウントよ」
「佐々木ぃ、それならあなたたちの気持ちは通じているっていうのね」
 挑発するようにハルヒも返す。というかいつの間に呼び捨てにするような関係になったんだ? どうやら、佐々木の目的は十分に達成されているようだ。
「通じていた、今も通じているなんて傲慢なことを言うつもりはないけど、私たちの気持ちは通じ合っていた。キスすれば……あなたにも、わかるわよ」
 中指と人差し指で唇をなで上げ、佐々木はそう言った。
 そんな佐々木を見て、ハルヒがバカにしたように、意地悪い笑みを浮かべた。
「ハン、恋愛病患者がいいそうなことを。佐々木、あんたはもっと理性を尊ぶ人だと思っていたけれど、残念だわ」
「確かに、私はキョンへの恋情を病んでいるといえるわね。だけどね、風邪に罹りたくて、罹る人はいないのよ。人が人を想うのは本能、抗うことはできないの」
「そんなのはただの思いこみ、くだらないことだわ」
「あら、それなら放っておけばいいじゃない。くだらないことをくだらないということこそくだらないわ」
「大体、SOS団で恋愛は禁止よ!! 団則に反しているわ」
 はぁ? 一体、それはなんだ? その団則とやらは聞いた覚えはないのだが?
「は? 今時? 何それ? 恋愛禁止って、高校野球やら格闘技やらやっている訳じゃないのよ」
 心底くだらないというように佐々木が肩をすくめる。こいつ、昔からこういうイヤミを言わせると破壊力がでかいんだよな。
「はん、分かってないのはあんたの方よ、こういうサークル活動は、内部で恋愛関係が発生すると。結構、簡単に崩壊すんのよ」
「それはお生憎さま、涼宮さん。私にとってSOS団の存続は重要なテーマじゃないわ。私はまだ内部の人間じゃないし、大体それなら、外部の人間との恋愛まで規制する必要はないんじゃないかしら」
「ぐっ」
 おお、ハルヒが言葉に詰まった。なかなか見られるもんじゃないな、これは。
「キョン、何を他人事みたいな顔してんのよ」
 やべっ、俺んとこにくんのかよ。
「大体ねぇ。なに、あんたたち、焼けぼっくりに火を点してんのよ。親友だったんじゃなかったの?」
 まぁ、そうなんだけどな。正直、俺もまだ戸惑ってるのさ。佐々木との距離を測りかねている。
「キョン、そんなに気にすることはないよ。僕とキミの距離はもっと近くてもいいはずだ」
 いや、その、な。昨日の今日なんだから、気持ちの整理がついてないんだ、まだ。
「その、恋人トークっぷり、ムカツクわね。大体、あんた、佐々木のことホントに好きなの?」
 …………いや、嫌いじゃないぞ。
 泣きそうな表情を見せる佐々木と勝ち誇ったように瞳を輝かせるハルヒ。
「馬脚を現わしたわね。佐々木、あんたはそんなに男と付き合ったことないだろうけど、教えてあげるわ。この時期の男ってのはねぇ、明確に嫌いな女でもない限り、好きって言われりゃホイホイ付き合ってしまえるもんなのよ」
「きょ、キョンは……」
「こいつだって同じよ、男なんだから」
 むぅ一言も言い返せない。だってそうだろう。中学時代、まったく佐々木を女として意識していなかったとか言ったら、そりゃ、嘘だ。中学生だったのだ。そんなワケねーっての。だけど、去年一年まったく会わなかった女のことが好きかといきなり問われて、大好きですって言えるのか? 無理だ。そんな状態なら去年のウチにもう付き合ってるっての。
「分かっていたこととはいえ、そこで、キョンが否定してくれないのはキツいな」
 うぐっ、すまんな。だけど、嘘をついても仕方がないだろ。
「くつくつ、大丈夫さ。今のキミがどうであれ、僕がキミが僕だけしか見えないようにするプランを粛々と実行するのは変わらない話なのだ」
 一体、何がどうして大丈夫なんだ。そこまで断言されると、ちっと怖い。
「あんた、気を付けた方がいいわ。佐々木のような手合いはいざとなったら、手段を選ばないわよ」
「涼宮さん、キョンに根も葉もない嘘を吹き込まないでくれるかな」
「佐々木ぃ、あたしはね。ここまでの会話で、あんたのことは少しは理解できてんのよ。あんたはあたしと同じ、こうしようと決めたら、絶対やり遂げるのよ」
「残念でした。私は、これまで、願って実現できなかったことの方が多かったんだけど」
「逆に考えなさい。実行しようと思わなかったから、実現しなかったってね」
 ハルヒは自信たっぷりに言い切った。こいつの初志貫徹に掛ける意志力はある意味、尊敬に値する。もう少し、人類の役に立つことに対して、この意志力が向けられてくれればと思わずにはいられない。もっとも、そんな時でも俺は迷惑を被るのだろうが、それはもうあきらめの境地というヤツだ。
「ふぅ、あなたのポジティブさには学ばされるよ」
 口げんかの最中だってのに、さすがの佐々木も苦笑を浮かべる。
「そーでしょ、そーでしょ。ペシミズムなんて、今時、流行んないのよ」
 まいったかと言わんばかりに、ハルヒは胸を張った。
「そうね。やっぱりそれがいいわ。佐々木、あんたもSOS団に入りなさい」
 はぁ? な、なんだって?
「……なぜ、誘ってくれるのか、理由を聞いてもいいかしら」
 佐々木も訝しんでいる。当然だろう。ここまでの会話の流れで、SOS団出入り禁止ならまだしも、加われというのは予想外というべきだろう。
「そりゃ、あんたが団に入れば、団則が適用されるからよ」
「ふん、それじゃ私が加入するメリットがないじゃない」
「団活でキョンと一緒に遊べるわ」
「くっ……それは魅力的な提案だ。では、僕が加入した暁には、恋愛禁止の団則を改訂してもらおう」
「それはできない相談ね」
「なぜだい、理由を聞かせて貰おう」
「さっき言ったじゃない」
「あんな思いこみなんて、理由にすらならないよ」
 佐々木とハルヒは俺のことを忘れているかのように、丁々発止とやり合い始めた。さて、この隙に逃げるか。ジリジリと俺は後ずさりながら、その場を離れた。
 それを待ち受けていたかのように、古泉が横から俺を引っ張る。
「失礼、ちょっとこちらへ」
 なんだ、どうしたんだ?
「すぐ済みますから、失礼」
 古泉は俺の左腕に自身の右腕を絡めるようにして手を握ってきた。
「離せ、気色悪い」
「まだ、ダメですか。これでどうでしょう」
 古泉は俺を離そうとはせず、左手で輪を作り、俺の左目に当てた。
「なんのつも……」
 目に入ってきた風景に俺の声は固まった。
 今を持ってしても信じられない風景だった。ハルヒの背後にあの青い巨人『神人』が立ち上がっていた。
 う、嘘だろハルヒ。お前は何をしようとしているんだ。
 「ひっ」ハルヒの背後を見上げた橘が短い悲鳴を上げる。
 そうか、こいつもリミテッドな超能力者だった。俺には見えないものが見えていても不思議はない。
「橘、お前にもアレが見えているのか? ハルヒの巨人が」
 俺の問いかけに橘は首を振った。
「違うのです。あの巨人は佐々木さんが生み出したのです」
 左目の視界の中で、神人が見えない何かと組打ちを始めた。ま、まさか。
「橘さんっ! あなたが見ているのは青色の巨人ではないのですか? 外見を、その巨人の外見を、教えてください」
 俺と同じことに古泉も思い至ったようだ。声ににじむ焦りを隠さずに古泉は言った。
「巨人は黒い煙というか、影のような感じです。頭の位置には口のような、目のような赤い光が灯っているのです」
 神人じゃ、ない。少なくともハルヒが生み出す巨人じゃあない。
「おそらく、佐々木さんの神人でしょうね」
 そう思うか。
「信じたくはありませんでしたけど。僕には見えず、橘さんにだけ見える。逆に、彼女には涼宮さんの神人は見えていない。もはや、否定もできません。佐々木さんは神人を生み出せる」
 なんてことだ。なんとか、止めさせねえと。ん、閉鎖空間はどうなってるんだ? 俺たちは閉鎖空間に入っていないだろ。
「ええ、その通りです。僕らが足を置いているのは、あくまでこちら側であり、閉鎖空間ではありません」
 じゃあ、どうして、お前たちには神人が見えるんだ。
「不明です。憶測で話しても仕方ありませんから、コメントは差し控えさせていただきます」
 とにかく、非常事態ってことだな。一体あいつらはなにを始めたんだ。
「おそらく代理戦争でしょうね。神人は、涼宮さんのストレスが攻撃的な形態を取ったものです。おそらく、佐々木さんのそれもそう変わらないものであると思われます」
 つまり、あれかあいつらはケンカする代わりに、神人同士をケンカさせているってことか? 迷惑な話だ。
「そういうことです。考えようによってはひどく健全ですよ。この方法なら、心も身体も必要以上に傷つくことはありません」
 まぁ、現実に影響を及ぼさないなら、ある種のスペクタクルといえなくはないか。
「ええ、ただひとつ心配があるとすれば、どちらかが勝ったあとどうなるかわからない、ということです」
 どういうことだ。
「涼宮さんが勝ったとして、残った神人が消えてくれればいいのですが、消えなかったら、どうなるのか? 我々が倒しているいつもの神人とアレが同じである保証はありません」
 お前たちにも対処できないのか? ほら、去年見せてくれたみたいに、赤い球になってさ、こうビュゥゥゥンってさ。
「わかりません。ですが、今展開されているであろう閉鎖空間からは去年の春、…あの時と同じ感じがするんです。力が減っているというわけではありませんが、進入しにくいかもしれません」
 予測はできないってことか。
「佐々木さんが負けたりはしません。きっと勝つのです」
 橘が鼻息も荒くそう宣言した。
 あのな~、橘。話はそんなに単純なものじゃなくなっているんだよ。大体、お前たちに神人相手の超能力があるのか? あんなのと戦ったこと、ないんだろ。
「たしかにないのです。け、けど、その時になれば分かるんじゃないのですか?」
 疑問文は、古泉に当てられたものだ。古泉は首を振って言った。
「お言葉ですが、橘さん、僕ら、いや、少なくとも僕は力が宿った時に自らの使命である神人のこともわかっていました。どうすれば倒せるのか、自分の力の使い方も分かっていました」
 橘はさーっと青ざめた。
 こりゃ、マジでやばい。どっちが勝ってもろくな事にならんような気がする。ところで、古泉よ、戦況はどうなっている。
「膠着状態のようですね。お互いに有効打を撃てていないようです。無限のスタミナを持っているのか、お互いに強打を繰り返している、そんな感じです」
 神人たちに性別があるのかどうかはわからないが、男らしい決闘と言えなくはない。さて、そのクリエイターたちはどうなっている?
 舌戦につかれたのか、肩で息をしていた。

「もう、いい加減に認めたらどうなの?」
「あにをよ」
「いや、もういいか。あなたに正式にライバル宣言をされても困るのはキョンだし」
「ふぅん、自信、ないんだ?」
「何をいうかな、涼宮さん。私は計画的に行動する人間だよ。半年を待たずして、キョンのハートはばっちりゲットさ」
「すごい自信ね。でもね。絶対、ムリ!!」
「なんで、そういうこというの、涼宮さん。私とキョンとの間に割り込む気ないんじゃないの?」
「キョンには団活があるわ。SOS団は毎日活動なのよ」
「な、なんて横暴な、恋愛禁止の団則は部外者のわたしには関係ないってさっき結論でたじゃない」
「あたしはそんなこと言ってないし、それにね平団員であるキョンが団活をおろそかにすることは許されないわっ!」
 こいつらのスタミナも無限か。
「さて、あなたにはひとつ働いて貰う必要がありそうですね」
 ん、なんだ古泉、俺に何をさせようってんだ?
「神人の件なのです」
 橘が後を引き継いだ。お前ら連んで俺に何をさせる気なんだ。
「なに、元はといえば、あなたの責任ですから」
 なに、朗らかに微笑んでんだ! 神人はお前の担当だろうが。
「ふたまた掛けるなんて最低のゴミくずなのです」
 は? 何言ってやがる。この犯罪者が、誘拐は現行犯逮捕できるのだぞ。
「あの件については今度、ちゃんと謝罪しますから。ここはあなたでないとダメなのです」
 い、一体、何をさせるつもりだ。お前らー。


「おい、佐々木」
 俺の声に反応したふたりは揃って俺を見る。その視線には、殺気が籠もってる。
「なんの用よ」
「な、なにかな、キョン」
 いや、なにな。これからの俺たちの付き合い方について打ち合わせたくてな。ハルヒをまる無視して、佐々木に告げる。
 ぱああ、という効果音を背負って、佐々木が微笑んだ。
 この笑顔を曇らせることになるのか。そう思うと、心が痛んだ。だが、俺はやり遂げなければならないのだ。世界の平和と俺の安心と俺たちの未来のために。
「最初に告げなければならないな。ありがとう、俺のことを好きになってくれて。お前に告白されて、嬉しかった」
 佐々木の顔がわずかに強ばる。カンのいい佐々木はもう俺の言葉に先があることに気がついているのだろう。すまん、昨日の今日で、親友から恋人にランクアップってのはやっぱない。
 佐々木の表情が歪んでいく。ぐぅ、罪悪感が生まれるのはもはや仕方がない。
「キョン、親友と恋人はそもそもベクトルが違うからランクという言葉を使うのはおかしい」
 そこにツッコむか? でもまぁ、関係の親密さで言えば、やっぱり、親友よりか恋人の方がランクが高いって表現するのも間違ってないんじゃないか。
「僕は、感情のベクトルが異なる物同士を比べるべきではないと思う。もっとも、愛情でもみずからのパートナーに対するものと家族、たとえば、自分の子供に向けるモノとは違うと思うから、やはり比べるべきではないだろう」
 たしかに、それには一理あるなぁ。
「あんたたち、話しを続けなさいよ。それとも、あたしがここで要約して結論してもイイってわけ?」
 いや、そんなワケがあるか。というわけでだな、佐々木よ。お前はちょっと急ぎ過ぎた。俺がついて行けてない。今の状態で、お前が俺に恋人としての働きを望むのであれば、すまない。と、いうしかないんだ。
「……そうだね、僕は調子に乗ってしまったということだね。ゴメン、ごめんなさい」
 あ、いや、ちょっと待ってくれ。最後まで聞いてくれ。
「佐々木、お前に告白されて嬉しかった。同時に、びっくりしてた。そんで、最後になって悪いんだけど。お前、可愛いんだな、昨日初めてそう思った。だから、キスしたんだ」
 ちょっと、待て。佐々木はともかくなんでハルヒが何で涙ぐんでるんだ?
「キョン、キミは僕を失恋させたいのか? それとも、これはキミが仕掛けた高等なトラップなのかな。僕はキミが張った網に掛かった哀れな獲物なのか?」
 駆け引きを楽しめるほど、恋愛経験値は高くねぇよ。とにかく、俺の心が落ち着いて、お前の心の寄り添えるために時間をくれないか。本当にすまないが、お前をひとりの女の子として、そして俺が他人に好意を向けられる存在になり得るんだって思ってなかったんだよ。
「ああ、構わないよ。キョン、末永く付き合うためにもここは雌伏の時間を取ろう。それにキミは、僕らの関係をとても前向きに考えてくれているようだ。それがとても嬉しいよ、希望は蜘蛛の糸よりずっと太いのだから」
 視界の隅で、古泉がOKサインを出している。どうやら、うまく行っているようだ。しかし、なんだ、なんなんだ、この茶番は。やけに凶暴な意識が頭をもたげる。
 くそぅ、なんでこんなことになってるんだ。俺には好きな女の子に好きっていう権利すらないのか、いつまで、こんな事に付き合わせられるんだ。
「ハルヒっ」
 俺は初めて、ハルヒに向き合った。
「な、なによ」
 こいつにも伝えておかなければならない言葉がある。言葉による情報の伝達には齟齬が発生する。だから、言える時に言わなければならない。
「俺は、お前に憧れている。お前の行動力、意志力、山盛りの欠点、美点。俺はお前についていきたい。お前に引っ張り回されるだけじゃなくて、一緒に走りたいんだ」
 ハルヒは鳩が豆鉄砲を喰らったように、目を丸くしていた。ってこんな比喩を用いる日が来ようとはな。
「だからな、ハルヒ。今年も世界を盛り上げようぜ!」
 ハルヒはその日最高の笑顔を見せた。
「あったりまえじゃない!!」


 後は散会まで、適当に遊んでいた。止めに焼いた焼きそばで腹がもたれたくらいか? ちなみにこれは佐々木に貰った胃腸薬で大分、ラクになった。
 北口駅前公園で解散となった今日のイベントだったが、俺は空っぽになったクーラーボックスを引っかけ、駐輪場に向かっていた。隣には昨晩と同じく佐々木がいた。
 昨日も言ったかもしれないが、今日も散々だったな。俺の溜息混じりの呟きに、佐々木はいつものくつくつという耳障りな笑い声をあげた。
「今日ほど天国と地獄を往復した日もないよ、キミの一挙手一投足が僕の心を嵐のように揺さぶるんだから」
 そりゃ、すまなかったな。
「キョン、まったくキミは酷いヤツだ」
 我ながら、俗っぽくていやになるが、惚れたお前の負けだぜ。
「よく言うよ、一年見ない間に、こんなドン・ファンになっていようとはね」
 自分自身じゃ、そんなつもりはないんだけどな。
「くっ、今日、聞いた中では最悪のセリフだよ、それは」
 おいおい、俺はこう見えても、一途な男なんだぜ。
「はぁああ? キミねぇ、今日見事なふたまたっぷりを見せつけたくせにそんなことを言うのかい。なんだな、キミは女性の敵だったのだな」
 そういじめてくれるなよ、俺も必死なのさ。今の自分を守りつつ、新しい世界を開拓しなければならん。たとえば、ハルヒの目を逃れて、どうやってお前とデートしようかな、とか。悩みは多いんだぜ、これでも。
「う…え…はぁ」
 なんだよ、デートしようぜ、デート! お前が好きな映画とか見て、ウィンドウショッピングとかしようぜ、そろそろ夏物も買いたいしな。
 谷口直伝の俺の口説き文句に、佐々木はしどろもどろになった。なんか、今日は佐々木のレアな表情をよく見る日だな。そのうち、レアってことはなくなるのだろうか? それはそれでちと寂しいかな。
「僕が見ていた、キミは。キミのホンの一部でしかなかったのだなぁ」
 なんだよ、どうした佐々木。そんなのは当たり前の話だぜ。いつもなら、このセリフはお前のものではないか。いつものような軽口はどうした。
「まったく、今日は調子が狂ってばかりだ。そうだよ、こういうのがイヤだと思ったから、恋なんかゴメンだったんだ。でも、なんだろう。僕はとても楽しいよ」
 そうかい? そりゃ、結構だな。恥ずかしいのを押さえて、谷口の真似をしてみた甲斐があったというものだ。
「その谷口というのは北高でのツレかい?」
 ああ、よく俺と国木田と連んでるアホだ。
「そうか、今度、紹介してくれ。お礼を言わねばならない」
 むぅ、紹介するのはやぶさかではないのだがな。
「なんだい、何か問題でもあるのかい?」
 う~~む、お前をなんと言って紹介しようかな、とね。
「そんなことは決まっているじゃないか」
 そう言って、佐々木は俺の前に回り込んで、悪戯っぽくに笑った。
「キミはこういうんだ。“俺のスィートハニー、世界で一番大切な女の子さ”」
 なんだよ、そのアメリカのラブコメドラマみたいなセリフは、画面外から観客の笑い声が入るトコだぜ。
「そうしたら、僕はこういうのさ。“ああ、マイ・ダーリン、私も世界で一番あなたが大切”ってね。……そして僕らは」
 ああ、皆まで言うなよ。そんなに可愛いこというとキスしたくなるだろう。
「ちょっと、待ちたまえ、ここは最後まで言わせずにキスをして僕の口をふさぐトコだろう」
 何言ってるんだ、そんなことしたら、俺がお前の恋人のようではないか。
「ぐっ、キミね、いつか刺されるぞ」
 残念だが、そいつはもう、未遂も完遂も体験済みだ。
「キミはほんっとうっに酷いヤツだな」
 奇遇だな。なんとなく俺もそう思い始めてたトコだ。そう言いながら、俺は佐々木を抱き寄せて、二度目のキスをした。

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最終更新:2007年07月21日 11:43
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