27-824「珠玉の乙女達」

  『珠玉の乙女達』


何が起こった?。

気付いた時、一面真っ白な世界にいた。
そこにはいくつかの光る珠が浮いていて、大きさはピンポン玉くらいのから拳大程まで、
色・質感は様々で、ただフヨフヨと漂ってたりビュンビュン飛び回ってるのもある。


OK、まずは落ち着いて状況整理だ。こんな事態に慣れちまってる自分がいい加減嫌になる。

Step1:記憶を遡ってみる。俺の記憶が確かなら、昨日は毎週恒例の土曜日の不思議探索を雨天決行し、
さすがに晴れの日に較べると多少は活動量が少なかったとはいえ、十二分に疲れた体を癒す為に家のベッドで眠りについたはずだ。
Step2:ここがどこであるかを推理してみる。明らかにハルヒの閉鎖空間ではない。なんと言っても明るさが違いすぎる。
ではTFEIが展開した情報制御空間か?いや違う。思い出したくもないが、朝倉に閉じ込められた時はこんなふうじゃなかった。
かといって佐々木の閉鎖空間でもない。色調は申し分ないが、建物らしき物が一切見当たらないからな。
ということは…

結論、これは夢である。ていうかそれ以外であって欲しくない。だから、

「キョン、何なんだろうね、この珠は」

すぐ隣に佐々木が居ても取り乱すほど慌てる必要は無いのだ。

「失礼な言い方は止めてくれたまえ。モノローグのつもりかも知れないが、最初から全部筒抜けだったよ」

げ、マジか。迂闊な事は考えないようにせねばならんな。夢の世界のデタラメここに極まれり、ってとこか。

「そのようだ。では先程の僕の疑問なんだが、この……きゃっ!?」

佐々木が可愛らしい悲鳴をあげて尻餅をついた。佐々木の目の前を急にオレンジ色の珠が横切ったからだ。

「うう、失態だ。こんな姿を見られるなんて」

「はは、そんなに恨めしそうに睨んでやるな、そいつは橘だ。GJ橘、おかげで珍しいものが見れたぜ。ほら掴まれ、よっと」
手を貸して佐々木を立たせてやる。

「ありがとう。しかし橘というとミカン科ミカン属の常緑小高木……じゃないよね」

「ああ、お前もよーく知ってるあの橘京子だ。随分懐かれてるな、さっきからずっとお前の近くばっか飛んで離れないぞ」

「女性に纏わり付かれて喜ぶ趣味は無いよ。僕はヘテロ、異性愛者だ。
その上あろう事かキョンの目の前で醜態を晒させるなんて。全く、迷惑千万だ。
にしてもこのオレンジの珠が橘さんだとすると、他の珠も……」

「ああ、みんな人だ。それも女ばかりみたいだな、お前も会ったことのある奴が多いぞ。例えばあれは……」
俺はビュンビュン飛び回る100wの白熱電球のように輝く珠を指差した。
「涼宮さん、だろう?珠が人を表していると理解した今なら、僕でもある程度分かるよ。それにしても涼宮さんが白熱電球とはね」

佐々木がくっくっと独特な笑いを漏らす。
「ハルヒが白熱球だとなんかあるのか?」

「いや、白熱電球の輝きって消費電力の5%程度しか利用されてないだろ?
残りのほとんどが赤外線として放出されているから環境負荷が大きいと言うか……」

「なるほど、要するに無駄が多いと言いたい訳だ。確かにその通り、良くも悪くも周りへの影響が大きい奴だよ」
ん?どうした佐々木、子供のささやかな悪戯を見付けたような顔をして。

キョン、キミは大変な事を言ってしまったと気付いてないようだね。
「聞かなかった事にしてあげるよ、涼宮さんの耳にでも入ったらキミが酷い目に遭わされそうだ」

「う……、確かにその通りだった、心遣い感謝するぜ。とにかくあいつは悪い影響の方が大きいのと、
被害を受けるのが俺か朝比奈さんである確率が極めて高いのさえどうにかしてくれれば良いのだが」

「それは僕でなく涼宮さんに直接言うべき言葉だね。でもそんな事言ったらますますキミの被害が増えるだけかな」

「全くもってその通りだ。俺の苦労を分かってくれるとはさすが親友だな」

親友か……。まあキミならそう言うだろうとは分かっていたけどね。
「では次の珠に行ってみようか。あっちの白い珠は誰だい?なんとなく予想はつくが」

「あれは長門だな。ハルヒと違って実に熱効率良さそうなのが長門らしいっちゃらしいよな。予想は当たってたか?」

「まあね。長門さんは無駄の無い、例えるならLED、発光ダイオードの如き熱を感じない光り方だね。でもやや硬質な印象を受ける」

「硬質ねえ。それでも最初の頃に較べたら大分柔らかい感じになってると思うぞ。
そうだな、九曜と較べると違いがよく分かる。色こそ違うが長門も最初はあんな感じだったはずだ」

「九曜さんも居るのかい?彼女ならきっと物理的には実在しない『黒い輝き』を体現してくれるはずと思って捜したのだけれど、
それらしい珠が無いのでこの場に居ないものと思ってたよ。僕の人物鑑定眼もまだまだというわけか、精進の余地ありだね」

「いやいや大したものだぞ、お前の言う通りブラックホールもかくやって程の輝きだ。
ただ居た場所が場所だけにお前から見えなかっただけだ。どれ、ちょっと後を向いてくれ」

「?この動作に一体何の意味が――」

向こうを向いた佐々木の後頭部に手を伸ばし、引っ付いてる奴の頭を両手でしっかり掴む。
見た目は完全に球なのに、頭を掴んでるって解るのは何でだろうな。まあ夢だからどうでもいいか。
「ほら、捕まえた。ちょうど頭の後ろに居て、ご丁寧にお前が動く度にきっちり付いて回ってたからな、気付かなくても当然だ」

「まったく、いつも存在感を消してるからってこんな時まで隠れてなくてもいいのに。おや、これは……」
黒という色は全ての色を反射、或は放出をしない色、だから現実には『黒い光』なんてものは存在しない。
だのにこの輝きたるや見事という他は無いな。やはりここは夢の世界なんだろうか?

「佐々木よ、浸ってる処悪いが、硬質な感じは掴めたか?」

「え?あ……うん、確かに長門さんより随分硬そうな印象だ。他者との関わりを自ら極端に制限しているように見受けられる。
長門さんはどうやったんだい?キミから見て九曜さんも段々と柔らかくなれるだろうか?」

「本人の意思と周りの対応、だろうな。正体を知ってなお人として扱い、接する事によって自我の成長を促す。
なんて偉そうな言い方したが、何も特別な事は必要無い。要は普通に接するってことだ。
そうすりゃきっと徐々にではあるが俺達と同じ人間に近づいていくだろうさ」
佐々木は俺の言葉を噛み締め、心の中まで筒抜けなこの世界でも聞こえない程、静かに深く考えながらうんうん頷いた。
佐々木なりの九曜をもっと人間的にしていく算段をしているに違いない。
「さて、珠の解説の続きといくか。まだ硬い九曜の次だ、対称的なあの人がいいだろうな。
ほら、あちらでふるふる震えながらピンク色の光を放ってらっしゃるのが朝比奈さんだ。
この方ほど硬質と縁遠い人はいないな。だが柔らかいからといって決して弱いわけではないぞ。
確かにちょっと強く押しただけでも変形してしまうかもしれんが、
すぐにでも跳ね返して元に戻る弾力のある芯の強い方だと、俺は思う」
なんせ、成長していつかあの底の見えない強かさを備えた大人版朝比奈さんになる人だしな。

「朝比奈さんというと、春休み末日、例の公園で僕等とSOS団が初めて会した時に、
固まってしまったキミにハンカチを渡して場を和ませてくれたあの女性だよね?
なるほど、確かに『ふわふわ』とか『ほわほわ』といった擬態語による表現が似合う人だ。
まるで小動物のような可愛らしさで、ずっと眺めていたくなるよ」

そうだろうそうだろう。
なんせあの方はSOS団の活動によって日々精神を削られてゆく俺を憐れんで、
天が遣わして下さった癒しの天使、いやいや天使どころか女神様だからな。
朝比奈さんの手に掛かればただの水も甘露に変わり、煎れてくださるお茶は俺専用のエリクサーだ。
俺が毎日毎日飽きもせず部室に通う理由の6割は、
あのエリクサーを頂くためと言っても過言だとは必ずしも言い切れないのではないだろうか。
おお、なんか凄いぞ俺、朝比奈さんの事になるとこんなに美辞麗句が浮かんで来るなんて。
いやいや待て待て待て。美辞麗句という言葉はイマイチなものを無理矢理褒めちぎる時に使う言葉であって、
事実素晴らしい朝比奈さんに対して用いるのは不適当だ。訂正するべきだろう。
では改めて凄いぞ俺、朝比奈さんを想い浮かべるだけで讃える言葉がいくらでも湧き出し……て。
ハイ。解りました。次行きます。行きますってば。だから、心の中で
『キミって奴は』
をさっきから141回も繰り返すの止めてください佐々木さん。

「解ればよろしい」

さいですか。
「えーと、朝比奈さんの次……と。朝比奈さんの隣の鮮やかな緑色の珠、これは鶴屋さんだな」

「美人かい?」

いきなりそこ聞きますか佐々木さん。口元はにこやかですが目が笑っていませんよ?
「あ、ああ美人だ。今まで挙がった並み居る女性達にも負けず劣らずな」

「ふーん、そうなのか。ふーん」

怖いので視線を合わさないように説明を続ける。
「この人は朝比奈さんのクラスメイトにして大親友。
んで、俺の知る限り唯一ハルヒを引き摺り回せるバイタリティを持つお人だ」

「あの涼宮さんをかい?凄いな、尊敬に値するよ。
初夏の陽射しをいっぱいにうけて輝く、若葉のごとき緑色の面目躍如といったところだね」
正直、涼宮さんの行動力には嫉妬しないでもない。かつて決断出来なかった私にとっては見習うべき美点だ。
でも、その涼宮さんをすら振り回すなんて。
「もしかして、この人も何か特殊な属性持ちだったりするのかな?」

ようやく少しは機嫌が直ってきたか?
「うーん、どう言うべきだろうな。
確かに凄い金持ちのお嬢様ではあるが、お前が想定しているであろう属性とは違うよな。
色々と謎の多い人ではあるが、どっちかってーと俺と同じで一般人のカテゴリに分類されると思うぞ」

「一般の人なのに……。一度会って涼宮さんに対抗出来るよう師事をお願いしたいね」

「頼むから止めてくれ。お前までハルヒのようになったら流石に俺の神経が擦り切れちまう」

「そうかい?じゃあ仕方ない、その時は僕が世話してあげるよ、最期を看取るまでね。
だからキミは安心して廃人になるまで付き合いたまえ」
九割はまあ冗談だけど、一割は本気だよ?

「物騒な事を言うなっての。ほら次いくぞ、説明してほしい珠の指定をしてくれ」

ちょっと残念。
「次だね。じゃあ、同じ緑でもさっきの鶴屋さんとはまた違った輝きの、グラデーション掛かった緑色のこの珠は誰だい?
心当たりが無いから多分僕の知らない人だとは思うが」

「残念だが外れだ。少なくとも一度は会ってるぜ?その人は喜緑江美里さんだ。
俺とお前の団が初めて全員顔を合わせた例の会合の時、九曜に腕を掴まれた人って言えば解るか?」

「成る程、あの人か。それは盲点だったよ。言われてみれば髪の色そのまんまの色だったね。
しかしなかなか見事なグラデーションだ、表面こそ黄緑色だが中に行くに従い段々色が濃くなって、中心部は…」

「ストップだ、佐々木!!」

「?どうしたんだいキョン、そんなに慌てて」

「それ以上言うと、喜緑さんの喜の字が別の『き』になって色々とマズい事になりそうな気がする。
何故かはわからんが猛烈にそんな予感がする。だからその先を言うのは勘弁してくれ、君子危うきに近寄らずだ」

「そ、そうかい?なら止めておこう、かな……」

「ふぅ、」
一安心。と言いかけて、佐々木の目の先を見て青ざめる。

「では、気を取り直して次にいこうか。この青く気高く輝く珠はどちら様かな。
これも心当たりは無いのだが、それともまた僕が忘れているだけかな?」
……キョン?返事が無い。
「キョン、何してるんだい?」
見れば、キョンは耳を両手で塞いでうずくまっていた。所謂雷を怖がる子供みたいな格好だ。

「そいつは俺の思い出したくない記憶ランキングでワン・ツーフィニッシュ決めてる奴だ、
だからそいつについては何一つ答えるつもりは無い。って、何で耳塞いでるのに聞こえるんだ!?」

「心の声も聞こえる世界だ、耳塞ぐなんて無意味なのだろう。諦めて白状したまえ」

「断るっ!」

「キミも強情だね、仕方ない」

佐々木はそう呟くと、俺にずっと纏わり付いていた二人をひょいと『摘んだ』。
おや?いきなり目が据わってますねどうしたのです佐々木さん。

「こちらのまるで小涼宮さんの如き輝きで、キミの周りを跳ね回っていた小さな珠はキミの妹さんだね。
となると、妹さんに振り回されるように付いて回ってたこの清楚そうに光る青白い小珠が吉村美代子、通称ミヨキチさんだ。
あの青い珠の輝きは、ミヨキチさんの清楚さの発展形にも見える。という事は、もしやミヨキチさんのお姉さん?
美しさはここにある珠の中でも随一だと思ったが、この娘のお姉さんなら納得だ。
お姉さんと知らずに関係を持ってしまい、たまたまミヨキチさんを送っていったら鉢合わせして修羅場になったとか!?
それともまさか母君なのか?そうか?そうなのかキョン!」

「全然違う!つかその前に、お前にはその二人が珠に見えるてるのか?
両手に一人ずつ小学生ぶらさげて、ぶんぶん振ってる女子高生の画ってのはなかなかシュールではあるが、
実の妹がぶらんぶらん揺られてるのは余り心臓に良い光景ではないぞ?」
「え……!?」

佐々木は放心して目を見開き、二人を放した。開放された二人は何事も無かったようにまたはしゃぎはじめたが、
佐々木はこちらに背を向けてなにやらぶつぶつ呟き始めた。

キョンにはあの二人は珠に見えてない?

「おーい、佐々木」

この世界では、キョンは私だけを人として認識していると優越感を抱いてたけど、違うのか?

返事が無い。ただの屍のようだ。

とすると珠と認識される条件は……まさか女性として意識しているかどうか!?

じゃなくて!

キョンがロリコンでなかったのは喜ばしいが、キョンは、キョンは私を女性として意識してくれていないのか!!?

「この世界では心の中まで筒抜けだって教えてくれたのは、
どうやら素の一人称が『私』と判明した貴女じゃございませんでしたっけ?」
お、耳が真っ赤になった。と心中で呟いた側からどんどん首筋まで染まってゆく。今日は珍しい光景をよく見る日だな。

「ああそうさ、その通りさ!だからさっきの僕の疑問はキミにも聞こえていたはずだよね?
どうだねキョン、キミから見て僕は!私は!!女性として意識する価値も無いほど魅力が無いのかい!?」

佐々木は漸く振り向くと、半ば自棄になりながらも凄い剣幕でまくし立てた。
やれやれ、誤魔化しは通用しそうにないな。
「そんな事は無い。断じて無い。努めて女性として意識しないようにしてるんだ。
どうせこれは夢だ。夢だから本音を言わせて貰うとだな、
お前は中学の頃、『恋愛は精神病の一種』とか『全ての人に同性に見られたい』とか言ってろ?
俺はそれを、踏み込ませるつもりは無いって意志表示だと理解した。だから自制してた。
一年振り位に再会した時も、お前は自分から俺の親友と名乗った。だから今も自制してる。
一年経って、女性らしさが増してるのにも気付かない振りをしながらな」

「じゃあ、私がこれからは女性として見て欲しいと頼んだら、キミはどうする?」

「二度と後に退けなくなっても良いなら、解ったと応えるだろうさ」
そう応えると、佐々木は改めて真剣な顔で向き直った。

「ではキョン、私の中学時代の発言を撤回する。これからは、一人の女性として私を見て欲しい」

先程の自棄とは明らかに違う表情。俺も心を決めるしか無いか。
「解った」
その瞬間、佐々木の人型の輪郭が崩壊し、徐々に球形に収束してゆく。そして出来上がった珠の色は……



『キョンくーん、あーさだよっ♪』『ぐふうっ!?』
という感じかな?彼の目覚めは。
「時間は…朝の7時か」
ベッドを下りてカーテンを開ける。朝の光が眩しい、どうやら昨日からの雨はあがったようだ。
目覚めるのがもう少し遅ければ。そうすれば、彼の口から珠になった私の色を聞く事が出来たのに。
ちょっと残念。

~♪♪♪♪♪♪♪♪~

その時唐突に携帯が鳴り響いた。ディスプレイを確認するまでも無い、キョン専用の着信音だ。

『もしもし佐々木か、おはよう。起きてたか?』

「おはようキョン、今起きた所だよ。珍しいね、キミから連絡してくるなんて。まあお互い様かもしれないが。
どうしたんだい、変な夢でも見たのかな?」

『夢か……見たような気もするが、妹のボディプレスで忘れちまったよ。
それより、西の方を見てみろ』

「西?……ああ、もしかして電話の理由はこれを知らせる為かい?」
西には、雨上がりの空に朝日が当たって綺麗な虹が出来ていた。

『そっちからも見えたか、良かった。いやその、何だ。虹を見たら無性にお前に教えたくなってな』

虹を見たら無性に?くっくっ、笑いが零れるじゃないか。そうだ!
「有難う、感謝するよ。
ところでキョン、今日は暇かい?良ければ二人で何処かに行かないか」

『ああ良いぞ。今日は予定も無いし、お前ならそんなに疲れる所に付き合わされる事も無いだろうしな』





虹色と言えば聞こえは良いが、要は玉虫色と同じでまだ定まってないのと同義だ。
今日、私の色を決めよう。
そして教えてあげよう、『キミの色は、全てをありのままに写し出す銀色だったよ』って。





デモソノマエニ、アノアオイタマノショウタイヲトイツメナキャネ、クックックッ……


(終わり)

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最終更新:2008年01月19日 16:51
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