この方ほど硬質と縁遠い人はいないな。だが柔らかいからといって決して弱いわけではないぞ。
確かにちょっと強く押しただけでも変形してしまうかもしれんが、
すぐにでも跳ね返して元に戻る弾力のある芯の強い方だと、俺は思う」
なんせ、成長していつかあの底の見えない強かさを備えた大人版朝比奈さんになる人だしな。
「朝比奈さんというと、春休み末日、例の公園で僕等とSOS団が初めて会した時に、
固まってしまったキミにハンカチを渡して場を和ませてくれたあの女性だよね?
なるほど、確かに『ふわふわ』とか『ほわほわ』といった擬態語による表現が似合う人だ。
まるで小動物のような可愛らしさで、ずっと眺めていたくなるよ」
そうだろうそうだろう。
なんせあの方はSOS団の活動によって日々精神を削られてゆく俺を憐れんで、
天が遣わして下さった癒しの天使、いやいや天使どころか女神様だからな。
朝比奈さんの手に掛かればただの水も甘露に変わり、煎れてくださるお茶は俺専用のエリクサーだ。
俺が毎日毎日飽きもせず部室に通う理由の6割は、
あのエリクサーを頂くためと言っても過言だとは必ずしも言い切れないのではないだろうか。
おお、なんか凄いぞ俺、朝比奈さんの事になるとこんなに美辞麗句が浮かんで来るなんて。
いやいや待て待て待て。美辞麗句という言葉はイマイチなものを無理矢理褒めちぎる時に使う言葉であって、
事実素晴らしい朝比奈さんに対して用いるのは不適当だ。訂正するべきだろう。
では改めて凄いぞ俺、朝比奈さんを想い浮かべるだけで讃える言葉がいくらでも湧き出し……て。
ハイ。解りました。次行きます。行きますってば。だから、心の中で
『キミって奴は』
をさっきから141回も繰り返すの止めてください佐々木さん。
「解ればよろしい」
さいですか。
「えーと、朝比奈さんの次……と。朝比奈さんの隣の鮮やかな緑色の珠、これは鶴屋さんだな」
「美人かい?」
いきなりそこ聞きますか佐々木さん。口元はにこやかですが目が笑っていませんよ?
「あ、ああ美人だ。今まで挙がった並み居る女性達にも負けず劣らずな」
「ふーん、そうなのか。ふーん」
怖いので視線を合わさないように説明を続ける。
「この人は朝比奈さんのクラスメイトにして大親友。
んで、俺の知る限り唯一ハルヒを引き摺り回せるバイタリティを持つお人だ」
「あの涼宮さんをかい?凄いな、尊敬に値するよ。
初夏の陽射しをいっぱいにうけて輝く、若葉のごとき緑色の面目躍如といったところだね」
正直、涼宮さんの行動力には嫉妬しないでもない。かつて決断出来なかった私にとっては見習うべき美点だ。
でも、その涼宮さんをすら振り回すなんて。
「もしかして、この人も何か特殊な属性持ちだったりするのかな?」
ようやく少しは機嫌が直ってきたか?
「うーん、どう言うべきだろうな。
確かに凄い金持ちのお嬢様ではあるが、お前が想定しているであろう属性とは違うよな。
色々と謎の多い人ではあるが、どっちかってーと俺と同じで一般人のカテゴリに分類されると思うぞ」
「一般の人なのに……。一度会って涼宮さんに対抗出来るよう師事をお願いしたいね」
「頼むから止めてくれ。お前までハルヒのようになったら流石に俺の神経が擦り切れちまう」
「そうかい?じゃあ仕方ない、その時は僕が世話してあげるよ、最期を看取るまでね。
だからキミは安心して廃人になるまで付き合いたまえ」
九割はまあ冗談だけど、一割は本気だよ?
「物騒な事を言うなっての。ほら次いくぞ、説明してほしい珠の指定をしてくれ」
ちょっと残念。
「次だね。じゃあ、同じ緑でもさっきの鶴屋さんとはまた違った輝きの、グラデーション掛かった緑色のこの珠は誰だい?
心当たりが無いから多分僕の知らない人だとは思うが」
「残念だが外れだ。少なくとも一度は会ってるぜ?その人は喜緑江美里さんだ。
俺とお前の団が初めて全員顔を合わせた例の会合の時、九曜に腕を掴まれた人って言えば解るか?」
「成る程、あの人か。それは盲点だったよ。言われてみれば髪の色そのまんまの色だったね。
しかしなかなか見事なグラデーションだ、表面こそ黄緑色だが中に行くに従い段々色が濃くなって、中心部は…」
「ストップだ、佐々木!!」
「?どうしたんだいキョン、そんなに慌てて」
「それ以上言うと、喜緑さんの喜の字が別の『き』になって色々とマズい事になりそうな気がする。
何故かはわからんが猛烈にそんな予感がする。だからその先を言うのは勘弁してくれ、君子危うきに近寄らずだ」
「そ、そうかい?なら止めておこう、かな……」
「ふぅ、」
一安心。と言いかけて、佐々木の目の先を見て青ざめる。
「では、気を取り直して次にいこうか。この青く気高く輝く珠はどちら様かな。
これも心当たりは無いのだが、それともまた僕が忘れているだけかな?」
……キョン?返事が無い。
「キョン、何してるんだい?」
見れば、キョンは耳を両手で塞いでうずくまっていた。所謂雷を怖がる子供みたいな格好だ。
「そいつは俺の思い出したくない記憶ランキングでワン・ツーフィニッシュ決めてる奴だ、
だからそいつについては何一つ答えるつもりは無い。って、何で耳塞いでるのに聞こえるんだ!?」
「心の声も聞こえる世界だ、耳塞ぐなんて無意味なのだろう。諦めて白状したまえ」
「断るっ!」
「キミも強情だね、仕方ない」
佐々木はそう呟くと、俺にずっと纏わり付いていた二人をひょいと『摘んだ』。
おや?いきなり目が据わってますねどうしたのです佐々木さん。
「こちらのまるで小涼宮さんの如き輝きで、キミの周りを跳ね回っていた小さな珠はキミの妹さんだね。
となると、妹さんに振り回されるように付いて回ってたこの清楚そうに光る青白い小珠が吉村美代子、通称ミヨキチさんだ。
あの青い珠の輝きは、ミヨキチさんの清楚さの発展形にも見える。という事は、もしやミヨキチさんのお姉さん?
美しさはここにある珠の中でも随一だと思ったが、この娘のお姉さんなら納得だ。
お姉さんと知らずに関係を持ってしまい、たまたまミヨキチさんを送っていったら鉢合わせして修羅場になったとか!?
それともまさか母君なのか?そうか?そうなのかキョン!」
「全然違う!つかその前に、お前にはその二人が珠に見えるてるのか?
両手に一人ずつ小学生ぶらさげて、ぶんぶん振ってる女子高生の画ってのはなかなかシュールではあるが、
実の妹がぶらんぶらん揺られてるのは余り心臓に良い光景ではないぞ?」
「え……!?」
佐々木は放心して目を見開き、二人を放した。開放された二人は何事も無かったようにまたはしゃぎはじめたが、
佐々木はこちらに背を向けてなにやらぶつぶつ呟き始めた。
キョンにはあの二人は珠に見えてない?
「おーい、佐々木」
この世界では、キョンは私だけを人として認識していると優越感を抱いてたけど、違うのか?
返事が無い。ただの屍のようだ。
とすると珠と認識される条件は……まさか女性として意識しているかどうか!?
じゃなくて!
キョンがロリコンでなかったのは喜ばしいが、キョンは、キョンは私を女性として意識してくれていないのか!!?
「この世界では心の中まで筒抜けだって教えてくれたのは、
どうやら素の一人称が『私』と判明した貴女じゃございませんでしたっけ?」
お、耳が真っ赤になった。と心中で呟いた側からどんどん首筋まで染まってゆく。今日は珍しい光景をよく見る日だな。
「ああそうさ、その通りさ!だからさっきの僕の疑問はキミにも聞こえていたはずだよね?
どうだねキョン、キミから見て僕は!私は!!女性として意識する価値も無いほど魅力が無いのかい!?」
佐々木は漸く振り向くと、半ば自棄になりながらも凄い剣幕でまくし立てた。
やれやれ、誤魔化しは通用しそうにないな。
「そんな事は無い。断じて無い。努めて女性として意識しないようにしてるんだ。
どうせこれは夢だ。夢だから本音を言わせて貰うとだな、
お前は中学の頃、『恋愛は精神病の一種』とか『全ての人に同性に見られたい』とか言ってろ?
俺はそれを、踏み込ませるつもりは無いって意志表示だと理解した。だから自制してた。
一年振り位に再会した時も、お前は自分から俺の親友と名乗った。だから今も自制してる。
一年経って、女性らしさが増してるのにも気付かない振りをしながらな」
「じゃあ、私がこれからは女性として見て欲しいと頼んだら、キミはどうする?」
「二度と後に退けなくなっても良いなら、解ったと応えるだろうさ」
そう応えると、佐々木は改めて真剣な顔で向き直った。
「ではキョン、私の中学時代の発言を撤回する。これからは、一人の女性として私を見て欲しい」
先程の自棄とは明らかに違う表情。俺も心を決めるしか無いか。
「解った」
その瞬間、佐々木の人型の輪郭が崩壊し、徐々に球形に収束してゆく。そして出来上がった珠の色は……
『キョンくーん、あーさだよっ♪』『ぐふうっ!?』
という感じかな?彼の目覚めは。
「時間は…朝の7時か」
ベッドを下りてカーテンを開ける。朝の光が眩しい、どうやら昨日からの雨はあがったようだ。
目覚めるのがもう少し遅ければ。そうすれば、彼の口から珠になった私の色を聞く事が出来たのに。
ちょっと残念。
~♪♪♪♪♪♪♪♪~
その時唐突に携帯が鳴り響いた。ディスプレイを確認するまでも無い、キョン専用の着信音だ。
『もしもし佐々木か、おはよう。起きてたか?』
「おはようキョン、今起きた所だよ。珍しいね、キミから連絡してくるなんて。まあお互い様かもしれないが。
どうしたんだい、変な夢でも見たのかな?」
『夢か……見たような気もするが、妹のボディプレスで忘れちまったよ。
それより、西の方を見てみろ』
「西?……ああ、もしかして電話の理由はこれを知らせる為かい?」
西には、雨上がりの空に朝日が当たって綺麗な虹が出来ていた。
『そっちからも見えたか、良かった。いやその、何だ。虹を見たら無性にお前に教えたくなってな』
虹を見たら無性に?くっくっ、笑いが零れるじゃないか。そうだ!
「有難う、感謝するよ。
ところでキョン、今日は暇かい?良ければ二人で何処かに行かないか」
『ああ良いぞ。今日は予定も無いし、お前ならそんなに疲れる所に付き合わされる事も無いだろうしな』
虹色と言えば聞こえは良いが、要は玉虫色と同じでまだ定まってないのと同義だ。
今日、私の色を決めよう。
そして教えてあげよう、『キミの色は、全てをありのままに写し出す銀色だったよ』って。
デモソノマエニ、アノアオイタマノショウタイヲトイツメナキャネ、クックックッ……
(終わり)