しゅくしょうしゃしゃきⅣ アフターイレブン~就寝までの攻防~

    『ダメだジョン!そっちには怪物がいるかもしれない!一人は危険だ!

    『心配ないさ、サキ。少し様子を見て来るだけだ。すぐ戻る』
そう言って柔和に微笑んだ男は、おもむろにドアノブに手を掛け…………
    『う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ「きゃ
ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
テレビと真横からの絶叫ハーモニーで俺の耳が悲鳴を上げた。
「………叫ぶな、落ち着け佐々木よく見ろ。何もなってないぞ」
「だってだって今……」
    『ぁぁぁぁ……?なんだただの影だったのか……。やれやれビックリさ
せるなよ』冴えない顔の俳優が一人ごちた。
やれやれだと?こっちのセリフだ。佐々木なんか涙目で俺の腕をまだ掴んで離さ
ない。いろんな意味で心臓に悪いぜ……
「影…だって?な、なーんだそうかそんなことだろうと思ったよくっくっくっ…

………おい声が震えてるぞ。
「そ、そんなことないさ……」
どう見てもガクブルじゃないか………。

俺と佐々木は今二人仲良くソファーに肩を並べて――と言っても高低差がかなり
あるが――地上波初登場のB級ホラー映画を見ている。
内容は語るにも値しないチープなものだ。見終わっても疲労感しか残らないだろ
う。しかし主人公の名前がジョンでヒロインがサキというのは冗談が過ぎるんじ
ゃないか?

「ふぅやっと終わりか……いまいち怖くなかったね」
嘘つけお前面白い程悲鳴を上げてたじゃねぇか。ご近所に変に思われたらどうす
るんだ。
「それはどういう意味かな?まぁ君に問うても見当違いの答えが帰って来るのだ
ろうけど。それにこういったスリラー要素の強い映画や絶叫マシーンの類いは叫
んでこそだ。大声で叫ぶと同時にストレスを吐き出すのさ。流石に少しばかり喉
を痛めたがたまに見るのは悪くないものだね。
ところでこのシチュエーションの場合ニュアンスが若干変わってくるのだけどそ
れもきっと君に言っても無駄なんだろうな。過度の期待は抱かない方が良いもの
だ。さていい時間だし今日はもう寝ようかキョン。さぁ寝室へ連れて行ってくれ
るかな?」
いつもより数倍早い口調で語り終えた佐々木は、ぎこちない笑顔でこちらに手を
伸ばした。
足は少し震えているようだ。
ふむ、なるほどな…。
「………どうした?自分で歩けるだろ?」
古泉の百倍嫌らしいであろうニヤけ面で俺はこう言ってやった。さぁどうする佐
々木。
「………いじわる」
「何のことかな?」
ほっぺたを膨らまして怒りを表しているようだが無駄だ。可愛いだけだからな。
「………うぅ…わかった僕の負けだ。腰が抜けたらしい………おぶってくれ…」
マイメロっぽく上目遣いで手を組んで『お願いっ』って言ったら連れて行ってや
るよ。
「…………………お、お願いっ?」
ぐはぁっ!やられた!
「大袈裟なモーションはいらないから早く連れて行ってくれ…………」

 

《しゅくしょうしゃしゃきⅣ アフターイレブン~就寝までの攻防~》

 

「うぅ……屈辱だ一生の恥だ僕のキャラじゃないだろうこれは………」
小さな両手で顔を覆って呻いている。見なくても頬が染まっているのが容易に想
像出来るな。
「やっちまったもんはしょうがないだろ。それに恥ずかしがることなんかない、
むしろ誇るべきだぜ?」
慰めになってないな。あぁわかってるさ。
「今の愚行の何処に誇る要素があったのか教えて貰いたいものだね……」「可愛
かった」
「………………………」先程までピンクだった頬は今や真っ赤に燃えるようだろ
うな。

「それにしても腰抜かす程ではないと思うが。意外と怖がりなんだな。」
「まぁね………見苦しいところを見せてしまったかな。僕も一応人間だからね、
苦手な物ぐらいあるさ。」
それはまぁそうだろうけどな。ただなんとなくお前はそういうの平気そうな気が
したんだが。
「それはもしかしなくても褒めていないね?『私』はれっきとした女の子なんだ
よ」
女の子だってのは今日一日で存分に味わったさ。しかしそんな楽しい一日ともそ
ろそろお別れのようだ。
「ところで姫、夜通し語り合うのもよろしいのですがそろそろ本当に寝た方が良
いんじゃないでしょうか?もうすぐ明日になっちまいますよ」
部屋の扉を開けながら言ってみた。
……何かおかしいなこの敬語。
「そうだね。夜更かしは体に悪いし、確かに瞼が重くなってきたよ」
そう言って眠そうに目を擦っている。さっきも寝てたくせにまだ寝たりないのか

しかし俺ももう限界だ。そういえば今朝起きた時はまだ外は暗かったんだよな。
道理で平生より眠いわけだ。
「本当に今朝は突然起こして悪かった。自らの体の変化に焦っていたとはいえ、
君には迷惑をかけてしまった、謝るよ」
いや、気にするな。
長い一日だったが悪くはなかったからな。
早起き三両とはよく言ったもので世間的には深夜の域を漸く出たばかりの早朝四
時過ぎに起きたお陰か今日はそれなりに楽しかったぜ。学校では大変だったが…

「そうかい、それを聞いて安心したよ。そういう意味では僕も涼宮さんに感謝し
ないとね。良い思いをさせてもらった。ああもちろん君にはそれ以上の賛辞を心
から呈するよ。ありがとう」
「どういたしまして。明日も宜しく頼むぜ」
「こちらこそ宜しく」

そう言って佐々木は俺の背中からベッドに移動した。
おいちょっと待てまだ寝るなよ。俺はどこで寝れば良いのか教えてからにしてく
れ。
「ここで寝れば良いじゃないか」
佐々木は何を馬鹿なことをと言わんばかりに俺にそう言ってのけた。
ここってお前、床で寝ろと?
「君の体を思えばそれはあまりお勧めしないな。明日の朝ナナフシのようになっ
た親友を見るのは僕としても心苦しい」
なら、どこで寝ろと?
「大人しく目の前の布団に飛び込みたまえ。それ以外に選択肢はあるまい」
そう言って佐々木は自分の横をぽんぽんと叩いた。
…………悪いが、丁重にお断りする。俺にとってもお前にとってもそれは危険行
為以外の何者でもないからな………って何でそんな悲しい表情をするんだ。
「…察してくれよ……一人で寝るのは、怖いんだ……」

ズッキューン

「…………大丈夫だここには怪物は居ないぞ」獣になりかけの人間ならいるが…
……いや冗談。
「……………それだけじゃないんだけどな……」
うわっこれはマズい。本気で泣きそうになっている時の顔だ………
……………やむを得ん……
「やれやれ……ほら、隣り開けろ。入れないだろ」
そう言うと佐々木の顔がそれこそぱぁっなどと擬音をつけたくなる程に眩い笑顔
になった。

現金な奴め………少し悪戯してやろうか…

「わかっていると思うが俺は男だぞ。現実に存在する分、空想の怪物よりも危険
だ。それでもいいのか?」
そう言って俺は悪人顔をつくり両手を構え、ジリジリと佐々木に近寄った。見つ
かったら問答無用で逮捕される勢いの危険な絵だ。さぁ怖がれ。
しかし佐々木はくっくっと心底愉快そうに笑い、
「君が本気でそう思っているなら僕は構わないよ」
と言いやがった。

………………そうか。なら、頂きます。
「え?ちょ……キョン?」
俺は電気を消し……「とぅっ!」
ルパンダイブ、とまではいかないがそのまま佐々木に抱き付いて布団を被り……
……
「きゃっ……キョン!本気…いや正気か!?悪かった冗談だからまだ今は待って
………」
何もせずそのまま目をつぶって狸寝入りを決め込んだ。実際は薄目を開けていた
がな。
佐々木はきょとんとして俺の胸の中からこちらを見上げている。
「………え?な、何もしないの………?」
事態が飲み込めていないようだな。
ここでニヤリと笑い、
「………本気で襲うと思ったか?」
してやったりだ。さて怒るか笑うか……

ところが予想外の事が起こった。佐々木は俯いてしまった。
「…………君と…言う奴は……」
………あの…佐々木さん?
「僕が…どれ程………君はそれを…」
……………泣いてる…………
ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!
「す、すまん佐々木!冗談が過ぎた!悪かった!ごめん許してくれ、だから泣く
なって!!」
「僕は……君はなんで………」
「ごめん佐々木!頼むよ泣きやんでくれ!なんでもするから!!」
「本当かい?」
……………は?
「本当になんでもするのかい?」
……………こいつ……
嘘泣きかよ!!!

「お返しだよ。まぁまだ僕の方が一枚上手だったようだがね」
くっくっくっと笑う顔には涙の跡など一筋もないわけで、俺は女の涙は武器とい
う言葉を嫌と言う程理解した。
ちくしょう……
「さて、じゃあ僕の言うことを何でも聞いてくれるんだったね」
………分かった聞いてやるよ。できる範囲でな。
「くっくっ……良い心構えだ。じゃあキョン、君は……今日から毎晩僕を一時も
離さず抱き締めて寝るんだ。いいね」
…………なんて言った?
「もう一度言おうか?毎晩僕を……」
いやいやいやいや!それでいいのか!?
「言うことを聞くのだろう?大人しく従いたまえよ」
顔を真っ赤にしながら何をどうどうと言ってるんだお前は………
「………わかった。それでいいならやってやるよ。」
こっちもまぁ望むところだ。いや他意はない。俺は純粋に佐々木の身を案じてだ
な……
「……うん。ありがとう。これで安心して眠れそうだ」
そ、そうかい。

俺は今晩も眠れそうにないな………
「どこにも行かないでねキョン……おやすみ」
佐々木は目を閉じ、俺の胸に顔を伏せた。
ああお休み佐々木。

佐々木の小さな体は優しく包まないと簡単に壊れてしまいそうで、しかし狂おし
い程に愛らしく言われなくとも一晩中抱き締めていたい程だ。
いい匂いがする、何故だか気分が落ち着く。人の温もりなんて、直に感じたのは
何年ぶりだろう………。

佐々木……安心して寝ろよ。
俺がお前のそばにいてやるからな……………。

ぎゅっと抱き締め、柔らかな佐々木の頭を撫でながらそんなことを考えていたら
いつの間にか寝てしまっていた。
いつもより深く気持ち良く寝れたのは寝不足だったからだけではないだろう。


この時はまだ佐々木との週末を単純に楽しむつもりでいた。
しかし平凡とはいつの世でも往々にして終わりを告げるものだ。
そしてそれは俺と佐々木にも例外なく当てはまってしまう。
事件の始まりと同じく、俺の言動一つによっていとも簡単に……………

 

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最終更新:2008年01月20日 11:23
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