28-308「お酒は飲んでも呑まれるな」

「いや、やっぱり寒い季節は鍋に限るな。」

「そうだね、キョン。体も温まるし、なんと言っても大勢で鍋を囲んで食べるのはとても楽しいことだ。これこそが鍋の醍醐味だと言っても過言じゃないだろうね。」

「すごいのです!ハムじゃないお肉がちゃんと入っているのです!あっ、しらたきまである!こんなに贅沢な食事は久しぶりなのです!」

「ふんっ、たまには現地の食文化に触れるのも悪くはない。」

「―――昆布は―――ないの……?」

 

唐突だが、今日は橘さんの家で鍋をご馳走になることになった。

ご馳走になると言っても、材料は各自が持ち寄った物だし、調理は私と藤原君でやったんだけどね。(橘さんもできるようだけど、彼女に任せると何故か異様に薄く切り分けるので、キョンたちと一緒に配膳をするように命じた。)

どうしてこうなったのかと言うと、きっかけはほんの些細なことだ。

期末テストも終わって暇を持て余していたので、このメンバーが何となく集まる喫茶店にふらふらと足を運んでみると、何やら熱く語っている4人の姿があった。

「絶対嘘です!すき焼きを食べるときに卵をつけるなんて信じられません!」

「だから、それはお前んちの常識だろう?普通の家とかでは使うんだよ。な?そうだろ?」

「ふんっ、僕はこの時代の食文化なんて知らないぞ。」

「―――卵は―――レンジが―――基本………」

「やぁ、みんな。何の話をしているんだい?」

何やら危なげな発言が聞こえたが、華麗にスルーして挨拶をする。突っ込みは彼の役目だしね。

「おう、佐々木か。いやなに、鍋の話をしてたらすき焼きに卵は邪道だって、こいつが言うんだよ。」

「だって、勿体無いのです。卵があれば、それで一日食べられるじゃないですか。それを一緒に食べてしまうだなんて…………考えただけでも恐ろしいのです!佐々木さんも何か言ってやって下さい!」

「「「…………………」」」「――――――……」

「あれ?皆さんどうしたんですか?何でそんな可哀想なものを見るような目をしてるんですか?」

「橘、今日はお前の家ですき焼きにしよう。」

「うん、そうだね。僕も賛成だ。」

「ふんっ、仕方ないな。僕も行ってやろう。」

「―――不憫な―――子………」

「え?え?何ですか?何で皆さん、今日は妙に優しいんですか?

そうして僕らは困惑した様子の橘さんを残して、各々分担した品を準備しに店を出た。

と、まあそう言うことがあって、今に至るという訳だ。

「さて、そろそろ煮えたか?」

「うん、もういい頃合だね。じゃあ、食べようか。」

「では、さっそく頂きます!」

橘さんが獣のような目で鍋の中に箸を泳がせる。しかし、何で春菊やえのき、豆腐や糸こんにゃくばっかりなんだろう?

「お肉を食べるのは後なのです。最後にお肉を食べれば、食後はお肉の味が残って幸せな気分になれるのです。」

「「「…………」」」「――――……」

あぁ、橘さんが満面の笑みでそんなことを言うから、目から汗が出て橘さんの顔が見えないや……橘さん、今日くらいは遠慮せずに食べてもいいんだよ?

僕たちは何も言わずに橘さんの取り皿にお肉を分けてあげた。

最初こそ彼女は不思議そうな顔をしていたが、そのうちまた鍋に箸を泳がせる作業に戻ったのだった。

それから暫らく談笑を楽しみつつ、鍋をつついていると藤原君がふと声を上げた。

「おい、何か飲み物がないか?」

「食事中に飲み物を飲むのか?」

キョンが意外だと言うように応えた。

「まぁ、自然の恵みと調理者に感謝を表す食事という行為の途中に、何かを他のものを飲むのは無粋だといえなくもないが、最近ではそういうことも別に変ではなくなりつつあるようだよ。」

「ふーん、そんなもんかねぇ。」

「ふんっ、別にいいじゃないか。僕だって、何もジュースが飲みたいって言う訳じゃない。ただ、少し水が欲しいと思っただけだ。」

「―――これが―――ある……」

おもむろに九曜さんが髪の中に手を入れると、透明な液体の入った瓶を引っ張り出してきた。

どこから出したのかは今更聞こうとは思わないが、この瓶……どう見ても一升瓶なんだけど……

「九曜さん?それってお酒じゃないの?」

「―――『水―――みたいな―――もん』――だって……」

「これ日本酒じゃねえか。誰だ?そんな嘘を教えたのは?」

「―――天蓋―――領域……」

「ふんっ、宇宙人の考えることはよく分からん。」

「九曜さん、すごいのです。日本酒なんて飲めるんですか?」

「「「…………。」」」「――――…」

どうやら、一人でガツガツ食べていたようなので会話が噛み合っていないらしい。

みんなが固まっていると、九曜さんが意外なことを言った。

「―――飲んで―――みる……?」

「え?いや、遠慮しときますよ。私、お酒の味なんて分かりませんし。」

「―――これは―――いいもの………」

そう言って九曜さんの掲げた瓶には『座臼―本醸造―』と書かれていた。

「ザ○ス?どこかで聞いたことがあるような名前だね。」

「―――業界―――では―――有名………」

「そうなんですか?じゃあ、一口だけ頂きます。」

九曜さんの取り出したコップを受け取ると、九曜さんにお酌をしてもらうような構図になった。

「おいおい橘、大丈夫か?無理しないほうがいいぞ?」

「ふんっ、酔って醜態を晒すのが目に見えてるな。」

「くっくっく、二人ともからかうのはよくないよ。もっとも、何とも間抜けな構図であるのは確かだが。」

「むむむ、佐々木さんまで馬鹿にするんですか?べべ別にこのくらいのお酒はどうってことないのです。私はお酒なんて産湯の代わりに使っていたくらいです!ザルというよりむしろワクなのです!」

「「「いや、それはない。」」」「――――――ない……」

「とっとにかく、私にはこんなお酒なんでもないのです!」

そう言って、いつの間にかコップになみなみと注がれたお酒を一気に煽る。

嚥下してしばらく動きの止まった橘さんをみんなが注視していたが、やがて顔がかあっと真赤になり、直後にきゅうと可愛らしい声を上げてヘナヘナと倒れ込んでしまった。

「あぁ、言わんこっちゃない。君たちが焚きつけるからだよ。自重したまえ。」

一応責任を感じているらしい藤原君が、倒れた橘さんに声をかけて軽く揺さぶる。

「ふ…ふんっ、全く無茶なことをするからだ。おい、橘大丈むぐっ!?

だらりと床に四肢をたらしていた橘さんが、急に跳ね起きて藤原君の唇を奪った。

「おいおい橘、いくら酔ってるからって人前でそういう行為ははしたないぞ?やるなら人気のないところで二人っきりでだな……」

「これはこれは………橘さんって、結構情熱的なんだね」

「―――キス―――魔……?」

「むぐぐー!(いいから早く助けろ!)

しばらくすると、今度は藤原君の四肢から力が抜けてヒクヒク痙攣し始めたので、見かねたキョンが肩を掴んで止めに入る。

「ほら橘その辺にしとけ、藤原が死にそうもがっ!?

暴走した橘さんが、今度は振り向きざまにキョンの唇を奪った。

「アーッ!何てことをするんだ、このツインテール!僕のキョンから離れるんだ!」 

「―――鍋なのに―――フレンチ……」

「んむー!(誰が上手いことを言えと!)

あまりの急展開に慌てふためいているいると、あっという間にキョンの眼が濁り身体から力が抜けていった。

この性悪ツインテールめ!あろうことか僕の目の前でキョンに色仕掛けなんて!うらや……もとい、許さない!

微かに震え始めたキョンをなお貪り続ける橘さんを引き剥がすべく、キョンの頭をホールドしていた手を強引に引っ張る。

「とっとにかく、その手を退けるんだ!さもないと僕がそのツインテールを引っこ抜いてやふむっ!?

え?何?何が起こったの?どうして橘さんの目が目の前にあるの?

「―――橘――――なのに―――――百合……」

どこからか九曜さんの声が聞こえるけど、真赤になった橘さんの顔しか見えない。

僕、橘さんにキスされてるんだって、気がついたのは既に身体に力が入らなくなった後だった。

このツインテール、後で覚えてなさい。あっ、でもこれってキョンと間接キスじゃ……

そこから後は頭がぼーっとして何も考えられなかった……………

それから何時間とも思える嵐のようなキスの後、橘さんは私を解放して九曜さんに向かった。

そして、いよいよ意識を手放す直前、私は九曜さんの声を聞いたような気がした。

 

「―――私を―――狙ったのが―――運の―――尽き……」

 

 

 

あれ以来、橘さんは何故か九曜さんと目を合わせようとしない。

どうかしたのかと聞いてみると、自分でもよく分からないが兎に角そうしなきゃいけないような気がする、だそうだ………

あの後、一体どんなことをされたんだろう………まぁ、触らぬ神に崇りなしだ。

それよりも、僕は橘さんにお酒を与えることは二度とすまいと固く心に誓ったのだった。

 

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最終更新:2008年02月05日 22:11
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