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熱海鉄道同好会・創立50周年・記念鉄道展

熱海温泉の発展は鉄道の発展と共に在り

熱海は歴史的にも古い温泉であり、およそ1500年前の仁賢天皇の時代、
海中から熱湯が噴き出し、魚が爛れ死ぬのを近郷の者が発見、
以来「熱い海」であることから、熱海と名付けられたとされています。

また、天平宝字の頃に箱根権現の万巻上人が、
この「熱い海」のために不漁に苦しむ漁民たちを救済すべく、
祈願により源泉を海中から現在の山里に移したという伝説も残されています。

江戸時代には徳川家康公が来湯し、以来徳川家御用達の名湯として名を馳せ、
家光公以降には、熱海の湯を江戸城に献上させる「御汲湯」が行われました。

明治以降は文人墨客が多く訪れ、また多くの作品が熱海を舞台に描かれました。

熱海の発展には交通機関の発達が大きく関係しています。
特に鉄道の発展と共に熱海温泉が発展していったとも言えます。
人車鉄道開通
明治28年から33年にかけて小田原と熱海を結ぶ豆相人車鉄道が開通しました。
軽便鉄道開通
明治40年には人車鉄道は、蒸気機関車を使用する軽便鉄道となりました。
大正12年、関東大震災により被害を受け廃線となりました。
鉄道省熱海線開通
大正14年に省線(現JR)が熱海まで伸ばされると東京・熱海間は3時間で結ばれるようになり、
来湯客数は飛躍的に伸びることとなりました。
丹那トンネルと東海道線熱海駅
昭和9年に丹那トンネルが完成し、鉄道省熱海線は東海道本線の一部となりました。
昭和30年代は、新婚旅行のメッカとなり、そして高度経済成長期には団体旅行が多くなりました。
(熱海駅・熱海町役場発行の昭和10年版熱海町勢要覧より)
新丹那トンネルと新幹線
1964年の東海道新幹線の開通により首都圏からの来熱が容易になりました。
しかしながら、同時に、遠距離旅行を含む観光地を選ぶ選択肢が多くなり、厳しい競争時代になっていきました。
熱海駅と駅前広場の改修・整備事業
これら5つの大きな鉄道の発展変遷が熱海温泉の発展と大きく関わってきました。
現在、進められている熱海駅と駅前広場の改修・整備事業は6つ目の山となるように
政官業民が連携しながら熱海の発展に寄与するものでなければなりません。

熱海市役所HP・熱海駅前広場整備事業
http://www.city.atami.shizuoka.jp/page.php?p_id=728

熱海市役所HP・寄稿文
http://www.city.atami.shizuoka.jp/page.php?p_id=1073


運転会・2012・ATC50周年

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