宗教・占い霊能力超能力オカルト手品・スポーツ・選挙投票・宝くじ 

宗教・占い霊能力オカルト手品・政治(選挙・投票)・宝くじ・スポーツに関するよくある勘違い

選挙投票

その3「棄権は有権者の意思表示にならない」
次のような考えで棄権することも意思表示のうち。「応援したい候補者がいないので投票しない」「他の有権者の判断・選択に任せる」「己の一票で当落結果を左右する確率は殆ど0なので合理的に考えて行かない」「投票よりも寄付・献金や労力・ボランティアで応援したい」「政治に興味がない」

その4「一票を投じる行為には価値(意味)がある」
どの候補に一票を足し引きしても、殆どのケースで当落結果に変化をもたらさない。つまりその一票があってもなくても結果は変わらない。もたらし得るのは同点や一点差の場合のみで確率的に極めて稀
意味があるとすれば投票者が「政治に参加した自己満足」を得られる程度のものである

「殆ど0」というが、当然ながら0ではない。
彼の好きな言葉を借りれば、まさに「そう思っている人が多いからそうなっている」例である。


投票率

その5「投票率が下がることは悪いことだ」「投票率が下がると不利(有利)だ」
国民の生活満足度が低く政情不安な国家ほど投票率は高くなる。国政に対する国民の満足度が上がれば投票率は下がる。つまり投票率は幸福度に反比例するバロメータであり、下がれば下がるほど喜ばしいことである
下がって悪いのは、行政上のミスや制度上の未整備によって投票意思はあるのに投票を行えないケースである
また下がって有利か不利かは、当人が組織票に与する者か無党派層かによって異なる

現状に満足していてもよりよくしようと投票に赴くこともあるはずだが、そういったケースは無視する。


決めつけ

その15「選挙結果や予算配分に納得がいかない」
と主張する者の発想が時代遅れか時代を先取りし過ぎているか、或いはエゴが強く視野狭窄になっているため大局的観点に立てていない証拠

彼が得意とする論法の一つ。


Ⅲ スポーツに関するよくある勘違い

その1「スポーツは健康にいい」
例え軽度な運動であっても、呼吸/動悸を多くすればするほど活性酸素が全身に行き渡り、各種器官を酷使し関節を摩耗し代謝を促進し、それだけ細胞分裂・老化を早め寿命を縮める
ランナーズハイは薬物中毒のようなもので、疲労や筋肉痛も健康被害のうち。最も健康に良いのはスポーツを「しないこと」である

個人差があるが一定以上運動をしなければ身体機能に支障が出る。
日常的に運動過多であればスポーツは害になるが、運動不足の者にとっては「適度」なスポーツは健康に良い結果を出す。
彼が認識できる範囲には運動過多な人間しか存在しないのだろうか?


その4「スポーツをするとストレス解消できる」
解消した気分になるだけで、実際は疲労度が増している。ストレスの根本原因から逃避する行為であり、真の解決にはなっていない

スポーツを楽しめていなかったり精神的に負荷の大きいスポーツではその限りではないが、
実際にスポーツによりストレスは解消される。
スポーツによりストレス解消を行う人間全てが逃避を行っているわけではない、何故それが一般化されているのだろうか?
彼の周囲の状況が心配である。



その5「幾つかのスポーツをやるのではなく、一つのスポーツをやり通すべきだ」
特定のスポーツにばかり時間を割くと、そのスポーツに関する知識以外何も知らない専門バカが増える。
何かを得ればその分、何かを失う。全人格的な発育を期すならば、様々なスポーツを嗜む機会を与えるべきである

全人格的な発育を目的とする人が全てではない。
やはりここでも早まった一般化が行われている。
特定のスポーツを集中して行う事によりそのスポーツの技術を習得し、より楽しめるようになる。
本質を理解しないまま他に移っても得られる物は少ない。
一つのスポーツの技術を一定以上習得する事で他に応用も利きやすくなる。
勿論多くのスポーツを広く浅く学ぶ事が目的でそれが楽しみな人はそれでも構わない。



その6「スポーツをする以上勝たなければ意味が無い」「一番でなければ価値が無い」
勝つことのみを至上命題にするのは視野狭窄。勝つことではなく楽しむことを目的にすることもできる。
No.1への執着は「No.1以外への蔑視」即ち差別心の裏返しに他ならない

勝つことを目的にスポーツを行うという楽しみ方もある。
楽しみ方は多様である。
それを視野狭窄とする事の方がより視野狭窄である。



その11「スポーツを通じて連帯感、責任感、忍耐力、協調性、仲間意識を育むことができる」
スポーツでなくてもできる。スポーツは唯一の手段ではなく、スポーツでなければならない理由はない
その12「スポーツを通じて地域振興・世界平和に貢献でき」
スポーツでなくても以下同文。スポーツを通じて却って敵対心が高じ戦争になることもある
その13「スポーツを通じて感動や夢を与」
スポーツでなくても以下同文。理由が何であれ、感動や興奮は一種の洗脳状態下にある証拠

「スポーツでなくともできる」それは裏を返せば(彼の好きな表現だ)「スポーツでもできる」ということだ。
誰が彼にスポーツでなければならないと発言したのだろう?
多くの人間はそのような勘違いはしていない。
スポーツであれその他の事象であれメリットもデメリットも存在する。
彼はスポーツに対する極端なコンプレックスを持っていると推測できる。




その17「練習中に水分補給させると根性が付かないから我慢させるべきである」
熱中症の危険性が高まり、最悪の場合死に至る。時代錯誤な根性論は無視してよい
その18「足腰を強くするにはうさぎ跳びが一番」
効果が少なく、却って膝関節を損傷する危険性が高い事が医学的に指摘されている。足腰を強くするには、まずこのような脳味噌筋肉を指導者にしないのが一番
その19「縦社会で揉まれ理不尽な命令にも絶対服従すれば、忍耐力が付き社会性協調性を養える」
社会性協調性を養うにはその方法でなければならない、ということはない。指導者にとって都合のいい、命令に盲従するイエスマンが育つだけである

正しい

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最終更新:2011年07月05日 20:09
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