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1212 (豆蔵)

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匿名ユーザー

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今朝は今年一番の冷え込みらしい。ネーノは身を起こし、吐いた息の白さに驚く。薄いパ
ジャマしか包む物のない体がいきなり冷えていくのを感じた。
普段ならここでまた二度寝と洒落込みたい所だが、今日ばかりはそうもいかない。時計の
針は約束の時間の一時間前を指し、確実にその秒針を進めている。
彼はひとつ伸びをしてベッドから這い出した。

大きくは無いがやたら派手な色の花束を一つ、近所の花屋で買うと可愛い店員に
「デートですか?」
などと笑顔で訊かれ、ネーノはあいまいに笑った。まさかこの花束を持って墓参りに行く
とも言えず、彼は小銭を凍るように冷たい銀のトレーにおいた。片方の手をポケットに入
れ、もう片方の手には季節外れな花をいくつも詰め込んだ花束を持ち、彼は自然と肩に力
をいれて歩き出した。昔はこんなに寒さを感じることもなかったような気がする。地球は
温暖化しているらしいが、ネーノには冬将軍の強さが毎年増しているように感じられた。
花束を持つ手がすっかりかじかんだ頃、町の喧騒は後ろに流れ、ネーノの目の前に静かに
開けた地が広がっている。墓地だった。広い土地に整然と灰色の石が冷たく並んでいる。
その内の一つの前に、スーパーの袋を片手に、煙草を吸っている男が立っていた。
「今年も趣味悪いな」
携帯灰皿に煙草をねじ込みながらフーンは鼻で笑う。
「なんか知らないけどデートと間違われちまったんじゃネーノ?」
「フーン、ありえないね」
こんな、墓と教会しかないようなところで男二人でデートなど笑い話にもならない。
ネーノは軽く笑うと、小さな墓にフーンの買ってきたをかけ、一年分の埃を落としてやっ
た。文字でくぼんだ所を雑巾で拭くと、白い雑巾に黒い泥がべったりとこびりつく。
「『立ち止まるな』ってね、立ち止まらなきゃ洗えないだろって」
しゃがんで墓の主に語り掛けるネーノの後ろで、フーンは新しい煙草に火をつけ、一息だ
け吸うと墓石の前に置く。灰が少しだけ地面にこぼれた。
その脇にネーノは先ほどの花束を横たえると、フーンの持っていたスーパーの袋の中から
椎茸を九つ取り出すと、墓の前に綺麗に並べた。
「ひだひだが見えるように置けよ。あいつの大好きなひだひだだからな」
「そのほうがいいんじゃネーノ」
二人はにやにや笑いながら椎茸を並べると、手を合わせるでもなく神妙に拝むでもなく、
軽く手を振って去って行った。

「九年か」
フーンは白い息を吐き出しながら呟く。
「そう言って見ると結構長いんじゃネーノ」
二人とも寒そうにポケットに両手を突っ込んで、クリスマスに備えて浮かれる街を歩く。
小さな女の子が「クリスマスには熊さんのぬいぐるみが欲しいの」などと言って笑ってい
る。
「でも振り返ってみると案外早いな」
「それだけ年を取ったって事じゃネーノ」
「そうかもしれないな」
一年が過ぎる速度がだんだん速くなっている。先日正月かと思ったら、もう世の中はクリ
スマスで。平坦に一年が過ぎたというわけではないのだけれども、坂道を転がる球のよう
に加速度がついて日々が過ぎて行く。
「…あいつの時間だけは止まったままなんじゃネーノ」
「…」
フーンは答えなかった。写真すら残っていないあのカタワ者。自分達に名乗っていたDとい
う名が本名なのかどうかすら、彼らには確かめようの無い事だった。
自分の時間を永遠に止めたあの男は、果たして本当にこの世に存在したのだろうか。
煉瓦の道はそこで終わっていて、その先は限りなく黒に近い色をしたアスファルトで固め
られている。いつかはこの真新しい道も風化して行くのだなとネーノは思う。
自分に出来るのは忘れない事だけ。ネーノはそう考えていた。しかし、忘れないだけでは
駄目なのだと今は思う。心の片隅の埃をかぶった思い出という立場に甘んじていてくれる
ようなDではない。
「思い出してやろうじゃネーノ、今日くらいは」
「ああ」
フーンは考える。セピア色に変わりつつあるあの路地裏での日々が、自分の長い反抗期の
終焉だったのだと。そしてDは反抗期のまま人生を終えた永遠のチンピラなのだろうと。
ネーノは考える。破壊衝動をもてあましていたあのころは確かに自分の暗黒時代だったが、
同時に羽目を外す事ができた最後の時間だったのだと。そして羽目を外したまま逝ったの
がDだったのだと。
彼らが歩くのは華やかな表通り。しかし、その裏にだらだら続く思春期の衝動をくすぶら
せる者達が集まる場所があることを二人は知っている。
乾いた冬の空気に、ネーノは最後の日のDの叫びを聞いたような気がした。

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