自然は時に優しく、時に厳しい。時に激しく、時に柔らかい。
だが我々はどうだろうか。
自然の要求に答えられているのか?
傷だらけの青年は丘の上から銀世界の中にある仮設住宅の無機質な町並み、所々山吹色の山、重機などの災害復興の喧騒を見下ろしていた。私は彼の後からその光景を傍観していた。
─君達が居なくなってから早い事二年・・・・か・・・・。びぃ、兄者、ノーネ。今年も会いに来たよ。
悪夢の覚めた後
─びぃさん、君と出会ったのは汗がにじむほど酷く暑い夏だったよね。覚えているかい?
最初に出会った時、君は路地裏で煙草を吸っていたっけ。
僕にはそれが印象に残ったんだ。
どの様な印象なのかと問うと、彼は照れながらも答える。
なんて言うか・・・・・そう、ヤンキーらしくないヤンキーみたいな・・・感じだった。
ちょっと矛盾しているけどね。
私以外は誰も居ないのだが、それでも彼は話を続ける。
そう、あれは二年前の話。
彼女と出会ったのはこの街の裏通りだった・・・・・。
・・・・誰?
僕が君の声を聞いたのはこの一言が最初だった。
え・・・・僕?
あなた以外に誰が居るんですか?
あきれ顔で君は言ったっけ。
僕の名前はボロ。それ以外はなにも覚えていないんだ。
本当に?
本当さ。
数秒空気が固まる。そして彼女はこう言ったんだ。
って事は・・・・・・記憶喪失?
・・・・・そうなるね。
ホントになにも覚えていないの?
記憶を覚えていたらどの位嬉しいか・・・・。
・・・ごめん。
いいえ。
君は数歩歩き、近くにある小橋の欄干に腰掛けて聞いた。
ボロとか言ったね。寝る所はあるの?
僕は首を横に振ったよ。
帰る家もなにも思い出せないんだ・・・。
ため息をつくと、彼女はこう切り出したっけ・・・・。
・・・・ならさ、僕等の家に来ない?小汚いけど。
いいんですか?
僕はその時驚いたよ。だって初対面で、普通ここまで優しくしてくれるかい?
いいから言っているのさ。ただ一つ、家事を手伝ってくれるなら、の話だけど。
僕は笑いながらOKって言ったかな。
「家があるならなんでも良いですよ」って言ったっけ・・・。
判った。じゃこっちへ・・・・・。
・・・・・お世辞にも環境は良くはなかった。だけど僕にはそんな事よりも重要で暖かいなにかが欲しかったんだ。
そう、“ぬくもり”みたいな物だね。
君達に出会ったのもその時だった。
色々あった。一緒に馬鹿な事したり、兄者さんのキャンピングカーで旅に出たり。
長岡祭りの花火を見たり。みんな一緒で日本海へ行ったり・・・・。
そしていつしか僕はでぃ、君になにか・・・・なんと言えばいいんだろう。
なにかを憶えたんだ。
兄者さん。ノーネさん。そしてびぃさん。
あのころは楽しかったよ。あの幸せが何時までも続いてほしいって僕は願った。
───だけど運命は僕達を引き裂いたんだ。あざ笑う様にね───
事の起こりは突然だった。
10月23日の、午後5時56分の事だった。突然震度7の地震が町を襲い、たちまち地獄絵図の様になって・・・・・。
僕達はなんとか生き延びれたけど、近所のおばさんが家の下敷きになって動けなくなった・・・ね。
兄者さんはその人を助けるために瓦礫に潜って・・・。
「俺は・・・・・どうなってもいい。だけどお前ら、お前らが此処で死んじゃいけねえんだ!早く逃げろ!!」
で、でも・・・・。
「信配するな・・・・・またどこかで会えるさ」
それが兄者さんの最後に聞いた言葉だった。
その時だったよ。余震が襲ってきて家は完全に崩れてしまったんだ。
あっと言う間だった。僕らは何もできなかった。
そして避難している時、電柱が倒れてきてね・・・・。
僕の真上に落下してきたんだ。でも僕は助かった。僕を押し退かしてノーネさんが身代わりになったからさ・・・・・。
「真剣白刃取りも・・・・・刀がでか過ぎてちょっと失敗しちゃったのかな・・・・・・俺ももうろくしたなぁ・・・・」
君が言った最後の言葉がこれだったね。電柱と壁に挟まれていて、僕達は助ける事が出来なかった。
今となっちゃ遺品の一つも無いんだ。だから身内も判らない。彼らは僕達の心の中に閉じ込められちゃったのさ。
そしてびぃ、君も・・・・。
擦りむいたり両足を骨折したまま避難した事とストレスで破傷風になってしまったね。
ワクチンを投与しても君の容態は悪化の一途をたどっていた。
もう医者でさえも諦めていた。
僕も弱気な心に負けそうになっていた。
でもでぃ、君が僕を元気づけてくれた。
「ボロさん・・・と言ったかしらね。めそめそしていちゃ駄目よ。幸運は泣いている人には決して訪れないわ。
・・・・幸運は何時の間にか訪れている物。だから、探しているだけでも意義があるわ・・・・。
昔ね、誰かがこう言ったのよ。
『幸運を探している時、その時が幸運でもある』ってね。
私は掴み損ねちゃっただけだから・・・・」
・・・・・僕が元気付けなきゃいけないのに、しなければいけない事が正反対だった。
それからすぐだった。君が天国へと旅立ったのは。
僕は泣かなかった。いや、泣いちゃいけなかったんだ。
星になった君達をまだ悲しませちゃいけないって思ったし、それと・・・・君達の分も幸運を掴むために。
「サヨナラは言わない。何時までも一緒だからさ」
彼はそう言うと持ってきた花束と小さな指輪を墓に添える。
指輪と花束は日光に輝いていた。
びぃ、兄者、ノーネ。また何時か会おう。いつになるかは判らない。だけど・・・・何時かまた会える気がするんだ。
彼はそう言うと墓の建ち並ぶ丘から街の方向へ駆け降りて行った。私はしばらくその後ろ姿を見ていた・・・・。
私は誰も居ない所でこう言った。
「災害は止められない。だが我々が犠牲者を少しでも減らす努力をしなければこの状況は変わらないだろう。そしてボロギコや・・・・びぃ、兄者、ノーネ達と同じ事を味わう奴らもいっこうに減らないだろう。
だが我々には本当にその努力が出来るのか?
とある建築士みたいな輩が今後現れるとも限らないのに、記憶が風化しないとも限らないのに。
他人の不幸を喜ぶ無礼極まりない人々もいると言うのに、果たして本当に出来るのか?
──そして私達の災害に対する油断を無くせるか、そしていざという時の団結が出来るのか?──」と。
この問いの答えはこの先の我々の進む方向で変わってくるだろう。
良くも悪くも、だ。
そして私はこう付け加えた。
「暇を弄ぶ余裕なんて本当は微塵も無いのだと、そしてどこまで己が愚かなのか知らないから人はどんどん堕落していくのかもしれないな」と。
私は街のある谷へと下っていった。
ふと空を見上げる。
雪雲は空高く聳え立ち、かすかな雷鳴と共に止んでいた雪も降り始めた。
それは“大地震”という大地の汚れを洗い流す為に降っていたのかもしれない・・・・。
end
音楽はSONIC-TRIP様より「tear」をお借りしました
だが我々はどうだろうか。
自然の要求に答えられているのか?
傷だらけの青年は丘の上から銀世界の中にある仮設住宅の無機質な町並み、所々山吹色の山、重機などの災害復興の喧騒を見下ろしていた。私は彼の後からその光景を傍観していた。
─君達が居なくなってから早い事二年・・・・か・・・・。びぃ、兄者、ノーネ。今年も会いに来たよ。
悪夢の覚めた後
─びぃさん、君と出会ったのは汗がにじむほど酷く暑い夏だったよね。覚えているかい?
最初に出会った時、君は路地裏で煙草を吸っていたっけ。
僕にはそれが印象に残ったんだ。
どの様な印象なのかと問うと、彼は照れながらも答える。
なんて言うか・・・・・そう、ヤンキーらしくないヤンキーみたいな・・・感じだった。
ちょっと矛盾しているけどね。
私以外は誰も居ないのだが、それでも彼は話を続ける。
そう、あれは二年前の話。
彼女と出会ったのはこの街の裏通りだった・・・・・。
・・・・誰?
僕が君の声を聞いたのはこの一言が最初だった。
え・・・・僕?
あなた以外に誰が居るんですか?
あきれ顔で君は言ったっけ。
僕の名前はボロ。それ以外はなにも覚えていないんだ。
本当に?
本当さ。
数秒空気が固まる。そして彼女はこう言ったんだ。
って事は・・・・・・記憶喪失?
・・・・・そうなるね。
ホントになにも覚えていないの?
記憶を覚えていたらどの位嬉しいか・・・・。
・・・ごめん。
いいえ。
君は数歩歩き、近くにある小橋の欄干に腰掛けて聞いた。
ボロとか言ったね。寝る所はあるの?
僕は首を横に振ったよ。
帰る家もなにも思い出せないんだ・・・。
ため息をつくと、彼女はこう切り出したっけ・・・・。
・・・・ならさ、僕等の家に来ない?小汚いけど。
いいんですか?
僕はその時驚いたよ。だって初対面で、普通ここまで優しくしてくれるかい?
いいから言っているのさ。ただ一つ、家事を手伝ってくれるなら、の話だけど。
僕は笑いながらOKって言ったかな。
「家があるならなんでも良いですよ」って言ったっけ・・・。
判った。じゃこっちへ・・・・・。
・・・・・お世辞にも環境は良くはなかった。だけど僕にはそんな事よりも重要で暖かいなにかが欲しかったんだ。
そう、“ぬくもり”みたいな物だね。
君達に出会ったのもその時だった。
色々あった。一緒に馬鹿な事したり、兄者さんのキャンピングカーで旅に出たり。
長岡祭りの花火を見たり。みんな一緒で日本海へ行ったり・・・・。
そしていつしか僕はでぃ、君になにか・・・・なんと言えばいいんだろう。
なにかを憶えたんだ。
兄者さん。ノーネさん。そしてびぃさん。
あのころは楽しかったよ。あの幸せが何時までも続いてほしいって僕は願った。
───だけど運命は僕達を引き裂いたんだ。あざ笑う様にね───
事の起こりは突然だった。
10月23日の、午後5時56分の事だった。突然震度7の地震が町を襲い、たちまち地獄絵図の様になって・・・・・。
僕達はなんとか生き延びれたけど、近所のおばさんが家の下敷きになって動けなくなった・・・ね。
兄者さんはその人を助けるために瓦礫に潜って・・・。
「俺は・・・・・どうなってもいい。だけどお前ら、お前らが此処で死んじゃいけねえんだ!早く逃げろ!!」
で、でも・・・・。
「信配するな・・・・・またどこかで会えるさ」
それが兄者さんの最後に聞いた言葉だった。
その時だったよ。余震が襲ってきて家は完全に崩れてしまったんだ。
あっと言う間だった。僕らは何もできなかった。
そして避難している時、電柱が倒れてきてね・・・・。
僕の真上に落下してきたんだ。でも僕は助かった。僕を押し退かしてノーネさんが身代わりになったからさ・・・・・。
「真剣白刃取りも・・・・・刀がでか過ぎてちょっと失敗しちゃったのかな・・・・・・俺ももうろくしたなぁ・・・・」
君が言った最後の言葉がこれだったね。電柱と壁に挟まれていて、僕達は助ける事が出来なかった。
今となっちゃ遺品の一つも無いんだ。だから身内も判らない。彼らは僕達の心の中に閉じ込められちゃったのさ。
そしてびぃ、君も・・・・。
擦りむいたり両足を骨折したまま避難した事とストレスで破傷風になってしまったね。
ワクチンを投与しても君の容態は悪化の一途をたどっていた。
もう医者でさえも諦めていた。
僕も弱気な心に負けそうになっていた。
でもでぃ、君が僕を元気づけてくれた。
「ボロさん・・・と言ったかしらね。めそめそしていちゃ駄目よ。幸運は泣いている人には決して訪れないわ。
・・・・幸運は何時の間にか訪れている物。だから、探しているだけでも意義があるわ・・・・。
昔ね、誰かがこう言ったのよ。
『幸運を探している時、その時が幸運でもある』ってね。
私は掴み損ねちゃっただけだから・・・・」
・・・・・僕が元気付けなきゃいけないのに、しなければいけない事が正反対だった。
それからすぐだった。君が天国へと旅立ったのは。
僕は泣かなかった。いや、泣いちゃいけなかったんだ。
星になった君達をまだ悲しませちゃいけないって思ったし、それと・・・・君達の分も幸運を掴むために。
「サヨナラは言わない。何時までも一緒だからさ」
彼はそう言うと持ってきた花束と小さな指輪を墓に添える。
指輪と花束は日光に輝いていた。
びぃ、兄者、ノーネ。また何時か会おう。いつになるかは判らない。だけど・・・・何時かまた会える気がするんだ。
彼はそう言うと墓の建ち並ぶ丘から街の方向へ駆け降りて行った。私はしばらくその後ろ姿を見ていた・・・・。
私は誰も居ない所でこう言った。
「災害は止められない。だが我々が犠牲者を少しでも減らす努力をしなければこの状況は変わらないだろう。そしてボロギコや・・・・びぃ、兄者、ノーネ達と同じ事を味わう奴らもいっこうに減らないだろう。
だが我々には本当にその努力が出来るのか?
とある建築士みたいな輩が今後現れるとも限らないのに、記憶が風化しないとも限らないのに。
他人の不幸を喜ぶ無礼極まりない人々もいると言うのに、果たして本当に出来るのか?
──そして私達の災害に対する油断を無くせるか、そしていざという時の団結が出来るのか?──」と。
この問いの答えはこの先の我々の進む方向で変わってくるだろう。
良くも悪くも、だ。
そして私はこう付け加えた。
「暇を弄ぶ余裕なんて本当は微塵も無いのだと、そしてどこまで己が愚かなのか知らないから人はどんどん堕落していくのかもしれないな」と。
私は街のある谷へと下っていった。
ふと空を見上げる。
雪雲は空高く聳え立ち、かすかな雷鳴と共に止んでいた雪も降り始めた。
それは“大地震”という大地の汚れを洗い流す為に降っていたのかもしれない・・・・。
end
音楽はSONIC-TRIP様より「tear」をお借りしました