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こひねがはくば、 (高瀬)

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 誰かの願いがかなうとき、どこかで誰かが泣いている

 私の願いがかなうとき、あなたがどこかで泣いている

 私がここで泣いているのは、誰かの願いがかなったから?





 指先に触れた雪がすっと消えていくように、
 あなたも私の前から姿を消した。

 それでも日々は過ぎていく。
 無慈悲に、無常に、淡々と。

 あれから幾日経っただろう。

「もう、あいつのことは諦めたほうが良いぜ。何時まで待っていても、帰ってきやしないんだから」

 モララー君の言葉に賛同できるほど私の思いは柔軟ではない。

「……ダメナノ。ギコ君デナイト厭ナノ。ゴメンネ」
「……そっか。じゃあ、仕方ないよな」

 彼は肩を落として、それでも飄々と振舞って立ち去っていった。
 ごめんね。気を使わせて。私のわがままの所為で。
 けど、云った言葉は正直な思いだから。

 季節が過ぎて、年が明けて、飛行機が遠くまで飛んでいって、
 それでもあなたは帰ってこない。

 あれから幾日経っただろう。

「しぃちゃん、ギコを待つのもいいけど、ちょっとは元気を出さなきゃダメモナよ。しぃちゃんがずっと元気でいることのほうが、ギコもうれしいと思うモナ」
「有難ウ。ケド……」
「けど?」
「……ヤッパリ、ナンデモナイ。気ニシナイデ」
「そうならいいモナ」

 モナー君は優しい。だからいえなかった。

 ――どうやって笑えばいいか、忘れてしまっただなんて。

 ――元気って一体何だったのかしら。思い出せない。

 最後に交わした言葉は何だっただろう。とても平凡で、普通の言葉だったはず。
 それでも私にとっては特別な言葉だったのに。
 どうしてかしら。思い出せない。

 何日、何週間、何ヶ月経っても、
 それでもあなたは帰ってこない。

 あれから幾日経っただろう。

 テレビがやかましく何かを宣伝していた。
 どの言葉も私には届かなかったけれど、
 たった一つ、私の耳に届いた言葉があった。

 たった一つ、彼の名前。

『本日未明、○×国におきまして、△□国人のギコ=ハニャーン氏がテロに巻き込まれ死亡したとの情報が入りました。○×国政府の発表によりますと、テロを起こしたグループからは布告など一切なく、またハニャーン氏も政府の勧告を無視して入国したとして……』

 嘘。

 嘘。

 嘘……じゃない。

 これは真実。夢でも幻でもない。この世界で起きた、真実。









 そういえば彼は言っていたっけ。
 戦争とかで帰る家を失った子供たちを助けたいって。
 顔を真っ赤にして、慌ててそっぽを向きながら。
 それを初めて言ったのも、あの国が戦渦に巻き込まれてからだったと思う。
 この国はとても平和で、戦争とか、虐殺とか、そんな言葉とは無縁だったけど、
 あなたにとっては違ったのね。
 あなたにとっては、目の前で起きている惨劇に違いなかった、そうでしょう?

 彼はあの国で子供たちを守る活動をしていたらしい。
 その所為で、テロリストに目をつけられた――外国人だったから。
 けれどあなたはきっと満足したと思う。
 あなたはきっと、親を失った子供たちの、その親になりたかったのよね。
 心に負った、たくさんの傷を癒したいと、そう願って。
 それはきっと、子供たちに届いたんだって、私はそう思う。



 だけど、あなたは考えたかしら。
 残された私が、どう思いながら毎日を過ごすのか。
 あっさりあなたのことを忘れると思ったのかしら。
 あれほどあなたのことを愛したのに、それでも忘れると思う?
 忘れられないわ。
 あなたが死んだと知った、今でさえも。

 あなたの願いはかないました。
 ――子供たちはちゃんとした国で保護されたとニュースで聞いた。

 けれど。

 けれど。

 私の願いは、もうかなうことは無い。
 ――私の願いは、あなたと一緒に生きること。


 あなたの願いはかないました。

 私は涙を流します。


 誰かが涙を流したら、私の願いもかなうのでしょうか。


 誰か、教えてくださいませんか。

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