立方体の、真っ黒な箱がフーンに手渡された。
彼女にあったのは偶然なのかそれとも必然なのか。
姉者はいつもどおりのポーカーフェイスで不思議そうな顔をするフーンを眺めている。
「…どういう風の吹き回しで?」
「私からじゃないわよ」
「は?」
ますますもって意味がわからない。
リボンはおろかラッピングすらされていない箱。
ふと、小道具に箱を使うコントグループがフーンの頭をよぎる。
駅に続く並木道の真中で、箱を手に呆然とする男と、不適にそれを見つめる女。
道行く人たちが一瞬不思議そうに彼らを見る。
「お母さんからよ」
「マジで?」
『あの』母親からかと、フーンはそっとつばを飲む。
何があっても不思議ではない。否、何もないほうがおかしい。
ならば何があっても驚かないと思っていれば、精神的なショックは少なくて済むだろう。
意を決して箱の蓋を開く。この箱は外側だけではなく内側も黒いらしい。
華やかな柄が好まれるバレンタインラッピング。どこでこんな箱を買ったのだろうか。
そして、恐る恐る覗いた箱の中身は、彼の想像を超えたものだった。
「……」
彼の目に飛び込んできた物。それは、漆黒のチョコレートで作られたリアルな人間の拳であった。
春一番を思わせるような強風が、姉者の長い髪を揺らす。
「力作よね。これ、お母さんの左手がモデルなんですって」
「…明らかに女の拳じゃないんだが」
取り上げてみると、掌に鉄アレイのような重みを感じる。
節くれ立ち、血管の浮き出た拳。なぜこんな物を贈る気になったのだろう。
しかし何よりもフーンが疑問に感じたのは
「何かこれ、やけに硬くね?」
戯れに爪の先を折ろうとしても全く歯が立たない。恐らく包丁を入れたら包丁が折れるだろう。
人間の歯ならきっと粉砕されてしまう。
「バターとか使ってないからね。砂糖も入ってないわよ。ぶっちゃけカカオ100%」
「豆はどこから」
「さぁ」
涼しい顔をする姉者を見てフーンは思う。ああ、あの母にしてこの娘あり。
「頑張って食べてね。弟達は筋肉みたいな味がするって言ってたけど」
そう言って彼女は冬の終わりの風の吹く街へ消えていった。
バレンタインが何の行事だったか、失念しそうなフーンを残して。
彼女にあったのは偶然なのかそれとも必然なのか。
姉者はいつもどおりのポーカーフェイスで不思議そうな顔をするフーンを眺めている。
「…どういう風の吹き回しで?」
「私からじゃないわよ」
「は?」
ますますもって意味がわからない。
リボンはおろかラッピングすらされていない箱。
ふと、小道具に箱を使うコントグループがフーンの頭をよぎる。
駅に続く並木道の真中で、箱を手に呆然とする男と、不適にそれを見つめる女。
道行く人たちが一瞬不思議そうに彼らを見る。
「お母さんからよ」
「マジで?」
『あの』母親からかと、フーンはそっとつばを飲む。
何があっても不思議ではない。否、何もないほうがおかしい。
ならば何があっても驚かないと思っていれば、精神的なショックは少なくて済むだろう。
意を決して箱の蓋を開く。この箱は外側だけではなく内側も黒いらしい。
華やかな柄が好まれるバレンタインラッピング。どこでこんな箱を買ったのだろうか。
そして、恐る恐る覗いた箱の中身は、彼の想像を超えたものだった。
「……」
彼の目に飛び込んできた物。それは、漆黒のチョコレートで作られたリアルな人間の拳であった。
春一番を思わせるような強風が、姉者の長い髪を揺らす。
「力作よね。これ、お母さんの左手がモデルなんですって」
「…明らかに女の拳じゃないんだが」
取り上げてみると、掌に鉄アレイのような重みを感じる。
節くれ立ち、血管の浮き出た拳。なぜこんな物を贈る気になったのだろう。
しかし何よりもフーンが疑問に感じたのは
「何かこれ、やけに硬くね?」
戯れに爪の先を折ろうとしても全く歯が立たない。恐らく包丁を入れたら包丁が折れるだろう。
人間の歯ならきっと粉砕されてしまう。
「バターとか使ってないからね。砂糖も入ってないわよ。ぶっちゃけカカオ100%」
「豆はどこから」
「さぁ」
涼しい顔をする姉者を見てフーンは思う。ああ、あの母にしてこの娘あり。
「頑張って食べてね。弟達は筋肉みたいな味がするって言ってたけど」
そう言って彼女は冬の終わりの風の吹く街へ消えていった。
バレンタインが何の行事だったか、失念しそうなフーンを残して。