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帰り道、たどる日々

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匿名ユーザー

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自慰小説

作:暇人

アプローチ 2005/02/07(月) 00:10:43

コップの中に満たされているオレンジジュース。
古びた木製の丸テーブル以外は、取り立てて何の変哲もない小部屋。
赤茶けた染みが目立つ壁には、角が焼けこげた写真が数枚、額縁に飾られている。
窓にはピンク色のカーテンがかけられ、隙間から赤い光が差し込んでいた。
「このコップを逆さにすると、ジュースは?」

コップを指さして、誰かが言った。

「そりゃ……こぼれるだろうな」

ギコは苦笑いしながら、かぶりを振る。

「しかし、このまま手に持っただけでも、ジュースはこぼれてしまう事もある」

誰かがコップを手にすると、バシャッという音と共にテーブルの上にオレンジ色の液体が広がった。

「ここでは、そういう事が起きる。だから、この窓の外は覗かない方がいい」

コップをテーブルに置きながら、誰かが言う。

耳元にはっきりと言葉の余韻を残したまま、ギコは静かに目を開いた。
緩やかな揺れと規則正しいガタンゴトン、という音。
加えて、背中に感じる柔らかなシートの感触に、ここが電車の中である事を思い出す。
車窓の外には夕暮れに沈む町並みが流れ去る。
腕時計を見ると、午後6時半。
この電車に乗る前、駅で友達と別れたのが6時20分頃。
居眠りを始めてから、まだ数分しか経っていないにも関わらず、ひどく体に違和感を感じた。

「おかしな夢だ」

腫れぼったく感じるまぶたを両手で擦りながら、再び窓の外を見る。
浅い暗がりに身を潜めるようにしてネオンサインの明かりが浮かび、その間を縫うように人波が流れているのが見える。
サラリーマン、OL、割烹着、着物、一人一人の姿が瞳の後ろの辺りに残像を残して、流れる景色の隅っこに追いやられていく。

『ギコ、メールを受信しました』

ズボンのポケットから、聞き慣れた女性の声。
ギコは 「ん…」 と小さく声を漏らし、ポケットの中に手を突っ込むと、タバコの箱程度の白い箱を取り出すと、表面の水色のボタンを押した。
箱の表面に文字が浮かび上がり、彼は指先で箱の表面をいじり、黙り込む。

「また、このメールか……」

日々 2005/02/09(水) 00:08:30

駅のホームを抜け、人もまばらな階段を上る。
一歩一歩、階段を上る度に、さきほどのメールの文面が脳裏をよぎる。
すっかり夜のとばりもおりて、切れかかった蛍光灯に照らされる通路を歩いていくと、見慣れた消費者金融の看板が目に入る。
「俺に、何をしろって言うんだよ…くそっ」

彼の元に幾度と無く届く、同じ内容のメール。
差出人は不明、最初は迷惑メールだろうと放っておいたが、メールの回数は日を追う毎に増えていった。
携帯電話会社に問い合わせても、差出人が分からないメールを作る事は難しいと言う返事。
通路を抜け、駅のロータリーにつながる階段を下る途中、ギコは空を見上げる。
深い紺色の空には、街の明かりにかき消され片手で数えられる程度の星しか見る事ができない。
当惑と疑問の入り交じったため息をつくと、真冬の香りが鼻の奥を凍えさせる。
白い息が広がり、あっという間に闇に溶けるようにして消えた。
しばらく、ぼんやりと街頭を歩く人波や、車のテールライトを目で追っていた彼は、再び大きく息をついて足を進める。
このまま階段を下り、駅のロータリーを抜けてしばらく行けば、愛しき我が家……彼が間借りしているアパートに着く。
冷たい風に背中を丸めると、ビルの合間を照らすネオンの赤や黄色の光りが、彼の肩をまとわりつくように感じた。

『ギコ、メールを受信しました』

最後の段を下りきったギコの耳に届く、ポケットからの女性の声。
ポケットに手を突っ込んで、白い箱を取り出した彼は「今度は誰からだ?」と尋ねる。

『しぃからです』

「…そうか」

メールを開くと、しぃの顔写真が表示される。
“今日は付き合わせちゃってごめんね、今度、ギコくんが好きな千両まんじゅうおごるね。
 それと、もし、なにか悩みとかあったら聞かせてくれるとうれしいな。”

「千両まんじゅうかよ」

笑いながら、ギコは頭を掻く。
この駅から1つ先の駅の近くにある千両まんじゅう。
子供の時からの馴染みの店だ。
野菜焼きとあんこ焼きの2種類があり、小遣いが少ない子供達にはありがたい1つ50円という値段。
今でも知る人ぞ知る老舗として、毎日活気に溢れている。
焼きたての「野菜焼き」を頬張ると、とろけるような野菜と甘味噌の味わいが口の中に広がる。
冬空の下、駅1つ分を自転車で走って冷え切った体には、熱々のまんじゅうと濃いめのお茶は絶品だった。
ギコは軽い指使いでメールを打つと、再びポケットに白い箱を戻した。
(今度、しぃやモナー達も誘って食いに行くか……)
ぼんやりと考えながら、幾分か軽くなった足を前に進める。

部屋 2005/02/13(日) 02:43:21

ぽつりぽつりと街灯が照らす小路を歩いていくと、真っ赤な屋根のオンボロアパートが見えてくる。
駅の側だと言うのに家賃は3万5000円。
決して住みよい部屋とは言えないが、住めば都の1LDK。
入り口をくぐり、共同ポストから夕刊を取ると、入ってすぐ右手のドアノブに手をかける。
『自宅のキーロックを解除します』

ポケットから声が聞こえ、カチャリと音がして鍵が開く。

「ただいま…っと」

誰もいない部屋に声をかけ、ギコは乱暴に玄関に靴を脱ぎ捨てる。

「風呂、お湯はたっぷり。コーヒー、砂糖少なめミルク多め。夕飯は…昨日の残りのピザ」

独り言のように言葉を口にしながら、ギコは洗面所へ向かう。
蛇口をひねり、凍り付きそうな冷水で顔を無造作に洗うと、青色の石けんに丹念に手を擦り合わせ泡立てる。
しっかりと泡を洗い流し、丹念にタオルで水分を吸い取ると、そのタオルで顔をゴシゴシと拭く。
深くため息をついて、鏡に映る自分の顔を見つめる。

「……俺に、どうしろってんだよ」

小さくつぶやき、眉間を親指と人差し指で強く摘む。
目の奥の辺りに走る軽い痛みと心地よさ、冷たい水に軽く痺れた頬が軽く火照ったように感じる。
もう一度、大きく息を吐き出すと、彼はキッチンへ向かう。
銀色のキッチンテーブルの上には入れ立てのコーヒー、その横には水色のラップに包まれた、やや萎びたように見えるピザが湯気を立てていた。

『ギコ、お風呂の準備ができました』

「飯食ったら入るから、保温にしといて」

『分かりました』

ギコは面倒くさそうに言うと、ラップを無造作にむしり取り、水っぽいピザにかぶりつく。
噛み切り辛いパンの感触と、ほのかに甘いチーズの味が一気に口の中に広がる。
まだピザを飲み込まない内に、コーヒーを一口。

『ギコ、食事の構成に不満があります。野菜を採らないと、生活習慣病の原因になりますよ』

ポケットから女性の濃淡のない声がたしなめる。

「うるせ……」

うるせぇな、と言おうとしたギコだったが、ピザをかぶりつきながら最近、野菜を食べていない事に気づいた。
以前に野菜を食べたのは、確か、しぃとハンバーガーを食べに行った時のサラダ以来。
約1週間は野菜を口にしていない事になる。
確かに、脂っこいピザとコーヒーだけでは、健康的であるはずがない。

「野菜、サラダってある?」

『申し訳ありませんが、野菜は在庫が切れています。β-カロチンの錠剤ならありますが』

いざ野菜を食べようと思って、それがないと無性に食べたくなってくる。
残りのピザを口の中に押し込み、コーヒーを一気に飲み干すと、玄関に向かって歩き出す。
靴を履こうとすると、ポケットから女性の声。

『お出かけですか?』

「ん…サラダ買ってくる。風呂、後で入る」

『分かりました。保温を解除します』

すぐに戻るから保温を解除しないで欲しいと伝えようと思ったが、やめた。

コンタクト 2005/02/19(土) 21:55:55

子供の頃は、夜になると太陽が海に沈んでしまうのだと思っていた。
自分の知っている限りの場所だけが、世界の全てだと思っていた。
自分がちっぽけな存在だという事に気づいたのは、いつだったのだろう。
そして、『ちっぽけな自分』を考える事に飽きてしまったのは、いつだったのだろう。
日々があっという間に過ぎていくという事。
単調な日々の積み重ねが、生きている限り続いていくという事。
子供の頃の漠然とした自分の将来が、いつの間にか訪れているという事。
日常で感じる、言いようのない不安と切なさ。
何かに気づけるような気がするのに、その「何か」が分からない、もどかしさ。
逃げ出してしまいたいと思う気持ちとは裏腹に、居心地が良い毎日。
夜道を歩きながら、ギコは静かに息をつく。

最近、絶えず脳裏に浮かぶのは疑問だった。
それは、あのメールが届き始めた頃から心の中に芽生え始めた。
漠然とした、まるで子供の頃に思い描いた将来の形のように、ぼんやりと輪郭が掴めない「疑問」。
問いかけたいのに、その問いに答えてくれる人は身近にはいない。

「…アホらし」

自嘲気味に笑い、細い路地に足を進めるギコ。
角を曲がり、さっきも歩いた駅前通りへ続く道へ入った瞬間、彼は違和感を感じて足を止めた。


塀で囲まれているはずの車も通れないほどの細い道、当たり前のように目に飛び込んでくるはずの光景は、そこには無かった。
純白の壁、純白の丸テーブル、純白に花瓶には白い花が数本飾られている。

「……なっ…!」

驚き一歩後ずさると、背中に感じる固い感触。
振り返ると、そこにも白い壁が広がっている。

「どうして……俺…あれ?」

困惑し、しきりに辺りを見回すが、ギコの周りには白一色の小さな部屋だけが広がっていた。

「俺、おかしくなっちまったのか…?」

呆けたように立ちつくし、ぽつりとつぶやいたギコの耳に、女性の声が届く。

『ギコ、メールが届きました』

突然の言葉にビクッと肩をすぼめ、慌ててポケットから白い箱を取り出すと『受信メール1件』の文字。
メールを開き、彼はゆっくりとメールに目を通すると、バッと顔を上げる。
手が震え、思わず携帯電話を床に取り落としてしまった。

『メールを読み上げます。“いらっしゃい。ギコ。”』

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