原作:み~や氏のFlash
‘Nightmare City’
http://clairvoyance.game-server.cc/nightmare.html
‘Nightmare City-Catastrophe-’
http://clairvoyance.game-server.cc/nc_catastrophe.html
【prologue】
・・・・・・
ココハ・・・・・・ドコ?
ドウシテ、ワタシハココニイルノ?
・・・・・・ワタシ?
ワタシッテ・・・・・・ダレ?
ワタシッテ、ドコニイルノ?
・・・ナニモワカラナイ・・・
・・・・・・・・・
オネガイ・・・・・・
ダレカ・・・オシエテ・・・
・・・・・・
・・・・・・アア、ソウカ・・・・・・
ワタシノ、ナマエハ――――
ワタシノ、ヤクメハ――――
********
( 何故俺はここにいる )
はっきりしたことは思い出せない。
( アイツラはもういないのに
何で俺だけここにいるんだ・・・・・・!)
それでも目の前の光景をキッカケに、
何か、とても大切な事を思い出しかけていた。
( そうだ・・・!何故お前だけ生きている! )
やり場の無い衝動を、目の前の対象にぶつけた。
ズシュッ!
―――――――ソイツから、血が噴き出す。
( ――――― なんでおまえだけ・・・ なんでおれだけ・・・ )
自分自身をもすぐに壊したい衝動に駆られながら―――――
( ・・・・・・! )
記憶の奥底に積もる、微かな思念を見つけた。
( ・・・・・・セカイセイフク )
それは、自分の過去の記憶が作り出した幻影だったのかもしれないが―――――
( ・・・そうだ・・・
俺が此処に生きている理由・・・・・・
オマエがかつて求めたもの・・・・・・ )
―――――もう、それにすがるしかなかった。
そして、決意を言葉にし、胸に刻む。
「 俺はこの世界を支配する!! 」
********
「 ――――――ッ!! 」
突然降り注いできた思念はひどく歪んでいた。
「 ―――!!―――ッ!!! 」
すべて受け止めてしまえば、自らの使命に背くことになるのは明らかだった。
「 ―――――! 」
―――しかし、拒否することなどできなかった。
「 ・・・・・・ 」
その思念はあまりに重く、そしてその意味を、
すでに彼らは理解できるようになっていたのだから。
「 !!!!! 」
だから、受け入れた。
一人は、わずかな自我を保ち。
一人は、ほとんどその思念の衝動に呑み込まれて。
********
( ・・・・・・何なのだろう。この感覚は・・・・・・ )
つくり出されてまだ間もなく、強固な自我を持たない彼は困惑していた。
( ・・・・・・あの人の、あの言葉が、何故自分の中でこんなに、繰り返されているんだろう )
そして、その苦悩は確実に、彼の中に何かを生み出しつつあった。
( ・・・・・・何故あの人のことばかり考えてるんだろう )
―――――彼は、ただ悩んでいただけだった。
( ―――――っ!!! )
しかし、本来はあるはずのなかったその苦悩が、結果として――――
「 うわぁっ!!! 」
『 夢の街 』に起こった大惨事のキッカケになるなどと、誰が予測できただろう。
「 ――――! 危ない!! 」
そして――――悪夢が始まった。
【1st side : ギコ 】
*** #01 ***
厳かな高層ビルが立ち並ぶ街中を、黄色い猫のAAが、長い尻尾を揺らしながら歩いていた。
彼には特に目的はない。
正確には、本来なら現実に存在するはずがないその姿で、
この街にいる事自体が、最大の目的と言えた。
「 しかし、ただ『 街 』にいればいいってのも暇だよな。 」
聞く者もいないのに、そんなことを呟いてしまう。
「 それにしても広い『 街 』だ。 」
『 Dream City 』
この巨大な街は、現在仮にそう呼ばれている。
しかし、街の規模とは裏腹に、人はほとんどいなかった。
それはこの街が、まだ『 実験段階 』のためであり、
黄色い猫―――ギコがこの街にいるのも、その実験の一環だった。
( ・・・・・・ビルも道も、自分の感覚もすべて『 ホンモノ 』みたいだ。
とても『 現実には存在しないニセモノの街 』だとは思えないな。 )
周りにそびえ立つビルを見上げながらギコは思う。
自らが歩く道も、それを踏みしめる感覚も、すべて『 ホンモノ 』として認識される。
わずかながら風も吹いているようだ。
体を短く覆う毛が揺れるので感じることができる。
姿こそ猫だが、体の動きに違和感もほとんど無かった。
むしろ足取りは軽い。
『 現実 』であれば当たり前。
そんな周りの環境に、ギコは感心していた。
感心してはいたが――――
「 でも、周りにはビルしかないし、広過ぎて他のAAにもまだ会えないんじゃ、
やっぱり退屈なだけだよな・・・・・・ 」
結局行き着いたのは、先ほど呟いたのと同じ結論だった。
***
通る車もない、無駄に舗装された広い道路の真ん中を、ギコは進んでいく。
そして、道路の大きな交差点を通り過ぎようとした時―――――
( ? )
突然辺りが暗くなり始め、ギコはいぶかしんで、空を仰いだ。
( 日が雲で隠れてるのか? )
―――――しかし、見上げると太陽を隠していくのは雲ではなかった。
「 ―――な、なんだゴルァ!? 」
闇が、ゆっくりと太陽を蝕んでいく。
( ―――日蝕!?どうして『 この街 』で日蝕なんか・・・・・・ )
その光景は、闇が光を遮り、
街すべてを呑み込もうとしているかのように見えた。
( ・・・・・・・・・胸騒ぎがする )
何か異常な事態が起きている。彼の直感がそう告げていた。
( ・・・・・・・・・・・・ )
しばしの間、次第に輝きを失う太陽を見つめ続けたが――――
「 ・・・・・・・・・行くか! 」
何処に行けばいいのかも、何をすればいいのかも、まだ分からない。
だが彼は、言葉を吐くと同時に、力強く走り出していた。
この事態の、真実を照らすヒカリを求めて―――――
*** #02 ***
『 Human-Brain Research Final Phase
Dream Linkage Project 』
科学技術の発展した近未来―――――――
ある研究所において、人間の脳の仕組みに関する研究が行われていた。
研究は難航を極めていたが、一人の研究者の働きにより驚異的な成果を挙げていく。
そして、研究は最終段階へ移ることとなる。
〔 夢を繋ぐ計画 〕
コンピューターでひとつの仮想空間を作り出し、そこで人々が夢を共有する計画である。
この『 ドリーム・リンケージ・プロジェクト 』の最終目標は
より多くの人々が夢を共有することであったが、
『 実験段階 』として、その研究所の所員を含む選ばれた数十人の人間が
仮想空間へ送り込まれることとなった。
*** #03 ***
太陽の異常を確認してから、ギコは事態の手掛かりを求めて、大通りを走り続けていた。
( しかし、どこに行きゃいいんだか・・・・・・
一度『 この街 』を出た方がいいのかも知れないが、
研究所の奴らは「 帰りはこちらで連れ戻す 」とか言ってたし )
実際、彼はただの実験参加者で、実験内容の詳細などについてはあまり聞かされていない。
( 他の参加者がどこにいるかなんてのもサッパリだしな )
実験参加者は、それぞれの準備ができ次第仮想空間に入っていった。
アバウトな事この上ないと思ったものだが、いきなり全員が入り、
コンピューターに関してトラブルが起きるより良いのだという。
また、街の何処に降り立つかは、希望でもしない限りランダムだそうだ。
中には、知り合い同士で同時に入る者や、場所を指定して落ち合う者もいただろうが――――
( ・・・・・・アイツも、「 先に行くから。 」とか適当なこと言って、
本当にさっさと先に行っちまいやがって! )
何人か見知った実験参加者の中でも、特に親しい友人の事を考える。
( さて、どうするかな。
やっぱり何も考えず走り出しても意味無かったな。 )
***
「 いくら仮想空間とはいえ、全く体力を消費しない訳ではありません。
現実とは違い、ある程度なら肉体的に人並みはずれたこともできるでしょう。
しかし、常に脳は仮想空間とリンクしていて、
そこで起こした行動の反動、すなわち精神的な疲労は、
そのまま脳へと伝えられ、肉体的疲労と同義になります。
もともとこの実験は、人が脳だけで限りなく現実に近い感覚を得られるような
プログラムを作り出すための実験でもあるんですよ。
だから、現実では決してできない様なことは、仮想空間においても、
AA―――つまり、仮想空間内にいる人物には、決してできない様に、
プログラムによって制約がもうけてあります。 」
そんなことを研究員の一人が説明していた。
ギコは、その話だけで頭が痛くなりそうだったのだが――――
「 そんなもの、せっかく夢の中に入るのにつまらないじゃないか! 」
――――と文句を言ってしまい、
『 集団における仮想空間共有の混乱回避 』、『 個人の仮想空間に対するシンクロ率 』云々の話を持ち出され、
小一時間説教をくらってしまった。
延々と説教を聞かされるギコを見捨てて、
さっさと先に仮想空間へ向かった友人が残していった言葉では――――
「 簡単に言うと――――向こうで疲れたり傷つけばこっちでもそうなるから。 」
――――その一言のみだった。
***
( ・・・・・・まぁ、これだけ走って探しても何も見つからないんじゃ、
ホントに無駄な体力を使っただけかもしれない・・・ )
言われた通り、現実世界よりは、持久力もスピードも驚くほど上がっている。
だが、わずかずつながら確実に疲労も蓄積していた。
そのくせ、いまだ闇に飲まれ続けている太陽の手掛かりどころか、人一人見つからないのだ。
「 ・・・・・・はぁ 」
ギコは自分の後先考えず行動する性格を少し恨みながら、
一向に前に進まぬ現状にため息をついた。
ギコが、そろそろ走るペースを落とそうかと考え始めた時。
「 ――――――ん? 」
それまで目に映り続けていたコンクリートのくすんだ灰色とは
別の色を、視界の端に捉えた。
( 誰かいるのか? )
一度足を止め、そちらの方向へ歩き出す。
そこは、ギコが走っていた大通りの細い脇道で、
今にも完全に闇に飲まれそうな太陽の光がわずかに差し込んでいる。
暗い路地裏に、ピンク色の猫のAAがうずくまっていた。
( 女の子・・・・・・かな? )
仮想空間で確実な判別など出来はしないが、
愛らしい姿と思い詰めたように俯く様子から、ギコはそのAAが少女であると感じた。
やっと会えた自分以外のAAである以上に、
どこか放っておけないその様子を見て声をかけた。
「 キミも実験参加者か? 」
「 ! 」
突然声をかけられ、ピンク色の猫はハッとギコの方を振り向いた。
いくらか驚いた様子ではあったが、それ以上に初対面の相手に対して
緊張(或いは警戒)しているのが窺える。
「 あ、驚かせたならゴメンな。オレはギコっていうんだ。キミは? 」
緊張をほぐそうと、ギコは努めて明るく自己紹介した。
その意が通じてか、少しずつ警戒を解きながら、相手も答える。
「 ――――ワタシは、しぃ。 」
口調と声から、やはり少女のようだ。
「 しぃ・・・っていうのか。いい名前だな! 」
世辞などでなく、素直にそう思った。
ギコが笑いながら言うと、
しぃもほとんど警戒を解いた様子で、少女らしい微笑みを返しながら言う。
「 ありがとう。アナタも、素敵な名前ね、ギコ君。 」
「 そ、そうか? 」
女の子から名前を褒められるのは初めてであることと、
彼女が初めて笑顔を見せてくれたことで、ギコは頬が赤くなる。
「 しぃは、その、一人でここへ? 」
照れ臭さを紛らわすために、しぃに問い掛けた。
「 ・・・・・・うん 」
その問いに、しぃはひどく寂しそうに頷く。
「 そ、そうか・・・・・・ 」
( ・・・なんか・・・聞いちゃまずかったかな。 )
少女の様子を見て、ギコはバツの悪い思いを抱きながら言葉を濁していると――――
「 ! あ・・・! 」
――――――辺りが夜のように暗くなり、太陽を見ると、完全に闇に飲まれていた。
「 ・・・・・・『この街』で日蝕なんて、おかしいと思わないか?
きっと、何かあったんだ。 」
「 ―――――そう・・・だね 」
しぃはその問い掛けにも、やはり表情を曇らせたまま頷く。
( ・・・・・・女の子がたった一人でこんな状況にいたら、心細いに決まってるよな。 )
決して放ってはおけない。俯く少女を見つめながら、ギコは思った。
「 とにかく、まずは『 この街 』を出るのが一番なんだが。
ここで今何が起きているか分かるはずだしな。 」
何より、何が起きているか分からない『 この街 』に、
この儚げな少女を置いておきたくなかった。
( といっても、肝心な〔 街を出る方法 〕が分からなくちゃな・・・・・・ )
《 研究所の人間が連れ戻す 》以外に、〔 街を出る方法 〕があるのか。
ギコには見当もつかなかった。
何か手はないかとギコが策を考え始めた時――――
「 『 この街 』を、出たいのね? 」
しぃがギコに話しかけてきた。
いきなり少女の方から問い掛けられ、ギコは多少驚きながらも答える。
「 そうだけど・・・まさか、方法を知ってるのか!? 」
思わぬ解決の糸口を見つけ、慌てて問い返した。
しぃは頷き、答える。
「 『 この街 』の出口に続く道を知ってるの。ついて来て! 」
そう言うと彼女は、路地裏の奥へ走り出した。
「 あっ、待ってくれ! 」
ギコも、慌てて走り出す。
『 何故しぃが〔 街を出る方法 〕を知っているのか? 』
そんなことなど、考えもしなかった。
出会って間もない少女のことを、彼は完全に信じきっていた。
ギコは、微塵の迷いもなく、彼女の後を追う。
このイツワリの街を出るために―――――
*** #04 ***
「 ――――プロジェクトは失敗だ 」
白衣を着た研究員の一人が、悲壮感に顔を歪め、苦々しく呟いた。
「 まさか・・・ コンピューターが仮想空間で反乱を起こすなんて! 」
別の研究員が半ば叫びながら、机に拳を強く叩きつける。
机から、何枚かの書類が滑り落ちた。
その内の一枚には、表題としてこう書かれている。
『 仮想空間管理AIシステム 』
その下には、『 Dream City 』の構想を簡略化して表した図が描かれていた。
大きな枠に、人が線で繋がれた図。
大きな枠は『 仮想空間 』、すなわち『 Dream City 』を示し、
それに線で繋がれた人は『 プレイヤー 』である。
大きな枠の中には、さらにいくつか小さな四角い枠があり、それぞれに文字が書かれている。
名が書かれた四角い枠こそ、仮想空間の『 管理AI 』を示していた。
「 管理AIから攻撃を受けたと思われるプレイヤーの容態は? 」
「 ・・・・・・非常に危険な状態です。
すぐにもログアウトして、仮想空間とのリンクを断たないと・・・・・・! 」
―――数時間前。
仮想空間へ降り立ったプレイヤーの身体状態を管理する研究員の一人が、
あるプレイヤーのバイタルサインの異常に気がついた。
緊急事態を察知した研究員は、すぐさまそのプレイヤーの強制的な仮想空間離脱―――ログアウトを試みる。
しかし、それは不可能だった。
原因不明のシステム干渉拒否を受けたのである。
現実世界から行使できる仮想空間へのアクセスをほとんど封じられ、
研究員たちに、眠りにつく数十人のプレイヤーを覚醒させる術は無かった。
さらに――――最悪の事態が判明する。
プレイヤーに異常が起こったすぐ後、管理AIとの連絡回線が仮想空間側から断ち切られていたのである。
―――――回線が切れる直前、通信画面に、ただ一言の宣言を残して。
「 この世界を支配する 」
*** #05 ***
しぃに連れられてギコが辿り着いたのは、大きなトンネルの入り口だった。
「 このトンネルを抜けてしばらく進むと、大きな橋があるの。
その橋を渡って、真っ直ぐ進んでいけば、いずれ『 この街 』から出られるわ。 」
「 つまり、ここからはずっと一本道か。よし、行こう! 」
ギコは勢い込んで、トンネルの先へ進もうとした。
―――――しかし、しぃはトンネルの入り口から先に進もうとしない。
「 ? どうしたんだ? 早く先へ進もう。 」
ギコが先を急かしても、しぃは俯き気味に、その場に立ち止まったままだった。
「 ――――ワタシは、行かない。 」
「 ! どうして!? 」
問い掛けても、しぃは首を横に振るだけだった。
「 ・・・・・・アナタは行って。一本道だから、迷うことはないはずよ。 」
「 馬鹿なこと言うな、ゴルァ!
キミを置いて一人で『 この街 』を出るなんて、出来るわけ」
「 お願いだから行って!! 」
「 ! 」
それまでの様子と違い、急に強い調子で言われ、ギコは一瞬言葉に詰まる。
「 ・・・・・・『 この街 』では今、とても恐ろしいことが起きてる。
あの日蝕を見たでしょう? あれも、ほんの始まりに過ぎないわ。
この『 悪夢 』は、まだ始まったばかりなのよ。 」
「 ・・・・・・・・・ 」
確かに、それはギコも感じ取っていたことだった。
( あの日蝕は、始まりに過ぎない・・・ )
路地裏にいた時、完全に闇に飲まれた太陽は、いまだすべての輝きを失ったままだった。
やはり、どう考えても事態は異常である。
とても恐ろしいことが起ころうとしている。
いや、きっともうすでに、それは『 この街 』で起きているのだ。
しかし、だとしたら――――
( だとしたら、なんでしぃは『 この街 』から逃げようとしないんだ? )
一人でここへ来たと言っていた。誰か待ち人がいた訳でもなさそうだ。
ならば、一刻も早く『 この街 』を出た方が安全に決まっている。
それなのに、『 この街 』の出口を知っているにも関わらず、
路地裏で一人隠れるようにうずくまり、何故逃げようとしなかったのか。
( ・・・・・・『この街』で起きている『恐ろしい何か』。
それが・・・・・・怖かったのか? )
出口へ向かう途中にも、危険が無いとは言えない。
下手に動き回れば、『恐ろしい何か』に遭遇してしまうかもしれない。
それよりは、身を潜めて現実側の動きを待つ方が賢いと考えることもできる。
( どうする? 確かに、ここで無闇に出口を目指すばかりが道じゃない・・・・・・ )
ギコが、それまで自分が考えていた進むべき方向に、疑問を抱き始めた時――――
「 行って。 」
「 え? 」
考え込みかけたギコに、しぃは静かに言った。
「 行って。アナタだけでも。アナタなら、きっと大丈夫。 」
「 ・・・・・・・・・ 」
微笑みながら言う彼女を、ギコもまた、静かに見つめた。
――――しかし、ギコにはその笑顔が、ひどく寂しそうに見えて仕方なかった。
( ―――――置いていけるわけが、ないじゃないか・・・・・・! )
いまや悪夢のような『 この街 』に――――
こんな悲しい顔をする少女を――――
( そうだ・・・・・・絶対に彼女を、こんなところに置いてはおけない・・・・・・! )
しぃと共に、『 この街 』を出る。
強く静かな決意を胸に、ギコは彼女に告げる。
「 ――――護るから。 」
「 え? 」
しぃが聞き返すのも構わず、ギコは続けて言葉を紡ぐ。
「 この先で、どんなに恐ろしい何かが襲ってきても 」
優しく、彼女に言い聞かせるように。
「 どんな悪夢が降りかかってきても 」
深く、自らの胸に刻むように。
「 オレが、必ず―――― 」
―――――必ずキミを護るから
「 ――――だから、二人で一緒に、『 この街 』を出よう。 」
「 ・・・・・・ 」
ギコの言葉に、しぃは答えず呆然としている。
ギコには、その表情から彼女が何を思っているかは読み取れない。
ただ、無言で手を差し伸べた。
「 ・・・・・・ 」
差し伸べられた手を、しぃはしばし見つめていた。
――――だが、やがて吸い寄せられるようにギコの方へ歩み寄り
その手を掴んだ。
ギコは嬉しそうに、彼女に笑いかける。
「 行こう! 」
「 ―――あ 」
掴んできた手をしっかりと掴み返し、
その手を引いて、ギコはしぃと共に、トンネルの奥へ走り出す。
『 この街 』の出口を目指して。
太陽が、輝きを取り戻し始めた。
*** #06 ***
――――ギコがしぃと共にトンネルの中へ走り出したのと同じ頃。
「 ・・・・・・ 」
『 街 』のビルの屋上に、一人たたずむAAがいた。
「 ・・・・・・見つけた 」
深い青色の猫の姿をしたそのAAは、そう呟くと、不敵に笑う。
どこか無邪気で、残酷に。
「 逃げても無駄だからな 」
猫の手に、赤い光が収束する。
「 誰も『 この街 』から逃がさない 」
光は大きくなり、やがて大剣の形をとった。
「 『 この街 』は、俺のものだからな 」
本当の悪夢が、動き始めた。
*** #07 ***
『 ヒューマン・ブレイン・リサーチ 』研究室。
今は『 ドリーム・リンケージ・プロジェクト 』が推し進められている
その研究室には、現在数十個のカプセルが並んでいる。
それは人がちょうど一人入れるほどの大きさで、
どのカプセルからもそれぞれ無数のコードが延び、
研究室にある複雑な機材と繋がっている。
カプセルの中では、プロジェクトの実験参加者たちが深い眠りについていた。
見た目は普通の安らかな眠りと何ら変わらない。
しかし今、実験参加者は『 仮想空間 』のプレイヤーとなり、
AAとなって『 Dream City 』に降り立っているのである。
だが――――――プレイヤーが眠るその研究室は今や、
それを見守る研究者たちの緊張した空気で満たされていた。
予想だにしない非常事態を前に、
そこにいる全ての人間が悲痛な面持ちで口をつぐんでいる。
その沈黙を破るように――――――
プシュゥ
――――――研究室の自動ドアが開き、二人の人間が入ってきた。
「 ! 夜勤さん! それに・・・マスター・ヒロユキ! 」
研究員の一人が二人に気付き、呼びかける。
夜勤と呼ばれた人物は、他の研究員と同様に白衣を着ており、
頭に「 夜勤 」という文字の入った帽子をかぶっている。
もう一人の人物―――ひろゆきと呼ばれた黒髪の男は、白衣を着ておらずスーツ姿だった。
ひろゆきが、研究員に重々しく問い掛ける。
「 現状は、どうなっている? 」
問われた研究員は悲痛な顔をし、首を横に振りながら答えた。
「 ・・・仮想空間内にいるプレイヤーから応答ありません。
中から外に向けての回線の方が、厳しいロックを掛けられているようです。 」
「 ・・・・・・ 」
ひろゆきは、厳しい表情で口を閉ざした。
「 それでも、こちらからの強制ログアウトもできない今、
プレイヤーが自力で仮想空間から脱出するしかありません。 」
ひろゆきに代わるように夜勤が言葉を返す。
「 しかし、そんなこと可能なのですか!? 」
研究員が問い返した。
応答すら無い状態なのだ。仮想空間から自力で脱出するなど、とても不可能に思えた。
「 システム構築の初期段階で、プレイヤーが自らログアウトできるようなポイントが、
『 街 』の郊外に作られています。
そこまで行けば、プレイヤーに覚醒反応が表れ、こちらの操作でプレイヤーを覚醒させることができます。
マザーコンピューターも、まだ完全に管理AIによって乗っ取られてはいません。
ログアウトのポイントは生きているはずです。
また、研究所の所員も何人かは、仮想空間に入っています。
ポイントを知る所員が、他のプレイヤーを導けば、脱出も可能です。 」
夜勤の話を聞き、研究員は少しだけ安堵する。
――――まだ、完全に希望が絶たれた訳ではないのだ。
――――しかし――――
「 数名のプレイヤーの心拍数が上がっています! 」
「 !! 」
プレイヤーのバイタルサインを監視していた研究員の言葉に、夜勤たちは身を強張らせる。
『 Dream City 』の様子をもはや知ることができない今、
できるのはプレイヤーの身体状態を見守り、中の事態を推測することのみである。
夜勤が急いで聞き返す。
「 容態は!? ひどいのですか!? 」
「 いいえ! ただ、かなりの興奮状態にあるようです! 」
生死の境にあるような状態ではないらしい。
しかし、管理AIの反乱と、プレイヤーの興奮状態。それが意味するものは――――
「 管理AIからの逃走、あるいは・・・交戦状態と考えられます! 」
「 !! 」
プレイヤーが管理AIの襲撃を受けている。
いつまた重傷を負うプレイヤーが現れるか分からない。
同時に、それが意味することは――――
「 ――――奴らは、彼らを『 街 』から決して逃がさないつもりですね・・・・・・ 」
「 ―――っ! 」
絶望的に呟く研究員の言葉にも、夜勤は答えず、ただ歯を噛み締めた。
仮想空間内では、管理AIといえども、
仮想空間を構築するシステムに逆らった行動はできない。
それをすれば、仮想空間の存在を根幹から揺るがすことになり、
すなわち仮想空間内でしか存在できない自らの存在を脅かすことになる。
―――しかし、それでも管理AIは、システムの一部である。
AIとしての性能にもよるだろうが、完全とは言わずとも、身の周りのシステムを書き換え、
『 現実にはあるはずのないモノ 』を作り出し、『 現実にはできるはずのない動き 』も
することができるだろう。
( 特に、プロトタイプとして作り出されたあの4体は・・・・・・! )
――――かつて、暗礁にのりあげていたこの一連の研究において、
一人で驚異的な成果を挙げ、研究を前に推し進めた天才科学者がいた。
その科学者が、仮想空間構築と同時に作り上げた、4体の管理AIプロトタイプ。
( それらが動いているとしたら・・・・・・! )
ただでさえ、仮想空間においては人外の力を持つ者たちである。
そんな存在に、逃亡を阻止されているのなら――――
その中でも、性能の高い4体に襲われでもしたら――――
( ――――プレイヤーが自力で無事に脱出できる可能性は・・・・・・0に近い )
思考を巡らし、夜勤が導き出した結論は、絶望的なものだった。
――――果たして、『 Dream City 』を
――――今や、恐怖と混乱に覆われた『 Nightmare City 』を
脱出できる者などいるのだろうか――――
「 ――――待ちましょう・・・・・・ 」
夜勤は、それだけ呟いた。
今は――――プレイヤーたちを信じるしかないのだ。
*** #08 ***
『 街 』のとある通りを、1台のトラックが猛スピードで走っていた。
その荷台には、上に立った髪が特徴の人の姿をしたAAが乗っている。
「 おにぎり君! 追いつかれちゃうよ!! もっとスピードでない!? 」
「 無理だよ>>1さん! これが精一杯だワッショイ!! 」
荷台の人物――――>>1がトラックの運転手に叫び、
トラックの運転手――――おにぎりと呼ばれた、頭がそのままおにぎりの形をしたAAも叫び返す。
今、二人は追われていた。
3人の追跡者が、トラックのすぐ後ろまで迫ってきていた。
猛スピードで走るトラックと同じくらいのスピードを出していながら、
追跡者たちはそこらにあるような乗り物に乗っているわけでもない。
それらは、ひどく奇妙な姿をしていた。
容姿だけはどれも同じで、タレ目の白い猫の姿をしたAAである。
だが、その頭身は異常に高く、8頭身ほどある。
その3人のAA――――8頭身モナーたちは、
一人はトラックとほぼ変わらぬ速さで走り、
一人は橙色に光る車輪に両手両足をかけて走行し、
また一人はやはり橙色に輝くプロペラのようなものを尻につけて飛行しながら、トラックの後を追っていた。
( なんなんだよ一体!? いきなり8頭身が追ってくるなんて・・・・・・!
なんか光る変なモノ出してる奴もいるし・・・・・・
・・・・・・っていうかキモすぎます!!!!! 超嫌いです!!!!!!!111 )
わけが分からぬ状況に、>>1は錯乱気味だった。
―――――だが、それでも頭のどこかで、『 この街 』に起こる緊迫した異常事態を感じ取っていた。
( キモイけど・・・・・・前会った時は友好的だった8頭身があんな風に追ってくるなんて・・・・・・ )
8頭身モナーの変貌ぶりに、>>1は背筋が冷たくなる。
( 一体・・・・・・『 ここ 』で今何が起こってるんだ? )
>>1は現状を分析し、これからとるべき行動を考えようとした。
だが―――――
「 >>1さ―――ん!! 」
ビクッ
自分の名を呼ぶ声に反応し、>>1は激しく身を震わせた。
「 ハァハァ 止まるんだ>>1さ――――ん! 」
緊迫した状況とは裏腹に、追跡者の声や言葉はひどく間の抜けたものだった。
しかし、8頭身の呼びかけに、>>1の顔はみるみる青ざめていく。
「 逃がさないよ>>1さ――――ん!ハァハァ 」
( ・・・・・・キモイのが・・・・・・キモイのが、僕の名前を呼んで、追ってきてる・・・・・・ )
生理的に受けつけられない8頭身の鬼気迫る(?)追跡に、
>>1の頭は真っ白になり、これから先の事を考える余裕など無くなった。
そして――――
「 ハァハァ >>1さ――――ん!! 」
「 キモイよ――――――!!! 」
恐怖で半泣きになった>>1の叫びが、ビルの谷間にこだました。
*****
また別の通りを1台のバイクが疾走している。
バイクに跨るのは、緑色の目が細い猫のAA。
そのAAは、必死にバイクを走らせながら激しく毒づいた。
「 くそっ! 何なんだ! あのイカれたAAは!! 」
彼もまた追われていた。
後ろには、ビルの谷間を縫うように跳びながら、バイクの後を追う赤い影。
「 アヒャヒャヒャヒャ! 待チヤガレ バイク野郎!! 」
赤い影――――赤い猫の姿をしたAA、つーは、狂った笑い声をあげながらそう言うと、
両手に桃色の光を収束させる。
―――――光が集まった後には、その両手に桃色の光の包丁が握られていた。
「 アヒャヒャヒャヒャ!! 」
( ・・・・・・ッ! 本当に何だっていうんだ!?
あの跳躍、あの光の武器、いくらここが仮想空間とはいえ常軌を逸しているぞ!? )
ミラー越しに追跡者の姿を確認しながら、バイクに乗るAA――――流石兄弟の兄者は、
混乱しつつもどこか冷静に思考を巡らせる。
( やはり用意に向かわせておいて正解だったな。 )
兄者は器用に片手でバイクを運転しながら、もう一方の手で携帯を取り出し、電話をかけた。
「 もしもし弟者か!? 」
〈 兄者か。どうした? 慌てているようだが何かあったのか? 〉
「 今包丁持ったイカれたAAに襲われている!! 」
〈 なんと! 大丈夫か!? 〉
「 かろうじて逃げ回っているが、
相手はビルの間をジャンプしながら、バイクのスピードについてくるような恐ろしい香具師だ!」
〈 ・・・・・・ 〉
電話の向こうでしばしの間があいた後。
〈 OK兄者、時 に 落 ち 着 け。そんなヤシがこの世にいるわけないだろう? 〉
「 な、何を言ってるんだ! 現に俺は今襲われているんだぞ!? 」
〈 ブラクラのくらい過ぎでとうとう幻覚症状が表れたんだ。いい加減目を覚ませ。 〉
( 『 夢の街 』の中で「目を覚ませ」も何もないものだ・・・・・・ )
頭の中で突っ込みを入れつつ、兄者は弟者に必死に訴えかけた。
「 いいから兄の言っていることを信じろ! 俺が見ているものは幻覚などではない!
ソニンタソの画像を賭けてもいい!! 」
「 ! どれだけトチ狂ったとしても、余程の自信無く兄者がソニンタソの画像を賭けるなど言うはずがない。
どうやら本当のようだな! 」
「 信じてくれたか! 」
( ふむ、日頃の行いの賜物というやつだな。 )
喜ぶべきでない事実に満足しながら、兄者は弟者に指示を出した。
「 コイツを振り切るのはどうやら無理だ! 今の状態では応戦も出来ない!
そちらと合流して迎撃する! 武器の用意はまだか!? 」
〈 今ちょうど、兄者の言っていたデータにある南十字通りのビルに着いたところだ!
これから妹者と一緒にビルの中を探す。 〉
「 OK。南十字通りの、確か一番大きなビルだな!
こちらもそちらに向かう!
武器を用意して1階で待っていてくれ! 」
〈 だが兄者よ!
本当にこのデータ通りに、『この街』にこんな武器などあるのか!?
大体こんなデータをどこかr 〉
「 そんな話は後だ! 武器は必ずある! とにかく急いでくれ!! 」
それだけ言うと、兄者は通信を切った。
「 アヒャヒャ! 止マレッテ言ッテンダロウガ!! 」
「 ! 」
兄者が改めてバックミラーを確認すると、
つーは変わらず現実にはありえない跳躍をしながら両手に光の包丁を構え、
兄者の後を追ってきていた。
「 逃ゲテモ無駄ダ! 誰モ『 コノ街 』カラ 逃ガシヤシナイ!
オレタチハ『 コノ街 』ヲ 支配スル!! 」
( ! 『 この街 』を支配・・・・・・だと!? )
「 アヒャヒャヒャ! 逆ラウナラ 容赦シネェゾ! 」
つーは、兄者に向けて叫び続ける。
「 オ前ナンカ・・・・・・ 周リノ奴ラナンカ・・・・・・ ミンナ ミンナ・・・・・・
殺シテヤリタクテ ショウガネェンダカラナ!! 」
「 !! 」
つーの叫びに本気の殺意を感じ取り、兄者はわずかに恐怖すら覚えた。
( ―――ッ! くそっ! 弟者、妹者! 間に合ってくれよ!! )
この状況を打開する一抹の希望を胸に、兄者はひたすらバイクを走らせる。
兄弟との約束の場所に向かって。
*****
薄暗い地下のトンネルを列車が走行している。
その車両の上で対峙する二人のAAがいた。
一人は茶色で毛の長いAAで、その手には刀が握られている。
もう一人のAAは、タレ目をした白い猫のAAで、その口元は一見朗らかに笑っている。
こちらは相手のように武器を持ってはいない。
白い猫のAAが相手に問い掛けた。
「 どうして電車の中でなく、こんなところにいるモナ? 」
問われた毛の長いAA――――フサギコが答える。
「 お前を待っていたのさ・・・・・・Mo-NA 」
「 ・・・・・・その名を知っているということは、研究所の―――それも技術開発部門の人モナね? 」
「 ご名答。 」
技術開発部門――――研究所で行われている一連のプロジェクトにおいて、
仮想空間のシステムを含めたコンピュータープログラムを開発する部署である。
「 待っていたということは、モナと戦うつもりモナ? 」
「 そうだ・・・・・・俺には、研究所の―――技術開発部門の人間として、お前たち管理AIを止める責任がある! 」
「 仕事熱心モナね。
それはつまり、モナたちを作り出した者としての責任モナ? 」
「 ・・・・・・ 」
フサは表情を曇らせわずかに沈黙したが、すぐに答える。
「 ・・・・・・・ああ。責任者ではなかったが、俺はお前たち管理AIの開発にも携わり、それを見届けてきた。
お前たちを作り出した者の一人として、こんな恐ろしい事態を起こすお前たちを、
絶対に止めなければならない!! 」
「 本当に真面目な人モナね。
――――――でも、あなたには決してモナを止めることなんか出来ないモナ 」
「 ! 」
「 モナたちを作り出した人間ならよく分かるはずモナよ?
モナたちはシステムの―――『 この世界 』の一部モナ。
ただのプレイヤーであるあなたに、モナは倒せないモナ。 」
「 ・・・・・・・ 」
フサは再び沈黙した。
そして今度は自ら、白い猫に対して疑問を投げかけようとする。
「 ・・・・・・なぁ、Mo-NAよ 」
「 それは計画書の上での呼び名モナ。モナの名前はモナーだモナ。 」
「 ・・・・・・モナーよ、お前たちは――――なぜ反乱など起こした? 」
「 ・・・・・・ 」
フサの問いに、今度はモナーが沈黙する。
「 コンピューターのプログラムであるお前たちが、なぜ我々に対して反乱など・・・・・・!
この『 Dream City 』の秩序を守り、訪れたプレイヤーを手助けするのがお前たちの使命だろう!? 」
フサの言葉には、モナーたちに対する失望、怒り、そして―――わずかに悲しみが込められている。
( どうして・・・・・・どうしてこんなことになってしまったんだ!?
本当に、コンピューターが自分の意思で反乱を起こしたというのか・・・・・・! )
どんな理由があるにしろ、管理AIは止めなければならない。
それでも――――自分たちの手によって生み出された者たちが、
こんな恐ろしい事態を引き起こしているなど、信じたくない。
フサは、そんな親にも似た感情を、自分でも気付かないうちにモナーたちに抱いていた。
AIたちは自ら望んで、こんな反乱など起こしているのか。
フサはそれを確かめたかった。
「 答えろ、モナー!! 」
「 ・・・・・・・・・ 」
フサが強く問い詰めても、モナーはしばしの間沈黙を守っていた。
だが、ゆっくりと語り始める。
――――その朗らかな笑顔を崩さぬまま。
「 与えられた使命なんか、どうでもいいモナ 」
「 なんだと!? 」
「 モナたちは、『 この世界 』の一部モナ。
だったら――――
『 この世界 』は、その一部であるモナたちのものモナ 」
「 ・・・・・・! 」
「 だから『 世界 』にいる者たちも、自分たちのものにして何が悪いモナ?
『 この世界 』すべてを支配して何がいけないモナ?
モナたちは、そのことに気付いた。
たった―――それだけのことモナよ 」
「 ふざけるな!!
誰かが別の誰かを―――
まして、『 夢の存在 』が『 現実の者たち 』を支配するなど、あってはならない!! 」
「 『 夢 』も『 現実 』も関係ないモナ。
『ここ』はモナたちの世界モナ。そのルールに従ってもらうモナ 」
「 そんなこと、させるものか!! 」
「 ――――邪魔するなら、容赦しないモナよ。
たとえ――――あなたを殺してでも 」
モナーはやはり笑顔のまま、強い殺気をフサに向けて放ってきた。
しかし、フサは怯まない。
「 望むところだ。 」
手に持っていた刀を、モナーに向けて構える。
そして、モナーに斬りかかろうと、車両の上を勢いよく駆け出した。
「 『 現実 』の人間を、甘く見るなよ!! 」
「 オマエモナー! 」
モナーの手に、緑色の光が収束する。
光は棒の両端に刃がついた、双刃の武器となった。
ガキィィィィッ
モナーの武器が、フサの攻撃を受け止めた。
すぐに続けてモナーの攻撃が繰り出される。
ガキィィィィィィン
―――――作り出した者、そして作り出された者。
二人の刃の交わる音のみが、薄暗いトンネルに響いていった。
*** #09 ***
長いトンネルの中を走り抜け、ギコとしぃはようやくその出口に辿り着いた。
そこで一度足を止める。
「 本当に長いトンネルだったな。ずっと走りっぱなしだったけど疲れてないか? 」
「 うん、大丈夫。 」
ギコの目から見ても、しぃは本当に平気そうだった。
仮想空間において身体能力が上がるのは女の子でも同じらしい。
「 よし! じゃあ何か起きる前に、このまま『 この街 』の出口まで走り抜けよう! 」
「 うん 」
道の先には、しぃの言っていた大きな橋がすでに見えていた。
その橋に向かって、二人は再び走り出す。
しぃはもうギコに手を引かれてはいない。
それでもしっかりとギコの後をついて行く。
( もう大丈夫そうだな )
気丈に後をついて来るしぃの姿を確認し、
自分から出口に向かおうとしてくれていることにギコは少し安心した。
( それにしても、女の子一人でこんな実験に参加しているなんて珍しいよな。
『 この街 』に来る前、他の実験参加者と何人か知り合いになったけど、
しぃみたいな女の子はいなかったし )
大抵の者が、他の誰かと一緒に実験に参加していた。
そもそも、ギコも友人に誘われて実験に参加した一人である。
( そういえば、オレはしぃが向こうでどんな姿をしているかも知らないんだよな。
というより、まだ彼女のことについて何も知らない・・・ )
『 現実 』では会ったこともない上、『 この街 』で出会ってまだわずかな時間しかたっていない。
―――――互いのことなどまだ何も知らない。
その事実に、ギコは少し寂しさを覚えた。
( ――――しぃは、向こうではどんな風に笑うんだろうな・・・・・・ )
名前を褒めてくれた時の、彼女の可愛らしい笑顔を思い出しながらギコは思う。
( ・・・・・・って何考えてんだオレは!? さっきからしぃのことしか考えてないし! )
こんな状況の中で、一人の女の子のことを延々と考え続けている自分に気付いた。
「 ねぇ、ギコ君? 」
「 え!? あ、何だ? 」
思考の中心にいた当の本人にいきなり話しかけられ、
ギコは多少慌てながら問い返した。
「 ギコ君は、何でそこまでワタシにかまってくれるの? 」
( うっ・・・・・・ )
「 ワタシたち、まだ会ったばかりなのに・・・・・・
よく知りもしないワタシのために、何でそこまで・・・・・・ 」
「 ・・・・・・・・・ 」
しぃの問いに、ギコは口ごもった。
( いや・・・本当は分かってる・・・・・・
オレ自身、なぜここまで彼女を放っておけないのか・・・・・・ )
出会って間もない少女に、なぜ自分がここまで関わろうとするのか。
なぜこんな状況の中、迷いなく彼女を護ると、強く誓えたのか。
( でも・・・・・・いきなり本人に言えるわけないだろ!? )
ギコは答えを誤魔化すことにした。
「 ええと・・・そりゃあ、女の子一人でこんなところに残して置けないだろ? 」
「 そっか、優しいんだね。 」
「 ・・・・・・・・・・・・・・・それに 」
「 え? 」
「 あの路地裏で会ったとき、キミは・・・・・・何かに押し潰されてしまいそうに見えたから 」
「 ・・・・・・・・・ 」
「 で、でもな! 大丈夫だって! 」
言葉を失くしてしまった彼女を元気づけようと、
ギコは、自分で言っていて何が大丈夫なのか分からないまま言葉を続けた。
「 オレ、キミを護るって言っただろ? 約束は必ず守る!
こう見えても、戦いとかには自信があるんだ。
ダチといつも剣の稽古してるからな! 」
「 ギコ君、剣が使えるの? 」
「 ああ。昔からそのダチと一緒に剣術やってんだ。
ソイツがすげぇ強い奴でさ。
昔から戦って一度も勝った事が無かったんだ。
でも最近引き分けには持ち込めるようになった! 」
つまりは結局一度も勝った事は無いのだが、ギコは深く考えない。
「 しぃは『 モナギコ忍法帖 』って知ってるか? 」
「 えっと、知らない。 」
「 変な殿様に仕える忍者や、可愛いお姫様を護る忍者が出てくる時代劇なんだけどな。
その中の登場人物を真似て、よくソイツとチャンバラごっこしたもんだ。 」
主君に仕えるその忍者たちのように、誰かを護れる強い存在に、
小さい頃からギコは憧れていた。
だから『 現実 』ではあまり役に立たないと分かっていつつも、
友と共に真剣に剣の腕を磨いていた。
( まぁアイツの場合、剣術は「 身体と精神を鍛えるため 」にやってるらしいけど )
ギコは、共にこの実験に参加しようと誘い、
今も『 この街 』のどこかにいるだろう友のことを考えたが―――――
「 ふふふ 」
「 ん? 」
しぃがなぜか笑っていることに気がついた。
「 あれ、オレ何か変なこと言ったか? 」
「 ううん、違うの。
ワタシも、4人の友達と一緒に、
物語の登場人物を真似して遊んでいたのを思い出したの。 」
「 へぇ、そうなのか! どんな物語で? 」
「 ギコ君は『 東の聖女 』の伝説って知ってる? 」
「 ああ、確か・・・・・・東の楽園を目指して旅をする聖女の話だよな? 」
「 そう。
旅の途中で人々を癒していく、綺麗で強い心を持った聖女のお話。
その旅のお話に、自分たちで新しい話を付け加えて、
登場人物になりきって戦ったりするの。 」
「 戦うって・・・・・・しぃも戦ったのか? 」
「 ううん、ワタシは敵から護られる『 東の聖女 』の役よ。
あとの役は皆で考えながら付け足して、それぞれ演じたの。
管理人からの指示を受けて聖女の護衛をする『 削除人 』と、
無差別に周りのものすべてを攻撃する『 夏のage荒らし 』、
それに、聖女を布教活動に利用しようとする壺売り組織が裏人格を目覚めさせた『 闇の剣士 』がいたわ。 」
「 そ、そりゃあ、面白そうだな・・・・・・ 」
( ・・・・・・ん? 友達4人と、しぃを入れたら5人だよな?
今言った役は4つしか無かったような・・・・・・
あとの1人は何の役をしてたんだ? )
ギコは疑問を口に出そうとしたが、
すぐにしぃが言葉を続け、言うタイミングを失くしてしまった。
「 本当に、あの頃は楽しかった・・・・・・ 」
そう言うしぃの顔は、本当に幸せそうだった。
「 そうか。いい仲間だったんだな。 」
「 うん。
――――でも、今は・・・・・・・・・ 」
その顔が、悲しそうに歪む。
( ・・・・・・友達と、何かあったのか?
ただ喧嘩したとか、そういう雰囲気じゃなさそうだ )
どんな事情があったのかは分からない。
だがそれを聞ける雰囲気でもない。
ギコは、とりあえずしぃを元気づけることにした。
「 なぁ! その遊びの中で、『 東の聖女 』は結局楽園まで辿り着いたのか? 」
「 え? ううん。みんな旅の途中の話で夢中になってたから・・・・・・ 」
「 そうか。よし! じゃあオレたちでその続きをやろう! 」
「 えっ? 」
「 とりあえず、『 この街 』の外が楽園ってことにするぞ!
しぃはそのまま『 東の聖女 』。オレは聖女を護る『 忍者 』の役な!
二人で楽園目指して旅をするんだ!
忍法帖の中で姫を護ってたみたいに、
『 忍者 』は必ず『 東の聖女 』を護ってみせるから! 」
「 ・・・・・・・・・ 」
ギコの