「まただー!!奴がまた盗みに来やがったぞ!!」
朝焼けの美しい景色の中に、大きな怒鳴り声が響いた。
その怒鳴り声に反応して、囀る小鳥達は一斉に飛び散ってしまう。
小鳥達が退くと同時に、
怒鳴り声に不審を感じた民衆達が、驚いたように足をバタバタと駆けて、
声の発信源へと走っていく…。
時は21世紀ヨーロッパ、イタリアのローマの美しいレンガ造りの町並みの中、
ある一軒の店の前は、見るからにとても騒がしかった。
どうやら被害にあったのはパン屋らしい。
ローマ南部に位置する「モララーベーカリー」のパン屋の前には、
容疑者と疑われる少年一人と、
その店の店長といえるような身なりをしたおっさんと弟子らしき青年が一人、
そして例の怒鳴り声に反応した野次馬達がぞろぞろと集まっていた。
「だから知らねぇって言ってんじゃねえかよ~!!パンなんか盗んでないって~!!」
少年が勘弁してよとばかりに必死に店長を弁解させる。しかし…
「まだ言うか!!今までのおまえの悪事の内容からして、ど~せ今回のパン盗難事件もおまえの仕業だろ~が!!」
「い、いや、だからそれは…」
…少年は黙りこくってしまった…。
自分があれこれ言えるほどの立場ではない事に気づいたらしい。
「で、でも今回はパンなんか盗んでね~よ!!真っ向から決め付けるのも良くないかと…?」
少年は必死に弁解しようとしたが、
周りの人から見ればただの言い訳としか通じなかった。
「とにかく後でみっちり話を聞かせてもらおう!!今までの盗難事件の事についてもな!!」
店長は恐ろしい形相で少年にそう吐き捨てると、
少年を店の中へと連れて行ってしまった…。
「ちっ……。なんでこんな事に…」
…その頃、パンを盗んだ張本人といえるその人物が、街角を歩いていた。
身なりからして女性らしく、
食べ物に困っている様子はほとんど見られないのだが、
女性にしてはまぁいかにもずる賢く、生意気そうな顔つきだった。
「へへへ…今回はパン屋を狙ったけど、あのボウズには悪かったかしら?」
少女はそう呟くと、裏の路地に繋がる細い一本の道に入り込んでいった。
一本の道を通り抜けると、そこは表の路地とはかなり違っていた。
表の路地の華やかな雰囲気に比べ、
裏の路地はゴミ箱や不浪人の集う集会所と化していた。
その中で、全身がフサフサした毛で覆われている少年と、
推定5歳ぐらいの子供二人が、
待ちくたびれたとばかりにこちらへ駆け寄ってきた。
「も~!!どうして今日はこんなに遅いのよ~!!待ちくたびれちゃったじゃない!!」
5歳くらいの女の子が、早くパンを渡すように催促しながら言う。
「…お腹減った…」
片方のライオンのような鬣(&尻尾)を持つ男の子が、
もう駄目と言うばかりに叫んだ。
「ごめんごめん。つい歩いちゃってさ…。」
少女は申し訳なさそうに言いながら、三人にパンを配る。
「おまえ相当騒がせただろ?微妙にこっちまで変な怒鳴り声が聞こえてきたよ…。」
全身が毛で覆われている少年は、貰ったパンを少しかじりながら、
呆れた顔で少女の顔を眺めた。年からすると、少女と同じくらいの年のようだ。
「まぁ今回はちょっとばかし騒がせすぎちゃったかもね。ところで、今日は何か例の事について情報入ったの、フサ?」
フサと呼ばれる少年が、待ってましたとばかりに報告する。
「今日は収穫があったぞ。そこらで噂を聞いたんだが、また奴の事件が起こるらし
い。今夜12時に、街の北部に行った所にある、宝石店から、大体5000万円位すると言われている「神秘の欠片」という宝石を盗むらしい。
まぁあそこの宝石店はイタリアで一番有名な宝石店と言っても良いぐらい人々に知れ渡ってるからね。奴が狙うのも無理ないか。モカは当然行くよな?」
と久しぶりの報告に胸を弾ませながらも、モカと呼ばれる少女は口を開いた。
「ええ。お父さんを探すっていう事も兼ねてだけど、一緒に行かせて貰うわ。」
「そうか…。今回こそ奴に一泡吹かせてやるんだ。俺とメイ、ライをどん底に突き落としたあの日の為にもな…」
モカの顔が一瞬強張った。メイとは女の子の事、ライとは男の子の事で、どうやら
フサとメイとライは兄弟らしい。
「それって…、過去に奴から何かされたの?」
「あぁ…。モカには言ってなかったんだっけ?」
…フサ、メイ、ライ兄弟は数年前、ある男に自分の両親を殺された。
それが、奴だった。
父親は警察官で、奴を捕まえようとして銃で撃たれ、帰らぬ人となってしまった。
母親は、借金を返すため汗水垂らして稼いだ金を奴に盗まれ、
途方に暮れて自殺してしまった。
それから三人は借金取りに追われ、行く先も無く、
こうして裏の路地で暮らしているというわけだった。
それからある一人の少女、そう、モカに出会い、
今現在のように四人で行動するような形になってきた。
「だから俺は奴を絶対に許さない。今回こそは奴を絶対に懲らしめるとこの身に誓ったのだからな。」
フサは拳を強く握り締めて、熱心にそう答えた。
「あんたにも辛い過去があったわけか…。ほんっと、いつから人が信じられなくなっちゃたんだろう…。うちらって…」
モカが空を見上げた頃には、もう夜になっていた。そして、
夜空に輝く満天の星 笑顔に溢れた満月の光
それは、これから歩み行く四人達を明るく照らしつづけてくれたようにも感じられた…。
~浪人達の夜~ オープニング