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砂漠遺跡の唄 ~滅びの少女~ (美怜)

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匿名ユーザー

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 南の砂漠の外れに位置する、古びた石舞台。

 そこに、少女の歌が響く時。

 砂漠に住まう青き猫は、皆…滅びる。



<サウス・デザート地方>



「あ゛ー…あぢー…」
「そぉモナねぇ~…」
 何処までも広がる砂漠を、3匹の猫型AAが歩いていた。
 腰に剣を下げたギコ族と、背中に弓矢を背負ったモナー族の青年が、疲れきった様子で歩いている。
「だらしないなぁ、ギコラスもモナクセルも~」
 先頭に立つ、片手に杖を持ったモララー族の青年が、ニヤニヤと嫌味な笑いを浮かべながら、二人のほうを振り返りつつ言う。ギコラスと呼ばれたギコ族がむすくれた。
「何言ってやがる、モランズの方がよっぽど軽装じゃねぇか…スタミナ不足のモナクセルはともかく、俺は剣に軽鎧だぜぇ?」



 俺はギコラス・イルデ・ヨシュア。
 モナクセルにモランズと一緒に世界を旅する、いわゆる冒険者って奴だ。
 俺は一応、前衛で敵をなぎ倒す剣士なんだが・・・
 こう暑い砂漠じゃ、重装備の俺はちょっと不利だよなあ…砂のせいで足元不安定だし、踏み込みが甘くなる、っつか。
 でもま、モランズの奴に言われっぱなしなのはむかつくから、頑張ってるんだけどな。



「酷いなあギコラス。そんな風じゃ、モナクセルが冒険者に向いてないひ弱な奴って意味にも取れない事ないよ?某クソゲー主人公みたいにね」
「あ、大丈夫モナ、モランズ」
 モランズの反論を遮って、ずっと黙っていたモナクセルが口を開いた。
「ギコラスの言葉は間違ってないモナよ。モナ、持久力ないモナから」



 モナはモナクセル・マオ・エモナード。
 ギコラスにモランズとは、セントラル・シティ地方の冒険者ギルドで紹介されあった仲で、今では親友モナ!
 モナの武器は弓矢。あと、ちょっとだけ回復魔法も使えるモナ。
 砂漠じゃ、重装備のギコラスがちょっと不利だから、モランズと一緒に頑張るんだモナ!



「あ~あ、認めちゃった、モナクセルがっ」
「う。わ、悪かったよ」
 モランズがにやにや笑いを保ったまま、ことさら嫌みったらしく言う。慌ててギコラスが取り繕った。
「モナクセルはけなげで偉いなあ。それに比べてギコラスってば…」
「わ、悪かったっつってんだろ!」
「はいはい」



 僕はモランズ・ショウ・マタリア!
 単細胞なギコラスと天然ボケなモナクセルの、いわばお目付け役ってとこだからな!
 僕が得意なのは攻撃魔法。炎と氷と雷。あと、地図士の資格も持ってたりするんだ。
 後衛で詠唱してるときはほとんど無防備状態だから、地形効果関係なしに2人には頑張ってもらわなくっちゃね。
 この僕の顔に傷がつくなんて、在り得ない事だからな!



「さ~てと、痴話喧嘩はここら辺で切り上げて~」
 独り言を言いながら、モランズが背中に背負っていたリュックをおろした。痴話喧嘩って何だ、とギコラスが怒鳴りつけようとしたが、モナクセルに止められ、渋々引き下がる。
「ん~…もうそろそろ、アオールの街が見えてきても良い頃なんだけどなあ」
 モランズがリュックの中から引っ張り出したのは地図だった。首に下げた方位磁石と地図、そして周りの景色を代わる代わる見比べる。
「こういう時だけは真面目だよな、お前」
「イヤだなあギコラス~、お世辞言っても何も出ないよ~」
「…褒めてねぇっつの」
 ギコラスの嫌味を軽く流して、モランズは再び地図に視線を戻す。殴りかかりたい衝動を抑えて、ギコラスがぼそっと呟いた。
「…あ…あれ?」
「どうしたモナ?」
「………」
 突然、地図を見ていたモランズの顔から笑みが消えた。モナクセルの問いに、モランズは答えない。焦りながら、再び地図の検証を始める。
「お、おい!まさか、方向間違えたってんじゃ・・・」
「…ここだ」
 ギコラスの文句を遮って、モランズが結論を口にした。
「あ?ここが何だって?」
「街なんか、何処にもないモナよ?」
「…間違いない…ここだ」



「僕らは今、かつてアオールの街があった場所に立っているんだ…!」



「な…何だとゴルァ!?」
 思わず、ギコラスが声を上ずらせて叫ぶ。モランズは黙って頷いた。
「さっき言ったとおりさ。ここが、僕らの目的地…砂漠の街・アオール、だからな」
「え…だ、だって!」
 冷静に、再び真実を伝えるモランズ。慌ててモナクセルが反論した。
「1週間前セントラル・シティの冒険者ギルドで、アオールの街について調べてた時は、ちゃんとあったモナよ! アオールの街は今も栄えている、って!」
「うん。ギルドの情報はかなり正確だ。そのギルドの情報網が追いつかないって事は…」
「アオールの街はここ最近で滅びた、っつー訳か…」
 ギコラスが、ぽつりと、導き出された結論を口にした。



 ギコラスら3人が出会った場所、セントラル冒険者ギルド。
 北の雪国ノース・マウント地方、東の森林地帯イースト・フォレスト地方、西の渓谷ウェスト・ロック地方、そして今3人がいる、南の砂漠・サウス・デザート地方。この4つの地方をめぐって冒険する冒険者達を支援する為にある施設だ。
 そして、各地方の情勢を全世界の何処よりも把握している。それも、各地方に数人のギルドの職員がおり、各地方の情勢をいち早く察知できるからだ。
 その情報網が追いつかないうちに、サウス・デザート地方唯一の街・アオールが滅びたという事は、この街が滅んだのはつい最近のこと。
 きっと、アオール所属の職員も、すでに街と共に故人となっているだろう。



「きっと今頃、ギルドは大騒ぎだろうね」
「だなあ…情報提供者のギルド職員の消息を探して、ちっともめでたくねぇお祭り騒ぎだなゴルァ」
「…でもやっぱり。その職員さん、きっと生きてない、モナよね…」
 3人の間に重苦しい沈黙が流れた、その時。



「あっれぇ?貴方達ぃ、こんな所で何やってるんですかぁ?」



「「「?」」」
 突然3人の耳に入ってきた、素っ頓狂な間延びした声。3人が振り返ると、そこにはぞぬ車(馬車の荷台をぞぬが引いている物)が1台。ぞぬの上には、タカラギコ族の青年が乗っていた。
「中央から来た冒険者ですかぁ? んー、だったら残念でしたねぇ、アオールの街はつい昨日、街中のギコ族が謎の死を遂げたって事で、破壊される事を余儀なくされちゃったんですよねぇ~」
「…はぁ? アオール中のギコ族が、だぁ?」
 ギコラスが疑わしげに聞き返した。続いて、モナクセルがややのん気に口を開く。
「それは大事件モナねー…アオールの街って、別名「ギコ族の聖地」って言われてるモナよね?」
「そうですよぉ、そして、中央から来たギルド職員もギコ族だったわけです~。そんなアオールにい~っぱいいたギコ族が1人残らず死んじゃったものですからぁ、アオールの街はもぬけの殻。そんな訳でぇ、街としての機能を失ったアオールはぁ、丁度街に滞在していた冒険者達の手で破壊されましてぇ、そんな訳でもうこの場所にアオールはぁ…」
「おいタッカー!! 何やってんじゃネーノ!?」
 タカラギコ族の説明を遮って、ネーノ族の男が荷台から顔を出して怒鳴った。そして、呆然と突っ立っている3人に気がついて、怪訝そうに尋ねる。
「? あんた達、何なんじゃネーノ?」
「え、あ、せ、セントラルの冒険者ギルドの者です!」
 慌ててモランズが名乗る。ふぅん、とネーノ族が気のなさそうな返事をした。
「まあ…こんなトコで立ち話してたら、いつか干上がっちまうんじゃネーノ。中入るんじゃネーノ。このぞぬ車、例のアオール滅亡事件の生き残りがいるテント行くんじゃネーノ」
 そう言い、あー暑いんじゃネーノ、とぼやきながら、ネーノ族はさっさと荷台の中へ首を引っ込めてしまった。
「聞いた? 滅亡事件の生き残りがいる、ってさ」
「うん。色々と話聞けそうモナ」
「おう、色々聞いてみるか。つか、とっとと日陰入りてぇぞゴルァ」
 意見を一致させ、3人はぞぬ車の荷台に手をかけた。



 荷台の中には、先程のネーノ族以外には誰もいなかった。
「他の連中はテントにいるんじゃネーノ・・・さぁて」
 そう教えた後、一息ついて、ネーノ族は名乗った。
「俺はネーストル・ノーヴェス。学者じゃネーノ。で、ぞぬに乗ってた馬鹿が、動物使いのタッカー・ランダ・トレジャー」
「あ、よ、宜しくお願いします! モランズ・ショウ・マタリアです! 魔法使いです!」
「…ギコラス・イルデ・ヨシュア。剣士だ」
「ゆ、弓使いのモナクセル・マオ・エモナードですモナ!」
 モランズとモナクセルは慌てて、ギコラスはやや無愛想に返す。すると、突然ネーストルの視線がモナクセルに釘付けになる。
「え、あ、あの、ネーストルさん?」
「…」
 モナクセルの問いかけが聞こえていないかのように、ネーストルはモナクセルの顔をじっと凝視している。たまらず、ギコラスがネーストルの耳元で怒鳴った。
「おいネーストル!! ぼけっとしてんなゴルァ!!」
「!! …あ、いや、すまないんじゃネーノ」
 ギコラスの怒鳴り声で我に返って、ネーストルは慌てて頭を下げた。
「あの、モナの顔に、何かついてましたモナ?」
「いやぁ、そうじゃなくて」
 モナクセルの質問をかぶりを振って否定し、ネーストルは答えた。
「俺もタッカーも、例のアオール滅亡事件の生き残りなんだが・・・」



「その生き残りの1人に、あんたに雰囲気が良く似た娘(こ)がいたんじゃネーノ」



「…え…そうですか、モナ」
 それを聞いて、少しだけモナクセルが表情を曇らせた。
「…モナクセル」
「深くは聞かないで下さい、ネーストルさん」
「?…あ、ああ。分かったんじゃネーノ」
 モランズに念を押され、ネーストルは少し怪訝に思いながらも頷いた。



 モナには…妹がいたモナ。
 名前は、ガナディーン・ナーガ・エモナード。
 今から5年ぐらい前、モナが冒険者ギルドに入ったばかりで…まだギコラスともモランズとも出会ってなかった頃。
 セントラルの街に、飛行モンスターが侵入してきたんだモナ。
 で、その飛行モンスターが舞い降りてきたのが、モナの家だったんだモナ。
 モナはギルドの仕事があって、たまたま家にいなかったから、助かったモナけど…
 ガナディーンは、家ごと…

 …



「…お、おいおい! 何辛気臭い顔してんじゃネーノ?」
 ネーストルが慌てて取り繕う。はっと、3人が我に返った。
「あ、…ごめんなさいモナ」
「気にすることないんじゃネーノ。誰にだって、追及されたくない事はあるんじゃネーノ」
 優しげな微笑を浮かべながら言うネーストル。モナクセルが黙って頷いた。
「…あ、テントが見えてきましたよぉネーストルさぁん!」
 その場の思い雰囲気を振り払うかのように、タッカーの声が響いた。



 砂漠の真ん中にぽつんと立つ、古びたやや大きめのテント。これが、ネーストルが言った「アオール事件の生き残りが住んでいるテント」らしい。
「5人がかりで街中のギコ族の死体から洋服剥ぎ取って、それをバラして縫い合わせて作ったんじゃネーノ」
「うぇ~…」
「残酷モナぁ~…」
「そうだねぇ…って、え?」
 思わず眉間にしわを寄せながら言うギコラスとモナクセル。賛同しかけたモランズが、何かに気がついた。



「たった5人しか生き残らなかったんですか? 貴方とタッカーさんを含めて?」



「まあそうなんじゃネーノ。アオールは「ギコ族の聖地」て言われてるのは知ってるかも知れないが、俺たちネーノ族に限らず、ギコ族以外の種族をあの街で見るのは低確率なんじゃネーノ」
「同じギコ族でもぉ、僕は亜種ですからぁ」
 ネーストルとタッカーが答える。すると、タッカーが突然、意味深な言葉を口にした。



「『滅びの少女』は、純正ギコ族しか相手にしないんですかねぇ」



「「「『滅びの少女』?」」」
 3人が同時に聞き返す。ネーストルがそうそう、と言って、語り始めた。
「こっから南へずっと行ったところに旧時代の遺跡があるんだが、冒険者ギルド所属なら知ってるんじゃネーノ?」
「ええ。まあ、資料でちょっとかじった程度ですけど」
「大昔、旧時代アオールの姫さんが…北の敵国・アーラスの王子と駆け落ちして、立てこもった砦の跡…だったっけか?」
 モランズの回答に続いて、ギルドの資料で見た記憶を辿ってギコラスが尋ねる。そうなんじゃネーノ、と、ネーストルが頷いた。
「で、その姫は幽霊になって、今もその遺跡の中で、アーラスの飛竜騎士によって連れ戻されて処刑された王子様を待ってる、とか何とか言われてるんじゃネーノ」
「『滅びの少女』っていうのはぁ、そのお姫様のあだ名ですよぉ。何でもぉ、その砦を訪れたギコ族さんは、お姫様に死に別れた王子様と勘違いされてぇ、道連れにされちゃうとか何とか~…」
 ネーストルの説明に続いて、タッカーがわざと怖がらせるような口調で言う。モナクセルだけが、ぶるっと背筋を震わせた。
「こ、こ、怖いモナぁ~!」
「何言ってんだ。御伽噺に決まってんだろゴルァ」
「だってだって、『滅びの少女』モナよ! ギコラスも呪い殺されちゃうモナ!!」
「あのなぁ…」
「じゃあ確かめてみる?」
 怯えながら言うモナクセルに向かって反論しようとしたギコラスを遮って、モランズが突然提案した。
「はぁ? いねぇに決まってんだろそんなの!」
「えーっ! ギコラスが呪い殺されちゃうモナ~!!」
 ギコラスとモナクセルが同時に、それぞれ違う反論を口にする。駄目駄目そんなんじゃ、と、モランズがかぶりを振った。
「きっとアオール滅亡事件と今の話はつながってるよ。アオール滅亡のキーワードは、ずばり! 『滅びの少女』だからな!」
「まあそうだなあ…でもどうにも信じらんねぇ」
「ち、ちょっと怖いモナ…」
 渋るギコラスとモナクセル。はっはあ、と、モランズがお得意のニヤニヤ笑を浮かべながら尋ねた。
「まあモナクセルはともかく~…」



「ひょっとしてギコラス、怖いの?」



「はぁ!? そ、そんな訳あるかゴルァ!!」
「じゃあ、行くよね?」
「な…しょうがねぇなあ…よっしゃ、もーやけっぱちだゴルァ! こうなったら成仏させてやろうじゃねぇか、『滅びの少女』でも何でも!!」
「えぇっ! ぎ、ギコラスが行くならモナも行くモナ!!」
「ハイ決まりっ! じゃあ今日は遅いし、出るのは明日にしようか?」
「勝手にしろゴルァ!」
「お、おいおいおい!!」
 目の前で進む恐るべき計画。思わずネーストルは待ったをかけていた。
「何言ってんじゃネーノ!? あんた達がどれだけ腕が立つかは知らないけど、あの『滅びの少女』はとんでもないんじゃネーノ!!」
「そうですよぉ! 特にギコラスさんは危険ですよぉ! 下手したら死んじゃいますってぇ!!」
「まあ、攻め際と引き際はよくわきまえてますよ。それに僕達を甘く見たら、火傷して凍傷起こして痺れますよ、お二方?」
「そりゃお前の特技だろ」
 慌てて言うネーストルとタッカーに向かって、得意げにきっぱりと言い放つモランズ。後ろからのギコラスの突っ込みは軽くスルーして。
 やれやれ、と、ネーストルは深い溜息をついて、観念したように言った。



「勝手にするんじゃネーノ。あんたらが呪い殺されても供養はしないんじゃネーノ」



「じゃあ勝手にさせて貰いますよ、ネーストルさん」
「…さぁて、じゃあ残りの3人を紹介するから付いてくるんじゃネーノ」
 モランズの自信に満ちた返答に少々呆れながらも、ネーストルは3人にこう促して、テントの方へ歩いて行った。



 ネーストルとタッカーに案内されて3人がテントに入ると、中には3人の猫型AAが立っていた。灰色の身体に細目・鼻の高いフーン族。金髪にカチューシャをしたレモナ族。そして、橙色の身体に黒いパッチリした瞳を持つガナー族。彼らが、ネーストルとタッカー以外の「生き残り」らしい。
「あっネーストル君タッカー君お帰り~♪」
 レモナ族の女性がこっちを向いて、やたらブった声で言った。
「ただいまじゃネーノ」
「丁度良かったわね。今夕飯作ろうと思ってたトコなの」
「…で、後ろの剣士ギコと弓使いモナーと魔法使いモララーは何処のどいつだ」
 他の2人も言う。ネーストルがため息混じりに言った。



「『滅びの少女』目当ての、中央から来た命知らずの冒険者馬鹿3人組じゃネーノ」



「…何?」
「嘘っ!?」
「わぁ~勇気ある~!」
 3人が思い思いの返事をする中、ネーストルはギコラスたちに向かって言った。
「こいつらがお前らが話したがってた、俺達以外の生き残りじゃネーノ。フーン族がフランク・ソーン。ガナー族がガナーディア・ガンツ・オランジェ。で、レモナ族がモーナ・レム・カーマイン。フランクとガナーディアは俺の助手学者じゃネーノ」
「あ、よろしくぅ♪ アオールの街では酒場で踊り子やってたのよ~♪」
「何をのん気に自己紹介なんかしている」
 モーナの台詞を遮ってぴしゃりと突っ込むフランク。直後、フランクはネーストルの方をじろりと睨んで、質問していた。
「何故許した? この前までのお前ならば決して許さなかっただろうに」
「まあ…押されて押されて押し切られた、ってトコじゃネーノ?」
「ふぅん…まあ、百歩譲って生命は取られずとも…返り討ちが関の山、だろうな」
 ネーストルの返事に気のなさそうに答えてから、きっぱりと言い放つフランク。ちょっとちょっと、と、モランズがすかさず前に出た。
「僕らを見くびってもらっちゃ困りますよ。僕らはそんじょそこらのやわな冒険者とは違いますからね!」
「例えそうだとしても、『滅びの少女』はその辺の雑魚魔物とは月とスッポン、全然違う。…何しろ」
 モランズの言葉に少しも動じることなくこう返し、フランクは一呼吸間をおいてから、告げた。



「何しろ、お前らが所属するギルドで1番偉い奴とその奥方ですら叶わなかった相手だ」



「…え?」
「…何だと?」
「ギルド長と副長が、負けたんですかモナ?」
 モランズが、ギコラスが、モナクセルが、口々に聞き返す。無言でフランクが頷いた。
「し、信じられない…あの、お2人が…」
 先程までの満ち溢れた自信が嘘のように、モランズが呟いた。



 冒険者ギルド長、フィリップ・サフ・ダッカーラ。クラス、格闘家。
 冒険者ギルド副長、ツェツーリア・ヒャーリ・ダッカーラ。クラス、シーフ。
 ギルドの頂点とその下に立つ、僕達3人を含める冒険者ギルド所属者たちが、世界で1番、誰よりも尊敬する人達だ。
 僕達も時々彼らと手合わせをすることがあるけど、勝ったのは勿論互角に渡り合ったことなんか1度もない。いっつも彼らの圧勝、僕達のぼろ負け。

 そんなお2人が、多分たった1度だけ、負けた相手。それが『滅びの少女』。
 そいつは、僕達が想像している以上に…手ごわい相手なんだろうか…?



「まあそんな訳だ。特に…そこのギコ。お前はやめた方がいい」
 最後にそうきっぱりと言い放ち、フランクはテントの隅の方へさっさと歩いて行ってしまった。呆然とする3人に向かって、ガナーディアが苦笑いして言う。
「あまり気にしないでね。フランク、いっつもあんな調子だから。さて、貴方達もお腹空いたでしょ? 私、久々に腕振るっちゃうから」
「ガナーディアちゃんのお料理は美味しいわよ~。ついでといっちゃあなんだけど~、あたしの踊りも見せてあげちゃうわね!」
「「「…あ」」」
 ガナーディアとモーナにそう言われた途端、はっと自覚する3人。そう言えば、セントラル・シティを出てから、ギルドから支給された保存食と水以外、何も口にしていなかった。くすっとガナーディアが笑った。
「その表情からすると、ペコペコなのね。分かったわ、出来る限り超特急で作っちゃうから」
 最後にそう言って、ガナーディアはそそくさとテントを後にした。
「ガナーディアさんのご飯、久々ですね~。皆さんも楽しみにしてくださいね~、もう最高なんですよ~」
「え、あ、はい!」
「期待しとく」
「楽しみにするモナ!」
 慌ててタッカーの言葉に答えつつも、3人の心は乱れていた。



 憧れの人が倒された相手に対して、初めて感じる『恐怖』に。

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