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白紙の世界の物語 (黒縁)

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匿名ユーザー

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0.まっさらな紙の上で


…リン チリン

「…………あれ?」

チリン チリン チリン

―――――此処は、何処だろう。


チリン

「こんにちは」

訳もわからずただ呆然とする少年の目の前に立った女性はニコリと微笑んだ。

チリン

彼女が動く度に心地よい音を立てるのは、白色の長い尻尾に付けられた鈴。赤いリボンで括られている。
上は黒い服。タートルネックだが、腕は肩から露わにしている。
下は白いズボン。膝が隠れる辺りまでの丈だ。
両の耳には尻尾に括られているものと同じ色のリボンを巻いていた。

「……あなたは…?」
「私はエー。世界を『記録』する者よ」
「世界を…記録…? …でも、此処は辺り一面真っ白ですよ?」

少年はそう言って辺りに視線を巡らせた。
辺りは真っ白だ。真っ白と表現しているものの、雪が積もっているわけではない。

何も、無いのだ。

「当然よ。まだこの世界は動き出していないもの。今の此処は何も書かれていない紙みたいなものなの」

とても信じがたい話だが、どうやら彼女の言う通り。
今現在、その何も無い場所には少年とエー、それだけしか、存在していないらしい。

「動いてないんですか…?」

その場に座り込んでいた少年は自分の座っている場所に手を置いてみた。

彼女の話を聞いた後だからだろうか。何となく、触れている感覚がない気がする。

「この世界には、まだ動くための『きっかけ』が無いのよ」
「きっかけが無い…? …そうか、だから…」
「でも」

エーは何かを言いかけた少年の言葉を遮った。そして、

「やっと、見つかったわ」

海を映しているかの様に青い眼で少年を見据えた。白い指が少年を指し示す。

「その、『きっかけ』」
「…………え?」

少年はきょとんとした顔で自分に向けられた指を見、そして自分の指で自分を示した。

「これで、この世界は動き出せる」

エーは前に腕を突き出して眼を閉じた。
淡い光と小さな爆発音と共に彼女の前に本が現れる。
深緑の装丁。タイトルなどは何も書かれていない一冊の本。



「さあ、物語のはじまりよ」


エーが勢いよく本を開く。
それと同時に先程の淡い光とは打って変わって強烈な光が少年を包み込んだ。少年は咄嗟に腕で眼を覆う。

「エーさん、一体どういう意味ですか!? 僕が『きっかけ』って!?」
「そのままの意味よ。あなたはこのお話の主人公に選ばれたみたいね」
「は!? ええ!?」
「あなたを中心にして、この世界は語られる」
「ちょっ、エーさん!? それは一体どういう事です!? しっかり説明してください! ……エーさん!!」

光に呑まれながらも少年は必死に叫ぶ。
しかしエーは少年の言葉を受け流してそのまま話し続けた。

「この世界は…きっと、突然。とても中途半端な所から始まるわ」
「…ち、中途半端…?」
「でも貴方は何もわからないまま其処へ落とされるわけじゃない。
今この時点で名前、年齢、家族構成、職業etc…
色々な情報をもらって、世界に馴染んだ状態で其処へ存在する事になる」
「情報…?」

エーはページに浮き出てきた文字を読み上げていく。

「貴方の名前はタカラ。年齢は16。家族構成は…あら、これ以上書かれてないわ」
「ええええええええ!!? ちょっと待ってくださいよ! それって記憶喪失も同然じゃ…!?」
「しょうがないわ。『この世界』がこれ以上教えてくれないんだから。後は…
あなたがどうにかするしかないわ」

光の中で微かに確認できるエーの表情が少し険しくなった気がする。
エーの言葉に頭が疑問符で埋まりそうな少年、タカラはまたもエーに問う。

「え!? ど、どうやってですか!?」
「『この世界』の中で探すのよ。多分埋もれてるだけだから」
「やっぱり僕は記憶喪失の設定にされるんですね…って、……あ!」

タカラは下方に視線を移す。
光に紛れる様に足の輪郭が消えていた。否、現在進行形で消えている。

「うわわわわわわわ!!!」
「慌てないで。世界に浸透し始めてるだけ。…今まさにあなたは『この世界』に入ろうとしているのよ」
「え、そ、そうなんです、か」
「そう。……流石にあれだけの情報で送り出すのは不憫ね。特別に少しだけヒントをあげる」

エーはズボンのポケットに捻じ込んでいた紙切れを取り出す。
半泣きのタカラの身体はもう腰辺りまで消えていた。

「どうやらあなたの手には何か力があるみたいよ」
「力…? 一体どんな」
「ごめんね。これ以上は書いてない」
「そ、そんな! 凄く気になるんですけど!」

タカラは自分の手を見つめようとしたが、既に手は消えていた。
紙切れを再びポケットにしまって、エーがタカラの方を向く。

「…もうそろそろ時間だわ。タカラ、ちょっと強い衝撃を受けるかもしれないけど気絶しないでね」
「え!?」

チリン

しばらく静かにしていたエーの尻尾の鈴が音を立てた。
エーは口の端を持ち上げる。

「……グッドラック」
「ちょっと待っt…」


そこまで言いかけたところでタカラは完全に消えてしまった。
ふう、と一息ついてエーは本を閉じた。
そしてもう一度開く。開いたページには『この世界』の基本情報が記されている。エーはそれに軽く目を通す。
隣のページにはタカラに関する情報が記されていた。名前、年齢などの基本情報を指と目で追っていく。
最後の行、備考の部分でそれは止まった。

「………なるほど。これはこの世界では異色な力かもね」

タカラ、苦労するかもしれないわよ、と苦笑してポケットから先程とは別の紙を取り出す。
エーの上司からの指定、もとい注文が書かれたメモだった。
『この世界』の大まかな話の流れがそこに書かれていた。

「…ええ?何これ」

メモを見たエーは眉を顰めた。眉間に幾らか皺が寄る。
そのままの状態で数分停止し、

「…こんな事して、本当に大丈夫なのかしら」

眉を顰めまま立ち上がった。
どうなっても知らないわよ、とブツブツ呟きながらも、

彼女の手にはタカラの世界の本と、もう一つ別の本が握られていた。







1.状況把握不可

「……サン。タカラサン」

―――――…もう『この世界』に入り込んだのかな?

「タカラサン。コンナ トコロデ ネルト カゼヲヒキマス。…タカラサン」

―――――…誰かが呼ぶ声がする。

タカラは上体を起こすと周囲に視線を巡らせ状況を確認した。
見た限りでは此処は路地裏のようだ。辺りが薄暗い。
其処にタカラはどうやら、路上に寝転がった状態のまま気を失っていたらしい。全身が冷えていた。
自分の服装は黒の学生服。この世界で自分は学生として暮らしているのだろうと認識した。

ふと自分を見つめる二つの赤い目に気付く。
口を直線に引き結んだままの硬い表情をした少女。
全身に傷跡があり、左耳がもぎ取られた様に無くなっている。
しかも、風が冷たいというのにノースリーブのワンピース姿だった。

「あ、あなたは誰ですか?」
「タカラサン。キガ ツイテ ヨカッタデス」
「いえ、あの、だからあなたは一体誰なんですか?」
「ワタシデスカ? ワタシハ 『でぃ』 デス。
タカラサン、ヨカッタデス。メガ サメテ ヨカッタデス」

タカラは正直困惑していた。

「…でぃさん。どうして僕の事を知っているんですか?」

表情を変えないまま(おそらく)喜んでいる少女に向けて疑問を投げ掛ける。
彼女とは知り合いである。と、『この世界』が与えた情報なのだと思ってしまえばそれまでだとは思った。

ただ、なんとなく、だが。そうではない気がしたのだ。
本当に、ただの直感でそう感じたにしかすぎないが、彼女は何か違う気がした。

「トアル ヒトニ オシエテモライマシタ。ワタシハ タカラサント コウドウヲ トモニスルタメニ ココニイルノデス」
「とある人……?」

世界を記録する者だと名乗ったエーの事だろうか。それとも『この世界』の中の人物だろうか。それとも、それとも…。
何かを考える度に見つかる答えが増えていく。

「………あーっ!! もう何がなんだかさっぱりですよ!」

いよいよ思考が頭の中で絡まり始めてきた。タカラは頭を抱えてのたうちまわる。
考えるのをやめようとしても頭の中に疑問が絶えず湧き上がり押し寄せてくる。
止めたいのに止まらないというもどかしさ。
このまま気絶して夢オチで終わるといい、タカラはそう思った。そうであれと願った。

「タカラサン。ドウシタンデスカ?」
「うわぁッ!?」

切実な願いはいとも簡単に掻き消されてしまった。
でぃがのたうちまわっていたタカラの顔を不思議そうに覗き込んでいる。
その仕草がまるで、夢オチで終わるはずがないと思い知らせようとしているかの様に見えて。
予想以上に顔が至近距離にあった事に驚き飛び退りながら、タカラは内心溜息をついた。






「おい! モナーは何処行きやがったんだゴルァ!」

五階建て程の高さのビルの屋上。
青い毛並みのAA、ギコは眉間に皺を作りながら叫んだ。そして顎にぶつかるジャケットの襟を鬱陶しそうに叩く。
さっきまでは穏やかな天気だったが、だんだんと風が強くなってきた。
時折吹く強風にジャケットの裾が立てる音を耳障りに思いながら隣にいる黄色のAAに自分の黄色の眼を向けた。

「さあ。何処かで遊んでるんじゃないの?」

ギコの方ではなく、遠くの方を眺めながら黄色のAA、モララーは随分となげやりな返答をする。
その態度にギコは眉間の皺をさらに深くした。

「モララー、お前真面目に言ってんのか…?」
「至ってまともですが何か」
「だったらモナーを探そうとか思わないのかよ! こんな見知らぬ土地で! それでもお前…」
「はい、ストップ」

ギコが何かを言い終わる前にモララーがギコの顔に手を押し付けてそれを止める。
慌ててギコは押し付けられた手を払った。そして言いかけた事を続けようとする。

「おまっ…」
「だからそこまでだって。いい加減にしてよ。
何が悲しくて年上の保護者にならないといけないんだい?」

再びモララーがギコの顔に手を押し付けた。嫌そうに歪んだ黒い眼がギコに向く。
先程と同じようにモララーの手を払い除けた後、ギコはそれ以上は何も言い返さなかった。

「…わかった。すまん、最後のは聞かなかった事にしてくれ。で、どうするんだ? モナー探すよな?」
「…まあ探さないと言ったら嘘になるわけだけど。
でも君がさっき言ったように僕ら此処の地理には明るくないし、下手に動くとそれこそこっちが迷子になるんじゃないかと思うんだよね」
「確かに、この街そう広くはないみたいだけど道は複雑だな」

そう言いながらギコは周囲を見回した。
少し視線を落とせばそこには何軒も家が立ち並び、道は複雑に入り組んでいる。
何だか見ているのも嫌になってきたギコはそのまま視線を戻した。

「あー…こんなグネグネした道を彷徨うのかと思うと、嫌かもしれない」
「でしょ? …多分モナーならちょっとぐらい一人になっても大丈夫だよ」
「お前…無責任な…」
「モナーを信頼してるって言ってほしいな。それに…」


「モナーは他の人よりちょっとだけ丈夫に出来てるから」

呆れた様な視線を飛ばしてくるギコの隣で、モララーが悪戯っぽく笑みを作った。










「……とりあえず、話を整理しましょう」

上体だけ起こした体勢でタカラは顔を赤くしたままで咳払いをした。
日の当たらない路地裏の地面はひんやりとしていて、座り続けるには少し辛い気もするが、とても立ち上がる気にはなれなかった。
でぃはタカラの傍らにちょこんと座った。

「えーっと…まず、僕はタカラという名前で、この街の高校に通っている…でOKですか?」

でぃは答えない。

「(…ちょ、無視ですか)…で、僕の両親は健在ですか?」

でぃはまたも答えない。

「……あの、聞いてますか? でぃさん」

答えが返ってこない事に軽く苛立ちを覚えながらでぃの方を見やると、彼女は空を仰いでいた。

「何か見えるんですか?」

自然とタカラの顔も空を仰ぐ形になった。
四角く切り取られたその空間は妙に青く見えた。

これから、何かが起こるの予兆の様な、妙な青さだ。

「いい天気ですねー…って、そうじゃなくてぇ!! 僕について教えてくださいよ!」

ノリツッコミをしつつ立ち上がったタカラが叫ぶ。でぃはタカラの方を向いたが以前無表情のままだ。

……………不毛だ。

そう思った瞬間に、気が抜けてしまった。再びタカラは座り込む。
その様子を目で追っていたでぃが口を開いた。

「ワカリマセン」

ワンテンポ、否、かなり遅れての返答。タカラの顔が引き攣る。
それでもでぃはお構い無しに続けた。

「ワタシハ タカラサント イッショニイロトダケ イワレマシタ。ソレイガイハ ナニモ キイテマセン」

「…ワタシハ ワタシジシンノ コトモ ナニモ ワカリマセン」

どうやらでぃは自分の名前と、自分の傍にいろとだけ教えられたらしい。
そして彼女自身の事も何も記憶がないらしい。

彼女の表情はやはり硬いままで全く動かないのだが、どこか悲しげに見えてくる。
その様子にタカラも声音を低めてしまう。

「……そうなんですか…………あ、でも」

「そそ、それなら、ぼ、僕とでぃさんは、に、似た者同士ですね」

この場の重苦しくなってきた空気を紛らわそうと思わず見当違いな言葉を吐き出すタカラ。
焦ってどもって、所々声が裏返って。
もうどうにでもなれ、と半ば自棄になっていた。

「………アラシガ キマス」

突如、でぃは遠くへ視線を飛ばして呟いた。
やはり話が噛み合わない。タカラの頑張りはいとも簡単に無に還った。

「……………え……? 空は晴れてますけど……?」

すぐ上の切り取られた空を仰いでタカラが返す。
空は相変わらず青く、白の雲がゆっくりと流れていた。
何の変哲も無い空。しかしでぃは飛ばした視線を戻そうとはしなかった。

「ココヲ ハナレナイト、マキコマレテ シマイマス」













「!」

ギコは何かに気付いた様に顔を上げ耳を動かした。

「どうしたの?」
「…モナーの声がした」

右耳に付けている金のイヤリングを外して目を閉じて集中する。
モララーは邪魔にならないようその様子を見守った。

彼等は少し特殊な存在である。
どこかしらの器官が異常な程発達していたり、異質な能力を備えていたりする。
ギコの場合聴力が発達していて、遠くの微かな声も彼には聞き取れるのだ。
もっとも、集音率が高すぎるため、普段は制御しなければ周囲の雑音や声で頭痛に悩まされてしまう。
それを抑えるのが、先程外した右耳のイヤリングである。



少しの間を置いて、

「……どうだった?」
「ギャーギャー言っててよくわからなかったが…」

ギコは目を開き、フゥと小さく息を吐いた。

「何かに追い回されてるらしい」
「何かって、もしかして……!」

モララーは驚きながらギコに詰め寄った。同時に若干の焦りも窺える。
何かに追い回されている、そう聞いた瞬間、彼の頭をよぎった単語は一つだけだったのだ。
異質な自分達を執拗に追い回す、いつしか内部はすっかり腐敗しきってしまった『政府』。それが彼等の敵であった。

しかもその中には自分達と同じ様な境遇の者も所属しているのだ。
いくらモナーが他人より丈夫に出来ていたとしても、連中に出会えばどうなるかわからない。

「いや、ヤツ等ではないようだ」

とりあえず安心しろ、とギコがすぐさま否定して答える。
そして続けながら自分の武器の刀を拾い上げた。

「でも、早く駆けつけるに越したことはないだろ?」

外したイヤリングはポケットにしまい、刀を腰に下げたギコはモララーを見た。
安堵の表情を作ったモララーがギコに向かってこくりと頷く。


「よし、行くぞ」

ギコの声を合図に二人は柵を飛び越えて隣の建物へと移って駆け出した。
しかし、彼等は気付かなかった。

「………」

先程までいたビルの脇から、一つの影が二人を見つめていたのを。








同時刻。

「あの…でぃさん…?」

でぃは依然視線を固定したままだった。
タカラの方は流石に首が疲れてきていたので、それを下ろして休めていた。
ふいにでぃが口を開く。

「……キマシタ」
「え」

でぃが顔を上げたので、タカラもそれに習って顔を上方に向ける。
空に何かの影があった。小さく見えたそれは、みるみる内に大きくなっていく。

「モッ…ギャアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「!?」

白いAAがこちらに向かって突っ込んでくる。
そのAAはタカラ達の少し離れた位置にあったゴミ箱に見事なまでに勢いよく頭から、騒々しい音を立てて突き刺さるような形ではまった。そして二、三度円を描き横向きに倒れた。
突然の事にタカラは言葉を失う。そして安否を確認しなくては、とはたと気付いた。

「あの…! だ、大丈夫ですか…!?」
「おやおや、こんな所にいたんですね」
「だ、誰ですか!?」

後方からかかった声に振り向けば。
そこには黄緑色のAAと、紫色のAAが立っていた。




2.この展開は偶然か、必然か

「あの二人を見失ったと思ったら、もう一人を見つけるなんて……僕達結構運がいいみたいですね? シーンさん」

タカラの後方、ゴミ箱にはまっているAAを見て黄緑のAAが楽しそうに言う。その顔に口はついていない。
その隣にいるシーンと呼ばれた紫のAAは黄緑のAAに同意するように無言のまま頷いた。

白と黒のコントラストのはっきりとした上着に紺のズボン。二人共同じ様な格好をしている。
唯一の違いと言えば、黄緑のAAの首には鈍く光る銀の環が付いている事である。

「………」
「どうしたんですか、でぃさん?」
「…アノ ヒトタチハ…ワルイ ヒトタチデス」
「…悪い人…?」

彼女の勘がそう告げるのか。でぃは二人に睨みをきかせる。タカラも訝しげに二人を見た。

―――――悪い人かはさておき。確かに、怪しい人ではあるかもしれない。

「…ん? 貴方達は…?」

威嚇する様な視線を受けて初めて黄緑のAAはタカラとでぃの存在を認識した。
問うと同時に体をタカラ達の方へ向ける。ニコニコと笑っている様な目も二人に向く。

「…一般人ですか。すみません、今の今まで気付きませんでしたよ」

笑った、笑っているはずの目。しかしとても威圧的な視線。
タカラはその目から放たれる重圧に押しつぶされそうになった。

「まあ、貴方達には用は無いので。そこから動かなければ何もしませんよ。……今は、ね」

『今は』の部分を強調して黄緑のAAは静かに言った。どうやら見逃してはくれないらしい。
奥の方で倒れているゴミ箱の方を向いて、黄緑のAAは歩みを進めた。
一歩、二歩。彼からの重圧のせいか、タカラの目にはわざとゆっくりと歩いているように見えてくる。

「僕達が用があるのは後ろのゴミ箱の中の人ですから。…関係無い人は退いてくださいね」

黄緑のAAはそう言って三歩めで足を止めた。
一方のタカラは己の状況を把握できずにいた。彼はいつの間にか立ち塞がる形で、黄緑のAAとゴミ箱にはまったAAの間に割って入っていたのだ。

「え、あ…あれ?」

―――――か、体が勝手に…? なんで…? おかしい、僕の意思じゃない。

退こうとしても体は黄緑のAAに立ち塞がったまま、固まった様に動かない。自分の意思を以てしても。
まるで、自分はゲームか何かのキャラで、誰かがそれを操作している。
そんな感覚がタカラを襲った。

「退いてくれますか」
「だ、駄目です。退けません(あああ、何言ってるんだ僕ー!)」
「…そうですか。ならば………力尽くで通ります!」

どこからか長剣を取り出した黄緑のAAは勢いをつけ、タカラに向かって突っ込んできた。
それでも彼は動かない。むしろ、動けないと言う方が適切だろうか。

「後悔しないでくださいね」
「…っ!」

やっと自由が戻ってきたタカラは軽く身を竦めた。今更避けようと思ったところで間に合わない。
冷たい呟きと共に、無常にも刃が振り下ろされる。タカラは内心で泣きながら覚悟を決めた。

―――――うう…さよなら、僕。



 ガキィン!


「……?」

金属のぶつかり合う音。剣はタカラに当たらずにその勢いを止められた。
恐る恐る顔を上げると、彼と黄緑のAAの間を誰かが割っていた。
青い毛並みの猫型AA。その手には、鋭い光を放つ刀が握られていて、タカラに襲い掛かっていた剣を受け止めている。

「てめぇ、何してんだゴルァ」
「……ふ、来ましたね。ギコさん」

刃をぶつけながら、黄緑のAAが眼だけでニヤリと笑った。









タカラがそんな状況に置かれている頃。
彼が初めにいた例の無色空間、もとい『記録者』達の存在する世界では、あの後のエーが書庫で蔵書の整理をしているところだった。

「ふぅ…此処の整理は毎回骨よね」

誰かが目的の本を探すうちに散らかしたのだろう。辺りには無数の本が散乱していた。
普通ならばこんな状態で放っておけば怒られるが、此処の書庫ではこれが日常らしい。

いつも通りの惨状を見たエーは「またか」、と大げさな溜め息をついてそれを拾い集め、シリーズごとに揃えて元の棚にしまっていく。
この書庫の蔵書量は膨大で、常に増えている。そのため、回を増す事に作業量は増えるのだ。

そんな途方も無い往復を何十回か繰り返した時だった。

「おう、エーじゃねぇか」

暗い青色のAAが片手を上げながら隣の本棚の脇から姿を現わした。
両耳に銀色の大きなリングをはめた猫型AAで、黒いTシャツを着て青のジーンズを穿いている。
さっきまでは羽織っていたのであろうチェックの上着を腰に巻きつけて袖を結んで留めていた。

「あら、エゴ。あなたも本の整理?」
「ああ。ウヒャの野郎が盛大にぶちまけて行ってくれたみたいだからな。それもついさっきやっとの事で終わったところだ。…お前は?」
「私はもう少し。…よかったら手伝わない? 後でコーヒー奢ってあげる」
「…どうせ断っても無理矢理手伝わせるつもりだろ。…わかった、手伝うよ」

笑いながらエゴに向けてウインクを放つエーに、エゴは深く溜め息をつきながら床に落ちている本を集め始めた。



「ご苦労様、エゴ。おかげで助かったわ。…あ、これ約束のコーヒー」
「……あれだけの重労働させといて缶コーヒーか。…鬼だな」

予想を裏切られた事に落胆しつつエゴは差し出された缶コーヒーを受け取る。
うっかり頼みを引き受けてしまった彼はあの後、山積みの本を抱えて何十往復もする破目になったのだ。
「いいトレーニングになったでしょ?」と笑うエーを尻目に、「これならついでに昼飯も奢って欲しいぐらいだ」と小声で呟きながら開栓した缶に口をつけた。

「…そう言えば、お前さ、602の棚の本、何か借りてるか?」

飲み干した缶をゴミ箱に向けて投げつけて、エゴが唐突に話を切り出した。

「602? ……いいえ、何も借りてないわよ。…といかあの棚の本って持ち出し禁止でしょ?」
「そうか、お前も違うか…」
「どうかしたの? その602の棚」
「一冊足りないんだよ。本が」
「……え?どうして」

エーが訝しげに訊ねると、例の本棚の方に視線を遣りながらエゴが続けた。

「なんでかは俺にもわからん。でも一冊分だけ棚に隙間があるんだ。あの辺りの棚はもう全部埋まってる筈なんだが…」
「あの辺って確か色んなスレの複写本置いてあったわよね? どこかの誰かが参考に借りてったんじゃない? 持ち出し禁止でも持ってく人は持ってくし」
「まあ、その内戻ってくればいいんだけどな。……あ、後もう一つ言いたい事があるんだが」
「ん? 何?」
「さっきお前のデスクの前通ったんだけどよ、ウララーがお前の担当の本読んでたぞ」

『ウララー』、その単語を聞いた途端、エーは閉口した。
そして、

「……なんでそれを先に言わないのよッ!! あーっ! もーう!!」

すぐさま出口に身体を向け、すっかり冷めてしまった未開栓のコーヒーを握り締めたまま走っていく。
その寸劇をただ見守っていた―正確には、反応を返す余裕が無かった―エゴは、小さくなる彼女の背を見つめながら一言だけ呟いた。

「………やっぱり変わってるな、あいつ」








エーが自分のデスクへ猛ダッシュをしている一方、こちら側では鍔迫り合いが繰り広げられている。

「探しましたよ、ギコさん。そちらから現れてくれて嬉しいですね」
「こっちはちっとも嬉しくないぞゴルァ! …関係無い奴等に手を出そうとするなんて…堕ちる所まで堕ちやがったな 山崎!」
「何言ってるんですか。僕は至って普通ですよ。…もっとも正常ではありませんがね」

山崎と呼ばれた黄緑のAAは先程と変わらぬ笑顔で剣を押し付ける力を強め続ける。
決して崩れぬ笑顔。見れば見るほど襲い掛かってくる重圧。
ギコに押されて尻餅をついているタカラは、もう二度と立ち上がれない様な感覚に襲われた。

「今までに僕が現場で出くわした一般人は全て排除してきましたよ。万が一、ややこしい事態を招いては困りますからね」
「…ちっ、今まで俺がそれを知らなかっただけかよ」
「そうです。貴方が知らなかっただけですよ。…あ、言わない方が良かったですか。その方が僕達の仲間になりやすいですし」

全く表情を変えず、そして力を緩める事も無く。
そんな山崎の言葉にギコは憤慨する。

「待てゴルァ! いつ俺がお前等の仲間になるって言ったぁ!?」
「いや、言ってませんが…でも、力尽くで連れて行くつもりです…よっ!」
「!…おわっ!?」

突如山崎が剣を手放し素早く横へ飛んだ。
その動きに対応しきれなかったギコはバランスを崩して前のめりに倒れこんだ。

「痛て…」
「はい、動かないでくださいね」
「んなっ……!!」

立ち上がろうとしたギコにいつの間にか間合いを詰めていたシーンが、拾った山崎の剣を眼前に突きつける。
出会った時と同じ顔。全く表情が動かない、静寂を体現する存在。
それは、タカラに山崎の時とはまた別の恐怖を植え付けた。

「それにしても、貴方ぐらいの人がこうもあっけなく……二対一なのを忘れてました?」
「…………うるせぇ」
「ともかく勝負あり、ですね」

ギコは顔は動かさず上目で、山崎ではなくシーンを睨み付けた。
目があった。彼もまたまっすぐとギコに向けて視線を遣っている。
静寂の中の睨み合いが続く。


「まだ勝負はついちゃいないよ」

ふいに、何処からか声がした。この場にいた全員以外の誰かの声。
数秒後、小柄な人影が飛び出してきてシーンがギコに突きつけていた剣を横から蹴り飛ばした。
剣はシーンの手を離れ、弾き飛ばされて脇の壁にぶつかり、カランカランと音を立てて地面に転がる。
人影は勢いを緩めてギコの近くに着地した。着ている青色のパーカーのフードもその動きに合わせて上下した。

そして、半回転して不敵な表情をギコ達に向ける。


「真打は遅れて登場する…なんてね」



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