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saviours (瑠璃)

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匿名ユーザー

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 男は神になりたかった。
 だから男は神になろうとした。
 まず絵を描いた。次に小説を書き、音楽もやってみた。
 しかし男は男のなりたい神にはなれなかった。
 彼のなりたい神、それは“強大な権力を持ち、全ての物を支配する者”だ。本来ならなれる筈無い。
 彼も彼なりに色々考えたが、方法は見つからない。
 そして彼が神になる事を諦めかけてきたある日、
―――オマエノネガイ、カナエテヤロウカ?
 沢山の物を巻き込み、男は神へと近づく。



「次は誰にしましょうか? 出来れば今までのよりも私を楽しませてくれそうなのが良いです。そうですね。例えば―――」



「ギコエル、知ってるか? この箱庭上の“救世主”の伝説」
 作り出された世界の中の切り取られたある部分、窓すら無い真っ白に部屋の中、白いスーツを着た白い羽を六枚持つ黄色い少年が訊ねた。
「ああ、嫌でも知ってるさ。あれ作ったの俺だぜ? 」
 彼と同じ型の黒いスーツを来た二枚の羽青いギコエルという少年が答える。
 彼は何か大きな感情を無理矢理押し殺した様な印象を受ける表情をしていた。
「信じてる? 」
「まさか。自分で作った空想の話だぜ? そうでなくても奴が関わった伝説なんぞ信じたくもねぇ」
 ギコエルは嫌悪感で顔を歪ませる。
 彼はそれを見て肩を竦めた。
「自分の作った物ぐらい信じたらどうだ? それに奴が関わった何とか、とか言い始めたらきりないぞ? この世界事態奴の物なんだから」
「ああ、そうだな。だから俺は奴に仕えてる俺が嫌いだ。お前はどうなんだ、モララエル」
 モララエルは呼ばれた彼は、んー、と少し声を漏らして考えて、結論を出した。
「奴に仕える事は嫌だけど、奴に使える俺は嫌いじゃない。なんせそれも奴じゃなくて俺だしな」
「わかんねぇなあ」
 最後に独り言を溢しながらギコエルはその場に座り込む。
 彼は自分の手を忌々しそうに睨んで、ため息を吐いた。
 それを少し温度の低い視線で見ていたモララエルが突然口を開く。
「俺は信じてるよ」
「何をだ」
 ギコエルがどうでも良さそうに彼の方を向く。
「“救世主”の伝説。本気で」
「ハァ? 」
 ギコエルの心底呆れた様な顔にモララエルが何故か含み笑いをする。
 それに気付いたギコエルは更に顔を歪めた。
「お前馬鹿だろ? 」
「馬鹿上等。そうだね。もうすぐ来る三人かな? さて、準備でも始めますか、と」
 モララエルはため息を吐いた後、右腕を回したりと、軽く体を動かし始める。
 ギコエルは、これからモララエルがしようとしている事に対して起こる最悪の事態の事を思う。
 それは自分にとっても彼にとっても、奴以外にとって最悪な事態となる。
 少し迷いながらも、彼は告げる事を決意した。
「お前、何をしようとしているのか知らないが、下手すると死ぬぞ」
 モララエルがピタリと静止した。
「分かってる…、分かってるさ。でも、俺は自分を欺いてまで奴に仕えてるんだ。だから一つぐらい自分がやりたい事、やっても良いと思わないか? じゃあ、俺行くから」
 モララエルはギコエルに向かってニカッ、と笑う。
 笑顔のまま、彼は右手に力を込める。
 すると右手から突然黒い光が発せられた。
 その光はどんどん全身へと広がる。
 彼は鼻歌交じりに壁へと突き進んで行く。
 音一つ立てずに、彼は壁に吸い込まれる様に消えていった。
 ギコエルはモララエルが見えなくなっても、壁をずっと睨んでいた。
「思わない。何故ならそれは間違えだから」
 ため息一つ、独り言にすらならない言葉をゆっくり彼は紡ぐ。
「確かに奴に仕える事は自分を欺く事だ。だが、だからといって一つ自分の好きな事を好きなようにやっていい訳では無い。それが許されるなら俺は…、当に発狂させて貰っている。それにあいつらは救世主なんかじゃない。救世主なんて俺が考えた空想の人物だ。それも人を苦しめる為に作り出した」
 ギコエルの足元辺りからモララエルのとは対照的な白い光が溢れる。
 ふわり。彼の身体が宙に浮く。
 彼の身体にもだんだんと光が広がっていった。
「あいつらを…、危険な目に合わせる訳にはいかない、絶対に救世主なんぞにはさせない。あいつらだけは…、俺は……」






「畜生、俺のシャーペンの芯返せぇ―――! 」
 とある学校の屋上から妙な叫び声が響いた。
 しかし今が休み時間だったからか、他の音に紛れてそんなに目立たなかった。
 屋上に人影は三つ。同じ制服を着た黄色と白と水色のAA。
「モララー五月蝿い! 」
「誰かにばれたらどうするんですか! もうここに集まれなくなるんですよ!? 」
 白いAAと水色のAAが声を殺して怒りながらモララーと呼ばれたAAの口を塞ぐ。
 こんなに二人が一生懸命になっているのには訳がある。
 本来無断で屋上に上がる事は校則ではやってはいけない事だからだ。
「○×△☆~! ×○×▽○~~! 」
「だから五月蝿い! 」
「モララー、いい加げ…、う…、うわあぁあぁあっ! モナー、もう駄目です! 止めてくださいー! 」
 突然器用に小声で叫ぶ水色の彼にモナーは首を傾げるばかりだ。
「どうしたの? タカラ」
「モララー! モララーが、モララーが、死んじゃいますよーっ! 」
「へ? 」
 モナーが気付いた頃には顔を真っ青にしてもがくモララーが居たという。

「あー、死ぬかと、思った」
 ゼェゼェ、と荒い息をしながらモララーは二人を睨む。
「ごめんごめん。モララー運動神経良いし、こんな事になるとは思ってなかったんだもの」
「いやいや、不意打ちに近い物があったからも運動神経が関係してくるかはちょっと…」
 モナーとタカラの比較的どうでも良い談話を断ち切るかのようにモララーはため息を吐く。
「嗚呼、シャー芯…」
「さっきからシャー芯シャー芯、騒いでるけどどうしたの? 」
 突然モララーがプッと頬を膨らました。
「担任もどきのみぃ先生が、突然遣せって…」
 突然二人が噴出す。
「え、何? 俺変な事言った? 」
「もどき言ってる癖に先生付けて呼ぶなんて…ww 」
「らしいらしいwww 本物のモララーだwww」
「っ!! 五月蝿い! 五月蝿い、五月蝿い、五月蝿いっ!! 」
 先程の事がよっぽど効いたのか今度は声が小さかった。
 それがまた可笑しくて二人はケタケタと笑う。
 最初の方は顔を真っ赤にして怒っていたモララーだったが、後につられた彼も笑った。
「あ、あんまり関係無いけどさあ、また例の事件の被害者候補、増えたらしいね」
 モナーの言葉に二人は同時に凍りつく。
 タカラの顔は凍りついた後、すぐに今にも泣きそうな顔へと変わって行った。
「ギコエル先輩…」
「…、おい、モナー。俺、わざとその話題に触れてなかったんだけど」
「え? そうだったの? 」
「おいおい、しっかりしてくれよ…」
 ため息交じりにタカラに聞こえない程度の小声で吐き出す。
 モナーは申し訳無さそうにタカラに向かって無言で頭を下げたが、下を向いていたタカラはそんな事には気付かなかった。

 “例の事件”とはある昼下がり突然二人の少年が同時に失踪したのが始まりだった。
 二人は何の関連も無いし、その時居た場所が近かった訳でも無い。
 その片方は此処の学校に通う生徒及びタカラが今最も尊敬しているギコエルという少年だった。
 これだけなら悲しい事に最近良くある事になってしまったただの失踪事件に過ぎなかったのかもしれない。
 しかしそれでけでは収まらない。
 数日後、別の国でとある夫婦が失踪した。
 その後も国も何もかも関係無くたくさんの人が失踪していった。
 しかし誰が血眼になって探したって、“失踪した”という事実以外、何も掴めない。
 最初の二人の失踪から約三ヶ月。
 被害者候補は百何十人にまで上っていた。

「それに一体誰が何の為にやってるんだろ? 完全犯罪だよね。んー、ちょっとかっこいいかも」
 苦笑いしてモララーが言う。
 最後の方は悪い冗談だったのかもしれない。しかし、
「全然かっこよく無い!! 」
 タカラは自分がさっきモララーに注意していた事も忘れて泣き叫んだ。
「人の平穏な日常を奪う事の何がかっこいいんだ! 酷すぎる! 」
「タ、タカラ、確かにモララーも悪いけど…、きっと冗談だよ。ね、ねえ? 」
 モララーは首が飛ぶのではないか、という程を首を勢い良く縦に振った。
 タカラはそれでも彼を睨んでいたが、しばらくすると、また泣きそうな表情をして俯いた。
「先輩は…、何も悪い事してないのに、なんで…」
 タカラのか細い声だけが響いた。
 校庭には次の授業、体育を受けるのだろう、体育着を来た生徒がぎゃあぎゃあ騒いでいた。
「僕…、先輩探そうかな…」
「え? 」
「はあ? 」
 二人が同時に素っ頓狂な声を上げる。
「ちょっと、タカラ、本気か? 」
「無理だよ。モナ達に出来る事なんてきっと無いよ」
「でも、じっとしてるなんて…、僕には出来ない! 」
 ギュッ、と拳を握って、タカラは顔を上げた。
「先輩はいつも僕を助けてくれた。だから今度は僕の番だ! 」
「た、確かにそうかもしれないけど、そんなの無謀だよ! 」
「そうだよ! それでタカラも巻き込まれちゃ元も子もない! 」
「大丈夫だよ! 探して巻き込まれたっていうのは聞いた事ないから! 」
「聞いた事無くてもこれから起こるかもしれないじゃないか! 」
「そうだよ! 絶対危ないよ! 」
 三人は校庭の二十近くの生徒に負けないぐらいの声量でぎゃあぎゃあ騒ぐ。
 その所為で三人の後ろで生まれた光に気付かなかった。
 光は段々強さを増し、突然三人を飲み込んだ。
「っ!! 」
「え? 」
「うわっ! 」
 光は数秒後、何も無かったかの様に消え去った。
 そう、何も無かったかの様に。
 誰も居ない屋上、柔らかな風だけが吹いた。






 本当は彼自信も気付いていた。
 それが間違えである事に。
「でも…、仕方無いだろ……。打開するには、何か犠牲にする覚悟は……」
 吐き捨てる。間違っていると知っている本音。
 伸ばすのはいつの間にか傷だらけになっていた腕。
 この世界でまともに生きて行ける人間は居ない。
 大体は発狂、洗脳。もしくは悪心に飲み込まれる。
 そうでないいくらかもこの世界で遭う事で何らかの闇や狂気や弱さを抱える事になる。
 上半身を“入り口”に乗り出して、落ちていく何かを掴む。
 久しぶりの温もり。
 しかし、そんなものをゆっくり実感している時間など無い。
 今この世界の“神”に見つかってしまったら彼もその温もりの持ち主も間違えなく殺される。
 彼は温もりの持ち主を負ぶって闇に溶けていった。



 聞きなれない話声でタカラは目を覚ました。
 視界に薄い青色をした黒いTシャツの上から白い上着を羽織っているAAが目に入る。
 その姿は彼が捜し求めていた人―――ギコエルにそっくりだった。
「お前、大丈―――」
「先輩っ! 先輩―――――っ!!! 」
 どう考えても尋常じゃない勢いでタカラは彼に抱き付いた。
「ちょ、おま…。しぃ、ちょっと、助けろ。しぃ! 」
 パタパタと音を立てながら部屋の奥から濃いめのピンクのアスタリスクを持った薄いピンクのパステルカラーの服で身を包んだAAが走ってくる。彼女がしぃらしい。
「どうしたの? ギコ君」
「こいつ…、なんとかし…うあっ! 」
 ギコは変なうめき声を上げながらタカラが寝ていたベッドに倒れこむ。
「……、ギコ? え? もしかして…、ギコエル先輩、ですか? 」
「ちげーよ! 俺はギコだ! ゴルァ! 」
 タカラからやっと解放されたギコは、体勢を立て直しながら答える。
 怒っている様な声だったが、優しそうな表情をしていた。
「あ、ごめんなさい。人違いでした」
 タカラがしゅんと項垂れる。
「大丈夫よ。怒ってないから。ね、ギコ君」
 可笑しそうに笑いながらしぃはギコを小突き、彼の耳元で何か囁く。
 それを聞いたギコは顔を少し赤くする。
 振り払おうと少し首を振ったり余り変わっていない。
「あー、まあ、許してやる。まだ来たばかりみたいだしな」
「来たみたい? そう言えば此処何処? 」
 タカラは焦った様子で部屋を見回す。
 とても綺麗に片付けられた家だった。
 しかし見慣れないものがたくさん置いてある。
「此処は私達の家。行く所みたいだし、良かったら貴方も此処に居たらどうかしら? 」
 苦笑いするしぃ。
 その苦笑いの理由が分かった瞬間、ギコの表情は嫌悪感溢れる表情に変わる。
「納得したか? 」
「一部は」
 タカラの素直な返事。
 まだ“説明”は入っていない。
 “白の闇の主”が伝えるよりも、自分が伝える方がマシ。
 そんな事は分かっていた。
 それでもギコは迷った。
 なんとか意を決して、
「此処はお前達が、俺達が住んでいた世界とは別の世界だ」
「……」
 返事は返ってこない。
 理解出来ないのは当たり前だ。
 こんな何処かのゲームなどを思わす事などを言われても、小馬鹿にして笑い飛ばしたりするのが普通だ。
「此処は…、奴らが作り出した切り取られた世界、だ」
 何かを嘲笑しながらギコは吐き捨てた。






 良く些細な事で死ぬ死ぬ、騒ぐ者は山の様に居る。
 彼自信もそうだった。大袈裟だとは知りながら、冗談交じりの表現の一つとして使っていた。
 冷たいアスファルトの上、仰向けで寝ていた所上半身だけ起こしたような妙な体勢の彼。
 少々辛い体勢だったが、その辛さなど感じ無い。
 彼、モララーの目の前には同じ歳ぐらいの真っ赤なAA。
 頬のアスタリスクも赤いのに、不思議と良く目立っていて、肌蹴た黒い服のあちらこちらに刃物やら銃器やらが見える。
「…、す、すみません。あんた様は…誰でござ…ですか…? 」
 彼は元々敬語が苦手なのに、今は極度の緊張が掛かっている。
 それにしてもあまりにも酷い文章だった。
「……あ…、あれか? 色々提出ぶぢゅ…あ、違、俺幼稚園児かよ! …じゃなくて、色々出してない、出すもの…してないのばれた…した? で、あー…敬語って飾りだと…偉い人にはそれが…嗚呼っ! ぶっちゃけ俺殺されるの? 嫌だからな! 嫌よ嫌よも何とやらとか言うけど、嫌だからな、本当に! ……嗚呼、俺の馬鹿」
 モララーはどんどん泥沼に嵌まって行く。
 無表情だった彼女は突然ニヤリと笑う。
「オ前、面白イナア。名前ナンテ言ウンダ? 」
「え、俺? …俺しか居ないか。あー、俺はモララー」
 彼女のあまり敵意の感じられない喋り方に一先ず安心したのか、喋り方は普段通りに戻っていた。
「モララーカ。俺ハツーダ。宜シクナ」
 つーは今度は心底嬉しそうな笑みを浮かべてモララーに手を差し伸べる。
 モララーはつーの手を借りてゆっくり立ち上がった。
「オマエ、コノ世界ニハ来タバカリダロ? 」
「この世界? え? あ、そういえば此処何処? 後、僕の親友なんだけどあの……、あれ? 」
 モララーは頭に手を当てて、その“親友”を思い出そうとする。
 しかし何度も何度も記憶を辿ってもその姿も名前も見え無い。
 それどころか、彼の記憶の欠陥が見つかるばかりで余計に自身を混乱させた。
「…ドウシタ? 」
「思い出せないんだ、色々な事が! 確かに“在った”事は覚えているのに…」
「喪失カ。ヤッカイナ事ニナッテキタ様ダ」
 つーが一人納得した様に首を縦に振る。
「マア、取リ合エズ、俺達ノアジトニ来イ。此処ニ居タラ間違エナク死ヌゾ」
「えっ? 」
 つーはモララーの返事も待たずに何処かへと走り出した。

「アヒャヒャヒャヒャ! ドウダ! 俺ヲ甘ク見タ罰ダ! 」
 黒味を帯びた赤色の身体のAAが笑う。
 その表情はほんのり狂気染みている。
 彼は下半身に黒いズボン、上半身は黒いジャケットだけを羽織っていた。
 そして彼の手には彼の身長よりも大きい少し変わった刀が握られていた。
「そ、そんな事無いから、きっと、…じゃなくて絶対! 甘く見るも何も見れないから! 」
 部屋の隅に座り込む黒いワイシャツを着た茶色いフサ毛のAAが叫ぶ。
 しかし彼はそれを全く聞き入れない。
「アヒャさん! 間違ってるから! それは絶対違うから、俺がやるから、頼むから止めて―――! 」
 最後は悲痛な叫びとなっていた。
 しかし彼―――アヒャは止まらない。
 アヒャは突然何処からか真っ赤な液体の入ったボトルを取り出す。
「フサ、良ク見テロ! コレガ男ノ―――料理ダ! 」
「絶対そんな事ないから―――――っ!!! 」
 フサの叫びは又もや無視された。
 ボトルはアヒャの手によって、空中で切断。
 中から溢れた液体は丁度真下にあった鍋へと吸い込まれていった。
「うわあぁあぁぁあっ! もうそんなの鍋じゃないからあぁぁあぁぁっ! 」
「アヒャヒャヒャヒャ――――――! 料理ノ古変地ダ! 」
「新天地だからあぁぁぁああぁ! 」
 大人気無く叫びながらもしっかりとつっこむ。
 フサが言っているように、アヒャが自信を持って料理と言っているそれは料理とは呼べない代物だった。
 色々な調味料と水を混ぜて作られた奇妙な濁った茶色の汁、そこに見え隠れするぶった切られた泥の付いたままの野菜。極めつけにはトレイ共突っ込まれた牛肉。
 “独り闇鍋”という単語が恐ろしい程に相応しい料理だった。
 ただ独りは独りでも“作るのは”であって、“食べるのは”フサもだった。
「嗚呼、一思いに殺してほしい…」
「ナンダ? 死ニタイノカ? ナラ俺ガ―――」
「例えだから、冗談だから、死にたくないから! 」
 ため息を吐いて鍋に視線を移す。
 しかしすぐに背けた。

「兄貴、フサ! 今帰ッタゾ! 」
 玄関の方から威勢の良い声。つーだ。
「お帰り、つーちゃん」
「ツー、今日ハイツモヨリ早カッタナア。今飯出来タトコロダ! 」
 つーが部屋に入ってくる。
 アヒャとフサは直ぐに何かに気付く。
「つーちゃん、後ろの人誰? 」
「アア、コイツカ。モララーダ。其処デ会ッタ。コノ世界ニハ来タバッカリミテエダ」
 つーに背中を押され、モララーはフサとアヒャの前に出てくる。
「あ…、えっと…。は、はづ……初めまして」
「あ、緊張しなくて良いから。俺はフッサール。フサって呼んで―――」
「毛玉ダ」
 フサの自己紹介をつーが突然遮る。
「つ、つーちゃん!? 」
「フサハモウ良イカラ、兄貴」
「オウ! 俺ハアヒャダ。宜シク、新入リ! 」
 アヒャは楽しそうに持っていた刀を投げ出してモララーの手を握りぶんぶん振り回す。
「モララーカ…。気ニ入ッタ。ジャア、サッサト鍋食オウゼ! 」
 アヒャの言葉にフサが真っ青になる。
「駄目だから! 初対面の人にあんな物食べさせちゃ駄目だから! 駄目だからあぁああぁぁああぁあああっ! 」
 フサの叫びが響く。
 勿論、この言葉も無視される事になる。






 コツン。
 何かがモナーの頭に当たる。
 クスクスと誰かが笑っている。
 カツン。
 何かがまたモナーの頭に当たる。
 やはり誰かがクスクスと笑う。
「お姉ちゃん、止めて。こんな事しちゃ駄目だよ」
「大丈夫よ。ねぇ、クロナ、白い物って汚したくならない? 」
「ならないよ。止めてお姉ちゃん、気絶してる人の頭にそんな大きな石投げつけるなんて絶対に間違ってるから! 」
 クロナという少女の言葉に半信半疑でモナーは朦朧とする意識の中、ゆっくり右目を開けた。
 手の平サイズの少女が二人、宙に浮いている。
 片方は黒髪の青い髪飾りと白いワンピースを着ていて、もう一人は金髪の赤い髪飾りと黒髪の少女とお揃いの白いワンピースを着ていた。
 そして金髪の少女は自分の体よりも大きな石を両手で抱えて笑っていた。
「よーし、クロナ、見ててね。レモナちゃん、いっきまーす♪ 」
 金髪の少女事レモナはニコニコ笑いながら全身を使って上手く振りかぶる。
 一方黒髪の少女事クロナは、もう見てられない、と後を向き体を丸め、耳を塞いでいた。
 レモナが石を投げる。相変わらずニコニコしていて楽しそうだ。
 レモナには元々そういう才能があったのか偶然なのか、石は真っ直ぐモナーに向かう。
 モナーの視野は石でどんどん奪われて行く。
 流石にモナーもこれはヤバイ、と思った。
 しかし深い眠りの名残と恐らく初めての前触れの危機の所為で体を動かす所か叫ぶ事すら出来なかった。
 石が直撃する数瞬間前、突然モナーの視界は光を失った。
「ゲッ、見つかった…」
「!! モララエルさん! 良かった」
 レモナとクロナのほぼ正反対の反応。
 それと同時にモナーは再び光を取り戻した。
「大丈夫か? 」
 モナーは声のする方を向く。
 瞳孔が開いた。
 モララエルは白いスーツを着た黄色のAAだった。其処までは問題無かったが、彼は六枚の羽を生やし、天井に立って笑っていた。
 モナーは黙ったまま何かを思い出したようにレモナとクロナの方を向く。
 こっちも奇怪だった。手の平サイズのAAも偶に居るが、二人はどう考えてもそういうタイプのAAでは無い。
「あ、あの…、お聞きしたい事があるんですが…。えっと……、此処、どんなファンタジーワールドですか? 実はモナ、知らないうちに誰かに薬漬けにでもされてたりでもするんですか…? 」
 時計の針の音が五回程聞こえた。
「アーハッハッハッハー! ファンタジーワールド最高! 」
 レモナが身を捩じらせながら大笑いする。
 クロナは何ともいえない表情でそれを見つめていた。
 モララエルは天井を蹴って、くるりと綺麗に回転して床に着地して、
「別にお前は異常でも何でも無いよ。ファンタジーワールドは…、まあ、そんな物だけど、実際はそんな物よりも遥かに汚い世界だ。取り合えず名称は“切り取られた世界”。通称“箱庭”。他にも説明しないといけない事があるんだけど、ちょっと質問に答えてくれない? 」
「モナで良いならいくらでも」
 モナーはさっきの驚いた表情を消して小さく微笑む。
 釣られたのかモララエルも嬉しそうに笑う。
「お前、自分の名前は分かるか? 」
「…へ? 」
 別に分からない訳では無い。
 あまりにも簡単過ぎる質問に拍子抜けしたようだ。
「モナの名前はモナー…です」
「そっか。ちなみに俺はモララエル。あっちの浮いてるのはレモナとクロナな。じゃあ次の質問。誰と暮らしていたか覚えてる? 」
「当たり前! モナとお父さんとお母さんと妹のガナー」
「じゃあ、親友の名前」
「タカラとモララー。小学生の時からの仲だもの。忘れられる筈無い」
「じゃあ、この前の数学テストの点」
「な…、何でそんな事を……。い、言える訳…、あ、でも…。わ、忘れた。忘れた忘れた、もう忘れた、絶対忘れたっ! 」
 モナーの下手な言い訳にモララエルとレモナは大きな声を上げて笑い始めた。
 クロナは二人を何回か眺めた後、モナーに向かって頭を下げた。
〝ザーッ。〟
 二人の笑い声を打ち消すように、何処からか大きなノイズの音が鳴った。
 二人は笑うのをやめた。先程の面影が少しも無い悔しさや恐怖を滲ませた表情をしていた。
「いいか、絶対何も喋るな。直ぐ終わるから」
 モララエルはそうモナーに注意すると、右手で方耳を塞ぐ。
 右手が黒い光を発すると、ずっと続いていたノイズの音が消え、男の声が聞こえた。
〝モララエル、聞こえるか? 私だ〟
「はい。聞こえております。ご命令をどうぞ、神様」
 神というまた現実離れした言葉に反応してモナーが何か言いそうになるが、レモナとクロナが無理矢理モナーの口を塞いだ。
〝この私の世界にまた三人来たのは知っていますよね? そろそろ“説明”を始めて欲しい〟
「分かりました。今すぐやらせて頂きます」
 モララエルはゆっくり手を下ろす。
 同時に“神”と呼ばれた男の声は途切れた。
「あー、また俺は“白い闇の主”になるのか…」
「モララエル…! 」
 不安そうにレモナとクロナが彼を見上げる。
 彼は二人を見て微笑むが、モナーにはそれが苦笑い以外の何にも見えなかった。
「今から君の親友に残酷な“説明”をしないといけないんだ。君に説明しないといけない事の一部はこの“説明”と同じ事なんだ。君にも聞いて欲しい。けれどやっぱり“説明”の時は喋らないで居て欲しい。奴にもし君が此処に居る事を知られれば、間違えなく俺も君も…、殺される」
 ビクッ、とモナーの体が震える。
 殺す、殺される、も日常生活の中、度々冗談として飛び交う言葉だが、こんなに真実味を帯びた“殺される”を聞くのは、モナーにとって初めてだった。
「さて、これから俺は“白い闇の主”になる。…、どうか、誤解しないで欲しい」
 ため息と同時に吐き出す。
 モララエルは今度は左手で方耳を塞ぐ。例のごとくまた黒い光が現れる。
 そして、あまりにも残酷な“説明”は始まった。






〝やあ。初めまして、モナー、モララー、タカラ。そして久しぶり、その周囲の世界の住民達〟
「畜生、遂に始まったか…! 」
 突然頭の中に直接響いた声に憎らしそうにギコは顔を歪める。
「タカラ、良く聞け。これでこの世界で生きて行く最低限の事は分かる筈だ」
「は、はい」
〝自己紹介が遅れたね。俺は“白い闇の主”だ。この世界の神に仕える者の一人だ。これから世界についての説明を行う。生き残りたくば良く聞くように〟
「あの…、先ぱ…、ギコさん」
「なんだ? 」
 先輩と呼ばれかけたが、それどころでは無いのか、ギコはあまり気にする素振りは見せなかった。
「あの、“モナー”と“モララー”って誰でしょうか? 」
「お前と同時に此処に来た奴だろう。きっと」
「ああ、なるほど」
 タカラは納得したのか、首を数回縦に振る。
〝まず、この世界は俺達が仕えている神がお作りになった世界だ。お前達は偶然にも選ばれ、この世界に導かれた。感謝するように〟
「するかボケ! 」
 相手に聞こえもしないのに突っ込むギコをしぃは声を殺して笑う。
 その所為で彼女はに冷静慣れたのか、ある事に気付く。
〝神は更にお優しい事にお前達一人一人に能力を与えて下さっている。感謝しながら使うように〟
「ねぇ、ギコ君、前から思ってたんだけどね、ちょっと良い? 」
「ん? 何だ? 」
「本当に、本当に“白い闇の主”は自分から進んで神に仕えているのかしら? 」
 しぃの言葉をギコが理解するのにはかなりの時間を要した。
「…、お前、風邪でも引いたか? 」
「大丈夫よ。でも、何だか可笑しいのよ。いつも声が震えてるし、何だか台詞を棒読み、って感じもする。それに文章がブツブツに切れてる事も度々。それに、神を本当に尊敬していたら、“様”とかつけないかしら? 」
 彼はゆっくり彼女の言いたい事を噛み締める。
「確かに、そうかもしれねぇ…けど…、奴が俺達の敵である事には変わりない。俺達は戻るんだ、元の世界に。その為なら俺は奴も躊躇わずに倒すさ。どんな思いを抱えてようが」 
 ギコは吐き捨てるように言い、笑った。
 彼女はそれも恐らく嘲笑だ、という事は直ぐに分かったが、ギコが嘲笑している対象が何かは分からなかった。



「……」
「美味しい。でも何か物足りない気がする」
「ヒャ! オマエ本当ニ初心者カ? ソウダ。コレハ実ハ出来損ナイナンダ。ドウシテモ隠シ味ノ餡子ガ手ニ入ラナクテナア」
「アヒャヒャヒャヒャ! スゲェナア、モラ! 」
「……」
 四人は一人を除いてとても楽しそうに鍋を囲んでいた。
 不思議な事にモララーは例の闇鍋を食べてもあまりの酷さに倒れる事は無かった。むしろ気に入ったようだ。
 フサは心底怪訝そうな顔でモララーを見る。
 モララーはそれに気付かずに楽しそうに鍋を漁って新天地を目指していた。
〝能力はもちろん人それぞれ違うが、どの能力も鍛えれば強化出来―――〟
「アアン、もう面倒臭いなあ。紙に書いて渡してくれれば良いのに」
 新天地の捜索を続けながらモララーが溢す。
 アヒャとつーも笑いながらそれに同意したりもっと無茶苦茶な意見を出したりする。
 フサは大きなため息を吐く。
 本当にこんなので良いのだろうか…。
 フサは数分前の事を思い出す。
   〝やあ。初めまして―――〟
   「ヒャ、遂ニ始マッタカ」
   「…、何これ? 何か偉そうだなあ」
   「アヒャヒャヒャヒャー! モララーハ正直ダナア! 」
   「モラ、コイツハコノ世界ニツイテノ色々ヲ説明シテルンダ」
   「色々じゃ何も分からないから」
   「ウルセー、毛玉! 」
   「マア、適当ニ聞イトケ。分カラナイ所ハ後デ俺達ガ説明スレバ良イダケダシナ。ソレニ俺達ノ事モ話サナキャナラネーシヨ」
 直ぐに答えは纏まった。
(こんなのじゃ駄目だから…)
「フサ、これいる? 」
 モララーが楽しそうに笑いながら何かを見せる。
 巨大な肉塊だった。
 何故こんな物が入っているのか不思議だったが、フサは流れでそれを受け取ってしまった。
「アヒャヒャー! フサ、頑張レ! 」
「そんな頑張れ、なんて言わなきゃならないもの、渡して欲しく無いから」
 フサは肉塊を箸で突付きながら苦笑いする。
 それと同時に三人も楽しそうに笑った。
 四人にはもう“白い闇の主”の“説明”など聞こえていなかった。



「いつもより大分ぎこちなかったね」
「ああ」
 レモナの言葉にモララエルは気の抜けた様な声で返し、力無く笑いをした。
「お疲れ様。ココア作ったよ。良かったら飲んでね」
 クロナが台所から両腕を器用に使ってマグカップを抱えながらモララエルの許へ飛んで来る。
 モララエルはクロナからマグカップを受け取ると、有難う、と言いながらまた苦笑いをした。
「あの…」
 部屋の隅からモナーが出てくる。
 モナーは何かに戸惑っているのか、落ち着かない様子だ。
「…やっぱり、失望とかした? 」
 モララエルが穏やかな声で問う。
「いいえ」
 モナーも同じぐらい穏やかな声で返した。
 モナーはゆっくりモララエルの前まで進む。
「じゃあ信じられないとか? 」
「イマイチ信じられない事とかもあるけど、だいたいは。残りも少しずつ信じられるようになると思うし。…でも、凄く悔しい」
「へ? 」
 予想外だったのはモララエルだけでは無かったらしく、レモナとクロナの声も重なる。
「説明通りだと、タカラやモララーは結構危ない世界に居るんでしょ? なのにモナは何も出来ない…」
 モナーはぎゅっ、と拳を握りながら俯く。
 モララエルは少し迷った後、モナーの拳の上に自分の手を重ねた。
「それは違う。お前も俺も出来る事はある。ある筈なんだ。特にお前は」
 段々彼の声が震えてきた。
 それに驚いたか、モナーがバッ、と顔を上げる。
「だって、お前は…、“救世主”だから。この世界を壊し、皆を救う“救世主”の一人だから」
 最後は縋る様だった。
 “救世主”が何なのかも、必要最低限以上の世界の事も何も知らないモナーだったが、大きな何かに動かされているように、彼は力強く頷いた。






 箱庭一の歓楽街の中、一人の傷だらけのAAが歩いていた。
 白い薄地のスカートが風で捲りあがりかける事もあまり気にせずにただ無表情で前ばかり見ている。
「おい、お前」
 誰かに呼び止められて、彼女はピタリと歩くのを止める。
 数人の男達がニヤニヤしながら彼女を見下ろしていた。
「変な格好してるなあ、お前」
「その格好で歩くなんて凄い度胸だなあ」
「なあ、ちょっと俺達と遊ばないか? 悪いようにはしないぜ? 」
 好き勝手言ってぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる。
 彼女は無表情のまま、
「ソレハ私ガ誰ダカ知ッテテ言ッテルノデスカ? 」
 その言葉に男達は大笑いをする。しかし一人を残してだった。
 一人の男は顔を真っ青にして、
「お、お前、もしかして、あ、あの―――」
「ディト言イマス」
 彼女が答えた。
 すると男達は例外無く顔面蒼白になり、悲鳴を上げながら走って逃げていった。
 でぃは男達をしばらく見ていたが、少しため息を吐いてからまた歩き出した。

 この歓楽街の中でも一番騒がしい地域のある店の前に彼女は立っていた。
 でぃは少し嫌そうに顔を歪めてから、ゆっくりと店に入る。
 入った途端、でぃはピンクの照明で照らされる。
 耳には妙な音楽が入ってきた。
「いらっしゃいま…」
 カウンターに居た誰かがでぃの姿を見て息を呑む。
「な…、なんの…用ですか……? 」
 恐怖の色を隠しもせずに震えた小さな声で誰かが問う。
 でぃはそんな様子に余り気にする素振りも見せずに答える。
「ペルシィサン、居マスカ? 」
「い、今、し、指名が入ってて…居るんですけ…ど、ちょっ……と…」
 その言葉を聞いた途端、でぃは安堵したような表情になった。
「ジャア、ペルシィサンガ持ッテ来テイル荷物ヲ見セテ貰エマスカ? 」
「は、はい…っ! 」
 返事と略同時にドタドタと物音立った。
 荷物を持って来ようとしているようだ。
 それにしてもよっぽど私が嫌なんだ、とでぃは関心した様に一人頷く。
 少し暇になってしまったでぃは改めて店の一部を見渡す。
 そしてピンクの照明にすっかり慣れてきている自分に気付き、嫌悪する。
 良く耳を澄ますと誰かの喘ぎ声のような物が聞こえた。
 それをかき消すようにとでぃは歯軋りをする。
「ペ、ペルしぃの荷物はこれです…」
 誰かが鞄をでぃに差し出す。
 さっきのAAとは違うAAらしい。声が違う。
 しかしでぃは気にする素振りも見せずに有難う、と言って受け取る。
 探し物は直ぐに見つかった。
「ディ! ヤット会エタ。モウ鞄ノ中ニ詰メ込マレルノハゴ免ダヨ! 」
 白い小さなAAが鞄から飛び出す。
「ヨカッタ。ジエン、大丈夫? 」
 誰かに鞄を返しながらでぃが問うとジエンはくるり、と回って見せて大丈夫という事をアピールしてみせた。
「あら、来てたの」
 後からどうでも良さそうな声―――でぃが此処に来る事を躊躇していた大きな原因の発した声が聞こえた。
「ペルシィサン……」
「相変わらず酷い面ね。でぃ」
 ペルしぃはでぃを嘲笑する。
「ペルシィ! ディニナンテ事言ウンダ! 」
 ジエンがペルしぃに敵意をむき出しにして叫ぶ。
 ジエンは続きを言おうとしたが、でぃはそれを静かに静止した。
「私、此処の女王になったの。此処はこの世界一の歓楽街で、この店はこの歓楽街一…。私は全ての頂点に立ったのよ! 」
 ペルしぃはでぃとジエンの顔色も見ずに楽しそうに自慢する。
「ソウデスカ。ソレハ良カッタデスネ。デモモウ私ニハ関係ノ無イ事デス。私、コノ街ヲ出テイクノデ」
「そう。じゃあもうその痛々しい姿を見なくて済むのね」
「ソウイウ事ニナリマスネ」
 ペルしぃは心底嬉しそうに笑う。
 ジエンは心配そうにでぃを見上げたが、でぃは無表情だった。
「ペルシィサン、最後ニ貴方ニ言イタイ事ガアリマス」
「あら? 何かしら? 」
 ペルしぃにも一応情があるのか、でぃを見下す様な目で見ながら耳を傾ける。
 でぃはさっきまで無表情だったのが嘘の様にニッコリと笑って、
「初メテ会ッタ時カラ貴方ガ大嫌イデシタ。自分デ貴方ヲ最後マデ殺サナカッタ自分ガ不思議ナグライニ」

 冷たい外気に触れた二人の体が少し震えた。
 でぃは暖めるようにジエンを抱き締めながら歩く。
「丸耳サンガ何処ニ居ルカ分カリマスカ? 」
「ソレハ僕ノ能力ヲシッタ上デ言ッテルノ? マア、ソンナ物無クテモ大体分カルンダケド。丸耳サンノ家ダヨ」
「分カリマシタ」
 でぃは小走りに目的地へと向かう。
 ジエンはゆっくりとさっきの出来事を思い出す。
 でぃの言葉の後、ペルしぃは心底驚いたような表情を見せた。
 まさか自分がでぃに好かれているとでも思っていたのだろうか。
 思い出し笑いをするジエンをでぃは怪訝そうな顔をして見ていた。

 二人は明らかに周りから浮いているコンクリートで出来た灰色の建物の前に着いた。
「此処モ見納メカナ? 」
 でぃは一人寂しそうに呟いてから建物の中に入る。
 建物の内部も随分と殺風景だった。
 最低限の家具しか無く、その家具も何だか余所余所しい感じがしていた。
「でぃ? 」
 部屋の奥からとても温かい声が響いてきた。
「ハイ」
 でぃは答えながら部屋の奥へと急ぐ。
 窓の近くの椅子に一人の老いた白いAAが優しそうな笑みを浮かべながら座っていた。
「丸耳サン、私―――」
「分かっています。行くのでしょう? 」
 こくり、と頷いたでぃを丸耳は手招きする。
「遂にこの日が来ましたか。良かったです。私が力に飲み込まれる前で」
「丸耳サン…」
 近づいてきたでぃの手を握って、丸耳は笑みを深くして、
「でぃ、東に行きなさい。東に貴方が追い続けている物があります。それは哀しい物かもしれません。それでもちゃんと受け入れるのです」
「ハイ」
「ジエンを連れて行きなさい。きっと貴方を励ましてくれます」
「ハイ」
 でぃの声が段々と震えてきていた。
 丸耳は彼女の手を握る手に力を込めながら、
「どうか振り向かないで。力に決して飲み込まれない様に。大丈夫です。きっと貴方は強い子なんですから」
 でぃは涙を振り払う様に首を強く縦に振った。
 丸耳は優しくでぃの頭を撫でながら最後の言葉を溢す。
「行きなさい。貴方は前に進まなければならない」
「有難ウ御座イマシタ」
 でぃはそれだけ言うとゆっくり立ち上がって部屋から出て行った。

 建物から出るとでぃは糸が切れた様にその場に座り込んで。
「ディ…、泣カナイデ」
 ジエンの言葉でやっとでぃは自分が泣いている事を理解する。
「ゴメン…、ゴメンネ。行コウカ…、東…」
 でぃはフラリ、と立ち上がって東へと歩いていった。






 あまりにも現実離れした事を一遍に押し付けられ過ぎた。
 タカラの頭の中では理解出来ないまま取り合えず、と覚えた言葉で埋もれていた。
「おい」
 不安そうにギコがタカラに話しかける。
 しかし反応は無かった。
「おい、…あ、えっと…」
 ギコは此処でやっとある事に気付き、聞いてみる事にした。
 今頃こんな事を、と少し躊躇しながら口に出す。
「お前、名前何だ…? 」
「タカラ君、っていうみたいよ」
 相変わらず黙ったままのタカラの代わりにしぃが答えた。
 何故名前が分かったのか、と怪訝そうな顔をしているギコにしぃはさっきの説明の呼びかけから推測したの、と微笑む。
「えっと、タカラ君」
「おい、タカラ」
 暫く間を空けてやっとタカラが反応をみせた。
「しぃさん…、先ぱ…、ギコさん」
 態とらしくギコは大きなため息を吐く。
「あ、あの、ギコさん…、すみません」
 タカラは申し訳無さそうに深々と頭を下げた。
 ギコは少し笑ってタカラの顔を上げさせる。
「俺別に先輩で良いや。一応俺はお前の先輩だしな」
 タカラは有難う御座います、と言いながら小さく頷く。
 しぃはそれを微笑んだまま見つめていた。

「箱庭…、能力…」
 静かに呟いてみる。
 やはりそれは現実味の無い物。しかしタカラは段々それを理解していっていた。
 そして理解していくと同時に自身の中に浮き上がるモノ。新たな問題。
「僕は…、何をどう考え、理解し、行動するべきか…」
 ギコとしぃとの会話で明らかになった削り取られた記憶の一部、そして偶然制服の中に仕舞ってあった自分と同世代の黄色と白のAA一枚の写真。
 分からない事だらけだった。
「僕は一体―――ぶっ!? 」
 突然顔に布の塊の様な物が飛んで来る。
 タカラは顔を擦りながら塊を解いてみる。
 紺色のフード付きのトレーナーとベージュのズボンだった。
「取り合えず着とけ。制服だと来たばっかりでーす、って主張してるようなもんだ」
 ギコがタカラの後頭部を軽く押しながら言う。
「有難う御座います、先輩」
「あ、そうだ。お前を他の奴にも紹介しないとな」
「他の…人? 」
 タカラは服からギコへと視線を移す。
 ギコはニ、と微笑んでみせ、
「ああ。まあ、服着替えてからだな」

「あぁあぁああぁぁああぁっ! もうどうしてこんなに早く磨り減るんだよ! 詐欺か? これは詐欺か!? 」
 薄暗い部屋に浮かぶ一つの強い光の中。
 グシャグシャの白衣を着た耳に赤い線が入っている薄紫のAAは何かをガチャガチャと弄りながら叫んだ。
「どうしてそういう事言うかな。いつもあの二人に頼ってる癖に。磨り減ったのは私が何時もより長い時間使ったからよ」
 黒いズボンと薄いピンクのシャツの上に黒いコートと同じような型の薄地の上着を羽織った、耳の薄いピンクの線と頬のアスタリスクが映える白いAAがそれに乱暴に且つ丁寧に答えた。
「畜生! この能力の所為で俺は、俺は、俺はあぁぁああぁあ―――」
 ゴツン。
 鈍い音。
 彼女が彼の頭を押し、机に叩きつけていた。
「結構普段楽しそうにやってる癖に。どうでも良いからさっさと“スティック”整備して頂戴」
「…、はい…」
 やっと彼女の手から解放された彼はその“スティック”の整備の続きに取り掛かる。
 態とらしく彼女がため息を吐いた後、背後のドアが開いた。
「あらギコ君。お邪魔してるわよ」
「おう」
 返事の直後、ギコは後に居る人物を急かし、部屋に入れた後、何故か消されていた照明を付ける。
 照明で照らされ、露にされたタカラ。
 見慣れない者が居た所為か彼女は怪訝そうな顔をした。
「こいつはタカラだ。新しい仲間だ」
「は、初めまして」
 深々と頭を下げるタカラ。
 彼女は彼に近づいて下から顔を覗き込んだ。
「初めまして。私はエー。此処の近所に住んでいるの。ギコ君達とは仲良くさせて貰っているわ。宜しくね、タカラ君」
 仲間が出来た事を喜んでいるのか、ただの社交辞令なのか、エーは少し微笑んでみせる。
 それと同時に、
「よっしゃ! 出来たぞエーっ!! 」
 白衣の彼が花緑青の先程“スティック”と呼ばれていた妙に長い棒を持って振り向き、
「…? ギコ、こいつ誰だ? 」
 彼の間抜けな質問にギコとエーは同時にため息を吐いた。
「タカラ、こいつはウララーだ。見ての通り強度の阿呆だ」
「え、何? ええっ!? 」
 話が全く見えていないが、何となく自分が蔑まれている事は悟った様だ。
「ちょ、ギコ、いい加減に、うあ…」
 必死に言い返そうとするが、上手く言い返せない。
 困っているウララー自身を無視して、エーは彼に近づき、手の中のスティックをするり、と取るとそれで軽く彼の頭を叩く。
「ちょ、痛い、痛い」
「まあ、こんな集団だからそんな硬くならなくて良いからな」
 ギコは楽しそうに笑いながらタカラの方をバシバシと叩く。
 タカラはアハハ、と苦笑いをしながら、未だにエーに叩かれているウララーを眺めていた。






 アヒャが作る闇鍋が恐ろしい。
 フサはそれを今改めて痛感していた。
 少し考えたら分かった事だった。
 いや、本当は分かっていたのに分かっていない振りをしていただけなのかもしれない。自分に嘘を吐いていただけなのかもしれない。
 ザーッ。
 フサの気持ちも知らずに水は泡を攫って排水溝へと急ぐ。
「…知りたくなかったな、一生知らないで生きていたかったな……」
 言葉が漏れた。
 気付けば自身の手も真っ黒に汚れている。
「畜生、何をどうすればこんなに汚れがこびり付くんだ!? 」
 フサは皿洗いをしていた。

 家事をするのはだいたいフサの役目だった。正確にはさせられている、だが。
 今日偶々気が向いて、偶々作っていただけで、普段も料理はフサが作っている。
 アヒャは本当に偶々気が向いて料理を作ってみただけだ。
 当然料理をしたから片付けもしなくちゃ、という考えは無い。

 ため息一つ。
 この闇鍋はきっと自分の一番の敵なんだと思いながらフサはただただスポンジで黒を擦る。
「フサー」
 自分を呼ぶ少し幼い感じのする声に、フサは振り向く。
「ああ、モララー君」
「大変そうだなあ。いつもフサだけでやってるの」
「うん、まあ」
 不意にフサの中に一つの事が浮かんだ。
 もしかしたら頼めばこの子は少し家事を手伝ってくれるんじゃないか。
 自分の考えに苦笑が漏れた。
 思えば自分はいつもアヒャやつーに助けられている。
 これぐらいの事で人の力なんて借りて良いものか。
 大体こんな家事をやってる自分に気を使ってくれる程優しい子を自分が楽したいからと労働を強いて良い筈が無い。
 だが、
「よし、俺も手伝う」
「ええっ!? 」
 フサの言葉を別の意味で解釈したのか、俺だって皿洗いぐらい出来る、とモララーは少し不満そうな顔をした。
 しかし直ぐにフサの隣に行き、皿洗いを手伝い始めた。
「有難う。凄く助かるから」
 フサの心底嬉しそうな声に、モララーも少し照れ臭そうに小さく笑った。

「そういえば、俺達の仕事って言ったっけ? 」
「聞いてない」
 てっきりアヒャかつーが伝えたと思っていたのでフサは少し驚いた。
 どうやらお前が伝えとけ、という事らしい。
「じゃあ、“ホロコースト”って聞いた事あるかな? 」
 少し考えて、モララーは少し思い当たる事があったのか声を漏らす。そして、
「中華料理か何かの名前? 」
「違う。確かに最初の三文字を取って、伸ばしてみるとそんな風に聞こえる気もするけど、違う」
 水は相変わらず泡を攫って排水溝に行くのを繰り返している。どんな会話が展開されようが、水には関係が無い。
 今もモララーは“ホロコースト”が何かを考えているらしいが、答えを見つける希望は少ないだろう。
 箱庭に来てからそんなに経ってもいないし、一番最初にあったのが“その一部”なのだから仕方無い。
「落ち着いて聞いてね。ぶっちゃけ、俺達殺し屋だから。“ホロコースト”は組織の名前」
 皿を持ったままモララーが静止する。
 モララーもフサも何も言わず、ただ水の流れる音だけが聞こえた。
 フサが視線を少し下にすると、また恐ろしい物が見えた。
「モララー君、お皿、お皿! 」
「え、あっ」
 モララーはいつの間にか手から滑り落ちそうになっていた皿を持ち直す。
「ご、ごめんなさい…」
 さっきとは少し調子が違う。何だか怖がっているようだった。
 やはり殺し屋というのは恐ろしい様だ。事実フサも恐ろしいと思っている。
「あのね、殺し屋と言ってもただ無差別に殺していく訳じゃないんだ。依頼があって、初めてっていうかなんていうか…。一応好きでやってる訳じゃないんだ。モララー君、殺し屋って聞いてどう思った? やっぱり恐ろしいとか怖いと思ったでしょ。此処は物凄く治安が悪いんだ。だから殺し屋という肩書きはとても役に立つ。それに殺し屋やってようがやってまいが、戦わないといけない場面は沢山あるし―――」
 最後の方は段々脈絡も無くなりただ言葉を並べているだけだった。言ってる自分自身すら意味が良く分からなかった。
 それでもモララーは色んな事を感じて、受け取ったらしく、
「うん、分かった。で、俺はどうすれば良い? 」
 それはフサ自身が疑問に思っていた事だった。
 “ホロコースト”のリーダーはアヒャだ。
 そのアヒャが気に入ったと言った、新入りと言った。
 つまりモララーは一員として受け入れられている様だ。
 フサの中に一つの予想が過った。
 それは最悪の事態だった。
「ごめん、分からない。でも何とかなると思う」
 言える訳が無かった。
 それはフサにとっても、モララーにとっても残酷な事だ。
 それにそれを言う事によって、余計最悪の事態に陥る確立が上がるかもしれない。
「オイ、フサ、モララー! 」
 フサの心配も他所にアヒャが突然二人に呼びかけた。
「依頼ガ入ッタ。今スグ行クゾ!」
 アヒャはモララーの名も呼んだ。
 もうモララーはホロコーストの一員らしい。
「御出で。準備を始めるから」
 フサは急いで手に付いた洗剤と汚れを落してモララーの手を引いて自室に向かった。
 ただ最悪の事態に陥らない事を願いながら。






「俺が悪い。全部俺の所為だ。ごめん」
 ココアを啜りながらモララエルが正面に座っていたモナーに謝る。
「仕方無い事だよ、これは、きっと。モナは全然誰かの所為とか思ってないし。多分これは事故だと思うし」
 モナーが両手でマグカップを持ちながら笑ってみせる。本人は気付いて居ない様だがそれは明らかに“苦笑い”という奴だった。
 そんなモナーの右腕に全身を使って甘えてくるレモナ。
「ねえモナー君、さっき凄くかっこよかったよ。もう惚れちゃった。きゃっw 」
 三つのため息が重なった。

「さて、さっき俺が言った知識だけじゃ全然足りないからもう少し説明しようか」
 モララエルが空になったマグカップを置くとクロナが誰にも頼まれていないがココアを注いだ。 
 彼女はそういう気遣いが出来る子らしい。見た目は瓜二つの彼女の姉とは違って。
 モララエルはクロナに有難う、と笑って見せた後、モナーと向き合って、
「さあ、何から聞きたい? 」
「え、……」
 何から、と聞かれてもモナーは答える事が出来なかった。
 分からない事が多すぎて優先すべき事が分からない程モナーも混乱していた。
 モナーのおどおどした表情からモナーの心情を悟ったのか、モララエルは少し微笑んでみせてから、話し始めた。
「じゃあまずこの世界の事から。これは俺らも分からない事が多くて詳しい事は言えないんだけど、神が創ったらしい。神と言っても本当に神なのかなんなのか良く分からないけどな」
 この事は簡単に納得出来た。モナーはマグカップに口を付けながら首を縦に三回振る。
「此処からは少し難しいからまだ覚えなくても良いかもしれない。でも言っておくね。さっき俺はお前を“救世主”と呼んだよな」
 モナーは残ったココアを飲み干して、机に置いてから頷いた。
 クロナはマグカップの中身が空になったのを確認してモナーのマグカップに注ぐ。
 本当にモナーの右腕に抱きついている誰かさんとは姉妹とは思えないとモナーは思う。
「神は箱庭に沢山のAAを連れ込んでいるのは知ってるよな? 元々俺らが居た世界と箱庭の時間ははやさは違えど比例しているんだ。だから連れて来られた時間が違えばこっちに来る時間も違う。しかし神は今、それすら壊そうとしている」
 さっきの表情とは全く違う深刻な表情。
 モナーは少し自分の思考を整理してから、
「それが壊れたらどうなるの? 」
 凄く小さな声だった。
 しかしそれも大きく聞こえる程静かだった。
「分からない。けれど、箱庭が箱庭の中の物全てを巻き込んで壊れるのは確実だ。下手すりゃ俺らが居た世界まで―――」
 カチカチという時計が時間を刻む度に発される音だけが響く。
 モナーにはなんだかそれが自分の、親友の、全ての終わりへのカウントダウンの音にも聞こえた。
「だからお前達は救世主なんだ」
 モララエルの消え入ってしまいそうな声。
 やはり大きく聞こえた。

「さて、次は能力でも見せようかな」
 暗い空気を取り払う様にモララエルは楽しそうに笑ってみせる。
 しかし逆にモナーはそれで胸を抉られる様な感覚を受けた。
「さっきも言ったけど、人によって能力は違うんだ。そして能力は初めから使える訳じゃない。最初は色々あって発動出来ないんだって。専門外だから詳しい事を分からないけど」
「能力って名前とかあるの? 」
 モ

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