夕暮れ間近の放課後、日誌を書き終えたしぃとでぃは机を挟んで女同士の恋話に花を咲かせていた。
「シィサン ギコサンニ コクハク シタンデスカ!?」
同じように未だ片思いのままだと思っていたしぃが、既にギコとラブラブなのだと聞かされ、でぃは驚き声を裏返らせる。
「ええ。だってギコ君ってば、いつまでたってもハッキリしないんですもの。女は待つものなんて言われたりするけど、最近の女は、やっぱり自分から行動しないとダメよ」
机に両肘をつき、手のひらを頬にあて、しぃはでぃに向かって得意気な顔で微笑んだ。
「ソウイウモノ ナンデスカ…」
でぃはしぃの言葉に頷きながら、神妙な面持ちで普段の自分の消極的な行動の一つ一つを反芻し反省していく。
「そうよ。ギコ君は食事も喧嘩も何だって早いけど、起きるのと恋愛を早くするのは苦手なんだもの。このままギコ君が告白してくれるのをず―――っと待ち続けていたら、私、おばーちゃんになりかねないでしょ。せっかくの食べ頃のしぃちゃんがギコ君を待つだけなんてもったいないじゃない」
今が花盛りなのだと自負するしぃは、念押しのようにパチリとでぃに向かってウインクをした。
「ドンナフウニ コクハク シタンデスカ」
でぃは立ち上がって机の上にグッと身を乗り出し、しぃの言葉を待つ。
「告白?? 女ならねぇ…直接言って野獣になって押し倒して(ry」
片肘の体勢になったしぃは、タクトを振るように右手を弄ぶ。そしておもむろに目を伏せ、ウットリと過去に思いを馳せ始めた。
「チョクセツ イッテ オシタオスンデスネ ワカリマシタ」
でぃはしぃの言葉の最後も聞かずに矢も立ても止まらぬ様子で教室を飛び出す。
思い立ったら即行動。消極的過ぎる自分には、その位の気合が必要なのだと言い聞かせ、でぃは直接言って押し倒す…と、何度も何度も繰り返しながらタカラのいるであろうクラブハウスの部室へと急いだ。
「……その位、好きな相手には時に強引に動いて欲しいとは思うけど、男だってそういう蛮勇を奮うなんてのは難しいでしょうからね。私は自分からギコ君に恥ずかしさを堪えながらも頑張って好きって言ったのよ。そしたらギコ君がね、『しぃ…俺も、お前の事……』なんて言ってくれてね! だから私…って、あら? でぃちゃん? いつの間にいなくなったのかしら? ま、いっか。日誌も書き終わってるんだし、さっさと提出してギコ君の所へ行かなきゃ」
しぃがギコへの想いとメモリアルからやっと現実に復帰した頃、でぃはタカラの元へ辿りついていた。
「タカラクン ハナシタイコトガ アリマス。キイテクダサイ!」
ノックもせずに部室のドアを開けて叫んだでぃに、部室内の野郎どもの好奇の目が一斉に集まる。
「急に何ですか?」
名指しされたタカラは、突然の行為に迷惑そうにでぃを見つめた。
「お、どうした?」
「何だ? 愛の告白か?」
着替え中だったり、部活前のささやかなくつろぎを謳歌していた野郎達が、頬を上気させた闖入者とタカラを交互に見つめ成り行きを見守る。
「イイマス!」
「ちょっと待ってください。ここじゃ落ち着きませんから、ちょっと外へ行きましょう。すいませんが、部活には遅れます」
グッと拳を握り締め何かを発しようとしたでぃを部室から追い出し、タカラは仲間達の視線の届かぬクラブハウス裏へと場所を移した。
「で、何ですか。話ってのは。早くしてください」
タカラは笑顔をやや引き攣らせながら、目の前のでぃにキツく声を荒げて話を急かす。
あんな公衆の面前で恥をかけと言わんばかりに叫ぼうとしたでぃが、タカラにとっては酷く苛立しくて、そして何とも悔しい気分だった。
憎からず思っているでぃに自分は何一つ悪い事などした覚えはないのに、何故、あんな扱いを俺は受けなければならなかったのか…それがタカラの正直な気持ちである。
こんな状況で、まさか野郎どもの邪推したような愛の告白がある訳などないと、でぃがココまで必至で走ってきた経緯を知らぬタカラは自分の常識で物事を測っていたのだった。
「エト…スキデス。オシタオシマス」
でぃはタカラのイラついたオーラを感じ取って、一瞬、告白する事に怯んだが、制服のネクタイを握り締めながら、意を決して言葉を発する。
「……」
タカラは自分の常識が見事に目の前で崩れ去ったのに驚き、自分が騙されているのではと勘繰り、でぃはそういう小細工が不得意である事を思い出し、一瞬の間に様々な事が脳内に浮かんでは消え、混乱の極みに達して固まってしまった。
固まってしまったタカラに抱きついたでぃは、そのまま難なく彼を地面に押し倒す。
「アレ、イケマセンデシタ?」
でぃにされるがまま地面に尻餅をついたタカラは、驚いた素振りの後、何のリアクションも起こさない。
何も起きない事に、どうしたものかと困ったでぃは、自分が何か間違っていたのだろうかと不安げな瞳でタカラを見つめた。
「ジャア、オシタオシマry」
でぃが言葉を言い切る前に、タカラはギュッと彼女を抱きしめる。
今度はでぃが何も出来ずに固まる番だった。
「でぃ、二度目で悪いですけど、場所を変えましょう」
タカラはズボンについた土ぼこりを掃いながら立ち上がると、でぃの手を引き、クラブハウス裏から校舎へと歩みだす。
でぃはタカラに手を引かれるまま、互いに無言のまま屋上まで辿りついた。
手を繋いだままフェンスに寄りかかって腰をおろしたタカラの前で、でぃは座るべきか立っているべきかを迷いコンクリートに膝をついた姿勢のままジッと止まっている。
「でぃって夕日好き?」
タカラは伏せていた視線を上げ、でぃを見つめた。
「?。スキダヨ?」
ずっと黙っていたタカラの屋上で初めて発した言葉の真意に戸惑いながらも、でぃは答えを導き出す。
「俺より?」
口調の丁寧さと一緒に紳士的な行動もかなぐり捨てたように、タカラは握っていたでぃの手をぐっと引き寄せ、小さなカラダを胸の中に抱きしめた。
「!」
ギュッと抱きしめられ、でぃの息が詰まる。
「ねぇ、俺より好きなの?」
でぃの頭にのせられたタカラの手は、緊張のためか小さく力がこもっていた。
「タカラクンガ スキデス」
でぃはタカラの背に腕をまわし、強く強く抱きしめ返しながらタカラに答えを伝える。
「俺もね、夕日は好きだけど…でぃのこと…もっと好きだよ」
抱きしめ返すでぃの耳に、タカラが唇が触れそうなほど近くで囁いた。
「…タカラクン シンゾウノオト スゴイヨ」
タカラの胸に抱かれているでぃは、ドクドクと早く打ち続ける心臓の音にクスリと笑う。
「でぃだって、震えてるじゃないか」
手のひらの下で小刻みに震えているでぃの頭をタカラは柔らかく撫でた。
「マブシイ…」
胸の中から少しだけ視線を上げたでぃが、先程までとは違う屋上に溢れんばかりに射しこむ赤い光に目を細める。
「ここは夕日を見るための特等席ですから」
タカラは胸に抱きしめていたでぃを横抱きにして、2人で夕日を楽しむ。
「キレイデス」
「そうですね」
夕日に染まったでぃが嬉しそうに大きな夕日を見つめる。
タカラはニッコリと笑ってでぃを見つめていた。
「ねぇ、押し倒してくれるんじゃなかったんですか?」
夕日が地面に隠れきる前に、タカラがでぃの耳元に小さく尋ねる。
「モウ オシタオシテマス」
でぃは夕日から目を離し、不思議そうにタカラを見上げた。
「押し倒すんだったら、最後までしてくれるもんじゃないんですか?」
タカラはでぃの腰に手をまわし、彼女の身体に擦り寄るように密着する。
「サイゴマデ ッテ ナンデスカ?」
しかし、でぃは全くタカラの求めている事が理解できないようでキョトンとした顔でされるがままになっていた。
「……。その方が、でぃらしいですね」
タカラはしばしそのままの姿勢で考え込み、ヘタリと全身の力を投げ出す。
「ドウシマシタ? ナニカ マズイデスカ? マチガッテマシタカ?」
でぃは自分の無知さ加減に呆れられたらしい事を察して、慌てた様子でまくしたてた。
「まぁ、分からないんだったら、そのままで構いませんよ」
タカラは溜息混じりに微笑むと、でぃの手を引いてコンクリートから立ち上がる。
「ソノママデ イイ デスカ?」
タカラの手で立ち上がらされたでぃは、事態がつかめずに首を捻りながら屋上の出口へと導かれていく。
「いいんですよ。さ、今日はもう、おしまいです。俺は部活がありますし、でぃもあんまり遅くなると危ないでしょう? この続きは、いずれ、またゆっくりとね」
パタンと屋上の扉をしめたタカラは、少しだけ夕日の差し込み続けている階段でニコニコと笑った。
でぃはタカラの手をしっかりと握って、ほの暗い段差の中を幸せそうに降りていく。
2人が押し倒した後に辿りつけたのは、まあ、とりあえず、かなり先の事だったようだ。