第伍話 男の戦い

男 第伍話

戦い






「久しぶりだな、ルイズ。僕のルイズ!」

ワルドと呼ばれた男が感激したように叫ぶと深くかぶられた羽帽子の中から凛々しい青色の瞳が現れた。

「お久しぶりでございます」

ワルドはひとなつっこい笑みを浮かべると、ルイズに駆け寄り、抱え上げた。

「相変わらず軽いなきみは!まるで羽のようだ!」

「……お恥ずかしいですわ」

ルイズは頬を染めた。
ワルドはルイズを優しく地面に下ろすと、再び帽子を目深にかぶって言った。

「彼らを紹介してくれないかい、僕のルイズ?」

「彼がギーシュ・ド・グラモン。このコは私の使い魔シンジです」

ルイズは順に手の平を向け紹介した。
ギーシュが慇懃に礼をしたので、シンジも後に続く。

「そして、こちらがミスタ……」

コルベールは一歩前に出ると、ルイズの言葉を制した。

「ジャン・コルベール……、二つ名を炎蛇のコルベールと申します。貴方の活躍は以前から聞き及んでおりますよ、魔法衛士隊はワルド子爵殿」

ワルドは、ほうっと唸った。

「……貴方があの高名な炎蛇のコルベール殿ですか。貴方の前では私の名など霞んでしまいますな」

「恐縮です。それでは、まだ、作業が残っていますので、これにて失礼致します」

コルベールはワルドに向かって会釈すると、再び所号機の作業に取り掛かった。

「僕のルイズ、その巨大なオーガはなんだね?」

「私の使い魔が使役する使い魔です」

「……使い魔を使役する使い魔?」

ワルドはシンジの体を注視した。

「きみの使い魔はメイジなのかい?」

「いえ、平民です。彼が言うには、彼の左手に刻まれたルーンの特殊能力によって、オーガの使役が可能になったそうです」

ワルドは、失礼、とだけ言うと、シンジの左手を掴み、ルーンをまじまじと見つめた。

「これは……?」

明らかに動揺するワルドの姿を目にしたルイズが尋ねる。

「心辺りがあるんですか、ワルド様?」

「いや……、実に変わったルーンだな。ぼくも目にするのは初めてだ。……それよりも、シンジくん。僕の婚約者がお世話になっているみたいだね、ありがとう」

「はい?」

シンジが間抜けな声をあげた。

「……おや、きみは知らないのかい?ルイズはぼくの許婚だ」

シンジの体が固まる。
いつも、かいがいしく世話を焼いてくれるルイズに婚約者がいた。その事実に、少年は少しばかりショックを受けたのだ。
しかし、すぐに気を取り直したシンジは気丈にも微笑みを浮かべながら言った。

「いえ、ワルドさん。お世話になっているのはぼくの方です。ルイズさんには、いつも、良くしてもらっています」

ワルドはにっこりと笑うと少年の方をぽんぽんと叩いた。

「内戦中のアルビオンにこれから赴くというのにきみの態度は実に余裕な構えだな」

シンジの手が僅かに震えた。

「……なぜ、知ってるんですか?」

「姫殿下より、君達に同行することを命じられてね。君達だけではやはり心許ないらしい。しかし、任務の機密性ゆえ、一部隊をつけるわけにもいかぬ。そこでぼくが指名されたって訳だ。では、諸君、早速、アルビオンに向けて出発しようじゃないか」

ワルドが口笛を吹くと、朝もやの中からグリフォンが現れた。鷲の頭と上半身に、獅子の下半身がついた幻獣である。立派な羽も生えていた。どうやら、ワルドの使い魔らしい。
ワルドはひらりとグリフォンに跨がると、ルイズに手招きした。共に乗れということなのだろう。

「おいで、ルイズ」

「いえ、あの……」

「どうした、恥ずかしいのかい?」

「いえ、そうではなく、まだ、あのオーガの出発準備が整っていないのです」

「オーガ?」

ワルドが所号機を見遣ると、黙々と魔法を詠唱するコルベールの姿が目に映った。

「コルベール殿は何をしているんだい?」

「固定化の魔法を使ってオーガの体に風石を取り付けているんです。取り付けた風石には恒久的に効果の持続するレビテーションをかけます。もちろん、効果の発動と抑制は自在に制御できる様にしてありますわ」

「……目的は?」

「オーガの自重を限りなく軽減し、小型の飛行船でも牽引可能な状態にいたします」

「もしや、あのオーガをアルビオンに……?」

ルイズは当然というように鷹揚に頷いた。

「いかなる敵も、私の使い魔が蹴散らします。内戦?危険地帯?知ったことありませんわ」


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一仕事を終えたコルベールはオスマンと並んで、出発する一行を学院長室の窓から見つめていた。

「しかし、いいのですか?」

「何がじゃ?」

「エヴァをアルビオンに送り出すことです。今回の内乱は【教会】の下部組織である【レコン・キスタ】が裏で糸を引いていいます。エヴァの存在を秘匿していたことが【教会】に露見するのは、まず間違いありません。
貴方は仮にも【教会】の一員にあらせます。今の時点で貴方の企みをさとられてしまうのはまずいのではないでしょうか」

「あそこまで巨大な存在をいつまでも隠し通すのは不可能じゃよ。いずれ、ばれる。ならば、こちらから先手を打って見るのも、一つの手じゃ」

「では、いよいよ……」

オスマンの目が光る。

「ああ。【人類補完計画】の発動じゃ……」

その時、ノックもされずに扉が開けられると、アンリエッタが入室してきた。

「おやおや、姫殿下。どうされましたか?」

オスマンは、鼻毛を抜きながら言った。

「貴方は彼女等を見送らないのですか、オールド・オスマン」

「ほほ、姫。見ての通り、この老いぼれは鼻毛を抜いておりますのでな」

その様子をアンリエッタは呆れ顔で見つめた。

「トリステインの未来がかかっているのですよ。なぜ、そのような態度を……」

「彼が向かった時点でトリステインの未来は安堵されております。心配する必要などどこにもありますまい」

「彼とは?あのグラモン家のご子息のこと?それとも、ワルド子爵?」

オスマンが首を降る。

「ならば、ルイズの使い魔の少年が?まさか、変な冗談はお止め下さい。」

「誰がなんと言おうと、彼はハルケギニア最強の存在です」

ルイズもこの老人と同様の内容を述べていた。しかし、アンリエッタは、あの言葉を旧友に対するちょっとしたジョークだと思い込んでいたのだ。

「何を根拠に……」

「姫は人類の始祖をご存知かな?」

「始祖ブリミルのことですか?」

「いいえ。それよりも前のことです」

アンリエッタは首をかしげながら、空に浮かぶ二つの月を眺めた瞬間、宮殿に保管されている聖書の内容を思い出した。

「では、アダムとリリス、そしてアダムの助骨より生まれしエヴァのことですか?」

オスマンは微笑を浮かべた。

「アダムとリリスが仲違いをおこしてから、アダムより生まれし者と、リリスより生まれし者は、お互いに相入れない存在になった。これによって、アダム族とリリス族による種の存亡をかけた終わりなき戦いが幕を上げました」

オスマンはそこで一度咳ばらいをすると、言葉を続けた。

「そして、あの少年は、アダム族に決戦を挑んだ最初のリリス族なのです」

アンリエッタが眉間に皺をよせ、不信感を露わにした。

「そんな……、信じられません。なぜ、そのような伝説の人物が現代に……。始祖ブリミルすら成し得なかった不死の法をあの少年が会得しているとでも?」

「答えはサモン・サーヴァントにあります。さて、姫殿下。サモン・サーヴァントとはいかなる魔法ですかな?」

「そんなの…、子供でもわかります。ハルケギニアの生物を自分の元へと召喚する魔法ですわ」

「その通りです。しかし、あの少年は異世界から来たと言い張りました。ハルケギニアではない、どこか。ここではない、どこか、とね。文化や風習も違えば、そもそも、魔法すら存在しない世界に、彼はいたそうです」

「その様な世界があるのですか……」

「この空に浮かぶ星の中にも、そういった世界はあるでしょうな。わしも初めは異世界から来たものだと考え違いをしておりました。
しかし、彼のケースは違う。わしはあの少年にハルケギニアの星空を眺めるよう促しました。すると、後日、少年はこう言いました。自分の元いた世界と良く似ていた、と」

「どういうことでしょうか……?」

「わしはサモン・サーヴァントの魔力構成を丹念に調べ上げました。結果、やはり、ハルケギニアに存在する生物のみを対象にした魔法であることが確証されました。
川の水が、海から山へと流れないのと同様で、例外のない普遍的な現象です。では、あの少年はどこから現れたのか?答えは一つ……」

「遥か遠い過去のハルケギニアということですか……?」

オスマンはにこやかに微笑みながら頷いた。

「星からすれば、一万年や二万年など、たいした時間じゃありません。星空が大きくその姿を変えることなどないでしょう」

アンリエッタは遠くを見るような目をした。

「ところで、姫。貴女にはあの少年に関することで、今後色々と頼ることあるかもしれませんが、よろしいですかな?」

アンリエッタが微笑む。

「なんなりと申し付け下さい」

当然だ。快諾されなければ、真実を話した意味が崩壊する。
ただし、ガンダールヴの件に関してはあえて伏せた。全てをさらけ出すのは、愚者の行為である。
こうして、また一つ、老人の駒が増えた。

「ならば祈りましょう。遥か過去から吹きすさぶ優しき一陣の風に……」

純粋な少女の瞳が、風に揺られる草原へと向けられた。


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地面に対して水平に展開させたA・T・フィールドに腰を下ろし、シンジは初号機を走らせた。少年の隣には、ギーシュと、彼の使い魔である巨大モグラが寝そべっている。

「なぁ、シンジ。ちょっと、ペースが速すぎやしないか?」

「そうですか?でも、ワルドさんが今夜までにはラ・ロシェールの港町まで向かいたいって……」

「……そのワルド子爵のグリフォンがへばっている」

シンジは後ろを向いた。確かに、グリフォンのスピードが鈍っている。羽ばたく翼にも、躍動感が一切感じられなくなっていた。よほど、参っているのだろう。

「だから、エヴァにみんなで乗ったほうが早いって言ったのに……」

ギーシュが可笑しそうに笑った。

「きみには分からないだろうけど、大人ってのは大変なんだよ」

「どういう意味ですか?」

「恥をかきたくないんだ。プライドを傷つけたくはないからね」

「良く分かりません」

ギーシュは体勢をかえ、仰向きになった。

「時には、この空の青さも忘れてしまう。いずれ、きみも実感するときがくるさ」




結局、ワルドを気遣ったルイズの提案により、しばしの休憩を取ることになったのだが、彼女の優しさもワルドのプライドを傷つけただけだった。

「僕のルイズ、すまない。余計な気を遣わせてしまって……」

ワルドは程よいサイズの丸太に腰を降ろすと、疲れたように言った。
ルイズは慌てて顔の前で両手を振る。

「ち、違うわよ、ワルド。たんに私が疲れたから、それだけよ」

グリフォンの背で雑談を交わすうちにルイズの喋り方は、今朝までの丁寧な物言いから、今の口調に変わっていた。ワルドが、そうしてくれ、と頼んだ為でもある。

「しかし、あのオーガは凄いな。ぼくのグリフォンの追従を許さない存在を目にしたのは初めてだ」

「いえ、でも、空は飛べませんから。森や山とか、走り辛い場所だったら、グリフォンにはかないませんよ」

シンジが取り繕うように言った。憔悴するワルドの姿を目の当たりにして、ほんの少しだけ罪悪感を感じていたのだ。
ギーシュは使い魔の大もぐら【ヴェルダンデ】と戯れていた。一行の中で最も元気の良い存在である。
ワルドはグリフォンを操るのに、それなりに精神を消耗していたし、それは初号機を操作するシンジも一緒だ。
ルイズは慣れない幻獣の背に乗って飛行するのに、多少の気疲れを感じていた。
ギーシュは広く展開されていたA.T.フィールドに寝そべり、朗らかな風を受けていただけなので、全く疲れを知らなかったのだ。
ルイズはそんなギーシュを煙たげに眺めた。
シンジはそれを気にすることなく、昼食作りに励む。具のたっぷり入ったコンソメスープの食欲をそそる香りが辺りいっぱいに広がった時、ばっさばっさと羽音が聞こえた。
シンジはルイズと目を合わせる。どこかで聞いた羽音だったからだ。
大空を背景に見慣れた幻獣が現れた。
シルフィードである。
風竜がゆっくりと地面に舞い降りる。その背に、キュルケとタバサが乗っていた。
キュルケは風竜から華麗に降りると、大きく背伸びした。

「お待たせ」

「お待たせって、あんたなんか誰も待ってないわよ!」

ルイズは瞳に獰猛な光を燈しながら吠えた。とにかく、キュルケには噛み付かないと気が済まない質らしい。

「別にあんたに用はないわよ。あるのはシンジくん」

名指しされたシンジが口を開いた。

「ぼくにですか?」

「そう、これあげる。プレゼントよ」

キュルケは少年の体には見合わない片刃の長剣を差し渡した。

「俺はデルフリンガーって言うんだ、よろしくな」

突然、響いた声の発信元に驚いたシンジが剣を落とす。

「痛ぇーじゃねぇか、相棒。いきなり、それはねーよ」

「剣が喋った…?」

シンジが地面に横たわる剣をしげしげと見つめ、呆然とした様子で呟く。

「意思を持つ剣、インテリジェンスソードよ。なかなか、レアなんだから」

「もらっちゃって、いいんですか?」

「この前の決闘の時のシンジくん、格好よかったわよ。だから、そのご褒美。敢闘賞ってところね」

キュルケは微笑みながら、色っぽく言った。

「キュルケ!」

ルイズが怒鳴った。

「突然、なによ。うるさいわね」

「私の使い魔に勝手な真似をしないでくれる!」

シンジはおろおろとした。ルイズの鳶色の瞳は爛々と輝き、今にも火を吹き出しそうだ。

「ねえ、ルイズ。シンジくんは確かにあなたの使い魔かもしれないけど、意思だってあるのよ。そこを尊重して上げないと。剣をあげるくらいで、がたがた騒がないでほしいわ」

「う、うるさいわね。使い魔の躾は主の仕事。他人にとやかく言われたかないわ」

その光景を見守っていたワルドが立ち上がり、ルイズを窘めた。結局、シンジは剣を受け取ることになったのだか、実のところ、気が気じゃなかった。
ルイズが酷く不愉快そうだったからである。

「用が終わったのなら、早く帰りなさいよ」

「嫌よ、お腹減っちゃったし。ねえ、シンジくん、私たちもご一緒していいわよね」

キュルケは鍋を見つめながら言った。
シンジが微笑む。

「はい、もちろん。それに今回のは自信作なんです」

主の意図を取り汲もうとしなかったシンジは、ルイズから理不尽な嫌味を飛ばされた。

「あんたね、知らない人から物を貰っちゃダメって、教育されなかったの?これだから、バカシンジは……」

自分に懐いているはずの飼い犬が赤の他人にまで愛想を振り撒くのが気に入らない。例えるならば、そんな幼稚な心境だったのだ。

「タバサ、あなたも食べるでしょ?」

親友の問いに小さく頷いて応えたタバサは、風竜の背からぴょこんと可愛いらしく下りた。
シンジがタバサの服装を見て、顔を傾げる。透き通るような青空には似つかわしくないパジャマ姿だったのだ。

「どうして、パジャマなんですか?」

タバサは自身の恰好を気にした風もなく呟いた。

「キュルケに寝込みを叩き起こされた」

ようするに、今回もルイズのことが心配で駆け付けたわけだ。シンジへのプレゼントはただの口実にすぎないのだろう。
シンジは牛皮製の大袋をまさぐり、その中から自分の着替えを取り出すと、タバサに差し出した。

「良かったら、これ着てください」

ちなみにシンジの普段着は、トリステイン学院で奉公する使用人の制服だった。もちろん、貴族であるタバサに使用人が着る服を差し出すなど、失礼極まりない行為である。
しかし、タバサは微笑みながら、それを受けとると、再びシルフィードの背に乗り、空高くへと飛翔した。
一分ほど経って風竜が大地に舞い降りた時、シンジ以外の全員が呆然とタバサの姿を見つめた。第一ボタンまで開けた白いワイシャツに黒いスラックスを着用した彼女は、つまり、シンジとペアルックになっていたのだ。

「タバサさん、よく似合ってますよ」

シンジが無邪気に笑う。

「ありがと……」

タバサが頬を染めた。

「いやーんな感じ」

キュルケが呟いた。
ルイズは機嫌をさらに傾ける。

「な、何をしてるのよ、あんたたちは!?」

タバサは、ルイズの目をじっと見つめながら言った。

「何のこと?」

「タバサ、あんた、貴族でしょ!?恥ずかしくないの、平民の恰好なんかして?」

「碇くんはただの平民じゃないわ。あなたは何も分かってないのね」

ルイズの肩が震えた。シンジは戸惑うばかりである。

「シンジのことなんて、とうの昔に知りつくしてるわよ!何よ、優等生ぶって!」

タバサは無表情のままに呟いた。

「心を開かなければ、使い魔の忠誠は得られない。あなたは、心を閉ざして何を得ようと言うの?」

頭に血が昇ったルイズが反射的にタバサの頬を叩くと、小気味よい音が辺りに鳴り響いた。
しかし、ルイズの横暴に全く動じることのなかったタバサは凛とした瞳をルイズに向け続けた。彼女の左頬がじんわりと朱く染まっていく。
ルイズは抑え切れない程の煮えたぎる怒りをあらわにし、唇をぎゅっと噛みしめた。
しかし、同時に少しばかりの動揺にも襲われていた。何に対してここまで激しい感情をを抱いているのか、自身にも良く分かっていなかったのだ。
ワルドが、そんなルイズの頬にそっと両手を添える。

「ぼくのルイズ。君がお腹を空かせているのは良く分かった。さあ、さっさと昼食にしようじゃないか」

「ワルド……?」

ルイズは予想外の言葉に困惑しながら上目づかいにワルドを見つめた。

「お腹が減って、ついイライラしてしまうことはは誰にでも有り得る普遍的なことだよ。何も恥ずべきことじゃない」

ワルドはルイズに向かい優しく微笑みかける。そして、ちらっとタバサの様子を伺った。

「しかし、友人を軽々しく叩くのは良くないな」

急速に冷静を取り戻したルイズは、自分の犯した過ちに酷く困って、迷いきった顔で俯いた。

「タバサ。……ごめん」

タバサがワルドの顔を見遣ると、彼は、頼むよ、とばかりに小さく笑った。
とどのつまり、ワルドは年長者だけあって、この場にいる誰よりも大人だった。道化を演じてでも、その場の空気を丸く収めようとしたわけだ。

「別に。……気にしてないから」


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日が沈む前に、ラ・ロシェールに到着した一行は街中で最も上等な宿、『女神の杵』亭に泊まることにした。『女神の杵』亭はラ・ロシェールの中で、唯一、貴族を相手にしている宿だけあって実に豪華な作りだった。
因みにキュルケやタバサも一緒である。いつ間にか、彼女達もなし崩し的に付いてくることになっていたのだ。
タバサを叩いた引け目があったルイズは、そのことを強く咎められなかった。
明日はいよいよアルビオンに渡るということで、キュルケの提案により一階の酒場でちょっとした酒宴が開かれることになった。
キュルケは飲むと色気が増す質の様で、シンジは目のやり場に困った。

「シンジくん、飲んでる?」

「え、ええ。まあ、それなりに…」

シンジは俯き加減に答えると、ゆっくりと顔を上げキュルケを見た。

「でも、やっぱり、苦手かもしれないです。こうやって、みんなで騒ぐのって」

キュルケは困ったような顔をし、返事に詰まらせた。

「なんで?」

「多分、元々、そういう性格なんですよ。やっぱり、ぼくは人付き合いが下手なんだと思います」

シンジは、目の前に置かれたグラスを煽り、ちびちびと料理をつまんだ。

「……今日だってルイズさんを怒らせてしまった。良かれと思ってやったのに。いつもこうです」

キュルケは哀しみに顔を歪めた。他人に思いやりが伝わらない人間ほど哀れな存在もない。彼女が小さく首を振る。

「シンジくんは、人の顔色を伺いすぎよ。一々、そんなことを気にしてたら、身が持たないわよ」

「……そうでしょうか」

ワルドとの会話に夢中だったルイズは、少年が陰気に俯いているのに気づき声をかけた。

「どうしたの?」

「別に…」

シンジは地を這うような低い声で呟いたので、ルイズは少年の顔を覗き込み、ため息をついた。

「あんたね、そんな顔して、別に、なんて言っても、心配して下さい、ぼくを気にかけて下さい、って言ってるようなものよ」

ルイズの言葉に、少年は何も答えなかった。
ルイズはしげしげとシンジを見つめ、小首を傾げた。

「なによ、珍しくご機嫌斜めね」

「いいですから、ほっといてください……」

少年の顔から表情が消える。シンジは淡々とした目つきでルイズを見遣った。
ルイズは、使い魔の変化に凍て付くようなおぞましさを覚えた。少年の身体から発せられるこの雰囲気を、彼女はよく知っていたのだ。
しかし、何時、どこで感じたものだったのか。それだけは思い出せなかった。

「おー。シンちゃん、怖っ」

ルイズは自身に浮かび上がった剥き出しの感情を誤魔化す為に、わざと陽気な軽口を叩いた後、隣りに座るワルドと再び談笑を始めた。
普段、見せることの無い安心しきった笑顔を婚約者に向けるルイズの姿が目に映る度に、シンジの胸がざわめいた。

そうか。ぼくはこの世界でも一人ぼっちなんだ…。

そういえば、いつの頃からだろう。
ぼくの心と体は少しずつばらばらになっている気がする。
悲しいことや辛い事があっても、これは自分ではないと他人事みたいに見つめているもう一人の自分が、いつもいたんだ。

ミサトさん。

アスカ。

綾波。

心に浮かんだ望郷の念を抑える。
大丈夫さ。
ぼくは、この世界でもやっていける。
心をもっと体の奥に閉じ込めてしまおう。
そうすれば、体の痛みも、心の痛みも、恐怖も、常に付き纏う寂しさも、なにも感じなくて済むだろうから。

乱暴に開かれた玄関の音で、シンジの陰鬱な思考は停止した。
彼が振り向くと甲冑に身を包んだ傭兵の一隊が、酒場になだれ込んできた。
傭兵の一人がルイズ達の姿を認めると、外に向かって叫んだ。

「ここに、いたぞ!!!」

弓を持った傭兵がルイズ達一行に的を絞る。突如現れた得体の知れない敵の行動にいち早く反応したワルドは食器の並ぶ八人掛けのテーブルを力任せに横倒しにし、全員に指示を下した。

「机の後ろに隠れろ!」

皆はそれに従い、机の前に身を屈めた。
一斉に放たれた弓が机に突き刺さり小気味よい音をたてる。傭兵の狙いが一行の殲滅にあるのは間違いなさそうだ。

「なんだよ、突然!?ぼく達がなにをしたって言うんだ?」

ギーシュが、至極もっともな疑問を口にした。
キュルケとタバサは、各々が得意とする魔法を放ったのだが、傭兵達はメイジとの戦いを熟知しているようで、魔法の射程範囲外から執拗に矢をかけた。
暗闇の傭兵達に、地の利があり、屋内の一行は分が悪い。
魔法を唱えようと立ち上がろうものなら、矢が雨のように飛んでくる。
他の客や従業員は、カウンターの下に隠れがたがたと震えていた。

「皆さん、伏せてください」

少年の左手に青き光が燈ると、激しい振動と共に酒場の壁に大穴が空き、石の破片が当たりに飛び散った。
そこから躍り出たのは巨大な紫色の拳である。
初号機の位置を確認したシンジは、傭兵達に向かいその腕を振るった。襲来する壁のような巨大な腕を避けきれなかった傭兵達が次々となぎ倒されていく。
その時、初号機の腕に一条の光の束が収束していった。次の瞬間、眩いばかりの閃光が放たれ、空気を劈くような轟音が辺りに響いた。

「ルイズさん、何をするんですか!?」

激しい痛みを訴える右肘を庇う様に左手で握りながら、シンジは悲鳴をあげた。

「ごめん、ちょっと失敗しちゃった」

つまり、ルイズの失敗魔法が初号機の右肘部にて炸裂したのである。

「ちょっとじゃないでしょ!どこがちょっとなんですか!?」

「別にあんたに当たったわけじゃないんだから、いいじゃない」

ルイズはぶっきらぼうに言った。

「いいですか!エヴァの触覚と痛覚は、常にぼくにフィードバックされてるんです!だから、エヴァ痛けりゃ、ぼくも痛いんですよ!」

「男の子でしょ?小さいことでがたがた言わないでよ!」  

「ルイズさんこそ、歳のわりには子供っぽいですよね」

ルイズの肩が小刻みに震え始めた事にシンジは気づいたが、勢いに乗ってしまった以上、もはや自制が利かないくらいハイになっていた。

「こ、こ、こ、この使い魔は…。だいたい、あんた、最近、生意気よ!この前の使い魔品評会だって、あんたのせいで、私が痛い目みたのに、あんた、しれーっとしちゃって」

「何言ってるんですか、あれはルイズさんが調子にのるからでしょう!だいたい、ヴェストリの広場みたいに狭い場所でエヴァに宙返りをさせるなんて、度台無理な話ですよ!そりゃ、建物の一つや二つ、壊れますって」

「それが分かってんなら、なんで、止めなかったのよ!」

「そんなことしたら、ルイズさん、ふてくされちゃって、一日中、口を利いてくれないじゃないですか!ったく、そういうところが子供っぽいっていうんですよ!」

「っ…!知ったかぶんないで!ガキのあんたに私の何が分かるってのよ!」

ワルドは、机を背に、そんな二人のやり取りを興味深そうに眺めていた。
ちなみに先ほどまで奮戦していた傭兵の姿はどこにもない。
初号機の脅威を目にした彼らは、ルイズとシンジが口喧嘩を始めたのをきっかけに、これ幸いにと逃亡を図ったのだ。
金で雇われるだけの彼らに守るべき名誉などない。敵に背を向けることは恥でもなんでもないのだ。そんな彼らの行動は実に素早かった。
キュルケは周りの客や従業員をなだめて回った。
タバサは小説に目を落としている。
ギーシュは、二人の口喧嘩をつまみに酒をあおっていた。この男、実は大物なのかもしれない。




大小様々な飛空船が停泊する桟橋の前に一行はいた。明日、アルビオンに向かい運行する船に、初号機を取り付ける為だ。
もちろん、この船の責任者は初号機を牽引することを頑なに拒んだのだが、ワルドが運賃の十倍の支払いを提示し、半ば強引に納得させた。
周りの人々は初号機の威容に目を丸くし、ひそひそと囁き合っている。

「ルイズさん。結局、昨日の奴等は何者だったんでしょうね?」

シンジは青銅で出来た巨大な十字架型の棺桶に初号機を収める作業に励みながら、自身の主に問いかけた。
ルイズは太く長い綱と格闘しながら言った。

「だから言ったでしょ。そんなの知らないわよ」

二人の間に流れる空気はいつも通りの穏やかなものである。昨晩、繰り広げられた口喧嘩は、まるで尾を引いていないようだ。
ルイズ自身、初めて自分に噛み付いたシンジの姿を良い変化と好意的に捉えていたし、あの後、シンジが素直に謝ったというのも、二人の間に訪れた気まずさを払拭するのに貢献していた。

「気にならないんですか?」

「全然。自分に降りかかる火の粉は振り払う。ただそれだけのことよ。あんたなら出来るでしょ」

「はぁ」

シンジは神々の黄昏のことを思い出した。自分は常に万能な状態にあるというわけではない。初号機の起動がかなわない時、それでも、自分はルイズを守りきることが出来るのだろうか。

「ギーシュさん、まだ、起きませんね」

シンジに名を呼ばれた金髪の青年は、風のよく通る桟橋の先で、意識不明のまま倒れている。
青銅の棺桶を練成した彼は、自身の限界を超える魔法力を喪失し、そのまま、卒倒してしまったのだ。

「たまに呻き声が上がっているんだから、死んではないでしょ。ほらほら、くだらないこと言ってないで、きりきり手を動かしなさい」

ギーシュの安否はくだらないことなのだろうか。少年は腑に落ちないものを感じながら、それでも主人の命に従うことにした。
全ての作業を終えた時にギーシュは目覚め、シンジはほっと胸をなでおろした。


その晩も、女神の杵亭に宿泊することになった。宿の支配人に懇願された為である。
昨日の傭兵達は、明らかに一行を狙い、宿を襲撃した。ルイズ達は身をもって、それを知っている。しかし、どこで話が歪んだのか、宿の支配人には荒れ者揃いの山賊から宿を守り抜いた恩人として伝わっていたのだ。

「そういうことなら、仕方ないわよね。キュルケ」

「そうね。人の厚意を無下に断るなんて貴族じゃないわ」

被害者のはずの支配人を前にして、こうも堂々とシラを切る二人の貴族をシンジは呆れたように見つめた。
支配人はルイズ達の言葉に目を輝かせ、嬉しそうに言った。

「一番上等な部屋を三室用意いたしました」

アンティーク調の紋様が刻まれた鍵束を支配人が取り出すと、ワルドがそれを受け取った。

「案内の必要はない。キミも酒場の修復に忙しいだろう」

「は。いや。何から何まで気を使っていただいて、恐縮にございます」

「気にするな」

そういって、ワルドは支配人の肩を平手で軽く叩いた。支配人は、一行に向かい深いお辞儀をするとカウンターの奥へと引っ込んだ。
ワルドは一行に向き直った。

「さて、今夜はもう寝よう。キュルケとタバサ、そして、シンジくんとギーシュが相部屋だ」

ワルドがキュルケとギーシュにそれぞれ部屋の鍵を渡すと、ルイズははっとして婚約者の姿を見つめた。
困惑を隠せないルイズの視線に気づいたワルドが口を開く。

「ぼくと君は婚約しているのだから、同じ部屋で眠るのは当然だろ」

「そんな、駄目よ!まだ、私達、結婚しているわけじゃないじゃない」

ワルドは首を振った。

「大事な話があるんだ。二人きりで話したい」

ワルドはルイズの肩を寄せると、部屋に向かって歩き出した。
ルイズはすがるようにシンジを見遣ったが、少年は視線をそらせるだけだった。

「なによ、意気地なし……」

ルイズは使い魔の行動に落胆の色を隠せず、寂しそうに小さく呟いた。


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翌朝、シンジとワルドはかつて貴族が集まり、陛下の閲兵を受けたという練兵所で、二十歩程離れて向かい合っていた。
かつては砦だった建物を改修した女神の杵亭ならではの施設である。もっとも、今では酒樽や空き箱が詰まれ、寝室に囲まれたこの広場もただの物置と化している。

「きみは伝説の使い魔【ガンダールヴ】なのだろう?」

「っ…?」

シンジは警戒するようにワルドを見据えた。
よくよく考えれば、この男は王室の人間だ。自分がガンダールヴである事実を王室にだけは漏らさぬようにと、以前、オスマンから警告を受けている。
ワルドは誤魔化すように首をかしげて言った。

「なに、ぼくは歴史に興味があってね。以前、読んだ歴史書にガンダールヴのルーンのスケッチが記載されていた。きみの左手に刻印されているものに酷似している。ルイズも知らなかったようだが、きみは【ガンダールヴ】なのだろう?」

「さあ、なんのことでしょう…?」

「あくまでも、シラを切るつもりかい。ふむ、まあ、いい」

ワルドは羽帽子を目深に被ると、杖を掲げた。

「きみに決闘を申し込もう」

「はい?」

予想外の言葉にシンジは素っ頓狂な声を上げた。

「昔……、と言っても君にはわからんだろうが、かのフィリップ三世の治下には、ここで貴族が良く決闘したものさ。きみをここに呼び出したのも、その為だ」

「はぁ」

「古き良き時代、王族達はまだ力を持ち、貴族達がそれに従った時代……、貴族が貴族らしかった時代……、名誉と誇りをかけて貴族は魔法を唱えあった」

「ぼくは貴族じゃ、ありません」

「貴族ではないが、君は伝説だ」

ワルドが屹然と言うと、物陰からルイズが現れた。

「ワルド。来いって言うから、来てみれば、何をする気なの?」

「きみの使い魔に決闘を申し込んだ。きみには介添え人を頼むよ」

ルイズは困惑した。

「もう、そんなバカなことはやめて。今はそんなことを言っている場合じゃないでしょ」

「そうだね。でも、貴族というやつはやっかいでね。強いか弱いか、それが気になると、もうどうにもならなくなるのさ」

「シンジはただの平民よ。あのオーガがなければ何にも出来ない子供なのっ!」

少女の言葉は少年のちっぽけな意地を逆なでするには十分だった。

「ぼくだって、やろうと思えばできるんだ…!」

決意に燃える声色で小さく囁いたシンジは腰に差したカウンターソードの柄を左手で力強く握る。
ガンダールヴのルーンが鮮やかな発光を始め、それに気づいたワルドが嬉しそうに微笑みを浮かべた。

「どうやら、彼はやる気のようだ。それに、昨晩、説明しただろう。彼はただの平民じゃない、伝説のガンダールヴだ」

ルイズはシンジを見ると、子供に言い聞かせる様にたしなめた。

「やめなさい。これは命令よ?」

今更、引く気など毛頭ない。初号機のない自分にどこまで出来るのか、それを知る絶好の機会が訪れたのだ。

「ルイズさん、下がってください」

「なっ……」

シンジは朝もやの漂う湿った空気を深く吸い込むと意を決したように叫んだ。

「戦いは男の仕事っ!!」

つい先日、この台詞をぶちまけた後、なにか手痛い目にあったような気がしないでもなかったが、シンジは深く考えることをしなかった。

「……あら。シンジくんって、意外と前時代的な子なのね」

三階の廊下の窓から、広場の様子を見下ろしていたキュルケが微笑みながら呟いた。

「よい心構えだ。では、始めるか」

ワルドは腰から、杖を引き抜いた。フェンシングの様にそれを構え、前方に突き出す。

「ぼくは不器用だから手加減できませんよ?」

ワルドは薄く笑った。

「構わぬ、全力で来い」

シンジは左手でカウンターソードを握り、しばし、迷った後、右手でデルフリンガーを引き抜いた。

「相棒!お前なら、俺を選んでくれると信じてたぜ!!」

片刃の長剣が感激のあまり声を上げる。
実のところ、マゴロクソードに自分とは違う異質な能力が備わっていることを本能的に察知したインテリジェンスソードは、二刀一対のこの刀達を密かにライバル視していたのだ。
もちろん、シンジがデルフリンガーを選んだのは、彼を思ってのことである。
仲間外れが何よりも辛いことを知っている少年の優しさの表れだった。
二刀を構えた少年は、ワルドに向かって切りかかった。
ワルドが杖でデルフリンガーを受け止めると、激しい火花が散った。細身の杖ではあるが、がっちりと長剣を受け止めている。
シンジは思わず舌打ちをした。恐らくこの杖には固定化の魔法が施されている。情にほだされず、マゴロク・エクスタミネート・ソードを使っていれば、今の一撃で勝負がついていたはずだ。
シンジは錆だらけのデルフリンガーを見つめた。自立思考が出来るのはたいしたものだが、切れ味の悪さといい、本当にキュルケが言うような業物なのだろうか。
ワルドは後ろに下がったかと思うと、細かい風切り音と共に、驚くほどの速さで突きを繰り出してきた。
シンジは胸元に向かうワルドの突きをデルフリンガーでとっさに払い、臀部目掛けてカウンターソードの刃を走らせた。
魔法衛士隊の黒いマントを翻して後方に飛びながら剣戟をかわしたワルドは、余裕の笑みを浮かべている。

「なんでぇ、あいつ、魔法を使わないのか?」

デルフリンガーはとぼけた声で言った。

「きっと、舐められてるんだよ」

シンジは歯を食いしばりうなった。目の前に立ちはだかるこの男は、ガンダールヴを発動させた自分と同等に素早い。一度切り結んだだけで、ギーシュとは格が違うことをシンジは悟った。
シンジは低く身構えると、長剣を風車の様に振り回した。
ワルドはシンジの攻撃をなんなくかわし続ける。見切り、杖で受け流し、それでいて息一つ乱さない。

「きみは確かに、素早い。剣術にもそれなりの心得があるのだろう」

シンジは深く腰を落とし込み、下方からワルドの胴体に向かって剣を突き出し、そのままの勢いで薙ぎ払った。
しかし、ワルドはそれらの攻撃を吹きすさぶ風のようにかわした。まるで、舞いをしているかのように優雅な姿である。

「しかし、まだまだ、隙だらけだ。その程度では、本物のメイジには勝てない」

ワルドが攻撃に転じ、レイピアのように構えた杖でもって突き繰り出してくる。常人には見えないほどのスピードだ。シンジはやっとの思いで、その杖を受け流した。
しかし、閃光のような突きを繰り返してくるワルドの猛攻に押され、シンジはじりじりと後退した。

「デル・イル・ソル・ラ・ウィンデ……」

ワルドが何かを低く呟いている。

「いけねえ!相棒!魔法が来るぞ!」

デルフリンガーの言葉を受け、弾けるように反応したシンジはカウンターソードを突き出す。タンッと乾いた音が響くと、ワルドの羽帽子に風穴が空き、硝煙の匂いが当りに漂った。
カウンターソードに組み込まれた仕込み銃を使用したのだ。
予想外の事態にワルドの詠唱が止まる。一瞬の隙を見逃さなかったシンジはカウンターソードを振るい、ワルドの杖を両断した。いかに固定化の魔法が施されている代物であろうと、物質を分子レベルで分断するカウンターソードの前では、熱で溶けかかったバターに等しい。
レイピア代わりにもなる鋭い先端を持った杖の切っ先が地面に突き刺さる。
極端に短くなってしまった自分の杖を呆然と見つるワルドの喉元に、シンジはデルフリンガーの切っ先を据えた。

「……勝負ありですね」

ルイズは目の前で起きた光景をにわかに信じることが出来なかった。
オーガが無ければ、なにも出来ないはずのあの少年が、いつもどこかおどおどしていて、全く頼りないあのシンジが、あのバカシンジが魔法衛士隊の隊長を担うワルドに勝ってしまった…。
少年は主人の視線に気付き、屈託の無い笑顔を送ったが、当のルイズは呆けた様子でぼんやりと呟くだけだった。

「お見事…」





男 第伍話

戦い


終わり


嘘 第陸話

嗚咽


へ続く
最終更新:2007年10月09日 21:27
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