脆い心に痛みのキスを【序】

あの少年をハルケギニアに召喚してから間もない頃、彼の姿を目にすると抑えられない苛立ちを感じることがしばしばあった。
使い魔として、役に立つか否か、それ以前の問題だ。
常に人の顔色を伺うような落ち着きのない態度と、不意に見せる、すがるような上目遣いつかいが、私をどうしようもなく不愉快にさせたものだ。
今となれば、その理由もほんの少しだけ分かる。
私は自分のことを鑑みるだけで、精一杯なのだ。とても、他人の重みを優しく受け止められる様な余裕などない。
しかしながら、あの子は、使い魔と主人という関係、つまり、私との繋がりをハルケギニアでの生活において、最も重要視していた。
それも当然といえば、当然だ。
この世界に身寄りのない彼が、もし私に見放されようものなら、後に待っているのは永遠に続く孤独なのだから。
だけど、重荷は重荷だ。
だから、私は彼を邪険に扱った。床で就寝させ、床で食事を摂らせた。
文句も言わず、何事にも素直に従う彼が少し不気味だったのは言うまでもない。
そんな彼の事を好意的に見るようになったのは、ギーシュと彼の決闘が切っ掛けだ。
ぼろぼろになりながらも必死に戦い、それでもやはり敗北を喫した彼の言葉は私の尖った心をほんのちょっぴり柔らかくしてくれた。
彼は使い魔だけど、なにも出来ないただの子供。火を吐くことも出来ないし、空を飛ぶことも出来ない。
だけど、彼は心を持っている。優しさと思いやりを持っている。
それらの感情を無条件に差し出す彼の存在が、喜ばしかった。

ありがとね。

お礼を言いたかったけど、気恥ずかしさの方が上回って、結局、曖昧な言葉を口にすることしか出来なかった。
だけど、今はそれでいいと思う。
最終更新:2007年09月28日 21:49
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