3-948「お友達(佐々木サイド)」

「お友達:佐々木サイド」

それは私の第一志望である私立校の受験がちょうど終わった頃のことだから、
2月の半ばといった頃だ。世間ではヴァレンタインデーがどうのこうのと喧しい時期
ではあったが、私は受験生だったし、そういった世俗的なイヴェントとは自分は関係
がないというキャラクターをすでに構築していた。
もっとも、若干約一名、世間的に言えばチョコレートを渡してもいい、渡すべき男の子
の友人がひとりいるが、自分が決定的なアクションを起こすことで、彼との関係が変化
してしまうことの方を私は恐れた。もっとも否が応でも彼との関係は一ヶ月後には決定
的に変わってしまう。彼は中学の同級生であり、志望校は私とは異なっていた。順当に
行けば私と彼とは離ればなれになり、その後は……
そう今のように会うこともできなくなるだろう。
そんなことを考えていたら、彼との待ち合わせ時間が近くになっていた。私は意を決し
て、ワゴンの中から小さな包みを取り、会計をすませた。きっと、渡せない。確かな予感
を胸に秘めて。

今日は図書館で彼の勉強を見る約束だった。なんというか、主要五科目で彼に負けて
いる物はなかったのである。中央図書館、見慣れた彼の自転車の横に自分の自転車を
止める。さりげなく、くっつけちゃったりしてね。
外から内部を覗く、机の並んだエリアに彼の姿はない。休憩でもしているのかな? 
玄関に回り込んだ私は、なんとも不愉快な風景を目にすることになる。

自販機の置かれた休憩エリアに彼はいた。見知らぬ女の子と一緒に。
思わず、眉間を押さえてできあがったしわを伸ばす。なぜ、彼は私との約束の前に別の
女の子と話し込んでいる。そして、女の子の上気した顔を見れば、用件は一目瞭然、
ピンとくるとはまさにこのことだ。自慢ではないが、他人の表情から感情を読み取るのは私
の得意とする所なのだ。意地の悪い笑みを顔に浮かべさせ、朗らかな口調で勢いよく話しかけた。
「やぁ、キョン。僕との約束の前に、逢い引きとはお安くないね」
ゴフッ、彼が含んだコーヒーで咽せた。いい気味だ。
あらかじめ、準備していたティッシュを取り出して彼の顔をぬぐう。
「驚かせてしまったようだね、すまない。大丈夫かい」
ふふ、遅い…よ。反応がおくれた彼女はハンカチを片手に立ちすくむ。
「そんなんじゃねぇよ」
彼は彼女と自分の関係を言外に否定する、おやおやそんなこと言っていいのかなぁ。
彼女が傷ついてしまうよ。
「俺とそんな風に見られたら彼女が可哀想じゃないか」
そんな彼の態度を見て、たまらず、咽から笑いがこみ上げた。
「いや、すまないね、謝罪させて貰うよ。驚かすつもりはなかったんだ。ただ、
キミにね、こんな可愛らしい彼女がいるなんて、思いもしなかったからさ」
とりあえず、とりなしの言葉を述べておく。まぁ、そんな甲斐性がキミにあるとは思って
いないが、彼と彼女が予想通りの関係であることに、心臓の奥が安堵した。
「だから、そんなんじゃないって言っているだろ。彼女は……」
彼のセリフを遮るようにして、彼女が叫ぶように言った。
「わ、私は吉村美代子っていいます。キョ…キョンさんのセックスフレンドです」

 その時、世界が静止した。
彼は右手に握った紙コップを握りつぶした。びちゃびちゃと中身のコーヒーがこぼれ落ちる。
だが、そんなことにはまったく頓着していないようだ。
「な、な、な、なにを言っていやがりますか、この娘は? というか、知らない言葉を軽々しく
使っちゃうのは、お兄さん、感心しませんよ」
いつの間にか私は、彼がなんというかそう言うことに興味がある健全な男子中学生と言う
ことを失念していたようだ。彼女はどう見ても年下だった。
携帯電話を取り出す。110番は何番だったろうか。
「キョン、見たところ、彼女は13歳未満のようだ。だとすると、たとえ同意の上であったとしても
性行為は犯罪となる。わかっているね」
「ぼ、僕はですね、潔白です。この娘、吉村美代子さんはね、僕の妹の親友で、家にもよく遊び
に来る仲でしてね」
彼がいつもとは異なる口調で言い訳を始めた、見苦しい。
「そして、ふたりは一線を越えた……と。へ~。そうなんだ。ふ~~ん」
彼が何かを言っていたようだが、耳には届かなかった。
「いや、キョン。僕は冷静だ。僕は常に理性的かつ論理的な人間であるつもりだよ。キミが犯罪を、
性犯罪という男として、人間として最悪の犯罪に数えられる罪を犯していたとしても、キミがそれを
ちゃんと償う気持ちがあり、反省し、罪を精算し、罰を受けるのであれば、僕らの間の友情は失わ
れることはない。約束するよ。そしてさようなら、大好きなキョン」
口からはかねてから用意してあったかのように長尺のセリフが流れ出た。
何か、とんでもない発言も飛び出たが、特になんの感慨もなかった。
「彼女はミヨキチは、単なる友人なの。お友達、マイ・ディア・フレンド、アーユーオーケィ?」
混乱して、できもしない英語で返答を返す彼。っていうかミヨキチってなによ。
「そうか、ニックネームで呼び合うような仲なんだね」
「人の話を聞けよ、わからず屋」
それはキミの方だろう。そう返そうと口を開いた時、
「やった!! 言われていた通りです」
そんな私たちを余所に、彼女は小さくガッツポーズをした。
「衝撃的な発言で、びっくりさせれば、ちゃんと本音で答えてくれるって、妹さんに言われていたんです。
そうしないと、キョンさんはごまかすだけで、まともに答えてくれないって」
いたずらが成功した、とばかりに喜びの表情を見せる彼女。
どうやら、手強い存在かもしれない。女であることを認識されていないことを悲しむのではなく、
現状を正しく認識できたことをよしとするわけか。
「それじゃ、私は行きますね。キョンさん、受験がんばってください。それから、
お裾分けなんて嘘。気持ち、ちゃんと込めてますから」
こうして、アピールするのも忘れない。ふふ、大した物だ。
そう言って、ぴょこんと頭を下げて、彼女は私たちの前から去っていった。
って戻ってきた。
「あ、それから、言葉の意味、ちゃんとわかってますから」
ぴゅーと、風のように去っていく少女。その後ろ姿を私たちは眺めるばかりである。
げに不可解なるは少女なり、自分のことを棚に上げて私はそんなことを考えていた。
思わず、ククッと咽奥から笑みがこぼれる。

「一本取られたね、キョン。いや、一本どころじゃないな。三本先取で三本勝ちというところだ」
「まったくだ。女の子はわからん」
茫然自失という雰囲気で答える彼。
「まぁ、それはともかくだね。手を洗ってきたまえよ、それから、さっきのとやらを頂こうか。
彼女から何か食べられるものを貰っているだろう」
「なんだよ、その辺りから見てたのか」
そんなにびくつかなくてもいいよ。取って食おうというわけじゃないんだ。
「いいや、僕にはのぞき屋の趣味はない。ないがね、先ほどの顛末に関する精神的な慰謝料
くらいはもらってもかまわないと思うんだ。キミから、そして彼女からね」
彼は左手でコートの右ポケットからピンク色の包みを取り出して、放ってくれた。
「ふむ、まだほのかに温かいね。焼きたてというところか」
手の中で転がす、かすかに漂う甘いチョコの香り。……やっぱりね。
手洗いに向かった彼の背中を見送って包みを開封する。中身はチョコチップクッキー。
想像通りだ。ひとかけら口に運ぶ。悔しいがいいできだ。私にここまでの作品が作れるとも思えない。
中から、メッセージカードを取り出し、ポケットにしまい込む。以上、計画通り。
ほのかに悔しさがにじむ。ああやって彼女は正面切って、彼にぶつかった。顧みて私はどうだ。
鞄から先ほど買ったつつみを取り出して、開封する。小さな生チョコがふたつ。
彼のために、自販機でココア、自分のためにブラックコーヒーを買う。彼のココアと私のコーヒーに、
チョコを投げ込む。自販機付属の使い捨てマドラーでよくかき混ぜる。
カフェ・モカとホットチョコレートのできあがり。
ティッシュを置き、彼と自分とでクッキーを分ける。この美味しいクッキーに罪はない。
せめて、供養はしてやろう。
戻ってきた彼に手を振った。不機嫌な顔を態度を作る。
「一応、キミの分だ。もとより、キミが彼女からもらったものだからな。
全部、僕が食べてしまうのも悪いだろう」
隣に座った彼が黙々とクッキーを口に運ぶ。きっと、くだらないことを考えているのだろう。
その瞳は焦点が合っていなかった。
「それから、飲み物なしでクッキーを食べるのもつらいだろう。これは僕のおごりだ。心して飲み給え」
意を決して、ココアの紙コップを渡す。まったく、私もとんだ意気地なしだ。
HappyValentineの一言も言えないんだからな。
「……ってココアかよ」
「気に入らないのかね、僕の心づくしの贈り物だ」
チョコチップクッキーにココアじゃ合わない。そんなことは百も承知さ。
だけど、時期と贈り物の内容で、相手の気持ちを思ってくれても罰は当たらないだろう。
「すみません」
そう言って、彼は素直にココアに口を付けた。
「キョン、確か妹さんは、今年、小学5年生になるのだったな」
こくりと、肯定のサイン。
「ということは十歳か……まったく、最近の小学生は……まったく」
ほんとに、色気づくのが三年は早いよ。それに最初はクラスメイトの男の子とかにしておくべきだ。
ずずっと隣で、彼は生ぬるいココアを啜る。茫洋としている。
また、関係ないことを考えているに違いない。
ココアとチョコチップクッキーでカカオが被った、そんな顔をしている。
「まったく……キミがそんなだから……まったく」
おもわず、彼に対する愚痴が漏れた。春は未だ遠く。私たちの別れまで、後一月、
そんな2月の頃のことだった。

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最終更新:2013年03月03日 01:24
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