39-984「佐々木さんの、聖夜は夢の中で、の巻」

クリスマスイブ、などと言っても、進学校の生徒にとっては大した意味はない。
試験休みも塾の講習はあるし、明日の終業式だって、その後に冬期講習が
控えているとなれば、喜びも半減しようというものだ。
ささやかにお気に入りの苺の乗ったショートケーキでも買おうかしらん、
と思ってはみても、
……いや、あのカロリーはちょっと……でもたまには、しかし……
などと煩悶を繰り返し、なんとか自分の克己心が勝利をおさめ、
人間が理性を持つ動物だと再確認して帰宅したところで、
母がこの日のために買ってきたフランボワーズケーキに出くわしてしまう。

僕にとっては、クリスマスというのは、せいぜいその程度。
両親とケーキを食べる日、というくらいの認識でしかない。

同級生の中には、受験勉強と、私生活の充実に折り合いをうまくつけている人も何人かいて、
彼女たちの今日という日に対する思い入れの深さは、正直理解を絶する程だ。
僕も健全な高校2年の女子生徒であれば、こんな日くらい、
大切な人と楽しいひと時を過ごしたりすべきなのだろうか。

そういえば、キョンは今頃何をしているのだろう。
一番有り得そうな可能性は、涼宮さん達とクリスマスイベントに夢中になっている、
というところなのかな。

なんとなく、冬期講習の予習を切り上げて、ベットに横たわる。
まだ眠るにはずいぶん早い時間だけれど、どうにももやもやした気分が抜けない。
「ちょっと一休み」誰にともなくつぶやいてみる。


ふと気がつくとまた僕は、オックスフォードホワイトの空の下、セピアがかった世界の中に独り佇んでいた。
夢を見ていると言う事は、何故かすぐに分かった。
とはいえ、純粋な夢かと言うと、それもまた怪しいのだけれど。
「やれやれ、お正月に見たきりだったから、おおよそ1年ぶりということになるわけかな」
何と言っても2度目の経験である。今度ははっきり断言できる。
ここは僕の精神世界。橘さん曰くの「閉鎖空間」だ。

となれば、僕が探し求める対象は、たった一つ、いや一人だけだ。
適当に街の中心部に向かって足を進める。
ここが僕の精神世界であれば、本当は方向など関係ない。
ただ、君に出会うのに都合のよいロケーションさえあれば良いのだから。
程なくして、僕は公園のブランコでたたずむ姿を見つけた。

「やあキョン、すまないね。どうやら再び君を巻き込んでしまったようだよ」
「よう、佐々木」
僕の声に、さして驚いた様子もなく、キョンは力ない微笑みを浮かべた。
「今度は、ただの夢じゃないってことは分かってるみたいだな、佐々木。
 それなら、一緒に脱出方法を探してくれ」
「……前回と同じ方法でよければ、すぐにでも協力する所存だよ」
ちょっと上目遣いでキョンに答える。頬が赤くならないよう、必死で精神を落ち着かせようとしてみるけれど、
完全にコントロールできているかは、あまり自信がない。
キョンの方はと見上げてみれば、顔を真っ赤にしてあたふたとうろたえている。
君も覚えていてくれたんだね。
よかった、と言うべきかな。
流石にあの時は夢だと信じ込んでいたので、ちょっと暴走しすぎだったから、僕も何とも言えない。
「と! とりあえず、その方法はナシの方向で!」
うん。そうした方がお互いによさそうだね。

「この閉鎖空間が僕の精神のある種の現れだとして、君を巻き込んでしまったのが、
 実際の世界でのストレスだと言うのなら、多分、二人でここを出る方法は分かると思う」
「何をすればいい?」
「話してくれたまえ、キョン。
 この前会った後、君が何をして、どんなことを感じたのか」
「……世間話だけでいいのか。あんま面白いこともないぞ」
僕の頬が自然にほころぶ。いつもの君との会話の始まりの時に浮かぶように。
「そして、僕の話を聞いてくれたまえ。それだけで、きっと、僕は充分だから」


そして、僕は公園のベンチにキョンと隣り合わせで座り、彼の言葉に耳を傾けた。
学校のこと、同級生のこと、SOS団の活動のこと。
キョンのちょっと特殊な、それでも他愛ない日常の色々なことを。
そして僕も、代わり映えのしない日常のことを、君のいない日々のことを、
胸の中にしまいこんだものを、総ざらえするように話した。
大切な友人同士が、日常の中で行っているような、他愛ない会話を楽しんだ。


……目が覚めると、枕元の時計は12月25日のいつもの起床時刻だった。
あのまま眠り込んでしまったらしい。
「あの空間の時間経過がこちらと同じだったと仮定した上でだけれど、
 またずいぶんと話し込んでしまったようだね」
充分に眠ったせいもあって、すこぶる気分が良い。
鏡を見なくても、今の僕が多分微笑みを浮かべているのが分かる。
「やれやれ、僕もずいぶんと単純な人間のようだね」
あれぐらいのことで、こんなに元気が出てしまうなんて、我ながらほほえましい。

サンタクロースの存在は、ずいぶん幼い頃から信じなくなって、
枕元に靴下を準備する習慣は、とうの昔になかったけれど。
今日だけは、それでよかったのかもしれない。
昨晩僕がもらったものは、どんな大きな靴下にも、決して入りきらないものだったから。
「さて、それでは元気を出して、2学期を締めくくることとしようか」
身だしなみを整え、両親と朝食を終えて、そうひとつつぶやいてドアを開ける。
今日は何かいいことがありそうだ、などと言ってしまうのは、
「いまどきの女子高生」風ではなかろうか。
そんなことを考えながら通学路を急ぐと、普段見かけない、
でも、決して見間違えることのない姿が視界に飛び込んできた。
ああ、なるほど。
僕はキリスト教徒ではないけれど、今日だけはヤハウェの神に感謝してもいいかな。
なにせ今日は、奇跡が起きるかもしれない、聖なる日なのだから。
僕は、とびきりの笑顔を浮かべて、僕を待っていたらしいその姿に声をかけた。
「おはよう。めずらしく早起きだね、キョン。
 ……メリー・クリスマス」
                        おしまい

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最終更新:2008年12月29日 23:17
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