41-359「ビターチョコレート」

Episode-1 ビターチョコレート

今日は朝から学校全体がまるで雲の上にいるかのようにふわふわと浮ついていた。
女子はいつにも増して集団で金切り声を上げているし、男子は敢えて普通を装おうとして
それが逆に普通ではなかった。もちろんその男子には俺も例外なく含まれ、いつもより
落ち着かない何やらそわそわした気分で午前中の授業を受ける羽目になっていた。
それもこれも1限の始まる前に心無い一人の男子が
「キョン、もう佐々木さんからチョコもらったの?」
などとわけのわからんことを聞いてきたせいだけどな。
それまですっかり忘れていたのに余計なこと思い出させやがって。

そう、今日は女子が男子に想いを告げる日、
いやチョコレート会社が仕掛けた企業戦略の一つである
2月14日、
バレンタインデーである。

「やれやれ」

昼休み真っ最中の午後1時、
トイレから帰ってきた俺はそんないつものフレーズを吐きながら席に戻った。
帰る途中でちらほらとチョコレートを持って駆け回る女子を見かけたのは、
今が目的を遂行するため行動を移すには最適の時間だからだろうな。
中にはご丁寧にクラスの男子全員にチ口ルチョコを配っている女子もいたようだ。
ウチのクラスにはそんな子いなかったが。
ま、どっちにしろ俺には関係のない話だけどね、
とそんなことを思いながら机に片肘をついて手の上に頭を乗せていた行儀の悪い俺は
何気なく辺りを見回して不思議な光景を目にした。
やれやれ。
こういった日は女子だけでなく男子も集団になるのかね。


その二手に分かれた男子集団は明らかに、まぁ確実に複数は貰えそうな面々と
失礼ながらそういった行事とは縁がなさそうな面々で別れているようだった。
前者はいくつ貰っただの本命はどれなどと楽しそうに話しているし、
後者は、さも今日はいつもと変わらない、何気ない平日の昼休みであるように
今日発売の週刊誌の話で盛り上がっていた。
俺はそんな集団のどちらにも属さず、
ただぼーっとしているだけだったのになぜかいたたまれなくなってきて、
先ほど行ったばかりのトイレにもう一度足を向けようと
今さっき開けたばかりのドアを再びスライドさせた。そんな折、

俺の後ろでにわかに騒ぎ始める一つの女子集団に気が付いた。
やれやれ。
自分の背後でこそこそ話をされるのはあまり気持ちのいいものではないな。
俺は何気なく後ろを見て――


固まった。

 

佐々木。

 


360 名前:ビターチョコレート 2/4[sage] 投稿日:2009/02/14(土) 13:38:55 ID:uoR2xiCR
その集団の中には佐々木がいて、いや佐々木のいた集団が女子であって、佐々木の集団が――
いや、何を言ってるんだ俺は。落ち着け。
どうやら俺はその女子の集団の中央で、手の平サイズの箱のような何かを手に持ったまま
後ろの女子に背中を押されている一人の女性――佐々木にしか目がいっていないようだった。
どうやら朝の余計な一言で、しなくてもいい意識をさせられていたらしい。恨むぞ国木田。
俺はなるべく。なるべく期待をせずに、平静を装いながら、
そう、今日の朝飯はなんだったかを考えながら、その朝飯を食っていたときに妹が
『キョン君!今日はいいことあるといいね』などと言っていたことを、いや、ダメだ。
これは思い出したらいかん。
明らかに普通ではない思考回路を落ち着かせながら俺は目の前の少女を見つめていた。
とは言っても、目はとてもじゃないがあわせられる状態じゃないので
俺の視線は佐々木の頭の辺りを彷徨っていた。
その少女は押される背中に観念したのか、意を決したように顔を上げた瞬間、
佐々木の頭上を彷徨っていた俺の視線と見事に合致した。しまった。

 

「キ、キョン!」
「お、おう!」

 


我ながら情けない声を出すな、俺は。
佐々木の後ろで女子集団が笑いを堪えているように見えたのは気にしない。気のせいだ。
「キョン。あの・・・だね。もしよかったら・・・だね。その・・・その・・・」
何やら言いよどむ佐々木の後ろでは一人の女子が頑張れ、などとのたまっていたが
頼む。少し黙っていてくれ。
俺は今にも沸騰しそうな頭を冷やしながら、一人の女性に意識を集中させている。
その女性はしばし固まっていたがふぅ、と一息つくと、
手に持ったチョ、何かを俺に突きつけながら、びっくりするほど大きな声で言った。
「よかったらこれを受け取っ・・・!?」


しかし、その贈り物は手を伸ばした俺へ届くことはなく――

 

無残にも俺の身体で潰されていた。


やれやれ。
なんでこのタイミングなんだろうね。

蓋を開ければ何のことはない。
ドアの前でやり取りを行っていた俺の後ろからふざけた男子が走りながら教室に入ってきて、
その結果入り口のすぐ傍にいる俺が押されて目の前の少女をドミノ式に飛ばし、
同時に彼女の手から離れた立方体の小さな箱を倒れた俺が思いっきり踏んだだけ。
そんな、些細な、偶然が重なり合って、起きた出来事だった。
しかし――、
そんな些細な偶然は


俺の目の前で座り込んでいる女性を錯乱させるには十分な力を持っていた。


「――――――」
その少女は大声で罵るわけでも、奇声をあげるでもなく事の次第を淡々と理解していった。
そして本来なら俺が持っているはずの物が俺の下敷きになっているのを見てかすかに――、


笑った。

 

「こんなもんだよね」

第一声は彼女だった。周囲で彼女以外に言葉を発する者はいない。

「いやーこんなことってあるんだね、キョン。僕はいささか驚いているよ」

佐々木。

「悩みに悩んで先月の終わりからかれこれ2週間悩み続けて」

佐々木。

「僕はこのままでもいいと思ったんだ。今のまま君と過ごせればいいとね」

顔は下に向けたまま。

「でもそんな僕の奥底で誰かが囁き始めたんだ」

いつにも増して饒舌な少女の独白は続く。

「このまま卒業していいのか、このまま友達で終わっていいのかってね」

少女の独白は続く。俺は少女を見つめる。

「その声は次第に大きくなってきていつしか――」

少女の独白は続く。顔は見えない。

「それが普段の僕になっていたんだ」

外では何事かと他のクラスからも見物客がやってきている。
俺は黙って少女を見つめることしかできなかった。

「・・・まったく。困ったものだよ。こんな精神病に僕がかかるなんてね」
佐々木はそんな自分が可笑しかったのか苦笑すると、
自分の制服を軽くはたきながら立ち上がり、言葉を紡いだ。
「それで、普段はさして興味もない行事に身を委ねようと考えた次第さ」
そう言いながら彼女は俺の横を通り過ぎ、外に出て行こうとして
ちらりと女子集団に目をやりながら、そのときを思い出すように言った。

「先週の土日は皆で悪戦苦闘したよ。なかなか・・・思った通りにいかないんだ」

佐々木の頬からは一筋の、

「幾度か失敗を・・・重ねた結果、我ながら満足するものが・・・
できたと思ったんだよ」

絹糸のように綺麗な涙が流れていた。

「それからはずっと君のことばかり考えていたよ。
キョンはこれを受け取ってくれるだろうか。
これを渡したときキョンはどんな顔をするだろうか。
義理と思って流されないだろうか。
きちんと食べてくれるだろうか。
おいしかったと言ってくれるだろうか。
いい返事は――貰えるのだろうか。ってね」

彼女は、動かない俺の下にあるチョコレートを見ながら自嘲気味に呟いた。

「その結果がこれとはいささか――」

 

――ひどすぎやしないかい。


最後にかすれるような声でそう言って、彼女は見物客を押しのけ走り去っていった。
俺は、状況の飲み込めていない野次馬の横を、颯爽と駆け抜ける女性を見ながら、
心は焼けるほど熱いのに、頭は妙に冷えている自分を感じていた。


そんな2月14日の思い出。
後で食べたそのチョコレートは

 

少しビターな、大人の味だった――。


Episode-2 聖バレンタイン

俺が走り去った佐々木の方向を眺めていると、一緒にいた女子集団が騒いでいた。
何やら俺に早く追いかけろやら根性なしだの言っているがそんなものは今耳に入らない。
俺は静かに立ち上がり、埃を払いながら
下敷きとなったチョコを大事に抱えてポケットに入れた。


「あ・・・あの・・・すまん。ちょっとふざけてたら・・・な」
沈黙を破ったのは俺を後ろから突き飛ばしたクラスメートだった。
周りの女子は親の敵を見るような目で彼を見ている。これが女性の団結力というやつか。
「い、いや!悪気はなかったんだ!だって・・・その、
お前がそんなとこにいるとは思わねえしさ!不可抗力っつーかその」
「いいよ」
「だから仕方なかったっつーか・・・え?へ?」
「別にいい。あんなとこにぼけっと突っ立ってた俺も悪かったしな」
「あ、そ、そうなの?いや、なんだ。そうか。
俺はてっきりまた、キョンが怒ってんのかと勘違い・・・痛つっ!?」

 

――俺は生まれて初めて本気で人を殴って、
彼女の後を追った。
怒ってないだって?いや、怒ってるに決まっているだろ。
じゃあ俺はいったい誰に怒ってんだ?走りながら自問自答する。
俺を突き飛ばした男子に?勝手なことばっかり言ってくる女子に?
物珍しそうに見に来ていた野次馬に?
いや、違うよな。
俺は、彼女を泣かせた自分自身に怒ってんだ。
なんで彼女が話してる間に一言、チョコありがとうって言ってやらなかったんだ。
なんで彼女が俺の横を通り過ぎるときに腕を掴んで引き止めてやらなかったんだ。
なんで彼女の涙を止めてやれなかったんだ。
誰でもない、ただ流れる状況に淡々と身を任せていた自分自身に俺は怒っていたんだな。
これじゃあ、さっき殴ったのはただの八つ当たりじゃないか。なんてことを思いながら
怒っているはずの俺の顔は確かに、間違いなく――
笑っていた。

まぁ心配するな。
ちょっと時間がずれただけじゃないか。
俺は手当たり次第、すれ違う生徒に今こっちを走ってきた女子生徒が
どこへ行ったのかを聞きながら後を追った。
そして、探すこと数分。
一人の女子生徒が気まずそうに指差した方向――保健室の中で、すすり泣く声を聞いた。
俺はためらうことなくドアを開け中に入っていった。どうやら先生はいないようだ。
その瞬間、一番奥の、カーテンが閉められているベッドのところで小さな反応があった。
それは何かに怯えるような、小さな、か細い反応だったが俺は確かにそれに気づいた。

「佐々木」
カーテンの中を覗き込むと――、
そこにはベッドの上でひざを抱えて俯いている少女がいた。
「隣、いいか」
俺は返事も待たずベッドに腰を降ろした。
「いやー、佐々木足速えよ。あっという間にいなくなったもんな」
彼女は俯いたまま。
「それにしても佐々木が俺にチョコくれるとは思わなかったぞ」
一瞬彼女はビクッと反応するが気にしない。
「俺はただの友達と思われてるとばかり思ってた」
大丈夫。
「心配すんな」
今度は、
「精神病にかかったのは佐々木だけじゃねえよ」
俺の番。
「俺、佐々木のこと好きだ」
そう俺があっさりと言った瞬間、彼女は――
涙で腫らした真っ赤な瞳で俺を見つめて一言。

「うそ」
「嘘じゃねえよ」
「うそだ」
「嘘でこんなこと言えるか」
「その好きは、ほ、ほらあれだよ!友人や家族に対しての親愛の情というか」
「愛情の方だ」
「あ・・・ぅ、いや、それは違う。きっと違うよ。
だ、第一、君が僕を、その・・・異性として意識してくれるような要素がない」
「そんなもん佐々木が決めることじゃないだろ」
「げ、現に僕より容姿だって、性格だって魅力的な女性は五万といるじゃないか」
「いねーよ」
「い、いるよ!例えばほら、ウチのクラスの山田さんや3組の吉岡さん等は非常に女性らしく
人気がある。それに5組の渡辺さんや佐伯さんなんかはとてもオシャレで綺麗だし、
それからそれから」
「だから、容姿も性格も全部俺の一番はお前なんだよ。
比べる意味がないし、相手にもならない」
「・・・・・・」
「俺の中では佐々木が一番だ。それも断トツでな」
「い、いや。それは・・・き、きっと何かの間違いだ。気の迷いだ」
まだわからんか。それじゃ仕方ない。
「だっておかしいじゃないか。客観的に見て変人に分類されるであろう僕に君が――」
「いいからちょっと黙ってろ」
「――――――んっ――!?」


少しうるさかったので佐々木の唇を同じものでふさいで黙らせることにする。
30秒ほど。

その間目を瞑った瞼を興味本位で少し開けると
佐々木は人形のように目を見開いたまま固まっていた。
できれば閉じて欲しいな、と思いながらもそこがまた可愛いじゃないか。


「――――ぷはっ・・・・・・ふぇ・・・え?
キョ、キョン!?き、君は今急にいったい何を!?」
よく現状の把握できていない佐々木は、何やらおかしな文体で驚きを示してきた。
「ん?可愛かったからキスしただけだがこれでもまだわからんか?
それなら佐々木が理解してくれるまで俺は同じことするしかないぞ」
「え、いや。それは困っ・・・たりはしないというよりむしろうれし・・・
いんだが、違っ、い、今はそれは問題ではなく―――――んっ~~~~~~~!?」


もう30秒。
よかった。今度は目を瞑ってくれたようだ。

 

「信じてくれたか?」
30秒ごとに繰り返す何度目かの俺の質問に対し、やっと彼女は納得してくれたのか、
コクコクと頷いてくれた。
まぁ首振り人形のように頭を上下させ続けているのは問題だったが、
可愛いからいいじゃないか。こんな人形なら是非買いたいね。
と、俺はここで先ほどまでの自分を省みてあることに気づいた。
ああ、どうやら、いや、間違いなく、俺はなんというか――
Sらしい。
いや、こんなに積極的になるとは自分でも驚いたね、
だって仕方ないだろ、佐々木が可愛いすぎるんだから。
などと意味のない言い訳を自分にしながら
俺は5分ほど目をトロンとさせながら頷き続ける彼女を眺めていた。

 

絶景かな、絶景かな。

「お、目が覚めたか」
5分後やっと首振りを止めた佐々木が俺の腕の中で意識を取り戻した。
「あ・・・あれ?」
「おはよう、佐々木」
「え、あ。おはようキョン。な、なんだ夢・・・
じゃない!夢じゃない」
夢と言った瞬間にそれじゃあ、と口をふさごうとしたのが伝わったらしい。残念。
佐々木は俺の腕の中で借りてきた猫のように縮こまっていた。
恥ずかしいのか?
「あ、当たり前だ、キョン!き、君があんな人だとは思わなかったよ」
幻滅した?
そんな俺の質問に対して佐々木は言葉を発さずに――
腕の中でふるふると頭を横に振っていた。俺はそんな可愛い子猫をぎゅっと抱きしめてやった。
そのときその子猫が呟いた言葉を俺は忘れない。


――もう死んでもいい。


「それは俺が困る」
「キョン・・・」
「今から忙しくなるぞ。休みの日は小遣いの許す限り連れ回すからな。
貯金を下ろしてでも連れ回すぞ。映画行って水族館行ってそれから――」
「ダメだよ」
「え?」
「僕たちは受験生だろう」
「うっ・・・こんなときに嫌な事思い出させるなよ。
大丈夫だって。北高B判定より下出た事ないし」
「君はいいかもしれないが僕は」
「僕は?」
「いや・・・僕もB判定より下はないけど」
「なら問題ない」
「問題ないことはないよ。それでもし成績が下がったら」
「それはそのとき考えよう」
「そのときじゃ遅いよ、キョン。もうあと1ヶ月―――――つっ―――」


やれやれ。
これでとりあえず静かになったね。

「あ」
それからしばらくして、佐々木を抱きしめたまま俺は一番大事なことを思い出した。
「チョコ――食べないとな」
そう言ってポケットから元は箱だったモノを取り出す。
「い、いいよ。無理しなくて」
「何が無理なんだ?」
「そ、そんな物、わざわざ食べる必要ない」
「佐々木が俺のために作ってくれたのにそんな物なわけがないだろ。
それともなんだ、味に自信ないのか?」
「い、いや!そんなことはない!絶対君の口に合うはずだ。
何度も試食してみたから間違いな・・・い」
「なら食うぞ」
「あ・・・ぅ」
そう言って返事も待たず俺は箱の中身を一欠けら口に入れた。


甘すぎない、ちょっとした苦味が口の中に広がる。
本当に佐々木は俺の好みをよくわかってくれてるね。俺の大好きな味だ。
「うまい」
「ほ・・・ほんと?」
自信なさげに聞いてくる佐々木は
まるで怒られた親に許しをもらったときのような顔をしていた。
「あぁ、うまい」
「そ、そうか。よかった・・・・・・よかった」
ただそれだけのことだったが、
佐々木はよかったを繰り返しながらまた泣き始めてしまった。


やれやれ。
喜ばせるために言ったはずなんだけどな。
とりあえず俺は愛する女性の涙を止めるべく、
もう一度キスをしてやった。


――代わりに頬は赤くなったけどね。

 

Episode-3 スウィートチョコレート

佐々木が泣き止むのを待ってから俺は唇を離し、二口目に取り掛かった――
ところで欠けらがこぼれてしまった。
「あ」
「ひゃ」
俺は佐々木を抱きしめたまま食べているので
今こぼれた欠けらが佐々木の首に落ちて付いてしまった。
「すまん」

と手を伸ばして首に残ったチョコを取ろうとして――
止めた。

「キョン?」
不思議そうに尋ねる佐々木を無視して、
俺はチョコの残された場所を舐めてみた。
「・・・え?何を・・・待っ・・・・・・ひゃぁ」
「うん、うまい」
「~~~~~~~~っ~~」
佐々木は何かを訴えるような目で俺を見ているが気にしない。
うろたえる佐々木を見ているのも乙なものだ。
ということで再び同じ場所にこぼすことにする。
そして、計算された3欠けら目は先ほどと寸分違わぬ場所に付き――
瞬間何をされるか悟った佐々木が腕の中で暴れだした。
「キョン!ダメだ、ダメだ!そ、それはダメだ。キョン!」
何がダメなんだ?
「何が・・・って。君というやつはぁ。
わかっていて聞いてるん――――――んっ!」
ワンクッション置いてから再び首筋に舌をあてがい一言。
「佐々木、次授業サボるぞ」
どうやら火がついてしまったようだね。

何度かそれを繰り返すうちに
いつの間にやら俺は佐々木を押し倒す体勢になっていた。

おかしい。
どうしてこうなったんだろうな。
「き、君がしたんじゃないかぁ」
そう今にも泣きそうな声で訴えてくる佐々木の顔は両手で覆われているため、
残念ながら見えなかった。恥ずかしがってるとこ見たいんだが。
俺は佐々木の耳元に唇を持っていって確認してみた。
嫌か?
「い、嫌とか・・・その、いいとかいう問題じゃないだろぅ。
こ、こういうのは色々順番が―――――んんっ」
「こうやってお互い気持ちを確かめ合って、キスもしたのにか?」
「だ、だって・・・それもきょ、今日したばかりじゃないか」
「そっか。じゃあ初めてづくしだな」
「あぅ、ダメだ。そんな『今日を記念日にしよう』みたいな納得の仕方は止―――めっ」
ということで初めてを心待ちにしている佐々木のためにまず――
舌を入れてみた。
「――れ―――ふぇ?~~~~~~~~~~~~~~~~!?」


参ったね。
こんな可愛い生き物が地球上にいていいんだろうか。

3分ほどの長丁場を乗り切った佐々木は若干泣いていた。
そうだな、ちょっとやりすぎたかもしれない。
「・・・もうこれ以上はホントにダメだ」
怒った?
「お、怒るに決まっているだろう!僕を・・・
こんなに好き勝手にしてくれて!」
できればもう少し好き勝手したいんだが。
「だ、だからぁ!君はいつの間にそんないやら――
自分に素直になったんだ!」
佐々木を好きになってからだな。
「あ、あぅ・・・」
「佐々木がホントに嫌なら止めるが少しでも、ほんの一握りでも
ちょっとぐらいはいいかもしれない程度に思ってるならやるぞ。
それは佐々木が決めていい」
「あ、あぁもう!だ、だいたい私なんかのどこがいいって言うんだ!
その・・・わ、私の身体なんか見てもキョンは喜ばないというかその、
がっかりするだろうし、ほら、ちっちゃいし・・・薄いし――」
最後の方がよく聞き取れなかったが気にしない。そんなの関係ないからな。
「何度も言ったと思うが俺の一番は佐々木だ。わかるな?」
佐々木はしばし黙っていたがその問いには静かに頷いてくれた。
「だから佐々木の髪が長かろうと短かろうと
胸があろうとなかろうと毛が濃かろうと薄かろうと
全部それが俺の一番になる。だから――
心配すんな」
「・・・・・・」
「何度でも言うぞ。佐々木が俺の一番だ」
佐々木はしばし黙って俺の目を見続けていたが
観念したように呟いた。

「はぁ。ホントに、もう。君ってやつは・・・
・・・・・・・・・・優しく・・・してよ」
「あぁ、優しくするよ。後悔は――
させん」
そのチョコは、なんというか、少し、いやかなり

 


甘かった。

「・・・歩けるか?」
「・・・・・・」
「手、貸すぞ、ほら」
「・・・・・・」
「あ、あれだな。保健室の先生いい人でよかったよな」
「・・・・・・」
うん、怒ってるかもしれない。
「いや、すまん。悪気はなかったんだぞ。
ただ、あれだな。人間の欲望ってのは恐ろしいな」
「・・・ひ・・・ひ・・・他人事のように言うなあ!」
今日一番の声で佐々木は叫んだ。どうやらかなりご立腹のようだ。
「つい2時間前まで『優しくするよ』と
私に語りかけたのはどこの誰!?」
ここのこいつだな。というか佐々木、また一人称変わってるぞ。
「それを君は・・・ああ、もう。
馬鹿だった。こんな獣を信用するんじゃなかった」
でも、ほら。そう言いながら最後の方は佐々木も――いや、なんでもない。なんでもないぞ。
慌てて佐々木から視線を逸らす。
やれやれ。
ちょっとやりすぎたのかもしれないね。

俺としては5限だけをサボる予定だったんだが結局、まぁ何やかんやあって
次の授業も丸々使ってしまった。だってほら、わかるだろ?
あんな佐々木を見せられて諧謔心をくすぐられない男がいようか、いやいないね。断言できる。
などと俺はまったく意味のない反語を使いながら自分を納得させた。
いや、だって本当に可愛いんだからしょうがないだろ。

どうにも情事の最中は佐々木は普段の積極的な状態とはほど遠く、なんというか
簡単に言うと――Mになってしまうようだった。
あの上目遣いは反則だと思うぞ。
そんなことを思いながら俺は横目でご機嫌ななめの少女を見ていた。
怒っているところもかわいいな。あぁ、いかん。俺メロメロだ。
その彼女もやっと落ち着いてくれたのか一息ついて俺に話しかけてきた。
「ふぅ、まあいい。いや、決してよくないけど。
過ぎたことをいちいち気にしても仕方がないからね」
「そう言ってもらえると・・・助かる」
「しかし保健の教諭が助けてくれなかったときのことを思うと・・・
キョン。ホント君は考えがないね」
「そうだな、あれは確かに助かった。
・・・かなり痛かったけど」
「間違いなく自業自得だ」
「・・・だな」


あのとき少し、かなり燃えていた俺(たち?)は
途中で保健の先生が戻ってきたことにすら気づかなかった。
正確には空気を読んでくれた先生が情事が終わるまで外で待っていてくれたわけだが。
そして終わった後で軽くお説教。

『まったく。あんたたちまだ中学生でしょうが。
しかも授業中にこんなことして。ホントなら学校にいられないわよ?』
「・・・すみませんでした」
佐々木は俺の後ろに隠れて顔を俺の背中につけたまま俯いていた。
女の彼女は恥ずかしさが半端じゃなかっただろうね。
『まぁ、今回だけは見逃してあげるから。
もう絶っ対学校なんかでしちゃダメよ!特に男の方!』
「は、はい!」
『とりあえず担任の先生には私から言っておくわ。
君たち二人が体調崩していたので休ませてたって』
「え?」
『え?って・・・あんたたち、これからなんて言い訳するつもりだったのよ。
授業サボってSEXしてましたーとでも言うつもりだったの?』
「うっ・・・」
後ろで少女が一瞬震えた。
『先生には私が連絡するのを忘れてたってことにするから。
もう。保健室のベッドをこんなことに使うなんて・・・』
そう言って先生はシーツの替えを取り出して、淡々と交換し出した。
まぁ、そりゃ今のままで使えるわけないよな。
なんて思っているとやおら先生がこっちに歩いて――

 

俺はビンタを食らった。
え、ここで?

『あ、あんたたち、初SEXここでしたの!?』
げっ。
いかん。なぜばれ・・・あ、そうか白いシーツが赤かったら映えるもんな。
と一人で納得する中、後ろの彼女は俺の制服をぎゅっと握ってきた。
『あんたねー、相手のことも少しは考えなさい!
何が悲しくて彼氏と人生初めてのHをこんなとこでしなきゃならんのよ』
それは・・その・・・逆に新鮮でいいかと・・・痛だっ!
今度は名簿で頭をはたかれた。ついでに背中をつねられた。痛ぃ。
『ホント、もう。こういうのは男が気遣わないとダメでしょうが。
女の子は惚れた男の頼み断りにくいんだから』
確かに。間違いなくそれを利用したからな。後ろでこくこくと頷いている気配が伝わった。
『それで?
避妊はちゃんとしたんでしょうね?』
「・・・・・・」
そっぽを向く俺。
『コンド○ムくらい用意しとかんかああああああああああああああああああ!』
ついに名簿の角で殴られた。教室戻る前に俺は死ぬかもしれん。
それから一しきり未装着についての説教を受けた後――
Hの際に必要不可欠なリングを二つほど貰って保健室を出た。
『これからはそういうこと気をつけなさいよ、ホントに。
できてからじゃ遅いんだから。いいわね?これは後ろの女の子も』
二人でこれ以上ないほど頭を上下させて頷くと、教諭は苦笑いを浮かべながら
『まぁでも、なんつーか。
・・・若いっていいわねー』
と呟いていた。


そんな回想をしていると、いつの間にか俺たちは教室の前まで来ていた。
考え事をしていると時間が早く過ぎるってのは本当だね。
「キョン・・・」
「あぁ、戻るぞ。覚悟はいいな」
「・・・うん、大丈夫。
後悔は――させないんだろう?」
「ああ、それは約束する」


俺たちは二人で教室のドアを開けた――

 

 

Episode-4 キョンのりんご飴

教室に佐々木と二人で戻ると、それまであちこちから聞こえてきた声が嘘のように室内が静まり返った。まぁそうなるよな。
今まで何してたの、と聞かれないのは助かる。非常に助かる。
そんな雰囲気の中で真っ先に言葉を切り出したのは
事の発端、全ての元凶である、佐々木のチョコレートを踏みにじってしまった、
俺の八つ当たりでちょっと頬の腫れた男子だった。
まぁ実際にチョコを踏んだのは俺なんだが。

「佐々木。その・・・あの・・・」
男子は言いにくそうに、罰が悪そうに下を向きながら言葉を紡いだ。
「・・・・・・本っっ当にごめん!」
開口一番そう素直に謝ると目の前で手の平を合わせ、
まるで佐々木を拝むかのように頭を下げた。
その様子を見ていた佐々木は一瞬微笑えんで、天使のような透き通った声で
「そんなに気にしないでくれ。僕の方こそさっきは取り乱したりしてすまなかった」
あっさりとそう言った。慈しむような、本当に綺麗な声だった。
「へ?いや、でも・・・俺、マジでひどいことしちゃって。その・・・なんつーか
初めはそこまであれだったんだけど、その、キョンにさ・・・」
思いがけず、速攻で佐々木に許されたのが逆に戸惑ったのか、
なおもその男子は謝罪を続けようとしていた。
むしろこの先を話されると俺が謝らなくちゃいけなくなるんだが。いや、ちゃんと後で謝るぞ。
しかしそんな男子の謝罪の言葉は、佐々木によって遮られた。
「おや?君は被害者が気にしないでくれと言っているのにまだ納得がいかないのかい?
むしろ僕は今では君に感謝の念すら浮かんでいるよ」
佐々木にしては珍しくいたずらっぽい声でそう言うと、一部の女子集団へ顔を向けて
小さく、ではあったがしっかりと――左手でVサインを作っていた。
やれやれ。
参ったね、仕草がいちいち可愛らしい。
その瞬間、限界までダムに溜まっていた水が堰を切って溢れ出すように――


室内が興奮のるつぼと化した。

『よかった・・・本当によかったわね、佐々木さん!』
『いいな、いいな!』『憎い!バレンタインが・・・俺は憎いっ!』
『はいはい。カップルカップル』『キョン先生!女の落とし方を教えて下さい!』
『女神は他人のものになった時点で女神じゃねえんだよおおおおおおおお!』
教室中に阿鼻驚嘆の声がこだまする中、
「はい!それでは彼氏さんの方からみんなに何か一言!!」
勝手に盛り上がった余計な煽り屋が矛先を俺へと向けた。
その瞬間、教室中の視線が一斉に一箇所へと注がれる。
やれやれ。
俺はこのまま視線で殺されるんじゃないのか。

なんと言ったものか悩もうかとも思ったが、これ以上恥ずかしがっても仕方ないので
俺は思っていることを素直に口に出すことにした。
「え~~」
そんな何か長台詞をしゃべるときの常套句で間を持たせながら、
目の前の、俺を不安げに、期待するような目で見上げている少女を一瞥した。
心配するな、佐々木。
俺は佐々木に微笑みかけ、右腕をその彼女の背中に回し、こちらに引き寄せながら
クラス全員に聞こえるような声で簡潔に言ってやった。


「というわけで、佐々木はもう俺のだからお前ら手を出すなよ」
そう言って、俺は
佐々木と今日数十回目になるであろうキスをした。
その瞬間、
目の前の少女は何かを爆発させたような音を奏でていた。
いやー赤い。赤いぞ佐々木。
こんな赤いと今ならりんご飴として売れるんじゃないだろうか、などと考え――
る暇はなかった。なぜかって?


教室中も爆発したからな。

『キャーーーーーーーーーーーーー!!!何それ!?何それ!?』
『うわー。ありゃ落ちるわ』『大胆・・・』
『クールな奴ほど・・・って奴ね。恐ろしい男』
『普通の奴ならキモいけどキョン君ならいいか、なんて・・・』

後で聞いた話によると、
どうやらこの瞬間女性の俺に対する株価は急激に上昇したようだった。
それに対して男性陣の評価はというと――

『てんめえええええええええええええ!!!』『何、あのイケメン』
『母さん、俺は今なら憎しみで人が殺せます』
『テラカッコヨスwwwwww』
『誰か、誰か助けてください!この教室異臭がします!』
『キョン先生!いや、師匠!』
『止めるなよ。あの野郎がこれ以上何かしやがったら
佐々木にゃ悪いが抑え切れねェ』
『止める? 私がか? 大丈夫だ。おそらくそれはない』

・・・どうやら賛否両論だったらしい。
教室では即興コントが始まったり、上履きで頭を叩いたような音が響き渡っていたのだが
当の本人たちはそんなことを気にする余裕も、興味もなかった。
教室全体が夢心地の中、俺の腕の中で子猫のように丸まっていた少女が
俺の胸に顔を押し付けたまま話しかけてきた。
「あ、あの・・・時にキョン」
ん?
「そ、そのぅ。そろそろこの腕を外してはくれないだろうか」
嫌なのか?
「い、いやじゃない!嫌なわけがない!行為自体は・・・む、むしろ非常に喜ばしいものだが、
その、このままでは、色々な意味で、その――」


私が――もたない。
俺は一人称の変わった佐々木の、やけに多いあのその言葉に耳を傾けながら笑って
もう一方の空いていた腕を佐々木に絡めて強く抱きしめてやった。
同時に、
少女は本日二度目の爆発を起こしていた。
やれやれ。
この様子だと何を言っても聞こえないだろうな、と思いながらも
俺はそんな愛らしいりんご飴に追い討ちをかけるべく、耳元に唇を近づけて言ってやった。
佐々木――。

 

「大好きだ」

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最終更新:2013年03月03日 01:42
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