15-242「キョンと佐々木とハルヒの生活 3日目」

△月×日
ハルヒを保育園に送った後、自転車を漕いでいたら意外な人物に声をかけられた。
「キョンくん、ひさしぶりね。」
その声は…
「朝倉?」
「お、ちゃんと私のこと覚えていてくれたか。感心ね。」
スーツ姿の元大学の同級生はいたずらっぽく笑った。
「まあな。」
「結婚生活はどう?娘さんがいるんだって?」
「うん。これがまた、誰似たのかじゃじゃ馬でねー。」
「でも、顔が笑っているわよ。親馬鹿してるんじゃない?」
「ばれたか。」
ちなみにこの朝倉というのは俺たちの大学時代のマドンナだ。
同級生の谷口なんかは顔よし性格よし成績よしのAA+ランクとか言って、ずいぶんと熱をあげていたものである。
「ところで、お前は今日は仕事か?」
「うん。」
スーツ姿の同級生を眺めると、時がたったという実感が沸いて来る。
「お前はたしか大手のコンビニに就職したんだっけ?」
「そう。でも、あらかじめ断っておくけどバイトじゃないわよ。」
「わかってるよ。今はどんな仕事をしてるんだ?」
「今は商品企画の仕事をしてる。」
「何の商品?」
「おでん。」
「おでん?」
そう聞き返した俺の口調が気に食わなかったのか、朝倉はすこしムキになった。
「ちょっと、その言い方は聞き捨てならないわね。
おでんといえば冬のコンビニの主力商品よ。
ただでさえ差別化の難しいコンビニチェーンの間で、もっとも個性をアピールできる重要な商品なんだから。
そもそも、おでんっていってもね、その奥は非常に深くて――」
と、こうして20分ばかり熱くおでんトークを聞かされた。
しかし、かつては大学のマドンナとして名を馳せた朝倉がおでんについて熱く語る女になってしまったか。
…28歳独身、この先の道は険しいな。

と、朝倉に会ったあと遅刻ぎりぎりで役所に着いた俺はいつもどおりの業務をいつもどおりにこなし昼休みを迎えた。
というわけで、飯でも食いに行くかな。
基本的に俺は昼飯は役所の近くの長門屋という食堂で食うことが多い。
「いらっしゃいませー。」
店に入った俺にそう明るく声をかけてきてくれたのは喜緑さんだ。
この人結構いい年だと思うのだが、どうやらまだバイトのようで
「ここでバイトしているのがばれたらまずいのでよそでは言わないでくださいね。」
と口止めされている。
その割には店にもいつもいるので、バイトしているのがばれたらまずいという先が非常に気になる。
その正体が非常に怪しい人だ。
「いらっしゃい。」
それから、数テンポ遅れてこの店のオーナーである長門有希が言葉を発した。
客商売をやるにはおよそ無愛想過ぎると思うのだが、なぜか人気があるようで、この店はそれなりに繁盛している。
ちなみに長門とは大学時代からの知り合いで、俺が市立図書館で試験勉強をして閉館まで寝てしまったときに(勉強していないという突っ込みはなしだ)本を読みながらにいすに座って根っこでも生えたように動かなかったのが長門である。
そこで、閉館時間だぜ、と声をかけてしまったのがきっかけで俺が図書カードを持っていないこいつの図書カードを代わりに作ってやるはめになった。
それ以降、図書館で会うたびにぽつぽつ話すようになり、就職してから近くの食堂にいったらこいつがいたというわけである。
「注文は?」
必要最小限しかしゃべらないが、べらべらしゃべられるよりも俺としては居心地がいいのでこの店によく来るのである。
「えーと、それじゃカレーで。」
「わかった。」
普通はもう少し愛想のある受け答えをすると思うのだが、まぁ長門らしくていい。
「出来た。」
えらい早いな。
まぁ、この早さが長門屋の魅力だ。
「ん?隣の人より量が多くないか?」
「サービス。常連さんの。」
そうか。
まぁ、こうやってサービスしてもらえるから俺も通っているんだけどな。
こんな長門であるが完全に無表情であるわけではない。
俺が結婚すると言った時は少しだけ悲しそうな顔をした。
ああ見えてもあいつも女の子だから、俺みたいなやつに結婚の先を越されたという事実にちょっと思うところがあったんだろうな、きっと。

飯を食って、いつもどおりの仕事をいつもどおりにこなすと5時ジャストに終業だ。
そこから俺は自転車を漕いでハルヒを迎えに幼稚園に行く。
仕事の後に朝比奈、じゃなくて娘の顔を見ると疲れもふっとぶってもんさ。
そう思いながら、保育園に付くと一人の保父が花に水をやっていた。
この男は藤原といってどうやらここの園長の息子かなんかで、いやいや保父をやらされているらしい。
そのせいか非常に態度が悪い。
憎ったらしい顔をしながらパンジー畑に水をやっている。
こんな悪態ばかりをつくような男の子供たちからの人気はというと―
「あ、パンジーだ。」
「パンジー、パンジー」
「おい、こら誰がパンジーだ!」
「パンジー!」「パンジぃー」「パンジーーー」「ポンジー」「パンジー」
「誰がパンジーだ!っていうか今誰かポンジーっていわなかったか?」
「ポンジー、ポンジー」
「ええい、人をまるで愛媛県民みたいに言うんじゃない!」
「えー、ちがうのー」
「当たり前だ!」
「じゃあ、みかんの産地といえば?」
「愛媛。」
「やっぱ愛媛だー!」
「違うって言っているだろ!」
「日本の温泉といえば?」
「そりゃ夏目漱石の坊ちゃんの舞台になった松山の道後温泉に決まっているではないか。」「やっぱ愛媛だー」
「だから違うって!」
「甲子園の常連といえば?」
「もちろんそれは愛媛県はタオルの町、今治西高校に決まっているだろうが!」
「やっぱ愛媛だー」
「だから違うといっているだろうが。これだから子供は…」
どうやらポンジー先生は大人気のようだ。

ハルヒを自転車に乗せて帰ってくると、家の前に見覚えのあるワゴン車が止まっている。
ということはあいつが家に来ているのか。
「ただいま。」
「おかえりー。」
やはり思ったとおりヨメのほうが先に帰っていた。
そして、
「あら、おかえりなさい。」
「ただいま。っていうかお前来ていたんだな。」
「あれ、迷惑でした?」
そううそぶいてわざとらしく微笑んでみせるこの女の名前は橘京子。
うちのヨメさんの職場の後輩だ。
とはいっても、学部卒で就職したヨメさんと違って、院卒で就職しているため後輩とはいえ1個年上である。
それでも、うちのヨメさんが仕事の出来る女だったためおとなしく後輩としてなついているというわけである。
「相変わらずお早い仕事のお帰りですねー。ちゃんと働いているのかな?」
むっとする俺の心を察したのか
「橘さん。」
ヨメさんから制止のお言葉が入った。
「はい、すみませーん。」
ぜんぜん反省してるように聞こえんぞこら。
そして、普段は物怖じしないくせに人見知りのハルヒは俺の脚にしがみついたまま黙っている。
「ほら、ハルヒも橘さんにご挨拶。」
「…こんにちわ。」
ヨメさんに捉されてやっと言葉を出した。
「あぁ、そうだ、キョン。ちょっと夕飯の材料に買い物をし忘れたものがあるんだ。悪いけど、買いに行ってくれないかな?」
ああ、いいよ。
どうせ橘にとっては俺はお邪魔虫だからな。
この橘はヨメになつくのはいいが、半分宗教の領域に達してるんじゃないかと思うほど心酔している面があって、俺のことは結構疎ましく思っているらしい。
というか、結婚するといったときなんでこんなボンクラと、と言われたしな。
「じゃあ、買い物行くぞハルヒ。」
ハルヒは黙って付いてきた。
「いってらっしゃい。」
やれやれ。

「ほんと佐々木さんはなんであんなのと結婚したんですか?佐々木さんくらいの人ならもっといい人と結婚できただろうに。」
「橘さん、私は結婚して名前は変わったから佐々木じゃないよ。」
「いーえ、私にとっては佐々木さんは佐々木さんです。っていうか、私の質問をはぐらかさないでください。」
「わかったよ。じゃあ、聞くけど私にふさわしそうな人ってどんなひと?」
「うーん、仕事も出来て、かっこよくて、お金持ちで…例えばうちの会社の古泉さんとか。」
「くっくっ、キミのライバルグループのエースをおすすめするのかい?」
「それは、それ。これはこれですぅ。」
「古泉くんとは確かに話はあうだろうし、キョンよりもお金は稼ぐだろうね。」
「じゃあ、なんであんな人と結婚したんですか?」
「あんな人とずっと一緒にいたいと思ったからだよ。」
そう言って俺のヨメは笑ったらしい。
その場にいなかったのが残念だ。

『キョンと佐々木とハルヒの生活 3日目』

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最終更新:2007年08月17日 23:04
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