66-545 ルームシェア佐々木さんとキミの耳

「なあ親友、そろそろ俺の背中から離れてくれんか」
「くく、お構いなく」
 大学生活の拠点、ルームシェアにおける「居間」相当の部屋、
 俺の背中にぺたりとはりつき、右肩に顎を預けるようにして佐々木は喉奥で笑っている。
 俺と佐々木は親友であり、性差と言うものは無い。だからこそ出来るというお気に入りのポーズらしいのだが

「ん、だからな」
「何かなキョン?」
 ここ最近は更に問題行動が増えやがってな。
「佐々木、く、だから、お、俺の耳をくわえるんじゃない!」
「くくく、お構いなく」
「構うわ!」
 すると背中に張り付いたまま、佐々木は「解ってないなあキョンは」とでも言いたげな声で電波話を切り出した。
 いつもの言葉の弾幕に備え俺はじんわりと身構えたのだが

「僕はね、キミの耳というものをとても好ましく思っているんだ」
 さすが佐々木、余裕で俺のガードの上を行きやがった。

「妙な趣味を打ち明けるな。リアクションに困る」
「そうでもないよキョン、キミのこの器官は僕とのコミュニケーションにおいて非常に有益な役割を果たしている」
 背中に張りつき、佐々木は俺の耳にやんわりと舌を這わせてくる。
 コラ中耳炎になったらどうしてくれる。
「無論、責任を取ろう」
 通院費でも払ってくれるのか。
「くふふ、生涯収入の半分ならどうかな?」
「そんな重症まで想定しとらんぞ」

「くく、話を戻そう。僕の声をいの一番に受け取ってくれるのはこの器官だろう?
 特に僕は長広舌を振るうことも珍しくはないからね、ここ最近では最も占有し疲労させているとも言えるだろう。
 だからこそ、僕の発声器官でキミの受信器官を癒したい、と、こういう訳さ」
「無理やりな理屈もここに極まってきてないか?」
 あと手を俺のシャツの中に入れるな。

「くく、ならば振りほどいてくれないか?
 今の僕にはこの甘美な行為を留めるだけの余力はないんだ。
 僕が常に理性的にありたいと考えているからのだが、この行為は理性を消耗させてしまうからね。
 何故なら常に、あー、そうだ、視床下部からの反応に耐える必要があり、故に対立する理性が消耗するのだよ。
 なんといっても視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚を動員して責めるのだ、この誘惑はまさに甘美なる拷問と言っていい。
 全く何故こんな行為に手を染めてしまったのだろうね?
 しかしいまさら発端を見直す事になど意味はないとも考えているんだ。
 それを考え始めれば、そも『キミと出会わなければ良かった』という点まで遡る必要があるように思えるからね。
 生憎、僕は何度やり直してもキミと出会いたいし、失いたくないし、分かち合う事すら断じて御免なんだが
 実際そのように事が運ぶかなんて保証の限りではない。
 そんなランダムで失ってしまいたくないんだ。
 これはそうX染色体を2個持つ人体の不思議と言うか
 あーそうだ、ともかく理性への拷問と言っても差し支えない行為である事だけはキミにも理解して欲しい。
 もし理解してくれないなら、身体で解らせるしかないとはさて誰の言葉だっただろうかね?
 この悪甘い楽しみ、いやおっと拷問だったか、から抜け出す事を考えるよりも、適応する事を考えようと思う。
 人間は環境適応能力に優れた生き物だからね、人類の一員として僕は精一杯適応しようと考えている。
 これは僕の理性へのちょっとした拷問であり、キミは素敵な刑吏であると言わざるを得ないな。
 キョン、キミは理性の権化でありたいこの僕をどれだけ苦しめれば気が済むのかね?」
 おい俺が悪役か?

「耳元で長々と妙な理屈を囁くな佐々木」
「くく、僕としては実にまっとうな理屈のつもりだが? それともまさか」
 佐々木は俺の耳を軽く唇で甘噛みしつつ、吐息を漏らし、或いは軽く音を立て舌を這わせてくる。
 その最中も俺の背から身を乗り出し、戻し、二人の体ごとゆらゆらと揺らして楽しんでいる。なんだ揺り椅子か俺は。

「まさかキョン、キミの理性こそ本能に屈しそうだ何て言わないだろうね?
 いけない人だなあ。キミが屈してしまっては、僕の理性まで諸共に巻き添えになってしまうじゃないか」
 やめろ、変な声が漏れそうだ。

「くっくっく、それもまた僕の胸を満たしてくれる。ぜひお願いしたいね」
「男の変な声なんか聞いて嬉しいのか」
「違うね。キミのだから良いのさ」
 僕の唯一の親友だからね、と続けて囁く。
 中学時代、いや高校時代とも少し違った甘めな囁き。そういえば佐々木と囁きって何か似てるな。
 おそらくこれが違和感を作ってるんだな多分。

「まあ声を受信し処理するのは究極的には脳だ。しかし流石にキミの脳を労わってあげる事は出来ないしね」
「少なくとも今の状態から解放されれば俺の脳は非常に休まるぞ佐々木」
「いやいや、脳を究極的に休める手段といえば睡眠ではないかな?」
 こんな有様でも眠れるのはきっと長門くらいだ。
 そう言ってやると、空気が変わった。

「ほう……いや、深読みするのはよそう。キミがそういう鈍重な感性である事は誰よりも理解しているつもりだ。
 だが中学時代からそうやってキミを甘やかしてきたのも僕である事は否定できない。
 しかるに僕はキミに対し責任を取るべき立場でもある訳だ」
「なんだその三段論法」
「そしてキミは、そうやって僕の心に負担をかけた責任を取るべき立場でもある」
 四段論法って何で言わないんだろうな?
「別に三段に限定されている訳ではないよ」
 左様か。

「まあキミの発声器官が僕を癒してくれているのも事実だが」
 こら佐々木、だから俺の耳をな。
「そうだよキョン、もっと僕の名前を呼んでくれ」
 俺を抱きしめる両腕に、ほんの少しだけ力が増した気がした。

「キョン、僕はキミの名前を呼ぼう。だから僕の名前を呼んでくれ」
「そんなんで良いならいくらでも呼んでやる。だからな、佐々木」
「そうだよ、もっと呼んで」
 俺の背中に張り付いたまま佐々木は言う。
 ほんの少しだけ震えた声で。
「ねぇ、キョン」

「キミの名を呼んだら、キミが僕の名前を呼んでくれる」
 耳たぶを軽く甘噛みしてくる。
「手を伸ばせば、触れられるところにキミがいる」
 ぎゅっという擬音を感じるほど、俺と佐々木が密着する。
「ただキミが傍にいてくれる。それだけで、それだけでいいんだ」
 そっと囁き、しばらく黙っていたかと思うと、ゆっくり、くつくつと喉奥を震わせはじめた。

「ふ、くく、キョン、僕は実に単純な感性を持っているのだと痛感するよ。
 それだけでどこまでも僕の心は満たされてくれる。自分はとても強い人間だと錯覚できてしまう」
 ぽたぽたと右肩辺りに温かいしずくを感じる。
「キミが居なくても平気だと自分を信じられるくらいに、ね。
 そうとも、キミと一緒なら僕は最強なのさ。だからキミが居なくても平気だと思えて、けれど実際にキミが居ないと……」
 言葉は尻すぼみに消えて、嗚咽に変わってゆく。
 やめろ。それはお前に似合わんぞ。

「佐々木」
「言わないでくれ」
 首を回そうとした俺を留める。
「解るよ。けどキミの指摘を僕は望まない。その僕の望みをキミは良く知っていてくれるだろう?」
 話を続けさせてくれないか、と言い足す。
「あー、そうだね。僕はただそれだけで充分だったんだ。けれどそんなの甘えだって思い決めた頃があった」

「恋愛感情は理性的判断を狂わすノイズ、精神病だ。
 けれど中学時代に高校時代も、僕の理性は恋愛感情に決して負けなかったぞ。
 例えキミを涼宮さんに取られると思ったって、それでも僕の理性も、気持ちも、ノイズに負けなかった」

「僕は、後悔なんてしなかった」

「そうさ。別に僕は後悔なんてしなかったさ。『僕』はね。『僕は後悔なんてしなかった』」
 俺の肩に、佐々木が作った温かい染みが広がってゆく。
「だって僕が自分で決めた事だったんだ」
 俺は振り返らない。それを絶対「佐々木」は望まない。
「自分で決めた事だから、だから、どんな甘い言葉にも望みにも絶対に乗ったりしないって決めてた」
 代わりに手を握る。それくらいなら頑固なこいつも拒まないだろう。
 握った手はやっぱり小さくて、言葉と裏腹すぎるとさえ思える。
「だから二度と手に入らなくても構わないとさえ思った」
 だから二度と離してやりたくないとさえ思える。

「けどね、キミは、僕を親友って呼んでくれた」
『僕は特別なんだって言ってくれた』

「キミは同窓会で会おうって言ってくれた。キミは同窓会まで僕に考える時間をくれた」
 しずくが止まり、佐々木はふうっと長く息を吐いた。
「だから、僕はここに居るんだ」
『とっくの昔に諦めていた僕に、キミは考える時間をくれたから』
 ……へっ、まったく俺の親友は困った奴だぜ。

「そんなご大層な事を言ったつもりはねえよ、佐々木」
 強いのはお前自身だ。俺なんかより万倍できた人間だからな。
「そうかい。なら僕が勝手に電波を受信したものだと思っていてくれたまえ」
「電波状況が悪いならアンテナでも増設しろ」
「くく、キミがそれを言うかな?」
 なんのことやら。

「ならキミのアンテナを磨いてあげよう」
 佐々木の手が再びシャツの中へと伸びてきて、俺の左胸をそうっと撫でた。
 こらやめろ佐々木、つうかアンテナってそこなのか佐々木。

「くく、循環する血液を電波に例えてみたまえ、ならばそれを動かす心臓は、人の心を受信するアンテナなのさ。
 心が心臓を動かし、心臓は血を走らせ、血はキミの身体を突き動かすだろう?
 そしてキミのアクションが、止まりかけた僕の心をまた動かす。
 そうやってループする、ちょっとした永久機関だね」
 笑声が俺の耳を震わせる。

「声を受信するのは耳、心を受信するのは心臓、さて」
 くそ振り向かなくても解る、解ってしまう。
 こいつは絶対に片頬を歪めて笑っているに違いない。いつもの佐々木スマイルが目に浮かぶ。
「では僕のとある受信、いや次世代への発信器官でもあるね。僕に遺伝子上装備された器官の話なんだが……」
 口内でたっぷりと温められた吐息が、そっと俺の耳元をなぞる。
 そのまま二人、無言のまま。

 やおら乗り出してきた佐々木の頬が、俺の頬をぐりぐりと押しやる。
 柔らかいな、つうか熱い。いや俺も熱い。めっちゃ熱い。
 俺の背中に張り付いたままで佐々木は笑う。

「何すんだ佐々木。顔面美容体操なら自分の手でやれ」
「嫌だね。せっかく目の前に最高の美容ローラーがあるのだから使わない手はないだろう?」
 俺の頬にそんな効果はねえよ。マジで。

「まあアレだね」
 どれだ。
「正直これが限界だ。発火しそうだよ」
「人の背中で発火すんな。俺まで燃え上がるだろうが」
「できれば燃え上がって欲しい気もするよ? けど確かにそれは僕らのキャラじゃないね」
 燃え上がって炭になるより、当分は陽だまりで十分だ。
「くっくっく」
 何だよ。

「それに今回、触れられる距離、キミの声、それだけで満たされると言ってしまったしね。ここは引き下がるとしよう。
 ううむ会話の組み立てに失敗してしまったかもしれないな、やはり僕は演技派とは言えない」
「でもな。その判じ物、パズルみてえな会話でこそ佐々木って気もするぜ」
 噛みあってるような噛み合ってないようなやり取りの方が俺ららしいさ。
 そうだろ親友。

「そうかな? でも僕自身はとてもキミ相手に演技なんか出来ないと思っている」
 佐々木は大きく伸び上がり、逆さまに俺の顔を覗き込む。
 昔と同じ輝く瞳と、昔よりもずっと甘い微笑みで。
「くく、実に困ったことなのだが」

「キミと一緒に居る時は、僕はどうしても素直になりたくなってしまうからね」
 そう言って、佐々木は自分こそが世界で一番幸せなのだ、とでも言いたげな顔で笑ってみせた。
 いつも笑顔なくせに、いつもの笑顔すら霞むくらいに幸せそうな笑顔で。


「……キョン?」
 と、伸びてきた佐々木の顔、両耳辺りを両手で捕まえてやる。
「あのね、今、その」
「いやな、お前の泣き顔って結構レアだなと思ってな」
 見る見るうちに再び茹でタコばりに真っ赤になってゆく。ふははザマをみるがいい佐々木。
 じったんばったんやろうとも、そう簡単には離してやらんぞ佐々木。
 俺が手を離さなければお前も離れられまい佐々木。

 すると佐々木は一旦腰を引き、両手を差し出し、思い切り前へと踏み込む。
 反射的に手を離すと、そのまま両手のひらを床につけながら腰を跳ね上げ、見事くるりと回転して見せた。
 すたんと見事極まりなさすぎる前転、佐々木的な転回。
 思わず俺の拍手がこぼれる。

「体操漫画の主人公か何かかお前は」
 呆れたような俺の声、親戚の小学生みたいに得意げな笑顔を浮かべて佐々木は返す。
「そうとも、今度の僕は主役なのさ」
「なんだ前に何かやってたのか?」
「さて何だろうね」
 そらっとぼけやがる。

「そうだね、僕は解り易い敵役なんかしたくなかった。だから」
 ニッと弦月の微笑を漏らす。

『待っていた。キミの非日常が終わってしまうその時まで、僕の修学が終わるその時まで、ずっと我慢していたのさ』

「だから、今度は僕が主役になれる時を待っていたのさ。それが僕なりのコペルニクス的転回なのだよ」
「物好きな地動説もあったもんだな。イマヌエル・カントも大笑いだぜ」
「くく、解ってくれて嬉しいよ」
 座った俺といつもの判じ物めいた言い合いをしつつ、立ったまま佐々木は舞台挨拶でもするように腰を曲げ
 俺の耳にそっと唇を添えて囁く。

「さてキョン、今度は僕がキミを巻き込んであげよう」
 中学時代とも高校時代とも違う甘い囁きを吹き込み、それから俺を覗き込む。
 昔とちっとも変わらない楽しげな瞳で。
「僕とキミとの物語にね」

「さ、行こうじゃないか」
「おいおいどうした」
 手を引き、俺を立ち上がらせる。
 レポートの束を持ちながら、佐々木はニヤニヤと笑ってみせた。

「せっかくの休みだ、小さな部屋に留まっている事は無い。レポートでも書きに図書館に行こうよ」
「おいおい休みくらい満喫させろ親友」
 すると佐々木は喉奥で笑い、いたずらめいた瞳を見せる。
「くく、昔言ったろう? 僕は大学に入ったら死ぬほど楽しんでやるとね。その為に蓄積を重ねてきたのさ」
「それが楽しいのか? 俺とお前で『楽しい』のベクトルにえらい違いがあるな」
「そうだね」
 片頬を歪めてニヤリと笑う。

「だから一緒に居たいのさ。違うからこそ新しい世界が見える。世界が広がる快感は、君も知っているだろう?」
「へいへい、察するにレポート書いたら次は俺が楽しませる番って訳だな」
「そういう事さ。僕がキミに、キミが僕に、ってね」
 ガチャリを音を立て扉が開いていく。

「……いつか、僕はオリジナルの思考・概念を後世に残したい。それは『僕がここにいた』証であり、僕の夢だ」
 ふと間口で立ち止まり、佐々木はこちらを見上げてくる。
「そして今、僕はここにいる」
 ただ、まっすぐに見つめてくる。
「急流に揉まれる木の葉のような感情と一緒にね。そうさ『僕がここにいる』と実感している」

 佐々木は以前、自分は理性的にありたいのだと言った。
 感情、特に恋愛感情は心を乱す。自分は理性的にありたいから、そんなものに価値は見出したくないのだと。
 だが理性的にありたいと熱く語るあいつの姿は、傍から見れば感情的な姿そのものだった。
 そう、こいつはこれで結構感情的な奴なのだ。

 どこまでも理性的にあろうとする奴だから、ならそれを俺は尊重してやりたいと思ってきた。
 それが佐々木の為なのだ……そう思ってきたはずだった。

 それがいつしか、俺はこいつの心を揺らしてやりたいと思うようになった。
 あいつが理性なら、俺は感情だ。俺はこいつの心を、感情を、引っ張り出してやろうと思うようになった。
 ま、明確に言うならあの春の事件以降だけどな。

 こいつはどこまでも俺の味方でいようとしてくれた。なら俺だってこいつの味方でいようと思った。当然だろ?
 例えこいつ本人が嫌がっても、お前の弱さを今度こそ知った以上、俺はお前の味方でいたい。
 心の揺れる楽しさをお前に教えて、一緒にそいつを楽しみたい。

 中学時代、お前はどこまでも平穏な一年を俺にくれた。
 いつでも隣で笑って、平穏な世界に喜びを一つ一つ見つける楽しさを語ってくれた。
 高校入学後、俺はドタバタな三年を過ごした。手を引っ張られ、手を引いて
 世界に自分たちの手を突っ込んで、引っ掻き回す楽しさを知った。

 二つの価値観、二つの視点、俺は「前者であれ」とハルヒを説得しようとして、結局後者にどっぷり浸りきった。
 それから年を経て、もう一度穏やかな時間を過ごしたからこそ解るものがある。
 それはどちらが上とかそんなもんじゃない、どっちも楽しいんだってな。

 いい加減だ? 知るかよ。
 価値観に上とか下とかつけたってしょうがねえんだ。心の有り様一つで受け止め方は変わっちまうんだしな。
 価値観は人の数より多い、だから今度は説得じゃなくて共有したい。
 俺が知った喜びを、お前にも知って欲しい。

 喜びってのは、知ったら共有したくなるもんだろ?
 人間ってのは人の間で生きてんだ。

 俺を世界で唯一だと言ってくれたお前に、報いられる俺でいたい。
 お前が「理性」で一人で勝手に結論出したって、俺は感情で「もっと楽しい事があるだろ?」って言ってやりたい。
 そうさ。お前にあんなセンチメンタルな顔は似合わない事くらい知ってるんだぜ。
 お前の味方でいたいんだ。そうだろ? お前だってそうしてくれた。
 お前こそ、俺の味方であろうとしてくれたのだから。

 だから、俺だってお前の手を取っていたいのさ。

「……当たり前だろ。お前はここにいる」
 ぽんと頭を撫でてやる。
「佐々木、お前は俺と一緒にここにいる」
「うん」
 佐々木は満面に笑い、まるで喜びを発散するようにくるりと回った。
 だが無理だ。どう見ても発散なんかしきれないぞ。
 お前はどこまでも幸せそうだ。

「さあ、キョン」
「おうよ。佐々木」
 さて、そんじゃ一緒に行くとするかね。俺と佐々木の物語とやらにな。
                                         <ルームシェア佐々木さんシリーズ 完>


「ところでキョン」
「ん?」
 居間であぐらをかき、本を読む俺の前まで寄って来て、佐々木はじんわりと笑いながらこちらを見つめる。
 なんだ、何かあったか?

「……僕は負けなかったぞ。キミへの感情で、理性的判断を、進路を曲げはしなかった」
 得意げに笑う。ああそうだ、まるで妹が「よく頑張ったでしょ?」とにっこり笑う時に似ている。
「そうやって遠回りしたって、涼宮さんに先行を許したって、散々くじけそうになったって、僕は決して僕に負けなかった」

「着地地点はちゃんと決めていたからね。……僕は、僕に負けなかったぞ。キョン」

「……そうだな。お前は負けなかった」
「ん」
 ぐいぐいと頭を撫でてやると、佐々木の顔が悪ガキの笑みへと変わった。
 まったく笑顔のストックが多い奴だ。
「……キミをこの大学まで導いてくれた涼宮さんには感謝しているよ。だから勝負の二文字を以ってお礼をさせてもらうさ」
 物騒な奴だな。
「くく、だって僕は涼宮さんの対面なのだよ?」
「そうだったな」

「けどね。今は少しだけこうさせて」
「おいこら」
 あぐらをかく俺の背後に回り、佐々木はとん、と自分の小さなあごを俺の頭上に乗せる。
 痛いぞ佐々木。

「いいだろ、このくらいの役得は許しておくれよ」
 言ってあごをぐりぐりとやりつつ、ぎゅっと両腕を俺の首に回す。ああ、まったく、またこの格好か。
 俺の背中にぺたりと張り付き、くつくつと佐々木は笑う。
「佐々木、お前な」
「いいだろ」

「だって僕はご褒美をもらう権利があるのだからね。そうだろキョン?」
)終わり

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最終更新:2013年02月26日 22:24
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