68-165「佐々木さんのキョンな日常 放課後四重奏」

 「キョン、クラブ活動をやってみないか。」
 入学敷から二週間が過ぎ、高校生活にもある程度馴染んで来たと感じられるようになった、ある日の昼休みのことだった。
 俺と佐々木は、向かい合ってよもやま話をしながら、昼食を食べていたが、それが終わったあと、唐突に俺に提案してきた。
 「クラブ活動?またなんで?」
 俺と佐々木は中学時代、クラブ活動なるものをやったことがない。前にも述べたように、俺は中学二年生まで、ひたすら遊び
続け、3年生になってからは塾通いでそんな暇はなく、佐々木は中学校3年間塾通いでクラブなど無縁の存在だった。
 「君のこの前の言葉じゃないが、中学校時代と同じことを繰り返すのはつまらない。少しは変化が欲しいところだ。それで思い
ついたわけだが、クラブ活動などやったことがない僕らが何かやってみるのも一興だと思う。」
 「佐々木、お前塾には行かないのか?」
 「今はまだ様子見だね。授業の進展とレベル具合を見てからだ。遅くとも5月半ばまでには結論を出すよ。それにキョン、君も
しっかり勉強しないと、君の御母堂がまた君を塾に放り込むと言われるよ。僕にとっては、君と塾通いを再開するのは悪い話でも
ないのだが。」
 そうならないように努力はするつもりだが。
 「ただ、塾に行くにしても、毎日行くわけじゃない。クラブ活動に参加するぐらいの余裕はあると思うよ。幸い、この学校は
文化系・体育系双方クラブ数は充実している。同好会も少なくはない。新入部員の勧誘も本格化していて、各クラブは見学や体験
入部を受け付けている。今日から僕はクラブを回ってみるよ。」
 好奇心旺盛で、興味のあることはとことん調べる佐々木らしい。こいつの博識ぶりを形成したのは、紛れもなくその二つである。
 「俺も一緒に回ろうか? 」
 「いや、とりあえずはひとりで回ってみるよ。その中で、僕と君に合いそうなクラブがあったら君に教えるよ。」
 その日から、放課後、佐々木のクラブ活動見学会が始まった。翌日になると、佐々木は俺に各クラブで体験した事や、特徴や
印象を俺に話してくれた。ただ、佐々木のおメガネに叶うクラブはなかったようだ。
 程なくして、クラブ活動を全部見学している新入生がいるとの噂が学校中に広まった。その新入生がかなり美人な女生徒だと
いうおまけ付きでだ。
 その噂が俺の耳に入ってきたとき、ごく自然に佐々木のことだな、と思った。客観的に見れば佐々木は人目を引くような美人で
あり、俺の親友であることがもったいないぐらいの存在である。噂されるのはある意味当然のことだ。

 この時、俺は少々勘違いをしていたことを、あとになって知ることになる。
 佐々木がクラブ廻りを始めて何日か過ぎたある日の朝、登校途中で佐々木と合流したのだが、佐々木が「今日の放課後、付き合って
くれないか、キョン。」と言ってきた。
 「ちょっと気になるクラブを見つけたんだ。放課後見学に行こう。」


 その日の授業はつつがなく終了し、俺は佐々木と共に俺たちの教室がある校舎とは別の、佐々木が気になったと言ったクラブがあるという
、俗に『旧館』と呼ばれている文化系クラブが集まる部室棟へ向かっていた。いささか薄暗く、活気が感じられない廊下の半ばにある部室の
前に来たとき、佐々木は足を止めた。
 「文芸部だよ、キョン。」
 ドアの入口に、文芸部とかかれたちいさな看板が打ち付けられていて、その下に「部員募集中」と書いた張り紙が貼ってある。こう言っちゃ
なんだが、あまりやる気が感じられず、俺は駅ナカのショッピングセンタ-に入っていた店舗が撤退した跡を連想した。
 「言い得て妙だね。君の言うとおり、実はここは廃部寸前らしい。昨日、ここに来たら部員が一人だけいたが、彼女は僕らと同じ新入生でね、
あと二人いるらしいんだが、そのうちひとりがやめるようで、このままだと研究会に格下げらしい。今年から規約が変わって、5人以上の部員が
いないと、格下げの上に活動費が全額削除されることになったそうだ。まあ、その方針は分からないでもない。その原資は、僕らの親が払った税金
だからね。余計なことに金は使うな、ということだろう。」
 一時期話題になった仕分け人の、女性政治家を思い出す。
 「待てよ、佐々木。もしかしてお前が入部しようと考えているのは、ここなのか?」
 「そのとおり。できれば君にも入部してもらいたい。」
 なんでまた、倒産夜逃げ寸前の企業もどきの部活をやってみたいと考えるかね。充実した高校生活とは無縁のような気がするぞ、ここは。
 「そうでもないよ。キョン。人が作った道やレ-ルの上をいくのは楽なことさ。労せずして、ある程度のものが手に入る可能性が高い。だけど、
それじゃちょっとつまらない。全くのゼロ、下手すればマイナスの地点からやってみる方が面白いと思うんだ。これには、君の協力が必要なんだが。」
 俺みたいな凡人が、お前の力になるのかね。
 部室の前で、そんなことを話していると、俺たちの側に、この部室の使用者であろう女生徒が二人やってきた。そのうちの一人を見て、俺は少し驚く。
 「あれ、佐々木さんにキョンくんじゃない。どうしたの、こんなところで。」
 最近クラスの投票により、わが1年五組の委員長に就任した朝倉涼子だった。ここで会うとは、いささか想定外だった。
 「そちらにいる長門さんに、入部希望をだそうと思ってここに来たんだ。」
 いつの間に取り出したのか、佐々木は自分と、そして俺の名前が書かれた入部希望届けを朝倉に提示する。おい、いつの間にそんなものを書いていたんだ。
おまけに俺の名前が書いてある。こちとらまだ正式に入部するとは言っていないのだが。
 「入部してくれるの?よかった。ありがとう、佐々木さん。」
 朝倉の隣に立っている、眼鏡をかけた、ボブカットの女生徒は、佐々木から入部希望届けを受け取り、ほっとしたような表情をする。なかなか可愛い顔立ちを
している。
 「キョン、こちらは長門優希さん。1年3組の生徒で、文芸部の新部長さんだそうだ。朝倉さんは説明するまでもないね。僕らのクラスの頼れる委員長だ。」
  新入生が即新部長とはどんだけなんだよ。俺のツッコミ体質が作動しそうになったが、なんとか抑えることができた。


 俺と佐々木は文芸室に入ると、まるで面接を受ける新入社員のように並んで座る。目の前には文芸部部長・長門優希と朝倉涼子が俺たちと同じように
並んで座る。他から見れば、正に面接を受けているように見えただろう。
 「驚いたでしょう?何にもなくて。」
 確かに朝倉の言うとおりで、この古ぼけた部室には、めぼしい備品など何もない。机と俺たちが腰掛けているパイプ椅子、申し訳程度に薄い、おそらく
過去に文芸部が発行したであろう、変色した文芸誌が本棚に並んでいる。それでも俺が感心したのは、この部室がきれいに清掃が行き届いているという点だ。
 「もう文芸部は何年もなかなか部員が入部しなくて、私たちの中学の時の先輩が、最後の一人だったの。でも、今年になって先輩は生徒会の書記になって、
文芸部の方に顔を出せなくなる、て、、、長門さんと私は先輩に頼まれて文芸部に入ったんだけど、このままじゃ廃部かなて思っていたの。そこに佐々木さん
とキョン君が来てくれたから、あと少し頑張れば文芸部は存続できる。」
 「この文芸部は、長い歴史があるの。確かに活動らしいことは最近できていないけど、でもこのまま終わらせたくはない。」
 少し伏せ目がちに、それでもしっかりした口調で長門が朝倉の言葉を引き継いだ。
 「しかし、長門さん、朝倉。とりあえず存続しても、なにかやらなきゃ文芸部の入部希望者がこれから先現れるとは思えない。何かする予定はあるのか?」
 「キョンの言うとおりだと私も思うわ。存続するだけじゃ意味がない。何かを残し受け継がれて発展するようにならなければならないと思うの。」
 佐々木の女言葉を間近で聞くのは新鮮な気分であるが、今はそんなことは後回しだ。
 「確かに佐々木さんと、、、えーっとキョン君、、、の言うとおりだとは思う。」
 初対面の人間にも「キョン」と呼ばれるようになるとは、俺を本名で呼ぶ奴はこれから先出てくるのだろうか。佐々木の奴は、俺のあだ名から本名をすぐに
連想できた天才だが。
 しばらく沈黙が部室を支配したあと、口を開いたのは俺だった。
 「とりあえず、今日のところは入部手続きだけにしておこうじゃないか。これから先のことはみんなで考えればいい。よろしく頼む、長門さん、朝倉。」
 俺がそう言うと、長門は顔を上げて、笑顔を浮かべて俺の言葉に頷いた。なかなかいい笑顔じゃないか。
 「よろしく、キョンさん、佐々木さん。それと私のことは長門でいいから。」


 部室を出た後、俺と佐々木は長門と朝倉と一緒に下校していた。これから俺達は長門と朝倉の住むマンションに
お邪魔することになっていた。何でそんな事態になったかというと、これは長門が誘ったからである。朝倉は少し驚
いていたが、「新入部員歓迎会ね。」と言って、朝倉も大いに乗り気になった。
 途中でス-パ-に寄り、長門達の買い物に付き合い、それから二人が住んでいるマンションにたどり着いた。
 そのマンションを見て、俺は思わず唸ってしまう。そこは、市内でも高級マンションとして知られる所だったからだ。
 「おい、長門、朝倉。俺、本当におじゃましていいのか?」
 「キョン君、遠慮はいらないわよ。長門さんが家に人を呼ぶなんて、滅多にない事なんだから。」
 どうやら、俺と佐々木は長門のお眼鏡にかなったらしい。勝手な想像ではあるが、佐々木と長門は話が合いそうな気がする。
 指紋登録認証システムによる防犯装置がついたドアを朝倉が開け、マンションの管理人に挨拶をして、俺たちはエレベーター
に乗り、長門の部屋があるという七階で降りた。長門の部屋は七〇八号室である。
 ドアを開け、長門が俺達に入室するように促した。
 部屋の中は高級マンションの名に相応しく、かなり広い。そして、綺麗に整理整頓されている。そして、俺と佐々木の目を
引いたのが、個人の持ち物としてはいささか多すぎやしないかと思うほどの蔵書とそれを収納する本棚が、一室を丸ごと使い
据えられていたことだ。
 「長門、朝倉。ひょっとして、お前たちて、結構いいところのお嬢さんだったりするのか?」
 どう見ても、俺みたいな平々凡々の会社員の息子が住めるところではない。家賃だってバカにはならんはずだ。
 「うーん、そう言われるとちょっと違うかな。このマンションは父の会社の持ち物なの。会社の社宅としても一部使っているけど。」
 「会社?お前の親父さん、社長なのか?」
 「うん。最高経営責任者(CEO)て肩書きだけど。私の両親は長門さんの両親とは親友で、一緒に会社を起業して発展させてきた仲なの。
だから私たちは小さい時から一緒だった。長門さんのお母さんが父の会社のカナダ支社社長で、お父さんが技術部門統括責任者。私の母親は
父の秘書をずっとやっている。」
 「なんて会社だ。」
 「統合C-NETて会社だけど、キョン君知っている?」
 「ああ、REN(連)を開発した会社ね。情報技術で有名だけど、金融投資や、不動産、流通にも進出している会社ね。」
 REN(連)は俺と佐々木の携帯にも入っている、携帯・パソコン・スマ-トフォンに対応した無料通話・メ-ルソフトで、貧乏人の俺としては
非常に助かっている。日本発のソフトとしては異例の速さで世界に広まり、しかも秘匿性、安全性の高いソフトとして人気が高い。会社のこと
はよく知らんが、佐々木との連絡には欠かせないものである。それにしてもさすが佐々木だ。いろいろなことをよく知っている。会社の事業内容
まで知っているとは。
 うん?でも待てよ。朝倉は、長門の母親はカナダ支社の社長だと言ったな。父親はお偉いさんだ。そう思って、改めて部屋を見てみると、何か
妙に広く感じられる。長門以外の人が生活している様子がないのだ。まさかとは思うが、、、ひょっとして、、、
 「長門、お前、まさか今、ここで一人暮らしか?」
 俺の言葉を聞いて、長門は俺から視線を逸らした後、小さく頷いた。
 「長門さんだけじゃないわ。今年の二月から、私も一人暮しよ。まあ、珍しいことじゃないんだけど。ある程度自分でできるようになると、私達
の両親には、なんでも一人でやりなさいて言われてきたから。両親は仕事に打ち込める、てわけ。おかげで家事の腕は上達したわ。」
 「そうか。二人ともすごいんだな。」
 それにしても、俺の周りには一人ぐらしの女が多いな。佐々木といい(ほとんど一人のようなものだ)、長門・朝倉といい、一体どうなっているんだ?
親として心配はしているだろうが。早く自立できるようにと思う心かもしれないが、何か釈然とはしない。


 女三人が料理を作っている間、俺は何か手伝えることはないかと思いつつ、何もできない自分に
気づいて、おとなしく料理が出来上がるのを、長門が貸してくれた本を読みながら待つことにした。
 小学生の頃、俺はかなりの本好きで、学校や市の図書館でよく本を借りて読んでいた。いつ頃から
か、俺はあまり本を読まなくなり、時たま妹が市の図書館へ本を借りに行く時以外、俺は図書館へ
行くことがなくなった。別に本が嫌いになったわけじゃないのだが、さて、何でだろうか?しかし、
文芸部に入ったことだし、せっかくだから以前のように本を読んでみるのもいいことかもしれない。
 四分の一程読んだところで、佐々木が「お待たせ、キョン。晩御飯が出来たよ。」と言って、長門
や朝倉と共にテ-ブルの上に、彼女たち手作りのおかずを並べ始めた。エプロン姿が三人とも良く似合っ
ていて、まるで新婚家庭のような気分だ、て、俺は何をアホな妄想しているんだ。
 三人が作ってくれた食事はとても美味しく、改めて俺は三人娘の能力の高さに舌を巻いた。いい嫁さん
になれるな、三人とも。
 食事の後片付けは、俺がやることにした。自分の家でも俺はその程度の手伝いはやっている。美味しい物
を食わせてもらったんだ。せめてこれぐらいはしないと。
 三人はすっかり仲が良くなったようで、食器を洗っている俺の前で、会話を弾ませていた。

 「じゃあ、俺たち帰るから。すまなかったな。長門、朝倉。いろいろと世話になって。」
 「いいよ。私も楽しかったから。ありがとう、キョンくん、佐々木さん。また遊びに来てね。」
 長門の言葉に俺たちは頷き、改めてお礼を言った。
 「こんなに楽しかったのは私も久しぶり。二人ともありがとう。」
 「俺たちも楽しかったよ、朝倉。クラブ活動も頑張ろうな。」
 「うん。」
 「それじゃ、またな。」
 俺達は長門達に別れを告げ、エレベーターに乗り、管理人に頭下げてマンションの外に出た。
 「本当に楽しかったね、キョン。」
 「ああ。それと、佐々木にも礼を言うよ。ありがとう。お前が作ってくれたおかず、美味しかったよ。」
 「そんなに大したものは作ってないよ。大部分はあの二人が作ってくれたんだから。」
 「謙遜しなくてもいい。お前はいい嫁さんになれそうな気がする。」
 その後、何故か佐々木が黙ってしまった。
 「どうした?佐々木。」
 「あ、いや、その、、、、」
 慌てふためいているようにも見えたが、軽く咳払いすると、いつもの口調で佐々木はしゃべり出した。
 「君の口からそんな言葉が出るとは思わなかったんで、ちょっと、ね。しかし、キョン。相変わらず
君は優しいんだね。」
  うん?何のことだ。
 「君は随分長門さんや朝倉さんのことを気遣ってたようだね。彼女達が一人暮しだと聞いた後の君の表情
が物がったていたよ。君は思いやりに満ちた人間だ。この前入学式の時、僕に思いやりを与えてくれたように
、彼女達にも君の優しさをあげていた。」
 そんな大したことはしてないが。
 「本人は気づいてないことが多いんだよ。君は無意識で、ごく自然にその優しさを他人に振舞える。僕が
君を親友と呼ぶのは、君のそんなところを気に入っているからだよ。」
 本当かね。ただ、佐々木が言うとなんだが説得力があるので、俺は少し照れくさくなった。夜でよかったと
思う。何故か、て?俺の顔が少し赤くなっているのが自分でもわかったからだ。


 こうして、俺と佐々木は文芸部の一員として、放課後クラブ活動をすることになった。あと一人の部員は、
国木田の名前を借りることにした。最も国木田は、幽霊部員ではなく(既に塾に通い始めていたのだが)
時々は参加したいと言ってくれたので、俺は歓迎し、とりあえず、新生文芸部がここに始動することになった。
(もうひとり、俺はクラスで仲良くなった東中出身の谷口を誘ったのだが、バイトと恋愛活動で忙しいと抜かした
ので、そちらを頑張ってもらうことにした。人間、向き不向きはあるだろうから、無理に勧誘する事はない。)

 だが、俺たちの部はすぐにスタ-トすることができなかった。ちょっとしたゴタゴタがあり、しかもそれは後後
まで俺たちの活動に影響する羽目になった。
 ごたごたの元凶―その名を涼宮ハルヒといった。

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最終更新:2012年12月01日 16:54
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