68-827「佐々木さんのキョンな日常 恋愛小説~for You~」

 自律進化の可能性――彼女の観察。しかし、それは思わぬ事実をあぶり出し、また予期せぬ事態を招いた。
 もうひとりの内包者。”鍵”の扉。
 力はやがて消失し、世界は固定される。
 だが・・・・・・

 なぜ、彼女は契約したのか?愚問でしかない。その答えは私が一番分かっている。
 ”彼”の存在。私を変え、可能性を示した、謎を解く鍵。
 全ての勢力は、見誤っていた。ただ、二人を除いて――

 優希。その名前は彼と私の思い出。優しさと希望。自律進化の果てに生み出された私。
 そして力の行使者は私たちを呼び寄せた。

 夏休みも後半に入り、私は図書館に来ていた。
 勉強をしに来たわけではない。実は文化祭で出す予定の文芸誌の私の担当部分、すなわち恋愛小説が書きあがらない
ので、何か参考になる本はないか、探しに来たのだ。
 「あれだけ本を読んでいるのに?」
 朝倉さんは呆れていたけど、私はあんまり恋愛小説を読んだことがないのだ。私は知識を得るために読むことが多く、
小説はSFが一番好きなので、ある意味において苦手な分野なのだ。

 適度に冷房が効いた図書館の中に入り、受付の前を通るとき、私はいつもキョン君――彼のことを思い出す。
 中学二年生の時、私はここで彼と出会った。
 本の借り方がわからず、困っていた私を手助けしてくれた優しい男の子。それっきりここで会うことはなかったけど、
高校に入って、私は彼と再会して、今は一緒のクラブに在籍している。
 そのことはとても不思議な気がするのだ。

 現代小説のコーナーに行き、著名な女流作家の著作物が並ぶ上の棚に手を伸ばし、適当に何冊か取ろうとした時だ。
 「!!」
 本が私の頭上に崩れるように落ちてきた。
 思わず目を閉じる。

 「おい、大丈夫か?」
 恐る恐る目を開けると、本は床に落ちていて、私には一冊も当たっていない。
 「・・・・・・キョン君」
 目の前に彼の姿があった。


 「どうしてここに?」
 「妹が借りた本を、頼まれて返しに来たんだよ。そうしたら長門の姿が見えたんでな。声をかけようと思っ
たら、本が長門の上に落ちてきたんで、少し慌てたけど、まあ、良かったよ」
 「ありがとう、助けてくれて」
 お礼を言って、私はふと、思う。佐々木さんも一緒に来ているのだろうか?
 「キョン君、一人で来ているの?」
 「ああ。妹の奴、自分はミヨキチ、って妹の同級生なんだが、そいつと遊びに行ってな。後始末は兄貴に押し付け
たわけだ」
 笑いながらそう言う彼を見て、つられて私も笑うと同時に、佐々木さんがこの場にいないことを知って、ホッとし
た気持ちになった。

 「文芸部誌の原稿か。そういえば長門は恋愛小説の担当だったな」
 「うん。でも、私はSFだったらなんとか書ける自信はあるけど、恋愛小説はちょっと・・・・・・」
 「SFは佐々木の担当だったな」
 「本当は変わって欲しかったけど。佐々木さんの方が恋愛小説はうまく書けるような気がする」
 何しろ、佐々木さんの傍には、あなたがいるわけだし。
 「う~ん、どうかな。いろんな本を読んでいるけどな。ただ、中学校のとき、あいつ、『恋愛感情は精神病』だなん
てことを言っていたけどね。今はどう考えているかわからないけど」
 おそらく、その言葉は今の佐々木さんには過去の事だ。何故なら、彼女は今まさに恋をしているからだ。

 受付で手続きをして、本を借りて図書館を出ようとしたとき、タイミングが良いというか、悪いというか、私のお腹の
虫が、結構大きな音を立てて鳴った。
「・・・・・・」
 恥ずかしくて、顔が朱色に染まるのが自分でもわかった。
「昼ごはん、まだだったのか?」
 黙って私は頷く。
「俺もまだなんだが、長門。よかったら一緒に食べないか」
 彼の提案に少し驚いたが、私は強く首を縦に降った。

 話が決まり、その場から去ろうとした時だ。
 小さな男の子と女の子が、受付にやってきた。
 「ここでてつづきをしたら、本をかしてくれるんだよ」
 「ほんとう?」
 「うん。ちょっとまっててね」
 その光景は、まるであの日の彼と私の姿のようで、知らず知らず口元が緩んでいく。
 浮かんだ微笑みを、私はそっと手で隠した。


 「お昼、何食べようか?」
 「長門の好きなものでいいぞ」
 私の一番好きな食べ物――それはカレ-ライスだ。
 「俺もそれでいいよ。最近食べてなかったから、ちょうどいいや。あ、そうだ。長門、新しくできた店が近くにあるんだが、
そこに行ってみないか?」

 彼が連れてきてくれた店は、インド料理人が作る本場のカレ―を出す、インド料理店だった。
 こういう店に来るのは、実は初めてのことである。私が普段食べているカレ-はいわゆる日本のカレーで、エスニックのカレ
―は、食べたことがない。
 店の入口にランチのメニュ-が出ていたが、想像していたよりもずっと安い。
 中に入ったとき、店内は既に満席だったが、程なくして窓側の席が空き、私と彼は向かい合って席についた。
 彼はひき肉と茄子のカリー、私は豆のカリーを注文する。
 初めて食べたインド料理は、辛さは強くはなく、とても食べやすくて美味しいもので、付け合せのタンドリー
チキンとミニナン、食後のラッシーまで、二人共あっという間に食べてしまった。

 「ごちそうさま、キョン君。でも本当にいいの?」
 「きにするなよ。誘ったのは俺だしな」
 昼食の代金はみんな彼が払ってくれた。
 「ありがとう、とっても美味しかった」
 「どういたしまして」
 二人並んで歩き出す。夏の眩しい光の下も、彼と一緒に歩くと、それほど暑いとは感じなかった。

 「猫は元気にしている?」
 「シャミセンか?元気にしているよ。順調に大きくなっているよ。妹が時々おもちゃにしているけどな」
 「今度見に行ってもいい?」
 「ああ、構わないよ。元はといえば、長門が拾ってきた猫だ。見に来たいときに来ればいいよ」
 彼と他愛ない話をしながら、街並みを歩く。普段歩き慣れている場所が、彼と一緒に歩くと、まるで違った風景に見える。
 いつも彼の横にいるのは佐々木さん。でも、今、彼の隣を歩いているのは私。
 気分が少し高揚する。

 信号待ちをして、横断歩道を渡ろうとしたときだった。
 猛スピードで、車が走ってきた。
 「危ない、長門!」
 彼が叫ぶと同時に、手を伸ばして私の体を抱き寄せた。
 信号無視の暴走車は、そのまま走り去った。
 「なんて危ない運転をするんだ!」
 彼が抱き寄せてくれなかったら、私は車にはねられていたかもしれない。
 私を抱きしめる彼の腕に、力が入っている。
 「大丈夫か、長門」
 私は無言で頷く。
 彼の力強さを感じて、頭の中がボウっとしたような感じになり、顔が熱を帯びていた。


 愛がすべて綺麗なものとは限らない、とは昔読んだ本のセリフ。歪んだモノもあれば、宝石の様に輝いている
モノもある。
 キョンの愛は暖かく優しい、でも時には自己犠牲も厭わない、激しく強いものだ。

 キョンから愛された二つの存在。一人は涼宮さん。そしてもう一人は長門さんだ。
 キョンは強大な相手にも、長門さんのためならば立ち向かおうとした。涼宮さんや、”私”に注ぐ優しいものと
は違った、彼の愛の形。
 その愛を受けて、彼女は一つの進化を遂げた。彼女を生み出した存在にとって、予期せぬ事態。そのことが、”
彼女”を私の前に出現させた一因でもあった。

 「あんた達、道の真ん中でなにやっているの!」
 聞き覚えがある、少し怒気を含んだような声に、私はハッと我に返る。
 涼宮さんと古泉君が、並んでそこに立っていた。
 「あ、ご、ごめんなさい」
 慌てて彼の腕の中から離れる。顔が恥ずかしさで真っ赤になっているのが自分でもわかる。
 「道端で何イチャついているのよ」
 涼宮さんの言葉には、随分刺があった。
 「涼宮。お前が何を勘違いしているか知らないが、長門は今車にはねられそうになったんだ。それを助けただけだが」
 心なしか、彼の言葉に憤りのような物を感じた。
 「それは危ないところでしたね。お怪我はされていませんか?」
 古泉君が心配そうな表情で訪ねてくる。
 「大丈夫。キョン君が助けてくれたから」
 ようやく私も落ち着いた気分になった。

 「不思議探し?」
 私と彼、涼宮さんと古泉君は、暑さを避けて喫茶店に入っていた。
 「ええ。夏休みも後半ですし、秋にある学園祭に向けて、映画制作と同時に、SOS団を広く世に知らしめるための
目玉が欲しいと涼宮さんが言われましてね。鶴屋さんと朝比奈さんはちょうど用事がありまして、僕と涼宮さんで探
していたのですが」
 「・・・相変わらず、漠然としているな。涼宮、お前の言う不思議なもの、って何なんだよ」
 「もちろん、私と世の中をワクワクさせるようなモノよ。宇宙人でも超能力者でも、異世界人でも超古代文明でもい
いわよ」
 「お前な・・・そんなものがこの辺に転がっているわけがないだろう。いるとしたらお前の頭の中だけじゃないのか?」
 彼の呆れたような、涼宮さんに対するツッコミに思わず笑いそうになった。

 「じゃあな。古泉、適当なところで切り上げたほうがいいぞ。この炎天下の中を歩き回っても、何も見つからんぞ」
 「何言ってるのよ、キョン。河童か幽霊ぐらい出てるわよ」
 「河童もこの暑さじゃ水の中だろ。幽霊も出るとしたら夜だろうな」
 古泉君は、彼と涼宮さんのやり取りを苦笑して聞いていた。

  涼宮さん達と別れ、再び彼と二人で歩き出す。
 「キョン君、今日は助けてくれてありがとう」
 鮮やかな夏の緑葉が映える並木道の下を歩きながら、私は改めて彼にお礼を言った。
 「何、当然のことをしただけだ。長門に怪我がなくて良かったよ」
 彼の笑顔を見て、私は嬉しくなり、同時に少しだけ切なくなる。
 佐々木さんは、彼のこの笑顔を、彼の一番近くで見れるからだ。


 気がつくと、私の住むマンションの前まで来ていた。楽しい時間、長く続いて欲しいと思う時間ほど速く過ぎて
しまう。
 彼は私を心配してここまで送ってくれたのだ。
 彼にとっても、私にとっても予定外の時間。それでも、今のこの時間は大事なもの。
 「それじゃ、な。長門」
 マンションの入口で、彼のさよならの言葉。楽しい時間の終わりを告げる言霊。

 ”もう少しだけ”
 「今日はありがとう。カレ-、とても美味しかった」
 「気に入ってくれたら良かったよ」
 「それと、私を助けてくれてありがとう」
 「長門が無事だったのが、今日の一番良かったことかな」
 「キョン君に助けてもらったのは、これが二度目」

 私の口から、無意識にあの日の思い出が口に出る。

 「中学生の時、今日行った図書館で、私が本を借りようとしたけど、借り方がわからず、困っていたのを助けて
くれた男の子がいたの。ちゃんとお礼を言いたかったけど、それから会わなくて・・・・・・でも、高校に入って、文芸
部に入学してくれた人を見て驚いた」
 私の会いたかった人。七夕に願いをかけたこと。

「・・・・・・そういえば、中学校の時、あの図書館でそんなことをしたな。困っていたんで、お節介かなと思ったけど
借り方を教えたんだが・・・・・・あれは長門だったのか」
 彼は忘れてはいなかった。覚えていてくれたのだ。
「不思議な気がするな。あの図書館で、偶然出会った長門と一緒の学校に行って、今は同じ文芸部にいるなんて」


 人の出会いは、偶然なのか、それとも必然なのか。
 彼と出会い、助けられ、いくつもの思い出が生まれていく。
 「ご機嫌ね。何かいいことがあったの?」
 朝倉さんにそう聞かれるほど、私の表情は緩みっぱなしだったようだ。

 晩御飯を食べて、食器を洗い、お風呂に入った後、私はパソコンをたちあげる。
 文芸部誌の小説。私が書く恋愛小説。
 『for you~あなたへ届ける想い』
 偶然出会い、再会する女の子と男の子。何気ない、でも宝石のように輝く大切な日常の時間。
 今まで書けなかった文章が、魔法の様に私の指先から紡ぎ出されていく。

 彼と私の物語は、これからどうなるかわからない。
 思いは届かないかもしれない。けれど、今のこの時間はかけがいのないもの。その思い出を少しづつ積み重ねていこう。

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最終更新:2013年02月03日 17:38
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