68-899『Music of the mind』

「波の音って、気分が落ち着くんだな。」
「くつくつ。たまにはこうした変化球もいいだろう?」

休日にたまたま会った親友。積もる話ついでに喫茶店に行き、二人で話していた事だ。
「最近、たまにイージーリスニングや、インストゥルメンタルの曲を聴いていてね。」
「歌なしか?退屈そうだな。」
俺の言葉に、佐々木は苦笑する。
「僕もそう思っていたよ。ただ、聴いていると歌に手伝われないだけに、色んな情景が浮かぶ。」
「ほう?」
「例えば………これなんかどうだい?」
佐々木が俺にイヤホンを渡してきた。………波の音だ。そして冒頭に戻るわけだが………

「人間は、昔から音に親しんで来たんだ。例えば……赤ん坊は、母親の心音を聴くと落ち着くし、潮の音を聴くと良い気分になるだろう?」
「確かにな。一本取られたぜ。」
音か。あんまり考えた事は無かったな。
「音は、人の心に残りやすい。」
佐々木は、我が意を得たりとばかりに得意気に頷いた。
「そうだな。この店の音楽は、前に来た時と同じだ。中学の時も同じ曲だったよな。」
俺には皆目見当もつかん、ジャズスタンダード。シックな音は、談笑にはピッタリだろう。
「この曲を聴くと、無条件にお前と話す時間を思い出す。」
俺の言葉に、佐々木は頬を赤らめた。ん?何か変なこと言ったか?
「……………時折、僕は君が分からなくなるよ。本当は、この曲のタイトルを知っていて、僕をからかっているんじゃないか、とね。」
「?…………なんだよ、タイトル。」
俺の言葉に、佐々木は真っ赤になりながら俺を見た。
「…………言いづらい。約束してくれ。絶対に笑わないと。」
「約束する。」
…………後で考えたら、笑い話なんだが…………仕方ねぇだろ?この時は知らなかったんだからよ。
「わかった。僕も覚悟を決めよう。この曲のタイトルは……………」
佐々木の言葉に、俺は真っ赤になりながら慌てて叫んだ。
「ッ…………!ただの妄言だッ!忘れろッ!」
「聞いたのは君じゃないか!」
二人で叫び、衆目を集めてしまった………。

『恋に落ちた時』

それがタイトルだ。知ってりゃ聞いてねぇよ、バカヤロウ!
暫く佐々木の音楽講習は続き、佐々木を送って別れる頃には夕方になっていた。佐々木お薦めの名盤を借り、録音し、次に会った時に何を話そうかと考える。…………そこで、ふと気付いた。

「…………なんてこった………」

俺は佐々木の事ばっかり考えていた。


翌日。久々に出したMP3プレイヤーを耳に、学校に向かう。
インストゥルメンタルってのも悪くないもんだな。確かにあいつが言うように、聴けば良さがわかる。
シックな雰囲気のジャズスタンダードにしても、あんまりわからんが、薬局やTVのBGMのような音楽も。聴覚から情景を想像する楽しさというやつだ。
「キョン、あんた何聴いてんの?」
ハルヒがイヤホンを取る。
「インストゥルメンタルだ。お前、興味ないだろ。」
ハルヒは、あからさまにつまらなそうな顔をした。
「興味ないわ。オッサン臭い奴ねぇ、ジャズスタンダードのインストナンバーなんて。喫茶店や、古い映画みたいな感じじゃない。」
ぶちぶち文句言いながらも、ハルヒはイヤホンをつけてリズムを取っている。
「この曲は、定番よね。キョン、ちょっとプレイヤー貸して。何てタイトルか知りたいわ。」
ハルヒがMP3プレイヤーに手を伸ばす。
「ド定番だろ。これは『白雪姫』の『いつか王子様が』だな。」
その手をやんわり払い、ハルヒに言う。
「白雪姫か。ね、あんた知ってる?グリム童話の裏話。」
その行為が不興を買ったのか、ハルヒは俺を見ながら話しかけてきた。
「グリム童話って………………」
やめろっつってんだろ?よせ、朝っぱらから何でそんな残虐物語を聞かなきゃならんのだ?
身の毛のよだつような残虐物語。ハルヒは俺に嬉々としながら語った。
「…………もう、この曲聴きたくねぇ。」
トラウマ決定だ。
「んっふっふー。音楽って、割と心に残るからね。キョン、この先も聴くと思い出すかもよ?」
ハルヒがニヤリと笑う。こ、このアホは………。
「反対に言うと、お前もこの曲聴くと、白雪姫の残虐物語を思い出すわけだが。」
俺の言葉に、ハルヒの顔が青くなる。そして……………
「こんのバカキョン!あたしまで聴けなくなるじゃない!」
と、まぁ………きつい一撃を貰っちまったわけだ。やれやれ。


「んじゃ、今日は解散!」
いつもの団活が終わり、俺は古泉と帰る。教室での経緯を話すと、古泉は
「実に涼宮さんらしいですねぇ。」
そう言い、笑った。確かにあいつらしいんだが、全く。
「ジャズスタンダードといえば、ディズニー系も割と多いんですよ。新川さんがジャズがお好きでして、たまに森さんにCD貸しておられます。」
へえ。森さんもジャズが好きなのか?
「いえ。あの方はジャズというよりは、ディズニーがお好きでしてね。自室なんか凄いですよ。鼠グッズで。」
古泉は、そう言うと顔を綻ばせた。
「意外過ぎるな。」
「でしょう?まぁ僕もその関係か、割と聴きますがね。」
「そっか。お前……」
森さんの事
「ふんもっふ!」
ぶべらっ!

と、まぁ………皆、意外と思い出の曲を持っているものなんだな。

「待たせたかな?」
「いや、今来たばっかだぜ。CDありがとよ。良かったぜ。」
CDを返すついでに、お礼とばかりに佐々木に今日の話をした。……ああ、古泉の話は、あいつの名誉の為にも除外しといたが。
「くつくつ。全く涼宮さんらしい。」
ストレンジャーという度合いは、方向性の違いがあるだけでお前とどっこいだが。
「ったく。白雪姫が嫌いになっちまったぜ。」
「解釈は人それぞれだからね。確かに死体に口付けは、僕達凡人には浮かばないよ。ピーターパンは更にえげつないが、聞くかい?」
だーかーらー……。佐々木はニヤリと笑う。
「えげつない話は終わるか。………じゃ、またね、親友。涼宮さんによろしく。」
「ああ。」
さて、帰るか。
「ついでに、伝言も。『灰被りは、ガラスの靴を落としている』とね。」
佐々木は、意地悪そうに微笑むと去っていった。やれやれ。意味不明なところは、本当に似た者同士だな。あいつらは。
………たまには、ゆっくり会えたらいいんだがな、佐々木。
MP3プレイヤーからは、佐々木といた喫茶店の曲が流れていた。

END

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2013年02月03日 18:06
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。