69-261『言葉のデッドボール』

妹ちゃんの誕生会。それに招かれ、僕はキョンの家に来ていた。
本来、家族水入らずでやるのが良いのだろうが、そこは賑やか好きの彼の妹らしい。
「えー?佐々木お姉ちゃんも一緒にやろうよぉ。ねぇ、キョンくーん?」
という一言に、妹……いや、年下全般に甘い彼はOKした。
長門さんや、涼宮さんにしても、彼にとっては可愛い妹だからなぁ……。
「オッサンだと言いたいのか、お前は。」
「オッサンというよりは、お兄さんだね。橘さんもキミはお兄さんのイメージだと言っていたよ。」
「んじゃ、お前はお姉さんか。」
「くっくっ。」
あんな手のかかる妹達は、勘弁願いたい。
「僕のキミへのイメージは、エッチな男の子なんだがね。」
「てめぇ……」
キョンにベッドに引き倒される。くっくっ。リビドーに身を任せるには、まだ日が高い。
「キョンくーん!」
ほら。愛しの妹が呼んでいるよ?キョン。
「覚えてやがれ。泣かしてやるからな。」
「くっくっ。このエロキョンめ。」
若干乱れたスカート。……お気に入りの下着だったのだが。汚れないで良かったというべきか。
「よう、ミヨキチ。お前も来たのか。」
「お久し振りです、お兄さん。」
ん?どうやら妹さんの御学友らしい。
「散らかっているが、まぁ入れよ。」
部屋に向かっているみたいだ。私はシャミセンを膝に抱く。
「佐々木。紹介するよ。妹の友達の、吉村美代子。通称ミヨキチだ。」
……えらい美人な小学生がそこにいた。
二つ結びのお下げに、発育途上ながら整ったボディライン。そして。
「…………」
私への敵意。うん。一目で理解したよ。

こいつは私の敵だ、と。


「んじゃ、俺は妹とケーキ買ってくるからよ。お前らはゆっくりしていてくれ。」
キョンはそう言うと、部屋を出る。
「ミヨキチさん、だったかな?まぁ座ってはどうかな?」
「佐々木さん、ですかね?そうします。」
二人でキョンのベッドに腰を掛ける。
「…………お兄さんの、恋人、ですか?」
「どう思う?」
意地悪な質問を投げ掛けた。
「そうですね。お兄さんは、胸が大きい人が好きですし、佐々木さんだと……お胸が山梨県というか。」
確かに盆地胸と言われても仕方ないんだが。
「くっくっ。若いね。何もセックスアピールのみが条件ではないさ。」
「ふふふ。そうですね。私はまだ発展途上ですから。」
子ども相手に私は何を。思考にノイズが走っていたみたいだ。
「まぁお察しの通り、恋人だよ。」
「へぇ。お兄さんって、案外……」
「くっくっ。趣味が悪い、かな?」
「ええ。」
にこやかに頷くミヨキチさん。明け透けな好意も敵意も示すのは、この年代の特徴なんだろうか?
キョンが世間で言う小児性愛好者だとは、とても思えないが…彼女位に発育していればどうなんだろう。
「今日は、本来は遠慮したかったんだけどね。妹さんきっての頼みとあれば、断わるわけにはいかなかったの。」
「あの子、賑やかなのが好きですからね。お兄さんとデートした時も、着いてきて大変だったんですよ。」
くっくっ。
「私の時は、案外気を使うらしくてね。進んで二人きりにさせようとしてくれるよ。」
「うふふ。きっと佐々木さんが嫌いだからですよ。」
可愛いね。この子は本当に。

この子が精一杯の背伸びをして会話しているのがよくわかる。
牽制して、相手を傷付けよう、傷付けようと頑張る。それ以外に愛情の表現を知らないから。
私は、こんなに可愛くないな。


しかしね、ミヨキチさん。
言葉は便利なツールでもあるけど、とても怖いものでもあるんだよ。
貴女のこれからの為にも、言葉とはなんたるかを教えてあげるとしようか。

「『私も』キョンが好き。それだけにキョンと『親しい』人に、『あまり』嫌われたくない。」
「私は嫌いですよ。」
「そうね。その回答だと…『あなたは』キョンが嫌いである、と捉えられるわ。」
私の言葉に、ミヨキチさんが怪訝な顔をする。
「『私も』と言ったわよね?」
「……言葉遊びじゃないですか。」
「くっくっ。他にもあるよ?考えてごらん?」
「…………?」
ミヨキチさんが頭を捻る。

「くっくっ。つまりあなたは、キョンへの宣戦布告を一言で終わらせた、って事。嫌い。つまり、事象の否定なんだよ?ミヨキチさん。」

「…………!屁理屈じゃないですか!私はお兄さんが嫌いだなんて一言も…………あ!」
『私もキョンが好き』
『キョンと親しい人に』
『あまり嫌われたくない』
「そう。この3つを全て否定した。」
「屁理屈です!言葉遊びじゃないですか!」
「その言葉遊びを捉えるのが、良くも悪くも相手なんだよ?
あなたがキョンに好意を抱いていて、私を嫌うのは勝手だけど、言葉の使い方を間違うとこうなっちゃう。
まぁ、これはかなり歪曲した捉え方なんだけどね。」
ミヨキチさんは、下を見て俯いた。
「嫌うのは一番簡単なのよ。大事なのは、相手への敬意。……憧れの人を取っちゃったのは、謝るわ。
もしもあなたが何年かして、まだキョンが好きだったら、その時は来るといいわ。
次は、同じ土俵に立って勝負してあげる。」
こういうのはどうか、と思うけど……やっぱり女は女。恋敵に容赦は出来ないのよ。


キョンが帰り、誕生会が始まる。
妹さんは、満面の笑み。ほっぺたについた生クリームをキョンが拭う。
「キョン、ティッシュを
「お兄さん、ティッシュです。」
「ああ、すまんな、ミヨキチ。……お前も見習え!」
「きゃあー!痛い痛いー!」
キョンが妹さんに、ウメボシ責めをする。ん?ウメボシ責めかい?こめかみをグーでぐりぐりと……
「お兄さん、可哀想ですよ!」
ミヨキチさんが、キョンの手を握る。……うん。僕は落ち着いているよ。普段通りさ。トテモ冷静ダヨ。
「ぶーぶー!キョンくん嫌い!」
「そうかい。俺は好きだぞ?」
「えへへ、私も!キョンくーん!」
うん。たまたま手が震えているが、気にしないでくれ。僕はとっても冷静だ。
こんなに平静な僕を、何故そんな怪物を見るように見るんだい?シャミセン。
「ちょっとトイレに行く。」
キョンが立ち上がる。私の前を通過するときに、キョンは言った。

「一番はお前だがな。」

……ああ、もう!この言葉のビーンボーラーは!

END

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2013年03月03日 04:36
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。