70-296「佐々木さんのキョンな日常 最終章 真相~再生その12~」

「私達が生きている――あの別世界の未来人と同時並行で存在する未来において、おきた悲劇――彼は愚行と
言ったわね。そう、まさに愚行としか言い様のない、”大崩壊”、あるいは”暗黒時代”として、後に称される
出来事、それによって、人類の文明と生存基盤は危機を迎えました。まさにあの出来事を”大崩壊”と名付けた
のは的を得ています」
 朝比奈さん(大)の顔が青ざめている。それだけで、彼女のいう”大崩壊”とやらが、どんなものだったのか
想像出来る。と、同時にかつて藤原の野郎が俺達に見せていた、侮蔑の感情の底にあったモノ―憎しみの原因が
わかるような気がした。
 「崩壊しかけた世界を救うため、未来の指導者たちは、一つの決断をしました。時間改変、過去を変えることを」

 朝比奈さん(大)の言葉はまさに爆弾以外の何物でもなかった。
 過去を変える?だが、彼女はあの事件の時に、藤原に言ったはずだ。過去を変えることはできないと。
 「過去を変えることはできないのではなく、禁じられているのです。と、同時に、過去を変えることには大変な困
難を伴います。未来は過去の積み重ねの上に成り立ちます。それを変えれば、時間軸そのものが崩壊して、その時空
は消滅する可能性が高いわ。つまり、現実には不可能に近い。それゆえ規定事項として改変は禁則をかけられている
のです」
 その不可能なことに、未来人達は挑もうとしたわけだ。”大崩壊”を防ぐために。
 「過去の改変。超極秘中の極秘とされ、何度もシュミレーションと検討が行われ、綿密な計画の元、作業は開始さ
れました。しかし、なかなか成功しなかった。犠牲者も多く出て、再度計画を立て直し、同時に過去を変えやすくす
るための時間流を作るための研究もおこないました、その結果、あなたたちの時代に、改変ポイントが集中している
ことがわかり、その原因となっている、”力”の存在と調査の為、過去の私が派遣されました」

 β世界の朝比奈さん(小)。SOS団のマスコットにして、俺たちの愛すべき先輩。未来からの指示に悩み、戸惑い
ながら、必死に自分の役目を果たそうとしていた。β世界の二年生の終わりに、涙で俺達と別れを告げた、愛らしい
未来人の少女。
 「この世界に改変ポイントが集中していたのは、まさに偶然の発見でした。時間断層の存在、未来の私たちの科学で
も越えられない、時空の壁。しかし、それが実は改変の大きなヒントだった。時間断層は固定化された時間の道標識だ
けど、そのあとの時空は定まらない時間流であることが多く、改変を行える可能性が高いということが判明したの。そ
れと時を同じくして、改変を行うために必要な要素が判明したわ。それがTPDDの開発を早めることだった。」
 なるほど、それで未来人たちがこの時間軸に出現した理由が解った。ここでないと、改変できなかったわけだ。
 しかし、TPDDの開発が遅れただけで、そんなに歴史がかわるのか?
 「実施条件が変化するから、そうなると結果も違ってくるだろうからね。病気の治療と同じさ。早く治療したほうが
治りも早い」
 成程な。佐々木の言葉に、俺は納得した。

 「改変はさらなる犠牲者を出しながらも、ようやく成功しました。人類社会は再び繁栄の時代を迎えました。その一方で
この件に関しては超極秘事項として扱われ、真相をしるものはその改変に関わった者だけとなりました。だけど、やはり歴
史を変えたことにより、いろいろな方面に矛盾や改変、影響が現れ、私達は引き続き、作業に追われました」
 おそらく、その過程で藤原は自分の姉の朝比奈さんを失い、朝比奈さんは自分の大切な人を失った。
 現在に生きる俺達も影響を受け、俺と佐々木は別の道を歩き始め、俺はハルヒと結ばれた。

 「全くやりきれないね」
 佐々木がため息を付いた。


  朝比奈さん(大)は、佐々木に視線を向けた。
 「佐々木さん。あなたが今やろうとしている時間改変が、なぜ認められないかわかったでしょう。あなたが改変を
行えば、未来を構成する時間平面は崩壊し、未来社会は存在の可能性がなくなるわ。それは、私達にとって、容認出
来る事ではありません。まだ、次元因子は固定されていない。あなたの時間軸が決まってしまったわけじゃない。今
なら、あなたの世界をなかったことに出来る。あなたが使うその”力”で」
 「そのために、キョンを諦めろと?私に改変を受け入れ、おとなしくしていろと言うわけ?」
 「・・・・・・辛い思いをしているのは、あなただけじゃないわ。たくさんの人が、辛い思いをしているのよ。それでも
皆のために歯を食いしばって耐えている」
 朝比奈さん(大)の目に涙が浮かんでいた。
 「それに、あなたの改変が成功するかどうかも怪しいわ。時間断層の存在を、固定化された次元壁に負荷をかけて
作られたあなたの世界が、果たして持つのかしら。規定事項化されていない、あるいは固定化されていない時空間の
なかでは改変は可能だけど、この世界は時間断層の軛に囚われている」

 「時間断層は消すことが出来る。簡単なことだわ。時間断層は、次元の壁は、それを生み出した力により、消滅させる
事が出来る」
 佐々木の発言に、俺も朝比奈さん(大)も、頭をぶん殴られたような衝撃を受けた。
 「朝比奈さん、時間断層が、存在するポイントはどこだろうね。涼宮さんのあの時点、それと二年の春先の事件で生まれ、
藤原くんが出てこれなくなったあの時点。その二箇所になぜ、時間断層が生み出されたのか、考えるまでもないことだね。涼
宮さんの”力”により生み出された。だけど、”力”は生みっぱなしというわけじゃない。生み出した物を消失させることも
可能だ。そうだよね、キョン」
 確かに佐々木の言うとおりだ。β世界のハルヒが映画撮影の時に生み出した変な現象。長門によって随分修復されていたが、
最終的に世界を元に戻したのはハルヒの”力”だ。

 「だけど、まだ時間断層は存在している・・・・・・」
 「私が存在させているの。未来からの過剰な介入を防ぐために。今はまだ時間軸が定まっていないから、まだ、あなたが来れる。
だけど、時間軸が定まってしまえば、新たな時間断層を生み出し、藤原くん同様、あなたも来られなくなる。次元固定因子の力の
一つよ」

 その時、俺の背中に、ゾクッとした感触が走った。経験より得られた、俺の第六感とも言うべき、超感覚。危険信号。

 「佐々木さん、これは使いたくなかったけど、使わざるを得ないわね」
 そう言った朝比奈さん(大)の手に握られた、SF映画に出てきそうな物。光線銃かなんかわからんが、未来人の使う武器だろう。
 「パラライザーを使うしかないわね。これであなたを眠らせ、未来に連れて行き、あなたの世界を消失させます。そののち、あな
たの記憶を消失させます」
 「私が眠っている状態で、どうやって、”力”を作動させるの?それに、キョンが”鍵”ということを忘れているんじゃないかし
ら。キョンも未来に連れて行くつもり?」
 そんなご招待はごめん被る。
 「心配しなくても、私達にはこれがあるわ」


 朝比奈さんが取り出した、十センチ程の金属の棒、左右対称の文様が刻まれた物。
 α世界の鶴屋さんのお屋敷で七夕の時、鶴屋さんから見せてもらった、『時非(ときじく)の星刀子(ほしがたな)、β世界では
ハルヒが考えたバレンタインのびっくり企画や、それに絡む事件に伴い鶴屋さんの山から見つかった「おもちゃ」(鶴屋さんの言)。

 「涼宮さんの”力”を分析し、時空間を安定するための研究過程で生み出された、”力”の制御装置。改変作業の途中、突然発生した
時間断層の衝撃により次元の狭間で失われたのだけど、鶴屋さんのご先祖さまが保管してくれたおかげで、こうしてここにある」
 金属棒が鈍く光り、α世界の七夕の祈りの時に感じた、脱力感が俺を襲う。その俺を佐々木が支える。
 一体、何なんだ、その棒は。
 「キョン君の生命遺伝子情報がかきこまれたもの、いわば、擬似キョン君ね。これが、あれば、”力”をある程度コントロ-ル出来る。
最初にこれが発明されたとき、誰も信じなかった。キョン君が”鍵”だという仮説は一蹴されていた。しかし、何人かの同志が、それを
試すために過去へ持ち込んだ。その過程で行方不明になったのだけど、いま、仮説は立証された。これを使い、佐々木さん、あなたを止
める」

 佐々木は顔色一つ変えない。俺を支えながらも、朝比奈さんに向かい合っている。
 くそ、何で力が抜けそうなんだ。
 「キョン、君とあの棒が共鳴現象を起こしているからだ。直に治まると思う」
 それにしても、事態はあまりよくないかもしれない。どうすればいいんだ?

 「因果とは不思議なものだね、朝比奈さん。偶然とは言え、世の中は面白いことが起こる」
 佐々木は悠然と朝比奈さん(大)に話しかける。自分の身が危ないのかもしれないのに、大した奴だ。
 「あなたにとっての切り札が、あなたの先祖の家に大切に保管されているというのも、あなたにとって幸運なことだったわね」
 うん?どういう意味だ。佐々木。
 「朝比奈さんはね、国木田君と鶴屋さんの子孫なんだよ」


 α世界でも、β世界でも国木田は鶴屋さんに思いを寄せていた。そうか、二人は結ばれ、その子孫が朝比奈さんだ
ったのか。そばにいて、鶴屋さんを支える国木田の未来は明るそうだ。最もその子孫によって、あまり望ましくない
状況になっているのは、少し残念な気はするが。

 「佐々木さん、あなたは未来のことを知りすぎてしまった。過去の人間が未来の情報を知るのは、時間軸にとって、
いいことではないわ。あなたは古泉君よりも危険で、涼宮さんと違い”力”のことも理解している。あなたの時空間に
送り込んだ過去の私が、なぜ全く役目を果たせなかったか、わかる気がするわ」
 α世界の朝比奈さん(小)も、未来からの監視要員なのか?
 「そうだよ、最も時間断層に加えて、僕の改変のせいで、彼女はただの僕らの先輩でしかなくなったんで、未来側も
観察がほとんど出来なかっただろうね」
 「くやしいけど、あなたの言うとおり。だからこそ、この時点を未来側は逃すつもりはないのよ。分裂し融合させて、
あなたの世界を固定させようとするこの瞬間を狙っていた」
 朝比奈さん(大)は、銃口を佐々木にむけている。引き金をひけば、この距離で外すことはまずありえない。

 「朝比奈さん、一つ聞きたいことがあります。もし、佐々木の世界が消えたら、俺はどうなるんですか?」
 佐々木と朝比奈さん(大)の会話を聞きながら、気になっていたことを俺は口にした。
 「元の世界へ、涼宮さんとの世界に戻ります。佐々木さんの世界は夢幻。存在してはならない世界なの。あなたが生きる
世界は涼宮さんを愛する世界なのよ、キョン君。そして、この世界の記憶は――長門さんや天蓋領域の端末は無理かもしれ
ないけど――記憶を持つ人々の中から消し去るしかありません」

 ”佐々木。俺とお前がここにいることが、そして今までの時間が夢だったなら、俺は現実を拒否するよ”

 α世界の一年生の夏休みの合同旅行。佐々木に語った俺の言葉。佐々木を愛した俺の心。

 「キョン君!?」
 俺は佐々木の体をかばうように隠し、朝比奈さん(大)と改めて対峙する。

 「すいません、朝比奈さん。俺は佐々木を守ります。この世界を、佐々木を愛した世界を守ります」

 「キョン君、自分がなにを言っているかわかっているの?存在してはいけない、既に時間本流から外れる事が規定事項に
なっている世界を守るというの?それに、その選択は、あなたが涼宮さんを捨てる選択と同じ意味なのよ。あの世界で涼宮
さんや私たちと共に生き、愛した世界を捨てるということなのよ」
 意味は十分過ぎるぐらい解っている。この選択にどんな意味があるのかということを、そして、佐々木が何故単純な世界
改変でなく、二つに世界を分裂させて、元の世界を並行して残したのかも。
 佐々木は俺に選ばせたのだ。佐々木と共に生きる世界とハルヒと共に生きる世界のどちらかの世界を。

 二つの世界の俺の気持ち。佐々木を愛した俺、ハルヒを愛した俺。どちらも本物だ。
 不思議なことはないけど、普通に、時々大変なこともあるけど、穏やかに、そして共に努力しながら生きたα世界。
 刺激的な出来事と不思議でスリリングな非日常と日常が混在し、仲間と共に駆け抜けたハルヒの世界。
 二つの時間。どちらも得難い、一生忘れることが出来ない、同じだけど違う、どちらも失いたくはない、北高での大切な日々。

 「それでも、俺は佐々木を選びます」


 「キョン、ありがとう。私を選んでくれて」
 佐々木をかばうように後ろに回した手に、佐々木が自分の手を重ねる。
 「朝比奈さん、私達の未来は私達のもの。それを決めるのは私達の意思。未来人の意思ではないわ」

 「世界はもうすぐ融合する。選択はなされた。我々の先も、世界の命運も決定された。改変時空固定因子が
発生する」
 周防が全く感情が篭らない、平坦な口調で告げる。

 「私があなたたちを止める!」
 朝比奈さん(大)が、叫びながら、パラライザーの引き金を引いた。

 -----------------------------------------------------------------------------------------------

 私の目の前が、真っ赤に染まり、キョンの体が崩れかかる。
 何が起きているのか、私は解らなかった。
 「そ、そんな・・・・・・」
 引き金を引いた未来人は、呆然として銃を構えたまま、そこに立ち尽くしていた。
 「さ、佐々木」
  私の名前を呼び、私と手をつないだまま、キョンが倒れ込んだ。

 --------------------------------------------------------------------------------------------------

 銃の機能はパラライザーモードに固定されていたはず。なのに、何故、レーザーが発射されたの?
 キョン君が血を流して、私の目の前に崩れ落ちる。
 「キョン!キョン!!」
 倒れたキョン君の体に、佐々木さんがすがりつき、半狂乱でキョン君の名前を呼んでいる。
 ”まさか、裏コード指令?!”

 あくまで噂でしかないが、私達の任務に関する話で、従事者の間で囁かれている、実態ががよくわからない任務
が存在するという。それが裏コ-ド指令というものだ。その任務は、時間軸の規定項目に対して、極めて危険を及ぼ
す人物、組織を”消去”するという任務で、その指令は従事する本人には、違った指令が下され、道具などに細工
がほどこされ、任務終了(成功でも失敗でも)と同時に、従事者は強制的に”回収”され、その任務に関する記憶
を消去される。これは、その任務に従事する者の精神的負担を減らすために考慮された方法で、それゆえこの任務
が果たして本当に存在するのかどうかわからない。あくまで噂として扱われているのはそのためだ。
 だけど、目の前で起きていることは、その噂が本当であることを示している。同時に、今回の任務の真の目的は、
佐々木さんの”消去”だったのだ。しかし、任務は失敗し、キョン君が私の目の前に倒れている。
 ”ならば、なぜ、私は回収されないの?”
 すぐに答えに気づく。今いる場所は、佐々木さんが生み出した閉鎖空間なのだ。私はここに閉じ込められているのだ。
 未来の技術力をしても、ここには力を及ぼせない、手が出ない牢獄なのだ。
 「あ、あ、」
 私の口から言葉にならない声が漏れる。
 手から銃が落ち、地面に音をたてると同時に、私は意識を失った。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2013年04月29日 14:34
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。