15-817「 佐々木IN北高「胸の中のピース」-3

「おあいにくさま。現在我がSOS団は人気絶頂満員御礼、目下空席のできる目処無し、キャンセル待ちも
受け付けてないわ」
朝、教室に着いた俺の耳に最初に飛び込んできたのは不機嫌そうなハルヒの声だった。やれやれ、相手はまた
佐々木か。どうしたんだ、今日は。
返事もせずそっぽを向いて座るハルヒの代わりに、佐々木がその答えを教えてくれた。
「やあキョン、おはよう。いやね、今涼宮さんに、僕もSOS団に入れて貰えないか聞いたところなんだよ。
残念ながら断られたけどね」
そう言って苦笑する佐々木に俺は囁いた。
「悪いことは言わん。ハルヒがこういう調子の時はそっとしておけ。触らぬ神に祟りなしってやつだ」
「くっくっ。君は涼宮さんの心理状態に関しては相当のエキスパートのようだね。羨ましいよ」
羨ましい?散々引きずり回された結果だぜ。小声でそう言うと佐々木は
「いや、羨ましいのは君じゃなく・・・いや、そうかい。うん、そうなんだ」
となぜかしどろもどろになった。佐々木らしくないな、俺はそう思った。
そして佐々木は急に取り繕うかのように
「もし君がよかったら、の話だが、今日は一緒に帰れないだろうか。あ、用事があるようなら図書館ででも
待ってるけど」
と言った。用事ね、まあ特にあるわけでもないが、用事があろうとなかろうとSOS団が絶賛不正占拠中の
文芸部室へ顔を出すのが日課と言えば日課だが。でも古泉や朝比奈さんだって時々はいない日があるんだ。
俺が久々に机を並べることになった親友の頼みを聞いて、一日休むくらい構わないよな。
そう思いつつ後ろを振り向くと、俺の心を読んだかのようにハルヒはチラと視線だけ向けて
「勝手にすれば」
と呟いた。
「じゃ、一緒に帰ろう」
小声で佐々木にそう告げると、佐々木は今度は苦笑ではない素直そうな笑みを俺に見せて
「うん」
と返事をした。その笑顔を見て、なんでだろうね、俺の胸の中にまたあのモヤモヤが戻ってきたのは。
放課後、俺は佐々木と肩を並べて強制ハイキングコースをゆっくりと歩いていた。中学時代と同じように
取りとめのない話をして、時々顔を見合わせてはクスクス笑いながら。それはSOS団の活動をしている
時とはまた違った、楽しい時間だった。
それなのに、俺の胸のモヤモヤは減るどころか増加の一途をたどっていた。なんなんだ、一体。
そんな気持ちが顔にまで出ちまっていたのか、ふと気がつくと佐々木はちょっと不安げな顔で
「どうした、キョン?やっぱり迷惑だったかな?」
と聞いてきた。そんなことはないぜ。こうしておまえと一緒に家路に向かうのも久々なんで、つい中学
時代を懐かしく思い出してね。
そんなふうにごまかした後、俺は懸念事項を一つ佐々木にぶつけてみる事にした。いつかは聞かないと
いけないことだからな。
「佐々木、おまえ、まだこないだの連中とは付き合ってるのか?いや、それをどうこう言うわけじゃないし、
仮に付き合っていても俺はそれでおまえを疑ったりはしない。ただちょっと気になるだけなんだ」
そう尋ねると佐々木はちょっと寂しそうな微笑を浮かべて答えた。
「正直に言うよ。あれ以来ほとんど接触すらないんだ。橘さんだけは今でも時々メールをくれるんだけどね」
佐々木の表情を見て、俺は思った。昼休みに古泉が言っていた話が事実なら、佐々木は前の学校で『親友』と
呼べるような友人は作れなかったのだろう。だからこそあの連中、俺もなんとなく根っからの悪人ではない気が
しつつあったあの三人が、佐々木の持つ力を目的にしていたにせよ、学校の成績なんかのために余計な対抗意識を
持ったりせずに話せる貴重な仲間だったのではないかと。
そう考えれば、佐々木の性格からして乗るはずのないような奇妙な話、世界の改変だの閉鎖空間だのも含めて
受け入れていたんじゃないかと納得がいく。そして、佐々木に寂しげな表情をさせる結末を与えたことに、
ちょっと憤りも感じていた。
「そうか」
俺にはそれ以上何も言えなかった。佐々木も黙ったまま、長い坂道が終わる場所までゆっくりと歩き続けた。
その途中、俺はふと佐々木に尋ねた。なんでそんな事を聞いたのか、その質問を口にした瞬間に後悔するような
事を。それは俺自身にもわからなかった。
「佐々木。ええと、前の学校の頃のことなんだが」
そこで一瞬躊躇したが、俺の口はそのまま質問を続けちまった。
「おまえ、付き合ってた男や、好きだった男はいなかったのか?」
本当に、なんでそんな事を聞いちまったんだろうね。返ってくる答えは予想がつくのに。
「キョン。君は中学の頃僕が言っていたことを忘れちゃったのかい?」
ああ、やっぱりだ。どうせこう続くんだろう。恋愛感情なんて精神的な病の一種だ、と。
「なんだ、覚えてるんじゃないか。それなのに何でまたそんな事を」
あきれたような声を出して笑う佐々木に、それでも俺は念を押した。
「じゃあ、そう言う相手はいなかったんだな」
「当然じゃないか。どうしたんだい、キョン?君らしくもないよ」
そう言いながら笑う佐々木の、なんだか嬉しそうな、でもなんとなく悲しそうなよくわからない表情を見ながら、
俺はなぜか奇妙な安堵感を覚えていた。ただ、同時に胸の中のモヤモヤがまた増えた気がした。
坂の下での別れ際に、俺はもう一つの懸念事項についても聞いてみた。さっきのこともあって、ちょっと躊躇
したが、聞くなら早い方がいいだろう。
「なあ佐々木。おまえ、なんだって急にウチの学校になんか転校してきたんだ?」
「もっともな疑問だね。君の質問には誠実に答えたいところでもあるんだが、実際のところ僕自身にもよく
わからないんだよ」
怪訝そうな表情を浮かべているであろう俺を納得させるかのように、佐々木は一言一言言葉を選ぶように話を
続けた。
「君や涼宮さん、そしてSOS団の人たちを見ていてちょっと羨ましく思ったのは事実なんだ。毎日が楽しそうで、
いや、僕も別に毎日を不満を持って生活してたってわけじゃないんだけどね。ただ、僕よりも君たちの方が楽しそう
には見えた。それでなんとなく、北高に行ってたら僕もキョンたちと一緒にこんな感じの学校生活を送ってたのかな、
と思ったんだよ。うん、ちょっとだけ、本当にちょっとだけだけど、北高に行けばよかったかな、とも思ったんだ」
楽しそう、か。ハルヒと出会って以来、俺はずいぶん色々な経験をしてきた。クラスメイトに殺されそうになったり、
異空間の館に閉じ込められたり、散々な目にも逢ったがそれも含めて、そうだな、たしかに楽しかったさ。
「あれはいつだったかな。確か3週間前だったか、朝起きた瞬間に僕は北高に転校したいと両親に告げようと言う
気分になったんだ。
何故だかわからないけど、そうするべきだ、そうしなきゃいけないんだって感じで、自分自身に背中を押されてる
ような気分だった。おかしいだろう?僕は別に前の学校が嫌になるほどつまらなかったわけじゃないんだ。それなのに
あの朝突然、そんな気になったんだよ」
やっぱり3週間前か。間違いない。長門の言っていた、極小規模の世界改変。佐々木が今ここにいるのはそのためだ。
「食卓について、両親に話を切り出す時はそりゃあ緊張したよ。安くはない入学金や学費を出してくれてるんだから、
反対されると思うのが当然だろう?それなのに、自分でも不思議なくらいすんなりと自分の思いを告げることができた。
そしてもっと不思議だったのは、両親があっさりと、むしろ積極的に賛成してくれたことなんだけどね」
佐々木は遠くの空に浮かぶ、夕焼けに染まった雲に視線を向けつつ、俺にと言うより自分自身を納得させるためのように
話し続けた。
「その後はとんとん拍子ってやつさ。ちょうど北高は定員割れしてて、あっさり編入試験を受けることもできた。それに
合格してこうやって君と同じクラスの一員になれたんだ」

佐々木の言った、最後の一言がなにか引っかかる。それが何かを掴みかける前に、佐々木は言葉を続けた。
「橘さんは、僕を神様だと言っていた。僕は自分がそんなたいそうなものじゃないと思うけど、今回の件で、神様って
のはどこかにいるんじゃないかな、と思うようにはなったよ。そうだ、さっきは自分自身にって言ったけど、あの朝、
僕の背中を押したり、自分の願いを両親にすんなり告げさせてくれたのは神様なのかも知れない。・・・どうした、
キョン?こんなことを言うなんて僕らしくはないかい?」
いや、そんなことはないぜ。俺も最近、神様って奴を信じないでもないのさ。俺の願いは聞いてくれないようだがね。
「そうかい。そう言ってくれるとありがたいよ。・・・でもね、神様ってのはちょっと意地悪かもしれないね」
でも、おまえの後押しをしてくれてるんじゃないのか?
「いやね、どうせ後押ししてくれるなら、両親に転校したいって切り出す時なんかじゃなくもっと大切なことを、
伝えたい人の前で言おうとした時に押してくれればいいのにな、って思うんだよ」
なるほどね、だがな、佐々木。本当に大切なことは他人の力を借りずに自分自身の意思だけで伝えてみろってこと
じゃないのか。
その方が、伝えられた相手も真剣に受け止めてくれるはずだぜ。
「・・・キョン」
佐々木は視線を雲から外すと、俺の方を振り返って呟いた。その表情はなにか真剣な雰囲気を漂わせていた。
「今日はありがとう。延々と長話に付き合ってもらって感謝するよ」
すぐに笑顔に戻った佐々木は、そう言った後も俺の顔をじっと見ていた。そのまっすぐな視線を受けて、さっきまで
忘れかけていた胸の中のモヤモヤが戻ってくるのを感じた。
「じゃ、また明日」
佐々木はそう言い残して去って行った。遠くの方で踏切の音が鳴っていた。どこまでも赤い夕暮れの空、俺はその
赤い空の下でしばらく立ち尽くしていた。
胸の中のモヤモヤが、またジグソーパズルのように形を変えて、俺の中に溜まっていった。
次の朝、正体不明のモヤモヤした感じを胸の中に抱えながら登校した俺を待ち構えていたのは、団長様の不機嫌度
MAXな顔だった。俺の席の前に立ちはだかったハルヒは俺にこう告げた。
「キョン。アンタは最近SOS団の活動を疎かにしているわ。そんな事では他の団員の士気に悪影響を及ぼすから、
今日からしばらく団長の名において無期限謹慎を申し渡すわ」
やれやれ。反論したところで無意味なのは百も承知さ。わかったよ、無期限ってのは、いつになるかわからんが、
おまえの機嫌が良くなったときなんだろうね。
まあ正直言って助かった。なんでだかわからんが、どうもこの重苦しい気持ちが取れないままで部室に行っても
朝比奈さんや長門、もう一人はどうでもいいがあの二人に心配をかけたくはないからな。かと言って俺の方から
休ませろって言えば言ったでハルヒがまた不機嫌になるのは目に見えてるし。
そう考えていた俺が視線に気づき横を見ると、隣席の佐々木が俺に微笑みかけていた。口には出さないが俺には
わかった。その表情は「君も大変だね」って言ってることが。
俺も苦笑交じりの笑顔を佐々木に返した。なんだろう、たったそれだけのことで気持ちが落ち着く気がした。

昼休み、俺は文芸部室兼SOS団アジトのドアの前にいた。この時間ならハルヒはいないだろうし逆にアイツは
いてくれるはずだ。ドアをノックし、答えが返ってこないのを確かめた上で俺はドアノブを回した。
予想通り、窓辺の椅子に座って分厚い本のページをめくる長門の姿がそこにあった。
「長門、ちょっといいか」
本に目を落としたまま、長門は答えた。
「なに?」
「ハルヒの機嫌が一層悪化してるようなんだが、正直どうしていいのかさっぱりわからん」
「そう。でも私にしてあげられることはなにもない」
そうか。そうだよな。いつもおまえに頼ってばかりじゃいられないもんな。悪かったな、長門。
「別にいい」
「ただ、なんでハルヒはあそこまで不機嫌なんだかなあ。俺が佐々木を敵じゃないって言ったのをまだ根に持ってる
わけでもないだろうに。相変わらず扱いが難しいやつだ」
何気なくそう愚痴った俺は、その時初めて本から顔を上げた長門を見て息を呑んだ。
長門の黒い硝子球のような澄んだ瞳の中に見える、わずかな感情。それは明らかに俺を諭すようなものだった。
「あなたはもっと本を読むべき」
初めて長門のそのような視線を向けられ動揺していた俺は、一瞬その意味がわからなかった。
ホン・・・?ああ、本、ね。そう言えば前に借りたSFは結構面白かったぜ。そうだな、久々に読書するのもいいな。
なにかお勧めの本はあるか?
「ここにはない」
長門は淡々とこう言った。
「あなたが読むべきなのは、涼宮ハルヒが以前あなたに書かせようとしたものと同一のジャンルに分類されるもの」
ハルヒが、俺に?それって、つまり・・・。
再度本に視線を落とした長門の横顔はそれ以上の情報提供を拒否していた。俺は仕方なく、団活動無期限謹慎処分を
受けたことを報告し、しばらくここに来れない事を朝比奈さんと古泉にも伝えるように頼んで部室を出た。

ハルヒが俺に書かせようとしたもの。恋愛小説。長門はなんでそんなものを読めと俺に薦めたんだろうか。パズルの
ヒントを聞きに来て新しい問題を渡されたような心境だった。
その日の夜、夕飯後のことだった。
「キョンくーん、お客さーん。女のひとー」
妹に呼ばれ、俺は玄関へ降りていった。いったい誰だ?
「知らないひとー」
どちらさまですか、くらい聞いておけよ。家に訪ねて来るような女性で妹が知らないって言うと、あ!
もしや朝比奈さん(大)か?またなんかヘンテコな事態になってるようだし、アドバイスとかしに来て
くれたのかもしれないな。
そう思いつつドアを開けると、そこに立っていたのは意外な人物だった。表情が硬くなるのが自分でも
わかる。何の用だ、おまえ。
「こんばんは。今日はお話があって来たのです」
そいつ、橘京子は笑顔でそう言った。
話、か。どうせ佐々木のことだろ。佐々木がなんらかの能力を発動したってのを聞きつけて、もう一度
ハルヒに代わる神に祭り上げようとでもしてるのか?随分と勝手なもんだな。
ここしばらく、あの『第二SOS団』の連中との接触がほとんどないと言った時の佐々木の寂しそうな
顔を思い出してなんとなく腹が立った俺はぶっきらぼうにそう言った。
「違います。今日は佐々木さんの友達として来たのです」
友達。その言葉を聞いた瞬間、もう一度あの時の佐々木の表情が頭に浮かんだ。
「ふざけるな!佐々木の『能力』とやらが無くなった途端ロクに連絡もしなくなって、その能力がまた
戻ったらしいとなったら舞い戻ってきて友達面か」
吐き捨てるように言った俺に険しい視線を送り、橘は叫ぶようにこう反発した。
「違う!あなたは何もわかってない!あたしは本当に・・・」
今までの、朝比奈さん誘拐未遂の時や喫茶店での会合の時に見せた事のない、感情の高ぶりをそのまま
ぶつけてくるような口調に俺はちょっと気おされ、
「わかった。話も聞かないうちから悪かった。とりあえず夜の住宅街だし落ち着け」
と、なんとか橘を宥めて近所の公園に連れて行った。妹にでも見られたら後でどう尾ひれがついて話が
広まるかわかったもんじゃないからな。

入り口の自販機で買ったペットボトルのお茶をベンチに座って待つ橘に渡し、俺も自分の分のボトルの
キャップを捻りながら隣に座る。橘はお茶を一口二口飲むと小さな溜息を一つついて話し出した。
「さっきはすみません。ついカッとなって・・・」
いいさ。俺の方もそっちの話を聞かないうちに早合点して悪かったな。
「ええと、お話っていうのは佐々木さんのことで間違いないんですけど、その、今日は、キョンさんを
安心させたくて来たんです」
安心?俺を?
「最初に喫茶店でお話した時言いましたよね。佐々木さんなら神になっても涼宮さんのようにこの世界を
壊したりはしない、って。それだからこそあたし達は佐々木さんに神になってほしかったんです」
「佐々木さん自身がそれを望まなかったし、少しだけ持っていた力をなくしたこともあってあたし達の
組織でも大多数はそれを諦めました」
ぽつりぽつりと言葉を選ぶように橘は話し続けた。
「この間、佐々木さんが世界を改変したと知った時、あたし達は驚愕しました。そんなことをするはずが
ないと信じていたから」
「そして、たった一人のためにそんな事をする人間を神にはできない。まだ少し残っていた『佐々木さん
待望派』も、そう納得せざるを得ませんでした。だからもうあたし達の組織が佐々木さんにちょっかいを
出すことはありません」
ん・・・?ちょっと待て。「たった一人のために」って言ったよな。俺がそう聞き返すと橘は怪訝そうに
「え?はい、言いましたよ?キョンさんだってわかってますよね?」
と逆に聞いてきた。一体俺が何をわかってるって言うんだ?
「・・・本気で言ってるんですか?佐々木さんは、あなたのそばにいるために世界まで変えたのに」
おい、ちょっと待てよ。それはおまえの思い過ごしだ。あの佐々木がそんな理由で世界を変えたりなんか
するわけが無いじゃないか。長い付き合いとは言えないが、その中でも親友と呼びあう信頼関係を作って
きた俺にはわかる・・・
「わかってない!」
橘は急に立ち上がり、俺を睨みつけてそう言った。その橘の目に溢れんばかりに溜まった涙を見て、俺は
言葉を失った。
「あなたは佐々木さんの仮面の上しか見てない!それなのに自分が佐々木さんの理解者だって思い込んで、
佐々木さんの本当の心や、本当の痛みをわかってない!」
橘はそう言うと少し荒くなった呼吸を鎮めるかのようにしばらく沈黙し、またポツリポツリ話し出した。
「あたし達と、あなた達SOS団が完全に敵対関係になった日の夜です、あの晩、あたしは佐々木さんに
呼び出されました。佐々木さんは泣きながら言ったんです。『もう嫌、キョンに嫌われてまで、私は神に
なんかなりたくないの』と。あなたと話してる時の男の子みたいな話し方じゃなくて、一人の女の子に
戻って。あたしは正直言って、あなたのことを妬ましく思いました」
俺は何も言えず、橘の話を聞くだけだった。涙を見せたくないのか、視線を逸らした橘は続けて言った。
「確かにあたしは組織の指示で佐々木さんに接近したのです。それは否定しません。でも次第に佐々木さんの
魅力に惹かれていきました。そして、佐々木さんが、中学を卒業して疎遠になってからもあなたのことを
想っているのを知って、あなたが羨ましかった。佐々木さんの事なんか忘れたかのように、涼宮さんたちと
楽しそうにしているあなたなんかじゃなくあたしが佐々木さんの親友になりたかった。でも、佐々木さんの
心の中には、いつもあなたがいた」
「だから、この間の一件が終わったあと、あたしはなるべく佐々木さんに連絡をしなかった。佐々木さんが
世界を改変したって知ってからは特に。だって、あたし達が近くにいたら、あなただって警戒するでしょ?
佐々木さんが世界を変えてまで叶えたかった願い、その邪魔になるくらいなら冷たい奴と思われてもいい、
そう思ったから・・・」
橘は、堪え切れなくなったのかこぼれる涙をハンカチで拭い取ると、もう一度俺の方に向き直った。
「お願い!佐々木さんを支えてあげられるのはあなただけ!あの、あなたが見てる仮面の下には、弱くて
折れそうな、本当の佐々木さんがいるの!佐々木さんにとっては、あなたは親友なんかじゃない!もっと
大切な人なの!」
真剣な顔で言う橘に、俺は心の中で答えていた。おまえこそ、本当の佐々木の親友だよ。お前の言うとおり、
俺は何にもわかっちゃいなかったんだ。
それを言葉に出す代わりに、俺は言った。
「橘、・・・ありがとう」
それを聞いて橘は立ち上がると、
「これであたしの役目は終わりなのです。あとはあなたにお任せします」
と言い残して帰ろうとした。
俺は橘を呼び止めて言った。
「なあ橘。たまには佐々木に連絡して、一緒に遊んだり買い物に行ったりしろよ。もしおまえが佐々木に
直接連絡しにくいなら俺も誘え。そうだな、周防九曜や藤原が暇ならあいつらも誘え。昨日の敵は今日の
友、って言うだろ。友達は多い方がいいからな」
橘は振り返ると笑顔を見せて
「やっぱりあなたには勝てないのです。あたしの完敗ですね。・・・その時はよろしく!」
と言うと小走りに駅の方へ向かっていった。

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最終更新:2007年08月04日 09:17
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