72-xxx『いつか。そして。当たり前の日常』

 大学も三年目。俺の体感じゃ昨日が入学式だったはずだが、どうも体内時計が故障したらしい
 どこに修理を出せば良いのだろうか。
 修理屋にアテなどないが

「くっくっく」
 などと、俺が頭を抱えていると、おかしそうな笑みがあった。
 おい、ケンカ売ってるなら買ってやるぞ?

「それは遠慮する」
 勝手な奴だ。

「そりゃあ勝手さ、キョン、僕が勝手じゃないことがあったかい?」
 くっくっく、といつもの笑みが覗き込んできたものだ。
 こいつは全く悪びれない。

 そのせいだろうか、俺は常日頃思っていた質問をぶつけてやった。

「まったく、お前はいつも楽しそうだな」
 佐々木はいつでも、いつだって笑みを浮かべている。浮かべている気がする。
 そんなに俺の醜態が楽しいか?
「くっくっく。さてね?」

「―――だがキミだって知るまい。そう、キミが居ないときの僕を、キミは知らないだろう?」
 そりゃそうだ。俺は別に、佐々木のストーカーって訳じゃあねえからな。

「僕はいつも楽しそうだとキミは言う。けれどそれは、あくまでキミの主観、キミの知っている僕だ。解るね?」
 まあな。
「つまりキミは知らないのさ」
 なるほど
「けれど僕は知っている」
 だろうな。

「だから僕はここにいるのさ」

 なにが“だから”なのかは解らんが、その言葉には奇妙な説得力があった。
 そうだな、“だから”かもしれん。
 苦笑が漏れた。

「くくっ」

 そんで俺は見合わせたわけだ。佐々木とな。
 そんで爆笑した。
 爆笑したさ。

 俺はいつか、佐々木の「くくく笑い」を、どこからどうやって出しているのか疑問に思ったことがあった。
 けれど今、俺は同じ笑いをしてしまったのだ。
 無論、教示を受けた憶えはない。

 それが妙にツボにハマッたのか、佐々木はいつものくくく笑いでなく、噴出すように笑っていた。

「人は変化する生き物だからね?」
 笑いを堪え、涙を目の淵に浮かべながらも、なおその顔は笑っていた。
 こいつはいつでも笑っている。

「昨日は不思議だったことが、今日は当たり前になっている。実に不思議なことじゃあないか」

 くっくっく、と本家本元の佐々木笑いが返ってくる。
 まったくこいつは変わらんな。
「そうでもないよ?」

「キミがいないときの僕をキミは知らない。だから、君が居ないときに考えたのさ」
 華奢な手が、やたら力強く背中を叩く。
 俺の背中を佐々木が叩く。

「僕は変わったからここにいるのさ。ねえキョン?」
「なんだ」

「願いを実現する力なんてのは、あの頃の涼宮さんに限らず、誰だってもっているものなのさ」
 願いを実現する力、ハルヒの能力。
 懐かしい言葉に笑みが浮かぶ。

 だがそうだ、それは誰だってもっているものだ。

 あれほど非常識な力ではない、だが、誰だって「願いを実現する」事は出来るのだ。
 誰だって、自分というちっぽけなものを創造しうる神様だ
 自分と周囲は、自分で作ってゆけるのだ

 背を向け合った高校二年。また向き合おうといわれた高校三年。それから色々、そして今。
 ニッと笑った佐々木の隣で。

 中学のように、俺が前って訳じゃなく、佐々木が後ろって訳でもない。
 高校の時のように、何か、目的があるからって訳でもない
 なんでもないフツーの日を、俺たちは並んで歩く。

 中学の頃は、高校の頃も、想像もしなかった日々を当たり前の日常にして。

)終わり

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最終更新:2015年11月29日 14:31
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