74-16「SOS団との決別」

暑い夏の日のこと。太陽がまだ真上にあるような時間に、俺はハイキングコースをゆっくりと降りていた。
二年目の七夕イベントも何事もなく終わり、朝比奈さんから
『中二のハルヒの手伝いをしてほしい』などと言われるかと思っていたが、どうやら杞憂に終わったらしい。
その数日後のことである。なぜ俺はこんな時間帯に下校しているかというと、
ハルヒの一言がきっかけで今まで貯めこんできた鬱憤が噴火したからに他ならない。

数時間前・・・
「あっついわね…今時クーラーも扇風機もない高校なんて北高くらいしかないわよ。まったく」
そういって部室内に顔を出したハルヒが荷物を置いて自分の席についた。
そのセリフを吐いたハルヒに、これまたどうしてかは俺にもわからないのだが、
いつものように熱いお茶をハルヒに差し出す朝比奈さん。
冷蔵庫があるのになんで冷たい飲み物にしないんだこの人は…と思いながらも、
朝比奈さんが煎れてくれるお茶の美味に酔いしれながら古泉とボードゲームをしている俺に
文句を言う資格はない。夏休みに入ってくれれば、空調の効いた室内でのんびりと過ごせるのだが…
それまで我慢ができなかった奴が一人…当然、ハルヒである。
「もう!我慢できない!!キョン、アイス買ってきて!みんなも一緒に頼むといいわ。
 あたしは勿論、サーティワンの二段アイス、王道のチョコとバニラね!」
「それじゃあ、わたしはハーゲンダッツのチョコミントを…」
「では、僕も朝比奈さんと同じハーゲンダッツをお願いします。抹茶味で」
「……チョコレートパフェ」
暑さのせいもあっただろう。毎度毎度ハルヒの無理難題に「やれやれ…」と言いながら付き合ってきたが、
今回ばかりはさすがにキレた。その場でハルヒに怒鳴り散らそうかと思ったが、
意外にも俺の頭の中は至って冷静だった。
この暑さの中、なぜ俺がハイキングコースを一日に二往復もしなきゃならんのかと言おうとしたところで、
名案が思いついた。もうこんな理不尽かつ迷惑極まりないな女に付き合ってられるか。
アイスを買いに行くという名目で荷物を持って部室を飛び出し、そのまま家に帰ることにした。
というわけで、帰宅したあとエアコンの効いた部屋でガリガリ君を食べながらのんびりしていた。

しばらくして、案の定携帯が鳴り響き、電話番号と一緒に涼宮ハルヒと表記されていた。
出た瞬間怒鳴り散らすのは分かっていたので、携帯を自分から少し遠ざけて電話に応じた。
「このバカキョン!いつになったら帰ってくるのよ!さっさと戻ってきなさいよ!」
「馬鹿はお前だ。ハーゲンダッツならまだしも、二段アイスやチョコレートパフェを持って
ハイキングコースを往復していたら溶けてなくなるのは目に見えているだろうが。
もうおまえになんか付き合いきれん。俺は先に帰宅して空調の整った空間でゆっくりしているんだ。
頼むから邪魔しないでくれ」
「はぁ!?あんた何勝手に帰ってんのよ!フン、まぁいいわ。明日の不思議探索ツアー、
誰が最後になってもあんたが罰金だからね!」
「そんなもんもう行かん。お前ら四人で勝手にやってろ。どうせ不思議の一つも見つからずに
 俺の財布が寂しくなるだけなんだからな」
「それはあんたが真面目に探さないからでしょうが!!」
電話に出てからずっとコイツの声のトーンは変わらない。50cm離したところからでも声が聞こえてくる。
「じゃあ聞くが、真面目に探しているはずのおまえが、
一年半やり続けて何ひとつ見つけられないのは一体どういう事だ?」
「う…ぐ…それはそうだけど…。とにかく!明日いつものところに九時集合だから!いいわね!」
言うだけ言って切られる前に返事を返した。
「だからおまえは馬鹿だと言ってるんだ。俺は参加しないと言っただろう。
もういい、おまえらからの電話やメールは届かないように設定をしておくことにする。じゃあな」
「あ!ちょっと!待ちなさいよバカキョン!!」
「そう言われて待つ奴がいるか、阿呆」
こちらから先に通話終了したあと、何度もかかってくる電話を拒否しながら、
着信拒否リストに俺以外のSOS団四人の電話番号とメールアドレスを入力した。
おっと、俺はもうSOS団じゃないか。しかし、朝比奈さんの番号とアドレスまで拒否しなくてはならんとは…
だが、SOS団結成以来、長期休暇を除いて二連休なんて初めてかもしれないな。
とはいえ、他の連中がそう易々と休ませてはくれないだろうが…。

これまでの疲れを全て浄化するかのように俺は床で眠っていた。
夕食を終え、本棚の漫画本を読み返していると、家の呼び鈴が鳴り妹が俺の部屋へとやってきた。
「キョンく~ん、お客さんだよ~。古泉君。それにみくるちゃんと有希ちゃんも来てるよ~」
「俺はいないと伝えてくれ」
「わかった~」と言って玄関に戻っていくが…妹の事だ。馬鹿正直にそのまま伝えて部屋に上げるに違いない。
つかの間をおいて三人が俺の部屋に上がりこんでくる。
「失礼、いらっしゃらないと聞いたもので、部屋で待たせて貰えないかと妹さんに伝えたところ、
 快諾を得ましてね。よもや、いないと聞いていたあなたがいらっしゃるとは思いませんでしたよ」
「なら、家主より先に部屋に上がり込むのは失礼だと思わんのか?
 まぁ、居ると分かってて上がってきたんだろうが、
居たとしても会いたくないという意図がおまえらには伝わらんのか?」
「さっきの涼宮ハルヒの言動に便乗したことを謝りにきた。ごめんなさい」
「わたしも長門さんと一緒です!キョン君ごめんなさい」
「僕もあなたに謝罪をと思いまして…ご無礼をお許しください」
まったく…謝るだけなら揃って俺の家に来ることはないだろうに…違う目的で来たのは目に見えている。
「わかった、三人からの謝罪は受け取った。すまないが今日はもうこれで休みたい。
 風呂もまだ入っていないしな。『ただ謝るだけ』のためにここにまで来てくれたことに礼を言うよ。
 ありがとう。というわけだ、今日はもう帰ってくれないか。
何かあれば月曜にでも教室に来てくれれば聞くよ」
「明日の不思議探索ツアーにあなたにも来て欲しい。クジを弄ってあなたと図書館に行きたい」
「キョン君お願いします。わたし達と一緒に行動してください」
「もしよろしければ、こちらで車を手配させていただきます。明日来て頂けませんか?」
「やれやれ…俺より数段優秀な奴らが、どうして俺の言葉の意味がわからないんだ?
 今日はもう帰れ、何かあれば月曜に聞く。おまえらは今日の事についてただ謝りにきただけ。
 それ以外おまえらの言葉に俺は耳を貸さない」
「キョン君…」
「お願い…きて」
「テストの点数は良くてもそれ以外は頭が回らないらしいな。俺はもう耳を貸さない。
 仕方ない、風呂は明日の朝入ることにする。俺はもう寝る、諦めて帰れ」

部屋の明かりを消し、三人から顔が隠れるようにベッドに横になった。
どこか悲しげで寂しげな表情をしていたが、俺にはもう関係ない。
漠然とその場に突っ立って帰ろうとする足音も、その気配すら感じられない。
ことハルヒのことに関しては諦めの悪い奴らだよ、まったく。
今までこのくだらない団から何度抜けようと思ったか数えきれん。
『世界崩壊の危機を救うため』だの『情緒不安定な状態での情報爆発は主流派も望んでない』だの…
事あるごとにそう言って俺を巻き込んできた。
「もう沢山だ!」と何度思ったか分からん。俺はもうこれっきりにしたいんだ。
「キョン君、お願いです!わたしも迎えに来ますから一緒に来て下さい!」
俺のベッドの横で朝比奈さんが号泣しながら頼んで来たが、俺は沈黙したまま。
長門も古泉も何も喋らず部屋の入口で突っ立っていた。
「キョンく~ん。みくるちゃんどうして泣いているの?」
空気の読めん馬鹿まで勝手に部屋に入ってくる始末。早く居なくなって欲しいんだが…。
「おかあさ~ん、キョン君がみくるちゃん泣かせてる~」
本当に使えない馬鹿な妹だ。言っていることは確かに合っているがこっちは迷惑してるんだ。
めそめそ泣いてないでとっとと帰ってくれ。
「仕方がありません。今回は我々が引きましょう。
涼宮さんには僕の方から説明しておきます。朝比奈さん、車を呼びます。帰りましょう」
「嫌です!わたしはキョン君が『行く』と約束してくれるまで帰りません!
それが出来ないなら今日はここに泊めてもらって、明日はわたしがキョン君を連れて行きます!」
「わたしも同じ。古泉一樹、帰るならあなた一人で帰って。
 朝比奈みくる一人だけでは彼を強引に連れだすことは極めて困難」
長門も朝比奈さんも大胆発言をするもんだ。
いつもの俺なら喜んで泊っていけと言いたいところだが…今回ばかりは二人とも勝手すぎる。
「やれやれ…被害者は俺のはずなんだが…なんで俺が悪者みたいになっているんだ?
 散々帰れと言ったのに聞きもしない。もういい、行ってやるよ。迎えも車も不要だ」
ムクッと起き上がって参加する旨を伝えた俺に三人の笑顔がこちらを向く。
「キョン君!ありがとうございますぅ!うぇぇぇ…」
「ようやく承諾していただけましたか。ありがとうございます!」
「待ってる」
三者三様に言葉を返してきた。だが、勘違いしてもらっては困る。
「確認しておくが、本当に俺が行ってもいいんだな?」
「え、ええ。あなたに来ていただけるだけで十分です」
「明日はあなたと二人で図書館に行く」
「キョン君が来てくれるならわたしも嬉しいです」
「本当にいいんだな?」
俺が言っている言葉の意味を察知したかどうかはわからんが、いつもと様子が違う事は感じ取ったらしい。
それでも長門の「いい、来て」という言葉と共に俺の部屋から去っていった。

翌日、風呂に入って眠気を吹き飛ばし、ようやく身支度を整えて集合場所へと向かった。
集合場所には誰もいない。それもそのはず、俺がやってきた時間は午前十時。
痺れを切らしたハルヒが皆を連れて先に喫茶店に入っている。俺は四人が出てくるのを待った。
案の定、喫茶店から最初に出てきたのはハルヒ。
「このバカキョン!集合時間に一時間以上も遅れてくるなんてどういう神経してんのよ!あんた!」
怒り狂うハルヒとは別に後ろ三人は安堵の表情をしている。
「朝からうるさい奴だ。俺は来たくもなかったんだが、後ろの三人がどうしてもとしつこくてな。
 被害者のはずの俺を悪者扱いするかのようにすがりついてくるんで渋々来てやった。
 『行く』とは言ったが、何時に来ようが俺の勝手。おまえに指図される筋合いはない。
 来て欲しくなかったんなら俺は帰る。佐々木と長話でもしてくることにするさ。じゃあな」
ハルヒの横を通り過ぎて駐輪スペースまで移動しようとしてハルヒに腕を掴まれた。
「待ちなさいよ!昨日の罰がまだ残ってるんだから!コーヒー代、あんたが支払いなさい!」
「馬鹿かおまえは。昨日の罰だかなんだかは知らないが、俺はそれを承諾した覚えはない。
 それにな、喫茶店に入ってすらいないのに、なぜ俺が払わないといかん」
「それはあんたの方よ!このバカキョン!不思議探索ツアーのルールくらいあんたも覚えてるでしょうが!
 あんたはSOS団の団員で雑用係!団長のあたしに黙って着いてくればいいの!」
「嫌なこった。団長と団員の関係とやらもおまえが勝手に押し付けてきただけ。
 それについても俺は承諾した覚えはない。そうやって権限を持ちたがるのなら、
団長は団長らしく不思議の一つでも見つけて団員に見本を見せたらどうだ。
 入学式の自己紹介で堂々と発言したにも関わらず、未だにどれも見つかってないだろうが。
 宇宙人や未来人や超能力者…それに異世界人だったか?どれ一つとして見つかって無いのに
何の成果も上げられずただの人間五人で遊んでるばかりじゃ、
 団長としての尊厳もどのくらい小さいのか教えて欲しいもんだ。
 テレポートでも使える超能力者がいれば、昨日のアイスも溶けずに済んだかもしれんのにな」
当たり前の話だがコイツより俺の方が身長が高いわけで…ハルヒを見下してこれまでの鬱憤を吐き捨てる。
「うるさい、うるさい、うるさいっ!!!
 あったまきた!そこまで言うなら今日中に見つけて、あんたに見せつけてやるわ!」
「おまえなんかに見つけられるとは到底思えないね。
どのくらい小さい不思議を見つけてくるのか楽しみにしてるよ。おまえの器と一緒でな?」
「さっきから聞いていればあたしのこと侮辱してばっかり…頭が高いにも程があるわ!
もし見つかったらあんたは一生あたしの奴隷だからね!いいわね!」
「『もし』なんて言っている時点でおまえはもう負け犬だよ」
「もういいわ!今日はあたし一人で行動する!あんた達は二手に別れて捜索しなさい。フンッ!」

振り向きざまに涙を零して、ハルヒは競歩で俺たちの前から姿を消した。
「さて、長門と図書館だったか?時間も時間だし、どこかで昼食を取ってからにしようぜ。
 長門は閉館時間までいるだろうし、俺はそのまま帰るよ。どうせ何も見つからん」
「キョン君、いくらなんでも酷過ぎです!
このままじゃ、わたしたち以外にも宇宙人や未来人、超能力者が現れて大変なことに…」
「彼女の言う通りです。このままでは近日中に地球が滅んだとしてもおかしくありません」
「そう。いつ情報爆発が起こってもおかしくない。
今すぐ涼宮ハルヒを追いかけてわたしが宇宙人だと自白する以外に手はない」
「だから昨日おまえらに二回も確認したんだ『本当に俺が行ってもいいんだな?』と。
 『来てくれるだけでわたしは嬉しいです』と言ったのはどこの誰だったかな?
 そういえば『来ていただけるだけで十分です』というのも聞いたな。
 お望みどおり来てやったよ。それで十分なんだろう?嬉しいんだろう?
 あとは俺が何を言おうがどんな行動をしようが文句はないんじゃなかったのか?」
ここまで言って朝比奈さんと古泉が視線を逸らしたが、この程度では俺の気は収まらない。
「主流派が望まない情報爆発が起ころうが、未来が不安定になろうが、
地球が神人に滅ぼされようが知ったことか。
いいよなぁ、おまえらは…あいつのご機嫌取りしながら監視しているだけで高額の給料が出るんだから…。
それに比べれば喫茶店の罰金なんて極わずかだろう?
こっちはなけなしの小遣いはたいてやりくりしているってのに。
あいつが起こす事件に巻き込まれて俺がどんなに身を削っても誰も給料なんてくれない。
やってられるか、こんなふざけた生活。ヒーローごっこももう沢山だ。
長門が図書館に行かないのなら俺は帰らせてもらう。因みに言っておくが、
今のあいつに自分が宇宙人だ、未来人だ、超能力者だと明かしてもあいつは納得しない。
俺がもう知っているからな。世界の破滅を防ぎたければこれ以上俺をあいつに近づけないことだ。
ただでさえ、あいつの能力のせいで何度席替えしても変わらないんだ。
一番いい方法を教えておいてやる。あいつの頭の中だけ情報操作して、
SOS団は最初から四人だったと植え付けることだ。
これで俺は何事もなかったかのようにこのふざけたサークル活動から抜けられる。
それでもまだ俺を連れ戻そうとするなら、さっきのような口喧嘩ではなく
あいつを含めたおまえら四人のことを本人に話すまで。
おまえらから十二分に知識を植え付けられたからな。
あいつを破綻させる計画くらい、ちょっと考えただけでいくつも思い浮かんでくる。
それをそのときの状況に合わせて実行に移せばいいだけの話だ。
もう、俺に関わるな。じゃあな」
何も言えない三人を尻目に自転車に乗って駅前を後にした。家に帰っても昨日のようにやってくるだろう。
携帯は着信拒否にしたが…あいつらが駆け付ける前に佐々木の家にでも行くか。
自転車は家に置いたままの方がいいだろう。昼食を摂ってから佐々木の家へと向かった。

翌週月曜日。結局、あのあとは佐々木の家に行ってから昨日の夜遅くまで永遠と話が終わらず、
佐々木が眠くなったところで俺は佐々木の家を後にした。土曜日は塾があったらしいが、
「たった一回休んだだけで成績が極端に落ちるわけではないからね。
 ただでさえ一年間キミと話せなかったんだ。
キョンと話せる有意義な時間が持てるならそのくらいどうということはない。
食事も家で食べていってくれたまえ。キミが気を使う必要はないよ」
などと言っていた。一回くらいならまだ…とは思うのだが、これから毎週行こうかと考えているくらいだ。
今週末あたりにどうするかあいつと相談することにしよう。俺まで塾に行くわけにはいかんしな。
そんなことを考えながら教室に着くと、俺の後ろの席の奴は机に伏せっているわけでも
ポニーテールにしているわけでもなく、ただボーッと外の景色を眺めていた。
寝不足状態の今の俺には十分ありがたい。余計なトラブルは御免被りたいところだ。
遅刻ギリギリに教室に入ってきた俺の後にすかさず岡部がやってきてHRとなった。
最初の挨拶だけ立ち上がり、あとはそのまま眠りについた。
しばらくして、ガタガタと周りが騒がしくなり、何事かと目を開けると時間はとっくに昼休みに入っていた。
「よぉ、キョン。ようやく起きたか。食べようぜ」
谷口の言葉に促され、自分のバッグから弁当箱を出した。
「昨日遅くまでゲームでもして『キョン君!!』
国木田の声をかき消すような大声がクラス中に響いた。声だけで誰が来たのかが分かる。
やれやれ…いつになったら俺を解放してくれるんだか…。クラスの男子生徒の侮蔑の視線が俺に集まる。
「それで?何の用です?朝比奈さん」
「あのっ、わたしとお昼一緒に食べて下さい!!」
「いいですよ。部室棟以外の場所で、朝比奈さんと二人っきり、『涼宮』に関連する話題が出ないならね」
条件付きでYesと答えたが、やはりと言うべきだろうな。
俺の返答に対してどうしていいのか分からない状態に陥っている。わかりやすい。
『部室で』『長門や古泉も一緒に』『涼宮の話をする』朝比奈さんの態度がそう物語っている。
「それがダメなら俺は行けません。朝比奈さんは鶴屋さんたちと食べて下さい」
そう言いきって、自分の席に戻って弁当の包みを開けた。
「おまえ、あの朝比奈さんの誘いを断るなんてどういう神経してるんだ?
 男として恥ずかしくないのか?なんなら俺が代わりに…」
「やめときなよ。涼宮さん絡みで何かあったんでしょ?そうでもないと朝比奈さんが来る理由がない。
 谷口じゃキョンの代わりにはなれないよ」
「そういうことだ。俺はもうあの女の名前すら聞きたくない。頼むから詮索しないでくれ」

期末テストも今月上旬に終わり、昼食後はそのまま岡部が来てHR。
午前で終わりなら昼食の時間をわざわざとらなくてもいいだろうに…と思うのだが、
弁当を作ってもらっている俺たちは裕福な方と言えるだろう。
学食で昼食を摂らないと帰っても何も無い生徒も大勢いる。
ついでに学食の厨房で働くおばちゃん達の給料が出なくなるなどという、大人の事情もあるんだろう。
まぁ、そんなことは俺には関係ない。HRが終わり、ハイキングコースを下って帰路に着き、
空調の整った部屋でのんびりと過ごす、それだけだ。誰であろうが邪魔者は排除するまで。
などと考えている傍から邪魔者の待ち伏せ。俺の家の前にリムジンが止まっている。
ようやく帰って来たかと言いたげにリムジンの後部座席からいつもの三人が顔を出す。
「やぁ、どうも。お帰りをお待ちしておりました」「キョン君…」「待ってた」
三者三様に俺に言葉をかけてきたが、俺は歓迎した覚えはない。
無視を貫いていつもの駐輪スペースに自転車を置こうとしたところ、荷台を長門に掴まれた。
「離せ」と荷台を捕まえている主の真似をするかのように必要最低限の言葉で伝える。
「あなたが話を聞いてくれるまで離さない」
「しつこいんだよ!」
「あなたの言った通り涼宮ハルヒに情報操作を行った。先週の一連の事件の記憶も消去した。
でも、彼女の中のあなたの存在が大きすぎて、いつ元に戻るかわからない。
元に戻ったと同時に情報爆発が起こる可能性が高い」
「いい加減にしろ!そんなに自転車が好きならそこでずっと持っていろ。
ちゃんと片付けておけよ。じゃあな」
ハンドルを放し俺は家のドアを開ける。鍵をかけたとしても長門には通じない。
入ってきた時点で住居不法侵入で警察を呼ぶまで…。
後ろを振り返らず階段を昇っていると後ろから車の発車する音が聞こえてきた。
もはやあいつらも涼宮と一緒だ。俺にとって迷惑極まりない存在。
部屋に入ってすぐ、汗でべた付いたYシャツを脱ぎ棄て、
空調が整った自室で今後の週末の過ごし方について佐々木とメールのやり取りをしていた。
毎週休むわけにもいかんだろうし、もうすぐ夏休みだ。
あいつは塾の夏期講習があるんだろうが…出来れば夏休み中は俺の家に泊ってくれるとありがたい。
その旨もメールに載せて送信した。塾へ行くときは俺が自転車で送ればいいだろう。
夕方になり、妹が俺の部屋へとやってきた。何の用だと思っていると、律儀にその内容を話してきた。
「キョン君、お手紙だよ。古泉君から」
まったく、こうやって良い方向に素直になってくれるとこっちもありがたいんだが…
まぁ、持って来たものがモノだけに、あまり歓迎したくはないと言っておこう。
中身は、銀行振込み手続きの書類、機関への返信用封筒、付箋には
『あなたのこれまでの貢献に対して、機関から給付金を差し上げることになりました。
 今後のことも含めてご検討ください。 古泉』
今後のことも含めてねぇ……。今になってこんなものを貰っても遅いんだよ。
これ以上涼宮に巻き込まれるのが嫌だから俺は今こうやって関係を断ち切ろうとしているんだ。
くだらない…実にくだらない。一年間も音沙汰なしですまなかった。
おまえだけが俺を癒してくれる存在だよ…親友。

翌日、いつも通りの時間に教室に入り毎日欠かさず俺に声をかけてくる谷口。
涼宮も昨日と同じ、机に伏せっているわけでもポニーテールにしているわけでもない。
窓の外を眺めて退屈そうにしていた。挨拶などするはずもなく、
俺が席に着いても涼宮からのアプローチがあるわけではない。
長門が勝手にベラベラと喋っていた通り、情報操作したらしいな。
入学式以降、コイツが髪を切るまでの時期と同じ表情をしている。
異世界のコイツと初めて会ったときの表情もこれと同じものだった。
要するに中学校時代に逆戻り。せいぜい神人退治を頑張ればいいさ。俺にはもう関係ない。
それから数日は俺にとっては平和そのもの。
あの三人からのアプローチも無く至って平穏のはずだったのだが、
その翌日、登校すると俺はある異変に気付いた。
肩肘をついて退屈そうに窓の外を眺めていた昨日までと違い、
腕を組んでまっすぐ前を向き苛立ちを隠せないという態度をとっている。
やれやれ…平穏無事に夏休みに突入したかったんだが、そうさせてはくれないらしい。
俺が席に着くや否や、後ろから声がかかる。
「ねぇ、キョン」
当然、無視。HR開始をこれほど待ち望んだのは北高入学以来これが初めてかもしれん。
「聞こえているでしょ!?少しは反応しなさいよ!」
何を言われようが俺は無視を貫くだけ。岡部教諭はまだ来ないのか?と思った次の瞬間、
後ろの机に後頭部を強打していた。コイツが強硬策に出るのは分かっていたとはいえ、
なんで毎回痛みを伴わねばならんのか…。
「痛ってえな!折角無視してやってるのがまだわからんのか?
おまえのような奇人変人と関わる気は毛頭ない。二度と話しかけるな」
「うるさいわね!あたしがあんたに用があるんだから!振り向くなり、返事するなりしなさいよ!」
「おまえの方がよっぽどうるさい。俺の言った言葉が理解できんのか?話しかけるな」
「この間の不思議探索ツアー、あんたを一生あたしの従僕にしようとしていたのに、
 気がついたら自分のベッドで眠ってた。あんた一体あたしに何したのよ!」
はぁ…どいつもこいつも俺の言葉に耳を傾けようとしない奴ばかり…
にも関わらずなんで俺にばかり情報が入ってくるんだか。
こいつと長門の独りよがりを合わせると、
土曜日、俺の助言通りこいつに情報操作をして一度は一連の記憶を消した。
だが、その情報操作の効果もいつ切れるかわからず、切れた瞬間に情報爆発の可能性が高い。
それなら元の状態の方がまだ得策だと踏んで、コイツにかけた情報操作を元に戻した…か。
それで今日になって土曜日のことを持ちだした。
自分でも呆れるよ…どうしてこういうことにだけは頭が回るのか…やれやれ。

「ちょっと!黙ってないで何か言いなさいよ!
 まぁ、姑息な手でも使わなきゃあたしに敵わないと踏んで何かやらかしたんでしょうけど」
「おまえ、嘘で塗り固めるならもう少しまともな嘘が言えんのか?
 結局何も見つからず、皆に見せる顔がないからそうやって自分勝手に結論づける。
 やはりおまえは、団長とやらの尊厳も、自分自身の器も小さいくせにただ威張っているだけの負け犬だ。
 もう知らん。吠えるだけ吠えればいい。宇宙人も未来人も超能力者もただのおまえの妄想だ。
 どれ一つ見つけられずに生涯を終えることになるだろう。二度と俺を巻き込むな。
 おまえみたいな奇人変人に興味はない。ただの人間だけで俺は十分満足しているんだ」
「うるさいわね!あんたの邪魔さえ入らなきゃ見つけられたのに!フン!」
はい、会話終了。あとは好き勝手やればいいさ。俺にはもう関係ない。
結局古泉からの書類も送付することなく、昼食後のHRで俺はまっすぐ家へと帰った。
谷口たちとどこかに寄り道してもよかったが、家に帰ればあいつが待っている。
『キョン、僕はキミに感謝している。探し求めていた理想郷をようやく見つけた気分だよ。
 夏休みに入ってからなんて寂しいことは言わないでくれたまえ。
すぐにでも、キミのところへ行くことにする。ご両親に宜しく伝えておいて欲しい』
これが先日佐々木に送ったメールの返信だ。
『理想郷を見つけた』なんて相変わらず大袈裟な奴だと思っていたが、
俺にとっても佐々木とのやりとりが癒しの空間であることに違いはない。
もはや涼宮も、長門も、朝比奈さんも、古泉も、もはや邪魔者でしか無くなってしまった。
北高に俺のくつろげる空間はもうどこにも無い。

結局それっきり涼宮とはお互いに無視し合い、俺が部活に出なくとも何も文句を言って来ない。
そんな日が続き、夏休みを明日に備えた最後の登校日。
俺が席に座るとこれまで無視を貫き通してきた後ろの女から話しかけられた。
「あんた、今日部室に来なさい。あたしが見つけたとびっきりの不思議をあんたにも見せてやるわ」
当然無視。「返事くらいしなさいよ」程度のことは言って来るかと思ったが、どうやら自信に充ち溢れている。
大方、俺が驚く顔を見るのが楽しみで仕方がないってところか。
まぁ大体の見当はついている。こいつの鼻っ柱圧し折って二度と関わってこないようにすればいい。
放課後、掃除当番を終え、訪れるのもこれで最後になるであろう部室へと足を運んだ。
ドアを叩いて確認したのち扉を開けると当然残り四人が揃っている。
涼宮は団長机に座って腕と足を組み、朝比奈さんは着替えず制服のまま、長門も読書をしないで
涼宮を囲むように三人立っていた。
「俺はさっさと帰って佐々木と話す時間を堪能したいんだ。
朝比奈さんも着替えてないようだし、早く見せたらどうだ?」
「やっぱりバカキョンにはわからないようね。もう既にあんたの目の前にいるじゃない」
「いつもの文芸部室の光景にしか見えんのだが?」
「見つけたのよ。あたしが探し求めていた宇宙人、未来人、超能力者をね」
「そいつはおめでとうと言っておこう。それで、どこにいるんだ?」
「相変わらずあんたの眼は節穴の様ね。有希が宇宙人、みくるちゃんが未来人、古泉君が超能力者。
 灯台もと暗しもいいとこだったわ。まさかこんな身近にいるとは思わなかったわよ」
「なんだ、もう内緒にしなくてもよくなったのか。
悪いがそんなことなら一年以上も前に三人からカミングアウトされてるよ。
他の人間には黙っておいてくれってな。
『とびっきりの不思議を見つけた』とか言ってたが、それはおまえが見つけたんじゃない。
その三人が仕方なく自分の存在を暴露したのがオチだろう」
「この前のあんたのセリフ、そっくりそのまま返してやるわ。
 あんた、もう少しまともな嘘つけないわけ?内心驚いているクセに強がってんじゃないわよ!」
「ほう、ならおまえがどれだけそいつらの事を知っているのか試してみよう。
 問1、長門が所属している組織の名前は?」
「そ、そんなの、まだ有希に聞いてないし知らないわよ…」
「情報統合思念体って言うんだよ。
問2、朝倉がいなくなった本当の理由は?」
「なんで今朝倉のことが出てくるのよ!?」
「朝倉も長門と同じく宇宙人。与えられた任務を独断専行で動いたせいで情報統合思念体に戻された。
問3、朝比奈さんがもつタイムマシンの略称、及び正式名称は?」
「タイムマシン持ってるんだから別に名前なんて知る必要ないわよ!」
「タイムプレーンデストロイドデバイス。略称がTPDDだ。
問4、古泉が超能力を発揮するために必要な条件は?」
「あーうるさい、うるさい!そんなこと後で本人に聞けばいいわ!
 とにかく、ここはもうあんたみたいな普通の人間が来る場所じゃないの!
あんたには退団処分を通告するわ!二度とここに来ないでよね!」
「それはありがたい。今後一切おまえらとの関係を断ち切ることができるのなら、ありがたく頂くよ。
 その代わり、おまえらこそ二度と俺に関わるなよ。
 まぁ、言ったところでどうせまた関わってこようとするだろうがな。
俺の言ったこと聞かない奴らばかりだしな」
「安心しなさい!そんなことは生涯訪れることないわ!さっさと出て行きなさい!」
「今の言葉、忘れるなよ?」

部室棟の階段を降りながら腕を組んで背伸びをしていた。
ようやくあいつらと関係を断てる。もはや情報爆発も未来の安定も人類滅亡の危機も知ったことか。
俺にはもう関係ない。ちょっと前に口論したばかりなのに、今はすがすがしいと感じている。
ハイキングコースを駆け降り、自転車で家に帰ると部屋で佐々木が待っていた。
「やぁキョン、おかえり。僕の方が早いなんて珍しいね。何をしてたんだい?」
「大したことじゃない。涼宮が『とびっきりの不思議を見つけたから部室に来なさい』なんていうから、
 渋々部活に行ってみたら、長門達が自分たちの存在を涼宮にただバラしただけだった。
 まぁ、これで正式にあいつらと関わらなくて済む。その分の時間は全ておまえとの時間にあてるつもりだ。
 一年間も音沙汰無しで本当にすまなかった」
「キミがそう言ってくれると僕も嬉しいよ。
 だがね、キョン。キミにはこれから受験勉強を始めて貰わないとならない。
 大学にはキミと二人で行きたいんだ。出来れば、僕の受ける大学にキミが合わせてくれると嬉しい。
 勿論、それについての助力は惜しまないつもりでいるよ。
 本当なら僕も今の塾をやめて、キミとの生活を共にしたいんだが、
流石にそこまでは僕の両親も許さないだろうからね。
申し訳ないがその時間は一人で学習に励んでいてくれたまえ」
「そんなことならお安い御用だ。だが、最後まで俺の受験勉強に付き合ってもらうぞ?」

夏休みに入り、佐々木からは夏休みの宿題を全て七月中に終わらせるようにと指示が出され、
佐々木を塾に送って迎えに行くまでの間は、とりあえずそれに励むことになった。
勿論、佐々木と一緒にいる時間も勉強時間にあて、キリのいいところで止めて二人で話をする日々が続いた。
七月最後の日は日付が変わる直前まで問題と向き合い、佐々木にサポートされながら
なんとか終わらせることができた。
「おめでとう、キョン。キミが目標を達成できたことに僕は感動した。
 僕が勝手に定めた期限を守ってくれたことにね。
 僕はね、キョン。僕が所属している今の高校にキミのような存在は誰一人としていないんだ。
 話しかけられれば僕も話をする、その程度だと思ってくれたまえ。
 だからこそ、キミとこうやって話している時間ほど貴重なものはない。
 大学に二人で行きたいと思っているのはそのせいなんだよ」
「相変わらず大袈裟な奴だ。俺と似たような奴ならどこにでもいるだろう。
 もっとも、橘や藤原は別としてだがな」
「女子はまだいい。でもね、キョン。キミ以外の男子は少し慣れ親しむとすぐ僕に好きだと迫ってくる。
 僕にとって恋愛感情なんて精神病の一種だと言うのは、中学時代にキミにも話しただろう?
 告白されるたびにどうやって断っていいか困っているんだ。
キョンにこんなこと伝えてもどうかと思うんだが…あるとき、ふと気がついたんだよ。
キミなら僕は精神病でもかまわないとね。前に話した僕の存在意義については覚えているかい?」
「ああ。簡潔にまとめると、自分の遺伝子か自らが考え出した理論や概念を後世に残す。だったか?
 だが、それがどうした」
「そこまで分かっていてキミはどうしてそんなに鈍感なんだい?」
「何がだ?」
「キョン…これ以上僕に言わせないでくれたまえ」
やれやれ…告白とプロポーズをまとめて言われるとは思わなかった。佐々木の頭を引きよせ、頭を撫でる。
これから何をするのか分かったかのように佐々木は目を瞑り、俺は顔を近づけていた。

その日から、佐々木との会話はベッドに横になり、お互い抱きしめ合ったまま話すようになった。
もっとも、佐々木のことを腕枕するのはいわずもがなである。
「最近はこうしてないと会話が弾まないんだ。どうしてだろうね」
などと言っていたが心配いらん。俺だって一緒だ。
空調の効いた室内でお互い出来るだけ身体を寄せ合って勉強に励んでいる。
何もそこまですることもないと思うんだが…
「こうしてないと集中できなくてね」なんて言ってくるのが容易に想像がつく。
ある日、受験勉強を終えて佐々木と二人で喋っていると、家の呼び鈴が鳴った。
妹が応対して真っ暗な俺の部屋へと堂々と入ってくる。
「キョン君、お客さん。有希ちゃんたち」
「『人が寝てる時に起こすな。帰れ』と伝えて絶対に家に入れるな」
「わかった~」とは言ったがどうせ入ってくるだろうな。やれやれ…
三者三様に挨拶をしてきたが無視。佐々木にももう寝ようと伝え、俺も目を瞑る。
「今年もループ現象が起きた。今回で121回目のシークエンス。
あなたがいないと涼宮ハルヒは無限に同じ夏休みを繰り返す。お願い、わたし達と一緒に行動して」
ループ現象ね。なら受験勉強も佐々木が塾に行く必要もなくなった。
何万回ループしようと俺には関係ない。俺は佐々木とずっと話しているだけ。報告御苦労さん。
などと心の中で返答していたが、案の定一向に帰る気配がない。
あれほど俺に関わるなと言ったのに、相変わらず馬鹿な連中だ。
結局その日は五人が俺の狭い部屋に寝転がり、こいつらのせいで寝不足状態で早朝に目が覚めてしまった。
古泉は神人退治に向かったらしいな。なら残り二人も部屋から追い出すまで。
朝比奈さんを玄関の外へと運び、長門は窓から放り投げた。
宇宙人ならこれくらいのダメージも大したことないだろう。
衝撃で起きた長門が朝比奈さんを連れて俺の部屋へと入ってきた。
二人分の朝食を持って部屋へと戻り、佐々木に食べようと促す。
「彼女たちの分はいいのかい?僕らばかり食べるというのは…なんだか気がひけるな」
「気にしなくてもいい。こいつらは俺の言うことを聞かず、自分の都合だけ通そうとする我儘な連中だ。
 それより佐々木、去年と同じループ現象が起こったらしい。受験勉強も塾も関係ない。
 二週間ずっと話していられるぞ。何万回もループすれば一生で話し切れないくらいの会話が可能だ。
 もっとも記憶が消されているから同じ話をすることもありえる。今日は話のネタを探しにいかないか?」
「それは面白そうだ。今までの僕たちがどんなことを話していたのかは知らないが、
 僕も知りえない新しい発見ができそうだね。だがね、キョン。いくら発掘したからといっても、
 記憶が消されるんじゃ無意味じゃないのかい?」
「…それもそうだな。同じ事ばかり喋っていたとしても、俺たちが満足すればそれでいいか」
「キョン君お願いします。わたし達と一緒に来て下さい」
「さっきも言っただろう。俺の言うことも聞かずに自分の都合だけ通そうとする連中とは関わらない。
 二度と俺に関わるなと言ったはずだ。とっとと帰れ。ただでさえ勝手に泊まり込んだんだからな。
 これ以上居座ろうとするなら警察に通報する。とっとと俺たちの前から姿を消せ。そして二度と現れるな」
「あなたがいないとこのループは解除できない。
このままループが続けば急進派どころか主流派まで動いてしまう。お願い、来て」
「知ったことか。そうやって何度もお願いされたところで俺の考えは変わらん。
急進派が俺を殺しに来る前にさっさと他のプランを練ればいいだろう。
もう二度と俺に関わるなと何度言えばおまえらに伝わるんだ?
大体な、100回以上もループしてて、俺がどんな反応をするか長門なら知っているはずだろう。
にも関わらず、俺のところへのこのことやってくる。
成績は優秀でも馬鹿なのがよく分かったよ。さっさと出て行け、二度と俺の前に姿を現すな」
最悪の場合この二人を殴り飛ばしてでもと思っていたが、ようやく引き下がったようだ。
どの道、時間的にもそろそろ移動しないと集合時間に間に合わないと言ったところだろう。
今度は妹じゃなく俺が玄関で応対する。しつこければしつこいほど俺は拒否するだけ。
佐々木と話す時間がなくなってしまう。その夜、また現れると思っていたが、どうやら杞憂に終わったようだ。

夏休みもそろそろ終わりを告げる八月二十八日のこと。
朝食をすませ、いつものように佐々木と抱き合いながら話していた。
「あと三日でまた元に戻ってしまうんだね。キョンとは随分話をしたけど、まだ話し足りないよ。
 僕らの記憶が消えずにループするなら、以前キミの言っていた話のネタ探しにいくのも悪くはないんだが…」
「それについては俺も同意見だ。
またあいつらがここに勝手に入り込んで、そのしつこさにイライラしないといけないと思うと…
 100回も同じこと繰り返しているのに、長門もいい加減諦めないのかと…ピンポーン
「噂をすれば何とやらだ。俺が行って部屋には上がらせない。ちょっと待っていてくれ」
妹が玄関へと駆けつけドアを開けて侵入者と話をしている。
「あ、キョン君。みくるちゃんの誕生日会やるんだって~」
「だったら他でやれ。何度言えばおまえらは俺から姿を消してくれるんだ?
 『生涯俺には関わらない』と言ったのはおまえだろうが」
「みくるちゃんの誕生日祝いに折角あんたを誘ってやろうと思ったのに
なんでそんなこと言われなきゃならないのよ!」
「こっちは迷惑だ。大体な、一ヶ月ちょっと経過しただけで自分の言ったことを忘れてんじゃねえよ。
 さっさと家から出て行け。二度と来るな」
バースデーケーキを持った涼宮の肩を押し、四人とも外に出たところでドアを閉め、鍵をかける。
「ちょっと!キョン!開けなさいよ!」
涼宮が玄関の扉を叩いているが無視。自室へと戻り佐々木と会話の続きをしよう。
カチャリと鍵の開く音がして階段の途中で振り返る。
こんなことができる奴は長門しかおらん。再び押し掛けるように家の中へと入ってきた。
住居不法侵入罪決定だ。警察を呼ぶことにしよう。そのまえに躾が必要なようだ。
「さぁ、みんな上がりましょ」
靴を脱ぎ、勝手に入りこんできた涼宮がもっていたバースデーケーキを叩き落とし、顔面を思いっきり殴った。
床に落ちたケーキを足で踏み潰す。
「なっ…なんてことをするんです!」
「おまえらにそう言われる筋合いはない。
言っても聞かない連中には身体で覚えてもらうまで。さて…次にやられたいのはどいつだ!?
 もはやおまえらの行動は犯罪に等しい。これ以上人騒がせになるようなら警察に通報する」
「あんた、団長を殴るなんて雑用係がいい度胸してんじゃない。どういう罰がいいかしら…?」
「そのキチガイな団体から俺に退団通告した奴が、未だに団長だ雑用係だと抜かすな」
涼宮の顔面を再度殴り、腹部を蹴り飛ばした。
「キョン君いくらなんでも酷過ぎです!」
「じゃあ、招き入れてもいないのに何度も人の家に上がり込み、挙句の果てには宇宙人的パワーで
 勝手に鍵を開けて入り込もうとするおまえらは一体なんだ?
 犯罪者から家を守って何が悪い。これ以上おまえらを放置すると何をするかわからんからな。
 殴られたくなければさっさと出ていけ……出ていけと言ってんだよ!!!」
誰も何も言わないが…動こうともしない。涼宮は殴られたショックで涙を流している。なら…
「分かった。そんなに出て行くのが嫌なら、涼宮に全て話してしまおう。もう隠す必要ないんだろ?」
『!!!』
「待って!出ていく…ここからすぐに立ち去るから…お願い!」
「涼宮、この三人が何でこんなに必死になって俺を巻き込もうとしているか分かるか?」
「お願いです!キョン君、やめて下さい!」
「早くここから立ち去りましょう。涼宮さん立てますか?」
「おまえのふざけた能力のせいで、夏休みが永遠とループしているんだよ」
「ループ…?あたしの能力…?一体何のことよ」
「さぁ、涼宮さん行きますよ」
「嫌!あんた、これ以上何を隠していたっていうのよ!」
「それについてはその三人も知っている。後でじっくり聞けばいい。この潰れたケーキでも食べながらな」
踏みつぶしたケーキを拾い上げ、蓋を開けて涼宮の顔面に向かって投げつけた。
涼宮の顔はクリームまみれ、顔に当たって落ちたケーキが私服を白く染める。
蓋も折りたたんで投げつけ、蓋の角が涼宮の額を小突く。
もはや言葉も出ないようだな。泣き崩れていた涼宮をリムジンに乗せて去って行った。
これでもう来ることはあるまい。

八月三十一日、その日も空調の効いた自室で佐々木と抱き合って話していた。
「今回のシークエンスとやらもここまでのようだね。
 こんなに満足感でいっぱいになるのは久方ぶりだ。
まぁ、二週間前に同じような話をしているだろうけどね。
 これで記憶がなくなってしまうなんてもったいない。僕も九月一日が待ち遠しくなってきたよ」
「まぁ、長門の言う通りなら、俺があいつらと二週間も一緒に行動しなければループは永遠に続くらしいからな。
 俺があいつらに関わらずに九月一日を迎えられるのなら大歓迎だよ」
「どうせ忘れてしまうのならカウントダウンをしなくても…と思ってしまうんだけどね、
 気になって仕方がないんだ。とはいえ、僕らの生活のリズムをあまり乱したくないし…
 キョン、僕はどうするべきか教えてくれたまえ」
「今日はもう寝て、明日の朝にでも日付を確認すればいい。
 だが、気になって仕方ないんじゃ眠れそうにないな。
多少の睡眠不足は仕方ないとして、時間まで話していればいいだろう。
あれだけ話をしたはずなのに、俺はまだ話し足りないんだ」
「くっくっ、キミにそう言ってもらえると僕も嬉しいよ。
九月を迎えることができたら今度こそ話のネタ探しに行くとしよう」
「それは当分先になりそうだ。二週間受験勉強に勤しむことが出来なかったんだからな。
 しばらくは俺の受験勉強に付き合ってもらうぞ?」
「いいね、キミと同じ大学に行けるなら僕は協力を惜しまないつもりだよ」
そこまで佐々木と話をして、時間を確認する…午前零時七分!?
「佐々木、二週間ずっと話していたこと覚えているか?」
「どうやらそのようだね。彼女はキョンに頼ることなくループを脱出した。
 どんな方法を使ったのか皆目見当もつかないけどね」
「大方、長門が涼宮の力を一時的に自分に移動させたってところだろ。
 ようやく切り札を出したらしい。とにかく今日からまた学校だ。寝ようぜ」
寝ようぜと言う前に佐々木はすやすやと眠っていた。
これまで何度も見てきたが可愛い寝顔をしているもんだ。
おやすみの口づけを交わして、俺も眠ることにした。

翌日、佐々木を高校まで送ってから北高へと向かう。
俺のくつろげる場所が一切ない場所に後一年半も通わなくてはいけなくなると思うと、
やれやれとしか言葉が出てこない。
だが、佐々木と同じ高校を受ける以上、授業だけはちゃんと出なければならん。
内申点も関わってくるしな。
授業中もそうだが休み時間も出来る限り問題集を解き進め、分からない所は国木田にも教えてもらっていた。
「おまえ、明日雪でも降らせる気か?」
などと谷口から言われたが、夏休みの宿題も手つかずのコイツが勉強していた方がよっぽど確率が高い。
俺の後ろの女はというと、一応登校はしてきたものの、机で寝たまま起きる気配がない。
まぁ、原因はどうあれ、もう俺に関わらないならそれでいい。
帰りのHRが終わり次第即座に北高を飛び出し、佐々木を迎えに行く。
これからはそれが俺のルーティンワークになりそうだ。
数日が経過し、あの女も元気を取り戻したようだが俺には関係ない。
だが、未だに関わろうとする奴が一人。
「すみません。ちょっとお時間よろしいですか?」
教室の扉の前でクマだらけのニヤケスマイルが声をかけてくる。当然、無視だ。
こいつから貰った例の書類も既に捨てている。
俺はおまえに関わっている時間などない。受験勉強中なんだから邪魔しないでもらいたいね。
「キョン、呼ばれてるけどいいの?」
「ああ、あいつらとは関わらないことに決めている。それよりこの問題教えてくれないか?」
「そうかい?それならいいけど。えっと、これはね……」
国木田に教わっているうちにいつの間にやらクラス内に侵入してきたようで、肩を鷲掴みにされた。
無論、その手の持ち主はというと、維持しようとしても顔が歪んでいるニヤケスマイルだ。
「勉強中に失礼します、急を要する話でして…。なんとかお時間を割いてはいただけませんか?」
「それができないと行動で示しているのがまだわからんのか。
 先に言っておいてやる。今後はあの女の機嫌だけでなく、俺の機嫌にも注意を払うことだ。
 自分で自分の首を絞めることになるんだからな。俺の機嫌を損ねないうちにさっさと出ていけ」
俺の肩を鷲掴みにしていた手もようやく離れ、自分で自分の首を絞めるというのがどういうことなのか
ようやく理解したらしい。とぼとぼと去っていくのを国木田が黙って見ていた。
その放課後、涼宮に見つからないように例の三人がクラスの外で見張っていた。
当たり前のようにそいつらを無視して生徒玄関へと向かう。
「キョン君、お願いします。部活に来て下さい!」
「あなたがいないとSOS団は成立しません!」
「これ以上、涼宮ハルヒの情緒不安定な状態が続くと危険」
相変わらず自分勝手な奴らだよ。下足入れの前で朝比奈みくるが立ちふさがり、
長門が俺の左手を掴んで離さない。言っても効果がないのは十分に分かっている。
右手で長門の顔面を殴り、朝比奈みくるの腹部を蹴り飛ばしたところで靴を履き替え、
ハイキングコースを下って行った。追って来るかと思ったがさすがにショックだったらしいな。
今日は佐々木と二人で行こうと思っていたところがある。邪魔者は全て排除する。それだけだ。

「キョン、いくらなんでもそれはやりすぎなんじゃないのかい?」
「気にするな。自分の都合だけ通そうとする奴らだということは、おまえも見ているだろう。
 どいつもこいつも俺が何を言おうが聞きやしない。まったく、こんなことになるなら
中学の段階から佐々木と同じ高校に進学することを考えるべきだったと思うよ」
「キミにそう言ってもらえると僕も嬉しい。だがね、キョン。
 それだけのことをやらなければならない程の付き合いなら、
キミがどうあがいても彼女たちとの関係は断ちきれないと僕は推理する。
これから向かう先でキョンがやろうとしていることも含めてね」
内緒にしておいてあとで恥ずかしがるかと思ったがバレていたようだ。
市役所に駆け込んで婚姻届を貰って既成事実を作ってしまうつもりだったのだが…
提出するにはあと一年と二ヶ月経たないと受け取ってもらえない。
ニヤケスマイルの封筒の中身じゃないが、あの三人のパトロンに億単位で金を請求して婚約指輪でも買うか?
いやいや、それでは佐々木が納得しない。あのループのせいでバイトも受験勉強も出来なかったし…
どうするかは今後佐々木と話し合っていくことにしよう。婚姻届を受け取って互いの名前を記入。
母親にサインを頼んで、あとは佐々木の両親にもちゃんと挨拶しに行かないとな。
「あんた、こんなにいいお嫁さんもらうんだから…苦労かけるんじゃないわよ?」などと小言を言われてしまった。
「僕も今日からキミのご母堂の手伝いをすることにするよ。その間に問題集を進めておいてくれたまえ」
佐々木との時間も少し削られてしまったが、本人の意向だから仕方がない。
俺がまずやるべきことは受験勉強をして佐々木と同じ大学に合格すること。
宇宙人も未来人も超能力者も気違い女も知ったことか。
その日は二人での会話も大してすることなく眠りに就いた。

翌日、俺が自席について受験勉強を始めると、
「おい、キョン!おまえ、朝比奈さんを蹴り飛ばすなんてどういう神経してんだ!
全校生徒から睨まれるぞ!?」
「なら、俺を睨む前に朝比奈みくると交流を深めろと伝えておけ。俺にはもう関わり合いのない人間なんだ。
 自分の都合だけ通そうとされてほとほと呆れかえっているんでな。
それに、そいつらからすれば、最大のライバルがいなくなったようなもんだ。
俺の近くにいればおまえにもチャンスが訪れるかも知れん」
そこまで言うと掌を返したかのように意気揚々に教室から姿を消した。どこに吹聴しに行ってるのやら…。
と、そこへまたもや俺の受験勉強の邪魔をしようとする敵その2が出現。
「あんた、有希を殴って、みくるちゃんを蹴り飛ばすなんてどういうつもりよ!
 部室に来てから二人ともずっと泣いてたんだから!今日ちゃんと部室に来て謝りなさい!いいわね!」
は、勝手に言ってろ。俺は部室にも行かなければあの連中に謝ることもしない。
向こうから近付いて来ないなら願ったり叶ったりだ。そう思いながら無視し続けてると、
「ちょっとあんた聞いてるの!?」
と言って俺の襟首を掴んだ。いくら昨日暴力を奮ったとはいえそう何度も後頭部を強打するのはごめんだ。
シャーペンを持ったまま腕を180°回転させた。シャーペンの先が涼宮の腕に刺さる。
「痛った!何すんのよ!このバカキョン!!」
そのあとも後ろから罵声や怒号がうるさかったが全て無視。
二度と関わらないと言ったのはこいつらの方。俺が加害者のような扱いをされる筋合いはない。
それにしても、どれだけ周りがうるさくても慣れるとこんなに集中できるとは思わなかった。
いくら涼宮が叫んでもさほど気にならない。
あとは帰り際にネクタイを掴んでくる奴の腕をもう一度刺せばいい。
案の定、HR終了と同時にネクタイを掴んできた手にシャーペンを突き刺す。
帰ろうとしたところで背中を蹴られ、振り返って涼宮を睨みつける。
俺が一歩近づくと、脅えた涼宮が一歩下がる。
逃げられなくなったところで殴り倒し、腹部を蹴って教室を後にした。
俺の行先は部室ではない。佐々木の高校だ。

その後、イベントの度にキチガイ女から用件だけ勝手に伝えられ、
「今度の運動会の部活対抗リレー、五人必要なんだからあんたも出なさい」
などと勝手に俺をリレーにエントリーされていることを断言してきたが、俺は勿論何も答えない。
通常授業ではなく運動会練習がある日は遅刻や早退をしたかったが、
内申に響く以上そうも言ってられない。
予行と当日だけ仮病で欠席し、佐々木が帰って来るまで自力で問題と向き合っていた。
また、文化祭が近くなると、
「今年は皆でバンド組むわよ。みくるちゃんは楽器できそうにないからあんたがベースやんなさい。
 運動会のときみたいに仮病で休んだらただじゃおかないから。
今日から部室で練習するから、あんたも必ず来ること。いいわね!」
そんな言い方で俺が参加すると本気で思っているところがアホらしい。
帰りのHR終了と同時にネクタイを掴まれたが、前回同様振りほどいて殴り倒す。
生物学上、一応女を殴ったことになるので周囲の視線が俺に集まり、蔑んだ眼で見ている。だが…
「おまえのような馬鹿の相手をしているほど俺は暇じゃないんだよ。
いい加減覚えたらどうだ?俺に関わろうとするとこうなるってな」
涙を堪えながらこっちを睨みつけてきたが、言い返してくることはなかった。
こっちは言い返してきた時点で蹴り飛ばすつもりだったしな。馬鹿でもその辺りのことは察知しているらしい。
もはやどんなアプローチをしてきても一切関わり合いを持たないといい加減気付かないのかね、こいつは。
結局文化祭準備期間は全て早退。当日も欠席し、受験勉強に明け暮れた。
谷口や国木田に聞いたところ、どちらも俺の代わりに鶴屋さんを呼んだようだ。
「それにしても、佐々木さんだっけか?
おまえが休み時間もずっと勉強してることに違和感を感じなくなったが、
そんなにレベルの高い大学目指しているのか?」
「佐々木さんとならそうなるだろうね。この前の定期テストも吃驚したよ。
 谷口と赤点ギリギリで争っていたはずなのに、僕まで追い越されそうだった。
 古泉君は点数が落ちて順位が下がったみたいだけどね」
国木田と争う程度のレベルでは佐々木の大学には到底行けるわけがない。
古泉が点を落としたのは閉鎖空間に駆り出されて勉強している余裕もなかったせいだろう。
運動会のリレーはいいとして、バンドで演奏するとなれば相応の練習が必要。
サイコメトリー能力を持つ超能力者か、長門のような宇宙人を連れて来ない限りは不可能だろうな。
そういえば最近クラスの女子が古泉のことを話題に上げることが多くなった。
登校してきても寝不足で千鳥足状態。欠席の方が多くなりこれ以上休むと進級も危ういとか。
また例の三人が俺のところへしつこくやってきそうだ。やれやれ…

ある日、いつも通り佐々木を高校へ送ってから北高へ着くと、俺の下足入れに一通の手紙。
裏には『朝比奈みくる』と書いてあった。大人版の方が絡んできたと見て間違いないな。
この時間平面上にいる朝比奈みくるなら、こんな手は通用しないと分かっている。
それについては報告されていてもおかしくないはずだが…まぁいい。
どうせ内容は二人とも同じに決まっている。中身も読まずに八等分してから燃えるゴミの仲間となった。
その日の放課後、廊下からの視線が俺に向いている。確認しなくとも誰の視線なのかはっきりと分かる。
無論、どんな声かけをされようが無視するまで。
強引に弾き止めようとすれば以前と同じく部室で泣き寝入りすることになるだけだ。
校門を出てしばらくしたところで、大人版朝比奈みくるが待ち構えていた。
「キョン君、中身も見ずに破り捨てるなんて酷いです!わたし、怒ると結構怖いんですよ?」
「だからなんだ。どうせ内容は後ろの三人と同じだろう。
 俺は佐々木を迎えに行かないといけないんだ。通してもらおうか。邪魔立てするならこっちも容赦しない」
さすがに驚きを隠せないらしいな。俺が命令口調で喋り、自分に脅しをかけていることを。
「ですが、このままでは規定事項が満たせなくなってしまいます。キョン君、お願いします」
「は、あんな女と一緒にSOS団として高校生活を全うすることが規定事項だとでもいいたいのか?
 だったら願い下げだ。あんな傍若無人女とこれ以上付き合わされるなんてごめんだね。
 俺が死んだ後の未来のことなんざ知ったことか。
 誰が何と言おうと、一度決めたことを覆すつもりは毛頭ない。
 精々、帰りの時間跳躍で空ける穴だけで済むことを祈ってるよ。
その穴埋め作業をしなければならなくなるのは過去のあんたなんだからな」
「もうそこまでお見通しなんですね。解かりました。
 そこにいるわたしに全てを託すことにします。でも、お願いです。
どうか…わたしたちの願いを聞き入れて下さい。あなたでないと涼宮さんの暴走を食い止められません」
言うだけ言って未来へ帰って行きやがった。あいつが暴走したところで、対抗手段ならいかようにもできる。
こっちは最悪のケースを想定した上で関係を断とうとしているんだ。
にも関わらず、こうやって俺に付いてくる馬鹿が三人。余計な時間をくってしまった。急ごう。
「待って!これ以上この状態が長引けば、古泉一樹の進級どころか、命すら危ない!」
「そう言われて待つ奴がいるか、阿呆。お前ら情報統合思念体が全同位体を送り込めばそれで済む。
 出し惜しみしてないでとっとと片付ければ、他のエージェントは無理でも
古泉一人くらいなんとかなるだろうが。機関に全同位体を待機させて対応にあたらせろ」
「それは既にやっています。それでも対応しきれないんです!」
「キョン君、お願いします!蹴られたことももう気にしてませんから!」
大きな溜め息のあとに舌打ちが出てきた。何が『蹴られたことももう気にしてませんから』だ。
気にしてもらわないと困るんだよ。そうでもしないといつまで経っても関係が断ち切れん。
「やれやれ…情報統合思念体の同位体も数ばっかりで使えない人形ばかりらしいな。
 だが…だからどうした。おまえらがどうなろうと俺には関係ない。
 そうやって俺にしつこく付きまとえば、いずれ俺が折れてくれるとでも思っているのか?
 逆効果なんだよ。そうやって俺に関わろうとするのはな。いい加減諦めて別の策を練ることを勧めるよ」
そう言っているにも関わらず、ハイキングコースを降る俺にストーカーのように三人が無言で付いてくる。
本当に自分本位な奴ばっかりだ。北高に登校する気すら失せてくる。
結局駐輪場まで付いてきて、また長門に自転車を掴まれるかと思ったが
少しは俺の言ったことを理解したらしい。三人のいる方へ振り向きもせず、佐々木の高校に向かった。

「くっくっ、それは実に興味深い。
キミが部活に参加しないだけで、未来から新たにエージェントがやってくるなんてね。
時間平面に穴を空けてしまうタイムマシンだったかい?
それを承知の上でキョンの前に姿を現した。
僕にはそこまでしなければいけないほどの事態とは思えないんだが、キミはどう思っているんだ?」
その日の夜、受験勉強も終えて、佐々木とのピロートークの話題は昼間に遭遇した出来事。
それを『実に興味深い』というのも俺はどうかと思うのだが、笑いを堪えて面白可笑しいといった顔だ。
言葉と表情が一致しているのはいいが、俺には到底そんな風に感じることはできそうにない。
「俺が関わってしまった相手が相手だからな。
入学当初、あんな奴に話しかけるんじゃなかったと後悔している。
未来人が絡んで来たんだ。宇宙人や超能力者からアプローチをかけられてもおかしくないかもしれん。
ついでに俺の意志に関係なく連れて行かれる強制閉鎖空間も入れておこう。
俺がいなくなったら、閉鎖空間に閉じ込められたと思っていてくれ」
「やはりキミといると退屈しない。
確か、僕にも閉鎖空間があるんだったね。
それを自由自在に操ることができるのなら、僕はずっとキミとそこにいたいと思うよ。
精神と時の部屋のように、時間の進み方が現実世界と違うんだろう?」
佐々木から『精神と時の部屋』などという言葉が出てくるとは予想外だ。
確かにこいつの閉鎖空間に入ったときは、橘とさんざん話していた筈が
現実世界では10秒くらい手を繋いでいただけと佐々木に言われたことを思い出した。
ついでに自称未来人の顔も浮かび上がってきて、ちょっとイラついた。
「キョン…僕が漫画を読んでいることがそんなに意外かい?
 僕だって漫画には多少の興味はあるさ。この国だけでなく世界的な人気を誇っているならなおさらね。
 名前も尻尾も西遊記のパロディだと思っていたのが、いつの間にか戦闘民族という宇宙人になっている。
 僕ですら格好いいと思える描写がいくつもあるからね。何度読んでも飽きない代物だよ。
 話がそれてしまったね。しかしキョン、僕の閉鎖空間に入ることができればより長くキミと一緒にいられる。
 今度聞いておいてもらえないかい?キミの知る超能力者君に」
「閉鎖空間に入ったとしても俺たちの寿命は変わらない。
 俺たちはまだ成長していくだろうが、20代後半からは衰えていく一方だ。
 不老不死になるのなら考えなくもないが、そう都合よくもいかないだろう。
 それにな、ずっと無視し続けている超能力者に対して、俺の方からアプローチするわけにはいかん」
「そうだったね。キミが部活にでないからこそ僕のところへ迎えにきてくれる。
 危うく理想郷を自分で破壊してしまうところだったよ。キョン、すまない」
こいつが大袈裟なのは相変わらずだが、随分長く話してしまった。
ただ、未来人だけでなく宇宙人や超能力者がアプローチを仕掛けてきてもおかしくないところまできている。
俺に普通の生活をさせてくれるのはいつになるのやら………

翌日、今年は順番が逆になったようだ。ノートの切れ端に明らかに女の字で
『今日の放課後、誰もいなくなったら2-5の教室に来て』と無記名で書かれている。
去年危うく殺されそうになった場所に行くわけがない。
佐々木を迎えに行くことも含めて、用があるのなら向こうから来てもらう事にしよう。
北高内に俺が安らげる場所はない。昨日と同様、ストーカー行為をしてくる三人を無視して帰路に着いた。
明日からは携帯にイヤホンをつけて音楽を聞きながら帰ることにしよう。
同じ言葉を何度も繰り返されては耳障りなだけだ。
夕食後、佐々木と二人で受験勉強しているところに情報結合で手紙の主が現れた。
「あなたがこんなに熱心に勉強しているなんて意外ね。何かあったのかしら?
 それに、わたしのメモを無視して帰るなんて………どういうことか説明してほしいわね」
「説明も何もない。殺されると分かっているにも関わらず、それに従う奴の方がどうかしている。
 下駄箱に去年と同じ内容でメモが置かれていれば誰だって察しがつくだろう」
「僕にも説明してくれないか。彼女は一体何者だい?」
やれやれ…後でちゃんと説明してやるから今は黙っていて欲しいんだが…
目を輝かせて不法侵入者を見ているコイツには不可能だな。
「こいつは朝倉涼子。一応、元クラスメイトだ。だが、正体は長門と同じ宇宙人。
 去年、俺を教室に呼び出して殺そうとしてきた奴だよ」
「一応、初めましてと言っておくわ。すぐに死んでもらうことになりそうだけれど。
ところで、わたしの呼び出しに応じないとどうなるか、あなたは分かってるんじゃなくて?」
「ああ、情報結合で俺たちの前に現れることくらい容易に想像できる。
 だが、おまえの今の任務は閉鎖空間の神人退治のはずだ。
 ご自慢のナイフで神人を切り刻んでいる頃だと思っていたが、
全同位体をもってしても対処しきれないというのはどういうことだ?
一瞬で俺を殺せる奴が神人ごときに時間を食うなんて妙だと思わないか?」
朝倉の殺気がほんの少しだけ薄れた。俺を殺しに来ていることは承知の上。
だが、話し方次第で何とかこの場を回避できそうだ。当の本人はナイフを器用にくるくる回している。
「それがね、殺して構わないと言われて最初は張りきっていたんだけど、
毎日同じことの繰り返しじゃ誰だって飽きるわよ。
だったら、てっとり早くあなたを殺して涼宮ハルヒの出方を見る。
情報爆発が観測できれば急進派はそれでかまわない」
飽きたという理由だけで時間がかかっていたのか…まぁ、こいつの言い分も分からないでもないが…
「残念だが、今の俺とあの女は互いに無視し合って関係を切っている。
 その状態で俺を殺しても情報爆発には至らない。
 切り札は出し方を間違えると後悔することになりかねん。
 俺を一度殺してしまえば生き返えることはないんだからな。
 だが、あの女が情緒不安定になって急進派からすれば絶好のチャンスには変わりない。
 俺は情報爆発が起ころうと、もはやどうでもいい。
何ならおまえらの手伝いをしてやってもかまわない。命が惜しくて言っているわけじゃない。
急進派の上層部と相談してから行動に移しても遅くはないはずだ。
こっちは毎日のように長門のストーカーに遭って迷惑しているんだ。
それが無くなるのなら喜んで協力してやるよ」
昨日の俺ではないが、『急進派に協力する』と言い放ったことが意外だったらしいな。
器用に扱っていたナイフを落とし、眼を見開いてまっすぐ俺の方を見つめている。
「あなた、去年わたしが殺そうとした人間と本当に同一人物なの?
 わたしがこうしてナイフを持って現れても至って冷静だし、この時期から熱心に受験勉強に励んでる。
 挙句の果てには『急進派に協力する』なんて、どういう風の吹きまわし?
 いいわ、そこまで言うのなら急進派の上層部に話してみようかしら。じゃあね」
落としたナイフを拾わずに情報結合を解除して消えていった。
物騒な物を残して帰らないで欲しいな。銃刀法違反で俺が捕まってしまうだろうが。
「くっくっ、キミには恐れ入ったよ。僕たちを殺しにきた相手を言いくるめてしまうなんてね。
 彼女の殺気に僕も脅えて指一本動かすことすらできなかったのに、キミには恐怖心ってものはないのかい?」
「あいつに殺されそうになるのはこれで三度目だが、恐怖心がないわけじゃない。
 俺だって死にたくないさ。佐々木とこうやって話せなくなるだろう?
 ただ、現状を考えて事実を伝えたまでだ。疑問に思っていたこともあったからな。
 とりあえず今日はもう受験勉強なんてやってる場合じゃなさそうだ。
 佐々木の恐怖心が拭えるまでずっと抱いててやるから、今日はもう寝ようぜ」
ようやく動けるようになったのか、俺に抱きついてきた佐々木を受け止め、
ベッドまで運んでからその日は眠りについた。朝倉のナイフは護身用にでもすることにしよう。

次の日から帰りは後ろから付いてくる三人を無視して、音楽を聞きながらハイキングコースを下っていた。
それでも『キョン君、お願いです!戻ってきてください』だの
『あなたがいないとSOS団は成立しません』だのと声が聞こえてきたが、無視を貫き通した。
古泉も登校しているようだし、進級できなくなることもあるまい。
数日後、ようやく諦めたのかストーカー行為をしてこなくなり、やっと平穏な日々を過ごせるようになった。
定期考査ではこれまでの受験勉強の成果もあってか、自分でも予想外の結果に驚愕。
古泉や国木田どころか、あの女の成績まで抜いて学年トップ10入りを果たした。
これを維持することができれば佐々木と同じ大学を…というのも不可能ではないかもしれん。
無論、その結果に俺の後ろにいる奴は不機嫌オーラを醸し出していたが俺の知ったことではない。
テスト後は昼休み後に帰れるし、佐々木との時間を大事にしよう。
冬休み前最後の登校日、今日は帰ったら妹の部屋の飾り付けをしなければならん。
小学校六年生にもなって未だにサンタクロースがいると信じ切っている愚妹だが、
「そういうことなら僕にも手伝わせてくれないか?」と佐々木も参入してくれる。
我が家の毎年恒例行事だが、楽しい一日になりそうだと思いながら教室の自席についたにもかかわらず、
そんな気分をブチ壊しにしてくる奴が一人。当然、俺の後ろの席の女である。
「ねぇキョン。今まで本当にごめんなさい。
 皆と話して、あたしが今までやってきたこと全部振り返ったの。
 あんたに殴られたときは、もう二度と口聞かないなんて思っていたけど、殴られて当然よね。
 それだけのことをあたしは皆に強要してきた。
団員のことを全然考えてなかったなんて団長として失格だって今頃になってようやく気付いた。
だからね、これからはちゃんと皆のことを考えてから行動しようと思うの。
でも、あんたがいないと何をやっても面白いって思えなくて…
だからお願い!あたしたちのところへ戻ってきて!あんたに言ったこと全部取り消すから!
………今日も有希の部屋で鶴ちゃんも入れてクリスマスパーティしようと思ってる。
そこにあんたも入って欲しいの。あんたがいないと寂しくて…」
身勝手な女だ。その程度の謝罪でどうにかなると思っている始末。後ろを振り向きもせずに応えた。
「だったらその寂しいパーティとやらを勝手にやっていればいいだろう。
 そのくらいの謝罪でこれまでのことを全て無かったことに出来るとでも思っているのか?
 ふざけるな。お前らが自分たちの言ったことを取り消したとしても、
 俺はもうおまえらとは関わりたくないんだよ。どんなアプローチをされようがそれは変わらない。
 今日は未だにサンタクロースを信じている妹の部屋の飾り付けをしなければならん。
 そんなふざけたパーティに参加する気も余裕もないんだ。もう二度と俺に話しかけないでくれ」
そこまで言って会話を切った。二言三言話してきたが、無視を貫いているとすすり泣きが聞こえてくる。
他の三人と同様、これで俺に関与しなくなるのならそれでいい。

昼休みが終わって帰りのHRになると、またしても俺に視線を向けてくる奴らがいる。
やれやれ…ストーカー行為がなくなってからイヤホンは持ってきてないってのに。
案の定、三人が後ろからついてきて、内容は当然今日のイベントのこと。
「今晩わたしの部屋でパーティをする。あなたにも来て欲しい」
「料理は全て新川さんが用意してくれました。久し振りに一緒に食べませんか?」
「わたしもずっと受験勉強続きで、今日がその骨休めなんです。キョン君も一緒に来て下さい!」
おまえらが関わっている時点で俺には骨休めにはならないんだよと心の中で言葉を返した。
そのまま無視し続けてハイキングコースを下り終え、駐輪場まであと少しのところで、
目の前が暗転し、俺は意識を失った。
……ブーブーブー……ブーブーブー
自分の携帯が鳴っていることに気付いて目を覚ます。相手は………佐々木?
「あぁ、キョンかい?ようやく繋がった。何度連絡しても一向に返信がないから心配したよ。
 今、妹さんの飾り付けの手伝いをしてる。キミは今どこにいるんだい?」
どこにいるんだと聞かれて周りを見回す。ここは……長門の部屋の寝室か。
佐々木の声に混じってあいつらの声が聞こえてくる。眠らされて強引に連れて来られたらしいな。
「すまん。どうやらストーカーに眠らされて強引に連れて来られたらしい。
 今、長門の部屋だ。これからすぐに帰るが、遅くなりそうだから夕食を先に食べていてくれ」
佐々木の了承を得て電話を切った。ふぅと溜息をついて寝室の戸を勢いよく開ける。
俺を眠らせた女がいち早く俺に近づいてきた。
「あ、キョン君。ごめんなさい、今日だけはどうしても来て欲しかっ……え?」
じわじわと赤い血がセーラー服を染めていく。
護身用にとバッグに忍ばせておいたナイフで朝比奈みくるの腹部を刺していた。
「そんな…どうして……」
突き刺したナイフを抜いて、料理が出揃ったテーブル目掛けて押し倒す。
当の本人はわけが分からないという顔をしている。相応のことをおまえもやっているだろうが。
もはやこいつも橘たちと変わらない。誘拐されたことのある奴があろうことか誘拐犯になるとはな。
「馬鹿な奴だ。おまえが俺を眠らせてここに連れて来たんだろうが。当然の報いだ」
この程度の傷なら長門が治すだろう。経験者が言うんだ、間違いない。
「ちょっとキョン!あんた、みくるちゃんになんてことするのよ!」
「ナイフで刺しただけだ。長門がすぐに治す。
 俺を拉致して強制的に連れてきたんだ、このくらいの罰が丁度いい。
 さて、次に刺されたい奴はどいつだ?もうおまえらのやっていることは犯罪と何ら変わらない。
 ここにいる全員殺してしまいたい気分なんだ。さっさと名乗りを上げたらどうだ?」
「確かに我々はあなたの意志を尊重せず強引に連れて来てしまいました。
 ですが、なぜあなたがそんなものを持っているんです?」
流石の古泉もニヤケスマイルが消えて怯えている。
長門はテーブルに倒れた朝比奈みくるの治療にあたっているが、これでパーティはもう出来そうにないな。
「なぁに、俺の部屋に情報結合で現れた宇宙人が忘れていったんだよ。
 『おまえらとの関係を断つことができるのなら急進派に協力してやってもかまわない』と言ったら
 目を見開いて、落としたナイフにも気付かずに帰って行ったよ。
 このナイフの持ち主からすれば、返す前に少しでも血を吸った方がいいだろう。おまえらの血でな?」
俺の言葉にギョッとしてすかさず距離をとる。これでただ帰るだけでは俺の気がおさまらない。
「佐々木を高校まで迎えに行って、帰ったら愚妹の部屋の飾り付けをしなければならなかったのに…
 この女が俺を眠らせたせいで佐々木には心配をかけ、飾り付けの手伝いも出来ず仕舞い。
 もう一か所くらい刺しても文句はないだろ。今度は心臓がいいかな?」
「キョ、キョン君ちょっと待つっさ!みくるが強引にキョン君を連れてきたのは謝るっさ!
 だからもう勘弁してくれないかいっ?お願いできないにょろ?」
ナイフを持った相手くらい簡単に合気道技で抑え込むことができるはずだが…
刺されたのがこの女で、刺したのが俺であることに驚いて何も出来ないらしい。
「おまえら、いい先輩がいてよかったなぁ。あとでちゃんと礼を言っておけよ?
 こっちはもう車で自宅に向かっても遅いっていうのに…」
「すっ、すぐに車も手配します。
あなたの自転車もご自宅へ移動させます。ここは矛を収めてもらえませんか?
二度とこのようなことはしませんので…」
「俺の言ったことが理解できんのは相変わらずのようだな。今から車で帰ってももう遅いんだよ。
 それにな、おまえらの言う『二度と』というのはあてにならん。
 さんざん人に迷惑かけやがって、未だにその言葉を吐くとはね。滑稽だよ。
 全員血まみれにしてから帰りたいところだが、もう時間もない。
 よかったな?自分は刺されずに済んで。もう俺に関わるな。次は容赦しない」
誰も動けないらしい。長門だけが傷の手当をしている。
テーブルにあった料理もめちゃくちゃになったようだし、こいつらのパーティもこれでお開きだろう。
シンクでナイフに付いた血を洗い流して部屋を後にした。

キョンが出て行ったあと、有希が回復を続けてようやくみくるちゃんが気が付いた。
みくるちゃんはキョンを強引に連れてきたことと、料理を台無しにしてしまったことを
ずっと泣きながら謝っていたけど、誰も何も喋らなかった。
あたしが有希の部屋に来て、強引にキョンを連れてきたって聞いたときはあたしも嬉しかった。
でも、そのことにキョンが怒ってナイフまで取り出して…
キョンが持ってたナイフの持ち主は…多分一年生のときにいなくなった朝倉。
朝倉も宇宙人だって言ってたっけ。独断専行しようとして消されたって、キョンは朝倉に襲われたの?
でも、そんなことどうだっていい。もうこれで、キョンがあたしたちと一緒にいてくれることはない。
そう考えてたら、思っていることがそのまま言葉としてあたしの口から出てきた。
「どうして…?どうしてこんなことになったの?
 みくるちゃんが強引にキョンを連れてきたから?
 キョンがいないなんてもう嫌。キョンがいないと何も面白くない……」
気がつくと周りが金色に染まっている。ううん、あたしが金色のオーラみたいなものに包まれてる?
「そんな……凄い時間震動です」
「駄目、このままでは情報爆発が起こってしまう。涼宮ハルヒ、落ち着いて!」
「落ち着いてなんかいられるわけないじゃない!
キョンがいない生活なんて嫌、嫌よ……嫌ああああああああぁぁぁぁ!!」
そこから先はあたしも覚えてない。刺されたわけでもないのに何で気絶していたのかも分からない。
あたしに分かるのはもう二度とキョンと元の関係に戻れないってだけ。

駐輪場まで歩いてようやく家に辿り着くと、既に俺以外は夕食を終えていた。
自室で夕食を食べながらナイフで刺したこと以外、洗いざらい佐々木に話した。
「それは僕も許せないな。キョンから連絡も何も来なくて僕もずっと心配してたんだ。
彼女は橘さんたちに一度誘拐されたんじゃなかったかい?
 それなのにキミを強引に連れ去るなんてね。しかし、キョン。
 これで明日から冬休みだし、彼女たちと距離を置くいい機会だ。
 受験勉強もそうだけど、今日はキミとほとんど話せなかった。
 冬休み中は一時たりとも僕の傍から離れないでくれたまえ」
そんなことならお安い御用だと安請け合いしたのだが、まさか風呂まで一緒に入ってくるとは考えもせず
こっちが恥ずかしい思いをする羽目になってしまった。
「くっくっ、これまで何度もキミに抱かれてきたんだ。
 まだ正式に夫婦になったわけじゃないけれど、夫婦で一緒に風呂に入るなんて普通だと思わないかい?
 僕のことは気にしないでくれたまえ。とはいえ、キミの分身は気になって仕方がないようだけどね」
こういうところは男の方が不利らしい。
こいつのいう俺の分身とやらが佐々木の裸に反応して隠そうとしても隠しきれん。
冬休みの宿題も年内に終えて、佐々木と二人の時間を楽しみながら受験勉強に励んでいた。
寒い中、こいつを自転車で塾まで送らないといけないのかと思っていたのだが、
親の反対を押し切って塾をやめてきたらしい。
「来年度使う予定の問題集だけ貰ってきた。
今の成績を維持していれば、僕の両親も文句を言ってくることはないよ」
というわけで、一日中佐々木とべったりとくっついていたのだが、
相変わらず俺をイラつかせる呼び鈴が鳴り、
「キョン君、お客さん。みくるちゃんが来てるよ~」
「『受験勉強の邪魔だ。帰れ』と伝えてくれ」
「わかった~」
馬鹿正直な妹だからな。簡単に言いくるめられて部屋に上がり込んで来るかと思ったが、
どうやら杞憂に終わったようだ。強引に入ったらまたナイフで刺されると理解したらしい。
だが、毎日のように俺の家に訪れ、『金輪際、家に来るな』と伝えてもらったところ、
「キョン君、お手紙だよ。みくるちゃんから」
と言って戻ってきた。中身は容易に想像できる。大人版同様、八等分してゴミ箱行きだ。

年が明けて佐々木と姫始めを堪能してしばらくが経ち、もう鳴らないだろうと思っていた呼び鈴が鳴った。
「キョン君、みくるちゃんが来てるよ。有希ちゃんも」
やれやれ…本当に自分勝手な奴ばっかりだ。引導を渡してやることにしよう。
階段を下りると玄関に二人の姿が見えた。
俺に気付いて表情が明るくなっていたが、こっちは冷徹そのもの。
「何の用だ」と敵対心を露わにして上から見下すと、
「あの……キョン君…わたしの手紙読んでもらえましたか?」
「ああ、あんなもの受け取ってすぐに破り捨てたよ。読む必要がなかったからな」
「そんな……でも、破り捨てられても仕方ないですね。それだけのことしてしまいましたから…。
 それでも、わたし達と一緒にいて欲しいんです。わたしでよければどんな仕打ちでも受けます!
キョン君、どうか……お願いします」
「は、誘拐犯と一緒に行動を共にしようなんて奴がいたらどこにいるのか教えてもらいたいね。
 それにあまり軽々しく言葉を使わない方がいい。『どんな仕打ちでも』とか言ったな?
 次は心臓にナイフを刺されても何の文句もないんだな?」
「それは…その……」
そこまで言って俺から視線をそらした。それを見てすかさず長門が話し出した。
「あなたがわたしの部屋から去った後、情報爆発が起こった。
 でもそれは主流派が望んだ情報爆発ではなかった。
 急進派は情報爆発を観測できたことに喜び、古泉一樹の組織が行っている神人退治にも協力しなくなった。
 主流派ができる限りの同位体を派遣しているが、世界が滅ぶのも時間の問題。
 それに、未だに涼宮ハルヒが情緒不安定な状態であることに変わりはない。
 再度、情報爆発が起こってもおかしくない状態。情報統合思念体も情報爆発の連発は望んでない。
 涼宮ハルヒにはあなたが必要不可欠。一緒に来て」
「だから前にも言っただろう。主流派が望まない情報爆発が起ころうが、
 未来が不安定になろうが、世界が滅びようが俺は知らん。
 大体な、俺が帰った後に情報爆発が起きたのなら、それを誘発したのはこの女のせいだ。
 情報爆発を誘発し、未来を不安定にした罪として未来から帰還命令がきてもおかしくない。
 せいぜい死刑にならないことを祈っておいてやるよ。だからもう俺に関わるな」
その場で泣き崩れた未来人の腕を掴み、宇宙人と一緒に玄関の外へ出したところで扉を閉めた。
未だにしつこいことには変わりないが、引くべきところは引いている。だが、
三学期が始まってしばらくの間は、鞄の中にイヤホンと朝倉のナイフを忍ばせておく必要がありそうだ。

「キョン、そろそろ起きてくれないか?」
冬休みも終わり、佐々木を高校まで送ってから北高へ行くというルーティンワークが戻ってきた。
去年は妹に布団を剥がされてもシャミセンと一緒に布団に包まっていたのだが、
佐々木と同じ布団で抱き合って寝ていたこともあり、すぐに身支度を整えて家を出ることができた。
自転車に乗っている最中も俺の背中に抱きついている佐々木のぬくもりを感じていた。
いい気分で二週間ぶりの北高の教室に入ると、いつも通り谷口が俺に声をかけてくるかと思ったが
どうやら宿題を写させてもらうのに必死のようだ。こいつ、入れる大学あるのか…?
持参した冬休みの宿題と受験勉強用の問題集を机の上に置き、HRが始まるまで一問でも…と思っていると
「キョン、おはよう」
後ろの奴の声がしたが無視。その後も俺に声をかけてきたが一切返答せずに問題と向き合っていた。
休み時間になっても声かけは変わらず、いつもの校内巡回はどうしたのかと雑念が入ったが
周りがうるさくとも集中できる体質を得ていたので、休み時間のたびに何を言われようが俺には関係ない。
帰りのHR後、例のストーカー三人が後ろをつけてくると思っていたがそれも杞憂に終わった。
まぁ、俺をつけてきた時点で鞄に入れてあるナイフをチラつかせればそれで撃退できるだろう。
そんな日々が続いて、俺のイライラも多少は軽減されたある日、
佐々木からセンター試験を出来る範囲で解いてみようという話になり、
二人で時間を計って問題と向き合った。
一問ずつ解いていくうちに『今の段階でこの状態じゃ佐々木と同じ大学なんて…』などと考えていたが、
答え合わせをした後の佐々木の表情は喜びに満ち溢れていた。
点数的には足切りされてもおかしくないレベルなんだが…
「キョン、僕は今かつてないほどの喜びを感じている。たった半年でここまで実力をつけているなんてね。
 二人で大学生活を共にするのも現実のものにすることができそうだ。
 キミの実力に合わせて僕がレベルを下げないといけないなんて思っていたが
 どうやら僕が間違っていたようだ。キョン、キミは自分にもっと自信を持つべきだよ」
年号の語呂合わせじゃないが、『女が喜ぶと嬉しくなる』などと前に聞いた漢字の覚え方を思い出した。
コイツが喜んでくれるなら俺も嬉しいと思う。
佐々木の願いを無碍にするわけにもいかない。アクセルを踏みっぱなしで進むだけだ。

結局、二年の終わりまで俺と後ろの女の座席が変わることはなく、
毎日自分の席に座る度に声をかけられていた。もちろんそれを全て無視。
ストーカー連中もいなくなり、ようやくあいつらとの関係を切ることができたと思っていたが、
卒業式後、朝比奈みくるが受験に失敗したという噂が流れた。
クラスの男は歓喜に満ちている。大方、あの女と同じ大学に入って同じ講座を受けるつもりなのだろう。
その中に谷口も入っていたが、コイツが合格するとはとても思えん。
それより、例の四人が俺や佐々木と同じ大学を志望される方が厄介だ。
俺は佐々木と『二人で』大学生活をするために勉強しているんだ。邪魔者に介入されたくはない。
四月の始業式を迎え、谷口や国木田、ついでにあの女も同じクラス。
その上、長門と古泉まで同じという俺にとっては最悪の布陣が揃ってしまった。
古泉は登校してきてはいるが、授業中はほとんど居眠り。授業の度に教師に注意されている始末だ。
まぁ、俺からすれば受験勉強に支障をきたしてくれれば合格率は格段に下がる。
せいぜい終わりの無い神人退治を頑張っていればいいさ。
三年最初の中間テストも涼宮を抜いてTOP10入りを継続している。
「キョンは確か佐々木さんと一緒に勉強しているんだったよね。僕も混ぜてくれない?」
などと国木田から言われ、佐々木目当てに谷口がくっついてきたが、両方とも断った。
そして三年になって初めての席替え。俺と涼宮の位置は去年までと変わることなく、
加えて俺の前に長門、その隣に古泉が座り、この布陣は一年間覆りそうにない。
涼宮からは休み時間になる度に話しかけられ、長門と古泉からは四人で受験勉強生活をしているから、
佐々木も入れて六人でやらないかと誘われる始末。
無論、どちらも無視して自分の受験勉強に集中していたが、環境が悪すぎる。
これでは部室にいるのと大して変わらん。岡部に頼んで廊下側の席に変えてもらった。
今後の席替えであいつらに囲まれた場合は全て変えて欲しい旨も伝えると、
俺と涼宮が二年間ずっと同じ席なのは岡部も承知の上。快諾を得ることができてホッとしていた。

「それで、彼女たちとは最近どうしてるんだい?」
受験勉強を終え、佐々木を抱いてピロートークの最初の話題がそれ。
佐々木との会話であいつらの話はしたくないんだが…コイツも気になるんだろう。
「担任に言ってあいつらとは席を離してもらったよ。
 休み時間になる度に色々と話してくるが全て無視してる。
 古泉は登校してきているが、ずっと寝ているからな。次の期末でも順位が落ちるだろう。
 あいつら四人で同じ大学をと思っているのなら、古泉に合わせる必要がある。
 俺たちの目指す大学に四人で志望することはできないだろうと考え始めてはいるが、どうなるかわからん。
 今年も夏休みがループするかもしれんしな。
今はそれほどでもないが、また強硬策に出てくるかもしれん」
「それを聞いて安心したよ。彼女たちとは決別したと言っても過言ではなさそうだ。
 いくら休み時間に集中して勉強していても、環境が悪いとストレスを貯めるだけだからね。
 もし、去年までと同じようにループするなら、ループする前に話のネタを発掘しにいくのはどうだい?
 二週間で話し切れない程揃えておけば、僕も退屈せずにすみそうだ」
今の状態を決別したと言えるのかどうかはわからんが、ループ前に話のネタ探しに行くのは俺も同意見だ。
「ループ前にネタ探しにいくのは賛成だが、去年はあいつらに関わらずに九月一日を迎えることができた。
 俺が佐々木と一緒に合格できるのか不安だらけだし、可能ならバイトだってしたい。
 婚約指輪も結婚指輪も買ってやれないんじゃ、おまえに申し訳ないしな。
 大学も受験が終わった段階で運転免許を取って車で通学したいとも思ってる。
 俺たち用の車も買わないといけなくなるがな」
「嬉しいよ。僕の理想郷をより一層高貴なものにしてくれるなんてね。
 アルバイトなら何もキミ一人でやらなくてもいい。
二人で派遣に登録して同じところを希望すれば、単調作業でも退屈することはない。
僕にも手伝わせてくれたまえ」
なら、夏休みの宿題は去年と同じく七月中に終わらせて、八月上旬は受験勉強と話のネタ探し。
ループ初日は二人で仕事に出かけて…そのまま仕事を続けるのも悪くない。
家にいると、またあいつらがやってくるだろうしな。

一学期の期末テストを迎え、全教科全ての回答欄を埋め、終了のチャイムが鳴るまで確かめを続けていた。
今の自分にどれだけの力がついているのか確かめたいのは当たり前として、
今回も涼宮より上位にランクインできればと思っていた。
そうなれば、あの女は不機嫌オーラを垂れ流し続け、夏休みに入ってもイライラがおさまらず
古泉は神人退治に追われて受験勉強に集中できない。長門も参戦しなければならないことだってあるだろう。
機関を使って裏から手を回したりしなければ、あいつらは俺たちと同じ大学に来ることはない。
あとは古泉がダメ元で受験して、あの女の能力が発動しないことを祈るだけだ。
それに今回の点数次第でバイトに行ける日数が変わってくるからな。
数日後、谷口は赤点ギリギリで論外、国木田はいつも通りの順位にランクイン。
そして、とうとうギネス記録が途絶えた。
トップは長門でかわらないが498点という痛恨のミスを犯した。
既に神人退治に奔走していたらしいな。
そしてその専門職の古泉はというと、ランク外に落ちてしまっている。
当初の目的であった涼宮の上を行くことができ、佐々木に答案を見せると満面の笑みで返ってきた。
「キミがここまで驚異的な伸び方をするとは僕も予想外だよ。
 国木田君や涼宮さんだけでなく僕までキョンに抜かれてしまいそうだ。
 今後は互いのわからないところを相談し合うことになるだろうね」
佐々木が分からない問題を俺が解けるわけないだろうが…と一番に頭に浮かんだが、
ようやく佐々木と対等な関係になれたと思うと、ほんの少し嬉しくなった。
もっともコイツがずっと付いてくれていたからこその実力だ。いくら感謝しても伝えきれん。

テストが終わって午前授業になると、またしてもストーカー行為が再開。
あの女が不機嫌オーラを出し続けているから当然か。
まぁ、こうなることを予測していたし、自分で蒔いた種だ。対応策は決まっている。
後ろから付いてくる二人に加えて、校門の前で朝比奈みくるが待ち構えている始末。
それを全て無視して聞いていた音楽の音量を最大限まで引き上げた。
曲の合間に聞こえてきたのは『夏休みはわたし達と一緒に受験勉強して下さい』だの
『あなたがいないと涼宮ハルヒの暴走が止まらない』だの『このままでは世界が滅んでしまいます』だの
既に答えを出していることを毎日のように聞きながらハイキングコースを下っていた。
実にくだらない。世界が崩壊しようが俺は佐々木と死ぬ直前まで話ができればそれでいい。
少しは強硬策に出てくると思ったが、クリスマスイブの出来事がどうやら牽制になっているようだ。
無論こちらもそのつもりでいるし、だからこそ何度も同じことを聞かされているにすぎない。
夏休み開始直前までストーカー行為は続き、ようやくあいつらと距離を置ける日々がやってきた。
俺も佐々木も最初の一週間で宿題を全て終えて、そのあとは受験勉強。
週に一回、気分転換の意味も含めて二人で話のネタを探しに出掛けた。
来たる八月十七日、俺と佐々木は早朝からアルバイトに向かい、会話をしながら仕事を進めていった。
家に帰ってきたのは午後七時前。家族揃って夕食を食べていると、
「有希ちゃんたちが来てたよ」と妹が報告してきた。
ループが起こると、仕事での疲れも給料も無かったことになってしまうが、去年のような過ごし方はしたくない。
受験勉強もバイトもせずに話していただけだからな。
あとは俺からの協力は一切得られないことを悟った上で、あいつらが去年と同じ対応策をとるのを待てばいい。

数日が経ち、妹からは「今日も来てたよ」と毎日報告を受ける始末。
ある日、仕事場から二人で返ってくると案の定家の前にリムジン。
バイトに出かけて俺たちがいなければ、帰ってくるまで待ち構えるしかアプローチする方法はないからな。
「お仕事お疲れ様です。お待ちしていましたよ」
眼の下のクマがさらに酷くなった元イケメンがリムジンから姿を現した。
こうなることは想定済み、佐々木にはこいつらを無視して家に入るように言ってある。
自転車を置き、玄関の前まで来たところで、
「キョン君、待って下さい。お願いします!」
と聞こえてきたが、玄関の扉を開けてそのまま家に入った。
ピンポーンと家の呼び鈴が鳴り、妹が応対しようとしたところで引き止め、「出る必要はない」と指示した。
何度か呼び鈴がなり、母親からも
「あんた、あんなに可愛い子たちが毎日来てくれているんだから、少しは出てあげたら?
 もちろん浮気はダメだけど…」
などと言われる始末。外見がいくら可愛くとも一人は宇宙人、もう一人は誘拐犯。
相手にする必要など微塵たりとも無い。
次の日も俺たちを待ち伏せ、今度はリムジンが昨日とは逆に止まっている。
俺たちが家に入るのを妨害するつもりらしいな。強硬策に出るとどうなるか身を持って分からせたはずだが…
「待ってた」という必要最小限の言葉と共に、自転車が通れる隙間を封鎖してリムジンから降りてきた。
かまわず自転車をぶつけて強引に入ろうとしたが、さすが宇宙人。
いくらヒューマノイドインターフェースでも力でコイツに対抗しようという方が無茶だな。
「邪魔だ」
「あなたが話を聞いてくれるまで絶対に通さない」
「なら話は簡単だ。おまえらのどんな要望にも俺は応える気はない。
 今が何度目のシークエンスかなどという報告も不要。
 おまえらが俺に関わろうとすればするほど俺は壁を作るだけ。
 夕食を作って待ってるあの女のところにさっさと帰れ。自分で自分の首を絞めたくなければな」
「お言葉ですが、もうその範疇をとっくに超えているんです!
いくら閉鎖空間を破壊してもすぐ次の空間が現れてキリがありません!」
宇宙人の後に古泉が千鳥足で出てきた。誘拐犯もそのあとに続く。
「だったらこんなところで待ち伏せしてないでさっさと本来の仕事に向かえばいい。
 猫の手も借りたいくらいなんだろう?しばらくシャミセンでも貸してやろうか?」
「そんな冗談を言っている場合じゃないんです!キョン君お願いし「誘拐犯は黙ってろ!」
「まだ死刑判決が言い渡されないのか?情報爆発を誘発した張本人がなぜまだここにいる。
 未来人の禁則とやらはそんなに甘ったるいものなのか?
 それとも、おまえは未来から見放されたか?」
相変わらず分かりやすい反応だ。そのまま涙を流して腰を抜かしたらしい。
他の二人がそれにかまわず話を続ける。
「今回で27回目のシークエンス。
もはや古泉一樹の機関のエージェントも情報統合思念体も疲弊しきっている。
あなたに身をゆだねるしか解決の糸口が見つからない。お願い、来て」
やれやれ…分かっていたことだがこうも度重なると怒りを通り越して呆れてくる。
「やはり出来そこないのクズ人形だったようだ。
人類とコミュニケートするために開発された人型アンドロイドのはずが、ほとんど会話もしなければ
相手の言っていることも理解できんらしい。朝倉が主流派でおまえが消された方がまだマシだ。
前回はミスを犯したようだが、定期考査で毎回全教科満点なんて真似は朝倉ならやらんだろうな。
そんなことをすればどんなに目立たない奴でも目立ってしまう。
あいつならそのあたりの事はわきまえているだろう。
さっさと情報統合思念体に戻ってもっと人と会話ができるように作り変えてもらうといい。
さて、こっちは仕事で疲れている上におまえらが待ち伏せしているせいでイライラしているんだ。
夕食もまだだしな。これ以上足止めをするようならこっちも強硬策に出るが………どうするつもりだ?」
朝倉並の殺気までには至らないが、俺がこいつらを殺すつもりであることは伝わったらしい。
古泉以外は死んでもパトロンが情報操作して存在しなかったことにしてくれるだろう。
クズ人形でも涙を流すことはできるようだ。
そんなところにこだわる前にもっとこだわるべきところがあるだろうに…
再度自転車をぶつけるとクズ人形が倒れ、自転車のタイヤがコイツの太股を轢いて
我が家の敷地内へとようやく入ることができた。玄関の扉を開けようとしたところで、
「明日以降も来るようなら問答は無用だ。即、強硬策に出るからそのつもりでいろ。
 おまえらによく考えて行動しろと言っても無駄だろうからな。じゃあな」

あいつらのせいで遅くなった夕食を取り、いつものように二人で風呂に入る。
お互いの身体を隅々まで洗い、向かい合って湯船に浸かったところでようやく佐々木が口を開いた。
ちなみに佐々木の裸にどうしても反応してしまう俺の分身はコイツの体内に身を潜めていた。
「キミが前もってそれを言うなと伝えていたにも関わらず…今回で27回目だったかい?
 会話はいいとして27回分の仕事の疲れが無駄だったと思うと、やれやれとしか言いようがない。
 去年と同じ方法で脱出すればいいんじゃないのかい?」
お互い抱きしめているので佐々木の顔は見れないが、落胆しているのが伝わってくる。
それに、柔らかいものが二つ俺の上半身にあたっているせいで俺の分身は縮まる気配がない。
「ああ、涼宮の力を奪い取ればループは終わる。
 だが、ループが終わっても力を元に戻せば今の状態と変わらない日々が続くだけ。
 だからこそ、解決の糸口だとかいう俺を何とか説得して平穏を取り戻そうとしているんだろうが、
 それでは他の奴らは平穏でも俺はストレスをため続けることになる。
 おまえと一緒に大学へ行く可能性も遠のいてしまうんだ。
 とはいえ、ループした回数を聞くことになってしまったが、またループするならそれも忘れる。
 俺があいつらと行動を共にしないまま、仕方なくループを抜け出す策を出すまで待てばいい。
 その策を俺が話してしまうとこの二週間を平穏無事に過ごして古泉が復活してしまうからな。
 あいつには受験勉強させる暇は与えない。
それと、宇宙人の方は全ての記憶を持っているからな。
ループするたびに俺から誹謗中傷を受ければ俺と会いたいとは思わなくなるだろう」
「キョン、そこまで推測が出来ていてどうしてキミはそうやって平気でいられるんだい?
 仮にループして記憶がなくなったとしても、
残りの日数は折角のアルバイトも徒労に終わってしまうと感じながら仕事に励まなければならない。
キミと会話しながら仕事しているから、そこまで時間は長く感じないけれど
これから僕はどうしたらいいか教えてくれたまえ」
「仕事以外の時間はこうやって抱きあっていればいい。俺はそれだけで疲れが無くなっていく。
 もうあいつらのことなんてどうでもいいんだ。おまえと一緒にいることができればそれでな。
 あとは九月一日になるのを期待せずに待っていればいい。
 去年よりも多くループしてしまうことは絶対にありえない。必ず終わりが来る。それだけだ」
「僕もキミと同じだよ。今日はもう僕のことを離さないで欲しい」

「もう!三人とも遅いわよ!折角の料理が冷めちゃったじゃない…って
 有希もみくるちゃんもどうして泣いているの?まさか、またキョンに殴られたの?」
「すすす涼宮さんそれは違います。古泉君の体調が気になって三人で話をしていたんです。
 みんなで同じ大学に行きたくても、古泉君がこんな状態じゃ受験勉強に集中できません!」
「仕方ない。涼宮ハルヒ、あなたに話したいことがある。古泉一樹の容態にも関わる重要な話」
「長門さん、やめてください。それを話すわけにはいきません!」
「いくら古泉君がそう言ってても、そんな状態を見せつけられたら気になって寝られないわよ。
 それよりあんたたち、まだあたしに内緒にしていたことがあったわけ?
 いつまでも隠したりしないで全部喋りなさいよ!」
「去年の夏休み直前、彼があなたに強制退団させられる前に出題したクイズ問題のこと」
「それが何だっていうのよ!」
「『古泉が超能力を発揮するために必要な条件は?』と彼が聞いた。
 その条件は、閉鎖空間と呼ばれる空間内に入ることで超能力が発揮できる。
 その中では、空を自由自在に飛び回ることができ、エネルギー弾を撃つことも可能になる」
「古泉君、そんなことまでできたの!?今度是非見てみたいわ!
 でも、その閉鎖空間って何?どこにいけばその空間があるの?」
「文字通り外界から隔離された異空間。古泉一樹と同じ超能力者でなければ入ることは不可能。
 ただし、古泉一樹に触れた状態であれば、他の人間も入ることが可能になる。
 彼も一度、古泉一樹に連れられて閉鎖空間へ入ったことがある。
 そして、閉鎖空間が発生する条件………涼宮ハルヒ、あなたのイライラや不満によって生み出される」
「はぁ!?そりゃあ宇宙人や未来人や超能力者と一緒に遊びたいと思って色々やってたけど、
 あたしは普通の人間よ?閉鎖空間なんて名前初めて聞いたし、そんなの出した覚えもないわよ!
でも、キョンに成績で負けたり、あたしが何を話しても無視を貫かれて確かにイライラしてたけど…
とにかく!あたしにそんな能力ないわよ!」
「ある。さらに言えば、その閉鎖空間には神人と呼ばれる青白い光を放った巨人が出てくる。
 あなたも一度、彼と一緒に閉鎖空間に入って神人を見ているはず。
 そして、その神人は涼宮ハルヒ、あなたのイライラを解消するために街をどんどん破壊していく。
 それを防ぐために古泉一樹のような超能力者が生み出された。
 もし、そのまま閉鎖空間を放置しておけば、街を破壊された閉鎖空間と現実世界が逆転して、
 神人が現実世界で暴れ出すことになる」
「キョンと一緒に閉鎖空間に入ったって……。そんな………あれが夢じゃなかったっていうの?
キョンに連れられてあの巨人から逃げるようにグラウンドを走って、そのあと………」
「涼宮ハルヒ、あなたが昼夜問わず苛立ちや嫉妬、不満を感じていると、
 たとえあなたが寝ていたとしても閉鎖空間が発生する。
 去年のアイスの一件以来、彼が部活に姿を現さなくなってずっとイライラしていた。
 その次の日の不思議探索ツアーも彼と口論になり閉鎖空間が大量に発生した。
 それを一時的にしのぐため、わたしがあなたを眠らせて自宅へ連れて帰った」
「そんな…確かに、ただの人間があたしに気付かれずに眠らせるなんて出来ないでしょうけど…
 とにかく!何でそれをもっと早く言ってくれなかったのよ!
古泉君がこんな状態になったのも全部あたしのせいってことじゃない!!
ごめんなさい古泉君、あたしのせいで……あたしのせいで………」
「お気になさらずに…と言いたいところですが、僕の今の状態を見られてはその言葉も効果はなさそうですね。
 ですが、長門さんが話してしまった以上、あなたにその能力があることを否定するわけにもいきません。
 全て真実ですからね。ほんの少しでかまいませんのでそのことを気にして頂けると我々も助かります」
「わかった。古泉君の負担を減らして少しでも受験勉強に集中してもらわないといけないわ。
 みんなで同じ大学に入るんだから!あたしもキョンに負け続けているし、次の試験見てなさいよ…」

あの三人が強引に俺たちにアプローチをしてきたあの日から数日が経ち、八月三十一日を迎えた。
カレンダーに八月十七日から一日が終わるごとに×印を書きこむ作業も今日で最後。
もっとも、これで九月一日を迎えてくれればの話だがな。
佐々木の言葉じゃないが、あのクズ人形から今回が27回目のシークエンスだと聞かされ、
二人で会話をしながらとはいえ、仕事の能率も下がってしまったことに変わりはない。
だが、それも今日で終わりだ。ループしてしまえば記憶は抹消され、
九月一日を迎えれば、仕事をしておいてよかったと思える。
佐々木にも次の日の事はあまり考えないようにして寝ようとは言ったが、
あれだけ強引にアプローチを仕掛けてきた奴らがあの日以来さっぱり姿を現さない事に疑問を感じていた。
俺の反応を見て諦めてくれたのならそれでいい。
とてもじゃないがそうとは思えないけどな。嵐の前の静けさのような気がしてならない。
どうせ奪い取るなら早いほうがいいと古泉たちに一時的に休息を与えたとも考えられる。
とはいえ、俺の理想はあの四人と縁を切り、佐々木と二人で同じ大学に行くことだ。
それさえ叶えられれば何も文句はない。
翌朝、結局寝不足の状態で目が覚めてしまった。昨日色々と考えてしまったからな…ん?昨日?
ガバッと起き上がってすぐにでもカレンダーを確認したかったが、
俺の腕の上には佐々木の頭が乗っている。起こさないようにゆっくりと腕を抜いたつもりだったが
結局起こしてしまったらしい。
「やぁ、キョン、おはよう。キミの方が早いなんて珍しいね。どうかしたのかい?」
「佐々木、今回が何回目のシークエンスだったか覚えているか?」
「確か27回目だったかい?キョンが言うなと言ったにも関わらず、彼女が……っ!」
「おまえも気付いたようだな。どうやら、九月一日を迎えることが出来たらしい。
 喜んでいいのかどうかは分からんが、すぐにでも身支度を整えないとな」
「キミの言うとおりだよ。何回ループしたかなんて今すぐにでも記憶から消し去ってしまいたいけれど、
 それも出来なくなってしまったようだね。それでも、仕事をしておいてよかったと思うよ。
 今日からまた受験勉強再開のようだ。二週間前までやっていたことを忘れたなんて言わないでくれよ?」
「だといいんだがな。まぁ、まずは学校で復習してみる。
 それより、今後も土日のどちらか一方はバイトしたいと思っている。
 婚約届を出したら結婚指輪を先に買いたい。二人で絶対に合格するという願掛けの意味も込めてな。
指輪を見れば寄ってくる男も少なくなるだろう」
「嬉しいよ。キミのそういう心配りがいつも僕を癒してくれる。
 何の成果も得られずに仕事していたことも、キミの言葉でもうどうでもよくなってしまったよ。
 僕はご母堂の手伝いをしてくる。その間にキョンは身支度を整えていてくれたまえ」

俺も佐々木の笑顔に癒されてすぐさま身支度へと入った。
とはいえ、いつもより家を出るのが遅くなってしまい、残暑の早朝ハイキングコースを急いでいた。
なんとか遅刻ギリギリで教室に入ると、案の定、谷口が大慌てで国木田の宿題を写させてもらっている。
今年はコイツも当然受験生なのだが、夏休み中遊んで暮らしていたらしいな。
すぐに岡部がHRにやってきて受験勉強する時間は与えてくれなかったが、
荷物を整理して問題集をパラパラとめくっていると、
二週間のブランクはあったがどうやら頭の中にはいっていたらしい。
今日の連絡を聞き、夏休みの宿題を提出して復習に励み、問題集を先へと進めていた。
休み時間になるとまたしつこく例の三人がやってくる。
いくら問題に集中しその他は無視しているとはいえ、こいつらに囲まれている時点でストレスが溜まる。
時期も時期だしな、邪魔者は排除しておくか。
「あなたと一緒に受験勉強に励みたい。わたしの部屋に来て」
「やっぱりあんたがいないと寂しいのよ。食事はあたしが腕を奮って作ってるから食べてってよ」
「朝比奈さんが煎れてくれるお茶をたまには飲みにきませんか?
 もうほとんどものは部室から長門さんの部屋へ移動させてしまいましたから、
 部室で、というわけにはいきませんが…」
三者三様のアプローチを聞いたところで、机を両手で思いっきり叩き立ち上がった。
「いい加減にしろ!この期に及んでまだ俺の受験勉強を邪魔しにきやがって!
おまえらとは生涯関わりあいたくないと態度で示しているのがまだ分からんのか!?
 何が『一緒に受験勉強に励みたい』だ。クズ人形はクズ人形らしく
 これまで通り全教科満点をとっていればいいだろう。
 それに『あんたがいないと寂しい』だ?
おまえの求めていたものならもう見つかっただろうが!あとは四人で勝手に遊んでろ。
ただ寂しいだけの理由で何故俺がおまえなんかの傍にいなければならん。そんなもん知ったことか。
一番最悪なのはおまえだ古泉。
『朝比奈さんが煎れてくれるお茶をたまには飲みにきませんか』だと?
毒や睡眠薬が入っているかもしれないお茶を飲むわけがないだろうが!
 あの女は俺を強引に誘拐した主犯格だぞ!?
コイツの作る食事と同じく、文字通り毒味する羽目になりかねん。
 もういい!次に話しかけてきたら容赦なく殴り倒す。校門前で待ち構えているあの女にも伝えておけ。
 おまえらのせいで貴重な時間を無駄にしてしまった。さっさと自分の席に戻りやがれ!」
キチガイ女とクズ人形は涙を堪え、元イケメンも言い返す言葉が見つからないらしい。
だが、目の下のクマがほとんど消えていた。こいつに受験勉強をさせるわけにはいかない。
有言実行、次に話しかけてきたら容赦なく殴るまでだ。

「さっきは吃驚したよ。涼宮さんたちが休み時間中にずっとキョンに話しかけていたのは知ってたけど、
 朝比奈さんが誘拐犯ってどういうことだい?」
昼休みに入って弁当を片手に谷口と国木田が俺のところへと寄ってくる。
「それに、朝比奈さんが睡眠薬や毒を盛るかもしれない…だったか?
 どうやったらそういう結論になるのか赤点ギリギリの頭でもわかるように説明してくれ」
そこまで言ってエビフライにマヨネーズをつけて食べている。
あまり気にしてなかったが、俺の知る限りコイツの弁当には毎日のようにエビフライが入っていた。
どうやらこいつの好物らしいな。まぁ、俺にとってはどうでもいい情報だ。
「どうもこうもない。去年のクリスマスイブにあの女にスタンガンで気絶させられて
 気づいたら長門の部屋だった。その日はハイキングコースを降りたらすぐに自転車に乗って
 佐々木を迎えに行ったあと妹の部屋の飾り付けをすることになってたんだ。
 それをあいつらのせいで無理矢理連れて行かれて、佐々木には心配をかけるし、
 飾り付けの手伝いも出来ず仕舞い。
関わり合いたくないと何度も言っているにもかかわらず、ああやって俺に近づいてくる。
谷口もあの女と同じ大学を目指すんなら、夏休みの宿題を少しでも自分で解いたらどうだ?」
あの誘拐犯が未来人で他人の意識を失わせることができるとは言えん。
護身用のスタンガンくらいなら持っていてもおかしくないと思われるだろう。
「朝比奈さんが受験した大学は人に聞いたから知ってるが、俺なんかじゃ到底合格できねえよ」
「それにしても、あの朝比奈さんがスタンガンを持ってるなんてね…
 彼女に谷口みたいな男が言い寄ってきたときの護身用って意味で持っていてもおかしくないけど、
さすがにそこまでやったら誘拐犯と言われても仕方ないよ」
「おい、国木田!それどういう意味だよ!」
国木田は何も答えなかったが、そのままの意味で間違いないだろうな。
その後は夏休みにそれぞれ何をしていたかの報告会。
案の定、アホの谷口は受験勉強一つすることなく遊び呆けていたらしい。

その後、話しかけては来ないが、ハイキングコースを降るまでは一応同じ道を通るため
ストーカー行為を黙認せざるを得なくなったが、夏休み前ほどストレスを溜めることもなくなった。
平日は普通通り登校し、帰ったら受験勉強。キリのいいところで終えて佐々木とフリートーク。
土日は俺たちの体調も加味して、どちらか一日は二人でバイトに出かけた。
たまに涼宮が俺に話しかけてきたが、有無を言わさずに殴り倒しておいた。
周りの奴等の侮蔑の視線が俺に集まったが、俺は自分の言ったことを行動に起こしたまで。
誰も文句を言う権利などありはしない。
それ以降、日が経つにつれ、古泉が授業中に寝ていることが多くなっていった。
『もう、これ以上話かけるな』と伝えて、話しかけたら殴り倒すと断言しているしな。
あの女のイライラは上昇し続ける一方だろうが、俺はストレスを溜めないですむ。
ようやく教室内での環境がマシになった気がする。
十月十一日、俺の誕生日を迎え、大事に保管していた書類をようやく提出できる日がやってきた。
帰りのHRが終わるとすかさず北高を飛び出し、ハイキングコースを一気に下り終える。
大分涼しくなってきたが、佐々木の高校にたどり着く頃には汗だくになっていた。
「この日を待ち望んでいたのはどうやらキミも同じようだね。
 全くキミという奴は婚姻届をだそうというのに未だに僕のことを佐々木と呼ぶ。
 僕がキミのことをあだ名で呼ぶのもどうかと思うけれどね。だが、僕にとってキョンはキョンだ」
「俺もおまえと同じだよ。中三のときからずっと佐々木は佐々木だ。
 だが、これで名字が佐々木ではなくなったしな。名前で呼ぶのが恥ずかしいってのもあったんだが…
 これからは名前で呼ぶことにする。ちなみに俺のことはキョンでかまわない。
 今更名前で呼ばれてもこっちが恥ずかしくなってしまう」
「そうかい?キミのことを名前で呼んでみたかったんだけどね。
 楽しみが一つ減ってしまったじゃないか。たまには呼ばせてくれたまえ」
などと言っていたが、曖昧な返事をしてお茶を濁しておいた。
その週末、これまでバイトで稼いできた資金を手に、二人で結婚指輪を購入。
予算内でお互い納得できるものが買えてよかったと言えるだろう。
あとはコイツに婚約指輪を買い、その後免許を取りに行って俺たちの車を買えばいい。
一緒に車で通学するのは大分先になりそうだが、それは大学に入ってから考えれば済むことだ。
互いの指輪を左手の薬指にはめ、絶対に大学に合格するという誓いを立てて
そのあとは受験勉強に励んだ。

翌週月曜日、廊下側の席についているせいか
左手にはめていた指輪が授業中にまわりの生徒に見られていたようで、
休み時間になるやいなや真っ先に俺のところにやってきたのは勿論谷口。
「おい、キョン。おまえその指輪どうしたんだよ!?」
「どうしたもこうしたもない。見ての通り結婚指輪だよ」
「結婚指輪って、もしかして相手は佐々木さんかい?」
「ああ、婚約届も出してきた。大学に現役で合格するための誓いの意味も込めて婚約指輪よりも先に買った。
 車の免許を取りに行ったり、俺たち用の車を買ったりするのが先だからな。
 結婚式を挙げるのはいつになるのか俺にもわからん」
そこまで大きな声で話していたわけではなかったが、佐々木と結婚したことを聞いて周り中が騒ぎ出した。
当然、例の三人の耳にも届いている。
「そんな…同じ大学を受けるならまだしももう結婚しているなんて…
 あたしたちが介入する余地なんてもうないじゃない」
涼宮は途方に暮れ、長門は静かに涙を流し、古泉は眠っていた。
翌日から古泉は学校を休み、長門も古泉を追うようにして登校したり休んだりを繰り返していた。
教室に全く現れなくなった古泉をクラスの女子や九組の女子生徒たちが心配し始め、
噂なのか本当なのかは俺にも不明だが、古泉が入退院を繰り返しているという声が耳に入ってきた。
長門と古泉がいない間の涼宮はというと、全ての授業で机の上に突っ伏しているだけだった。
ある日、長門が久しぶりに顔を出し、周りの連中からはいつも通りの無表情にしか見えないだろうが、
おそらく俺にしかわからんだろう。一年以上も密度の濃い生活に付き合わされたせいだな。
長門は疲弊しきった表情をしている。まぁ、誰がどうなろうと俺には関係ないことだ。
いつも通り受験勉強に励んでいたところで、またもや邪魔が入る。
「キョン、話しかけたら殴られるのは分かってる。それでもあんたに聞いて欲しい事があるの」
なら、その聞いて欲しいこととやらを言わせる前に暴力の限りを尽くして言う気も無くしてやるよ。
すかさず立ち上がって涼宮を殴り飛ばす。周りの女子が悲鳴をあげる中、痛みをこらえて言葉を吐いてきた。
「キョ…ン、あたし、あんたと仲直りして前のように皆で一緒に遊びたい」
倒れてもなお話しかけてくる涼宮の腹を何度も蹴る。
「あんたがこうまでしてあたし達と関わり合いたくないのは、ゲホッ…分かってる。
 あたしがいくら謝ったところで…グッ!あんたが許してくれないことも…。
 でも…たまにでいいから……あたし達のところに来て欲しい。
 お願い、キョン…。お願いします…お願いします……お願いします………」
「やめて!」
倒れていた涼宮と俺との間に長門が仁王立ちで割って入った。
だがその長門も頭を掴んで殴り飛ばした。左手には髪の毛に似せた何かが残っていた。腹立たしい。
その間も涼宮は「お願いします」と繰り返す。
「おまえら、何をやってる!」
誰かがチクったらしいな。倒れている涼宮と長門を見て状況を判断したらしい。
俺を捕まえて教室の外へ連れ出そうとしてきたところで、涼宮が叫んだ。
「やめて!悪いのは全部あたしの方なんだから!これ以上キョンの受験勉強の邪魔をしないで!
 連れていくならあたしにして頂戴!」
「ということだ。これ以上時間を浪費するわけにはいかん。事情ならそいつに聞けばいい。
 まさか教師が生徒の勉強を邪魔するなんてことは……ないよなぁ?」
身体を起こして涼宮に駆け寄った長門が傷の回復をしている。
教師の手が俺から離れたところで自席に座り受験勉強を再開した。
「やれやれ……とんだ時間の浪費をしてしまった。さっさと問題を解き進めることにしよう」
教師も俺を睨みつけているが、手を出すことはできまい。
涼宮がようやく上体を起こしたところで長門と一緒に教師に連れて行かれた。
次の授業の途中で二人で戻ってきたが関係ない。帰りのHR後に岡部に呼ばれたが、
「駄目よ!キョンはすぐに帰って!話ならあたしが聞く。
 今日の事は全部あたしのせい!キョンは何も悪くないわ!」
涼宮が俺と岡部の間に入ってきた。その通りなので俺はさっさと帰らせてもらう。

その日からしばらくの間、涼宮と俺のやりとりがあり、どんなに教師集まろうが、
「全部あたしのせいなんだから邪魔しないで!」
と言う涼宮の叫びに、教師たちは俺に手を出せないでいた。まぁ、当然だ。
「キョンよぉ、佐々木さんと結婚しているとはいえ、たまには涼宮の相手をしてやってもいいんじゃないか?」
谷口、国木田と弁当を食べていると谷口があの女の心配をしてきた。
あまりその話題には触れて欲しくないのだが…
「そうだよ。全部自分が悪いからってあんなに必死で叫んでる涼宮さんなんて今まで見たこともないよ。
 もしそれで佐々木さんと口論になるようなことになったら僕がちゃんと説明する。行ってあげなよ」
「悪いが、二人が考えている程度の軽いものじゃないんだ。
あいつらと一緒に過ごすなんて一分、一秒たりとも御免だね。
 古泉や長門じゃないが、内申に関わらなければ俺はずっと欠席し続けたいくらいなんだ。
 センター試験も間近だしな。二人ともあんな女の心配より、自分の進路の心配をした方がいい。
 谷口こそ中学からずっとあの女と同じクラスで嫌気がさしているんじゃないのか?」
「確かにそうだけどよ…あんな涼宮見たの初めてだよ。
 もう結婚しているのに、あそこまでおまえの事をかばうなんて思いもしなかったぜ」
無論、佐々木にも包み隠さず全て話している。佐々木まで谷口や国木田と同意見とは思わなかった。
「キョン…僕の理想のために頑張ってくれているとはいえ、いくらなんでも彼女が可哀そうだよ。
 国木田君にそこまで言わせるくらいならなおさらね。たまには行ってあげてもいいんじゃないのかい?」
「駄目だ。ただでさえセンター試験までもう日が無いんだ。
あいつらのところに行ったらストレスだけ無駄に貯めこんで帰ってくることになる。
たとえ、おまえがそれを全て浄化してくれたとしてもな。
まぁ、おまえがそういうなら、受験が終わったら一度くらいは行ってやってもいい。
だが、受験が終わったらバイトで金稼いでさっさと免許と車が欲しいんだ。
冬休み中は正月休みの間は高額で雇ってくれるところがあるだろうから、
それ以外は受験勉強の時間にあてることにしようと思ってるんだが…どうだ?」
「キミの意見に反対するわけではないけれど、もう少しゆとりを持ってもいいんじゃないのかい?
 僕はね、何も大学に入ってすぐに車で通学しようなんて思ってない。
焦らなくてもいいんだよ。僕はキミと『楽しい』大学生活がしたいんだ。
僕の事を考えてくれているのは十分わかる。けどね、それに固執してしまったら本末転倒だろう?」
「やれやれ…やはり俺を癒してくれるのはおまえだけのようだ。
 確かに固執していたのかもしれん。受験に失敗してしまうんじゃないかっていう不安もあったからな。
 正月休みのバイトの件はそのときの気分で決めることにするか。
 けどな、早くおまえのウェディングドレス姿が見てみたいんだ」
「キョン、これ以上恥ずかしくなるようなことを言わないでくれたまえ。
 そんなことを言われてしまったら今度は僕の方が固執してしまいそうだ。
 自分の言った言葉に責任が持てなくなってしまうじゃないか」
「心配いらん。自分の言葉に責任の持てない奴なら俺の周りに沢山いるんでな。
 今さら一人増えたところで何の支障もない」
「やれやれ…相変わらず、キミって奴は…今日は僕の事を離さないでくれ」
「ああ」と返事を返してさらに強く抱きしめた。俺だって離すつもりはない。今はこのままでいさせてくれ。

翌日から涼宮が俺に絡んで来なくなった。これ以上は逆効果だと感じたのかどうかはわからん。
だが、無駄な時間をとらずに済むようになって何よりだ。
いくら出席していても成績が良くても、あれ以上続けてしまっては折角の内申が下がってしまう。
ただ、今までずっと机に突っ伏していた奴が、教科に関係なく受験勉強に励んでいることが気になる。
古泉は相変わらず姿を見せないが、俺にとっていい状況とは言えそうにない。
おっと、余計な雑念が入ってしまった。一題でも多く問題を解き続けるだけだ。
冬休みに入り、どうやらコイツも固執してしまったようだ。正月休みは二人でバイトに明け暮れた。
その後も谷口と国木田と三人で弁当を食べる以外は誰に何を言われても全て無視。
というよりも耳に入ってこなかった。
勢いを緩めることなくセンター試験と二次試験を納得のいく回答で全て埋めつくし、卒業式を迎えた。
良い思い出なんて一つも無かったが、今日で北高に来ることがなくなると思うとほんの少し寂しくなる。
だが、それもすぐにどうでもよくなった。大学に合格して佐々木と一緒に楽しい大学生活を送る。
そう思ったら、これが最後になるであろうハイキングコースもしんみりと歩むことなく帰路についた。
合格発表日当日、いつも通りの二人乗りで一路大学へと目指した。
「受験を終えてからあまり考えないようにと毎日仕事に励んでいたけれど、
 今も不安で仕方がないよ。キミか僕のどちらかが落ちているんじゃないかってね」
「そんな不安は掲示板を見れば払拭される。第一おまえが落ちていたら俺が受かるわけがないだろうが。
 おまえにそんなことを言われたら俺はどうしたらいいんだ?」
疑問形で言葉を返したのだが、ずっと抱きしめられたまま、大学に着くまで返答は帰ってこなかった。
ったく、俺の方が余計不安になるだろうが。自転車から降りてようやく口を開いたと思ったら、
「キョン、キミは何番だい?」
と受験を終えてから毎日のように聞かれたことをこの期に及んでまだ聞いてくる。
「おまえな…何回この数字を耳にすれば気が済むんだ?603番だよ」
「試験を終えてから、もの覚えが悪くなったんじゃないかと僕も疑いたくなるよ。
 毎日、キミの番号が気になって仕方がなかった。でもね、キョン。それは今日で最後だ。
 その番号と掲示板を照らし合わせればいいんだからね。僕にも一緒に探させてくれたまえ」
それは別に構わないが…573、577、584…と番号が続いているところを見つけ、その先を追う。
それにしてもかなり落されているな…俺は不合格かもしれんと、掲示板から目を逸らしたそのとき、
「596、603、611…603!?あったよキョン!603番!目を逸らしてないで、あそこを見たまえ」
細い人差し指が掲示板の一番上に向かって照準を合わせ、白い指の延長線上を見上げる。
「603番……あった…合格だ…」
力が抜けて座り込む。尾骶骨に痛みを感じたがどうでもよかった。
「キョン、座ってないで僕の番号を一緒に探してくれたまえ」
そんなもん、合格に決まっているだろうが。センター試験も二次試験もこいつの方が上だったんだ。
落ちているはずがない。しばしの間をおいてもう一つの番号を探しあてた。

細い腕が俺の腕に絡みついたまま離れようとしない。まぁ、こっちも離すつもりはないけどな。
笑顔で帰ろうとしたそのとき、笑顔を一瞬にして消しさる光景が俺の視界に入ってきた。
涼宮と不愉快な仲間たちが俺の視線の先にいた。
しかし、四人とも呆けたまま誰も何も話そうとしない。
古泉だけ落ちたのか、長門だけ受かったのかは知らんが、…くくくく、違う意味で笑みがこぼれてきた。
これで二人の楽しい大学生活を邪魔されずに済む。さっさと無視して帰ることにしよう。
涼宮の横を通り過ぎたその時、後ろから声がかかる。
「キョン!?キョン!止まってよ!あんたどうだったの!?」
無視して帰ろうとしたところで俺に絡んでいた腕がそれを阻止した。
「最後くらい、彼女たちと話してあげてくれないか?」
最後?最後か…くくくくっ、そうだな最後に引導を渡してやることにしよう。
「高校を卒業したってのに相変わらずうるさい奴らだ。俺たち二人とも合格だよ。おまえらと違ってな」
さっきまでお通夜の参列者と同じ表情をしていた奴が急に明るくなった。
「ホント!?あんた受かったのね!よかった…。こっちは結局有希しか合格できなくて…
 でも、来年は必ず三人で合格してみせるわ!それまで待っててよね!」
「涼宮さん…もうわたし…キョン君とは……」
あぁ…相変わらずウザったい女だ。その結論を出すのが遅すぎるんだよ、馬鹿め。
「何言ってんのよ、みくるちゃん!来年は必ず合格するわよ!
 今夜は皆で合格祝いのパーティのつもりでダメだったけど、俄然やる気が出てきたわ!
 折角新川さんが料理作って待っててくれるんだし、キョンと佐々木さんも来ない?
 あ、もう佐々木さんって呼べないんだっけ…」
「受験の申請は佐々木と書いているから、気にしないでいい。
それより、僕たちがお邪魔してもいいのかい?だったら、是非参加させてくれたまえ。
 キョンもこういうときくらい皆で騒いだっていいだろう?ご両親には合格したことを伝えておけばいい。
 彼女たちと一緒にいかないか?」
「やれやれ…おまえがそこまで言うなら仕方がない。行ってやるよ」
だが、自転車を置いて行くわけにもいかん。帰りの事を考えて、俺は自転車だな。

古泉が手配した車に乗って先に行けばいいものを
「悪いがキョン、僕も自転車に乗せてくれたまえ。キミ一人おいて行くわけにはいかない。
 それに、二人で話しながら向かえばキミも退屈せずに済むだろう?」
などと言って結局いつものように二人乗り。
まぁ、二人揃って合格した喜びを分かち合おうとしたところで不愉快な連中に見つかってしまったんだ。
俺も二人っきりになりたかったし、丁度いい。
携帯で家に合格の連絡をした後、クズ人形の住むマンションへと向かう。
ここに来るのはこれで最後にしたいと思いながら呼び鈴を鳴らして部屋へと案内された。
テーブルには豪華絢爛の新川料理が並び、キッチンには新川さんがいるもんだと思っていたが、
その姿は無かった。先に到着して俺たちを待っていた四人が笑顔で迎え入れる。
四人中三人が不合格だというのにどうしてそんな表情をしていられるんだか……
「どうしたんです?お二人とも早く座って下さい。折角の料理が冷めてしまいます」
どうやら今度は俺が引き止める役になったようだ。
古泉の甘言に操られて席につこうとしたところでコイツを止めた。
「どうかしたのかい?早くしないと彼の言う通り料理が冷めてしまう。
 僕もこんなに豪勢な料理は初めてなんだ。そんなに焦らさないでくれたまえ」
「駄目だ。いくら豪勢な料理でも、睡眠薬や毒薬を盛られているかもしれん。
 それに、なんで酒が用意されてるのか説明してもらいたいね。
新川さんの料理を酒の肴にするなんて俺にはできん」
「少しくらい、あたし達のこと信じてくれてもいいじゃない!!
毒も睡眠薬も盛ってないし、今夜は派手なパーティをと思って古泉君にお酒を用意してもらっただけよ!」
「おまえらのことは、誰一人として信じとらん。だったら、場所を俺たちと入れ替わってもらう。
本当に毒や睡眠薬を盛ってないのならかまわんだろう?」
目の前にいる四人に対して「全く信用していない」という俺の発言に、残念そうな顔をしていたが、
渋々場所を入れ替わりようやく席についた。
「いつもならパーティで乾杯の音頭をとるのは涼宮さんですが、
ここは見事に合格を果たしたあなたがとるべきでしょう。お願いできませんか?」
そうだな…丁度いい機会だ。こいつらとの縁も今日で最後にしよう。
「じゃあ、おまえらとの決別を祝して、乾杯」

『かん…ぱ………えっ?』
高く上げたグラスを鳴らそうとしたところで全員の手が止まった。
さっきまでの笑顔も消えて、視線が俺に集まる。
「ちょっとあんた、今のどういうことよ!」
「俺の言うことが理解できんのは相変わらずらしいな。おまえらとの縁はこれで最後ってことだ」
「問題ない。北高の文芸部室と同じ。大学で部室を確保して三人の合格を待つ。あなたも部室に来て」
そう言い終えると乾杯もしていないのにクズ人形が酒を飲んでいた。
小さな手でグラスを大事そうに抱えながら視線をグラスへと向けている。
誘拐犯は何も話そうとはしなかったが、残りの二人はその意見に同意した。
「長門さんのおっしゃる通りです。来年は我々も必ず合格してみせます!
 同じ講座を受講することだって十分ありえますし、何よりSOS団にはあなたが必要不可欠なんです!」
「残念だったな。そんなことなら既に手はうってある。
 大学一年目で一般教養の単位を全て取り切り、二年次以降は二年目でないと取れない科目のみ受講する。
 それ以降も同様だ。これでおまえらと同じ講座を履修することは一切ない」
「キョン君、どうしてそこまでわたし達のことを避けるんですか!?」
誘拐犯がようやく口を開いた。だが、そんなことはもう答えが出ている。
「おまえらとは生涯関わり合いたくないからに決まってるだろう。
 人のことをさんざん扱き使い、俺の意志を一切汲み取ることなく自分の都合ばかり押し付け、
 挙句の果てに俺を誘拐しストーカー行為を繰り返した。そんな連中と仲良く過ごせるとでも思うのか?
 俺はコイツと『二人で楽しい大学生活』をするために必死で受験勉強してきたんだ。
 それを毎日のように妨害してきやがって…おまえらとこうして顔を合わせているだけで反吐が出る。
 生憎とおまえらに関わっていられるほど俺たちは暇じゃないんだよ。
 大学に通う車に婚約指輪、結婚式の資金だって稼がなくちゃならない。
 勉強だっておろそかにできん。同じ講座をおまえらと一緒に再受講することになりかねんからな」
「では、お二人が通学に使う車も結婚式の資金もこちらで用意します。戻ってきてもらえませんか?」
「随分と都合のいい耳だ。いくら車を用意しようが結婚式の費用を負担しようが答えは変わらない。
 おまえらとは生涯関わり合いたくないと言っただろう。
何より、その提案をコイツが受け入れるとは思えん」
「キョン、確かにキミの言う通り、そんなやり方で結婚式を挙げたとしても僕は嬉しいとは思わない。
 けどね、キミはここにいるメンバーとはもう会いたくないということに固執しすぎじゃないのかい?
 僕はそんなキミと過ごす大学生活を楽しいとは思えない」
ったく、掲示板の前で『最後くらい…』とかなんとか言ってた奴のセリフか?
やれやれ…じゃあおまえは一体俺にどうしろって言うんだ。
俺はこいつらとは一切関わらない。話もしなければ視線を合わせることもあるまい。
それだけのことをこいつらはやってきた。どれだけ謝罪したとしても俺の気が晴れることはない。
無言のまま時間だけが過ぎていった。誰も料理を手に取ろうとはせず、
ただ黙って誰とも視線を合わせることはなかった。ここらが潮時だな。

「パーティもこれで終わりのようだし、さっきの答えは帰ったら二人っきりでじっくり話そう。
おまえの言う通り、俺も固執していたのかもしれん。
 だが、こいつらとの関係はさっき言った通りだ。それだけは変わらない。何があろうとな」
スッっと立ち上がり「もう帰ろう」とコイツに促したところでようやく口火をきった。
「待って!…あんたの言った通り、あたしたちは必至で受験勉強してるあんたの邪魔ばかりしてた。
 いくら謝っても、もう許してくれないことも分かった。
でも、せめて今日だけでいいからあたしたちと一緒にいて!
毒や睡眠薬のことをまだ疑っているのなら、あたしが最初に料理を食べる。
だからお願い!あなたにはつまらないパーティにしか思えないかもしれないけれど、
もう少しだけ時間を下さい。お願いします…お願いします……」
涙を零しながらキチガイ女が俺の前に跪く。
どんなに懇願されても一切付き合うつもりはないんだが…隣の奴がそれを許さなかった。
「僕もお腹が空いたよ。今から帰ってもご母堂は僕たちの分の夕食は作ってないんじゃないかい?
 料理はもう冷めてしまったけれど、確か…新川さんだったかな。
キミが『絶対に美味い』と何度も話題に挙げる程の料理なんだろう?
 キョンがそうやって彼女たちを避ける以上、僕にとってはこれが最後のチャンスになるかもしれないんだ。
 一度でいいから堪能させてくれたまえ」
「チッ…そこまで言うなら仕方がない。なら、これが最後の晩餐だ。
もう一度食べたいなんて言っても俺は絶対に付き合わんぞ。
それに、ここで貯め込んだ分のストレス発散に最後まで付き合ってもらうからな。覚悟しろよ」
ストレス発散に付き合ってもらうと言っているのに、なんでコイツはこんなに笑顔になるんだか…。
「キミのストレス発散法は僕にとってもストレス発散になるんだ。
一向にかまわないから気にしないでくれたまえ」
なんて言いたげな表情しやがって…やれやれだ。
俺が再び腰を下したことに他の勘違い共が勝手に喜んでやがる。
有言実行、毒味すると言ったキチガイ女が我先にとテーブルに並んだ料理を口にする。
そのキチガイ女の不愉快な仲間たちもそれに倣って料理を堪能し始めた。
一通り見届けてから俺も料理に手をつけた。すぐに自分の表情と気持ちが矛盾していることに気が付く。
料理は冷めているにも関わらず、この美味に決心が揺らぎそうだ。
残念な表情をしながら、舌は美味いと感じ取る。隣では一口食べるごとにその味に酔いしれていた。
帰りは二人乗りだからと酒は断ったんだが…コイツが自転車の荷台で眠ってしまいそうだ。
仕方ない、二人で歩いて帰るかと思っていた矢先、
お通夜のような表情はどこへ行ってしまったのかと言わんばかりに笑顔で俺に話かけてくる気違い共。
問いかけに対して黙秘権を行使していると、俺の代わりに話好きの奴が応えていた。
頼むから長時間ここに拘束されるのは勘弁してくれと思いながら、豪華ディナーに舌鼓をうっていた。

「あんたがいてくれて、今日は楽しかったわ。ありがとう。
 本音を言ったら、また来て欲しいんだけど…ダメ、だよね?」
皿を舐めるまでとはいわないが、新川さんの料理を心の底まで堪能すれば、ここにいる必要は一切ない。
即座に席を立ち、会話を強引に止めて俺と同じ指輪がはめられた細い手を掴んだ。
玄関でキチガイ女が声をかけてきたが何も答えず、クズ人形の部屋を飛び出した。
エレベーターがなんでこんなに遅いのかと思ったのはこれが最初で最後だろうな。
「見送りをする」
などと馬鹿な連中がついてきたが、エレベーターに乗り込んだところで邪魔者を押し出した。
ようやくだ、ようやくあのクソったれ共と縁が切れる。
大学に合格して喜んでいたのが随分前のように思えてならない。
「キミを引き止めて正解だった。僕の人生の中で初めてだよ、こんな気分になったのはね。
 キョンが彼女たちと関わり合いたくないのはこれまで話を聞いていたから十分知っている。
 けどね、それが少しずつ弱まって、たまには行っても悪くないなんて思える日が来たらでいい。
 何年かかっても構わないから、僕にも参加させてくれたまえ」
「残念だったな。だから言ったんだ、これが最後の晩餐だと。
 帰ったらおまえの携帯にもあいつらからの連絡が届かないようにする。
 おまえさえ巻き込めば、俺が渋々ついてくるだろうなんて甘い考えを持たせないためにな」
「キョン…彼女たちに対するキミの想いは充分理解しているつもりだ。
 キミが誘拐されたと聞いたときは僕も許せなかった。
休み時間になる度に彼らがキョンにアプローチしてきたことも分かってる。
僕はね、キミに感謝と謝罪の両方をしないといけない。
彼女たちはキミにストレスだけを与え続け、受験勉強の妨害をしてきた。
それでも今日こうしてキミと二人で合格することができた。
僕の勝手な理想に付き合わせてしまって本当に申し訳ないと思っている。
劣悪な環境の中でもキョンは僕のために必死になってくれた。彼女たちだけじゃない。
いくら謝っても、いくら感謝してもキミに気持ちが伝えきれないのは僕も同じなんだよ」
「そう思うのなら、あいつらのことは綺麗サッパリ忘れて大学生活を二人で楽しめばいい。
 明日からはまた二人でバイト生活だ。入学式用のスーツも買わないとな。
 前にも言ったが、早くおまえのウェディングドレス姿を見てみたいんだよ」
結局コイツも料理に舌鼓をうったり、俺の代わりに話をしていたりと、酒で酔うほどでもなかった。
いつものように自転車の荷台に乗せて走る。
俺がウェディングドレスの話をしてからは黙ったままだったが、
細い腕には似つかわしくないほどの力で抱きついたまま、ずっと離そうとはしなかった。
家に帰って早々、携帯を奪い取りあの気違い共から連絡が来ないように設定。
この際電話番号もメールアドレスも変えてしまおうかと思ったが、そんなことに金をかけている程の余裕はない。
「約束通り、俺のストレス発散に付き合ってもらうぞ」
と言っても、先ほど見せた笑顔と変わらず、どうやらコイツのストレス発散法でもあるらしい。
結局その日は朝まで抱き合い、仕事にいく予定だったがキャンセルした。
遅い朝食を食べてから、今後のことについて二人で話し合っていた。
車を購入しても、免許がなければ話にならないし、入学式のためのスーツも買わなければならない。
痛い出費だったが、両親に頼んで足りない分を借り「必ず返す」と約束をして自動車教習所へと向かった。
俺が教習所に通っている間どうするのか尋ねると、
「キョンがやるべきことをやっているのに僕だけ休んでいるわけにはいかない。
 キミと話すネタを考えながら仕事に励んでいるから気にしないでくれたまえ」
そういってくれるとありがたいが、申し訳ない気もする。
ただ、ウェディングドレス姿を見られるのが、少しだけだが早まることに違いはない。
結局その月は別れてそれぞれのなすべきことに励んでいた。

入学式当日、新入生代表挨拶は予想通りクズ人形。
マイクのボリュームをMAXにしても何を言っているのかよく分からん。
まぁ、そんなことはどうでもいい。あの気違い共に話した通り、一年目で履修可能な科目を選び、
二年目以降にならないと履修出来ない科目だけ残した。
あとはクズ人形のストーカー行為さえなければ、コイツと楽しい大学生活が送れる。
ただ、入試の難易度が難易度だっただけに、履修した科目を全て取得できるか不安になってきた。
「キミが心配する必要はないよ。今までと同様、二人で試験勉強に励めばいい。
 僕が悩んでいたら是非相談に乗ってくれたまえ」
そう言ってくれるのは嬉しい。
しかし…おまえだけ単位が取れて俺だけ再履修なんてことにならなければいいんだが。
金額が高いだけの冊子を買わされ、講座がスタートし始めると
どの講座もクズ人形とは同じにならず、一ヶ月が過ぎようとしている頃にはあいつらのことはすっかり忘れ、
当初の目的だった『佐々木と二人で楽しい大学生活』を送っていた。
車の方は四月の試験を終えて無事に免許書を取得。
あとは車さえ購入すればいつでも大学へと二人でドライブが楽しめる。
「キミがペーパードライバーになる前に買っておいた方がいい。
婚約指輪は後まわしでかまわない。気にしないでくれたまえ」
との提案により、週末は土日のどちらかは仕事に行き、GW中は中一日を除いて全て仕事に費やした。
前期試験が全て終了すれば、後は秋分の日まで仕事に費やすことが可能だ。
結婚式は互いの家族と親せきだけでいいだろう。
互いに知っている国木田くらいは…とは思ったが、国木田一人では話す相手が俺たちしかおらん。
当たり前だがあのキチガイ連中は論外。せいぜい受験勉強に励めばいい。
その代わり、式場やホテル、ドレスには妥協しないつもりだ。
新婚旅行は話のネタ探しに世界中を飛び回ってみたいと思う。
コイツの存在理由の一つは結婚したらすぐにでも可能だが、
もう一方の方はいくら研究に没頭しても見つからないかもしれない。
だが、オリジナルの理論や概念を生み出すことに励むと言えば、俺も力になりたい。
なんにせよ、そこまで辿り着くのにいつまでかかるのやら…

前期試験を満足する回答で提出し、二人で答え合わせ。
意外にも俺の方が点数が上だった科目もあった。自分で自分が信じられん。
「キミももっと自分に自信を持つべきなんじゃないかい?
あれだけ環境が悪い中で受験勉強に励んで僕に合わせてくれたんだ。自己肯定感ってやつだよ」
『その言葉、そっくりそのままおまえに返してやる』と言いたかったが、今回の結果については俺も嬉しかった。
「だが、あまり高校時代を思い出させないで欲しいな。
折角二人で楽しい大学生活してるんだ。いい気分が台無しになるだろうが」
「それについては僕が悪かった。けどねキョン、ようやくキミが僕の隣に立ってくれたことが嬉しいんだ。
 僕の存在理由を一緒に探して欲しい。大学を卒業しても僕と一緒にいてくれないかい?」
「はぁ……そんなことか。そんなもん最初からついて行くつもりだったんだ。雑用でも何でもやってやるよ」
俺が溜息をついたことに少々ムッとした表情を見せたが、それ以降は至って笑顔。
それ以降、何も話してこなかったが飛び跳ねたいくらい嬉しいと顔に書いてあるぞ、おまえ。
何はともあれ無事に前期試験を終え、その後は仕事に明け暮れた。
既に中古車を買えるところまで貯まっていたが、休みが終わるまではほとんど使わないだろうと意見が一致。
後期の講座が始まる前に買うことになった。
お盆休みなら高額の仕事があるだろうと、家族旅行もきっぱり断り二人でバイト。
俺が懸念していた八月十七日、仕事が終わって帰路につくと案の定、家の前に待ち伏せしている車が一台。
無視して通してはくれんだろうな。
「待ってた」
入学式から今まで、一体どこで何をしていたのかこっちが聞きたいくらいの奴が車から姿を現し
誘拐犯の未来人がそれに続いたが元イケメンの超能力者が出てこない。疲労困憊で入院ってところか。
「おまえらの馬鹿さ加減に嫌気がさしてるっていうのに、まだ俺たちに付きまといやがって。
 どうせ『言うな』と言っても『今回が何回目のループ』だとか言い出すんだろう?
 ループして欲しくなければ今まで通りのやり方で解決すればいい。
 おまえらの問いに対して俺はもう答えを述べている。さっさと消えろ」
「まだループしていない。これまでのような予兆が全く感じられない。
 涼宮ハルヒの精神状態がかなり危険。何が起こるか不明。
 それに………古泉一樹が殉職した」
「彼が死んだっていうのかい?」
古泉が死んだことに対して俺と同じく動揺を隠しきれなかったらしい。
思っていた言葉がそのまま口から出たようだ。
「だが、だからなんだって話だ。俺の受験勉強の邪魔ばかりしてきた奴が死んだところで俺は何も感じない。
 逆に清々したよ。もうつきまとわれなくて済むんだからな。あとはおまえらだけだ。
 どっちが先か楽しみにしてやるよ」
「でも、キョン君このままじゃ…」
「『このままじゃ未来が安定しません』とでも?だったらこんな時間平面上に居座らずにさっさと未来へ帰れ。
 一回くらいTPDDを不正使用しても別にいいだろう。
藤原のような馬鹿が何度も時間平面に穴を空けているんだ。
 自分の生死に関わると理由付けをすれば、大した罪にも問われまい。
それとも、今度は心臓にナイフを刺されたいのか?」
「それは……その…」
「分かった。わたしもすぐに神人討伐に出向く必要がある。
 用件は伝えた。あなたの気持ちが変わってない事も判明した。
 でも、古泉一樹の葬儀にあなたにも参加して欲しい。明日、通夜が行われ、明後日告別式の予定。
 お願い、来て」
「悪いが仕事で忙しいんだよ。俺たちは祝う方の式典があるんでな」
それ以上は何も言わず、クズ人形と誘拐犯を乗せた車が去っていった。
「キョン………」
「おまえが気を病むことじゃない。あいつは引き際も考えずに自分の意見を押し通そうとした。
 自業自得だ。俺のせいでもおまえのせいでもない。全てあいつらの責任だ」
ループではなかったとはいえ、流石に堪えたらしい。
トイレ以外は傍に付き添い、お互い何も話さないまま眠りに就いた。

数日が過ぎ、コイツの興味の惹きそうなネタを少しずつ話していくと、
一週間くらい経過して、ようやくと言っていいだろう。いつもの調子で俺の話に食いついてきた。
古泉に関することは話さず、通夜にも告別式にも出ずに仕事に明け暮れていた。
秋分の日が近づき、そろそろ車をと思い二人で見に行っていた。
貯金が大分溜まったこともあり、今後何年も使うことになることを考えれば、多少高くても…と
二人の意見が一致して納得のいく車を購入できた。
大学が始まり、初めての車での通学に心躍るような気持ちで車を走らせた。
そこまで表情には出てないが、助手席に座っている奴も同じ考えだろう。
オリエンテーリングだけの一日を終えて帰りも気分よくドライブ。
「キョン、今日は早く終わったし、少し寄り道をしていかないかい?」
二つ返事でOKしてドライブを楽しんだが、折角の気分をまた盛り下げてくれる車が家の前に止まっている。
クラクションを何度も鳴らして「邪魔だ」とアピールするが、一向に動く気配がなく
またしてもクズ人形と誘拐犯が現れた。
「さっさと車を移動させろ!他の車にまで迷惑がかかるだろうが!」
「問題ない。閉鎖空間と類似する異空間を作った。この車は現実世界から消えたことになっている。
 それに、今日はわたしも朝比奈みくるもあなたにお別れを告げに来た」
『お別れ!?』
「古泉一樹の告別式の日、あなたがいつまで経っても現れないことを悲しんだ涼宮ハルヒが
 二回目の情報爆発を起こした。今回も主流派の求める情報爆発ではなかったが、
 涼宮ハルヒの力が消え、閉鎖空間もでなくなった。それでわたしと朝比奈みくるに帰還命令が出た」
「それで、あの女はどうしてるんだ?」
「自宅の自分の部屋にこもって受験勉強も何もせずにただ泣いているだけ。
 わたしも朝比奈みくるも何度も足を運んだが、扉すら開けてもらえなかった。
 あなたなら、涼宮ハルヒの心を癒してくれるかもしれない。
一度だけでもいいから会いに行って。そのかわり、わたしの部屋をあなたたち二人に譲る。
これまであなたに無理強いをしてきた分のお詫び。好きに使ってくれてかまわない。
鍵はあなたの家の郵便ポストに入れてある。それだけ伝えたかった」
「わたしも、キョン君の気持ちも考えずに任務だからとキョン君の嫌がることを何度も繰り返してました。
 今まで本当にごめんなさい。わたしも、こんな形で皆さんと別れることになって凄く残念です。
 わたしも長門さんみたいに何かしてあげられることがあるといいんですけど…ごめんなさい。
 でも、どうか、涼宮さんのことをよろしくお願いします」
長門の異空間が解除され、二人が車に乗り込もうとしたところで呼びとめた。
「長門、一つだけ教えろ!おまえ、四月から試験が終わるまで一体どこで何をしてた!?」
「簡単、部室を確保して来年四人で同じ講座を受講するだけ。もっともそれももう叶わない。
 涼宮ハルヒが入学してくることがあったら、部室まで案内して。北高と同じ、文芸部室」
それだけ言って長門が車に乗り込み、去っていった。
あの部屋を使って構わないのなら荷物をまとめて引っ越すことにしよう。
今まで散々あいつらには邪魔ばかりされてきたが、こうも別れ方が素気ないと少しばかり寂しく思えてきた。
助手席では深刻そうな顔をしていたが、そのうち元のコイツに戻るだろう。
あの女のことは当分先になるだろうな。嫁を元気づける方が先決だ。
来年度大学に入ってきたら長門が確保していた文芸部室を案内してやればいい。
俺と佐々木の楽しい大学生活はまだ序盤だからな。


おしまい

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最終更新:2015年06月25日 21:49
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