『新人の宿命』
「キョン、編集長直々のお達しだ。あれがシリーズ化することに決定した」
いつものように俺の家にやってきた佐々木は昼食のシチュー(作:佐々木)を食べている俺にそういった。
なんだか順調に餌付けされている気がするが美味いので気にしないことにする。
「あれって……あれか?あの佐々木がヒロインの?」
佐々木のあまりにも急な発言に俺は聞き返した。
「っ……そうだ、キョンが主人公の奴だ」
佐々木の顔が真っ赤になっている。
あれほど口で勝てなかった佐々木に優位に立てるのはありがたい。
こいつ意外と初心だったんだなぁ。
「なんでまた?ありゃ単なるアンソロジーのうちのひとつのはずだろ?」
「……これを見てくれ」
そう言って佐々木はA4サイズの紙を数枚俺に渡してきた。
なになに、「恋愛が精神病」とする現実味の無い設定のヒロインにもかかわらずあのリアリティはすばらしい……。
ってこれは……。
「そう、ファンレター。しかもほとんど君宛の賞賛だ。大反響だよ」
パラパラめくっていく、大体同じ内容だが侮蔑はほとんど見あたらない。
まぁあまりに心無い奴は佐々木がはじいたんだろうけどな。
「大反響なのはありがたいが、これでなんでまた」
「あの話、うちの編集長も気に入ってしまってね……そこに合わせてこの反響だろう?是非来る恋愛レーベルの顔としようと言っているんだ」
うえ、マジか。
あれはいろいろな意味で苦肉の策で書いた作品だ。
しかもモデルは俺と佐々木。
あれをシリーズ化するってことは俺と佐々木の思い出をさらに切り貼りして作るってことで……。
うわーすげぇ羞恥プレイ。
「って佐々木、お前はいいのかよ」
そうだ、ちょっと口に出しただけで恥ずかしがる佐々木が続編なんて望むはずが無い。
「新入社員が編集長に逆らえるわけが無いだろう……君こそ恋愛物は不得手なのにいいのかい?」
「駆け出しペーペー作家がひいきしてくれてる出版社の編集長に逆らえるわけ無いだろ……」
「だろうねぇ」
「だろうなぁ」
お互い諦めのこもった声を吐いた。
ぺーぺーや下っ端はつらいのだ。
「仕方ない、チャンスととろう。君は名をさらに売るチャンスだろう」
「お前も自分の企画から大反響がでたとなりゃ鼻も高いだろうしな」
しかし恋愛作家として名を売るってのもなぁ……これ以外書けんぞ。
これだってすぐにネタが尽きそうだ。
こりゃ佐々木のこと相当気合いれて観察しなきゃならんな。
佐々木、そういうわけだからこれからも頼むぞ。
「わかってるさ、なんなら夕飯も僕が作ろうか?」
「そりゃありがたいな」
無理やりな会話で俺たちは場をつないだ。
いわゆるひとつの現実逃避である。
「それで、あの後どういう展開にするつもりなんだい?」
そうだな、あの短編で一応告白ハッピーエンドまで行ってるんだよな。
「そうだね、人気を取ったのはあの作品なんだし僕としてはあの続編ということでその後の生活を……」
いやぁ、俺まともに付き合ったこと無いからな。その後なんて書けねぇよ。
あれとは別にきちんと最初から書いて男が女の気持ちに気づかない感じで引っ張ろうと思っている……
って佐々木?どうした、何頭抱えてるんだ?
っておい、布団を引っ張り出すな、不貞寝するな。おーい、佐々木さーん
最終更新:2007年09月17日 12:05