17-404「作家のキョンと編集者佐々木~調子のいい日」

『調子の良い日』

その日は朝からなんだか調子が良かった。
夢で見た内容をきっかけに起きてから次々と素晴らしいネタが浮かんできた。
以前夢で浮かんだ素晴らしいネタを忘れて悔しい思いをしたのを教訓に俺の枕元にはメモ帳がおいてある。
浮かんだ内容はそこに書き留めるようにしてあるのだが所詮は寝起きの脳みそ。
寝ぼけた文字のせいでで判読不能だったり改めて読んでみたら理解不能な内容だったりすることが多々あった。
……この蟹味噌ってのはどういうつもりで書きとめたんだろう?
しかし、今日に限っては違った。
俺の脳が完全に覚醒したとき書いてあった文字はきちんと読めるものだったし、内容も現在の連載に即した使える奴だった。
それをきっかけの俺の頭の中には次々と原稿の内容が生まれてくる。
それは俺に早朝から仕事をさせるのには充分な理由だった。
普段ならまだベッドでゴロゴロしているような時間なのだが早々にPCを起動し原稿の作成に取り掛かる。
高校のころと比べて倍にはなっている俺のタイプ速度の全てを発揮できるほどよどみなく文章が作成されていく。
調子がいいときというのはどれだけ仕事をしても疲れないものだ。
何時も佐々木が来る時間には受け持っている三本の連載の次回分が全て完成していた。

「え、出来てるのかい?」

「おう、全部な」

いつもの時間にやってきた佐々木はもう持っていくばかりになっている原稿の束を見てかなり驚いた顔をしている。
まぁ何時もギリギリまで粘ってようやく完成させてるような奴が向こう一週間休暇になるような速度で原稿を仕上げれば驚きもするわな。
佐々木は原稿の束をパラパラとめくって読んでいる。
三作品分あるとはいえそろぞれ毎回十数ページで連載しているやつの1回分なのでたいした分量ではない。
俺が佐々木の淹れたお茶を飲み終わるころには全てを読み終わっていた。

「凄いじゃないか。いや、まさかこういう展開になるとは思っていなかったよ。凄いできだ」

「っていうか今朝思いついたんだけどな。作家になってからこんな調子の良いのは初めてだぜ」

「所謂『神が降りてきた』とかいうやつだね」

……そんなこというとあいつが爆砕重落下でも仕掛けてきたみたいだから止めてくれ。
いや、佐々木も似たようなものだったか。

「そうだな、何時もこうならいいんだが……」

「くっくっ……まったくだね」

「…………」

「…………」

「…………じゃ、お昼にしようか。今日は暑いから冷麦にしよう」

「ん?原稿持ってかないのか?」

「え?ああ、いいじゃないか。締め切りまではまだ間があるし」

「おいおい、何時もたまには余裕もって完成させろとか言うのはお前じゃないか。それに一つは締め切り明日だぜ?」
「あ、えっとだね……その、せっかく材料買ってきたし無駄になっちゃうじゃないか」

「いつもいつも作ってもらうのも悪いし、それに冷麦なんか大分持つだろ」

「……えーとだね、なんというか……ほら、もうご飯作るの日課になっているじゃないか。
 君なら知っていると思うけど僕はそれなりに規則正しい生活を心がけているわけだよ。いつもの僕なら今日はこれから夕方までここにいるのがスケジュールになっているんだ。
 それを急に変更しても手持ち無沙汰になるというか、バイオリズムがずれるというか。……とにかく調子が狂ってしまうじゃないか」

「編集者なんて仕事しておいて規則正しいもクソもない気がするが……あ、成る程、そういうことか」
「な、何がだい?」

「お前はもっと俺の家に居たい訳だ」

「え、え……あ、そんなことは。いやそうじゃないなんて事は決してないわけだけどね?
 キョ、キョン。君がそんなことに気づくなんて……」

「今日は暑いもんなぁ、えっちらおっちら歩いて編集部になんか帰りたくねぇよな」

「…………ああ、そうだね。その通りさ……君がそういうならそうなんだろう」

「別にそうならそう言えばいいのによ。そういうことなら大歓迎だぜ?お前の作る飯はうまいからな」

「そうだね、とりあえずお昼にしようか…………調子が良くて鈍感が治ったのかと思ったよ」

「ん?なんか言ったか?」

「なんでもないよ」

その後は何時も通り飯を食った。
時間に追われずのんびり食うというのは中々いいものだな。
食事中の会話って奴はいつもは大抵締め切りが迫っている連載の話になるわけだが今日はそんな話をする必要は無い。
まるで学生時代に戻ったかのようなたわいの無い話を繰り返す。
と、そんな話しをしているうちに一つひらめいたことがあった。

「なぁ佐々木、今日はこの後何にも予定無いって事でいいのか?」

「え?ああ、そうだね。君から原稿を取るまで帰らないことになってるけど」

「んじゃこの後どこか出かけないか?」

「え?」

「いつもいつも世話になってるしなぁ……今日は全額奢るぞ?」

「君がそんなこと言い出すなんて以外だな。いや、全額というのは流石に気が引けるけどそういったお誘いならば喜んで乗らせてもらうよ」

「気にするなよ。普段の礼と、あと件の恋愛小説の資料もかねるつもりだしな」

「……あ、あれの題材にするのかい?」

「そうだな、次くらいで二人でどこかに出かける展開を入れるのもいいかもしれんし」

ぶっちゃけいい加減ネタ切れ気味なわけだがな。
……あのシリーズいつまで続くんだろう。
しかし調子のいい今ならなんかいいのが思いつくかもしれない。
そういった期待も込めてのお誘いなわけだ。

「だ、だったらその……なんというか……所謂デートコースみたいなところに行ったほうがいいのかな?」

「お前の行きたいところでいいと思うぜ?なんせお前がモデルだしな」

「……なら君が選んだほうが良いんじゃないかい。こういうときは男性がエスコートするものだろう?」

「……そうか、そうだな。俺がお前の喜びそうなところを選んだほうがいいのか」

「そ、そうだね。そうしてくれたまえ」
その後、映画やら美術館やらまぁ佐々木が喜ぶならこのあたりといったところを選んで出かけることにした。
夕食は普段の礼もかねてそこそこ高級なところだ。
佐々木は金額の心配をしていたがこちとら金を使う時間がまったく無い職業をやっているので余裕があったからな。
佐々木が終止ご機嫌だったところを見るとこのコースはそれなりに正解だったらしい。
どうやら今日はいろいろな意味で調子が良かったようだ。

「キョン、いつもとは言わないがたまにはこういう日を作ってくれよ?」

「出来ればそうするよ、毎度お前を締め切り間際に待たせるのも悪いしな」

「そういう意味ではないんだが……やっぱり君は君か」

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最終更新:2007年09月17日 12:06
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