22-188「以心伝心」

中学生活3年間の最大イベントと言えば、そう、修学旅行だ。
その一日目、俺は国木田と中河と共にとっとと入浴を済ますべく大浴場へ向かった。
エレベーターを降りると、同時に着いた隣のエレベーターからは同じクラスの女子が数人
連れ立って降りてきた。
「やあキョン。君たちも今から入浴かい?先に言っておくが覗いたりはしないでくれよ。
まあ入っているのが僕だけで覗きに来るのが君だけと言うのならば一向に構わないんだが
今はご覧の通りクラスメイトもいるし、君以外の男子に裸身を晒す気もないからね」
佐々木よ、顔をあわせるなり妙なことを言い出すのは止めてくれ。男子の刺すような視線と
女子の生暖かい視線を受けるのは俺の方なんだからな。
くっくっと笑いながら俺のぼやくのを聞き流して佐々木は脱衣所へと消えていった。

「あ、しまった。国木田、悪いけど部屋に忘れてきちまったんでシャンプー貸してくれ」
「ゴメン。今中河に貸して空になっちゃったんだ。旅行用の小さいのだったから」
そうか。さてどうするか。・・・あ、そうだ。
「おーい、佐々木ー」
「ああ、キョン。今使ってるからちょっと待ってくれるかい」
「うん、終わってからでいいから頼む」
待つことしばし、
「じゃ、今投げるから」
と言う声と共に、親指サイズの携帯用シャンプーが仕切り壁越しに届いた。早速礼を言って
使わせてもらう。
洗髪を終えて身体を洗うべくタオルに石鹸を塗りつけていると佐々木の声がした。
「キョン。すまないがちょっといいかな」
「ああ、いいぜ。ちゃんと取れよ」
俺はそう言って石鹸を女湯の方へ投げ込む。
うまくキャッチできたのか「ありがとう」と言う声が返ってきた。

風呂から上がり脱衣所を出ると、ちょうど佐々木が出てきたところだった。
「キョンも今出たのかい。ああ、他の子はみんな髪が長いんで洗うのにも乾かすのにも時間が
かかるようでね」
「ああ、それでか。なるほどな」
「そうそう、石鹸なら濡れてるから明日入るときに返すよ」
「じゃあそうしてくれ。あ、シャンプー使い切っちゃったから明日は俺の貸すってことでいいか?」
「うん」

「なあ国木田。あいつら、お互い何を貸してくれとか一切言わずにやりとりしてたよな」
「うん。それに今だって気がついた?」
「え、何をだ?」
「髪がどうのって佐々木さんの話にキョンが『なるほどな』って納得してたよね。たぶんキョンは
 佐々木さんが一人だけ先に風呂から出てたのを疑問に思って、それを口にする前に佐々木さんが
 理由を説明したんだと思うよ」
「ああ、言われてみればそう言うことか」
「あと、別に何時ごろとか打ち合わせをしなくても明日も同じ時間に風呂に来るに決まってるって
 感じで約束してたよね。もしかしてあの二人、テレパシーで意思の疎通ができる超能力者とか
 だったりして」
「むしろその方が俺たちの精神衛生上はいい気がするけどな。俺には『あれ』とか『これ』だけで
 意思の疎通ができる長年連れ添った夫婦に見えるぜ」

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最終更新:2007年09月30日 18:41
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