22-268「キョンまさかの失恋」

秋の空は高く、晴れた日の夜は月がとても綺麗に見える…と、言われるが残念ながら今夜は雨で、昨今話題の地球温暖化など嘘っぱちであるに違いないと断言出来る程に冷え込んでいた。
「何故俺がこんな寒い中、買い出しに出なけりゃならんのだ…」
そういうわけで、俺の口から自然と愚痴が出てきてしまうのは仕方のないことだ。
だが、俺の隣を歩く奴はそれが気に入らなかったらしい。こいつにしては非難がましい口調で、こう言ってきた。
「キョン…じゃんけんで負けた君が、お前らには人情ってものがないのか!?だの、夜中の独り歩きで俺の身になにかあったらどーする!?だの、散々騒ぐからわざわざ付き合って出てきた僕の隣で言っていいセリフじゃないよね?それ」
「そりゃあ…そうだが…」
国木田の言うことは全くの正論であり、反論する術を持たない俺は、ただそれを肯定することしか出来なかった。
「でも、まぁ…確かに寒すぎるね、今夜は。明日からももう冬に向けて冷え込むらしいし…こんな季節に失恋するのは、辛いだろうねぇ…」
ビクッ!!
俺ははたから見たらさぞかし滑稽であろう程大袈裟に身をすくませた。
そして思い出されるのは、俺がこんなホラー映画の怖いシーンを必死で見る子供のようなリアクションをとる原因となった出来事…いわゆる失恋、というやつである。
国木田っ!俺をそんな面白いものを見るような目で見るな!!
あれは夕方のことだった…。
両親と妹が、二期制ということでもう試験を控えている俺を残して、ハッピーマンデーを利用して旅行に行ってしまったため、俺は夕飯の材料を買いに少し家から遠いスーパーまで出掛けていった帰り道の途中だった。
「こいつぁいい昆布だ。」

今日の夕食の予定は、俺を除く家族の構成員全員が豚肉派のため、久々となる牛しゃぶであり、そのダシをとるための昆布にとてもいいものが見つかったので、一刻も早く調理したい一心で俺は足を急がせていた。
だからあんなシーンに出くわすことになってしまったのだ。
俺は今ではつくづく後悔している。
何故昆布ごときであれほど高揚し、あれほど早足で歩かなければならなかったのかと……。

俺は曲がり角を曲がり、歩道の脇にはずっと花壇が続き、最近では洒落たオープンカフェが乱立したため、カップルロードとまで呼ばれているほど有名になったデートスポットである、綺麗に舗装された通りにでた。
そこでアイツを見かけた。
中学三年の時、同じ塾に通っていたことで知り合い、何故か気が合ったためいつも一緒に過ごして、そして互いに惹かれ合っていったはずだった彼女…佐々木を見かけたのだ。
佐々木を見るのは卒業式以来であったが、俺は後ろ姿だけで佐々木であると断定できた。
久しぶりの再会をこんな雰囲気のある通りで果たすことが出来るとは…これは運命かもわからんね。
そんな馬鹿なことを考えた俺は、ともかく話しかけようと近づいていった。
佐々木の隣を歩く男と佐々木の関係に気付く事なく…。
「僕はね、○○が好きだよ…」
佐々木は恥ずかしかったのだろうか?ちょっと視線を下に、花壇の方へと下ろし、そう言った。
俺はまだ少し離れていたので、佐々木が好きな相手の名を聞くことは出来なかったが、隣を歩いていた男の反応で誰が好きかはわかった。
「よしてくれよ。照れるじゃないか。」
俺は世界が崩壊するんじゃないかと思うほどの衝撃をうけた。
まさか佐々木が…俯いて、顔を赤らめ、でもいかにも、「僕はいつも通りさ。べっ別に恥ずかしくなんてないんだよっ…」みたいな無理した感じで「好きだよ」なんていうなんて…
まぁ後ろから見ていただけだったので赤面していたかどうかはわからなかったし、口調は本当になんでもないことを言うかの如くではあったが、ともかく俺にはそう認識されたのだ。
俺は昆布の詰まったスーパーの袋を取り落とした。
その音で佐々木がこちらを振り返る。
佐々木は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにとても嬉しそうな顔をして微笑んだ。
その微笑みは中学の頃と全く同質のものというわけではなく、何故か俺には佐々木が女であることを感じさせるようなものとして写った…。
要は佐々木はますます綺麗になっていて、そして本当に嬉しそうに笑っていたからそう見えたんだろう…。
俺は佐々木にそんな笑顔で
「キョン、久しぶりだね。信じられるかい?僕にも異性の交際相手、いわゆる彼氏って奴が出来たんだよ。」
なんて言われるかと思うとたまらなく悲しかったし、この笑顔を独占できる奴が居るってことが悔しくて、認めたくなかったからスーパーの袋を引っつかんで
「スマン…ごゆっくりぃ~~!!」
なんて言って逃げた。
佐々木の戸惑ったような顔が若干悲しそうであったように見え、佐々木のそんな顔を見たことがなかった俺には、やけにその表情が頭に残った……。
その後俺はこんな経験は山ほどあるのだろう谷口の家に駆け込み、涙を流しながら先程のことを語った。
谷口は最初は呆然としていて、
「どうしたっていうんだよ?悪いもんでも食ったか?お腹が痛いのか?」
などと言っていたが、途中からは奴も一緒に涙を流し始め、しまいには
「お前はその子のことが本気で好きだったんだよな!?わかるぜ、俺には!かくいう俺にだって、運命の赤い糸を捩切られたことがある!畜生!なんで本気の想いが通じないなんてことが起こりうるんだ?…世の中なっちゃいねぇよ!」
と叫び始め、俺は初めてこいつの今までのフラれ人生の中でも風化していくことのなかった、熱い信念や想いの強さに気付いた。
要するに俺達はブラザーだったってことさ。
今まで気付かなかっただけで…
…だが、谷口がブラザーになったところで佐々木は…
思い出されるのは佐々木との楽しかった中学時代…
出会った当初は、俺が話しかける度に佐々木は不思議そうな顔をしていたっけな…あいつの論理的な話し方と男口調のせいで俺の他にあいつに男子で話し掛けるような奴はいなかったし、まぁ悪く言えば、変な女、扱いだったしな。
だから、あいつと俺が友人として、弁当を一緒に食うようになるくらい仲良くなったころ、佐々木は一度だけ俺に尋ねてきたんだ。
「ねぇ、キョン。君はなんで僕と話すことになんの抵抗も覚えなかったんだい?僕の口調は他の男子生徒には好評とは言えないようだけれど…」
俺はそう聞かれて、正直少し驚いた。
こいつは確固足る自分…みたいな奴を持っていて、そういう自分が周りからどう受け止められようが気にしない奴だと思っていたから。
だから俺は普段なら仮にも女である佐々木に向かっては言えないような恥ずかしいセリフを言ってしまったわけだ。
「別に。特に理由はないけどさ、俺はお前と話すのは楽しかったし、お前といるとなんか落ち着くんだよな。それに、可愛い子といられるのは自慢の種だ。」
…と、つい本音を語ってしまい恥ずかしくなってしまった俺は慌てて「ついでだけどな。」と付け足した。
だが、恥ずかしかったのは俺だけでなく佐々木も同様だったようで、佐々木は何を言ったらいいかわからない、といった表情で俺を見ていた。
その顔で俺はやはり佐々木は女の子なんだ、と再確認し何故か嬉しくなって、自然と顔を綻ばせ、
「勉強教えんのも、うまいしな。」
と自然と口から声が出た。
「…ありがとう」
それを言った時の佐々木は、はっきり言って可愛い過ぎため、描写することは恐れ多くて出来ないが、俺があいつを好きだって確信を持つに至るのには十分過ぎるほどの威力を持っていたことは断言を出来る。
そして、こういった思い出を谷口に語り続けるうちに時刻はすでに夜となっており、
「こういう夜は一人で過ごすもんじゃない。枕が涙で使い物にならなくなるからな…。」
と、谷口が言うので場所を、親のいない俺の家に移すことにし、どうせなら人数集めて楽しく過ごして忘れちまおうということで国木田と、何故か一緒にいるという中河も呼んだ。
そして、散々女々しいことを語りまくり、途中で中河も俺達のブラザーであったことが判明し、
(「俺はなぁ、本当は病室であった時も長門さんにときめいていたんだ!でも、なんか急にそれまであった絶対に幸せにしてあげられるっていう自信が揺らいで…俺、馬鹿だよな…今でも長門さんのこと思い出して、どうしてあの時って思うことがあるんだ…」)
兄弟仲良く鍋を塩味にかえてやろう、ということで俺の分しか食材がなかったため急遽買い出しにでることとなり、そうしてやっと舞台は冒頭に至るわけである。
「ねぇ、キョン。君がそんなに佐々木さんを好きだったってことは分かったよ。
でもね、じゃあ何で君は中学の時に佐々木さんにそう伝えなかったんだい?」
脈はありそうだったのに、と最後に付け加えて国木田は俺に尋ねた。
…俺はその質問に答えることが出来なかった…
「まさか、フラれたらどうしよう?、なんて考えていた訳じゃないよね?」
ビクッ!
俺の体は周りからみればさぞかし可哀相な人に映るだろうほどに体を震わせた。
「…はぁ。キョン…正直がっかりだよ…。」
国木田は俺のことを憐れむように見つめ、溜息をつき、携帯を取り出してカチカチやり始めた。
「そうはいうが、やっぱり相手に断られたらと思うと怖いぞ?俺達は友人としても仲がよかった訳だし…」
「それじゃあ君は、佐々木さんとどうなりたかった訳?付き合いたかったんだったらそう言わなきゃ、たとえ態度でわかりそうなもんだって思ってても、言葉にしなきゃ、本人に面と向かって言ってもらわなきゃ分からないことだってあると思うよ?
…佐々木さんにとっては特にそうだと思うけどね…。」
またもや、国木田の言うことは正論である。
でも、そんなことは分かっていた。
言われるまでもないことだ。
自己嫌悪で死にたくなるが、やはり俺はヘタレ、それも超弩級で史上最高のヘタレであったようだ。
もはや俺は自分のアホさ加減に笑うしかない。
自分がヘタレなのが悪い、ただそれだけのことなのに、さんざ愚痴られた国木田は迷惑したんだろう。
鬱だ……死のう…。
なんて実際には出来もしないことを考え、あぁこれだから俺はヘタレなのかと気付き、そしてまた鬱になりの、悪循環にはまっていった。
「僕は一旦家に帰るね。夕食は家族みんなで、っていうのがうちの方針なんだ。」
「あぁ。」
「キョン、しっかりしなよ。もしかしたら君のそのヘタレ属性が女の子の母性本能を刺激する日も来るかもしれないよ。」
「言ってることがおかしいぞ、国木田。もし俺がしっかりしてしまったら、ヘタレ属性が発揮できない。すなわち母性本能も刺激できないってわけだ。」
「もう勝手にしなよ……」
そういって国木田は自分の家の方へ歩き出してしまった。

一人になってしまった俺は重い足を引きずり家へと再び歩き出した。
空を見上げれば夜なのに空一面雲が覆っているのがわかる。
自然と溜息が出る。
こんな風な溜息に含まれる湿気が空に昇って雲を形作っているのではないか?
そんな馬鹿なことを考えつつ、我が家の面する通りへ入るために曲がり角を曲がる。
そこで俺は心臓が停まるんじゃないかと思うような事態に遭遇した。
佐々木が立っていたのである。
「スマn」
「キョン、別に逃げなくてもいいだろう?」
佐々木はいたく傷付いた、とでもいいたげな口調で俺を止める。
「……すまん。」
俺は謝ってはみるが、顔を上げられない。
佐々木はどんな顔で俺を見ているんだろうか?
自分が彼氏といるところを見て、あれほど動揺して走って逃げたのだ。
きっと俺の気持ちにも気付いてしまったんだろう…。
俺を親友と言ってくれたこいつに会わせる顔がない…。
「キョン…ごめんね…」
佐々木が俺に謝っている。
いいさ、気にすんなよ。でも、今まで通り友達としては付き合っていってくれよな。
そういいたいが、言葉にならない。
まだどこかで夕方の出来事が夢だったんだと思いたい心がある。
「…ごめんね…やっぱり気味が悪いのだろうね。僕のような変わり者にずっと好意を向けられるなんて…」
「…へ?」
佐々木は何を言っているんだ?
俺の困惑をよそに佐々木は話しを続ける。
「馬鹿みたいだよね…僕は…中学の頃仲が良かったからって勘違いして…」
「ちょっ、ちょっと待て!佐々木!」
涙ぐんで喋る佐々木を俺は必死で制止する。
「あー、悪い。言っている意味がわからないんだが?」
一体どうしたってんだ?
俺の頭では理解できない超常現象でも起こっているのか?
愛の神が本当に夕方のことをなかったことにしてくれたのか?
いや、それにしたって状況がおかしすぎる。
混乱する俺に向かい、佐々木はいまだに目に大粒の涙をため、しかし泣きそうな佐々木なんて初めて見るが…可愛い!、こう言った。
「…今日の夕方…オープンカフェがたくさんある通りで会っただろう?僕が気付いて
「こんなカップルロードなんて呼ばれる雰囲気ある通りで久しぶりの再会を果たすなんて…運命に違いない!そうだよね?キョン!」
って思って声をかけようとしたら、君は一目散に逃げ出したじゃないか?だから僕は」
「は?えっ?いや、えっ?ちょっ、いやいやいや。だってお前彼氏と一緒に…好きだよって、あれぇ?」
「え?彼氏?待ちたまえ。僕には彼氏なんていない。僕には君しか…ん?まさか藤原のことか?…じゃあ…」
俺がいまだにパニックに陥っているなか、こいつはどうやらなんらかの結論を導き出したらしい。
こういう時は、こいつに事態の収拾を任せるのが一番いい。
悔しいがこいつは俺の数段頭がいいからな。
佐々木は先程までの泣きそうな顔が嘘のような、笑いを必死に噛み殺すような顔で俺にこう言ってきた。
「キョン、君は僕が藤原になんて言ったか正確に覚えているのかい?あぁ、藤原というのは僕の隣を歩いていたいけ好かない雰囲気を漂わす男のことさ。」
「…僕は藤原が好きだよっていってたな…」
「本当に?本当に僕は藤原が好きだと言ったのかな?」
「あの男の名前が藤原っていうんだったら、そう言ったんだろうよ。あいつも、照れるじゃないか、って言ってたし…」
「くっくっ、僕はね、キョン。パンジーが好きだと言ったのさ。花壇にたくさん植えられていたろう?」
随分久しぶりに聞く喉を震わすようなこいつ特有の笑い方が戻って来ていて、中学時代に散々見た、とても役に立つとは思えない雑学を得意そうに語るあの時の微笑みを佐々木は見せていた。
だが、可笑しなことを言っている。
俺は泣き疲れて夢でも見ているのだろうか?
「じゃあなにか?お前はあの男がパンジーなんで馬鹿げた名前をしているってのか?」
「君だってキョン、なんて愛らしい名前で呼ばれているじゃないか?愛称のようなものさ。…ただ彼は少し勘違いをしてしまったようだがね。」
……全てに納得がいった。
佐々木は好きだと言った時どこを見ていた?
花壇だ。
花壇には何が植えられていた?
パンジーだ。
男のあだ名は?
パンジーだ。正直憐憫の情を禁じ得ないが…。
俺は吹き出しそうになるのを必死で堪えた。
まだすることがある。
佐々木はまがりなりにも俺に好意を持っている、と言ってくれた。
この笑顔ならもう気付いているのだろうが、俺は男だ。
はっきり気持ちを伝える義務がある。
空はいつの間にか雲が割れ、月が顔を出していた。
月明かりで佐々木の顔が先程までより精彩に写る。
なにかを期待するような、こいつにしては珍しく興奮した面持ちで佐々木は俺を見つめていた。
「あー、佐々木よ。聞いてくれ。」
「…うん」
「俺が夕方逃げたのは、その、お前ももうわかっているかと思うが、やむ終えない理由があったからなんだ。でも結果的にはお前を傷つけてしまうことになった。謝るよ。ごめん。」
「ううん、気にしないで。」
「でも俺はもう二度とお前を傷つけないって誓うよ。それで…その、まぁなんだ。俺は傷付けないどころか、お前を幸せにしたいって思っているんだ。だから…お前さえよければ、付き合って欲しい。俺は佐々木が好きだ。」
「僕も…私もキョンが好きだよ。中学を卒業してからずっ~と想ってた。連絡なくて、寂しかったけど…」
「それもすまん。全ては俺のヘタレが原因だ。」
「…今幸せだからいい…」
そっと佐々木は俺に抱き着いてきた。
さっきまでは寒い寒いと思っていたが、佐々木の体を抱きしめ返せば温もりが伝わってくる訳で…
悪くはない。
このままずっとこうやっていられたらいいのに…。

終わり


おまけ
「そういえばなんで俺が外に出てるって知ってたんだ?もしかしてずっとまってたのか?」
「ううん。国木田君に夕方のことで相談するメール送ったら返事がきて…
「キョンが君のことを嫌いなんてそんなことはないと思うけど…今キョンと○○通りを歩いているんだ。僕はやっぱり直接会って気持ちを確かめるのが一番いいと思う。僕は途中で別れるから会っておいでよ。佐々木さんなら絶対に大丈夫だよ!」
って…」
「国木田…」
国木田…なんていい奴なんだ…ありがとう!お前こそ真の友!兄弟と呼ばせてもらっていいか!?

そのころのキョン宅
「キョン達遅いですね…」
「…えぇ、そうですね。谷川さん…でしたっけ?」
「いえ、谷口です。中川さん。」
「あぁ、漢字が違いますね。中河と申します。」
「…そうなんですか」
「えぇ…」
「…」
「…」

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最終更新:2007年10月04日 14:59
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