7-230「サプライズ・ダンス」

後夜祭も滞りなく進み、天を焦がすように燃え上がる炎を中心に大勢の男女が流れる曲に合わせて踊る。
そうして一定のリズムを刻む音楽が終わり、また最初から流れ出すと、今まで踊っていた女子が俺から離れて
次の女子が―――俺の『親友』が前に現れる。

「なんだキョン、思っていたより全然踊れてるじゃないか、緊張で失敗するんじゃないかと心配して損をしたよ。まぁ失敗する姿も見てみ

たかったけどね」

そうして今まで踊った相手と同じように俺は彼女の前に立つ。

「どっかの誰かさんに散々鍛えられたからな」

「ふふ、そう言わないでくれ、全てはキョンを想えばこそだよ。しかし些か期待外れだったかな。いや嬉しくはあるんだが」

そう言ってくっくっと笑う親友を見つめる。佐々木よ、笑っていられるのも今の内だぜ?


風邪を引いて一日学校を休み、次の日になとケロッと治った身体で学校に行き、担任から呼び出された瞬間、俺は嫌な予感をヒシヒシと感

じたしたね。
何でも俺が風邪で一日休んだ日に「来月にある文化祭の最後の余興でフォークダンスがあり各学年のクラス数名の男子を選出する」という

話になり、フォークダンスの男子役が俺に決まったんだそうだ。
ダンス役なんて冗談じゃないし、記録係にでも立候補してカメラ片手に文化祭をブラブラしてた方がよっぽど建設的だ。
俺は断固として抗議した。
そもそも俺はフォークダンスなんて踊れないし、そんな面倒な役は勘弁して欲しいと抗議したが「休んだお前が悪い、まぁ運が悪かったと

諦めろ」と教育者とは思えない発言で俺はフォークダンスを踊る羽目になってしまった。
さっきも言ったが俺はフォークダンスなんて踊れない。そうして途方に暮れていると佐々木が声をかけてきた。

「やぁキョン、どうやら災難な目にあったようだね」

「おかげさんでな」

というかお前も決める時に反対しろよ。

「おいおい、無茶を言わないでくれ。男子が厄介払い出来ると全会一致で賛成してるのに僕が一人だけ反対したって結果は知れてるさ」

あーそうだな、すまん。その通りだ。
しかしどうするか、フォークダンスなんて本当に踊った事無いんだぜ?

「そもそもフォークダンスというのは世界各地で踊られる土着の踊りの総称さ。日本における盆踊りや各種神事、祭事において踊られるも

のも言い換えれば全てフォークダンスと言える。
 一般的には外国から紹介された踊りを指すことが多いみたいだけどね。民族、民俗、舞踊、舞踏と様々に訳される。
 特に現地でのオリジナルに拘る場合にはフォークロアダンスという呼称が用いられるみたいだけどこの場合は気にしないでも大丈夫だろ

う」

つまりどういう事だ。

「つまり踊る本人達が楽しければそれでいいのさ。別に格式ばったワルツを踊る訳じゃないんだし、気楽に楽しむ事だよキョン」

「それが出来ないからこうして悩んでる」

ため息を付いてうな垂れる。

「せめてまともなフォークダンスが踊れれば相手に恥じもかかせないで済むんだが……」

「ふむ、それじゃあ僕が教えてあげようか?」

なに!? マジか!

「家の方針で簡単なワルツくらいは踊れる様にと習ったからね、基礎的なステップくらいは教えてあげられると思うよ」

あぁ! 微笑む佐々木が神さまに見えるぜ! 神様、女神様、佐々木様!

「すまん、頼む!」
そうして俺と佐々木の踊りの特訓が始まった訳なんだが塾の無い日は放課後に。塾がある日は塾の帰りに公園に寄って簡単なステップだけ

を徹底的に教わる。
基本は佐々木が習ったワルツのテンポをアレンジしてフォークダンスの曲テンポ―――オクラホマ・ミキサー、まぁフォークダンスと
聞いて一番最初に思い浮かべる曲を思い出してくれ―――にしたステップを教えてくれた。
短い時間での練習も二週間も続けていればステップも大方頭に入り、ほぼ完璧に覚える事が出来た。
夜の公園で一回通しで踊ってみたが大きなミスも無く、キチンと踊る事が出来た。

「ふむ、流石というかキョンは勉強や頭を使ってモノを覚えるのは苦手みたいだが、身体を使ってモノを覚えるのは得意みたいだね」

後半の賛辞はありがたく受け取るが前半の嫌味は要らんぞ。

「いやいやそう拗ねないでくれ」

そうさせたのはお前だろうが。

「しかしここまであっさりと覚えてしまうとはね……ふ~む……よし、ついでだキョン。ワルツのステップも覚えてしまおう」

「なに?」

おい佐々木よ。自慢じゃないが俺の脳みそには実用性の無い余分な事柄をずっと記憶しておけるほど優秀じゃないぜ?

「記憶はそうかもしれないけどね。一度身体が覚えた技術というのは記憶―――というより脳が忘れても身体が覚え続けるものなんだ。
 言い換えれば身体が覚えた技術は決して君を裏切らないし忘れない。例えキョン自身が忘れてしまったとしてもね」

「そんなもんなのか?」

「君は自転車に乗れるだろう? でも最初は補助輪で、次に何度も何度も転びながらやがて補助輪無しで自転車に乗れる様になった。
 では逆に今の君に自転車に乗る前の君に戻れ、と言って戻れるかい?」

「それは……無理だろうな」

わざと転んでも自分が痛いだけだし、人間は特に『痛み』を恐れる生き物だ。
どんなにわざと下手糞に運転しようと転ぶ=痛みを伴う事を身体が拒否して普通に運転してしまうだろう。

「そうだろう。それは君が『自転車に乗る』という技術を身体が覚えてしまったからだ。
 例え記憶喪失―――正確には記憶障害だけどね、それになっても君は自転車に乗れる筈だ。記憶が無くても身体がそれを覚えているのだ

から」

つまりどういう事だ。

「つまりいつか君が社会に出た時にワルツを踊らない可能性は決してゼロではない。何かの接待でダンスパーティーに行くかもしれないん

だ」

……まぁ、それはそうかもな
「その時にワルツを『全く知らない』のと『知ってはいるが覚えていない』というのはスタート地点が全く違うんだ。そして後者は必ず君

を有利にしてくれるはずさ」

悔しいが佐々木の言う通りだろうな。
まぁコイツは教え方も上手いし、そんなスパルタにもならんだろう。

「では決まりだね。じゃあまずはステップの前に『型』の練習をしようか」

「型?」

型ってなんだ?

「フォークダンスと違ってワルツは踊る相手をリード、エスコートしなくちゃいけないからね」

リードにエスコートね……俺に出来そうもない単語ばかりだ。
そこは慣れと本人のやる気次第だよ。と言いながら佐々木は喉の奥でくっくっと笑い声を立てた。

「TVとかでも見た事あるだろう? 男性と女性が踊るシーンを。あんな風に抱き合って踊るのがワルツさ」

あー、待て待て。そういえばTVで見た洋画だと息も感じ取れそうなほど近付いた男女が踊ってるシーンを見た事あるが……
あんな風にせにゃイカンのか?

「それが基本的な型だからね、さぁ練習だ。まずは左手を合わせて……そうそう」

佐々木の右手に俺の左手を合わせる。彼女の手はひんやりとしていて逆に俺は緊張で少し手が汗ばむ。

そんな俺の緊張を知ってか知らずか佐々木は微かに微笑むと、

「うん、じゃあ次はキョンの右手を僕の腰に回してくれ」

「―――――」

「? どうしたんだキョン」

「あ、あぁ、すまん」

解ってはいたが改めて、しかも本人の口から言われると心拍数が跳ね上がるな。
……平常心、平常心。コイツは俺の大事な親友だ。
そう自分に言い聞かせて静かに、優しく佐々木の腰に手を回す為に腕を伸ばす。落ち着け俺の心臓!

「う~ん……キョン、もうちょっと力を込めて自分の方に引き寄せないと踊ってる最中に振り解けてしまうよ」

あ、あのなぁ、俺だって若い男だぜ? 年頃の娘さんの腰をなんの躊躇いも無く引き寄せるなんて事出来る訳ないだろう。

そう言うと佐々木は一瞬だけ目をパチクリとさせたかと思うと、何が可笑しいのか爆笑をこらえるような表情になった。
何が可笑しい! 失礼なヤツめ。

「く、くくく……いやいや、すまない。君がそんなに紳士に接してくれるとは思わなかったのでね」

俺はいつだって紳士で優しいって評判なんだよ。
妹とその友達の女の子限定だけどな。


「そうかそうか、いや、君の新たな面を見れただけでも僥倖だ。しかしワルツは結構動きが大きな踊りだからね。この際それは忘れてくれ

て構わないよ」

まぁ本人がそう言うなら良いのかね。そうして俺は彼女の腰に腕を回す。
いや、色んな意味で驚いた。女の子の腰ってのはこんなにも細い物なんのか?それともコイツだけが特別なんだろうか?
そんな軽い思い、右腕に力を込めて佐々木を自分の方にグッと引き寄せる。

「きゃっ」

「うぉっと」

俺としてはそんなに力を込めた覚えはないのだが、佐々木にとってはそうでもなかったのか力に負けて俺の方に倒れ込んで来たので俺は
俺は彼女を自分の身体で受け止める。その姿は傍から見れば俺が佐々木を抱き締めてしるように映っている、と気が付いたのは大分後にな

ってからだ。

「すまん。そんなに力を込めたつもりはなかったんだが……」

「――――」

だが佐々木は俺の胸に顔を埋めたまま一向に離れようとしない。

「おい、佐々木? 大丈夫か」

「―――あ、あぁ。すまない。ちょっとビックリしてしまった。僕としては踏ん張っていたつもりだったんだけどね。
 やはり男子と女子では基本的な筋力に絶対的な差があるみたいだ」

そう言って俺を見上げる佐々木の頬はほんのりと赤みを帯びていた。
いかん、流石に夜は冷えるからな。後で暖かい飲み物でも奢ってやらねば。

「コホン……それじゃあ始めよう。基本的にはこの型で一貫して踊り続けるんだが、いきなりワルツを踊ってもキョンも混乱するだろうし
 まずはこの型でフォークダンスを踊ってみようか」

「了解だ」
そうしてフォークダンスの練習の合間にワルツの練習をしていたのだが、始めの内は8:2くらいの割合が文化祭翌日には1:9くらいの割合になっていた。
実際フォークダンスはほぼ完璧にマスターしてしまったし、なによりもワルツの方が楽しかった。
佐々木の教え方も丁寧だったしな。いや、いつも勉強教えてもらってて感じるがこいつは教師とかそういう人にモノを教える仕事が天職だと思うね。

「いや、フォークダンス役に任命された時はどうなるかと思ったがこれでどうにかなりそうだ、ありがとう佐々木」

お前のお陰で命拾いしたぜ。今度メシでも奢らせてくれ。

「……いや、それはありがたい……が、どうせなら明日の本番で僕と踊る番になったら僕を驚かせてくれないか?」

驚かせるってどうやって?
大声でお前をビビらせればいいのか? ワケが解らんぞ。

「いや、そういう驚かせ方じゃない。解り易く言えば『サプライズ』さ。明日は中学最後の文化祭だからね。
 僕の記憶に―――想い出に残るようなサプライズが欲しいんだ。方法は君が考えてくれ、なんでも良いんだ。君と僕の『想い出』に残る

モノなら……なんでもね」

そう言って少しだけ寂しそうに微笑む彼女は「それじゃあ僕は先に帰るよ」と先に帰ってしまった。

いつものように「バス停まで送くる」と言ったのだが「いや、今日はいいんだ。歩いて行きたい気分だから」とさっさと行ってしまった。

―――明日を楽しみにしている。

という言葉を残して。

いやはや悩んだ悩んだ。悩みまくったね。ここ数年で一番脳みそをフル回転させたと思う。

―――服装を変える?
いや、そんな時間は無いし、服では佐々木の順番になる前に既にバレてしまうからダメだ。

―――曲を全くの別物にする?
却下だ。そんな時間も隙も無いし普通に踊っている連中が踊れなくなってしまう。

佐々木は『思い出』に残るモノが欲しいと言った。
だったら大事なのはインパクトだ。そして他には無い思い出が欲しい。

そこで一つの妙案が浮かんだ。
俺自身が恥ずかしい思いもするし、佐々木にも迷惑がかかるがそれは思い出料として諦めてもらおう。
インパクトは十分、多少の根回しは必要だが、まぁなんとかなるだろう。



そうして冒頭のシーンに至る訳なのだ。

「ふふ、そう言わないでくれ、全てはキョンを想えばこそだよ。しかし些か期待外れだったかな。いや嬉しくはあるんだが」

―――結果的に言えば俺が選んだのは服装だった。

「まぁそういうな。俺だって一生懸命考えたんだぜ?」

服装をどうするか散々なやんだが末、家のタンスを家捜しするしかなかった。
本来は学生服で踊るのだが中から何の冗談だかお袋が洒落で買ったオヤジのタキシードが入っていたのでそれにした。
試しに着てみたが何とか着れたのが幸いだった。妹みは「キョンくんカッコイイー」と抱き付かれたのを適当にあしらっておいた。
いや、佐々木の番になるまで恥ずかしさで死ぬかと思ったね。相手の女子が変わる度にクスクス笑われるし。

「さて、それじゃあ踊ろうかキョン……? キョン?」

そういって手を差し出す佐々木を真っ直ぐと見つめ返しながら今までの相手にはしなかった―――佐々木の為にだけに考え、彼女の為だけ

に用意した仕草をする。


彼女の前にで恭しく腰を折り



右手を心臓の上に持っていき、左手を彼女の前に差し出す。



そうして息を吸い





「Shall we danced?」





決して上手ではない英語でそう伝える。
意味は確か「出来うることならば、私と踊っていただけませんでしょうか?」とかそんな感じの意味だったと思う。

下を向いていても佐々木が息を呑むのが解ったし、俺の前後で踊ってる連中もポカンとしているだろう。
まぁおかげで俺の佐々木に対するサプライズは成功したと言っていいんだろけどな。

俺は十五年間生きて来た中で最高に恥ずかしい思いをしている訳だが……まぁ俺の親友たっての願いだ、喜んで恥をかくね。

何秒その体勢でいただろうか、

「『私』でよろしければ、喜んで」

そう柔らかく応える声が返ってきた。しかも男の俺相手に佐々木が『僕』を使わず『私』って女言葉使ってるってのはよほど驚いてるのか

ね?
それに安堵して顔を上げると今度は俺が息を呑んだよ。なんてったって今までに見た事がない笑顔で佐々木が笑ってるんだぜ?
いや、あの笑顔を俺は一生忘れないと思う。
だがしかし! 佐々木よ、まだ俺のサプライズは終わらないぜ。

「せっかくだし、フォークダンスの輪を抜けて、ワルツを踊ろうぜ」

「え? いや、しかし君が抜けたら人数が……」

珍しく……というより混乱している佐々木は初めてみるな。うむ、今日は初めて尽くしだ。

「俺と佐々木、男女が一人づつ抜けるんだ、半端な数にはならねぇよ。まぁお前がどうしてもフォークダンスを踊りたいってならそれでもいいが」

「―――いや、ぜひワルツを踊ろう。」

「あぁ」

そうしてフォークダンスの輪を抜けて炎の前で佐々木とワルツをゆっくりと踊る。

流石に昨日まで一緒に練習していただけ合って息はピッタリだ。
時折周りの女子から「佐々木さん、綺麗」と呟く声や「キョン! テメーキザ過ぎるぞ!」という声が聞こえてくるが気にしない。

「しかし相手がタキシードなのに僕が制服ってのは締まらないね」

「まぁそう言うなよ、お前のドレスなんざ用意した日にゃ勘の良いお前の事だ。俺の目論見に気が付いてサプライズもクソもあったもんじゃないからな」

そう。つまりこのタキシードはダミーだった訳なのだ。
俺一人で用意出来るサプライズなどたかが知れてるし物を用意したとしても渡すタイミングが難しい。
たっだら残された方法は気持ち―――言葉だ。
タキシードをダミーとして佐々木を一旦ビックリ……まぁ予想通りというか残念がってたが、そこで油断させた処でさっきの態度と言葉って訳さ。

「しかしキョンも随分と思い切った事をするね。今度はクラスどころ学校中から僕たちの関係を誤解する人間が増えるよ」

佐々木は低く笑い続けながらそんな事を言うが、

「まぁそこはサプライズの料金請求だと思って諦めてくれ」

それともこんなサプライズは不要だったか?

「とんでもない! 僕に取ってはまさに忘れられないサプライズだったよ。キョンからあんな風にダンスに誘われるとは夢にも思ってなかったからね」


そりゃあ嬉しいね、悩んだかいと恥を捨てたかいがあるってもんだ。

そう言って佐々木に笑いかけると佐々木は俺の事をジッを見つめて

「この―――が――――えば――――のに」

と何かを呟くように口にした。

「ん? すまん。よく聞こえなかった」

そう言うと

「なんでも無いさ。それよりもキョン、右腕の力が少し抜けて来ているよ、もっと力を込めたまえ」

ん、そうか? 自分としてはそんな意識は無かったんだが……

「君は僕の前に大勢の女子と踊っているからね、疲れが溜まって無意識に力が抜けてしまっているんだろう。」

まぁそれもそうか。
佐々木の言い分ももっともだったので右腕に意識して力を入れ、佐々木の腰を引き寄せる。
当然佐々木の身体も俺の方に寄るのだが佐々木はそれに逆らわず、まるで俺に寄り添うかの様に体重を預けてきた。
練習のおかげかそこまで意識しないで済むようになっていたが、それがなければ大変だったぜ……色々な意味でな。

そうしてフォークダンスが終わるまで俺と佐々木は二人っきりのワルツを存分に楽しんだ。
佐々木は踊りに関する様々な話を聞かせてくれたし、時には学校の思い出を話したりして二人で笑いあった。

そうしてフォークダンスの曲も終わり、後夜祭も終わりを告げると残っていた生徒もパラパラと帰り支度を始める。

それでも俺と佐々木はワルツを踊る体勢のまま固まった様に動かなかった―――いや動けなかった。
佐々木が俺の胸に頭を押し付けたまま動かず、俺を離してくれないのだ。

「おい、佐々木。曲はもう終わったぜ? 帰り支度もしなきゃならんからそろそろ離してくれないか」

そう言うと佐々木はハッとした様に顔を上げ

「キョン、君は底抜けに優しくて―――とても残酷な人だね」

優しいはともかく、残酷なんて言われるとは心外ですな。

「そうかい? まぁそれも君の良さかもしれないね。さて、それじゃあ帰るとしようかキョン」

そう言って歩き出す佐々木を「少し待て」と、呼び止める。

「?」

そう不思議そうな顔をするな、すぐに帰れるさ。
えーっとどこだ。あ、いたいた。

「おい中河、頼んだヤツは撮れてるか?」

記録係の中河を呼び止める。

「はいはい、出来てますよー。ったく、見せつけやがって」

そう言って中河は一枚のポラロイド写真を手渡してくる。

「数枚撮ったけどな、それが一番上手く撮れてるはずだ」

サンキュ、今度何か奢るぜ。
そう言って写真を受け取とると、笑顔で笑い合っている俺と佐々木の二人がそこに写っていた。
うむ、なんと言うかこう……さっきとはまた違った恥ずかしさがあるな。
まぁ俺を持つのは俺じゃなくて、コイツだしな。

「ほいよ佐々木」

「えっ?」

佐々木にその写真を差し出す。

「俺からの最後のサプライズ。さっき踊ってる所を撮ってもらうように学校に来てすぐの内に頼んでおいたんだ。
 お前からのオーダーは『記憶に残るサプライズ』だったがな、どうせだから写真にも残しておこうと思ってやった」

彼女は少しだけ震える手でそれを受け取り自分と俺が踊っている写真を見つめ続けている。

「まぁお前は写真とか半永久的に残る物は嫌いかもしれんがな、せっかくの記念なんだ。もらってくれると嬉しい」

「いや、ありがとう。喜んで受け取らせてもらうよ。さっきのサプライズといいこの写真といい、今日という日は僕にとって宝物になりそ

うだ」

そう言って笑う笑顔は写真の中で笑う彼女のように綺麗で美しかった。

「すまない中河、何か書く物を持ってないか?」

「ん? サインペンで良けりゃあるが」

構わない。と言ってペンを受け取ると写真の裏に何やら書き込みを始めた。

「ありがとう中河。助かった」

どういたしまして。と言ってペンを受け取るとヤツはそのまま去って行った。

「なぁ佐々木よ、一体何を書いたんだ?」

気になった俺は聞いてみる。

「ん? コレかい? ……まぁキョンなら構わないか」

そう言って写真を裏にして差し出す。
え~っと何々?

『I wish time won't pass 』
……おい佐々木よ、お前は日本人なんだから日本語で書けよ。
これじゃあ頭の良いお前はともかく俺にはサッパリだぞ。

「おや、そうかい? まぁキョンならきっと読めないと思って見せたのだけどね」

佐々木は唇の端だけを歪ませると偽悪的な微笑で楽しそうにくっくっと笑っている。
あーはいはい。どうせ俺は頭が良くありませんよ。

「そう拗ねないでくれキョン。今日のお礼も兼ねて晩御飯でも奢るよ」

「お、マジでいいのか?」

「勿論さ、僕は今日という日に、そして君に感謝したい気持ちで一杯だからね」

そう言って佐々木は歩き出し、俺もタキシードの首元を緩めて佐々木の横に並ぶ。

「なぁキョン」

歩いていると佐々木が静かな声で

「いつか……いつか機会があれば、また僕と踊ってくれるかい?」

そんな事を聞いてくる。
全くなにを言うかと思えば。

「そうだな。佐々木のドレス姿ってのも拝んでみたいしな。機会があったらこっちからお願いしたいよ」

「ふふ……そうかい? その時はまた今日みたいに誘ってくれるのかな」

それはまた今日みたいな恥ずかしい思いをしろって事ですか、佐々木さん。

「おや、駄目だったかな」

そう言って下から俺の顔を覗き込む親友に俺はこう言い返すのさ。

「俺でよければ、喜んで」


~Fin~

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最終更新:2007年10月10日 21:41
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