4-747「誓い」

暦の上では十分に秋と言える時期だったが、気候の上ではまだそれなりの暑さを残した程度の時候。
リフレッシュを兼ねた日課としている休日早朝ジョギングの最中、妙なものが落ちているのに気が付いた。

何これ――鳩の羽根? 白い鳩なんてこの辺には居ない筈だったけど。

好奇心からか、その羽根を摘み上げ、まだ柔らかい日光に透かしてみる。
空が高いな――
羽根の向こうに見えた巻積雲が視界に収まり、私はただそう思った。


卒業式のあの日以来、私達は会う事も言葉を交わす事も無かった。
「じゃあ、またな――」
「――ああ、またいつか」
『いつか』は、まだ来ていない。

彼の事が好きでは無かったと言えば嘘になるだろう。
友達としての好意は当然のようにあったし、彼と言う人間に惹かれていた事も事実。
でも――
彼との関係が途切れる事に比べたら、あの頃はそれは大した事では無いように思えた。
彼と一緒に居る時間は、私にとって最上の時間だったのだから。
それ以上を考える事など、意味の無い事だと思っていたのだ。

「キョン――」
「ん」
「――いや失敬、何でもない。忘れてくれ」
「どうした、珍しいな。何か悩み事でもあるのか?」

あの頃、彼に自分の真意を伝えるべきだったのか。そうではないのか。
ただ彼と一緒に居たかったから、私は『彼の友達』としてのロールを選び、それは為された。
切っ掛けさえあれば『彼の彼女』としてのロールを選び直す事だってできたかもしれない。
それをしなかったのは私の弱さだ。彼と一緒に居たかったからこそ、私の真意を圧殺してきた。
幾夜の間を煩悶とし、それでもなお今の関係こそが最善なのだと、そう自分を納得させながらも
どうしようもなく抑えられない気持ちが今も心の奥底で疼く。

――恋愛が精神的な病と言うのなら、私は完全にインヴァリッドだ――

彼と離れたのに、否、だからこそ、それが実感としてよく判る。
いつも近くにいたせいで、そんな事にも気付かなかったんだ――


――突然の突風が全身を煽り、私は我に返った。どれほどの間、空を見上げていたのだろうか。
右手で摘み、空に翳していたあの白い羽根は吹き飛ばされてしまっていた。
天球で控えめに光を反射し輝く月の彼方へと、まるで舞い踊っているかのように。

この空の下にいるキミに、いつか私の思いが伝わりますように――
願を掛けるなんて柄ではないけれど、飛び去る羽根を見送りながら、私は思った。


---

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2007年10月11日 21:55
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。