(3)

それはロックグループのインタビュー記事だった。
記事の冒頭には見開きでメンバーのグラビアとグループ名が大きく記されている。
『ANT PLAN』
翠星石お気に入りのロックバンドである。
最近若者の間で猛烈に人気があるらしい。普段ロック系統の音楽はあまり聴かない翠星石でも評判は耳にしていた。
インタビューは今月号の特集らしく、十数ページにわたってメンバー全員の談話などが載っているようだ。
その冒頭、女性ヴォーカルのトレジャー・マップ(日本人)に対するインタビューの部分を開きながら翠星石は言った。
「これぞ!翠星石が求めていたものです!彼女の話に私は強く胸を打たれたのです!!」
「色々なことに打たれ過ぎてそのうち穴が開くんじゃないかと心配なんだけ「蒼星石も読んでみるですさぁ早く!」
聞いていなかったらしい。
仕方なく記事を最初から読んでみる。
インタビューの前半は先日行われたという全国ツアーに関する話が主だったが、後半ではトレジャー・マップの音楽に対する考えなど、主にパーソナリティーについての談話だった。
なるほど翠星石が感動したと言うだけあって、その辺りの談話は蒼星石から見ても興味深い内容だった。
困難に対する姿勢。
音楽に対する情熱。
いかに音楽に対して真剣に取り組んでいるのか。
自分にとっての音楽とは。
そういった諸々の思いが記者とのやり取りから伝わってくるようだ。
内容に集中できたため、長い文章を比較的短い時間で読み進めた蒼星石は――
記事の終わり近く。
そこに決定的な一文を発見した。

「これは・・・・・・」
一瞬、蒼星石は我が目を疑った。
これなのか。
いくらなんでも・・・・・・しかし・・・・・・やはり・・・・・・。
なんとか自分の直感を否定しようとするものの。
(間違いない)
無駄な足掻きをやめ、蒼星石は理屈ではなく心で理解した。
なんせ双子なのだ。 まして言ってしまえば翠星石のこと。
手に取るようにわかってしまった。
手にした雑誌を置き、軽い眩暈のため頭をおさえる蒼星石に対し、翠星石がのたまう。
「どうやら蒼星石も感銘のあまり言葉が出ないようですね。そうと決まれば善は急げなのです。早速メンバーを探しに・・・・・・いや待つです。まずは各自のパートを考えてから・・・・・・それも楽器を見てから選ぶのが・・・・・・」
完全に気が急いている。蒼星石としてはそんな話の前にまだ確かめなくてはならないことがあった。
翠星石の『理由』については、(その正当性は大いに疑わしくなったものの)わかった。『あれ』がきっかけとはいえ彼女の決意なり選択を軽く見るわけにはいかない。
蒼星石は翠星石に声をかける。
「翠星石」
「なんです?スワヒリ語のことなら気にする必要ないですよ、優秀な通訳を雇えば・・・・・・」
「まさか東アフリカツアーにまで話が及んでるとは思わなかった予想以上だ。でもちょっと聞いて欲しい。大事なことなんだ」
「な、なんですか・・・・・・?」
蒼星石の語調にこめられた気配に押されてか、翠星石はようやく口をつぐむ。
蒼星石は翠星石の真意を確かめるために、
ズバリ、訊く。
「君は・・・・・・本気なのかい?」

翠星石はまっすぐにこちらを見ている。視線をそらすことはない。
蒼星石も翠星石の瞳を見据え、答えの言葉を待つ。
本気の問いには、本気で答える。
その信頼を、姉妹の間で違えたことは無い。
やがて妹の問いに答えるべく、翠星石は口を開いた。
「本気です」
きっぱりと、言う。
迷いの無い翠星石の言葉に、蒼星石はさらなる問いを重ねる。
「何故、バンドなの?」
さっきも同じことを訊いた。
だが今は問いの持つ意味が違う。
蒼星石の問いかけに対し、やはり翠星石も先ほどとは違う言葉で応える。
「昨日のお昼休み・・・・・・私が言ったこと、覚えてますか、蒼星石?」
忘れるはずがない。頷くと翠星石は話を続ける。
「私は・・・・・・最近そのことばかり考えていたです。
自分の将来とか、そういう話もありますけど、そのもっと手前というか。
近く。そう、もっと近くに、自分が触れなければいけない何かがあるような気がしていたのです。
それが何なのかはわからなかったです。今でもまだわからんですけど、
音楽の話は、私にとってその『とっかかり』のようなものなのです。
少なくとも、無関係じゃない何か。
趣味とか興味で終わらせてしまうのは簡単ですけど、私にとって、
『つながっている』と思えることはそんなに多くないのです」
翠星石は一旦言葉を切り、おもむろに傍らの『ROCK ON』を手にとって見つめる。
「今日、帰ってきてから音楽を聴いていて思ったです。
ここには何かがあるです。
私の胸を打つ音楽があって。そこにはきっと何かが。
私は・・・・・・それを聴いているだけではないはずだと、感じたのです。
それが何なのかを自分は確かめるべきなのだと、そう思ったのです。
彼女のインタビューは、そういう風に私が思っていることを、うまく言葉にしてくれているようで・・・・・・」
「それで、自分も『やってみるべきだ』と感じたんだね?」
「そうです。その通りです」

しばしの沈黙。
翠星石はうつむいて床を見ている。
その様子は自分の言葉に揺らいでいるようにも見える。
改めて言葉にすると不確かになるもの。
その所在を自分の中に確かめようとしているのかも知れない。
だが蒼星石には確かに伝わった。
翠星石の気持ち。
翠星石が感じたこと。
そしてそれを理解したならば、自分の答えは決まっている。
昨日の晩に。あるいはとっくの昔に。
すると沈黙を否定の意志と受け取ったのか、翠星石が不安げに口を開く。
「あの、確かにさっきは調子に乗って色々と話が飛躍したかもしれないです。
まして経験なんてないですし、実際何から始めたものか。始めたってうまくいくかどうかもわからないし、ないない尽くしの前途多難、果てはニートかフリーター・・・・・・」
「やろう」
「そう、やるです。けれども私には・・・・・・え?」
きょとん、とこちらを見つめる翠星石。
蒼星石はもう一度、確かな決意を込めて、言う。
「やろう翠星石。何ができるかわからないけど、君が望むなら」


最終更新:2006年12月07日 19:26
添付ファイル